20mm

小倉です。こんばんは。(笑)

先日、某出版社から発売されるニコンレンズ本で、Nikkor 20mm F2.8のレビューの原稿を書かせていただき、20mm、一般的なデジタル一眼レフに装着すると30mmくらいの画角になるんだけど、ひさしぶりに20mmを使って、ああ、この画角、好きかも、と思って、その日からどうしても20mmのレンズが欲しくて仕方なくなった。物欲の鎌足なので。で、僕はいまニコンのデジイチとコニカミノルタのデジイチを持っているので、20mmを買うにしても、どっちを買うか、ずーっと悩むわけだ。色の良さでいえばコニミノ。操作性のよさでいえば、ニコン。どっちかな、どっちかな、と考える日々なのだが、コニミノの28mm F2を使ってて感じるのは、新しい単焦点レンズでも、微妙にピントリング、つまりはMFの操作性、微妙に犠牲にしてない?っていうこと。ゴムにしたのはいいんだけど、幅が狭すぎて、いまひとつ、操作性がいいとは言いづらいと思われ。
その点、ニコンの20mm F2.8には、まったく問題ない。このレンズがコニミノのデジイチにつけば、ほんと、それこそ鬼に金棒、なんだけどね。まあそのあたりは、ユニバーサルデジタル一眼レフ用マウント、ということで、夢のまた夢ということで、そろそろ寝ましょ。(笑)

panaからデジイチ。

PMA2006がプレオープン?して、さっそくパナソニックのデジタル一眼レフが発表になった。オリンパスのE-330をもとにして作ったと思われる、LC1に似てる1台。ライカ製ということになっている14-50mmがついてる。

ふむふむぅ~。ソニーがコニカミノルタのカメラ作りを受け継いで作る、新しいデジタル一眼レフはPMAではお預けらしいので、このパナのL1が、PMAの大きな目玉のひとつに、なるのかな。

液晶モニターを見ながらの撮影はいいとして、光学ファインダーが、小さいのがちょっと残念とか思うんだけど、銀塩のレンジファインダー機のデジタル版って出せないのかな、と考えて、ヘキサー(ヘキサーRF)も、G1/G2も、作ってた会社がカメラ作りをやめちゃったんだ、ということに、はたと気づく。(笑) あんな趣味性の高いカメラを作ってると、儲からなくなっちゃう、っていうことなのかな。

いっとき、日本のカメラメーカーの間で、ライカのMマウントあるいはLマウントのレンズを出すことが流行ったことがあったけど、そのときも、キヤノンだけは、頑なに、そんな遊び度の高い流行には、のってこなかったもんね。さすがキヤノン。儲からないことには手を出さない、堅実な会社。だから出すカメラ、出すカメラ、面白みがないんだよね。よく撮れるかもしれないけど。まあそれはいいや。

レンジファインダーということでいえば、エプソンが出したR-D1があるけど、あれはライカのレンズがそのまま着く、というコンセプトのカメラじゃない? そうじゃなくて、それ専用にマウントを立ち上げて、少なくともAFのできるレンズを用意する、っていうことにしないと、なかなか市場性はないと思うなぁ。もちろんMFの操作性を重視することは大事なんだけど、AFしたい人にはちゃんとAF機能を残して(つけて)おいてあげなきゃ。あくまでも MFは脇役ですよ、というイメージを定着させることに腐心しないと、いまのユーザーは飛びつかないと思われ。京セラがカメラ作りをやめちゃったとき、ああ、これでG1/G2のデジタル化は、永久になくなってしまった、と思ったんだけど、あのときにソニーあたりが買っておいてくれたらねぇ。

フォーサーズでも、APS-Cでもいいけど、新しいMマウントみたいな発想って、ないかなぁ。レンジファインダーのカメラのための交換レンズ群。新しいマウント。それをユニバーサルマウントにすればいいのに。コンセプトとして、いちばん近いのは、やっぱりいまオリンパスがやってるフォーサーズになるのかなぁ。一眼レフだけにこだわるんじゃなく、レンジファインダーも作っちゃうっていう選択肢は、ないのかな。どうだろうねぇ。もっとボディもレンズも小さく、もっと颯爽とした、もっとかっこいい、そんなデジタルカメラ。ある意味、いまのコンパクトといまのデジイチの、ちょうど中間くらいに位置するカメラっていえばいいかな。けど、今回ライカがパナ用のレンズを作ってフォーサーズ陣営に参入したってことは、パナとかオリンパスの力を借りて、ライカがコンセプトを提案し、ライカが設計した、まったく新しいデジタルレンジファインダーカメラが登場する可能性が、出てきた、っていうことになるのかな。え゛? ほんと? そんな夢のある話、mixiなんかに書いていいのかなぁ。もしかして、1年後とかに実現したら、ひとは僕を予言者と呼ぶだろうか。呼ばないね。実現しないし。(笑)

けどいつもおもうんだけど、フォーサーズ用のレンズって巨大だよね。ズームだからかなぁ。いや違う。テレセントリックとか、デジタル対応であることはよく分かるんだけど、ライカとかG2とかの単焦点レンズ、あれくらいにコロンと小さくできないもんかなぁ。レンジファインダーだと、可能なのかな。バックフォーカスが短いから。こんどオリンパスかライカあたりに、聞いてみよう。(笑) ついいっぱい書いてしまった。

そういえば、昨日と一昨日、「近未来写真術」を録画したビデオテープをデジタル化してた。15年前にNHKで放映されてたシリーズ。篠山紀信が、気になる若手写真家の撮影現場にお邪魔して、魅力の秘密を探るっていう。当時僕は写真を始めたばかりで、この番組、いつも食い入るように見てた。小林のりお先生を知ったのも、この番組だ。若手写真家が8人くらい登場するんだけど、どういうわけか、小林先生の回だけ、小林先生のセルフナレーション?が入る。あれって誰が決めたんだろう。まさかご自分で、俺が自分で喋る!っておっしゃったわけでもなかろうに。それから、亡くなった偉大な自然写真家、星野道夫さんも、登場されていて。カムチャッカにテレビ取材に行かれていて、おひとりでテントで寝てるときに熊に襲われて亡くなった星野さんだけど、そのことを予感させるようなやりとりが、すでにこの番組のなかで、されてて。ひさびさに(何年ぶりに)見てみて、すごくよかった。これからDVDに焼いて、永久保存版にしよう。

けど当たり前のことだけど、篠山紀信はこの番組を通して、若手写真家に取材して、彼らのエネルギーをあわよくば自分の血肉にしてしまおうと考えていたに違いない。もちろん、第一義的にはテレビの視聴者に届ける、という大前提があるにせよ。でも、テレビに流れるのは、取材のごく一部なのであり。いろんな理由、とくに物理的な理由でカットされた、その他の部分は、ある意味、篠山紀信の独り占めで、それをそのあとどう自分のモノにしようが、だれにも文句をいわれる筋合いはない。まさにこれって、役得ってヤツですよね。

編集っていう言葉は、日本では狭い意味に解釈されてるけど、いろんなモノを組み合わせて、まったく新しいモノを創り出すっていうことだと思うので、けっこうたいそうなことだよなぁ、とひとりにやけてみる今日このごろ。

長すぎて、ごめんなさい。最近、読者無視の傾向が強まっていると思われ。もともとマイペースなんです。合う部分だけ、利用してくださいな。お願いします。(笑)

目黒へ

今日は、横木安良夫さんの写真展に伺うために、目黒まで行ってきた。
目黒駅って、ふだんはほとんど利用しない。以前は雅叙園で、フジのデジカメの発表会によく行ったものだが、デジカメの発表会にも、最近はほとんど行くことがなくなったわけで。
●●小学校行きという、まるでスクールバスのような東急のバスに乗り、いくつめかのバス停で降りた。目的地のギャラリーは、私立の学校の向かい、閑静な住宅地のなかにあった。

ギャラリーの壁面いっぱいに貼られた、さまざまなサイズのモノクロプリント。真四角だったり、長方形だったりというのは、写真が撮られたカメラのフォーマットを反映しているのだろう。

帰り際に、横木さんに、感想は?って聞かれた。うまく答えられなかった。お仕事でお世話になっている写真家の方の写真展に行くと、いつも、何を言っていいのか、分からなくなる。写真うまいですね、っていうんじゃあまりにも失礼だし、いい写真ですね、っていうのは、あまりにもありきたりだ。写真家の方が、その写真展という「場」を創り出したことに対して、的確なコメントを発しなければいけない。いちおう専門誌の編集者だし。(笑)

それはそうと、考えていたことはこんなことだ。
銀塩のシャープさには、デジタルでは、どんなに画素が増えようとも、けっしてかなうことができない。銀塩のシャープさというのは、ある意味、アナログなだけに、宇宙に果てがどうなっているかわからないのに似ている気がする。どこか神秘的なものを含んでいる。デジタルは、所詮はデジタルなので、数値に還元できちゃうというところがぜんぜんロマンチックじゃない。

福生の米軍基地の子どもたちの写真。二人の男の子がクルマのなかからこっちを見てる写真。それから、兄弟とおぼしき女の子と男の子がふたり立ってる写真。弟なのであろう左側の男の子は凧揚げの真っ最中なのか、糸が空に向かってフレームアウトしている。女の子は、かわいい。理知的な、なかなかいい顔をしている。ふたりとも、めちゃくちゃ立派な、ということはないけど、キチンとした、あったかそうな洋服を着てる。たぶん、親の愛に包まれて、すくすくと育っているのだろう。

それから、クルマの助手席に座るガールフレンド?の写真。運転席から、至近距離で彼女の半身が写るその写真、すぐそばにコンタクトシートも貼ってあったけど、たぶん、20mmとかの超広角単焦点レンズで撮られたモノと思われ。20mmレンズを20mmの画角で使えることの至福。レンズの端(周辺部)までをちゃんと使ってあげてる、キモチヨサ。そんなことをも思う。

当時の学生運動の写真。新宿駅での騒乱の様子。若者が、若者らしく、批判精神をたぎらせて、熱かった時代。単純に、率直に、うらやましいと思う。手でフィルムを巻き上げて、手でピントを合わせて、手でシャッターを切ることができた、そんな時代。

なんていうか、カメラが半透明な物体でいられた幸せなとき。いまは、なにもかも自動化されて、フィルムもなくなって、写真を撮ることは手軽になったはずなのに、なにか気難しくなっている、現代のデジイチたち。気軽にカバンから取り出して、風のようにシャッターを切ることが、どうもうまくいかない。視神経の延長たりえない。街が悪いのか、自分が悪いのか、カメラが悪いのか。

けど、昔をうらやんでも、何も始まらないことも分かってる。
いまの時代をいまのカメラで切り取るしか、ない。
いま生きてるというのは、たぶん、そういうことなんだろうと思う。

デジタルEOS次機種

ここ数日、kakaku.comのEOS 20D掲示板は、次機種の噂でもちきりだ。

たぶん、その(この)カメラ、買うことになると思う。発表されたら、即ヨドバシ錦糸町で予約だ。

レンズはそうたくさん持つつもりはないので、まあ単焦点を1、2本ってとこかな。35mm F2と、あと20mmとかかなぁ。85mmか100mmとかでもいいかな。

アホみたいにマウントを増やしていくのは、本意じゃないんだけど、でも、こういう仕事をしてると、やむをえず、各社の最新デジイチに触っておかないと、というのがある。その機種をもってる、使ってるというだけで、飛び込んでくる仕事もあると思われ。そうやって考えると、まさに必要経費ですね。あんまりいい言葉じゃないけど。

でも、持論としては、やっぱりカメラは買って使うもんですよ。借りて使ったって、極論でいえば、なんにも本当のことなんか、わからないと思う。落っことすかもしれない、というギリギリのところでカメラと格闘するから、それだけいい写真が撮れるんだし。そうだよね?>All

俺はそう思うけどなぁ。

Mapcameraとかで見てると、EOS-1Dsとか、中古で安く出てますね~。5Dとそう変わらないくらい。

あーでも、話かわるけど、いまキヤノンのホームページのトップにある画像。オレンジの服を着た女の子が、雪だるまと遊んでる写真。これって、ものすごーく、キヤノン色だなぁ、って思ってしまうのですよ。コニカミノルタのα7Dだったら、ぜったいにこういう風には、写らないよ。間違いない。これだけは、絶対の自信を持って言えるね。

どっかにも書いたけど、ソニーにお願いしたいのは、コニカミノルタが時間をかけて培ってきた色作りを、どうかその価値をわからずに、捨ててしまうことだけは、どうか、どうか、ないようにしてください。操作性もファインダーも、レンズ性能も、ソニーの色を加えていただいて一向にかまいませんので(できれば避けてほしいけど。笑)、色作りだけは、あんまり乱暴に手を加えるのは、お止めください。お願いです。お願いします。

とかいいながらも、ソニーの一発目のデジイチには、超期待してるんだ。α7Dの後継でも、α9Dもどき?でも、ぜんぜん構わない。コニカミノルタのカメラ作りのDNAが、色濃く残ったデジイチであれば、おかしなものに、なるはずないもん。

ソニーだって、そんなにバカじゃないでしょ。ねぇ?>ソニーの人。

ここ数年、ソニーも逆風が吹き荒れて、すこしはブランドだけじゃ食っていけないことに、気づいたでしょう。まあ、メモリースティックを廃止して、同じ容量のSDカードと交換します!なんていうことは、きっとありえないでしょうけども。(x x)☆\バキッ

テープ起こし。

今日は、自宅でテープ起こしの作業を、してた。これからあるテーマについての単行本を出すことになっていて、その取材の録音を、聞いて、文字にする作業。この作業が、僕はとても苦手で。取材は大好き。それを聞き返すのも、キライじゃない。それから、文章をひたすらしたためるのも好き。けど、録音したモノを聞いて、それを文字にする作業というのは、どういうわけか、得意じゃない。なんじゃそりゃ!?って思われるかもしれませんが、そうなんだから、仕方がない。(笑) なんでなんでしょ。たぶん、いま考えたんだけど、あんまりモノを考えずにできちゃう、というか、モノを考えずにやらないといけないから、なのかな、って思った。
贅沢を言ってる気がする。けど、そういう部分では、メチャクチャわがままですね。この人。

けど、今回のこの仕事では、テープ起こしを人に頼むわけにはいかないので、何度も繰り返し、聞き返したり、文字に直したり、それをいくつかまとめたり、っていう作業を、これからもしていかないといけない。もうすこし、ジグソーパズルのピースが揃ってきたら、たぶん急速におもしろさが増してくる、気がする。

自画自賛的でアホみたいだけど、この本、絶対に面白くなる気がする。だって、テーマとしているモノや人たちが、めちゃくちゃおもしろいんだもん。どんなに下手にまとめたって、つまらなくすることは、きっと無理だと思われ。

むかし、写真評論家の飯沢耕太郎さんと仕事をしていた頃、飯沢さんにこんなことを言われた。飯沢さんに、本をいっぱい出されてるんですね、って聞いたら、本を書くには、自分の得意分野の本を書くんだよ、って。ああ、なるほどな、って思った。自分の得意分野をもつことが大事なんだな、って。いま進めてる本は、まさにそういうテーマであり。ありがたいことに、そういうテーマに、幸運にして、めぐりあうことができた。あとは、トレロカモミロのようにだらけないで、粛々と仕事を進めていくだけだ。

今日、テープ起こし、じつは1回分のインタビュー全部はおわらなかった。具体的な時間を書くと、えー、そんなに短いの?って糾弾されるから、書かない。(笑)

明日も続けて、やりませう。夜になるかな。

レンズレビュー

ありえないことだが、先日、レンズレビュー記事の原稿書きの仕事が、どういうわけか、僕のところに舞い込んできた。もちろん、いただいた仕事をお断りするのは、のらねこ界のオキテに反するので、ありがたく、やらせていただくことにした。それで、ベトナムに交換レンズを3本も持って行って、いろいろ撮ってきたり、そのあと追加で4本もやらせていただくことになり、南房総へ出かけたり、上野動物園に行ったりして、なんとか「作例」をつくった。

写真はまあいいとして、って、よくないのだが、まあ、いいことにして、困ったのは原稿。レンズのレビューというのを、生まれてこの方、したことがないので、なにをどう書いていいのか、非常に悩んだ。限られた文字数のなかで、なにを読者に語りかけるべきか、という点において。で、呻吟しながら、いちおう、いただいた7本分のレンズのレビューを書いてみたわけだけど、初校のPDFが送られてきて、自分の書いた原稿を読み返してみて、なんだかそんなにおかしなことにはなっていないかも、と思って、すこしだけ、ほっとした。

編集を担当されている方が、僕の書いた原稿の、読者にとってわかりづらい部分、とかを言葉を換えて、直してくださっている。

不思議なもんで、読み返してみると、直されてる部分って、自分の言葉じゃないから、すぐにわかる。おれはこんなことは書いてない、というよりも、おれはこんなふうには書かない。もしくは、おれはこんな言葉遣いはしない、っていう感じ。

撮って載せた写真は、編集の方がどうにもこうにもいじることはできないのであるが、もしかしたら、原稿も、写真と同じように、手を加えることって、もしかしたら、むずかしいのかもしれない。写真の一部を加工したり編集したりしたら、全部がおかしなことになってしまうように、原稿も、そうなのかもしれない。

そうやって考えると、日夜、人の原稿をいじりまくっている、編集者としての自分の姿を省みることになる。つねに、問われるべきは、わが姿勢。

俺ってホントに謙虚だよな。(x x)☆\バキッ

山ごもり

またしばらく、山ごもり(じゃなくて、市ヶ谷ごもり?)の季節がやってきそうな予感。
でも、最近、写真の仕事をすこしずついただいているせいで、お外に出たい病が
発病。写真撮りたい。写真。

やっぱり僕にとってはカメラやレンズは写真を撮る道具として、まずは、存在する、
存在意義が、あるんだよね。極めて当たり前のことだけど、日本では微妙にそれが
常識とはなってなかったり、して。

ま、いいや。写真を撮りたい。写真。

この春、所有する一眼レフが、また何かしら増殖する予感。
こないだ、幼稚園の取材でα7Dもちょっとだけ使ったんだけど、やっぱり
仕事で使うには、安定度が桁違いに上の、D200ばかりを使うことに、
なってしまうわけで。うーん。α7Dは、仕事じゃない写真を撮るのに
いっぱい使ってあげることにしよう。D200をもう1台買うかなぁ。うーん。

幼稚園で。

今日、都内の某区立幼稚園で、「子ども会」の撮影。今春小学校に上がる、5歳児クラスの、お遊戯会。ひさびさの仕事の撮影で、死ぬほど疲れた。ホントは撮影が終わった後、その足で市ヶ谷に向かうはずだったのだが、あまりにも疲れたので、そのまま直帰。(笑) あ、原稿書き書きの仕事もあったので、ズル休みじゃあ、ないんだけど。(笑)

でも、楽しかった。子どもたちが一所懸命にひとつの劇を作り上げようとがんばってる姿は、なかなかに感動的で。写真を撮りながら、泣きそうにはならなかったけど、でも、劇は十分に楽しむことができた。

こちらでは初仕事だったので、撮りすぎた。(笑) べつに夕刊につっこむ必要もないので、いくら撮りすぎても、ダメっていうことは、ないと思うんだけど。でも、300枚くらい撮った、っていうことを“親分”に話したら、ええええええっ!そんなに撮ったの???って批判されてしまった。批判じゃないかもしれないけど、たぶん批判。というのも、撮影よりあとの処理は、すべて彼にお任せしてるから。写真を撮るのはいいんだけど、選んだり、プリントしたり、お金を集めたり、焼き増しの注文をしたり、あがってきたプリントを分けたり、っていう仕事は、どうも僕には向いていないと思われ。向いていないというか、いちじるしく不得意としている、という感じかな。(笑)
不器用なんです。申し訳ないのですが。高倉健さんに、ちょっと似てるかも。(爆)

原稿書き書き。

朝から原稿書き書きモード。うー。レンズの紹介を2つ。それから、長~い追悼記事?を前後半に分けて、2つ。疲れた。もう今日は1行も書けない! レンズの紹介はあと2つ残ってるけど、明日以降に持ち越させていただこう。ごめんなさい。みなさま。

昨日の夜中だったか、ジャストシステムのサイトでATOK2006を購入。だもんで、日本語変換の効率が著しくアップしたとか、原稿書きのスピードが当社比120%になったとか、そういうことはないけど、たまにWindows XPがプチ落ちするじゃない? その場合、前のATOKだと、タスクトレイのアイコンも落ちちゃって復活しなかったんだけど、ATOK2006になって、ようやく、落ちない、あるいは、落ちても自動で復活するようになった。タスクトレイにアイコンがないと、日本語モードか英数モードか分からなくて手さぐりでキーを押すってことになるので、ものすごい使い勝手の向上につながりますよね。って、こんなところでレビュー記事を書かなくても……。(涙) それにしても疲れた。明日は税務署に行って税金を取り戻してこよう。

D200縞問題。

いま時点での、小倉雄一としての、D200縞問題についてのコメントを記す。
僕個人としてもD200を発表直後に予約し、発売当日に購入した。一月のベトナム取材旅行でも、ガンガン使用したが、いまだに一度も縞々を経験したことがない。たまたま、縞々が出ない個体に当たったのかもしれないし、たまたま、縞々が出るシチュエーションで撮影していないだけなのかもしれない。それはわからない。

自分のカメラで縞々が出ないから、という理由だけではないが、kakaku.comの掲示板とかで、ものすごい勢いで、ニコンを糾弾しているユーザーの方々の気持ちが、どうにも分からなかった。どうしてそこまで真剣に怒(いか)れるのだろうか、と。

そうして、すこしわかったことがある。
D200の縞々問題で、ブチ切れてる人たちは、みんな、ニコンが死ぬほど好きなのだ。ニコンに期待しているのだ。ニコンに、完璧なまでに、いいカメラを、いいデジタル一眼レフを、作ってほしいと思っているのだ。

だから、ニコンから、縞々ノイズが出ちゃうようなデジタル一眼レフが発売されてしまったことに関して、どうしても、許すことができないのだ。たぶん、信じ切っていたニコンに裏切られた!という思いなのだと思う。

そのことに気づいてから、鬼のように怒っている人たちの気持ちが、すこしずつ、わかるようになってきた。

それとともに、ニコンのつらさも、よく分かるような気がする。分かるような気がする、という言い方は、あるいは傲慢かもしれないが。けど、取材などで、ニコンの開発の方々に、たくさんお会いしているだけに、開発の現場では、たぶん、それこそ、休日返上で、寝る間も惜しんで、この縞々問題を解決しようと、解決したいと、日夜努力している姿が、自然と浮かんでくるから。
ソニーだって、同じだと思う。DXフォーマットで、CCDで、画期的な10メガ超の撮像素子を完成させた。それも、ニコンの求めに応じてか、秒5コマの連写が達成できた。いままでに類を見ない、RGGBの4チャンネル読み出し。ソニーとしても、ものすごく、自信作だったろうと思う。

僕が自分に対して、決めていることがある。それは、

自分ができないことをしてくれる人には、尊敬の念を
つねに持とう、

ということ。僕は撮像素子は作ることができないし、カメラも当然、作れない。ペンタプリズム、AFセンサー、クイックリターンミラー、液晶モニター、十字ボタン、ストラップ、ストラップ取付部……。

だから、今回の件で、僕は、個人的には、ニコンを糾弾しようとは思わない。ニコンが(そしてソニーが)、いちばん辛い思いをしてると思うから。

どうしてもニコンが許せない、D200にはブチ切れた、というユーザーは、あるいは、きっぱりと、D200を手放すことを考えてみたら、どうだろう。きっといまなら、中古カメラを買い取ってくれる店ならば、きっと、いい値段で買い取ってくれるはずだ。縞々が出るかどうかなんて、買い取りのカウンターで、確認されないと思う。

そして、D200を手放したあとで、C社でもP社でもKM社でもいいから、ニコンじゃない他社のカメラで、いい写真を一枚でも多く仕留めて、そうして、ニコンをぎゃふんと言わせてやればいい。

D200の縞々問題が、完璧なまでに解決した、とご自身がお考えになるときが、きたら、そのときは改めてD200を購入して、ファインダーの見えのすばらしさや、連写性能のすごさ、シャッターを押して、すぐに切れる気持ちよさ、それから液晶モニターのでかさや、等倍を超えてギザギザになっちゃうくらいすごい拡大率の拡大再生、なによりも持ってみて、ずっしりしっくりとくる、ボディの剛性を、あらためて確かめてみてほしい。

そんなことを、つらつらと考えました。