1997年11月

 

日記

●平成九年

・11月1日(土)

急に福岡に帰りたくなった(^^;(^^;
最初から話すと、昨日、少し早く会社から帰ってきて、ちょっとドライブでもぷらっと
行こうかな?と思って、クルマに乗りながら。‥‥そしたら、行きたいところがない。
行くところがないんだよ。まじめに、‥‥どうしようかと思った。どうしようもないと、
思った。

福岡だったら、そんなことは絶対なかった。東へ行けば、志賀島でも、無理すれば
北九だって行けた。西へ行けば、志摩でも、唐津でも、呼子でも、行けた。
南へ行けば、佐賀でも太宰府でも久留米でも熊本でも、好きなトコ行けたよ。

それなのに、いまは、どこへも行けないんだ。

悲しすぎる。


・11月2日(日)

becky!のメールフォルダを再整理・分類し直しをしながら、昔のメールを読んでたら、
なんか、しみじみ。とても大切な友人たちと交わした、心と心とのキャッチボール。

Sunのマクネリさんは、何年か前から、「Network is Computer.」という言葉を掲げており、
それが今日のJavaの繁栄にも繋がっているとかいう話だけど、立場はうんと違うけど、私だって
10年前から、ネットワークの可能性、重要性については、とてもとても興味深く注目して
おり。そのころは、ネットワークはまだ、パソコン通信という形を取っていたけどね。

インターネットという言葉を初めて聞いたのは、いつだろう。ただ、意識し始めたのは、
95年?の夏。某S○NYに(^^; 勤める友人が、「インターネット」の可能性を熱っぽく
語ってくれ。

それを聞いて、ピンときた。ああ、10年前、「パソコン通信」の将来の可能性とかって
夢物語として語られていたことが、このインターネットですべて実現するのだな、と。

それからさっそく参考書を買いあさり。でもまだそのころってWin95も出てなかったし、
個人で契約できるISP(インターネットサービスプロバイダ)も、まだなかった。

と、そのころ、小さいけど技術力には定評があったASAHI-NET(……ここ。)が
パソコン通信上で、テキストによるWWWサービスを開始したんだよな。あれには、興奮
したよ。そのあと、PPP接続によるインターネット接続のモニターを開始して。

福岡でも回線があったんだけど、何しろ9600とかで、遅くて。毎晩のように東京に
接続してた、28800の「高速」回線を求めて。ほんっとはまったよね。うん、すげぇ
感動した。アメリカでも香港でもフランスでも、どうして海外にこんなに簡単に、こんなに
安価に、こんなに高速で接続できるんだか、ちっとも分かんなかったけど、でもでも、
インターネットの「力」を思い知らされてた。何を見てたかは、あんまりよく覚えて
ないんだけど(^^;(^^; ←ウソ

ちょうどそのころ、インプレスのインターネットマガジンが創刊され。
ネットスケープのVer0.96とかが出たころで。知ってる?最初って、ネットスケープは
ネットスケープ・モザイクっていう名前だったし、普通にしてたら日本語表示ができずに、
「パッチ」(ソフト的な補完)を当てて、やっと日本語を表示させてたんだよ。
接続ソフト(ダイヤルアップの)も、トランペットとか、カメレオンとか、無料で
使えるヤツを引っ張ってきて、いろいろ試してみるんだけど、ぜんぜんつながらず。
さすがの私も2日目の晩に接続できたときは、ホント、涙が出る思いがしたよ。

それから、まだ2年しかたってないんだよねぇ。。。


話が大幅に脱線したけど(脱線だったのか……?)、パソコンていいよね、って話。
え? いいのはインターネットじゃないの?って言われるとそうかも知れないけど、
でもそのインターネットを実現するには、いまのところ、パソコンにかなう装置は
ないと思われ。さまざまな専用ハードも登場してるけど、まだまだだね。。。
日本語入力、キーボード、webブラウザ、メールソフト、接続環境……。
どれをとっても、力不足だ(と思う)し、なにより、ソフトの更新が思うように
できないというのが、致命的、かな。

パソコンは、だから、これからも(しばらくは?)「汎用コミュニケーションツール」
として、インターネットとともに進化を遂げて行くんだろうな。私の話を少し
すれば、パソコンのコミュニケーションツールとしての能力?にはすごく興味があるけど、
それ以外のところ、3Dグラフィックとか、高音質のMIDI再生とか、そういうのには
あまり関心がない。だから、これからのパソコンの進化は、ハード的な部分よりも、
ソフト的な部分に注目したいと思っている。

人と人との垣根をうんと低くするような、そんなコミュニケーションを円滑化する
ソフトが、これからも、どんどん出てきてほしいな。

なんか日記じゃないみたいですが。そして、仕事の延長みたいですが。(^^;(^^;


・11月3日(月)

今日、運命的な出会いがあった。しばらくしたら、どこかに詳しく書けると思う。
なんだか、驚いた。そして、へんに嬉しかった。ドキドキした。


・11月6日(木)

カラマーゾフの兄弟、読み終わった。
あまりにも、テーマが大きすぎて、感想を一言で述べることなんかとてもできないし、
第一、私がこの作品に、どこまで迫れてるか、ちーとも分からん。
でも、何よりも、この小説は、父と子の物語ですね。当たり前か。
父と男の子の、物語。男親と男子っていうのは、いつの世にも宿敵みたいな
ところがある。ミーチャのように、直接的にぶつかり合い、熱い戦いを
続けるというのも、そんなに多くないかも知れないけど。

しかし、最後の終わり方は、すごかったなぁ。……うーん、すごかった。
ドストエフスキーの晩年にたどり着いた、境地がああいう終わり方を志向したの
だろうか。だろうな。

彼がロシアを、とても愛していることはよく分かったような気がする。

それから、女性の描き方。すごく対照的な二人の女性が登場し。最後の最後まで
いがみ合わせるんだけど。裁判での、カテリーナの振る舞いなどをみていると、
ドストエフスキーがどのように女性を理解していたかが、なんとなく分かる。

時代は変わった(かな?)

で、次に読み始めたのがトルストイの「戦争と平和」でなくて、
村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」?だっけ。 うー、いつもの春樹ワールドだ!
スパゲッティだ!


・11月7日(金)

「ねじまき鳥……」上巻、読み終わった。ちょっと登場人物が多いかな、という気も
したが、でも、ノモンハン事件を語る二人の老人の話には、思わず引き込まれた。
巻末にはあまり春樹さんの小説では見慣れない「参考文献一覧」。

思うんだけど、宮本輝さんの「オレンジの壺」を読んだときにも感じたんだけど、
これって、教育的小説?もしかして。誰かがアラーキーの女性を撮った写真を
評して、これは彼のサービス精神の現われですよ(趣意)って言ってたのを読んだことが
あるけど、それに似てる。娯楽のオブラートに包んで、読者にどうしても伝えたい
苦いことを、書いちゃう、みたいな。

……どうかな? 分からん。

あと、メイって娘、前にも出てきたよね。
苗字までは覚えてないけど。でも、ダンス・ダンス・ダンスで殺された娼婦が、メイって
名前だったよな。彼女を殺したのは、五反田くんじゃなかったんだよな、たしか。
うーん。

明日、朝イチで、中巻をGetするぞ! といっても起きるのは昼過ぎだけど(^^;(^^;


・11月10日(月)

ねじまき鳥、読み進めてる。今日の帰りの電車の中で、下巻に入った。
下巻は圧巻、難解。メイからの手紙、週刊誌の記事などが盛り込まれ。
そして赤坂の服飾デザイン事務所?に出向き、謎の時間を過ごす。
うーん、謎だ。難解だ。早く読み終わってすっきりしたい!
少年とねじまき鳥と二人の男のお話もイミフメ(=意味不明)だし。

ああ、明日が仕事じゃなかったら、徹夜で読んでしまうところだが。
このへんが社会人の辛いところだねぇ(笑)。


・11月12日(水)

ねじまき鳥、下巻の4/5。いよいよ、終わりが近い。。。
ぐんぐん引き込まれている。。。

今日、大手町であったパソコンソフトの発表会の帰り、いつものように半蔵門線で
半蔵門まで地下鉄に乗り。そこでとても印象的な女子高校生を見かけた。
人生に疲れたような表情をして、座席に座っていた。ちょっと表現、違うかな。
うまくいえないんだけど、老成しているというか、悟りすましたというか。

……うまくいえない。ただ、すごく気になった。視界に入ったとき、「あっ」と思った。
いうまでもないことだけど、すごい美少女なんだよ。そのことが大前提。
大前提というほどのことはないけど、そう、そういう美少女(っていう言葉も好き
じゃないけど)が、そういう雰囲気をまとっていたので、とても興味を持った。
しっかし、私の目に狂いはないよ。あの子、きっと、心にものすごく大きな○○を
かかえてる。「○○」に入る単語が思い浮かばない。空洞というか、病巣というか。

あのまま、渋谷を過ぎて、東急の方まで乗っていくのだろうか。


・11月13日(木)

ねじまき鳥、読み終わった。
難しい。最後まで、おもちゃ箱をひっくり返したまま、そのまま、終わって
しまったよう。いや、もちろん捜してた宝物は手にはいるんだけど(無傷とは
全然いえないけど)、でもじゃあ、ほかのものはどうやって片づけるのよ?って
すごい疑問。きっと次に、つながっていくんだろうな。マルタ・クレタとか、
田宮中尉とか、メイとか、シナモンとナツメグとか、これで別れるには
惜しいキャラクター目白押しだし。クミコはクミコで、現実感があるような
ないような、生身の人間のような、それでいてフワフワして空をさまよっている
ような。岡田との関係もそう。具体的な思い出がちりばめられているんだけど
でもどこかやっぱり現実感が希薄なのは、なぜでしょう。それは村上春樹作品の
一貫した様子だけどね。どこまでも僕が見た、感じた世界を描いているから?
物語のなかで、突飛なことが次から次へと起こるから? 主人公が、いつもの
ように(笑)、いろんな女性と何度も交わるから?

分からん。ただ、私は現実感(切実感、かもしれない)のある小説が好きだ。
でもハルキさんの小説も読んでしまっている。なぜだ。不思議だ。

ハッキリといままでの作品と違うのはノモンハン事件という歴史上の事実に
かなりの分量を費やしていること。それと関連するけど、暴力を、限定的にではあるが、
肯定的と感じられないこともないような描き方で、描いていること。
ただ感じたままに書くけど、札幌で出会って東京であとを付けたギターの男、
あいつはなんとなく、私も虫が好かん。バットで殴ってるとき、やれやれぇ、と
ちょっとだけ感じた。なんでか分かんないけど。
それと、綿谷ノボル?だっけ。あいつを?ホテルで退治した?ことについても
基本的には正しいことだと思う。「正義の暴力は肯定されるべきである」とまで
いってしまっていいか、悪いか、今の時点では(私は)判断が付かないけど。
本当に、新しい村上春樹の世界を感じた。ダンス・ダンス・ダンスとか
ノルウェイの森は、もはや過去に属している。
それから、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドのような静的な
世界とも違う。それはやはり、ふたりの老人の、そしてシナモンの話として
過去の事実(らしきもの?)が語られることが大きいと思われ。
主人公の世界とは、ある時にはリンクし、あるときは無関係に、それは
とても強い力で小説の中を貫いていく。構成がバラバラになってしまうのでは
ないかと思えるほど、凶暴なほどの魅力をもって。

間宮中尉が気になって仕方がない。外蒙古の井戸の底で、何かを見て、
人生の芯を失ってしまった彼。どうして彼は、ボルツを撃てなかったんだろう。
どうして?

どうして、クレタの産んだ子が、間宮中尉に似ていなければならないのだ?
単なる妄想だとしても。間宮中尉に似ていたらよいのに、と私だって
感じないことはなかったけど。でもそれは単なる同情ではないのか。

もういっぺん読み返したい。いい小説を読む喜びのひとつは、その小説を
読み返せることだと思う。いや、本当にそう思う。


・11月15日(土)

昨日?から読んでた太宰治の「人間失格」、今日の帰りの電車で読み終わった。
なんだか釈然としない気分のまま、巻末の解説を読む。名前を聞いたこともない
文芸評論家が、熱っぽく、いろいろ書いてる。

全然、共感できない。

彼(文芸評論家の人)は、太宰に陶酔した青年時代を送ったらしい。……そうですか、と
思う。そして、それから何十年か過ぎて、昔のような熱く燃えたぎるものはないけど、
それでも、いまでも、太宰のこの作品は読む度に、強く心を打つ、というようなことを
書いており。

ホントかよ、と思った。

悪いけど、今回読み返してみて、「人間失格」という作品そのものにも、まったく共感を
感じなかった。

なんだか、救われない人なのね、という気はする。けど、


・11月17日(月)

なんと、記念すべき初の会社からの日記更新!!
今日、クロニクルに関して、あの作品を理解するのになにかヒントが欲しくて
前に読んだ「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」を読み返した。
これは覚えていたが、ハルキさんにとって、この作品は、いままでの
デタッチメントにかわって、初めてコミットメント(かかわること)に
取り組んだもので。それはよーく分かる。ノモンハン事件という
どうしようもない史実をもってきたことが、そもそもコミットメントを
主人公と作者に強いることの始まりだと思われ。読者ももちろんそうだけど。

それをとても私は好ましいと感じる。自分が自分の脳髄の中と、そして、
半径数メートルに存在する数人のとても心が通じ合う人たちとの中だけで
小説を進めていくというのは、とても心地よいことで。でも、いつまでも
そうばかりはしていられないのも、事実で。

それから、暴力のことももちろん触れられてた。英語に翻訳してくれてる
人が電話をかけてきて、主人公にシンパシーを感じるけど、でもどうして、
あんなにひどい暴力を振るうんだ、あれだけは理解できない、って。
おお、そうか、と思った。それだけハルキさんの近くにいる人でも
そう考えるんだ。……そう考えていいんだ。
気が少し楽になった。

でも、前にも書いたけど、この小説の中の、主人公の暴力。いわれのない
無意味なバイオレンスだとは感じられないから、それはそれでいいという
考え方もあるかな。主人公の暴力に比して、圧倒的に大きい戦争という
暴力が随所に描かれているから、そう感じるのかな。

とにかく、作者が暴力を描こうとした。善悪の判断はあとにおくとして、
とりあえず(というと響きがネガティブだな、まず、かな)、暴力を
読者に提示したというところだな。どうですか。これが暴力という
ものです。はい殴ります。はい、もう一回。目を開けてちゃんと見て
下さいね。バットで人の頭を殴ります。はい、音は聞こえてますか。
これが人間の頭蓋骨が割れる音ですねぇ。はい、もう一回。。。てな
感じで。さっき、圧倒的に大きいと書いたけど、でももちろん、
主人公の小さな?暴力と、戦争の暴力、たとえば2回にわたる要領の
悪い虐殺とか、皮剥ぎの場面とか、シベリヤの鉱山とか。
そういう戦争の暴力と、主人公の暴力とは、もちろんどこかで同じもの
なわけで。「正義」という言葉と「暴力」という言葉を、横にふたつ
並べてみる虚しさということをそこでは感じることができると思われ。

分かんないけど。

あとひとつ、びっくりしたのが、ハルキさんも全部分かって書いてるのでは
ないということ。はぁ、そうなんすか? 小説家が、自分の書いた小説を
全部分かって書いてないとしたら、その小説はだれが作ったもの?って
思うよねぇ。素朴に考えたら。
でも、書いてる自分にも分からない、というのもすごく真実なんだろうなと
いう気はしてる。ハルキさん、ウソつく人じゃないもん。……会ったこと
ないけど。でも、そう。

クミコが家を出た理由はなんですか?って、国語の問題に出たら、なんて
答えたらよいの? どこかにそのヒントでも、落ちてる? 分かるのは、
彼女がひとりの妻子持ちの男と不倫してた、本当はその男だけじゃなくて
ほかにもたくさんの男と性交渉を持っていた、ということ。
それは彼女が嫌いな、柄の入ったトイレットペーパーや、青いティッシュを
主人公が買ってきたこと(長く一緒に暮らしてるのに、そんなことも知らないの!)
と、あるいは関係がある?ない? ……ある、かなぁ。

こないだも書いたけど、もういっぺん読み返してみたい。筋を追うだけじゃなく、
場面場面をゆっくりと味わいながら。いろんな人の言葉をゆっくりと噛みしめ
ながら。


・11月18日(火)

以下、「ねじまき鳥……」に関するメモ。

暴力に対する肯定。正義の暴力?
非常に入り組んでいる。ボリス?田宮中尉。なぜ田宮中尉に似ているクレタの子供?
彼がボリスを殺せなかったということ。
彼の残りの人生について。

新京での2度にわたる虐殺。

クミコ。帰ってきたといえるのか?
ワタヤ。
なぞの電話の女。がクミコであることは、いいだろう。では、どうして
なぞの女がクミコでなければならないのか。クミコの影の部分なのか?
クミコというよりも、普遍的な女性像ということ?

岡田亨の親? メイの親。ヒキガエル?だっけ。
そして、宮脇さんち、だっけ?
話のついでだとしても、あまりにも無惨な一家。

トオルの叔父さん。この叔父さんもいい場所にいる。
セリフがいちいち人生の達人してて、気持ちいい(皮肉じゃなく)。


暴力に対する肯定? かかわるということ? そういうかかわり方?
そうしても、あるいは仕方がないということ。勧善懲悪?

札幌で会ったギター持った男を、代々木でつけ、バットで殴る。
あのあたりが、話の腰。のような気。がする。

戦う?


マルタとクレタ。シナモンとナツメグ。いい命名だ。
井戸。最後に水が満ちてくる。

ノモンハン。ここから始めなければいけない、という。。
皮むき職人。深い井戸。天啓のようなもの。恩寵、か。

作者が自分で作品に関してしゃべるということ。河合ハヤオとの対談。


こないだ買ったCD。岡本真夜さんが作ったANNIVERSARYの収録された
石井聖子のCDを会社でずっと聞いている。

石井聖子の「ANNIVERSARY」。なんというか。非常に天真爛漫な
ANNIVERSARYですね。お師匠さんのが正統派だとすると。自由に、伸び伸びと
元気よく、歌ってる。荒削りというか、子供っぽいというか。

この人が「いつかセイシェルの夕日を見よう」なんて歌うのを聞くと、真夜さんの
歌とはだいぶ印象が違う。19歳くらいの女子大生が、ボーイフレンドに言ってる
感じ。来月あたり、さっそく行ってしまいそう。(^^;

あふれんばかりの透明感?が印象的な真夜さんに比べると、若干間延びしてると
いえないこともないし、多少平板な印象だし、変な節みたいなのがついてるような
気もするけど(ちょっと演歌調?)、これが石井聖子のANNIVERSARYなのでしょう。


それにしても、石井聖子って名前、オールナイターズに居なかった?
こんな名前の人? まさか、本人じゃないよねぇ。


・11月19日(水)

松たか子の三和。いよいよ、意欲的。だいじょうぶか??
外。縞のポロシャツなんか着て、きっと彼のラグビーの試合の観戦だろう。
これが野球じゃダメ。サッカーも、ちと違う。もし、彼のやってるのが
室内スポーツだったら、アイスホッケーで決まり。卓球のはずないし、
同じスケートでも、フィギュアスケートなんて論外。

広末のCDのジャケット。すごく、いい。だれが撮ったの? たぶん、斉藤清貴?さん。
ジャンプの巻頭とか撮ってる人。結構原色鮮やかな。ベルビア系か?みたいな。
線くっきり。たぶん?忠恭さんの系図、かな? わかんないけど。

広末、前髪ジャギジャギで、全然作らない表情。……少し専門家らしい考察を加えると、
「作らない表情」をつくろわずに作れる人って、いるのだな。そんなに多くはないけど。
実は私もそうだ。自分がいま、心と違う表情を表に見せている、と思うことはたまにある
けど、それを見透かされることは、ほとんどない。……疲れるから、あんまりしないけど
ね。(^^;(^^;

ともちゃん。インフォスフィアの宣伝の、電車の中吊り。おお、いいじゃん。
広く続く階段、モノクロ。少し下めから、ちょっと見上げるようにして。
彼女は満面の笑み。ぐははは、って感じじゃなくて、うれしさをこらえきれない
つう感じ。イイと思う。皮肉じゃなく(なんでいちいち断わるのだ?)、
彼女らしい表情が写ってるよ。うん。

あとなんだ。マイブーム。ampmの「和風ツナ大根サラダ2」。
すげえ美味しい。癖になる。ごはんのおかずにも、ビールのつまみにも
超ピッタリ。んんん。これについて記してあるWebページって、あるかな?
どーだろ。

今朝も晴天。けど、雨が上がって1日たったせいで、昨日の朝と比べると
空気の透明度が約18%下がってた。光線の強さも、おなじだけ弱くなっている
ように感じられた。

昨日はホントに素晴らしい朝だった。近くのホカ弁屋に弁当を買いに行って、
店のおばちゃんに、今日は暖かいねぇなんて話しかけられちゃった。普段だったら
はぁ、とかいって過ごすんだけど、昨日は気分が良くて、久しぶりに雨が
降りましたからねぇ……なんて、受け答えしちゃった。はは。けど、本当に
素晴らしい朝だった。何を撮っても写真になる感じ。ちょうど登校時間?
なのか、近くの女子大の学生がたくさん歩いてたけど、みんな美人に
みえたもん。(^^;(^^;

でもホント、こういう日の朝のために、私は写真をやっているといっても、
過言ではない。いや、ホントに。太陽の、強い日差しを全身に受けていると、
ハルキさんが「ねじまき鳥……」で書いてた、恩賜という言葉が、よく分かる。
だいぶ、理解の仕方は違うんだろうけど。それでも。

前にも書いたかもしれないけど、外で写真を撮る人は、本人が意識するか
しないかを別にして、太陽というものにこだわりを持っている。??書き方変か。
私の話をすれば、あまり曇りの日は写真を撮っても楽しくない。街並みしかり、
お姉ちゃん写真しかりだ。それはなぜか。端的に言うと、影が出ないから、
影が出ないということは、光が当たってる部分もくっきりしないから。

影というのは何かということに思いをいたすと、それは、ものと(地球と)
太陽との関係性の象徴なのですね。太陽からの光を全身で(地球が、物体が、
人間が)受け、それによってそこかしこに影をこしらえる。逆説的な
言い方になるのかもしれないけど、影を感じることによって、太陽を思い起こす
みたいな。

本当に、そうなんだよ。太陽との契約。そう。いま思いだしたけど、私が大好きな
東松照明さんの沖縄の写真集、「太陽の鉛筆」でしたね。よくもつけたよなぁ、
太陽の鉛筆なんて。なんて素晴らしいタイトルだろう。でも、きっとそれは、
彼の実感だったんだろうな。そう、私も太陽のデッサンを一枚でも多く
かき集めるために、カメラもってうろうろしてますよ。はい。


以上、会社でのメモ。そのうち、もうすこし自分以外の人に通じやすいように、
書き直すかも。乞うご期待。


そういえば、アクセスカウンタ30万人突破した! だいたい、1年10万人の
ペースですね。30万人超えたということで、……別に何もしない。(^^;(^^;
どーも、おめでとうございます!?


・11月27日(木)

30万を超えたと思ったら、なんかの原因で、アクセスカウンタ、ゼロに
戻ってしまったよう……。最初、驚いたけど、それほどショックは受けなかった。
まぁ、ねぇ、数が増えても、お金がたまるわけでもないしねぇ。
それに、あのフロントのアクセスカウンタ、気がついてた人もいるかも
しれないけど、あれってBEKKOAMEのなんだよねぇ。むかし、ずっとむかし
私がBEKKOAMEにホームページをもってた、その名残。
ま、ずっと不法使用してたと言えなくもない。というか、そのまんまか。

そろそろちゃんとアサヒネットのに、変えないといかんと、思ってたころで。


それはそうと、福岡へ帰ってきた。土曜日から月曜日まで。ほんとうは金曜日に
たつはずだったんだけど、飛行機のチケットが取れずに。

感想。……感想は、福岡は私にとって故郷だけど、もうあそこに住むことはないだろう
な、住めないだろうな、ということ。それが悲しくもあり、前に進むしかないという
気を起こさせもしてくれる。この汚いドロドロのギスギスした都会で、行きてくしか、
ないみたい。どうやら。

もうひとつ書くと、何ヶ月かぶりに会った人たちとの時間の中で、いまの自分と
いうものの姿をいやおうなく見せつけられた、気がした。思い出ってけっこう
残酷なものだな、と思った。

時間的に一番最後に位置するからかもしれないけど、一番こたえたのが、Mさんの
「小倉くんは本当に人のことを愛せるの?」の一言。………………辛い。
なにが辛いって、自分で自覚していることを人に指摘されるときほど、辛いモノはない。
どうしてこうなんだろう、私って。どうしてなんだろう。。。


・11月30日(日)

今日は、本当に生涯記念に残る一日になった。千葉に住んでて、本当によかった。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。

明日から、現実社会の中で、しっかりと戦っていこう。まずは、仕事をしっかり頑張ろう。



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