年越し

素朴な疑問だけど、なんで人って、年を越すっていうとき、あらたまるんだろう。

ただ、いつもの夜と朝なのに。

まあでも、人間ってなんか区切りがないと、生きていけないもんなんだろうね。

perfumeって、すぐいなくなると思ったら、頑張ってるんだね。
なんかふつうっぽいところが、いいのかな?

僕にとっては、紅白は1年に1回だけみる、歌番組で。

いかに自分が流行り歌と縁が遠いかが分かるなぁ。(笑)
クルマに乗ってるときも、いつも熊木さんでラジオはまったく聴かないし。

東方神起って、人気あるよね。塾の女の子が、好きだって言ってた。
あと、うちの妹も、ファンなんだって。
アジア系のいい男に、日本人も韓国人も、関係ないもんなぁ。。(笑)

2000年12月

日記

●平成十二年

・12月4日(月)

ひさびさに、会社から更新してます。
それもデスクトップで。となりの部署でついてるテレビがうるさいので
CDウォークマンに逃げてます。(笑)

最近、憂鬱な日々が続き。それは、先日「ちらっ」と書いた、会社の
おねえさんとの魂の交歓が、すっかり停滞してしまったからで。

何を書くか、何を書かざるか、というのは、この場合、非常に難しいね。
これから書こうとしてることは、ある大学院の医学部の研究室で友人の
M氏が同僚?のHさんを相手に繰り広げている話題に類することで。(笑)

あー、でも、いまこの日記の文章、職場のデスクトップで書いてるって、さっき
書いたけど、すごい違和感。キーボードのキーを押したときの押し返される感じが
いつものThinkPadとはまるで違ってて。ああ、なんかやっぱり私って感覚で生きてる
人間なのね。哀しいくらいに、それを感じる。ま、だから写真なんて曖昧模糊な
表現媒体をえらんでしまったんだけど、ね。

あ、そうそう。すごくうれしいこと。けど、だれかにいうのもアレなので、
ここに書く。昨日、会社に来るとき、うちの近所の津田沼の昭和堂に、
12月号の売れ行きの定点観測に行ったんだけど、そしたら、2冊も減ってた!!!
9冊残ってたのが、7冊になってた。この週末で、だれか二人の人が手にして、
ぱらぱら中をながめて、そしてそれをレジまで持っていって、自腹を切って、
880円も払って、買ってくれたんだ。なんだかそれを思うと、涙が出そうなくらい
うれしくなった。残り9冊の状態が、ずいぶん長かったから。

今日の主題に、話を戻すけど、先々週の金曜日、社内の若手懇親会(?)が
あったのね。ま、単なる飲み会だけど。(笑) 結構いろんな部署の人が
きてくれて。ふだん話せない人と話すことができたりとか、すごく盛り上がった
んだけど、この飲み会、私が当日「ねつぞー」したもので。(笑)

彼女も来てくれたんだ。仕事がすごく忙しいなか、駆けつけてくれた。

その日は、すごく盛り上がったんだよ。
すくなくとも、おれはそう感じた。
けど、どうも私の独り相撲、はしゃぎすぎだったみたいだ。
その日から、いくらICQのメッセージを送っても、彼女からは
1通も返ってこなくなってしまった。

僕の時計はすっかり止まってしまった。

折しも、BGMはELTの「Time Goes by」。

・12月5日(火)

気分を取り直して(笑)、明るくいきましょ。

いま、津田沼始発の各駅停車のなか。発車時刻を待ってる。いちばん前の車両。
さっきまで実は2両目の、市ヶ谷駅の四谷寄りの階段に近い場所に乗ってたんだけど、
がらがらの始発電車だというのに、俺の真向かいに、むさいおっさんが座りこみ。
をぃをぃ、どうしてこんなに空いてるのに、わざわざ俺の向かいに来る必要がある!?
と憤慨して、thinkpadをたたんで、で1両目に避難してきたとこ。
もしかして男が好きなオヤジなんだろうか、デブ専なんだろうか(笑)、などと
考えてもみたが、私の33年の人生のなかで、とくにそういう性癖を持つ男に
好かれた、という記憶もない……。

ぜんぜん気分取り直してないじゃん。(爆)
明るくないよぉ~。(涙)

それはそれとして。今日、津田沼の丸井に寄って、年末粗品?をもらってきた。
うちのかあちゃんが、私宛に届いた葉書をめざとく見つけ、ユウイチ、私この時計が
欲しいから、もらってきてもいいかな、って何度もしつこく聞く。どういうわけか
この人は、なにか人からものをもらうのがとても好きなようで。いつも誰かから何かを
もらっては、私は福運がある、と口癖のように言っており。
あんまりそれを私は快く思っていなかったりする。丸井の葉書も、わざわざ津田沼の丸井まで
葉書を持って、やすっぽい時計をもらうために、行きそうな気配で。私が仕事に行くのに
津田沼を通ることは十分承知してるだろうに……。

だから、さっきのさっきまでは、そんなしょうもない粗品をもらうためにバス代をかけて
津田沼まで行くなんてバカらしい、と思ってた。そんな葉書、捨ててしまえ、とも。

丸井カードを私が作ったいきさつから、書かないと不公平かも知れませんね。

3年ほど前の年末。どうにもこうにもお金がなくて、あちこちでお金を借りまくってた
ことがあった。転職したのはいいものの、契約社員というのは、ボーナスが出ないわけで。
前の会社にいたときの調子で、いろいろボーナス払いとかで買ってて、気がついたら、
こりゃあ真剣に、どうにかしないと年を越せないぞ、ということに思い至った。

で、いくつめかの選択肢として、丸井のカードを思いついたわけだ。なんか宣伝とかすごいし
学生とかにもほいほいカードを作らせてくれるみたいだから、私が行っても、すぐにカードを
手に入れられるだろう、それでキャッシングして、いっときだけでもしのげれば、いいか、と。

そんなこちらの思惑を察するように、窓口のおじさん、ショッピングにはすぐ使えますが、
いまはキャッシングはダメです。ショッピングで実績?を積んでから、キャッシングも利用
できるようになりますよ、って曰う。

がーん、と思った。それじゃあ、カードを作る意味がまるでないよぉ~、って。
でも、じゃあカードいりません、なんていまさら言えないので、仕方なくぴかぴかの
丸井カードをもって、家に帰った。それから丸3年。じつは私、丸井のカードを使った
ことって、いっぺんもない。そもそも丸井で買い物なんかまずしないし、それにわざわざ
ローンにする必要も感じないし。というわけで、誕生月の11月に、年会費の1,000円
(だっけ?)だけが、たんたんと引かれる、という静かな関係を、続けていたのでありました。
丸井のカードは、どうせ使わないから、って自宅の自分の部屋の机の上に、放置され続け。
役目を終えた、某・サラ金のカードと一緒に。

そういういきさつがあったので、丸井のただでもらえる年末の粗品を受け取ることに
私、うんと抵抗があったわけ。

けど、何度も時計のことを言い出す、うちの母ちゃんを見てたら、ま、この人が
喜ぶんだったら、じぶんが気に入らないことでも、してやっても罰は当たらないのかもな
って少し考えを変えた。で、今日、会社に行く途中で、丸井津田沼店に寄り、7Fの
カードセンターの一角の「年末粗品引き替えコーナー」(だったかな?)のお兄さんに
葉書を渡して、赤い時計と交換したのでありました。

じつは、丸井に行こうと決めたとき、粗品を受け取った直後に、カードもう要りません
って退会申し込みしようかな、ってちょっと思ってたのね。けど、そのときは粗品コーナーが
独立してるなんて思いもよらず、退会受付も同じカウンターなんだろうな、って思ってたから
粗品をもらったその直後に、辞めます、なんてかっこわるいよなぁ、って思ってた。
そしたら、粗品コーナーと、通常のカウンターは、ま、すぐそばではあるんだけど、
いちおう別になってたから、粗品をもらった、その紙袋は手にしていたものの、
辞めたいんですが、って、窓口のおじさんに告げると、じゃあこちらへ、って横の方へ
導かれて、あっというまに退会手続きを取ってくれた。このへん、さすが客商売だなぁ。
数十秒後には、ハサミを入れられたカードと退会申込書が私の目の前にあり、
名前を2カ所、電話番号を1カ所記入しただけで、あとは無罪放免。
「またどうぞ」みたいなことをおじさんは言い、私の手許には、退会確認書?の
半ぺらだけが残った。ちょっとしびれたな。

丸井の話、その2。(笑)

ここでは書いてなかったと思うけど、私、先週の土曜日、新宿の丸井メンズ館?で
グレーのセーターを買ったんだよ。あ、現金で、だけど。

その日、もちろん仕事だったんだけど、夕方から、あるカメラメーカーのイベントが
新宿西口であり。私も行くことになってたんだけど、その日着てたお気に入りの
紺のセーター、襟のところにけっこう大きな穴があいており。ずっと前から私、
そのことに気付いてはいたんだけど、ま、会社にいるときは、セーターに穴が
多少あいてようが、別にとがめられることも、ないだろうな、って思い。
けどその日出席することにしていたイベントは、新しい写真文化の発信基地になる、
っていう、メーカーの気合いの入ったプラザの開所式で。呼んでくださった写真家の
先生の手前、あんまり汚いカッコをしていくのもあれかなぁ、なんて、多少は浮き世の
しがらみに左右される部分もあったりして。(^^;

で、会社を出て、新宿のどこかの店で、セーターを買おうと思ったのね。
会社から一番近い地下鉄の駅、都営新宿線の市ヶ谷駅から地下鉄に乗り込み、
新宿3丁目駅で降り。伊勢丹から地上に出た。伊勢丹でセーターを買っても
いいかな、と思ったけど、男物の品揃えがあんまり分からなかったのと、なんか
伊勢丹って、敷居が高い気がして、躊躇し。で、あ、このへんに丸井があったなぁと
あちこちを見渡すと、かどに一つあり。前にカバンを買おうとした店だ。でも壁に
グッズ館だっけ、そんなふうに書いてある。さすがにグッズ館には男物のセーターは
売ってないよなぁ、サンタの衣装くらいならありそうだけど……なんて思いながら、
またあちこち見てると、反対の角に、もうひとつ丸井が見える。あ、あそこたしか
メンズ館だったんじゃなかったっけ……。で、時間もなかったし、ずんずんと歩いて
いき。6Fだったっけ。いちばんシンプルな(ベーシックな、つまり安い。笑)
セーターとかがありそうだったから、エスカレーターで6Fに上がり、
で、数分で前に飾りボタンの2つばかしついたグレーのセーターを買った。
4,900円だったかな。ホントは、コートも欲しいなぁ、って思ってたんだけど
丸井でセーターを買うという行為で、私のライフポイントは限りなくゼロに近づいて
いたし、時間もあんまりなかったから、コートは次回、ということで、トイレで
セーターを着替えてから、エレベーターで1Fまで降りて。

で、青梅街道? 新宿と歌舞伎町の間の大きな通り、その歌舞伎町側を、ずんずんと
新宿西口方面に向かって歩いた。

なんで先週の土曜日のしょうもない買い物のことを、延々書いてるのかって?

会場に向かう途中、いま現在私が一番会いたいと思ってる人に、
ばったり会ったんだ。

向こうは仲間と何人かで歩いてた。私が彼女に気がついたのは、やっぱりその声。

すれ違う直前に「え?」と思って顔を上げたら、笑顔でしゃべってる彼女がいて。
私のことは、気がつかなかっただろうなぁ。話に夢中だったみたいだし。

なんだかそのときに、とても粛然とした気持ちになったのを覚えてる。

私、休みの日に東京の街を歩き回っても、会社の知り合いに会うことなんかまずない。
MLのオフ会とかで、新宿に来ることってよくあるけど、あれだけ人の多い東口の
駅前交番の前とかでずっと待ち合わせとかしてても、でも、待ち合わせをしてる相手
以外の知り合いに会うことなんて、いままで一度もなかった。

だから、偶然と呼ぶにはあまりにも稀な、その日の偶然のすれ違い、彼女と私が
目的はどうあれ、20世紀の最後の最後に、日本でいちばんの繁華街に、一瞬でも
同じ時に、同じ場所に、身を置いていたということに、なんだかとても不思議な
意味を感じる。

って、いつもこんな独り善がりなことばかり書いてるから、きっと
嫌われちゃうんだろうな。そうだよね?>All。(笑)

その日、夜半過ぎには雲もすっかり消え、ものすごくきれいな星空が
広がってた。今日こそは、と思い、三脚に備え付けたハッセルと、いすと、
キリンの「端麗」350ml缶を携えて、空きばかりの裏の駐車場へ出た。

で、露出を変えながら、何回かシャッターを切った。オリオン座とか、すばるの
あたりとかにレンズを向けながら。何回目か、いち、に、さん、し、……って、
露出秒数を数えながら、天を仰いでたら、縦にすうっ、っと流れ星が流れ。

うわあ、って思った。けっこうながく光ってたよ。

ほら、流れ星が消えないうちに願い事を3回いえれば、その願いは叶う、って
いうでしょ。でも、そんな長い流れ星は、どこにもないわけで。

ってことは、何をいわんとしてるのか。私は多分、やっぱ、いつなんどきたりとも
忘れずに、ひとつのことをずっと願い続けることが大事だ、ってことを言いたいんだと
思うんだ。

いつもいつも思い願ってることは、きっといつか、叶う。それを教えてくれようと
してるんじゃないかなぁ。

相変わらずこの男、自分に都合のいいことばっかり言ってますが。(爆)

・12月12日(火)

今日、平成12年12月12日。だからどうした、と言われれば、それまでですが。(笑)

僕にとって、これからの人生、一番大事な人は誰かと言えば、僕の子供を産んでくれる人。
僕と生涯ともに生活してくれる人。考え方はいろいろあるかもしれないけど、きっとそうだと
思う。大切なのは、僕の子供を産んでくれる人、と、僕と生涯ともに生活してくれる人、の
両者が一致するということ。この2つが、別々の人じゃあ、困る。

何を書いてるんでしょうか。

ひとつ書きやすいネタがあるんだけど、それを書くべきか書かざるべきか、悩むところ。
悩んだら書け、というオキテどおり、書くことにする。

それはきのうの昼下がり、ユウイチの携帯が鳴り響いたことから始まった……。
(←陳腐やなぁ。笑)

電話は別居中のユウイチの乳からで。否、父からで。乳はふつう別居しない。
それはそれとして。

父は大事な話がある、と言いながら、でかい声で用件を話し始めた……。

気に入ったマンションがある。1,500万円だ。実家の権利を500万でお前に
譲るから、買ってくれ。あるいは、親子ローンを組んで、500万円分、俺の買う
マンションの支払いを負担してくれ。10年もすれば俺はくたばるから、そのとき
そのマンションの価値はゼロではないだろう……。それをお前が取ればいい。
いまいるアパートに10年家賃を払うよりも、マンションを買ったほうが少しだけ
安くつくのだ……。

携帯の向こうで大声で喋る父親の声を聞きながら、
いま500万円の現金を作ることは並大抵のコトじゃあないが、親子ローンとかで
500万円分の借金を連帯?して、そのかわり、実家の権利をぜんぶこっちにする
というのは、悪い相談じゃないなぁ、と思った。離婚した両親が実家の土地と建物の
権利を持ってる、っていう状態は、なんとなく落ち着きが悪いと思われ。
父が一緒に暮らしているという女性が、父が死んだあとで何かしらの因縁のような
ものをつけてこないとも限らないし、そうしたら、平穏な暮らしというのは
間違いなく阻害されるだろうし。

だから、すっぱりと実家の権利をぜんぶ母名義にしてしまったほうが、すっきりしてて
いいかな、と思った。そして、その「親子ローン」とかも、ま、両親は離婚しても
彼が私の父親であることはずっと変わらない事実なんだから、なにかしらの関わりを
持ち続けるのも、悪くないんじゃないかなぁ、と思う。それがたとえ金銭的なつながりに
すぎないとしても。

そんなわけで、父の第2案、1,500万円の親子ローンのうち、500万円を
私が負担する、というのに、かなり私、乗り気だった。

その話を、きのうの夜、帰宅したときに母にしたのね。そしたら、いきなり怒り出し。

この家は私のものだ。私のあずかり知らぬところで、この家の権利を売るだの
譲るだの、そんなことは絶対に認めない。この家は私のものだ。この家がなくなったら
私は行くところがないではないか。

それを聞いて、思った。この人に対しては、ある事柄を、順序立てて最初から伝える、
ということは、もはや有効ではない。うんとデフォルメして、「これはすべて、あなたの
ためにやっていることなんですよ」というのを、ものすごく噛み砕いて優しく易しく説明
しないと、聞き入れてくれないんだ……と。

でもしょうがないよね。私がしっかりするしか、ないんだろうな。

つーことで、500万円話は、再検討中。

もうひとつ。書こうと思ったこと。

こないだ、メシを食いながら、会社の同僚(後輩)と話してて。
彼はこんな事を言う。本を作ってるときに、ホームページの作者の取材とかで
「ホームページ作りがいちばんの楽しみ。ホームページが気になって夜の
10時にはかならず帰宅します!」っていう20代の女性がいて。
他に楽しみないのかよ、って思いましたよっ、

って。寂しい人たちですよねぇ~、みたいなことも、言ってたかな。

寂しいヤツはお前だよ、って思ったけど、私おとなだから、何も言わずに
聞いてた。じゃあお前はなんのために雑誌作りなんかやってんだよ、とも
聞かなかったよ。えらいな、ぼく。(笑)

前にも書いたこと、あるかもしれないけど、
ホームページなんて、作りたきゃ作ればいいし、作りたくなければ作らなきゃいい。
それだけのことだ。書くことがあれば書けばいいし、書くことがなければ書かなきゃいい。
それだけのことだ。それ以上、ごちゃごちゃいうことじゃない。

ホームページに何か載せるのと、雑誌を作るのと、本質的には何も違いはない。
その情報が、誰か特定のひとりにとって、有益か、そうではないか、それだけのことだ。

あまり人に迷惑をかけずに、この地球上のどこかの誰かにとって、もしかしたら
有益かもしれない情報を、なんの権力も財力もない一個人が、静かにそっと提供できると
したら、こんな素晴らしいことは、ないではないか。

君はそんな基本的なことも、分からないで、うちの会社にきたのかい?

……。↑なんてことは、もちろん言わなかったけど、でも、

どうしてxxxxx(会社名)なんかにきたの?
              ・・・

ってちゃんと聞いたよ。あは、あいかわらず毒もってるね。この男。(笑)

・12月14日(木)

ありゃりゃ。もう木曜日か……。

昨日、会社の同僚の女性の紹介で、さいきん写真を撮り始めたというスタイリストの
方にお会いした。自分で見立てた服を子ども達に着せて、それをコンパクトカメラで
撮って、サービス判のプリントをカラーコピーでA3くらいに大きく伸ばして。
かなりまとまった量、あったね。それがどれもいいんだ、じつに。

びっくりした。同僚の女性から紹介されたときは、ぜんぜん期待してなかったんだけど
(ごめん)、ページをめくるたびに、へー、とか、ふーん、とか、いいね、これ、とか
率直に楽しめた。すごくすごく。ええ、ここに1つの才能の萌芽を見る思いが
しましたよ。彼女、ほっといてもそのうち世に出るでしょう。

別れ際に、僕らを引き合わせてくれた同僚の女性が、私のことを指して、この人と
知り合いでいるとなんかおもしろいことあるかも、っていう。それは私が雑誌の編集者
だからなのかなぁ?とちょっと思って、昨日の夜、いっしょに飲んだときに聞いたら、
だってあなたおもしろいじゃん、って。それもすごくうれしかったな。

上の段は、会社で午前中に書きました。

ここからは自宅で。もう翌日なんだけどね……。

昨日の夜は、会社の仲良しのJ女史に愚痴を聞いてもらうために、いつもの
餃子屋に出かけ。始まった時間が遅かったから、話したい話を全部伝えることが
できず。気がついたら、私の終電の時間を過ぎてて。で、彼女をホームまで見送る
つもりが、なぜか下りの中央線各駅停車に乗って、続きの話をしてた。
店だとまわりがうるさくて、あんまりちゃんと話せないっていうのもあって。
私、あんまり耳よくないし。けっきょく、その日は彼女の最寄り駅まで行って、
交番で聞いて、駅前のカプセルホテルに泊まった。翌日は10時前に出勤したから
隣の職場の人たちとか、びっくらこいたんじゃないかな。

話を、電車の中に戻す。ぜんぜん前置きを吹っ飛ばして書くと、
J女史いわく、小倉は浮気しそうだから、(○○ちゃんとの仲を)
積極的に応援する気にはなれない、みたいなことをいう。

私って、どうもすごくよく誤解されるんだけど、ここで声を大にして言いたいんだけど
(みんな聞いてる?>ってだれに言ってんだか。)
私、浮気とか絶対にしないよ。しないっつーか、できない。できないっつーか、
したくないのよ。だってさ、超ラブラブの彼女がいて、その娘とうまくいってるのに
ほかの女に目がいくか? 万が一、ちょっといいな、とか思ってしまっても、でも、
何かあったら、最愛の彼女と会って話したりするときに、やましい気持ちがあれば
それって必ず表に出るでしょ。それがいやなんだ。上手にウソをつくのは、ある意味
簡単だよ。でも、うそをつけることと、じっさいにウソをつくことは、天地雲泥の
差があるわけで。わたし、ウソなんかつきたくない。ウソついて、人を欺いてまで
のうのうと生きようとは思わない。騙すよりも、騙されるほうが、数億万倍、
いいとおもう。

なんの話だか分かんなくなっちゃったけど、あ、そうだ。浮気はしない、という話。

一人の人を、ずっと好きでいられるのか、という普遍的な問いに対しては、私は
こんなふうに、思っている。

恋愛には二通りあって、ひとつは消費的な恋愛。二人の持ってるパワーとかラブとかを
持ち寄って、それを半分コして食べていって、残りがなくなったら、ジ・エンド。
若い子の恋愛とかに、ありがちだよね。

もうひとつは生産的な恋愛。もっとかっこよく言うと、創造的な恋愛。

二人の間に、どんどん新しいエナジーが生まれてきて、一緒にいればいるほど
お互いがお互いのことを好きになって、どんどん絆が深まっていく、そういう
種類の恋愛。二人の大切な思い出を、時間とともに重ねていける……。

だって、一人の人とずっと長くいるためには、後者を取るしか、ないでしょ。
(……というネガティブな話ではないのですが。)

そそ。浮気、というキーワードに話を戻すと、私は基本的に浮気はしないし、
できない人だから、もちろん、相手の女性にもそれを望むよ。

で、ここからが特に肝心なのだが、もし相手の女性、彼女が、出来心でも何でも
誰か素敵な男性と、浮気をしてしまったら……。

それを率直に私に打ち明けて、そして、すぐに私のもとを去ってほしい。
で、堂々とその男のもとへ走ればいい。私、人生のどの段階に於いても、自分が
どれだけ愛している女性に対しても、私以外の男を選択する権利は留保?しない
つもり。誇りを失うくらいなら、一人でのたれ死ぬだけの覚悟はとおの昔に
できてる。

もしも、浮気はいっときの気の迷いで
2度としないから許してほしい、と泣いて懇願されたら……。

ま、そのときの気分しだいかな。(笑) あとはこっちに残ってる
相手への未練の度合いと。(爆)

なんでこんなセンシティブなことを書いてるかっつーと、昨日から読んでる
「火花 -北条民雄の生涯-」(高山文彦著)とは、無関係ではないだろう。

彼、北条民雄は、若くして癩病を発病し。そのとき彼は、新婚で幸せの絶頂期
だったという。彼の発病を知った新妻は、直ちに彼のもとを去った。

その妻のことを彼は、自分を裏切った……、と書き残している。

当時、不治の病と言われた癩病の夫を見捨てた彼女を、僕は責めることはできない。

彼、北条も同じ気持ちだったんじゃないだろうか。でも、彼女との幸せな思い出を
断ち切るために、あえて「裏切る」という強い言葉を使って、自分を奮い立たせた。
そういうふうに思えてならない。

もうひとつ。プラナリアについて書かれたホームページを読み。
プラナリアって、無性生殖、有性生殖、種類によって、どっちかに分かれてるらしい
んだけど、ちょっとしたきっかけで、無性生殖が有性生殖になったり、その逆があったり
するそうだ。基本的には両性具有だとか。

なんだか、そのきわめて真面目に記述されてるプラナリアの子孫の残しかたを
みてたら、可笑しくなってきた。ぼくらはいつも、あの娘がいいとか、あの男と
デキてるんじゃないかとか、どうしてもっと早く出会わなかったんだろう、とか
ICQの返事がいつまでも来なくて死んじゃう、とか、2Fに入ったキリンの
生茶はおいしいなぁ、とか、いろんなことを考えてる。プランクトン並みの
この頭で。そのことを、ふと思い出した。

そしたらなんだか、人間の(おれの)ちまちました日常の営みが、どうにも
ゆかいで、げらげら笑いたくなってきたんだよね。

人間も、プラナリアも、やってること、大差ないじゃん、って。

・12月20日(水)

「火花 -北条民雄の生涯-」読了。北条の文学の師、川端康成が言ったように
トルストイとドストエフスキー、それにゲーテを読もうと思う。片っ端から。
狂ったように。

私にとって、来年は「倹約の年」。(笑)
たまりにたまった借金を、完済するのが目標。で、晴れて好きな女に
プロポーズして、ゴールイン。(^^)v とうまく行きますか……。(^^;

今日、おだやかな顔をした人を見た。帰りの電車の中で。

カバンのなかから、なにか分厚い辞書のようなものを取り出し。
司法試験の参考書とかだったら、いやだなぁ、と思って見てたら、
どうも看護婦さんの試験の参考書?みたい。表紙に載ってた絵からすると。
とても、おだやかな、すこやかな表情で、その本を読みふけっていた。
市ヶ谷から船橋まで、彼女の微笑を含んだ、おだやかな表情を、ずっと
見てた。人の顔に勝る芸術は、そうそうないだろうな。

この次は おだやかな人を好きになろう
悲しい顔をした娘ではなくして

啄木の真似をして、短歌のようなものを詠んでみたけど、
なにからなにまで、ダメダメだね。あはは。才能の違いかな。

・12がつ22にち(きん) てんき(はれ)

おざわさんちでしこたまのんだ。
きょうもむらやまさんはきれいだった。
よこすかに、ぐんかんみかさをみにいこうとおもった。ここはよこすか~。

・12月28日(木)

すみません。上の22日分の日記、歳の離れた弟が勝手に書きました。
ったく、人のパソコンを勝手に使ってからに……。

削除しようと思っても、削除できないんですよね。どういうわけだか。(^^;
つーことで、このままにしておきます。

あ、おざわさんというのは、多分、写真家の小沢忠恭先生のことかと思われ。

それはそうと。今日、会社の納会があり。ずいぶんと、実りの多い会だったなぁ。
最初、仕事に追われて、行くつもりなかったんだけど、上司に促されて、出かけた。

ちょう・ひさびさに、例の彼女と話ができた。ICQでは、ちょこちょこ話してたんだけどね。

で、断続的な2回の会談(笑)の結果、やっとハッキリしたことが聞けた。
ようやっと、気持ちのモヤモヤが、晴れたよ。よかった、よかった。

これで、気持ちをオールクリアして、すっきりと21世紀を迎えられそうだ。(^^)

よかった、よかった、よかった。

彼女の最後の台詞、ここに書いてもいいかな。だめかな。

「迷ったときは書け」(笑)の鉄則のごとく、書く。(爆)

やっぱ、やめた。私が将来、小説を書くときのために、
とっておこう。(笑)

けど、いい台詞だった。このひとことを聞かせてくれた女史に、感謝。

「火花 -北条民雄の生涯-」、「旅する巨人 -宮本常一と渋沢敬三-」、
「東電OL殺人事件」、最近、読んでる本、ずっとヒット続きだなぁ。
とくに最後の作品。著者は佐野眞一氏。

この人との出会いについては、後日、一度まとめて書きたいと思う。

そだ。「聖の青春」が、テレビドラマとして放映されるらしい。
1月6日。TBS系だって。みんな、見ようね。

あ、ちょうひさびさにテレビをつけたら、「カンゾウ先生」やってる!
麻生久美子。いいわぁ~、この娘。……ビデオ撮ろっ。(^^;

この映画、俺も思い出があるんだよなぁ~。2年前の夏だっけ、親友の某Mと
いっしょに、ららぽーとで見たんだよね。平日の昼間に。がらがらだったけど、
ふたりでゲラゲラ笑って……。うんと楽しかったなあ。某Mと映画を一緒に見たのは
これが最初で最後。

ここからは一般論なんだけど(笑)
付き合ってる男女が一緒に映画を見るのって、あくまでも正しい行為だよなぁ。
だって、どんな映画を見に行くか、から始まって、相手がどこで笑うか、
どんなふうに泣くか、とか、ぜんぶわかるもんな。

きたるべき21世紀、彼女ができたら一緒に映画を見に行こうっと。(笑)

なんじゃそりゃ。(爆)

あ、メモ書きがわりに、ここに書いとくね。

ずっとずっと前から、クルマのウインカーが、気になってる。

それから、今日、12月28日は、小倉一家がここ、船橋市三山の一軒家に
引っ越してきた日なんだよ。じつは今年はちょうど25周年。

25年前、わしは小学校2年生。当時8歳。25年後の今年、33のおっさん。(笑)

25年の間に、姉と妹は結婚し、ついこないだ、両親は離婚し。(笑)

それでは、よいお年を。(明日に続く。笑)

・12月31日(日)

川柳をひとつ。

大晦日 明日になっても うちの猫

わかりにくいですねぇ。(笑)

やっと20世紀も、終わりですね。

では、予告どおり(笑)、小倉の遺言、その第一を。

写真を撮るということは
人を信じるということと
ほぼ同義なんだよ。

もういっぺん言うね。

写真を撮るということは
人を信じるということと
ほぼ同義なんだよ。

これにて小倉の20世紀はおしまい。
いろいろ、ありがとう。