人を切るということ。

「切る」という日本語と英語のkillが同音なのって、単なる偶然なのかなぁ。

それとして。

なんの自慢にもならないけど、あたしはこの54年と半年、友人、知り合いを自分から切ったことはないと断言できる。どんなに嫌なことをされても、誰かとの関係を、完全にこちらから絶ったことはない。

まあこれは言い訳に聞こえるかもしれないけど、反省を促すために、こちらから冷却期間を置いたことはある。もちろん、こちらが冷却期間を置かれたことも数知れず。笑 いや、笑えない。

さっき夜中に起き出して、ユニクロの下着用の薄手のTシャツ一枚じゃ寒すぎたから、家のあちこちに放置されてたセーターを内側に着るヤツから順番に発掘し、着てるんだけど。あったかい。

それはそれとして。

沖縄の方言に、人に傷つけられても眠ることはできるけど、人を傷つけたら眠ることはできない、って意味の言葉があると聞いたことがあるけど、同じ気持ちかな。

あー、ひさしぶりに灰谷健次郎の『てだのふわ』、読み返してみようかな。

家のどこかにハードカバーがあった気がするけど発掘するには数千年かかると思うので、新しいのを買おう。

灰谷のてだのふわに対しても批判的な言辞があるんだよね。

押しつけがましい、だっけ。自分ばっかり正義を装うな、だっけ。

違ってたら、ごめんなさい。

なんの話だっけ。

人間的に成長するために、友人たちと語らう前に、すぐれた書籍や映画や対談動画を片っ端から食おう。

それしか真人間になる道はない。

おれは真実へと歩いて行く。

少しだけ書き足すと、自分が言葉が強いのは前から自覚してる。それで何度も人のことを傷つけたことがある。

言い訳に聞こえるかもしれないけど、言葉が強いのは、相手のことを大好きだし、信頼してるから。これくらいのことを伝えても、きちんと受け止めてくれるだろう、と。

そしてもうひとつ。
あたしは小学校2年生の冬休みに、それまで住んでた東京・江東区から、いまの船橋に引っ越してきた。

いま思えば「生意気」な少年だったんだろうね。自分ではまったく自覚してなかったんだけど、授業中とか、瞬時に的確なコメントを繰り出すから、周りのアタマの悪い同級生はおもしろくなかったらしい。妙に周りのアタマの悪い同級生男子に絡まれ。小学校5、6年生、そして中学2、3年の頃、いじめがひどくなり。

それでも死にたいとは思わなかったな。母ちゃんが号泣する姿が目に浮かんだから。

小学校5、6年生の頃は休み時間になると同級生からのいじめがひどくなるので、休み時間のたびに意味もなく四角い校舎をグルグルと歩き回ってた。自分でも何やってるんだろと思わないでもなかったけど、そうするしか自分を守るすべがなかったので。

中2か中3の技術の時間、何がきっかけだったか、まったく覚えてないのだが、隣のクラスの不良に絡まれ、暴力を振るわれた。何もやり返せなかった。いまのオレならそのへんの工具を使って、そいつを半殺しにするのだが。情けない技術の先公は、すぐそばにいて、見て見ぬふりをしていた。

キチガイみたいな、その不良の血走った目と、キチガイみたいな形相は、いまでも脳裏に焼き付いている。たぶん、もうこの世にはいないだろうな。彼は自分のやったことで自分を責め、とっくにあの世に赴いていることだろう。確認してもいいけど。笑

なんの話だっけ。やたら物騒な話になっちゃったけど。

あ、そうそう、あたしが言葉が強いのは、40年も前のトラウマから、まだ完全に脱せてないからなんだろうな、って話。単なる言い訳に聞こえるかもしれないけど。でも、そうなんだよ、たぶん。

斉藤和義の「人に優しく」でも歌うかな。

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