藤原章生さんに会ってきた

毎日新聞のスター記者、藤原章生さんはずっとずっと前からの僕の憧れの人で。

その藤原章生さんに、生まれて初めてお会いすることができた! 今日、東京都中央区の十思小学校の跡にある「協働ステーション中央」で。

『差別の教室』という集英社新書を、昨日今日の仕事の合間に読み。この本は、藤原さんが中央大学法学部で講義した内容をギュギュッとまとめたものであり。今日、藤原さんは1/5くらいにまとめた、とおっしゃっていたけど。どうも初回から数回は録音はしておらず、途中から何か思うところがあったのだろう、録音を始めたということで。

藤原さんはインタビューの達人で。いままでに7,000人に会って話を聞いたと。すげー。

完全に話はとっちらかるんだけど、本っていいよね。書く側がどれだけ時間をかけているのか、それは人それぞれだと思うけどfixした物体としてそこにある。絶対的な存在として。読者としての我々は、それを読むか読まないかという選択しかない。ま、途中で放擲する権利は、誰人にも許されているかとは思うが。

ここだけの話、あたしは最近、一冊の本を、まともに最初から最後まで読めたためしがない。例の『実名告発 創価学会』も、まだ半分で止まってるし。この先、最後まで読めるか、微妙に自信がない。

今日の藤原さんの講演会、スライドをたくさん見せていただいたんだけど、かつて藤原さんが書かれた記事の写真を、何枚かご紹介くださり。その下のほうに、黒地に白字で、「ジャーナリスト調」とか「怒りの告発調」とか書いてある。最初、なんじゃこりゃ?と思ってたんだけど、たぶんこれはいままでの講演会で藤原さんがご自身の過去の執筆記事を振り返り、自分で反省して、端的に評した文字列だと思われ。なんつーか、記者、ジャーナリスト藤原章生の成長の軌跡とも呼ぶべきか。

すげー失礼ですよね。ごめんなさい。

今日の講演会で、幸運にも藤原さんに質問をさせていただく機会を与えていただいた。
最初、19時から20時半、って書かれてたので、そか、夜の8時半に終われば、ソッコー帰ってマックスバリュ東習志野の22時の閉店には間に合うな。半額のお刺身が残ってるといいな、と皮算用してたんだけど、ぜんぜん終わらん。質問も次から次へと続く。

藤原さんは、差別、ということについて、本当に慎重に言葉を選んでいらっしゃった。それはたぶん、新聞記者という職業柄、というのも、きっとあるのだと思う。毎日新聞も、このSNS時代、何度となく繰り返し炎上を経験し。

なんの話だっけ。

講演会の最初と最後に、藤原さんの撮られた写真のスライドショーを見せていただき。

写真って、いいよねぇ。人間って、いいよねぇ。

講演会の場では申し上げられなかったけど、藤原さんって、何度も死線をくぐってきた、という話をされていたけど、でも、人を見る目は、どこまでも優しいんだよね。めちゃめちゃ鋭いのに、めちゃめちゃ優しい。ご自分では、最近はダメなおじさん調、みたいなふうにおっしゃってたけど。

これはそのものズバリは本には書かれてないけど、人はどうしても差別しちゃう生き物なんだよねぇ、しょうがないねぇ、みんな。

みたいな、学校の先生てきな、ほんのちょっと上からの目線を感じる。

それがものすごく心地いい、というか、見晴らしがいいんだよね。

ドローンみたいに、ものすごーく上から、全部を見渡せてまっせ、という機械的な視線ではなく。ちょいとつま先を立ててみました、的な。

なんだか、何を書いてるのか、わからなくなってきましたが。

これはtwitterにも書いたけど、ひさびさに、本を一冊、最後まで読み終えた。感動。

このあとすぐに読みたいと思ってるのは、上間陽子先生の2冊の著作。
明日にでも、読み始めるよ。

今日、藤原さんには申し上げたけど、『差別の教室』で紹介されてた映画や書籍、あたしは何ひとつ、見ても読んでもいない。悲しいくらいに。ガルシア・マルケスの『千年の孤独』も藤原さんの影響で10年近く前に購入して、いまも自宅の居間のどこかに眠ってると思うけど、そのうち発掘して読み始めようかと思う。

あれ、何の話だっけ。

あ、そう、今日、読み終えたばかりの『差別の教室』を、もちろん持参して行ったんだけど、主催者の方が、本を持ってる方は、サインしてもらえますよ、みたいなことを言ってくださり、講演会と質問会の終わったあと、あたしは藤原さんの方角を目指して突進していったさ。

そしたら、藤原さん、僕のフルネームを確認してくださり。

小倉、と筆ペンで、白い紙に書かれ。下の名前は?と聞いてくださり。

ユウイチです、と答えると、雄一、と書かれ、それを『差別の教室』の表紙を開いた扉のページにスラスラすら、と書いてくださった。

そのすぐ横の行に、あまりにも感動的なお言葉が。

これはもったいないので、公開しません。

僕は藤原さんに、ずっとお会いしたかった。そして今日、ようやくお会いできた。

たぶん僕が死ぬまでに、あと何回かは、お会いできるんじゃないかな、と皮算用してる。

そだ、この項を締めるにふさわしいネタ。『差別の教室』のなかで、ちらっと藤原さん、なにげなく、船橋市に住んでた、ということをカミングアウトされ。

え? いったい、どこに!?と週刊誌の記者的な、野次馬根性が発令されてしまったよ。

たしか、村上春樹も、すこしのあいだ、船橋に住んでたんだよね。

北習志野のあたりだったか。日大理工学部のそばだったっけ。

船橋って、使命高き国土世間だよね。

そうだ、藤原さんの次の新書のタイトルは「使命」を含めていただこう。

この本のどっかで、使命という言葉はあんまり好きじゃない、と書かれていたような。

気持ちはすごーくわかる。でも、使命としか呼べない何かが人間として生まれてきたからには、あるのも事実。

その、使命とやらを感じずに死んでいく人が大半だと思うけどね。

それはそれで、残念なことだなあ、と思うことであるよ。

今日も、会場の小伝馬町から日比谷線で一駅、秋葉原駅の総武線の下りホームまでいったら、東中野駅で人身事故があった関係で、電車が遅れてて。

もしかしたら、昨日、自殺が発表された某タレントの影響もあるのかなと思ったり。

たぶん今日、電車に飛び込んだりして自ら命を絶った方々は、ずっとずっと前から死に場所を探してたんだと思われ。昨日の彼の死によって、そのトリガーを弾(ひ)かれてしまったという感じなのかなと。

僕は死ぬまで生きるよ。

そして、近々、75kgくらいになって、若い彼女を作るんだい。笑

というのは冗談だけど、この10月から、藤原さんはアフリカの西海岸を南下して行くらしい。

いいなあ。2、3日でいいので、ご一緒させていただきたいなあ。

もちろん金はないので、この家を売るかな。そしたらベトナムかインドあたりに移住できるような気がする。

こないだ市川の某私立小学校の一泊行事で、館山の地続きの島を訪れたんだけど、小学校2年生の子どもたちが、ヤドカリをいっぱい見つけてきて、僕に見せてくれるんだよね。

よく考えたら、ヤドカリって頻繁に家を変える。ヤドカリっていうくらいだから。

そっか、宿を借りるのか。それでいいんだよね。

むかしサラ金のcmで、ららら無人くん、みたいなのがあって、宇宙人が地球に降りたって、ゴンゴール?を決めて、去って行く、みたいな超バブリーなcmがあったけど、その決め文句が、

それでいい、と思う

これ天才だと思うんだよね。まあ電通あたりの死ぬほど金儲けのうまいクリエーターが考えたんだと思うけど。この言葉にだまされてサラ金からいっぱい金を借りて、首が回らなくなって、アレしちゃった人もいないことはないと思うけど、サラ金や電通の方々は、そんなの関係ねぇ、なわけで。

何が言いたいかというと、この地球に住んでて、自分に関係のないことは、ひとつもないんだ、と思うところから、人間としての、人生ってヤツが、始まるような気がしてるんだよね。

すみません、ややキザなまとめ方で。

僕が最近ずっと批判してる創価学会や公明党に対しても、ちょっとだけ矛先を丸めようかな、と思ってる。その心境の変化を言葉にするのは難しいんだけど、日蓮大聖人のお言葉を借りるとすると、わずかな小島の主の戯れ言につきあってるのがバカらしいなと。

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