今回は古巣を離れ、まったく仕事をしたことがない出版社での仕事だったので
慣れないこと、勝手の分からないことばかりだった。
4月の上旬に話をいただき、連休前に具体的な仕事の分担について指示を受け
連休の合間、そして連休明けにロケを行い、ページ内容をfixさせ、原稿執筆を
依頼し……、と本当にバタバタのスケジュールだった。
仕事をお願いしたカメラマンさんたちも、初めて仕事をさせていただく方や、
いっしょに仕事をするのが10年ぶり二回目という方などだったので、本当に、
コミュニケーションを取るのに非常に苦労した。
前述したように、パソコンは私物のB5ノートを編集部に持ち込み、本格的に
編集の追い込み作業が始まった頃は、ネットもauのケイタイをUSBでノートに
つないで、ダイヤルアップで覚束ない状態だった。さすがに数日でその状況は
解消されたけど。
この不況の折、ページあたりのギャラもなかなかに厳しく、フリーランスの
編集者という、非常に不安定な立場である自分の今現在の姿を改めて
認識させられた。
まあでも、この短いスケジュールで、35ページほどを、なんとかそれほど
おかしなことにならずに、埋められたことは、もし次があるならば、次以降に
向けて、多少なりとも、自信にはなったかな、と思わないでもない。
まあ、でも、いやあ、生きていくことはなかなか大変ですな。いや、ホントに。
生きていくことは、本当に大変だわ。世の中の大多数の人が安定を求めるのも
わかるような気がしないでもない。
あ、けど、大学時代の就職活動で、ふたつ内定をいただいた新聞社のうち
きっと給料を死ぬほどもらえるであろう某経済紙を蹴って、いつ潰れても
おかしくない某新聞社を選んだときから、オグラはお金に執着する生き方は
とっくに捨ててるので、まあいいかな、と。(笑)
それにしても、なんであのとき、某経済紙を選ばなかったんだろう。もしそっちを
選んでたら、きっといまごろは都心の超高層マンションあたりに妻と子どもと
いっしょに暮らしてただろうに。いや、わかんないけど。(爆)
まあ、けど、負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、人生は波瀾万丈のほうが
楽しいと思うけどね。波乗りだって、ベタ凪じゃあ、話にもならないでしょ。
なんて愚にもつかないことを、最後の見開きの原稿を待ちながら、人の気配が
なくなると瞬時に消える天井の蛍光灯を見つめつつ、睡眠防止の意味も込めて
だらだらと認めてみる午前4時半過ぎのこと。
それにしてもおなかすいた。昨日の昼からなんにも食べてない。
間違いなく87kg台にいってるだろうなぁ。今日も明日も明後日もなんにも
食べなかったら、きっと86kg台にいくと思うんだけど。
痩せたいなぁ。拒食症になりそうな勢いだ。(笑)