単行本、その後。

進行中の仕事の内容を公の場に書くことの是非について、議論があることは
もちろん承知している。
でも、そのうえで、書いておいたほうがいいかもしれない、ということについては
書いておいたほうがいいかもしれない、と思わないでもない。

昨日、数カ月ぶりに山手線の円の中心点あたりにあるJRの駅に降り立った。
本当に、数カ月ぶりに。
もちろん、目的は、いま進行中の単行本について打ち合わせをするため。

打ち合わせには某雑誌の非常にご多忙な編集長と本誌以外ご担当の
副編集長が出席してくださった。

話をしてみて、あまりにもコミュニケーションがとれていないことに愕然とした。
もちろんその半分前後の責任は、当方にあるのだろう。

非常に緻密で明晰な頭脳をお持ちの月刊誌編集長は、いま時点での単行本の
本文について、その問題点を洗いざらいご指摘してくださった。非常に有り難い
限りである。

問題は、その緻密で明晰な頭脳をお持ちの編集長がご指摘してくださった
問題点を、非常に粗野でアバウトな頭脳しか持ち合わせていない、著者たる
小倉が、自分のこととして、改善が必要な問題点として、実感できるか、
痛感できるか、そのあたりに尽きると思う。

昨日の打ち合わせでは、いま時点での単行本の本文の問題点をひとつひとつ
ご指摘してくださる編集長のお話を伺いつつ、警察署の取調室で尋問を受ける
容疑者になった気分だった。別にそのつもりはないと言われるかもしれないが
僕もそのつもりはないが、そういう気分になったのは否定しようのない事実。

つまりはコミュニケーション不足ということなのだろう。もしくは、僕が演歌歌手
なのに、エーベックスにデモテープを送ってしまったというミスマッチングなの
かもしれない。
これからどうすればよいかについては、No Ideaとしかいいようがない。

これからどうすればよいかについては、No Ideaというしかない。

ただ、信頼できる少数の方に、いま現在の本文pdfをお送りして、僕が間違って
いるかどうか、ご判断を仰ごうかと思っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください