毎日新聞月曜朝刊2面のコラム、風知草。
いつもながら、山田孝男記者の筆致が冴え渡る。すばらしい。
http://mainichi.jp/select/seiji/fuchisou/
風知草:恵まれた男の実力=山田孝男
鳩山由紀夫は一般に疑われているほど甘ちゃんのセレブ政治家ではない。案外、したたかな面がある。小沢一郎に尽くしぬいてポスト小沢の民主党代表におさまり、その勢いで首相にまで上り詰めた。弟の邦夫がこう言っている。
「兄は努力家です。(中略)実像はしたたかを絵に描いたような人で、自分のためになるのなら、どんな我慢もできる(中略)政界遊泳術という点では日本一のスイマーでしょう」(文芸春秋09年8月号「鳩山邦夫 大いに吼(ほ)える」)
鳩山由紀夫は俗に信じられているほど優柔不断の慎重居士でもない。16年前、武村正義とともに自民党を飛び出して新党さきがけをつくった。やがてその武村を「排除」して民主党(現民主党の前身)を結成。民主党の共同創立者である菅直人はこう言っている。
「私はよく鳩山さんを『真っ暗闇の崖(がけ)っぷちの下に、岩があるのか水があるのかわからなくても、平気で飛び込む人だ』と評しているんです。そんな勇気の持ち主ですね」
--育ちのよさゆえの怖さ知らずということですか。
「まさにそうです。ある段階になると躊躇(ちゅうちょ)することなく『エイヤッ!』とやっちゃう」(朝日新聞出版08年刊「90年代の証言/菅直人」)
首相のニックネームは「宇宙人」である。「とらえどころのない」「浮世離れした」「世間知らずの」というニュアンスを伴う。したたかで果断な宇宙人がいてもおかしくないが、世間の鳩山観は違う。素直で柔和な人物と見ている。
政治権力の源泉である選挙と党務を小沢に丸投げした無頓着。社民党と国民新党にヒサシを貸して母屋を取られた漂流感。母親からの巨額資金提供が表面化して「マザコン」の彩りも加わり、弱々しいイメージで語られることが多い。
母親の資金といえば、偽装献金疑惑の粗筋はこうだ。首相に対し、デタラメな名義に細分化された寄付が3億円以上あった。これだけでも悪質な政治資金規正法違反だが、カネの出どころは裕福な実母とみられ、贈与税の脱税が疑われる……。
「知らなかった」と首相は繰り返すが、子供じみた言いわけのように聞こえる。報道によれば、検察は会計責任者だった元秘書を在宅起訴(=逮捕しないが、裁判にはかける)に持ち込み、首相自身の責任は問わない見通しであるらしい。
脱税の認定には微妙な側面がある。捜査の政治的影響と新政権の高い支持率を考えれば、そのあたりが妥協点という当局の判断なのだろう。
そのことの是非はおくとしても、何事につけ他人任せの殿様総理で乗り切れる危機かという疑問は残る。財政・公共投資政策大転換という民主党の政綱には共感するにせよ、ママの仕送りに支えられて「国民の皆様のお暮らし」を心配する慈善家的友愛精神は興ざめだ。
捜査の行方にかかわらず、民心の底にたまった不信の水位は上がってきている。鳩山はそろそろ眠れるしたたかさと果断さを揺り起こし、内閣の真の中心が誰か、名実ともに明らかにしなければなるまい。
鳩山のしたたかさとは、首相であり続けるための遊泳術に過ぎないのか、国政の難局を切り開く天命の資質か。
鳩山の果断さとは、向こう見ずなバクチの別名か、真の指導者の政治勘か。その辺りのことが問われている。(敬称略)(毎週月曜日掲載)