hidden figures

さっきまで、Amazonプライムビデオで見てた。hidden figures。邦題は「ドリーム」。アタマ悪そう。笑

NASAで計算係からスタートして、宇宙計画の屋台骨を支えることになる黒人女性たちの物語。

めちゃめちゃ感動。

あした予定されてた入園式の撮影がトんで、日曜日も聖教新聞の配達しか予定がないので、今日は映画を見るぞ、と決めてた。で、何を見ようかな、とAmazonプライムのページを物色するものの、なにひとつピンとくるモノは見当たらず。

なんかの拍子に、この映画を思い出した。そういえば、アポロ計画に参画してた女性達のヒドゥンストーリーがあったよな、と。

邦題は「ドリーム」。アタマ悪そう。元のタイトルはhidden figures。隠された人物たち。

途中まで見てて、あ、これは竜女の物語だ、と気がついた。竜女なんて知らないよね。畜身だし、女性だし、子どもだし。3重苦のなかで、立派に成仏してみせた、女の子。

なんかさ、こういうご時世だし、自分で塾を、おっ始めてみようかな、と思わないでもない。できれば地元がいい。基本は個別指導塾だけど、たまに集団塾になったり、みんなで映画を見たり、読書感想文を書いたり。なんかそんな「私塾」を開きたいんだよね。

こないだパパ(実の父親、小倉光治)が電話してきてさ。前にご出資いただいたウン百万円をやっぱり返せ、っていうのかなと思ったら、仕事は大丈夫か。本当に厳しくなったら言えよ。いざとなったら助けるからな、と。泣いた。正直いうと全小倉雄一が号泣。

まあ、なかなか、パパ(実の父親、小倉光治)に、ごめん、塾を開きたいので、とりあえず100万円くらい貸してくれる?なんてことは、言えないわけで。

さっきのhidden figuresに話は戻るけど、竜女だけど、これってさんざんバカにされてた我々の、逆転ストーリーなわけよ。ふざけんじゃねーよ、アベ自民。

いまオレがいちばんアタマにきてるのは、子どもの学校が休みになって、お母さんとかは仕方なく仕事を休んで、そのぶん入ってくるお金は少なくなって。んでアベ自民が重い腰を上げて、親御さんの休業補償をしますね、っていって。

ただし、風俗産業に従事してる女性たちは、対象外ね。

っていったらしいじゃん。

殺すぞ。おどるセールスマンみたいな顔をしたカバみたいな加藤厚労相。

なぜ公明党の議員たちは、あらゆる点で、反応が鈍いのだ。
あんたたちは、女性の味方ではないのか?
そういえば、伊藤詩織さんがアベ友の山口敬之にレイプされた挙げ句、山口敬之が逮捕されずにノホホンとしてる事件に関しても、ひとつも声を上げてないよね。

いいんか? そんなんで?

プチ撮影会…

一昨日のことになるかな、3/31。平成元年度のいちばん最後の日。僕の行ってる八千代の個別指導塾を卒業する講師の方がいらっしゃり。丁寧にお願いして、バイトの前にプチ撮影会を行った。

新川沿いの図書館の駐車場にクルマを止め、すこし川を下り、道を渡って、桜並木のほうへ。枝が低いところまできてるところで、桜に抱かれながら、何枚も撮らせていただき。写真を載せられないのが残念でならない。彼女とはもう8年くらい一緒に個別指導塾のバイトの仲間として接してきて。飲み会とか合宿とかでは死ぬほど写真を撮らせてもらってきたけど、こうやって時間を作っていただき、個別に写真を撮らせていただくのは、じつは初めて。

カメラはD810とD600。レンズはニコンのAF-S 50mm F1.4Gとシグマの35mm F1.4 DG HSM、そして85mm EX DG HSM。D600のほうはバッテリーグリップをつけてないので、35mm F1.4専用、横位置専用って考えてたんだけど、35mmをD600につけてAFボタンを親指で押してもシャッターを半押ししても、AFが動かない。すごいショック。まあ慌てずにD810に付け替えて、しっかりとAFが作動することを確認して、レンズを付け替えながらD810を中心に撮影を続けた。

桜並木の歩道に立ってもらって、縦位置で何枚か。絞りはずっとf1.8とかf2とか。せっかく明るいレンズを使ってるのにf5.6とか絞ったら、意味ないもんね。ふだんはJPEG派のオグラさんだけど、今日ばかりは全カットRAWで撮りましたよ。ふだんJPEGで撮影してるときは気にならないけど、RAWだと何枚か続けて撮るとカメラのバッファがいっぱいになってシャッターが切れなくなる。書き込み中のランプがずっと点灯して。ふだんからRAWで撮影するんだったら記録メディアのスピードとかも気になるんだろうな。

駐車場のほうへ川沿いの道を戻り、新川にかかってる不思議な橋へ。中央部分が2階建てになってる。その2階へ階段を上り。川の下流の桜並木をバックに横位置で何枚か。この方はふだんからニコニコしてるんで、笑顔の写真ばっかりになるんだけど、今回は無理を言ってシリアスな表情も撮らせてもらった。すごくいい。

この日はけっこうどんより曇ってて、花曇りっていうのかな、うーん、って思ったけど、でもドピーカンとかよりは桜と美女ってすこし曇ってるほうがいいかもね。

すこしだけ内蔵ストロボを発光させても撮ったけど、意味ないね。とたんに不自然になる。彼女にまとわる自然な光こそが写真を美味しくするレシピなわけで無粋なストロボはワニにでも食わせろという感じ。新川にはワニたぶんいないと思うけども。

あ、念のため、備忘録?がわりに書いておこうかな。同じシチュエーションで、同じレンズを使って同じような露出、露出補正で撮ったD810とD600の画像を見比べると、なんかやっぱりD810のほうがシャキッとしてて、D600は少し眠い感じ? もうちょっとちゃんと検証、比較したほうがいいのかもしれないけど、でもきっとこれがローパスレスの威力なんだろうな。ふだんはローパスレスのD4sとD810を使ってるから、これが当たり前だと思ってたけど、ローパスありのD600を同じシーンで使うと、ここまで違うのか、という衝撃があり。よほどのことがない限りは積極的にD600を使おうっていうシーンは、ちょっと考えづらいかも。もちろんコンパクトなので街歩き用には最適なんだけどな。D600、いまニコンサロンが閉まってるから、卒業/入学シーズンの予備機として入手したけど、いま経済的にやや逼迫してないので、このまま手もとに置いておこうかと思ってる。Amazonで中古を4万円強でGetしたんだけど、どういうわけか元箱がついておらず。そのことも売り払うという観点ではマイナスというか消極的に働くよね。D600はもう8年も前に出たカメラなのでD810やD4sみたいにグループAFがなくて、AF測距点をひとつだけ選ぶので、ちょっと違和感。むかしはみんなこうだったんだけどね。そして絞りを開放とかにして目にピントを合わせるには、このほうがいいのかもしれないけどね。グループAFだと、まわりの別の部分に合ってしまいがちだし。

今日はけっこう早めに起きて午前中にガッツリ祈り、たまってたやるべきことをひととおり片付けたので、こうして午後にブログを認めてます。しらふでこの時間にブログの文章を書くというのはとても珍しいこと。この時間というのは措いておいて、シラフというのはちゃんと意味がある。じつは今日も天の川を撮りに房総まで行こうと思って。天の川を撮りに行く魅力に比べたらアルコールの誘惑など物の数ではないわけで。

今晩は半月で夜中の1時半には沈むから、そのあとたっぷりと天の川が撮れるはず。気象庁の星空予報を見たら、千葉はなんと100%ですよ、奥さん!

ああ、楽しみ。少しガッツリ祈って、すこし寝ようかな。

天の川を撮るレンズは24-70mm F2.8と16mm fisheyeかな。シグマの35mm F1.4はAFが動くようにファームアップをしてもらうべく、会津のシグマの工場に先ほど送り出したところなのだ。35mmだけだったらSIGMA USB Dockを購入して自分でファームアップできるんだけど、85mm F1.4 EX DG HSMのほうはUSB Dockに対応してないので、2本いっしょに送った。

じつはプチ撮影会のあと、気になってニコンのサイトを見てみたら、D810のファームウェアも新しいのが出てて。これを当てたら間違いなく35mm F1.4のAFは効かなくなると確信してたんだけど目の前にあった幸せにすがりついてしまった私は35mmのAFと52歳の別れを経験してしまったわけです。

何年か前にニコンがシグマを訴えてた裁判があって。それはAFじゃなくて手ブレ補正機構に関しての訴訟で、たしかニコンが勝ってシグマが賠償金を払ったはず。なんかそれがきっとあとを引いてるんじゃないかな、っていう気がしてる。ニコンはおそらくファームアップのたびにシグマのレンズのAFが効かないような改変を仕込んでる。そのたびにシグマは対抗してレンズのファームアップを行い、ニコンのAF封じを回避しようと頑張ってる。その繰り返し。まさにいたちごっこ。あ、ちなみにD4sに35mm F1.4をつけてみたら、やっぱりAF、効きませんでした。

いちおう写真撮影を生業としてるカメラマンとしては、要らないトラブルを避けるためにレンズはすべて純正で揃える、というのが正しいあり方なのかもしれないけど、35mm F1.4も85mm F1.4も、ニコン純正はビックリするほど高価だもんね。なんかこの機会に、むかし所有してたAi-S 85mm F1.4を再度Getしようかな、と思わないでもないけど、それってまるっきり意味ないよねー。シグマをMFで使えって話。あ、けどやっぱりAFレンズをMFで使うのと、MF専用レンズ(非AFレンズ)で手でピントを合わせるのってまったく違う行為だと思われ。若い人たちには、それって銀塩カメラにフィルムを詰めて写真を撮ってるのと何が違うのよ、みたいなことをいわれるかもしれないけど、人によって許容範囲、キャパシティは異なるわけで。写真を撮る人の数だけ、こだわりはある。それでいいのだと思う。あ、あと蛇足かもしれないけど、シグマのレンズはピントリングの回転方向がニコンとは逆、キヤノンと同じなのよね。それもニコンユーザーとしてはシグマレンズでMFしたくない大きな理由かな。いや、そんなにたいしたことじゃないけどね。まあ新聞社時代からずっとニコンを使ってる身としては体に染みついたものってあるわけで。

あー、しらふでも心が落ち着いてると文章って書けるもんなんですね。笑

いま4時か。少し祈って、少し休もうかな。

あ、けどこれは声を大にして言いたいけど、ふだんは仕事で幼稚園とか保育園とか小学校とか中学校とか高校の生徒、児童、園児をおおぜい撮ってるけど、個人的に特定の方をしっかりと撮らせていただく、というのはまったく別の行為だなって思う。

そして僕はたぶん、人の写真を撮るために生まれてきた。
born to take photographs of you.

死ぬまで美しい人たちを写真に残したい。

さ、今朝も朝から…

10回目の代配終了
家を出るとき、自転車のカギが消えるというハプニングがあったものの、今日も最高に気持ちよく配り終えることができた。

きょうは、新聞を配りながら、5年後、10年後、20年後、30年後、50年後、100年後、200年後の三山はどうなってるかなと思いながら配ってた。

この地域の未来を切り拓くために俺は毎週日曜日、聖教新聞を配ってるんだ。

さ、今日も朝から…
(x x)☆\バキッ

50代で、医学部受験!?

きょういちばんブッ飛んだ記事かも。

どっかの役所で国家公務員をやってたおっさんが50とかで早期退職して医者になろうと決意し、5年くらい、いろんな医学部を受けまくって5年目でやっと国立の金沢大学医学部に受かったって話。医学部って6年生だから、60を過ぎて医者になったと。

面接とかでさんざん突っ込まれたらしい。あなたが医学部に合格することで、ひとり若者の医学部進学を潰すことになるんですよ、その覚悟がおありですか、みたいな。

けど、おっさんは貫いた。誰かと比べてどうこうじゃなく、オレは医者になる、って決めてたんだろう。まあもちろん、5年も受験勉強できるとか、先立つモノがないと話にもならないけど。

ありていにいうと、僕はこの記事に、死ぬほど勇気をもらったのだ。あたしもここだけの話、50を過ぎて、いまもまだ、くすぶってるから。笑

いや、年をとってカラダが動かなくなるとカメラマンを続けるのってしんどくなるかな、だったら早めに別の仕事をキープしておくべきだよな、と思って、先日、ある商業的原稿書きにチャレンジしたんだけど、50の手習いというべきか、なかなかハードルが高くてさ。次以降、やるかどうか悩み中。多少ギャラがよくても精神を病むような仕事は長続きしないと思われ。

ここだけの話、心の底から尊敬できる人たちと仕事したいよね。

そんなの、夢のまた夢だと思うけど。

日蓮大聖人の説かれた法門、南無妙法蓮華経というのは宇宙の摂理であり法則でありリズムであり、というのは、よくわかってる、つもり。宇宙や地球に存する森羅万象は、すべて南無妙法蓮華経の働きなのであり。だとしたら、津波も地震も噴火も台風も洪水も、すべて宇宙のリズムなのだと思われ。誰もはっきりとは言わないけど。こないだの出張で阿蘇のカルデラを直視したけど、阿蘇の噴火が何千年、何万年前だとしても、それは明らかなる事実。あした同じことが起きないとは、誰にもわからない。そう思いながら生きるというのが、正しいのではないかな、と思いながら生きてる。

僕の立場でいえば、明後日から卒業式ラッシュが始まるけど、不思議と、どういうわけか、卒業証書授与のシーンとかに限って、カメラが突然止まったりするのよね。それは本当に不思議なことで。まあ、卒業式みたいに緊迫してる状況じゃない場面でもカメラは止まるんだろうけど、あんまり記憶に残ってないってことかしらね。うん、たぶんきっとそうだ。卒業証書授与のシーンでデジタル一眼レフが止まると、けっこう悲しいことになるので、サブカメラを肩にぶら下げるか、足もとに置いておくかして、不測の事態に備える。でも、億が一、そのサブカメラも止まったら? ま、そうなったら、卒業式のあとに、卒業生を全員集めて、ヤラセで授与のシーンをもういっぺん最初からやるしか、なかろーもん。笑

なにがいいたいかっていうと、卒業証書授与シーンの写真が、あとから意味を持ってくるのって、10年後、20年後だと思われ。あるいはもっとか。そんなときに、卒業式のホンマもんの瞬間だったか、それともアホなカメラマンがしくじって、卒業式が終わったあとに、もういっぺん撮り直しをしたか、なんて超極々僅かな些細な話なわけで。そう考えたら、けっこう気もラクになるよね。

ま、ホントをいえば、卒業証書授与のシーンとかは撮影なしにしてもらえると、こちらとしては有り難いんだけどね。あるいは動画で撮影して、あとは自分のお子様のシーンだけ、動画から切り取ってね、くらいな感じとか。Panasonicの4Kミラーレスとか使えば楽勝だと思うのだが。

去年はいくつかの卒業式で、iPhoneをブラケットにつけて、メインたるニコンD4sの左隣で動画を撮らせてみた。まあ写ってはいたんだけど、なんか動画から切り取った静止画って、いまひとつシュンとしてないんだよね。うまくいえないけど。そらそーか。1/10000秒とかのストロボを焚いて1/250秒とかで撮った静止画と、なんかそれなりの動画からの切り出しでは、おのずと仕上がりも違うか。笑

なんの話だっけ。あ、そうそう、日曜日の撮影はほぼ完全NGということにしたので、スポーツ撮影は激減すると思う。なので、いま使ってるD4sをD5にリプレイスする必要性も、かなり落ちてるかな。自分のモチベーションを除けば。とはいえ、いま使ってるD4sは、たぶん使いすぎで、もうハードウェアとしての限界を遥かに超えてると思うので、うまいこと機材ロンダリングしないと、こっちの身が持たない。いや、いま使ってるD4sを下取りに出して、もうちょっと程度のいいD4sの中古をGetするのでもいいんだけど、それだとトキメキがないじゃん。ほら、某近藤先生もおっしゃっていた。カメラの下取りにはトキメキがないといけないって。

違うっけ? ありゃ、もう23:59じゃん。飲み過ぎたので、寝るか。笑

「きっと、うまくいく」みた。

きっと、うまくいく(字幕版)、見た。

この映画を見たのは、3回目。いずれも自宅。今回見たのは2年ぶりくらいだったかな。Amazonプライムで、何を見ようかな、と考えて、いろいろ考えたんだけど、なんとなくこれが見たくて、見ました。

宮本輝の珠玉の小説「優駿」に、馬は自分が食べたい草を食べる、みたいな箇所が出てくるけど、同じことを思うなあ。人間は無意識に、いま自分が必要としてる栄養をいっぱい含んだ映画を見るんだと。

いや、ほんと、最高ですよ。とにかくストーリーがすばらしい。3時間と長尺だけど、ぜんぜん飽きさせない。ところどころに出てくるミュージカルっぽい歌と踊りのシーンとかも、あたしはすごく好き。3回目にして、あ、ここはここにつながってるのね、というところが、いくつかあり。いい本もそうだけど、いい映画も、何度見てもいいよね。何度見ても、同じところで感動できる。

こないだ見た「パラサイト」、一昨日見た「わたしはダニエル・ブレイク」、昨日見た「万引き家族」を映画の出来としては、軽く凌駕してると思うなあ。なんていうのかなあ、映画としてのスケールが違う。もちろん扱ってるテーマが違うから、同列には論じられないのかもしれないけど。

あー、書いてたらウイスキーが飲みたくなってきた。買いに行くか。いま0:41。

ちょっと行ってくる。

行ってきた。また1500円も散財してしまった。イオン謹製のウイスキー、税込600円。安くて美味い。

それはそうと、「きっと、うまくいく」、こんなスケールがでかくて普遍的なことを訴えていてゴキゲンな映画、少なくとも現代の日本では、見たことがない。

ずっと昔、某世界的なIT企業のニュースアプリの編集をやってたとき、某通信社でインドの支局に勤めてた女性の編集長と会食する機会があったんだけど、この映画を絶賛したら、あれはインドの上澄みで、みたいなことを言われたんだけど、そんなことはわかってるよ、別にこの映画がインドの現実だ、みたいなことを思ってるわけじゃない。たとえこの映画が作られたのがヨーロッパだろうが米国だろうがアフリカだろうが中国だろうが、同じように絶賛すると思う。

インドって日本以上の学歴社会で、それに敗れた若者たちは自殺を選ぶって話を聞いたことがある。この映画はまずは第一に、そういう若者たちに対して、つらくても死を選んじゃダメだよ、ってことを教えてくれてるんだと思う。落第を悲観して首をつって死んでしまう同級生がいて、主人公の親しい友人も学長室から飛び降りちゃう。命は助かるけど。そういうシーンを繰り返し描きながら、それでも死んじゃダメだ、自分の好きなように生きよう、って語りかけてくれる。さっき馬は自分が食べたい草、自分がいま必要としてる草を食べる、って宮本輝の優駿の中の話を書いたけど、あたしもそうだな。この映画、主人公の親友は動物写真家になりたいんだけど、親の期待に応えるべく工科大学に進む。あたしもいろいろ面倒くさいルールに縛られた商用原稿とかを書くよりは、子どもとか若いおねえさんとかの写真を撮ってるほうが1億倍、楽しいよなあ。なんかシャレになってないけど。

そんなところかな。書きたかったのは。

そうそう、飲み友だちの石川恵と前の前の前あたり(昨年末?)に飲んだとき、彼女はいきなりこの映画の話をしてさ。いいっすよねぇ、って。あまりにもいきなりだったので、びっくりした。あたしも最後に(2回目に)見てから数年経ってたので、あんまり詳しくは語り合えなかったんだけど。そうそう、好きな相手といい映画について語り合うのって人生の大きな喜びのひとつだよね。だからこそ、好きな相手と一緒に映画を見るんだね。だって、どっちも記憶が薄れてないから。

むかしこの映画のDVDを持ってて、カネがないときに近所のブックオフに二束三文で売り払った気がするけど。んで、そのDVDを、勝田台の某個別指導塾で同僚だった某K女史に貸したんだよな。そしたら丁寧なお手紙と一緒に返してくれて。ちょっと感動した。彼女は元気かな。ずいぶん会ってないけど。

最近、焼酎じゃなくてウイスキーばっかり飲んでるのは、同じ値段で比べたら、焼酎よりもウイスキーのほうが美味しいんじゃないかと思って。ウイスキーって基本的にデフォルトで何年か寝かしてるんだよね? 沖縄の古酒(くーす)とかもめちゃめちゃ美味いし、焼酎も何年ものとかは美味しいと思うけど、そのぶんえらい高いよね。ウイスキーは、いちばん安いやつでも、けっこう生(き)でも飲める(気がする)。なんか温かいね。

そうそう、コロナの影響で、いまさらながら、ウイルスってなんだろう、って思ってWikipediaとかを読んでたんだけど、もちろん全部理解できてるわけじゃないけど、ウイルスって生物と非生物の中間なのね。非生物っていっても、鉄鉱石とかボーキサイトみたいな鉱物じゃないけどな。本当に最小単位のブツでありながら、ちゃんと戦略とかがある。宿主に寄生して、自分たちを増殖させていく。すごい。

けどそこで思ったのは、人間が結婚して子どもを育てるのと、ウイルスが宿主に寄生して自分たちを増殖させていくのって、どっちが上とか下とか、ないよね。フラットに考えると。そしてこれも思うんだけど、ちょっと話が飛躍するかもしれないけど、ウイルスの攻撃を受けて、自分の細胞が必死に戦って、でウイルスに勝つか負けるか、今回の新型コロナウイルスでいえば、肺炎なんかを患ってしまうかどうかって、その人の免疫とか生命力によるよね。当たり前のことだけど。

あたしは一日1本、伊藤園TULLY’Sのボトルコーヒーを飲まないと脳梗塞の危険性が極めて増す、というのは自分でわかる。最近たまにフラッとすることもあるし。でも、長生きするために生きてるわけじゃないから、いつどこでポックリ逝ってもいいと思ってる。いやまだたぶん死なないけど。いますぐ死んでもなにひとつ後悔はない、という話。今日も新・人間革命25巻を読み進めてて、ページを繰るごとにヤバいなあ、ってずっと思ってた。新・人間革命25巻は、福島、山口、佐賀、そして熊本の指導について描かれてて。あと数ページで読み終わるんだけど、いちばん感動したのは、佐賀の県長を育てた名もなき一壮年のこと。

ああ僕もこのおじさんのように生きよう、と思った。

話は「きっと、うまくいく」に戻るけど、この映画って、極論すれば、人はなんのために生きるのか、ってことを教えてくれてるんだと思う。はっきりとは、そう言ってないけど。もちろん自分で考えろってこともあるんだろう。

それで考えると、あたしはやっぱり写真を撮る仕事と、子どもに勉強を教える仕事のハイブリッドで、これからの人生を切り拓いていきたい。

いや、しかし、「きっと、うまくいく」だけじゃなくて、インドの映画はすべからくそうなのかもしれないけど、サービス精神が旺盛だよね。横溢と言ってもいい。サービス精神にあふれてる。死にそうで、バイクで病院まで急送した友人のお父さん、あとで何度もバイクに乗って登場する。ああいうのって、日本の映画だとありえないよね。日本の映画って、うーん、そうだなあ、真面目すぎるというか、小さくまとまってるというか。何をエラそうに、と思われるんだろうな、でも。

さ、寝ようかな。あしたはラストエンペラーか、芙蓉鎮か、ラ・ラ・ランドか、カメラを止めるな、か、八日目の蝉か。なにをみようかなあ。。

いやー、永遠にこういう日々が続いてくれたらいいのに、13日からは怒濤の卒業式ラッシュですよ。スーツ着るのも、嫌だなあ。。笑

万引き家族、みた。

Amazonプライムビデオで「万引き家族」みた。味わい深い映画だな。

ハッキリと語られてるわけじゃないけど、万引きっていうのは貧しい者、虐げられた者たちの自衛手段だ、といってるように思えた。

家族も、血が繋がってるから自動的に家族なんじゃなく、ということが暗示され。

どんな映画を見ても思うけど、大きなスクリーンで見たかったな。

下の部屋にある32型のモニターを2階の寝室に持ってきて、ノートPCとHDMIでつないでAmazonプライムビデオを見ることにしようかな。2階の寝室にはテレビのアンテナ線が来てないので、テレビは見れないんだけど。っていうか、テレビはまったく見ないからいいんだけど。

明日にでも、そうしよう。

けど、それにしても、万引き家族って、いいタイトルだな。

松岡茉優って、いい女優だな。初めて知った。AKBあたりのメンバーかと思った。

樹木希林、まだ生きてたんだな。それにしても、ものすごい存在感。なんちゅーか、生身の人間じゃないみたいな。あと、リリーフランキー、微妙に田中邦衛、入ってるな。じゅーん、とか言い出しそう。

いやー、映画って本当にいいものですね。このまま寝ないで、もう1本くらい見たい気分。「悪人」とか、また見たいな。樹木希林つながりで。「あん」も近々見たい。あと「きっと、うまくいく」が無料になってたな。こっちもすぐに見る。

いま「万引き家族」の感想をAmazonで見てたけど、みごとに両極端。前半、たしかにやや淡々としてる。抑揚がないというか。もちろん後半、急展開するんだけど。それをサービス不足とか物足りないとか思う人がいるのは当然なんだろうな。あたしも24型のEIZOのモニターで見てたら、ちと退屈だったもん。でも、これが是枝の味なんだろうな。ポン・ジュノの韓国映画と、是枝の日本映画。韓国はつねに北朝鮮を意識しなきゃならないし、軍政を乗り越えてきた。若者には徴兵制があるし。そのあたり、日本とはまったく違うよね。映画をおもしろくするには、やっぱりその社会がワサワサしてなきゃならない。よほどのことがなければ日本映画を見ようとは思わないもんな。

いやー、しかし映画ってホントにいいもんですね。明日も2本くらい見よう。

さっきも書いたかもしれないけど、今朝(月曜の朝)9時に締切だった原稿、バタバタだったけど、なんかけっこういい感じにまとまって、なんかめちゃめちゃうれしいんだけど。ほら、写真を撮るっていう作業と、原稿を書くって作業は、使うアタマがまったく違うから。写真は一発勝負じゃん。撮れるか撮れないか。どのくらい撮れるか。文章のほうは、材料を集めて、最後にバンとやってみる。うまくいくかどうかは最後までわからない。けど、これからもあたしは、ハイブリッドで行くよ。どっちも中途半端にならないように、頑張る。

こないだ卒業入学のサブのサブとして買ったD600、あまりにも可愛いので、ちかぢか外に持ち出して写真を撮ろうかなと。D810だとちょっと大げさなんだよな。D4sは言うに及ばず。その点D600はフルサイズにもかかわらず、けっこう小さくて。まあ厚みはあるし、けっこう重いんだけどね。

寝ます。やっぱりイオン謹製のウイスキーを買ってくればよかった。

まぢで禁断症状。

いやけど、是枝の「万引き家族」と、ポン・ジュノの「パラサイト」って、すごく似てる気がするんだけど。貧乏な家族が狭いぼろ屋で缶ビールを飲んでるところとか、途中から急展開するところとか。

いやー、映画って本当にいいものですね。ってこればっかかよ。

いやー、

わたしは、ダニエル・ブレイク

時間があったので、Amazonプライムで見た。「わたしは、ダニエル・ブレイク」。

淡々とした、いい映画だった。

Amazonプライムで映画を見ることって少ないわけで、1時間40分、じっとしていられるかな、と思ったけど、ちゃんと見れた。

この体験、けっこういいな。毎月500円払ってるわけだし。

明日とかに「万引き家族」を見よう。あとポン・ジュノの過去の作品とか。

いやー、映画ってホントにいいですね。仕事部屋の24インチのEIZOのモニターで見てるけど、欲をいえば、もうちょっと大きいということないかな。下の部屋には32型のモニターがあるけど、Amazonプライムは見れないし。あー、2階の部屋に持ってきて、ノートを繋いで見ればいいのか。うん、それもいいかも。ちょっと考えよう。いずれにしてもこの家は荷物が多すぎて居場所がない。笑

いやー、映画ってホントにいいよな。シリアの激戦地のお母さんが撮ったあの映画も見たい。かならず見たい。

わたしは、ダニエル・ブレイク」に話が戻るけど、なんか自分の将来を暗示させられてる気がしたなあ。あたしは家族もいないし、何の保証もない中年フリーターだし、いつポックリ逝ってもおかしくない。いや、ポックリ逝ければ御の字だけど、まあ行けるところまで行くよ。笑

読書三昧の日々

水曜日に行った求人広告の取材インタビューの原稿、締切2時間前にアップロード完了。いやー、よく頑張った。ホントあたし、トレロカモミロの生まれ変わりだわ。なんでギリギリにならないと力を発揮できないのかしらね。

それはそれとして、なかなか上手にまとまった気がするんだけど、どうだろう。自分でいいと思っても、人の評価ってわからないからね。でも、まあ、そんなに悪いことにはならない気がする。次の仕事が来るかどうかで決まるよね。

5時に起きて短くガッツリ祈って作業に臨んだけど、ほんと祈るとアタマの中がスッキリして自分のやるべきことがハッキリ見えてくるよね。これは本当にすごいと思う。こればかりはやってみないと実感できない。昔はよく、リンゴは食べてみないとわからないって言われたけど、なんでリンゴなんだろう。笑

数年前、知恵熱が出て、なんで祈ると人生が上手くいくんだよ、そんなの神頼み(仏頼み?)じゃん、祈っただけで人生上手くいくんだったら●●要らないよ、って思ってたけど(●●にはそれぞれ好きな2文字の熟語を入れてください)、もう降参した。祈るって宇宙の智慧を全部自分のモノにできるってことなんだよね。僕がそれこそ祈りながら、祈って人生が上手くいくなんて変じゃん、と思ってたときに閃いたのは、ん、待てよ、俺は酒が好きでよく嗜むけど、酒を飲んで気持ちよくなるなんて変じゃんとかいって断酒できるか? いやできない。笑

これで終わったね。僕の無駄な努力も。

あるいは、いま調べ物をするときに、自分のパソコンの中だけの情報で頑張る人って、そういないよね。なんかあったらすぐにググるじゃないですか。21世紀を生きる文明人として当然の所作ですよね。それを、おれはGoogleなんかには頼らないぜ!って気張っててもしょうがない。利用できるもんは素直に利用したほうがずっと価値的だ。

友人に仏法の話を語ってて、最近つくづく感じるのは、やっぱり最終的にはこの祈りのすごさについて語らないと、単なる生命哲学を語ってるので終わっちゃうということ。いや、もちろんそれが意味がないとはいわないけど、でもピラミッドの一番上の四角錐がすっぽり抜け落ちてる、そんな感じになるわけで。いま師匠の思想が中国の大学とかでさかんに研究されてるけど、いま中国は毛沢東思想で頑張ってて、生きた宗教はNGってことになってるから、仕方ないとは思うんだけど、そのうち中国で民主化が進めば、師匠の思想の根本をなす、この祈りについて理解も進むし実践する人も出てくることだろう。というか、香港も台湾もとっくに実践してる人たちはたくさんいるわけで、堰が切られたら、あとは早いよね。

いやー、課題は苦手だけど、フリーだとこんなにスラスラ書けるのにね。笑

あと、原稿を入力するシートがExcelで、Excelってほら、長文を入力するようにはできてないし、なんかフォントもムダに太いし、けっこうなストレスだった。もちろん秀丸とかeditorで書いてコピペしてもいいんだろうけど、現在の文字数を表示する関数?みたいなのが仕込んであって、それがなかなか便利だったので、そのままExcelで書き切ってしまった。まあたいした問題ではない。

この3月はコロナの影響で仕事が激減して、本当だったら今日も明日もガテン系のバイトに勤しんでないといけないんだけど思いのほかのんびりしてるのは、確定申告をすれば還付金が戻ってくる、それを期待してるからなのですね。e-Taxでやるとかっちり3週間後に還付金が振り込まれるので、今日やったら3/30に振り込まれる。稼ぎが悪いもんで大した額じゃないんだけど、それでも赤貧の末端カメラマンとしたら涙が出るほどうれしい金額で。

なんかでも今日はやらずに明日になりそうな予感。3/30でも4/1でも大差ないよね。そうじゃないか。

あー、特に書くことないですね。寝ますかね。まだ寝るんか、という話もあるが。あ、近所の銭湯でも行こうかな。たまには大きいお風呂に浸かりたい。でもけっこう高いんだよな。あたしは温泉とか銭湯、大好きなんだけど、入ったらすぐに飽きちゃってたぶん10分も入ってない。何度も出たり入ったりする趣味もない。それで700円とかは微妙に高いよなと。去年、長野に出張に行ったときは、街中のあちこちに温泉があって、300円とか?で入れたので本当に天国だった。また行きたいなあ。ケンカ別れした写真屋さんなので、もう仕事こないだろうけど。笑

今日は新・人間革命の25巻と26巻を読みます。たぶんものすごく自分の血肉になると思う。1冊読むのに4時間くらいかかるのかな。一日2冊は厳しいかな。まあ、いけるだけいってみよう。なんであたしがいま現在シラフでいられるかというと最近激愛してるイオン謹製のウイスキーが昨晩、空っぽになってしまったからなのですねー。昨日の夜もイオンに行ったけど、さすがに新しい瓶を買おうという気持ちにはならなかった。ダメ人間になりそうで。

ということで、うどん食って、少し寝て、ガッツリ祈って、読書三昧と行きましょう。

しかし本当に来週から学校や塾は再開するのだろうか。卒業式が一段落する年度末の25日以降、撮影が復活しないかなあと淡い期待を寄せているのだが。無理なら無理で、読書三昧、唱題三昧の日々を送るからいいけどさ。

なんかおれ、ご隠居様みたいだなあ。

信仰は人生を味わい尽くすためにある

8回目の聖教新聞代配、完了。
あー気持ちいい。

聖教新聞の代配をしてると、いつも名文句が浮かんでくるんだけど、今日はこれ。

この信心は
人生を味わい尽くす
ためにある

いままでずっと何度も師匠が教えてくれてたことだけど、今日あらためて、ああ本当にそうだな、としみじみ思った。

水曜日に行った求人広告の取材インタビュー、テープ起こしはまだ1/4しか終わってなくて、あとまるまる2時間分あって、そのあと「まとめ」の作業があるんだけど、締切は明日の朝9時なので、まあきょうの昼くらいからやれば、余裕で終わるかと思われ。そのあと数日、撮影も塾もないし、ガテン系も入れる気nothingなので、まずは確定申告の作業をやって、ガッツリ祈って、新・人間革命の25~30巻下を読み進めよう。あーイオン謹製の激安ウイスキーが美味い。麦茶割りでほんの少しでやめとくけど。

あーおなかすいたー

いつものカット野菜300円を2つ買ってあるけど、やっぱり冬はサラダを食べる気なかなかしないよね。やっぱスープがいいよなあ。いまひとつ野菜スープのレシピというか、なんとなくまだ確立できてなくて。いや確立とかそんな大げさなもんじゃないと思うけどさ。

いつも同じ話をするけど野菜って本当に偉大だと思うのよね。だって同んなじ土の中から生えてくるのに、みんなものすごく個性豊かじゃない? もちろん種子が違うから、なんだろうけど、その律儀さというか、けなげさというか、その真面目さというか。ぞっとするよね。百花繚乱。桜梅桃李。

つまりなにがいいたいかというと、野菜にもそれぞれ使命があるように人間にだって生まれてきたからには、ひとりひとりにものすごい使命がある。だから絶対に人を殺しちゃいけない。話が飛びすぎかもしれないけど。昨日も今日もシリア北西部でシリア政府軍とロシア軍による空爆によって、なんの罪もない子どもたちや女性たちや男性たちが殺されてるけど、なんで誰もなんとも思わないんだろう。たぶん仏様というものがこの世にいらっしゃるとして、その仏様はいちばん不幸な人たちにずっと寄り添ってると思うんだよね。いや、自分が仏様だとか言うつもりはさらさらないんだけどさ。仏って存在とか名目とかじゃなく、働きだし戦いだし瞬間瞬間だよね。

以下、昨日の夜、寝る前にtwitterに書いたことだけど。

なんかtwitterには隠れ●●員とか未活動●●員とかがやたらいる気がするんだけど、多分このままじゃいけない、どうにかしたいと思ってるんだろうね。いったい彼ら彼女らの地元組織は何をやってるんだ!笑

まあ大事なのは、なんのために信仰があるのか、なんのために信仰をやってるのか、というのをひとりひとりが自分のなかでハッキリと確認することだろうね。

組織のためでも政党のためでもない

師匠の言うとおり、人生、得をするためにやってる

師匠はあえて現世利益に寄せて語ってくださってるけど、

なんつーかなー
明日も代配があるのでそろそろ寝なくては
雨だと面倒いけど
そのぶん燃える
変態かよ

たいして高い山でもないのに

自分の悪いクセで、サボる言い訳じゃないけど、たいして高い山でもないのに自分で勝手に高い山だと思い込むようにしてわざと怯えて前に進まずに躊躇するっていうのがあるんだけど、いまもややその状態かな。

一昨日の幼稚園の個人写真、証書授与、お楽しみ会の画像整理を今日やる予定だったんだけど、まだ着手できておらず。

昨日のインタビュー取材の原稿書きは画像整理が終わった翌日からやろうと思ってるので明日か明後日には。

まあ時間が盛大に空いてしまったので茫然自失でやる気が出ないというのも大きいんだけどね。

今朝は2002年に仏法を教えてあげた友人からLINEがあって、自分の友人に自分の言葉で初めて仏法を語れた、って伝えてくれて。

うれしかったなあ。

エラそうにいってるヒマがあったら、あたしも頑張らなきゃ。

大悪おこれば大善きたる

これしかない。
ただ漫然と大善を待ってるのではない。
自身の戦いで大善を招き寄せるのだ。