公明党「大衆とともに」どこへ

これはホントにそうだなあ。
声に出してる僕みたいな不穏分子はまだいいほうなんですよ。笑
いちばん恐ろしいのは、動いてるようで、心の底から納得のいってない戦いで、どうやって本気で戦えますか、ということ。現場でハッパかけたり、実績をとうとうと語るのも大事ですけど、多くの支持者や友人たちは、心の底にしまった、いちばん聞きたいことを聞けずにいる。

公明党の議員さんたちや支持団体の幹部の方々は、この投書の主に代表されるような意見の持ち主に、ちゃんと語りかけてますか。簡単なことですよ。僕がずっと言ってることだけど、

「腐りきったアベ自民と、いつまで連立を組んでるんですか」というシンプルな質問に、一言でもいいから、説得力のある答えをいただきたい。ただそれだけなんですけどね。もしいま自分が目の前の疑問を持つ支持者に語りかけるだけの答えをもっていないのならば、答えをもっている人に尋ねて、ちゃんと誠実に答えるべきですよ。それは支持団体の中央の幹部かもしれないし、身近な国会議員かもしれない。もしかしたら公明党代表の山口さんかもしれない。僕は何度となく、そういったアプローチを促してきたつもりだが、それと同じ回数だけ、ガッカリさせられ続けてきた。

僕らの人生の師匠は、上の言うことに黙って従うだけの羊の群れを作りたかったのでしょうか。僕はまったくそうは思わない。師匠が人生をかけて、命がけで綴ってきてくださった大河小説のどの巻を開いても、自立した信仰者になれ、権力に盲従するな、徹底して対話せよ、納得できるまで食い下がれ、って書いてある。

いまは日本の民主主義にとって、本当に大事な場面にさしかかっていると思う。瀬戸際といってもいい。そんな大事な局面で、庶民から湧き上がってきた草の根の政治勢力が、どう偉大な役回りを演じるのか。これから数世紀の間に生まれてくる人類の語り草になるかどうかがいま問われている。

今年の反省

2018年の撮影が昨日で終わって、きょうは完全オフということになったので、今年の振り返りでも書こうかな。早く起きれたので(また寝るけど)。

完全オフといっても、昨日は昼前から夜の9時まで撮影してたから、厳密にはオフとはいえないと思うんだけど。少年少女のバスケの合宿だったから、練習試合で6000枚とか撮っちゃって、画像整理に、どんなに短く見積もっても2時間はかかる。まあ、たった2時間で終わるともいえるんだけど。

長めの文章を書くとき、いつもはfbで書くことが多いけど、というのは外出先とかクルマの中で空いた時間に書いちゃうことが多いからなんだけど、今日はたまたま朝からPCの前に向かってるので、めずらしくブログのwpのオンラインエディタで書いてます。この明朝体のエディタ画面、慣れると悪くないな。けど、以前みたいにときどき自動でバックアップを取ってくれてるんだよね。笑

ああ、けど、しらふでパソコンで長文の文章を書くって本当に珍しいことなので、というのは、なんかまとめて書きたい、と思うのは、たいてい深夜、深酒をしたあとで。そう、twitterもそうだけど、僕にとって文章を書くのは、こう言ったら怒られちゃうかもしれないけど、排泄行為にとても似た行為で。どちらも生きるためには必要不可欠ということで。多少その頻度が違っているだけで。相違点はほかにもあるけど、ここでは書かない。笑

今年のヲグラを振り返ってみようかな、と思って。主に仕事の面で。まだなんともいえないけど、たぶん年間のトータルのギャラは、昨年をそれなりに大きく(?)上回ってると思うんだよねえ。春先から新しい写真屋さんの仕事がけっこうたくさんいただけたのが大きい。別の写真屋さんには、夏枯れの8月にもスポーツ撮影をいくつかいただけたし。既存の写真屋さんに関しては、撮影量が増えたところと、そうでもないところと二つに分かれるけどなあ。増えたところはいいとして、減ったところに関しては原因解明を進めないとなあ。ここでは詳しくは書かないけど。笑

ひとつだけ書いちゃうと、某写真屋さんのマラソンの撮影が、あんまりこなくなっちゃったのが残念。一回ごとの撮影で、売り上げが少しでも悪いと、だんだん声がかからなくなっちゃうんだろうなあとひどく反省。それとともに、もしかしたら、マラソンの写真の売り上げも、全体として、なかなか厳しいのかもなあ、という気もしないでもない。

先日、研修撮影に行ったサッカー系の写真屋さんは、ちょっとキツすぎるので辞退しちゃいました。体力の有り余ってる若者にはいいかもしれないけど50過ぎのおっさんには無理かも。あ、年齢じゃないですけどね。

なんつーか、ギャラはそんなに高くなくていいので、もうちょっと楽しく撮影ができたらな、という感じ。

以前も同じようなことを思ったことがあった。市内の幼稚園の撮影をやってる、横浜の写真屋さんの仕事に行ったことがあって。ギャラはすごくよかったんだけど、そのぶん、撮影スタイルがものすごい。大きめの幼稚園、たくさんあるクラスを駆けずり回って、機関銃のように(という喩えはよくないかもしれないけど、でもそう感じた)撮影を進めていき。登園時の撮影は70-200mmを開放で使え、みたいな。まあ、ひとつのスタイルだとは思うんだけど、売り上げを伸ばすためにはそのくらいしないといけないんだろうけど、ちょっとついて行けないかな、みたいな。

今回も同じことを感じた。あれ、なんか単なる愚痴になってますね。笑

このまま体力が衰えていくなかで、いつまでカメラマンを続けられるのかなあ、という不安は、もちろんつねについて回る。まあ忙しいときは考えずに済むというか、考える時間がないので、どうしても先送りになっちゃうけど。年末年始とか、冬枯れの1月とか、ふと仕事のない朝に目覚ましを掛けずに起きて、嗚呼、俺の人生、これからどうなっちゃうのかなあ、60代中頃で脳梗塞で急死して、白骨化したころに発見されるのかなあ、とか。まあ、それはいいんだけどね。誰にも迷惑かけないし、お金もかからないし。笑

いちばん困るのは、うちの母みたいに半身不随になって、そのままずっと長く生きること。いや、うちの母は4人の子どもたちが施設費をシェアしてるので、なんとかなってるけど、あたしの場合は、ねえ。笑

まあ、そっこー生活保護だな。うん。日本人でよかった。

なんの話だっけ。仕事のない年末の朝から書いてると、いいことひとつもないですね。ひたすらだらだら書けるし。

そういえば、こないだ聖教新聞で、宮本輝さんが「流転の海」完結についてインタビューに答えてたけど、人生の師匠、池田大作先生との絆に言及されてて、グッときたな。

あることをきっかけに、宮本輝さんの小説、ずいぶん遠ざかっていたけど、また読んでみようかなと思った。

と同時に、2019年は、なんか文字系の仕事をまた再会したいと思ってる。カメラマンよりも体力要らなそうでしょ。笑

デジカメ系の媒体は、業界が狭いし、知ってる人ばかりなので、ぜんぜん違う業界がいいな。まあ、業界を云々するほど余裕はないので、僕にできて、そこそこギャラがいただければ贅沢は言ってられないのだが。ただ、在宅フリー系の二束三文の仕事はやめとこかなと。いくらやってもお金にならないし、あんまり自分にメリットがあるとも思えないので。

さっき、某聖教新聞のデジタル有料会員のお誘いのページを見かけたのだが、高いよな、紙の新聞を取ってるのに、そのうえ1700円も取るのか。うーん、けど考える価値はあるな。いま購読してるけど、まったく読んでない総合月刊誌があるから、あれをやめて、こっちにするか。いい記事があったらスキャンして友人に送ろう、と思ってたんだけど、A3複合機は高いし、手間もかかるし、こっちのほうがいいか。コピペして第三者に送ったら、怒られちゃうかな。まあ、程度の問題だよね。

なんかぜんぜん違う話になってますが。笑

そんなことで、いろいろ反省はしつつ、前向きに頑張っていきますことよ。

こないだ盲目の天才ドラマー少年の動画をみて、ってまだ全部は見れてないんだけど、人の使命ってなんだろう、って改めて心の底から思ってる。人の使命ってなんだろう。自分の使命ってなんだろう。なんでこの世に生まれてきたんだろう。

そのうえで、死ぬまでに自分の使命をそれなりに果たせた人は、なんの後悔もなく死んでいけるだろうなって。僕は今日か明日に脳梗塞で急死しても、あんまり後悔はないかなと思うけど、自分が誓った今世の使命を果たせたかというと、あんまり自信はない。また2割とか?笑 じゃあもっと生きろよ、というね。うーん、そうね、あと10年か15年くらいでいいかな。来世はもうちょっと福運をもって生まれてきたい。できれば中3か高1くらいで写真に目覚めてJKをいっぱい撮りたい。って、それかよ、みたいな。

僕の使命のひとつは、人たちの魅力的な笑顔を撮って、それをみんなに届けることかな。だから、仕事以外でも、子どもや大人の集合写真を撮ることがあるけど、僕の願いはひとつ。ギャラはなしでいいから、ひとりでも多くの、写ってる人に、この写真を届けてほしい。それだけなんだ。

ずっとむかし、たしかJRだったと思うけど、CMのキャッチコピーに、いっしょにいるということ、というのがあって、なんてすばらしいんだろうと震えたことがある。ホントにそう。いま一緒にいる人たちと、一緒にいられるということ。それがどれだけ計り知れない意味を持つか。すぐ隣にいる人だけじゃない。この無限の宇宙にぽつねんと浮かぶ星に、同じ時に生き合わせたという奇跡。そのことを少しでも感じられたら、空爆で子どものアタマをかち割って殺してる場合じゃないよね。

むかし、宮本輝さんと、ネットの掲示板でやりとりしてたときのこと。

生きかはり死にかはりして打つ田かな

っていう俳句を僕が紹介したら、いい句だね、っていってくださって。

そう、僕らは生き変わり、死に変わりしながら、この星を耕してるんだ。だからまあ、志半ばにして死ぬことがあったとしても、いいんだよ、それはそれで。またきれいなカラダになって生まれ変わってくればいいんだ。んでまた田んぼを耕し続ける。みんなと笑ったり、おにぎり食べたり、歌を歌ったりしながら、ね。

って、どんな結論だよ!! 今年の反省はどうしたよ!!怒

あー、撮影、来年も頑張ります~。笑

ってこれだけかよ!!

これだけです、ええ。なにか?笑

あ、けどね、ひとつだけ書くと、すこし前から、撮り方を少し変えて、それで写真の売り上げもアップしてるような感触があるので、この感じをガンガン進めていこうかな、と思ってる。いま津田沼の土蔵に眠ってる単焦点くんたちも、そろそろ救出してあげなきゃなあと。

1月ってスクールフォトは本当に絵に描いたような冬枯れの時期で、ホントに撮影がなくて、ガテン系バイトに勤しむしかないんだけど、まだ12月の時点で、今年の1月の実績と同じくらいの撮影案件が入ってる。1月になってから追加でやってくる案件もあるだろうから、間違いなく今年の実績を大きく上回る、と思う。スクールだけじゃなく、料理とかほかの分野への挑戦も、来年こそはぜひ、と思ってます。

なんか途中、大幅に道がそれたけど、まあけど、最後はまあ反省と抱負みたいな感じでまとめられたかな。

ここまでwpのオンラインエディタもクラッシュせずにきました。ありがとう。笑

写真、撮りたい。

この12月は2年にいっぺんの車検の季節で、友人の三浦さん(三浦自動車)にお願いしたから、安く上げてもらえるのは本当に有り難いのだが、滞納してた2年分の自動車税?の滞納分の金額を今日、県税事務所に払いに行って、あと津田沼の土蔵に格納していた望遠ズームにお出ましいただかなきゃいけないので、とにかくお金がたくさんかかる!

死ぬ気で働いているつもりなのだが、啄木よろしく、

働いても働いても楽にならざり じっと手を見る

みたいな。僕は風俗とかは絶対に行かないけどね。はーと。

で、年末は新しい写真屋さんのサッカーの撮影がいっぱい入りそうな予感もあるんだけど、新年はすっからかんで。

バイトしなきゃ。死んじゃう。

で、ひさしぶりにがっつり1時間祈ってたんだけど、やっぱり得意な撮影の仕事でお金を稼ぎたいと、心の底から思うわけで。某スーパーとか某ファストファッションの倉庫では、せいぜい時給1000円ちょっとなわけで。これはなかなかにキツい。

で、祈ってたら、前にも思ってたことを思いだしたんだけど、どっか、観光地とかで、即席記念写真カメラマン、みたいな。そんなのが成立しないかな、と思っていて。

こないだまで鎌倉の鶴岡八幡宮で七五三の撮影を何度かしてたんだけど、30分の撮影で、ギャラをいっぱいもらえて。もちろん依頼するお客さんの側としては、子どもの一生に何度かしかない七五三の撮影だから、多少お金をかけてもいい写真を残したいと思うわけで。

あたしはちゃんとした撮影って死ぬほど苦手なので、毎回、死ぬ思いで総武快速線・横須賀線に乗って鎌倉まで行ってたわけで。

なんの話だっけ。そうそう、観光地とかで、即席カメラマン。

いまはふつうに、スマホとかみんな持ってるから、写真を撮る、というだけでは、お金をいただけないような気もするんだけど、そこに付加価値というか、差別化が図れれば、なんか見えてくるような気もするんだよね。

のぼりとか、あるいはスケッチブックに、料金とかキャッチコピーとかを大書きして、

格安で、一眼レフで、みなさんの写真を、お撮りしますよ、

っていうのは、有りだと思う。

ふふふ。なんか楽しい。

あたしはさ、会社員は向いてないんだよ。
昨日、敬愛する川口さんとシモキタで飲んで、話したけど、僕は2003年の11月、12月って、インドシナ半島を旅してた。1カ月半くらい。

まあ、世界一周旅行をしてる若者はたくさんいるし、世界中を股に掛けて仕事をしてる方々もたくさんいらっしゃることだろう。それはそれとして、あのままどっかの会社に勤めてたら、たぶん1カ月半も、旅には出させてもらえないわけで。

それを考えたら、会社にずっと勤めて、いっぱいお給料をいただいて、というのも微妙に魅力的なのだが、僕にとっては、旅のほうが、数億倍、魅力的なのであり。

今日は三郷の保育園に、クリスマス会の撮影に行ってたんだけど、つくばエクスプレスの三郷中央駅、駅前なのに前払い制の6時間300円の激安パーキングがあって、一気に好きになった。そうだね、東葉高速鉄道の八千代中央とかに、雰囲気が似てたかな。たぶんあっという間に都市化が進むと思うけども。

なんの話だっけ。

あ、そうそう、このあとはネタバレになるので、あんまり書きたくないんだけど(笑)、鎌倉でお世話になってた石元さんに言われたことが、ものすごく自分には示唆的だったのね。

ひとつは、七五三の撮影をするとき、自分はf5.6より絞りません、と。もうひとつは、僕は標準ズームに24-120 F4を愛用してるんだけど、120なんて望遠があれば…という。

このふたつで、開眼したなあ。

はるか昔、僕がスクールフォトを始めた頃、先輩カメラマンに言われたのは、おぐらさん、この手の撮影は、(レンズの絞りを)絞ったほうがいいですよ、しっかりピントがくるように。僕はf8で撮ってます、みたいな。

さすがにf8は絞りすぎだろ、と思ったけど、まあ安パイでf6.7とかf7.1とか、とりあえず無難な絞りを選んで、ずっときた。

けど石元さんに言われたのは、オグラさん、いまはお母さんとかもスマホを持ってて、写真を上手に撮られるんです。われわれのアドバンテージは、被写界深度の浅さ、背景のボケ具合ですよ、と。

それと相前後して、某フォ●クリの若きエースK田カメラマンがソニーにとらばーゆしてて。単焦点とかを駆使して、ピントの浅い写真を撮って、それがまた売れてる!

なるほどなあ。とのんびり屋のオグラさんとしても、さすがに気がつきましたよ。

なんの話だっけ。

忘れた。自分とこのサイトのブログ、wpなんだけど、めちゃめちゃウィズウィグなエディターになって、逆に使いづらい。笑

もとのぷれーんてきすとなエディターに切り換えるには、どうすればいいんだろう。笑

いつものように、オチなし!
\(^o^)/

鎌倉で七五三

きょうは2年ぶりに鎌倉に七五三の撮影に行った。仕事を分けてくださる方と再会。最初は勘を取り戻すために撮影に同行させていただき、そのあと独りでお客様の撮影を。冷や汗をかきながら、なんとか撮影を済ませたらLINEが入り、もう一件、お願いしてもいいですか、って。なんか久しぶりの七五三撮影で自信喪失、意気消沈してたんだけど、勇気を振り絞って、やらせていただきます!と。2時からのふたつめの撮影に、わざわざ同行してくださって、細かいアドバイスをずっとくださった。本当に勉強になった。申し訳ない限り。11月中にあと何回かあるので全力で頑張ろう。

そのあと渋谷でサッカーの写真屋さんの面接。話が盛り上がり、できれば今週末からお願いしたい、って。すごい感動。僕はスポーツの撮影のなかではサッカーがいちばん好きで、できれば毎週サッカーを撮りたいと思っていたので、まさかこんなカタチで夢が叶うとは。どんなにカネがなくても200-400を売らずにきたのは今日のためだったのだなあとしみじみ感じた。

twitterでたまたま見かけた、甲府盆地と八丈小島の風土病の撲滅に尽力された医師たちのストーリーをWikipediaで読んでたら、電車の中にもかかわらず号泣。僕が文系理系の進路に悩む高校一年生だったら、間違いなく医学部を目指してただろうな、って思った。

そのうえで、気がついたこと。
仏法者としての僕らが目指す広宣流布という戦いは、風土病の撲滅とかよりも何億倍もものすごい戦いなのであり。だって地球人類全体の宿命を転換しようっていうんだから。あらためて自らの使命の大きさに身が震えた。

あしたは撮影のあと、四街道で親友マキに会ってお茶して村上Cコマのあと小出さんにお芋を渡して、そのあと資料の整理?で市内某所に馳せ参じる。金曜日も鎌倉だー。いざいざ。

運動会撮影とか。あるいは28-300vs24-120

きょうはさっきまでK丸の結婚式の3次会?(at 船橋)に参加してきて、めちゃめちゃ飲んだ~。いつもの勝田台メンバー。今年は9月の下旬から土日ごとに運動会の撮影がびっしり入ってて、次の土曜日まで。ちなみに10/28(日)は我孫子の手賀沼マラソン。

んで、幼稚園とか保育園の運動会って、園庭とか、小学校の校庭とか、あるいは体育館とかで開催されることが多いんだけど、あたしは最近、D4s一台で撮ると決めてる。たまに、一緒に入る厳しめのカメラマン(女性であることが多い)に、カメラ一台で、っていうと、「オグラさん、急にカメラが止まったらどうするんですか!」ってすごい勢いで怒られるんだけど、そのときはそのとき。笑 ニコンのカメラが急に止まる確率よりも、50歳90kg弱のデブのおっさんがカメラ2台を肩から下げてフットワークが重くなるほうが実害は大きいと思われ。

なんの話だっけ。そうそう、もうこの手の運動会も死ぬほど撮ってて、プログラムの競技名を見るだけで、どこでどうやって撮ったらベストショットがモノにできるか、瞬時に結論が出るわけで。ストロボを焚くかどうか、というパラメーターも、けっこう重要。フォーカルプレーンシャッターを持った、いわゆる一眼レフは、ストロボを焚きながら切れるシャッター速度の限界って、多くは1/250秒だったりするわけで。あたしの使ってるニコンのD4sとD810も、その例外ではないわけで。

だらだら話が長いですね。今日書きたかったことは、僕のメインレンズたるAF-S 24-120mm F4GとAF-S28-300mm f3.5-5.6Gのどっちを使うか、競技ごとに、そのつど考えるわけで。想像通り、近場で動き回って撮る場合は断然24-120だし、遠めからバシバシ撮る場合は自然と28-300になる。ここだけの話、僕はこの2本を選択できるっていうのがニコンユーザーの至福の喜びだと思っているのだが、しばらくキヤノンユーザーやってないので、わからん。ソニーユーザーは、たぶん、この先ないと思うし。

で、非力な僕は、28-300にストロボSB-910をつけたD4sを持つのがつらい。ので、28-300を使う場合はおのずとSB-910には外れててもらうわけで。まあストロボの光はそんなに遠くまで届かないので、28-300よりは24-120とのほうが、親和性は高いと思われ。24-120とストロボSB-910をつけたD4sなら、かろうじて構えることができる。

そんなことを競技ごとの短い幕間で、考えるわけですよ。で、悩んでいるうちに、今年の秋、新しい技を編み出した。僕は小さなポーチとかを身にまとって動き回るのもとっても嫌なので、外したストロボは外部バッテリーもろともカメラバッグの周辺に片付けておくのがいままでの流儀だったんだけど、この秋、たぶん9月下旬あたりか、外部バッテリーを首から下げたまま、ケーブルをストロボと繋いだまま、カメラから外したストロボをズボン(綿パン)の左のポケットに入れておく、というワザを編み出した。へその緒のようにスパイラルなケーブルは繋がってて、けっこう邪魔になるんだけど、まあ我慢のこっち側。

さっきも書いたけど、こんどの日曜は我孫子の手賀沼マラソンで、いままではずっとゴール周辺だったけど、どういうわけか、途中のポジションに変更になったので、ひさしぶりに土蔵から出してきた200-400が火を噴くと思われ。マラソン撮影の標準レンズたる70-200は未だ幽閉中なので、200-400が長すぎると困るんだけど。笑

来年の春にはD5にチェンジしたいなあ。ニコンのフルミラ(フルサイズミラーレス)、けっこう評判いいみたいだけど、あたしはまだしばらくは、いいや。次に買うとしたらD7200だなあ。18-140mmレンズとセットで10万円とかだっけ? 安すぎだよなあ。っていうか、幼稚園の撮影とかって、これでいいよね? クソ重たいD4sとか持っていく必要なくね? いや、だれかに持って行け、と言われたわけではないのだが。

あ、そうそう。最近思ったこと。某写真屋さんの公然の秘密に、会社設立当初からやってるカメラマンは死ぬほどギャラがよくて、あとから入ったカメラマンは死ぬほどギャラが低いという、いわばダブルスタンダード(?)が、いまだに続いていて。たぶん「契約上の問題で…」みたいな誤魔化され方をするんだけど、この某写真屋に勤めてる人たちは、何も感じないんだろうか。ずっと前から疑問に思ってるし、死ぬほどギャラをもらってるカメラマンに「そんな安いギャラじゃ仕事しませんよ~」なんて嘯かれて、死ねと思いながらも、仕事、ないよりはあったほうがいいもんな、と思いながらやってるけど、こんな公然の秘密を書いてしまう僕は、いよいよ干されてしまうのでしょうか。笑 それはそれで、いいんですけどね。笑

あたしは、生まれたときからの性分として、曲がったことが大嫌い。自分のことはわかんないけどね。それこそダブルスタンダードだったら、ご指摘くださいな。

最近、村上にあんまり呼ばれなくなって、いよいよ自分で塾を立ち上げたいなあ、という欲求がムクムクと大きくなってる。こないだみた、お腹を空かせた子どもの味方のたこ焼き屋さんみたいに、お金のないご家庭の子どもは、月謝をうんと割引にしたり、なんなら無料にしたりして、勉強を教えてあげたいな。もちろん金持ちからは、ガッツリ取る。笑

僕が教えられるのは、中学校から高校に入ってすぐまでの数学と英語くらいだけど、それでも学力をうんと伸ばせば、そのあとの人生って大きく変わってくると思うし。

村上の子どもたちに、思い出したら話してるんだけど、人間は、自由になるために生まれてきたんだ。自由っていうのは、自分の思うがままに生きるっていうこと。
で、人間はなんで生まれてきたか。宇宙は、「いのちを生み出したい。いのちを育みたい。生きとし生けるものを幸せにしたい」、そればっかり考えて、存在してるんだよ。人間が、これだけ、これだけの存在で生まれてきたってことは、その宇宙の願いを、手伝え、ってことだと思われ。

ここだけの話、これが仏の悟りだと思われ。むかしの仏典には、ものすごく言葉を尽くして、いろんなことが書かれてるけど、これだけ科学や医学が発達した21世紀に生きる僕たちは、聞けば、たしかにそうだな、と思えるだけの素養を持っているわけで。

そんなことを思うと、べつにいつ死んでも、なんの後悔もないな、と心の底から思うわけで。
けど、なかなか脳内の血管、破裂しないよな。明日あたりかな。笑

お葬式は、出してくれなくてもいいです。三番瀬の沖あたりに遺体は投げ捨ててくださいな。
あ、だれかが罪に問われると困るので、サツマイモと一緒に、そのへんの落ち葉で燃やしてくれればおk

運動会の撮影とか、読書とか、メガネとか。

きょうはよく行く幼稚園の運動会の撮影でした。雨で心配だったけど、午前中の短縮バージョンで、なんとか実施できてよかったです。ふだんのギャラよりちょっと多い(この写真屋さんとしては、だいぶ多い)ギャラもいただけてマンモスらっぴー。笑

まだ確認できたわけじゃないけど、明日、予備日として押さえられてる千葉市の幼稚園でも運動会、たぶん今日やれたと思うので、そして明日は台風の襲来で会合その他もろもろがすべて吹っ飛んだので、あしたは一日ゆっくりカラダを休めるとしましょう。あ、沖縄知事選の大勝利でも祈るかな。笑

ちなみに昨日、写真屋さんから電話とメールがあって、明後日の月曜日も予備日の予備日ということで押さえられたので、こっちは平日のギャラの、だけど、半額を撮影なしでゲットできそうなので、ありがたい限り。こっちも今日、運動会がやれてれば、という前提だけど。まあ、月曜日はガテン系を入れてもいいかな。

そうそう、きょうは撮影から帰ってきたあとで、あんまり使わないレンズを3本ドナドナしに西新宿まで行こうと思ってたんだけど、つけててもつけてなくても査定にはほとんど関わらないフードを外してたら、手放すのが惜しくなって、もうちょっと頑張ってみることにした。ちなみに、3本ともニコンのAi-Sレンズ。50/1.4と35/2と24/2.4の3本。こいつらをドナドナして、津田沼の土蔵に幽閉されてるAF-S 50mm F1.8Gを戦線復帰させようかと。

こないだ某幼稚園の日常風景の撮影で、ひさしぶりに若手のエースKカメラマンといっしょになり。いつのまにか彼はキヤノンからソニーに華麗に転身を遂げており。α9を2台、広角ズームと単焦点2本、だったかな。

で、フタを開けてみたら、僕の撮った写真はぜんぜん売れてなくて、彼がソニーα+単焦点とかで撮った写真がバカ売れしてる。あまりのショックに数日間、寝込んだほど。うそだけど。でもそれくらいのショックを受けた。機材が大幅に小型軽量化してて、それだけでフットワークが軽くなるし、時間方向のベクトルで考えると、カメラマンの寿命が5年は延びると考えていいと思う。ファインダーを覗かせてもらったけど、なんつーか、光学ファインダーともう遜色ないレベルですね。言い方を選ばずにいうと、光学ファインダーよりも美しいかも。うわ、ここまで来てるのか、と愕然とした。ボディは35万とかで買えるんだって。すごい時代だ。

そんなこともあって、単焦点の50mmを戦線復帰させようかな、と思ったわけ。今月の下旬には望遠~超望遠を必要とする陸上系の撮影もいくつか入ってて、レンズをどうするか、胃を痛めてる。200-400/4か70-200/2.8のいずれか、というよりも、どっちも持っていく必要があるような気がして。

うー、馬車馬のように働かなくては。10月の空いてる日は漏れなくガテン系を入れるとして、でもやっぱり一日のギャラで考えると、ガテン系は働いてすぐにギャラが手に入るメリットはあるけど、一日のギャラで考えると、撮影系の仕事で埋めたほうが幸せになれるわけで。

なんかだらだら書いてますね。台風で明日の夜の読書系の会合も流れてしまったので、大河小説を読むモチベーションもすっかりしぼんでしまった。そんなことじゃいけないんだけどね。あ、メガネを作りに行こうかなあ。読書用およびパソコン作業用の、近めがハッキリ見えるヤツ。めがねのせいにしちゃダメだけど、この何年か、近くが見えづらいせいで、ぜんぜん本を読めてない。ものすごく読書したい欲がたまってるかも。ふだんネットとかで断片情報を大量に取り込んでるけど、本を一冊読むという満足感っていうのは、まったく違う行為だよね。人間として、とても深いところに位置する。

そうだね、西新宿まで行く代わりに、近所のメガネスーパーに行こう。光学系つながりということで。笑

だれかに、あ、そうだ、ゴルフ系の写真屋さんの面接に行ったときに、そこの代表の方にいわれた。文章、ものすごく速いスピードで書いているようでいながら、すごく読みやすいですね、って。ああ、わかるんだ、と思った。そう、たぶんしゃべるのとそう違わないスピードでキーボードを打ってる。むかしはムダにキーボードの品質とかも気にしてたけど、最近はDELLのついてたヤツで満足してる。マウスもそうだね。まあ、もちろんよくできてるんだけどさ。DELLのデスクトップも、そろそろ新調したいなあ。

おなかがすいたので、そろそろ閉じますね。
メガネを作ったあとで、マルエツでも行くか。
サバが食べたい。フランス人なので。

近ごろ思うこと。もしくは、政治に参加するということ。あるいは人として何を大事にして生きるか。

ここに文章を記すのは、40日ぶり。前回は弘前で東北の中学生の剣道を撮ってたときだ。

いきなり話が飛ぶけど、僕はいまの日本の間接民主主義は、時代遅れだと思っている。何年かにいっぺん国会や地方議会の選挙があって、議員が選出され、その議員の方々がもっぱら政治を司る、という……。

なんでそう思うかっていうと、根本的には、直接民主主義のほうが優れているわけですよ。むかしのギリシャのアテネとかの。まあ、当時は奴隷制を前提にしてたとか聞くけど。そこに参加できるのは、成人男子とか、金持ちとか、よく知らないけど、ものすごく制限された人たちなんだろうなあ、というのは想像がつくけど。それでも、一般市民が、ひとりの候補者の名前、あるいはひとつの政治団体(政党)の名称だけを白い紙に記すだけ、という現代の間接民主主義に比べたら、数億倍、あるいは数兆倍、すぐれた制度なのだろうなあと思わずにはいられない。

なにがいいたいかって、察しのいい方々なら、とっくにお気づきだと思うが、ぼくはいま、というか、ずっと前から、自分の支持政党の行き方に納得がいかない、我慢がならない、誰かに聞いても説得力のある答えが返ってこない。

これって大問題だと思うんだよね。そのくせ、次の●●選では、●●の応援する●●に投票しろ、それだけじゃなく、奴隷のように(つまり何も考えずに)すべての友人知人に●●に投票してくれるように依頼しろ、なんだったら、選挙のある●●県まで行け、もちろん自腹でな。

なんなの、これ? いったい。

アタマおかしくね?

僕の支持する政党が発足してから、はや半世紀。申し訳ないけど、とっくに制度疲労を起こしていると思う。

そのひとつの証左が、去年だったか、現役の参議院議員と、次の選挙に出るはずの候補者が、あいついで、女性問題(異性問題)で、失脚した。
台所でゴキブリを見たら、30匹はいると思え、っていうけど、ほぼ同時に二人も、こんなハレンチなやつが炙り出されたってことは、ほかにもいっぱいいるんじゃね?

これとかも、なんでもっと婦人の支持者が怒らないのかね、と思わないでもない。
あたしも現役だった参議院議員のピンクのポスターを貼って回ったさー。おんぼろ我が家の裏の壁にも貼ったし。笑

いまふと思ったけど、僕の支持政党のやってることって、秋元康が某女性アイドルグループとかにやってるのと、ほぼ一緒なんじゃないかな。
簡単に言うと、自分(たち)に都合のいい人間を前に出して、それを厚化粧して、最高だよ! 応援してね! ってやってるという。

まあ、アホな若者とかアホな女子中高生くらいまでなら騙せると思うけど、まっとうな批判精神を持った大人を騙すのは難しいと思われ。

それでも純朴な信仰者の方々は、それでも「信心で受けとめる」んだと思うけど。

政党でも、その有力な支持団体でも、その中枢でがっつり何かを決めてる人たちに限って、信仰心なんてカケラもなかったりするからね。

覚悟したほうがいいよ。その前に、警戒したほうがいい。

だいたい書きたいこと、書いたかな。

続きは後ほど。

弘前にて

今日は予定を変更して、一日早く弘前の東北中学剣道を撮りにきた。この手のブロック大会は競合他社(ほかの写真屋さん)がいることが多く、集合写真の撮影で足並みを揃えないと、あとで面倒くさいことになる。今回も、きょう練習があって、そこで集合写真が撮れるかも、って情報が入り、昨日撮ってたバレーボールを先輩カメラマンにまかせて朝の電車で弘前に転戦してきたわけ。

朝の9時には現場に着いてたんだけど、来ると予想される?某社の姿が見えない。先輩カメラマンに確認すると、午後1時までは待て、ということで、ひたすらボーッとして待つ。電池切れが怖くてスマホの使用も遠慮がちで。

結局、きょうは某社は来ず、秋田の写真屋さんのカメラマンと2人で、練習中の選手たちに声をかけて集合写真を撮らせてもらう。

どうも武道系の集合写真だと、監督とコーチが一緒に写ってないとダメ、というのがルールらしく。

いま監督がいないから、とか、きょうは練習着なので、とか断られまくり、結局48チームのうち、7チームしか撮れなかった。

でも、ひとチームひとチームに苦労して声をかけて、いいですよ、っていって集合写真が撮れた喜びは、なかなか格別なものがあり。

東北大会だから、当然、宮城や岩手や福島の子たちも来てて。彼らがこの7年をどんなふうに過ごしてきたのかな、って、彼らの笑顔を見ながら、考えてた。

ここからは、ちょっとおこがましい言い方になるかもしれないけど、あたしは根本的に、自分が写真を撮る相手に、絶対に幸せになってほしい、と祈りながらシャッターを切ってる。英語だと、銃を撃つのも写真を撮るのもshootなんだよね。銃は人を不幸にするけど、写真は人を幸せにする力があると、あたしは固く信じてる。

僕は、写真は基本的に、

この世の不思議を写すモノ

だと思ってる。人が人を写す。当たり前のようだけど、よく考えたら、当たり前のことなんて、なにひとつ、ない。あなたが僕のカメラの前にいてくれて、僕の構えるカメラのほうをじっと見て、ふっと笑い、写真に写ってくれること。

このすべてが奇跡じゃないとしたら、

そうそう、さっきのshoot、僕は、絶対に幸せになれ、という思いを込めて、ニコンのカメラのシャッターを押してる。その思いは、すべての、写ってくれた人たちの心に、間違いなく届いてると、信じてる。

この東北遠征は、例の24-70の事実上のデビュー戦になったけど、予想以上の活躍。やっぱり開放F値が一絞り違うとファインダーの明るさは倍違うわけだからね。そりゃ、被写体の細かいところまで、よく見えるよ。24-120でずっと悩まされてた、集合写真撮影時の微妙なフレーミングの変更も難なく行えるし。

アイポンで長文を書いてると、全体が見渡しづらくていけない。

まあ、けど、たぶん、そんなにおかしなことにはなってないと思うので、このままとりあえずupしますねーw

モノブロックは楽しい

滅多にないことだが、きょうは企業系の撮影。某大手流通の表彰式。仕事が舞い込んできたルートも滅多にないところから。

で、ずっと悩んでた。バックが金屏風なので、クリップオンストロボ一灯だと、金屏風の一部がテカってしまってダメダメなんじゃないか、って。担当者に確認したら、クリップオンでも大丈夫ですよ、とのことで。

それでも心配なので、念のため、モノブロックをふたつ、クルマに積んできた。で、最初はクリップオンをスタンドに立てて試写してたんだけど、光が硬いし影も強い。うーん、これはモノブロックを試してみる価値がある、と思い。幸い、時間もあったので、会場を出て、隣の駐車場からモノブロックとケーブル類を持ってきて。電源コードも3本つないで、なんとか。

で、傘つきのモノブロック一灯で試してみたら、やっぱり全然いい。当たり前だよね。光源の面積が何倍も違うんだから。光も柔らかい気がするし、影もやんわり。

いままでライティングってホントに苦手意識が強くて、ずっと遠ざけてたんだけど、武器にすると強いよな。ここだけの話、今回の撮影のために例のGODOXの激安モノブロック、ひとつ買い足したので計3つになった。3つあれば2灯が必要なとき、ひとつ死んでもなんとかなるでしょ。笑

いやー、楽しいなあ。
14時には撮影を済ませて、帰宅して、たまってる画像整理の続きをシコシコやりますよ。
悪いお水を飲みたいのをじっと我慢して。エラいな、俺。笑

明日もお芋掘りだ。頑張ろ。
明日は気心の知れた地元の写真屋さんなので、すごく楽しみ。

ものすごくひさしぶりに超望遠ズームを稲毛の土蔵から出してきたので、試し撮り?を兼ねて、成田で飛行機を撮りたいんだけど、なかなか時間がない。月曜の夕方とかに行ってみようかなぁ。

バスケについて、スポーツについて、考えをまとめてみた。【留学生が暴行!?】高校バスケIH予選 九州ブロック準決勝 大濠高校VS延岡学園の試合は没収試合に。これを機にスポーツの価値について考える | bremen life

この人すごい。

僕は最近、仕事でバスケとかバレーとかサッカーとかを撮影することが多い。昨日も千葉の高校バスケを撮ってた。先週は東京の高校バレーを。
正直、僕は子どもの頃、スポーツ全般に劣等感というか、敵愾心というか、もっと率直に言うと、スポーツなんかやってるヤツはバカなんじゃないかと思ってた。まあそれは自分がスポーツが苦手なことの裏返しだったわけだけど。

で、今日、家を出て、成田から熊本へ移動してくる途中のどこかで、九州の高校バスケで、留学生の男子が審判をぶん殴った、というニュースが飛び込んできた。最初の感想は、ありえねーだろ、だった。

で、いま思うのは、アフリカからの留学生、反省を促す意味でも、退学→国外退去、とすべきだと思う。いったい何を勘違いしておるのだ。と自分で思い、書きながら、これって、でももしかしたら、人種差別なのかな、と思わないでもない。審判をぶん殴ったのが日本人の選手だったら、国外退去させろ、とは思わなかっただろうから。まあ、国外っていったって、行くところ(帰るところ)ないわけだけど。

twitterで人の意見を見てみた。寛大な措置を、みたいなのも多いね。ぶん殴られた審判、被害届は出さないんだってね。どんだけいい人なんだ。

あ、そうそう。最近ずっと思ってること、で、昨日もずっと思ってたこと。なんで人はスポーツをやるんだろう。あと、スポーツで勝つことに、いったいなんの意味があるんだろう。

で、気づいたのが、スポーツってだいたい敵がいる。ライバルとか。敵とかライバルとかっていうのは、仏法的にいうと、仮城なわけで。つまり、敵とかライバルとかに勝つことが真の目的ではなく、あくまでも自分に勝つことが目的なわけで。

こんにちは。Runです(@zambian_run) 先ほど試合終了した高校バスケIH予選九州ブロック準決勝が没収試合となりました。 【高校バスケ総体・九州大会速報】 準決勝 福大大濠vs延岡学園は 延岡学園の留学生が審判を殴り、流血したため没収試合になったとのこと。 決勝は 福岡第一vs大濠の福岡対決 10年以上バスケしてるけど審判殴って没収試合は初めて聞いた。 これはニュースなるな。 — Run@ザンビア無職教師 (@zambian_run) June 17, 2018 🍌速報🍌 延岡学園の留学生が審判を殴り没収試合に…😨💦 via : @HSOIHV0pe4hOvJv pic.twitter.com/lIfSXdGWsX — ゴリくんのバスケ情報発信局 (@Gorikun_BJH) June 17, 2018 詳細は、このツイートの通りです。 最終ピリオドまで競り合う好ゲーム。 そして両校共、全国屈指の名門校なだけに残念でした。 動画で拝見した流れですと ①試合は終盤まで、もつれ込むクロスゲーム ②残り数分の場面で延岡の黒人選手が審判からオフェンスファールを取られる ③黒人選手が判定に激情して審判を殴り倒す このような流れでした。 動画で見た限りですが、クロスゲームで集中力もピークに達している中で起こった事件です。 私はバスケを10年以上やっていますが、オフェンスファール判定の結果は妥当なものでした。 明らかに黒人選手の肩と肘が大濠の選手に故意的に接触するイリーガルスクリーンという反則です。 ルールの詳細については各自で調べてください。 さて、今回の一件は恐らく全国ネットで報道され、最低でも延岡学園さんのIH出場停止、今季の公式戦にも出られない可能性があります。 それくらい審判の方の状態が気になるほどの暴行でしたし、前代未聞の一件です。 ここで皆で束になり 留学生なんてずるい 黒人なんて出すな なんて非難や叩くことは簡単です。

情報源: 【留学生が暴行!?】高校バスケIH予選 九州ブロック準決勝 大濠高校VS延岡学園の試合は没収試合に。これを機にスポーツの価値について考える | bremen life