1998年1月

日記

●平成十年

・1月1日(木)

一年の計は元旦にあり! ……おわり。うそ、うそ。みなさま、あけましておめでとうございます。

元旦だからって特別扱いせず(^^;(^^; 昨日みたビデオ「Shall we ダンス?」の感想を書く。
おおむね、楽しくみることができました。で、最後まで見終わって感じたのが、これって
まんま、「しこふんじゃった」じゃない?? ってこと。登場人物がダブるせいもあるんだけど。
でも、一緒に教室に入門する太っちょの気が弱そうな男とか、柄本明(?だっけ)とか、
竹中直人とか、役どころまで一緒だもんなぁ。ストーリーの展開もだいたい一緒だし。
極め付けは、最後にヒロイン(草刈民代)が「Shall we dance?」っていうところ。これって、
「しこふんじゃった」で最後に清水美砂が「しこふんじゃった」っていうのと、全然変わらない
じゃない?? いやいや、それがダメだと言っている訳ではないのだけれども。でも、
映画の作りそのものはやや平面的な気がしたな。私が好きなほかの映画に比べて。
ところで、清水美砂が出てたのね? あと、馬渕英里何(ドラマ「白線流し」に出てた娘)が
出演してたのには気がつかなかった。まさか、主人公の娘役、じゃあないよねぇ……。
うーん、分からん。チョイ役でいいなぁ、と思ったのは、役所広司や竹中と一緒にコンテストに
出るおばさんの娘役の子、結構光ってたぞ。あの子が馬渕さんかなぁ?? ……相変わらず
女優の顔を覚えないヤツ > おいら

それはそれとして。
映画のテーマとしては、プライドの高いダンサー(草刈民代)が場末のダンス教室で
初心者を相手にダンスを教えるなかで、ダンスの本当の楽しさや価値を見つけだしていく、という
ストーリーなんだけど、周防監督が映画を取り終わってからこのヒロインをGet(結婚)したという
お話は誰でも知ってる有名な事実だから、映画を見ながら、監督の視線でヒロインを追いかけてた。

少しずつ心を開いていくヒロインを彼女に演じさせることで、素の(役を離れた、生身の)彼女の
心も解きほぐしていったんじゃないのかな、って無責任な観衆のひとりは邪推したりしてみる。
そういうふうに考えると、ずいぶんと映画監督というのは、なんというか、大変なことをしている
のだなぁ、と感心したりもする。決して「役得」なんていう風には思わない。……多分。

久しぶりに、映画というものをみて、やっぱり、いいな、と思った。最近、時間がなく、
映画館に行くエネルギーもないので、まともに映画というものをみていない。これじゃあ、
いかんよな。いい映画に触れて、心を豊かにしなきゃ、ね。

昨日、12月31日。昼間、時間が余ったので、bayfmを聞きながら、利根川を
見に行った。いやいや、2月に千葉に帰ってきてから、利根川を一度もみていなかったから、
ちょっとみたいなと思った。それに、家に帰っても父親がいるし。(^^;(^^;
で、国道296号線(成田街道)を下り、習志野の車検事務所を過ぎたところで左に入り、
八千代市、印西市を経て利根川まで走った。意外に近いのね。道がえらく空いてたせいも
あるけど、30分くらいしか掛からなかった。土手の外側を走る道からそれて、土手を越えて
河原までクルマで降りた。河原はえらい広いのに、川幅はそれほどない。千葉県と茨城県の
県境を決める、日本で第何位かの長さと流域面積?を誇る大河なのに、なんか淡々としてて。
人もそんなにいず。いいな、と思った。対岸の学校みたいな建物と、手前の枯れたススキと、
自分の長く延びた影を入れて写真を撮った。167MTも嬉しそうだった。(今日また止まったけど)

また来よう。これも千葉を好きになる努力の一環かもしれない。はは、は。

・1月2日(金)

今日、クルマすった。……泣きたい。右側の後ろのドアのあたり。あーあ。
いいや、別に。いいや。いいや。いいや。(このあと[数回|数十回]繰り返す)
いいけど、別に。。 ははは。。。(;_;)

・1月4日(日)

明日から仕事。あーあ。
今日、私の母親、小倉征子の56歳の誕生日。

7時半に起きて、東京・江東まで行った。友達の結婚式の写真を撮りに。
披露宴はせず、結婚式だけ。親族と親しい友人だけが集まって。相手の女性は
アメリカ人で。だから、新婦の側には、新郎の知り合いとか友人とかが席を占め。

結婚式を撮るのは久しぶり。で、こんなに緊張した撮影は久方ぶり。
撮影本数6本。式だけだから、きっと多いのかな。うん。新郎のご両親が
とても喜んでいらした。新郎の妹さんが、和服姿で美しかった。晴れ着を着た
新婦も、もちろんとびきり美しかったよ。あいにく小雨がぱらついてたけど、
でも、とてもすてきな結婚式だった。私ももう30で、ずいぶんいろんな結婚式に
出たり、写真を撮ったりしてきたけど、……比べるものではないのだろうけれども、
今日の式は良かったよ。とても良かった。みんなの気持ちがひとつにまとまってた。
うん。写真を撮らせてもらって、嬉しかった。こういう体験て、実はなかなか
少ない。

やっぱ、私は写真を撮るのが好きなんだなぁ、と改めて実感した。ほんとうに。

これはアラーキーが言ってたことなんだけど、俺はカメラマンだ。だからカメラをとったら
ただの男(カメラマン-カメラ=マン)になっちゃう、って。ときどき、このセリフを
思い出すんだよねぇ。会社に出かけるのにカバンを持ったらやたら軽くて、
よく考えたらカメラが入っていないことに気がついて。一日がすごく不安に
なる。何かあっても、私の場合、「何かあっても」というのは、ものすごい
大事件に遭遇するとかじゃあなくて、写真にどうしても撮りたいと思う、とても
すてきな女の子に出会う、という意味なんだけど、そういうときに、カメラを
持っていなかったら、文字通り、一生の不覚、って感じるんだよね。そういう
いやーな気持ちを味わいたくないから、いっつも重い思いをして(!)、一眼レフを
持って歩いてる。

あ、そうそう、今日、最後まで167MT止まらなかったよ。えらいな、167MT!
よく働いたよ。85mmつけるとすげぇバランス悪いけど、な。……ははは。

そういう一日でした。今日は。ほかにもたくさんいいことがあった。
すったクルマは、近くのホンダのディーラーで、早くなおしてもらいましょう。
明日会社に行く前にでも、寄ってみましょうかね。

うむ。(なにが「うむ」、だか)

・1月8日(木)

会社を出たのが8時過ぎ。総武線が止まっているのは知っていたがなんとかなると
思ってたら、全然なんとかなりそうもなく。総武線快速は動いてるということだったので、
地下鉄の有楽町線で有楽町へ行き、JRに乗り換え、東京駅へ。そしたら、快速も
止まっている、と。そのまま歩いて地下鉄東西線大手町駅へ。普通電車西船橋行きに
乗り、西船橋へ行ったら、やっぱり総武線は止まってて。うーん、どうしよう。
道は二つ。東葉高速鉄道?で北習志野まで行って、新京成で津田沼まで下り、
駐車場からクルマを出して家まで帰る。もうひとつは、京成の西船まで歩いて、
大久保まで行き、そこから家まで歩く。

で結局京成を選んだ。京成って結構根性なしで、なにかあるたびに真っ先に止まるん
だけど、今日は総武線が止まっているせいか(関係ないと思うけど)、
孤軍奮闘してた。で、京成西船の駅は、人人人。総武・房総各方面への帰り客が
すべて集中しているわけだから、そうなんだけど、駅の数百メートル手前から、
「整列乗車」をしてて。駅員さんが道の真ん中に立って、メガホンで叫んでる。
14号まで戻り、東京方面へ歩き、中山競馬場の方へ折れてしばらく行くと
東中山駅がある。そこには急行も止まるので、そっちへ行け、と。傘もなかったけど、
雪の中を歩くのがなんだか楽しくて、それに私、何もせずに待つというのが何よりも
嫌いなタチで。それで東中山まで走っていった。案の定、東中山の駅にはそれほど
人もおらず。私が着くのと同時に、ガラガラの成田行き急行列車が出るところで。

このへん、京成ってヌケてるよね。せっかくみんなの人気を得る千載一遇のチャンス
なのに。西船で難民のように客が電車を待ってるのに、普通電車しか止まりません、
なんて、バカか、つうの。

次に来た電車、私が乗ったのはたまたま普通電車だったんだけど、もちろん満員の。
西船では、ほとんど人を乗せることが出来ず、ホームでは車掌に文句を言う人が続出。
……そりゃあそうだよね。

で、大久保までなんとかたどり着き、商店街の吉野屋で大盛りの牛丼とみそ汁を食い、
迎えに来てくれた弟のジープで、家までのたりのたりと帰りましたとさ。

明日はさすがに寝坊できるでしょう(←いつもだろ!) ポジ原稿の預かりものが
あるから、さすがに休むわけにはいかないだろうけど。

それにしても、夜を徹して安全確認、復旧作業に携わっている数千人?の方々の
ご苦労を思うと、頭が下がるよね。。。 萩坊も、もしかして、どっかで
仕事してるのかなぁ。

それから、これはついでなんだけど、例のアスコット・イノーバ、近くの
ホンダのディーラーに持っていったら、安くて15万、高くて20万かかるって。
修理費。……仕方が、ない。仕方がない。修理に出すことにした。でも、
修理中の代車ってないんだと。えーー、代車もないの?? そんなの、あり!?

1997年12月

 

日記

●平成九年

・12月8日(月)

うー、今、深夜2時37分。。。はやく寝ろっつーの > 自分

さっきまで、アルマダ(COMPAQのパソコン、こないだ中古で買ったラップトップ)と
格闘してた。格闘の内容は、どうもちゃんとCD-ROMを認識しない。。。
たぶん、内蔵のサウンド機能と同んなじI/Oアドレスを使ってて、コンフリクトを
起こしてるらしい。。。 それから、同時に差してあるモデム&LANカードも
あんまりよくないようだ。。。 これだから、ノートは困る。。。

別に自分で使うんならいいのよ。何もこんなに忙しいときに慌てて解決法を捜さなくても。
ゆっくりと、来月のQAのネタにでもすればいいんだから。。。 でも、このARMADA、
人に貸さなきゃなんないんだよね。知り合いのライターさんに。なんでも、Windowsの本を
書くらしい。彼はホントはMac使いなんだけど。。。

それはそれとして。

今、先月の終わりから、池上永一の新作、読んでる。今、3/5くらいかなぁ、やっと。
すげぇ分厚い。その分高い。(2000円超)。けど、やっぱり読んでる。だって、
デビュー作の衝撃が、あまりにも大きかったから。2作目(たぶん……)で、こんな
長編をものしてしまうなんて、さすが、といわざるを得ない。若干、冗長な気はしないでも
ないが(今現在の感想だけど)。結末を迎えるのがすごく楽しみ。この調子だと、きっと
2月号の締め切りを迎えるころか、もしかしたら大日本印刷の出張校正室でフィナーレを
迎えることができるのかな? おお、それはそれで、胸ときめく出来事かも。

なんの話だっけ。……忘れた。(いつもこれだ)

そう。今年も早いものでもう12月。師走です。一年で旧暦の月の名前を知ってる人が一番の多い
月。

それとともに、この時期になると必ず思い出すのが、中3のときに盲腸で入院したこと。
毛を剃ってくれた看護婦さんの美しかったこと。。。

そう。そういえば、最近、cokegirl.jpgが見れない!とかいうメールを何通かもらって。
全然原因が分からず、しばらくいたんだけど、きょう、たまたまIEでアクセスしたら、
見れない。。。 cokegirl.jpg。はぁ、IEとNetscapeのHTML標準化の争いなんて、
私には無関係だと思っていたのに。……すごくショック。とりあえず、両方から見える
ように、書き直そうかな。。。うーん。あんまりIE好きじゃないし(とりあえずズルズル
動くスクロールがイヤ!)、みんなにネットスケープを使ってほしいんだけどなぁ。

うーん。


・12月12日(金)

池上永一の「風車祭」(カジマヤー)を読み終えた。こんなに分厚い本。
この人、まだ若いんだよ。早稲田の一文の現役時代(?多分)、ファンタジー
ノベル賞かなんかもらって。その時の作品、読んだけど、すごくいい。
何がいいって、小説の空気がいい、テンポがいい、ヒロインがいい(これが
いちばん大きかったりして)。沖縄の石垣島の話。(今回の風車祭もそう)
賞を取ったデビュー作、タイトルは確か「パガジマーヌ・パナス」
(我が島の話)。いかにも、楽しそうでしょ。

この人、すごいよ。きっと、大きな作家になると思う。なんかねぇ、ちまちま
してないもん。すげぇ太い幹を持ってる人だな。ずっと注目してたい。
「風車祭」も、きっとすぐに話題になると思うよ。うん。
長い分、話がややこしい分、途中、終わりまでもっていけるのか、ずいぶんと
心配になったけどねぇ。そんな心配は杞憂でした。一人ひとりのキャラクターが
しっかりしてて、郷土に対する深い深い愛情がずっとずっと感じられて。
出てくる豚がいいんだ、また。たまに山羊になったりするんだけど。
主人公もいい。ヒロインもいい。婆さんもいい。ちっちゃな女の子もいい。
世捨て人の兄弟もいい。みんないい。
健やかで伸びやかで温かいユーモアが、すごく貴重だ。

鉱脈を探り当てた、気、する。はやく次の作品が読みたい。


・12月16日(火)

はやく寝よぉ。北村透谷と、シーザーと私、同じ誕生日であることを知った。はは。
昨日から「シーラという子」を読んでる。大ベストセラー。
大親友のマキちゃんから、ずっと前から勧められてた。昨日、市ヶ谷の本屋で購入した。
ホントは、レ・ミゼラブルを読みたかったんだけど。読みたかった訳本がなかったので、
仕方がないから、という超・消極的な理由で、読み始めたの。
読み始めたら、ぐんぐん引き込まれた。現実の生活が色あせてしまうほど。。
本を読める、電車に乗る時間が待ち遠しいほど。


・12月19日(金)

「シーラという子」を読み終わって、続編の「タイガーと呼ばれた子」を読んでる。
感想は、一言では言えない。一言で言う必要はないんだろうけど。うーん、まずは、
なんといっても、作者と同じように、読者の私たち一人ひとりが主人公の女の子、
シーラの魅力(魅力と言っていいと思う)に取りつかれ。いい意味でも悪い意味でも。
次にこの子がどういう行動に出るか、どんな風に変わって、私たちを驚かせてくれる
のか、ハラハラドキドキしながら、読んでる。こんなに感情移入をしながら読める
ノンフィクションて、少ないと思う。

「タイガー……」は、もう少しややこしい。ややこしいというのは、作者であるトリイの
心境がそのままストーリーにも反映されていると考えることもできるし。もうシーラが
小さな子どもではなく、思春期を迎えた多感な少女であるということも、関係ある
んだろう。いま、4/5くらいまで読み進めてるけど、このあとどうなるのか、
全然想像がつかない。別にハッピーエンドを迎えてくれとは言わないから、
シーラには不幸にならないでほしいな。あまりにも無責任かつお気楽な発言かも
しれないけど。でも。

トリイ・ヘイデンが書いてる(日本で出てる)、ほかの2冊は、きっとすぐには読まない
と思う。ほかの小説をぐるり一回りしてから、どうしても読みたくなったら、手にするかも
しれない。なんか、軽く読み流すことはできないと思うし。


・12月20日(土)

今日、日本信販から、クレジットカードの12月の請求書が来てた。はぁ。
大きなため息。11万円余。。。 奨学金も返さなきゃならないのに……。うー。
また、どっかに借金するか? はぁ。東京三菱銀行は私にこれ以上投資して
くれないだろうし。はぁ。……はぁ。

それはそれとして。

ま、12月のお給料を期待しよう。はは、は。。。 年末調整で、普段よりは少し
多いだろうし。。。

今日夕方、大親友のマキちゃんに会って、使ってないARMADAを貸した。
彼女、パソコンさわったことない娘で。最初、幕張のオフィスビルの1Fの
グレ電(モジュラージャック付きの公衆電話)で、インターネットとニフティサーブの
実演をし。私のページとか、朝日新聞とか、Yahooで、彼女の好きなミュージシャン
(ちなみに、斉藤和義と、岡村靖幸)のファンのページを見せたり。……すごい感動
してた。毎日おぐちぃの日記読めるね!とか言ってたけど、毎日は更新してないんだけどな。
ははは。。。

そのあと、場所をマックに移し、日本語入力の特訓。ATOKの。ワープロはさわったこと
あるらしいんだけど、どうも勝手が違うらしい。彼女、どうしてもカナ入力がいいと主張し。
あんまりローマ字に慣れてないとか。うーん。カナ入力は私も分からん。。。
1時間くらいで、何行か文章を作成し。秀丸で。最後にファイルの保存の仕方を教えて。
なんか、全然知らないことを人に教えるのって快感だよねぇ。ハルキさんが人間には2種類
あって、人にものを教えるのが好きな人と、教わるのが好きな人がいる(好きな人、じゃなく
得意な人、だったような気もするけど)、って書いてたけど、私は完全に教えるのが好き!
教わってると、まどろっこしいんだよね。なんか、説明過多って感じをよく受ける。でも、
ああ、それは分かったから次に進んでよ、なんて言って、相手の気分を害したくないし。

いいけど別に。

そう。なんだっけ。マキちゃん。

でも楽しそうだった。私も楽しかったけど。はやく、キーボードに馴れて、新しい小説を
パソコンで書いて下さい。慣れれば絶対、いかなる筆記用具よりもキーボードの方が
速いと思うから。うん。キーボードの功罪って、きっとあるんだろうけどね。でも私は
とりあえず今の状態では手放せないな。口で喋ったものがそのまま入力されるボイスタイプが
実用レベルに至るか、それより先に、脳波をそのままコンピュータに伝える装置が出来るか、
そのどちらかが実現するまでは。


・12月21日(日)

幕張のおかじま電器で、一太郎Office8を買おうと思うが、どうも決心が付かず。
……、Xのキーに、伸ばし棒「ー」を当てることが出来るんだと。ATOK11/R1.1だと。
それだけのために、1万円以上を出す価値が、あるのか、ないのか? 確かに、
伸ばし棒って仕事でも日記書きでも、よく使う。カタカナでも、ひらがなでも。
うー、とかね。で、確かにローマ字(ほら!)入力をしてると、伸ばし棒の場所って一番
上の段だし、右手小指だし、使いにくいこと、この上ない。ローマ字カナ入力の
人なら、みんな感じてる(感じてなくても、使いにくいんだけど)と思うし。
どうしても、手首をグッと前に出す感じになるもんね。どうして、ATOKは、Xに
伸ばし棒を(って何度も書いてて思ったんだけど、伸ばし棒の正式名称って
なんだっけ。拗音?撥音?……違うよな。なんだっけ? ま、いいや)、ATOKは
伸ばし棒をXに振れないのかなってずっと思ってた。たしか、富士通のOASYSは
できるんだよ。ローマカナ入力でも。ね、たしか。

で、ATOK11/R1.1で、それが実現したと某雑誌で読んで、非常に嬉しかったわけ。
ならさっそく、買おう、と。けど、単体で買ってもしょうがないし(高いし)、
だったら、Office製品を購入して、日本製のソフトを多く使うようにした方が
いいじゃない。なんとなく、気分的に。それで。……たぶん、多くの借金にも
かかわらず、あと数日のうちに買うでしょう。きっと、秋葉原で数千円安いのを
みつけたら、速攻Getでしょう。私の予想だと、24日あたりかな(^^;(^^;

それはそうと。一太郎Office8、とりあえずこのときはグッと思いとどまり、
CDコーナーやスケベ雑誌コーナーを経て、写真雑誌コーナーへ。
出たばかりのアサヒカメラをパラパラと眺める。あんまり買いたい気持ちには
ならず。で、ひさびさにフォトコンテスト誌をみて。すぐに一枚の写真に引きつけられ。
でも、イイ写真が一枚載ってたからって、千円以上する雑誌をぽんと買っちゃあ
ダメだよね。借金かさんでるし。ねぇ。で、今日のところは、アサヒカメラも
フォトコンテストも買わずに、切れてた豆球2つと、10wの蛍光灯を1本
買いました。そう、ここは電器屋なのですよ。ははは。


話が前後するけど、実は今日は写真を撮りに、東京に出かけたのでした。
何も撮れなかったけど。行ったのは、原宿、新宿、銀座。この順に。
まずは原宿で降りて。この街、私が撮影対象としている年代の女の子の
人口密度が異常に高いことで知られている、けれども、例の通り、歩いて
みると、あまりに人が多くて、すぐに気分悪くなっちゃうのね。なんか、
あの年代の女の子たち、それもいろんな顔をした(当たり前だ)子たちを
見てると、なんか、どーでもよくなってきて。私、ああいう接近戦は
ダメみたい。よくげーのーじんとかで、「原宿でナンパされましたぁ、じゃなかった
原宿でスカウトされましたぁ」って言ってる娘がいるけど、プロは偉大だよね。
うん、医大じゃないよ。よくもまあ、あれだけ芋洗い状態で、ねらった獲物を
Getするんだから。ま、私とは目的も使命感も違うんだろうけど。私と彼らと、
どちらがどうというつもりは毛頭ないが。

で、新宿。そのまえに、代々木の駅のホームの端でとても気になるポスターを
見つけたのだが。それはあとで。新宿、なぜか歩行者天国になっておらず。
なんだかなぁと思いながら、リズムを作る意味で、コニカサロンへ向かう。
名前は忘れてしまったんだけど、原?さん、とかいう方だったような……。
モノクロの、私が好きなタイプの街のスナップ写真が全紙で40枚ほど
並べられ。私の常として、ぱっぱっぱっ、と写真を見ていく。そのテンポが
今日は落ちない。自分が好きな写真の前では、もちろん立ち止まって、じっくり
見せてもらおうと思ってるんだけど。……写真を見るペースが落ちない。
そのまま、最後まで行ってしまった。……うーん。うーん。何とも言えない。
公共のインターネットに置かれたホームページだし。作者の人のプロフィールを
みると、私より10歳上の、40歳。出版社を経て、フリーとな。おもに、
ドキュメンタリーを撮ってるという……。ということは、この、街の写真は
余技ということなのかな? 広い意味ではドキュメンタリーと呼べないことも
ないとおもうけど。これがまぁ、外国だったらドキュメンタリーともちろん、
呼んで差し支えないだろう。日本国内の写真だったら、もう少し、テーマ性とか
メッセージ色が強いだろうと思われ。いやいや、この写真展の写真をドキュメンタリー
と考えている(主催者側が)とは、全然思ってないけど。
彼が主に撮影しているという、ドキュメンタリーの方を見たいな。悪いけど、
写真展の、街の写真は、何も感じなかった。悪く言えば、中途半端。よく言いようが
ないんだけど。だって、そうなんだもん。なんというか、なんというか、
言葉を足すのが難しいけど。会期中にもういっぺん新宿に行くことが
あったら、もういっぺん足を運んでみようと思ってるけど、そうしたときに、
自分の感じ方がどう違うか、同じか、試してみようと。でも、きっと同じだと
思うけど。

とにかく面白くない。もっと厳しい言葉で敢えて言うとすると、内容がない。
非常に残念なことだと思うけど。


となりの小スペースでやってる若い人の写真展の方は、奥の方の作家の、
3枚あったモノクロの一番右、男が右を向いて倒れてる写真がよかった。
でも、なんでモノクロとカラーが混ざってるの? よく分かんないんだけど。


銀座では、CONTAXサロンに行き。おじさんに、159MMのピントグラスの交換を
頼むと、預からないと出来ない、という。それは困る。だって、こないだ
直したばかりの167MTは、原因不明の故障中。ある日、電池を入れ替えたら、
ギシャギシャ意味不明の誤動作を起こし、そのまま止まった。……。
誰かが言ってたけど、ツァイスのレンズがニコンかキヤノンのカメラに
(ミノルタでもPENTAXでも、オリンパスでもいい)付いたら、だれも
京セラのカメラなんか、買わないよ、って。

なんでもいいけど、電気系統が弱いのは、どうにかしてくれ。
どして、カメラのくせに、裏蓋のところにRESETボタンがあるんだよ!!

はぁ。

コンタックスサロンではコンタックス写真コンテストの入賞作品の展示が
あってた。上位入賞のうまい写真よりは、中高生の部とか、初心者の部の
人間味がある写真の方が、グッと魅力的に感じた。ま、審査員の写真家にも
よるんでしょうけど、ね。ま、写真コンテストの色というのも、もちろん
あっていいとおもうけど、ね。


・12月22日(月)

今日は仕事でSPEEDと坂本龍一さんのインターネットライブの取材に行ってきた。
SPEEDは、フジテレビで収録のリハの取材。坂本さんの方は、恵比寿でやってる
コンサートのインターネット中継の様子を、大手町で拝見するという……。
非常に感動した。アンコールで、戦場のメリークリスマスを聞いたりして。
本人、照れてた。「ついにやっちゃいましたねぇ。あんまりやりたくないんですよ。
10年もこれかい、みたいな。でも、悪くないですね」なんて。このへん、すごく
B型ちっくだな、発想回路が。ご本人がB型かどうか、私は知らないんだけど。

あんまり詳しく書くと、仕事しないで何やってんだ!って怒られそうだけど、
大手町の会場にはグランドピアノが2台。MIDI再生装置を付けた……。
恵比寿の会場から128KのISDN回線で送られてくるデータは15秒
遅れだとか。でも、ものすごいイイ音鳴らしてた。数メートルしか離れて
ないところでじーっと聞いてたんだけど。次々と鍵盤が押され、戻るのを見ながら。
こうなると、なにが生歌だか分かんないよな。鳴ってる音は実際に目の前でピアノの弦が
たたかれて鳴らしてるんだけど、演奏者は離れたところにいて、しかも
15秒の時差がある。うーん。でも、非常に感動した。すごいよかった。
坂本龍一さんの音楽って戦メリくらいしか知らなかったけど、こんどコンサートに行きたい。
……やっぱり、1ヶ月に一度はコンサートに行きたいよなぁ。
生で空気のふるえを感じたいよね。クラシックの生もしばらく聞いて
ない。うー。バイオリンやチェロが聞きたいよ。うーん。

SPEEDの方も、よかったよ。みんな可愛かった。でも、ちと時間が短くて、
写真撮るのに精一杯。すごく期待してたWHITE LOVEの前に、追い出されて
しまったのがすごく残念。しかたがない、CDを買って練習しよう。
(練習するんかい??)
きっとイイ写真がたくさん撮れてるだろうから、原宿でサービス版
並べて、行商でもするか。日銭稼いでどうするんだっつうの??

あとなんだろ。そうそう、いつも母に作ってもらってる昼食のおにぎりを
食べる時間がなかったから、フジテレビの社屋を出てから、ゆりかもめ、
一駅分歩いて、そのあいだにおにぎり2個パクつくということを敢行して
しまった。うーん。でも、なかなか美味しかった。私の大好きな缶入り
(粒いり)のコーンスープと相まって。

それくらいかな。28日から31日(か、1月1日)まで、東北旅行に
出ることを、先ほど決めた。その前に必要なアイテムがひとつ。モバイル・ギア。
その日あったことを記すのに、これ以上の物はないでしょう。ねぇ。
ほしいなぁ。5万円は切ってると思うんだけど。ドコモのと、どっちが
いいのかなぁ。変更点、て通信に使う端子(モデムor携帯)だけなの、かな??

分からん。こないだ衝動買いをして今マキちゃんのところにあるARMADAは
ノートPCではあるけれども、モバイルとか呼んだ日にゃあ、担いで八甲田山を
歩かされそうだもんな。なにゆえに八甲田山、というつっこみはお互い、なしね。
液晶、氷点下とかに弱い(かもしれない)じゃん。ははは。。。

んなとこ、かな。

「タイガーと呼ばれた子」の次に読む本が決まった。阿部和重の
「インディヴィジュアル・プロジェクション」。なんとなく。前から
気になっていたの。パラパラめくってみて、購入。津田沼パルコの4F、
芳林堂で。

今日、読み始めた。


・12月26日(金)

「インディヴィジュアル・プロジェクション」のあとに読んだのは、
佐伯省著「疑惑~帝銀事件・最高機密の化学兵器~」。帝銀事件で使われたのは
青酸カリではなく、旧日本軍の秘密化学兵器だった、という話。
ひとりの捜査員の記録をもとに、科学的な裏付けを重ねて、真実を明らかにしていく。
被害者の検視にあたった東大医学部の教授らのもとに足を運び、検視結果のウソを
一つひとつ暴いていく様子はとてもスリリングだと言える。

けど、真犯人は?というところまではいかない。歯科医の某という名前がたびたび
登場し、著者は彼が真犯人だと推測するのだが、その根拠がよく分からない。
中野学校で変装術を教えていた、というだけ? ……また、真犯人のバックには
進駐軍がひかえていた、事件は実は進駐軍が手にした旧日本軍の秘密化学兵器の
威力を試すために行なった人体実験だ、と著者は力説するのだが(もしかしたら
そうなのかもしれないけど)、でもやはりその根拠もきわめて弱いように思える。

たとえていうと、富士山に登るのに準備をして、体を鍛えて、3合目まで歩いて、
頂上まで行くぞ、という気合い満々なのにもかかわらずブーンてヘリコプターで
頂上まで一気にたどり着いてしまう……みたいな、そんなふうに思えた。

たぶん、この事件の背景・事情を何も知らない無責任な一読者の感想に
過ぎないんだろうけど。


・12月27日(土)

「インディヴィジュアル・プロジェクション」は、なんか漫画みたいな話。
わざわざ小説にしなくても、いいじゃん、青年漫画誌かなんかに載せれば。
読んでみて、何も感じなかった。私、暴力的なのにもともと拒否感を示して
しまうのね。でも、どんなに暴力的な小説だとしても(いや、暴力的な
部分・シーンを含む小説だとしても)、何か伝わるものがあれば、それは
いいと思うんだ、その暴力的なモノに必然性が感じられるということだけど。

この小説はどうなんでしょう。なんとか塾というのも、全然リアリティないしなぁ。
そうか、リアリティというのは人によって違っていて、村上春樹の小説にリアリティを
感じる人もいれば、宮本輝の小説に感じる人もいる、また、池澤夏樹の小説にしか、
リアリティを感じられない、という人もいるかもしれない(全部、私が好きな作家
だけど……)。もちろん、小説は虚構で、虚構だからこそ人によって、あるジャンル・
タイプの小説家の持つ世界観にリアリティを強く、偏ったかたちで感じるのであり。

……エラソーに何書いてんだろ。当たり前のことばかりじゃんか。。。

そう、上にごちゃごちゃ書いたことを翻訳すると、私はこの小説を読んでも全然
面白くなかったし、たぶん、この作家の小説は二度と読まないだろう、ということ。
もし万が一、以下のような出来事がない限りは。

最愛の彼女(ずっと年下)が「ゆ~ちゃん(私の名前はユウイチ)、阿部和重さんの
小説を読んでくれたら、こんなこととか、あんなこととか、してあげちゃうわよ~。
うふっん」なんて、いろいろいいことをしてくれたら、どんなにつまらない小説でも、
1、2冊はぺろっと読んじゃうだろう。けど、私の人生において、あまりそういう
シチュエーションは用意されていないと思われ。

ますますどーでもいい。

会社に行く前に、再び津田沼の芳林堂で新しい本を買い求め。LINUXのガイド本を買って、
で、今日から読む本を探したんだけど、ない。決まらない。どうしよう。。。
文庫のコーナーをうろうろしても、どうしても読みたい本が決まらない。仕方がないから、
(というのは、前に読んだことがあるので)池澤夏樹さんの「マシアスギリの失脚」を
文庫で買った。前にハードカバーで読んだときは、すごく楽しかった記憶がある。


1997年11月

 

日記

●平成九年

・11月1日(土)

急に福岡に帰りたくなった(^^;(^^;
最初から話すと、昨日、少し早く会社から帰ってきて、ちょっとドライブでもぷらっと
行こうかな?と思って、クルマに乗りながら。‥‥そしたら、行きたいところがない。
行くところがないんだよ。まじめに、‥‥どうしようかと思った。どうしようもないと、
思った。

福岡だったら、そんなことは絶対なかった。東へ行けば、志賀島でも、無理すれば
北九だって行けた。西へ行けば、志摩でも、唐津でも、呼子でも、行けた。
南へ行けば、佐賀でも太宰府でも久留米でも熊本でも、好きなトコ行けたよ。

それなのに、いまは、どこへも行けないんだ。

悲しすぎる。


・11月2日(日)

becky!のメールフォルダを再整理・分類し直しをしながら、昔のメールを読んでたら、
なんか、しみじみ。とても大切な友人たちと交わした、心と心とのキャッチボール。

Sunのマクネリさんは、何年か前から、「Network is Computer.」という言葉を掲げており、
それが今日のJavaの繁栄にも繋がっているとかいう話だけど、立場はうんと違うけど、私だって
10年前から、ネットワークの可能性、重要性については、とてもとても興味深く注目して
おり。そのころは、ネットワークはまだ、パソコン通信という形を取っていたけどね。

インターネットという言葉を初めて聞いたのは、いつだろう。ただ、意識し始めたのは、
95年?の夏。某S○NYに(^^; 勤める友人が、「インターネット」の可能性を熱っぽく
語ってくれ。

それを聞いて、ピンときた。ああ、10年前、「パソコン通信」の将来の可能性とかって
夢物語として語られていたことが、このインターネットですべて実現するのだな、と。

それからさっそく参考書を買いあさり。でもまだそのころってWin95も出てなかったし、
個人で契約できるISP(インターネットサービスプロバイダ)も、まだなかった。

と、そのころ、小さいけど技術力には定評があったASAHI-NET(……ここ。)が
パソコン通信上で、テキストによるWWWサービスを開始したんだよな。あれには、興奮
したよ。そのあと、PPP接続によるインターネット接続のモニターを開始して。

福岡でも回線があったんだけど、何しろ9600とかで、遅くて。毎晩のように東京に
接続してた、28800の「高速」回線を求めて。ほんっとはまったよね。うん、すげぇ
感動した。アメリカでも香港でもフランスでも、どうして海外にこんなに簡単に、こんなに
安価に、こんなに高速で接続できるんだか、ちっとも分かんなかったけど、でもでも、
インターネットの「力」を思い知らされてた。何を見てたかは、あんまりよく覚えて
ないんだけど(^^;(^^; ←ウソ

ちょうどそのころ、インプレスのインターネットマガジンが創刊され。
ネットスケープのVer0.96とかが出たころで。知ってる?最初って、ネットスケープは
ネットスケープ・モザイクっていう名前だったし、普通にしてたら日本語表示ができずに、
「パッチ」(ソフト的な補完)を当てて、やっと日本語を表示させてたんだよ。
接続ソフト(ダイヤルアップの)も、トランペットとか、カメレオンとか、無料で
使えるヤツを引っ張ってきて、いろいろ試してみるんだけど、ぜんぜんつながらず。
さすがの私も2日目の晩に接続できたときは、ホント、涙が出る思いがしたよ。

それから、まだ2年しかたってないんだよねぇ。。。


話が大幅に脱線したけど(脱線だったのか……?)、パソコンていいよね、って話。
え? いいのはインターネットじゃないの?って言われるとそうかも知れないけど、
でもそのインターネットを実現するには、いまのところ、パソコンにかなう装置は
ないと思われ。さまざまな専用ハードも登場してるけど、まだまだだね。。。
日本語入力、キーボード、webブラウザ、メールソフト、接続環境……。
どれをとっても、力不足だ(と思う)し、なにより、ソフトの更新が思うように
できないというのが、致命的、かな。

パソコンは、だから、これからも(しばらくは?)「汎用コミュニケーションツール」
として、インターネットとともに進化を遂げて行くんだろうな。私の話を少し
すれば、パソコンのコミュニケーションツールとしての能力?にはすごく興味があるけど、
それ以外のところ、3Dグラフィックとか、高音質のMIDI再生とか、そういうのには
あまり関心がない。だから、これからのパソコンの進化は、ハード的な部分よりも、
ソフト的な部分に注目したいと思っている。

人と人との垣根をうんと低くするような、そんなコミュニケーションを円滑化する
ソフトが、これからも、どんどん出てきてほしいな。

なんか日記じゃないみたいですが。そして、仕事の延長みたいですが。(^^;(^^;


・11月3日(月)

今日、運命的な出会いがあった。しばらくしたら、どこかに詳しく書けると思う。
なんだか、驚いた。そして、へんに嬉しかった。ドキドキした。


・11月6日(木)

カラマーゾフの兄弟、読み終わった。
あまりにも、テーマが大きすぎて、感想を一言で述べることなんかとてもできないし、
第一、私がこの作品に、どこまで迫れてるか、ちーとも分からん。
でも、何よりも、この小説は、父と子の物語ですね。当たり前か。
父と男の子の、物語。男親と男子っていうのは、いつの世にも宿敵みたいな
ところがある。ミーチャのように、直接的にぶつかり合い、熱い戦いを
続けるというのも、そんなに多くないかも知れないけど。

しかし、最後の終わり方は、すごかったなぁ。……うーん、すごかった。
ドストエフスキーの晩年にたどり着いた、境地がああいう終わり方を志向したの
だろうか。だろうな。

彼がロシアを、とても愛していることはよく分かったような気がする。

それから、女性の描き方。すごく対照的な二人の女性が登場し。最後の最後まで
いがみ合わせるんだけど。裁判での、カテリーナの振る舞いなどをみていると、
ドストエフスキーがどのように女性を理解していたかが、なんとなく分かる。

時代は変わった(かな?)

で、次に読み始めたのがトルストイの「戦争と平和」でなくて、
村上春樹さんの「ねじまき鳥クロニクル」?だっけ。 うー、いつもの春樹ワールドだ!
スパゲッティだ!


・11月7日(金)

「ねじまき鳥……」上巻、読み終わった。ちょっと登場人物が多いかな、という気も
したが、でも、ノモンハン事件を語る二人の老人の話には、思わず引き込まれた。
巻末にはあまり春樹さんの小説では見慣れない「参考文献一覧」。

思うんだけど、宮本輝さんの「オレンジの壺」を読んだときにも感じたんだけど、
これって、教育的小説?もしかして。誰かがアラーキーの女性を撮った写真を
評して、これは彼のサービス精神の現われですよ(趣意)って言ってたのを読んだことが
あるけど、それに似てる。娯楽のオブラートに包んで、読者にどうしても伝えたい
苦いことを、書いちゃう、みたいな。

……どうかな? 分からん。

あと、メイって娘、前にも出てきたよね。
苗字までは覚えてないけど。でも、ダンス・ダンス・ダンスで殺された娼婦が、メイって
名前だったよな。彼女を殺したのは、五反田くんじゃなかったんだよな、たしか。
うーん。

明日、朝イチで、中巻をGetするぞ! といっても起きるのは昼過ぎだけど(^^;(^^;


・11月10日(月)

ねじまき鳥、読み進めてる。今日の帰りの電車の中で、下巻に入った。
下巻は圧巻、難解。メイからの手紙、週刊誌の記事などが盛り込まれ。
そして赤坂の服飾デザイン事務所?に出向き、謎の時間を過ごす。
うーん、謎だ。難解だ。早く読み終わってすっきりしたい!
少年とねじまき鳥と二人の男のお話もイミフメ(=意味不明)だし。

ああ、明日が仕事じゃなかったら、徹夜で読んでしまうところだが。
このへんが社会人の辛いところだねぇ(笑)。


・11月12日(水)

ねじまき鳥、下巻の4/5。いよいよ、終わりが近い。。。
ぐんぐん引き込まれている。。。

今日、大手町であったパソコンソフトの発表会の帰り、いつものように半蔵門線で
半蔵門まで地下鉄に乗り。そこでとても印象的な女子高校生を見かけた。
人生に疲れたような表情をして、座席に座っていた。ちょっと表現、違うかな。
うまくいえないんだけど、老成しているというか、悟りすましたというか。

……うまくいえない。ただ、すごく気になった。視界に入ったとき、「あっ」と思った。
いうまでもないことだけど、すごい美少女なんだよ。そのことが大前提。
大前提というほどのことはないけど、そう、そういう美少女(っていう言葉も好き
じゃないけど)が、そういう雰囲気をまとっていたので、とても興味を持った。
しっかし、私の目に狂いはないよ。あの子、きっと、心にものすごく大きな○○を
かかえてる。「○○」に入る単語が思い浮かばない。空洞というか、病巣というか。

あのまま、渋谷を過ぎて、東急の方まで乗っていくのだろうか。


・11月13日(木)

ねじまき鳥、読み終わった。
難しい。最後まで、おもちゃ箱をひっくり返したまま、そのまま、終わって
しまったよう。いや、もちろん捜してた宝物は手にはいるんだけど(無傷とは
全然いえないけど)、でもじゃあ、ほかのものはどうやって片づけるのよ?って
すごい疑問。きっと次に、つながっていくんだろうな。マルタ・クレタとか、
田宮中尉とか、メイとか、シナモンとナツメグとか、これで別れるには
惜しいキャラクター目白押しだし。クミコはクミコで、現実感があるような
ないような、生身の人間のような、それでいてフワフワして空をさまよっている
ような。岡田との関係もそう。具体的な思い出がちりばめられているんだけど
でもどこかやっぱり現実感が希薄なのは、なぜでしょう。それは村上春樹作品の
一貫した様子だけどね。どこまでも僕が見た、感じた世界を描いているから?
物語のなかで、突飛なことが次から次へと起こるから? 主人公が、いつもの
ように(笑)、いろんな女性と何度も交わるから?

分からん。ただ、私は現実感(切実感、かもしれない)のある小説が好きだ。
でもハルキさんの小説も読んでしまっている。なぜだ。不思議だ。

ハッキリといままでの作品と違うのはノモンハン事件という歴史上の事実に
かなりの分量を費やしていること。それと関連するけど、暴力を、限定的にではあるが、
肯定的と感じられないこともないような描き方で、描いていること。
ただ感じたままに書くけど、札幌で出会って東京であとを付けたギターの男、
あいつはなんとなく、私も虫が好かん。バットで殴ってるとき、やれやれぇ、と
ちょっとだけ感じた。なんでか分かんないけど。
それと、綿谷ノボル?だっけ。あいつを?ホテルで退治した?ことについても
基本的には正しいことだと思う。「正義の暴力は肯定されるべきである」とまで
いってしまっていいか、悪いか、今の時点では(私は)判断が付かないけど。
本当に、新しい村上春樹の世界を感じた。ダンス・ダンス・ダンスとか
ノルウェイの森は、もはや過去に属している。
それから、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドのような静的な
世界とも違う。それはやはり、ふたりの老人の、そしてシナモンの話として
過去の事実(らしきもの?)が語られることが大きいと思われ。
主人公の世界とは、ある時にはリンクし、あるときは無関係に、それは
とても強い力で小説の中を貫いていく。構成がバラバラになってしまうのでは
ないかと思えるほど、凶暴なほどの魅力をもって。

間宮中尉が気になって仕方がない。外蒙古の井戸の底で、何かを見て、
人生の芯を失ってしまった彼。どうして彼は、ボルツを撃てなかったんだろう。
どうして?

どうして、クレタの産んだ子が、間宮中尉に似ていなければならないのだ?
単なる妄想だとしても。間宮中尉に似ていたらよいのに、と私だって
感じないことはなかったけど。でもそれは単なる同情ではないのか。

もういっぺん読み返したい。いい小説を読む喜びのひとつは、その小説を
読み返せることだと思う。いや、本当にそう思う。


・11月15日(土)

昨日?から読んでた太宰治の「人間失格」、今日の帰りの電車で読み終わった。
なんだか釈然としない気分のまま、巻末の解説を読む。名前を聞いたこともない
文芸評論家が、熱っぽく、いろいろ書いてる。

全然、共感できない。

彼(文芸評論家の人)は、太宰に陶酔した青年時代を送ったらしい。……そうですか、と
思う。そして、それから何十年か過ぎて、昔のような熱く燃えたぎるものはないけど、
それでも、いまでも、太宰のこの作品は読む度に、強く心を打つ、というようなことを
書いており。

ホントかよ、と思った。

悪いけど、今回読み返してみて、「人間失格」という作品そのものにも、まったく共感を
感じなかった。

なんだか、救われない人なのね、という気はする。けど、


・11月17日(月)

なんと、記念すべき初の会社からの日記更新!!
今日、クロニクルに関して、あの作品を理解するのになにかヒントが欲しくて
前に読んだ「村上春樹、河合隼雄に会いに行く」を読み返した。
これは覚えていたが、ハルキさんにとって、この作品は、いままでの
デタッチメントにかわって、初めてコミットメント(かかわること)に
取り組んだもので。それはよーく分かる。ノモンハン事件という
どうしようもない史実をもってきたことが、そもそもコミットメントを
主人公と作者に強いることの始まりだと思われ。読者ももちろんそうだけど。

それをとても私は好ましいと感じる。自分が自分の脳髄の中と、そして、
半径数メートルに存在する数人のとても心が通じ合う人たちとの中だけで
小説を進めていくというのは、とても心地よいことで。でも、いつまでも
そうばかりはしていられないのも、事実で。

それから、暴力のことももちろん触れられてた。英語に翻訳してくれてる
人が電話をかけてきて、主人公にシンパシーを感じるけど、でもどうして、
あんなにひどい暴力を振るうんだ、あれだけは理解できない、って。
おお、そうか、と思った。それだけハルキさんの近くにいる人でも
そう考えるんだ。……そう考えていいんだ。
気が少し楽になった。

でも、前にも書いたけど、この小説の中の、主人公の暴力。いわれのない
無意味なバイオレンスだとは感じられないから、それはそれでいいという
考え方もあるかな。主人公の暴力に比して、圧倒的に大きい戦争という
暴力が随所に描かれているから、そう感じるのかな。

とにかく、作者が暴力を描こうとした。善悪の判断はあとにおくとして、
とりあえず(というと響きがネガティブだな、まず、かな)、暴力を
読者に提示したというところだな。どうですか。これが暴力という
ものです。はい殴ります。はい、もう一回。目を開けてちゃんと見て
下さいね。バットで人の頭を殴ります。はい、音は聞こえてますか。
これが人間の頭蓋骨が割れる音ですねぇ。はい、もう一回。。。てな
感じで。さっき、圧倒的に大きいと書いたけど、でももちろん、
主人公の小さな?暴力と、戦争の暴力、たとえば2回にわたる要領の
悪い虐殺とか、皮剥ぎの場面とか、シベリヤの鉱山とか。
そういう戦争の暴力と、主人公の暴力とは、もちろんどこかで同じもの
なわけで。「正義」という言葉と「暴力」という言葉を、横にふたつ
並べてみる虚しさということをそこでは感じることができると思われ。

分かんないけど。

あとひとつ、びっくりしたのが、ハルキさんも全部分かって書いてるのでは
ないということ。はぁ、そうなんすか? 小説家が、自分の書いた小説を
全部分かって書いてないとしたら、その小説はだれが作ったもの?って
思うよねぇ。素朴に考えたら。
でも、書いてる自分にも分からない、というのもすごく真実なんだろうなと
いう気はしてる。ハルキさん、ウソつく人じゃないもん。……会ったこと
ないけど。でも、そう。

クミコが家を出た理由はなんですか?って、国語の問題に出たら、なんて
答えたらよいの? どこかにそのヒントでも、落ちてる? 分かるのは、
彼女がひとりの妻子持ちの男と不倫してた、本当はその男だけじゃなくて
ほかにもたくさんの男と性交渉を持っていた、ということ。
それは彼女が嫌いな、柄の入ったトイレットペーパーや、青いティッシュを
主人公が買ってきたこと(長く一緒に暮らしてるのに、そんなことも知らないの!)
と、あるいは関係がある?ない? ……ある、かなぁ。

こないだも書いたけど、もういっぺん読み返してみたい。筋を追うだけじゃなく、
場面場面をゆっくりと味わいながら。いろんな人の言葉をゆっくりと噛みしめ
ながら。


・11月18日(火)

以下、「ねじまき鳥……」に関するメモ。

暴力に対する肯定。正義の暴力?
非常に入り組んでいる。ボリス?田宮中尉。なぜ田宮中尉に似ているクレタの子供?
彼がボリスを殺せなかったということ。
彼の残りの人生について。

新京での2度にわたる虐殺。

クミコ。帰ってきたといえるのか?
ワタヤ。
なぞの電話の女。がクミコであることは、いいだろう。では、どうして
なぞの女がクミコでなければならないのか。クミコの影の部分なのか?
クミコというよりも、普遍的な女性像ということ?

岡田亨の親? メイの親。ヒキガエル?だっけ。
そして、宮脇さんち、だっけ?
話のついでだとしても、あまりにも無惨な一家。

トオルの叔父さん。この叔父さんもいい場所にいる。
セリフがいちいち人生の達人してて、気持ちいい(皮肉じゃなく)。


暴力に対する肯定? かかわるということ? そういうかかわり方?
そうしても、あるいは仕方がないということ。勧善懲悪?

札幌で会ったギター持った男を、代々木でつけ、バットで殴る。
あのあたりが、話の腰。のような気。がする。

戦う?


マルタとクレタ。シナモンとナツメグ。いい命名だ。
井戸。最後に水が満ちてくる。

ノモンハン。ここから始めなければいけない、という。。
皮むき職人。深い井戸。天啓のようなもの。恩寵、か。

作者が自分で作品に関してしゃべるということ。河合ハヤオとの対談。


こないだ買ったCD。岡本真夜さんが作ったANNIVERSARYの収録された
石井聖子のCDを会社でずっと聞いている。

石井聖子の「ANNIVERSARY」。なんというか。非常に天真爛漫な
ANNIVERSARYですね。お師匠さんのが正統派だとすると。自由に、伸び伸びと
元気よく、歌ってる。荒削りというか、子供っぽいというか。

この人が「いつかセイシェルの夕日を見よう」なんて歌うのを聞くと、真夜さんの
歌とはだいぶ印象が違う。19歳くらいの女子大生が、ボーイフレンドに言ってる
感じ。来月あたり、さっそく行ってしまいそう。(^^;

あふれんばかりの透明感?が印象的な真夜さんに比べると、若干間延びしてると
いえないこともないし、多少平板な印象だし、変な節みたいなのがついてるような
気もするけど(ちょっと演歌調?)、これが石井聖子のANNIVERSARYなのでしょう。


それにしても、石井聖子って名前、オールナイターズに居なかった?
こんな名前の人? まさか、本人じゃないよねぇ。


・11月19日(水)

松たか子の三和。いよいよ、意欲的。だいじょうぶか??
外。縞のポロシャツなんか着て、きっと彼のラグビーの試合の観戦だろう。
これが野球じゃダメ。サッカーも、ちと違う。もし、彼のやってるのが
室内スポーツだったら、アイスホッケーで決まり。卓球のはずないし、
同じスケートでも、フィギュアスケートなんて論外。

広末のCDのジャケット。すごく、いい。だれが撮ったの? たぶん、斉藤清貴?さん。
ジャンプの巻頭とか撮ってる人。結構原色鮮やかな。ベルビア系か?みたいな。
線くっきり。たぶん?忠恭さんの系図、かな? わかんないけど。

広末、前髪ジャギジャギで、全然作らない表情。……少し専門家らしい考察を加えると、
「作らない表情」をつくろわずに作れる人って、いるのだな。そんなに多くはないけど。
実は私もそうだ。自分がいま、心と違う表情を表に見せている、と思うことはたまにある
けど、それを見透かされることは、ほとんどない。……疲れるから、あんまりしないけど
ね。(^^;(^^;

ともちゃん。インフォスフィアの宣伝の、電車の中吊り。おお、いいじゃん。
広く続く階段、モノクロ。少し下めから、ちょっと見上げるようにして。
彼女は満面の笑み。ぐははは、って感じじゃなくて、うれしさをこらえきれない
つう感じ。イイと思う。皮肉じゃなく(なんでいちいち断わるのだ?)、
彼女らしい表情が写ってるよ。うん。

あとなんだ。マイブーム。ampmの「和風ツナ大根サラダ2」。
すげえ美味しい。癖になる。ごはんのおかずにも、ビールのつまみにも
超ピッタリ。んんん。これについて記してあるWebページって、あるかな?
どーだろ。

今朝も晴天。けど、雨が上がって1日たったせいで、昨日の朝と比べると
空気の透明度が約18%下がってた。光線の強さも、おなじだけ弱くなっている
ように感じられた。

昨日はホントに素晴らしい朝だった。近くのホカ弁屋に弁当を買いに行って、
店のおばちゃんに、今日は暖かいねぇなんて話しかけられちゃった。普段だったら
はぁ、とかいって過ごすんだけど、昨日は気分が良くて、久しぶりに雨が
降りましたからねぇ……なんて、受け答えしちゃった。はは。けど、本当に
素晴らしい朝だった。何を撮っても写真になる感じ。ちょうど登校時間?
なのか、近くの女子大の学生がたくさん歩いてたけど、みんな美人に
みえたもん。(^^;(^^;

でもホント、こういう日の朝のために、私は写真をやっているといっても、
過言ではない。いや、ホントに。太陽の、強い日差しを全身に受けていると、
ハルキさんが「ねじまき鳥……」で書いてた、恩賜という言葉が、よく分かる。
だいぶ、理解の仕方は違うんだろうけど。それでも。

前にも書いたかもしれないけど、外で写真を撮る人は、本人が意識するか
しないかを別にして、太陽というものにこだわりを持っている。??書き方変か。
私の話をすれば、あまり曇りの日は写真を撮っても楽しくない。街並みしかり、
お姉ちゃん写真しかりだ。それはなぜか。端的に言うと、影が出ないから、
影が出ないということは、光が当たってる部分もくっきりしないから。

影というのは何かということに思いをいたすと、それは、ものと(地球と)
太陽との関係性の象徴なのですね。太陽からの光を全身で(地球が、物体が、
人間が)受け、それによってそこかしこに影をこしらえる。逆説的な
言い方になるのかもしれないけど、影を感じることによって、太陽を思い起こす
みたいな。

本当に、そうなんだよ。太陽との契約。そう。いま思いだしたけど、私が大好きな
東松照明さんの沖縄の写真集、「太陽の鉛筆」でしたね。よくもつけたよなぁ、
太陽の鉛筆なんて。なんて素晴らしいタイトルだろう。でも、きっとそれは、
彼の実感だったんだろうな。そう、私も太陽のデッサンを一枚でも多く
かき集めるために、カメラもってうろうろしてますよ。はい。


以上、会社でのメモ。そのうち、もうすこし自分以外の人に通じやすいように、
書き直すかも。乞うご期待。


そういえば、アクセスカウンタ30万人突破した! だいたい、1年10万人の
ペースですね。30万人超えたということで、……別に何もしない。(^^;(^^;
どーも、おめでとうございます!?


・11月27日(木)

30万を超えたと思ったら、なんかの原因で、アクセスカウンタ、ゼロに
戻ってしまったよう……。最初、驚いたけど、それほどショックは受けなかった。
まぁ、ねぇ、数が増えても、お金がたまるわけでもないしねぇ。
それに、あのフロントのアクセスカウンタ、気がついてた人もいるかも
しれないけど、あれってBEKKOAMEのなんだよねぇ。むかし、ずっとむかし
私がBEKKOAMEにホームページをもってた、その名残。
ま、ずっと不法使用してたと言えなくもない。というか、そのまんまか。

そろそろちゃんとアサヒネットのに、変えないといかんと、思ってたころで。


それはそうと、福岡へ帰ってきた。土曜日から月曜日まで。ほんとうは金曜日に
たつはずだったんだけど、飛行機のチケットが取れずに。

感想。……感想は、福岡は私にとって故郷だけど、もうあそこに住むことはないだろう
な、住めないだろうな、ということ。それが悲しくもあり、前に進むしかないという
気を起こさせもしてくれる。この汚いドロドロのギスギスした都会で、行きてくしか、
ないみたい。どうやら。

もうひとつ書くと、何ヶ月かぶりに会った人たちとの時間の中で、いまの自分と
いうものの姿をいやおうなく見せつけられた、気がした。思い出ってけっこう
残酷なものだな、と思った。

時間的に一番最後に位置するからかもしれないけど、一番こたえたのが、Mさんの
「小倉くんは本当に人のことを愛せるの?」の一言。………………辛い。
なにが辛いって、自分で自覚していることを人に指摘されるときほど、辛いモノはない。
どうしてこうなんだろう、私って。どうしてなんだろう。。。


・11月30日(日)

今日は、本当に生涯記念に残る一日になった。千葉に住んでて、本当によかった。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。

明日から、現実社会の中で、しっかりと戦っていこう。まずは、仕事をしっかり頑張ろう。



感想でも文句でもらぶれたーでもなんでもいいのでメール下さい。

1997年10月

 

日記

●平成九年

・10月2日(木)

「カラマーゾフの兄弟」、淡々と読んでる。今、上巻の半分超えたとこ。
だんだんと、面白くなってきた。この小説って、兄弟3人と父親を対比させる
かたちで、人間の(男の)宿業(性的なもの)を描いている作品なのかな?
まだ分からないけど。

この小説、実は私、高校生のとき、読破した?はずなのね。けど、ほとんど
なんの感想も持ち得なかった。そのときの私にとっては、すごく難しすぎた
んだろうな。あのころは、若くていきがってたし。何でも自分の範疇で価値判断を
済ませてしまって。自己完結して。しょうがないヤツだったよな、いま思うと。
上巻の最初の方の、キリスト教をめぐる論議?のあたりでも、思いっきり
拒否反応を示してしまって、なんか大嫌いな食べ物を無理矢理食べさせられてる
ときみたいな気分だった。なぜかそれは覚えてる、ような気がする。

今月いっぱいくらいで、全部読み終わるかなぁ。無理かなぁ。来月はじめくらいまでには、
ぜひ読み終えたい。そして、また、あんまり頭を使わない、現代小説(日本の)を
読みたいなぁ。(^^; ハルキさんの「うずまき鳥‥‥」も文庫化されたことだし。


・10月4日(土)

今日は会社休んだ。クルマはまだ来ない。。。 今乗ってるシビックの左のウインカーの
電球が切れたらしく、カチカチ点滅が早い。ま、もうすぐ手放すクルマだけど、なんとなく
気分的に‥‥と思い、修理をしてもらおうと思って、近くのカー用品専門店に行った。
「色の付いた頭にかぶるもの」というような意味の外来語の名前の。たしか、スペイン語か
ロシア語か、そんな名前の店。うまく行けば自分で交換できるから、電球が切れてるか
どうか確認してもらおうと思ってカウンターに行くと、お姉さんが、調べてもらいますから
少々お待ち下さい、かなんか言って。しばらく待ってたら戻ってきて、使えるみたいですよ、
って言う。確かに素人目に見て、線が切れてなさそうだから、やっぱりそうなのか、と思って
クルマに戻る。お姉さんは、たぶんヒューズが切れてるか、途中で断線してるんじゃないかと
思うんですけど‥‥、って言ってたので、どうしたもんかな、状態。なんか、ヒューズ
ボックスを開けてみても、どれがウインカーのヒューズか分かんないし、断線もしてない
みたいだしなぁ、と手詰まり状態。うーん、どうしようと思ったんだけど、やっぱり
専門店で見てもらおう、自分じゃ分かんないんだし、と思い、ちょっと遠いけど、幕張の
オートバックスに行ってみた。すごい込んでて。レジで説明すると、40分くらい待って
頂きますけど、お時間大丈夫ですか?って訊かれ。はい、ってこたえると、書類に必要
事項を書き込んでくれて、待合室でコーラを飲みながら、待ってた。店内を見て回ったりも
した。しゃれで、こんど乗るクルマ(アスコットイノーバ)に「R」の文字の
ステッカー貼ろうと思ってるんで、ないかなぁ、って捜したんだけど、
やっぱりない。‥‥ちょっと残念。(^^;(^^;
店内放送で名前を呼ばれ、ピットにクルマを運び。10分くらいで再び名前を呼ばれ。
あっさり玉切れだと。はは。はは。はは。工賃込みで600円余。うーん、安い。。。

私、オートバックスって好きなのよ。なんか、メカニック?の人がキビキビしてて、
すごく好感もてる。今日も帰るとき、どちらから出られますか?って訊かれて、裏の方に
出ようとしたら、お兄さんダッシュして走っていって、誘導してくれて。なんか気持ち
いいよね。とても。接してて。

福岡に住んでたころにも、オートバックス(原店)が近くにあり、ずいぶんと通った。
2F建てで、階段の隅にエスカレーターみたいな電動車椅子?みたいな施設があり。
お体の悪い方はご利用下さい、とか書いてあって、なんか気が利いてるなぁ、って
感心してた。今使ってるソニーのカーステレオも、そこで買ったんだよ。いまだに
十分現役でバリバリ動いてるけど。別れるのが惜しいくらい。。。

そういうわけで、オートバックスはいい!というお話でした。

そのあとで、おかじま電器・作新台店に行き、岡本真夜さんのCDを物色したあと、
FAX用紙を2ロール買う。花王の、セットのやつ。今使ってるのと同んなじヤツ。
それから家に帰ってきて、ちょっと休んだ。

なんでこんな、なんの代わり映えもしない一日を事細かに記載してるのだろう。
うーん、なんか、日記の醍醐味を味わいまくってる、そんな気がする。ははは。


・10月5日(日)

今日、すごく久しぶりにある人に出会った。偶然、ばったりと。
私が大学5年のとき、家庭教師をしてた、その子のお母様に。6年ぶり。
「失礼ですけど、小倉さんですか‥‥」って、声を掛けられた。突然に。
「私、○○ですけど、家庭教師をしていただいてた‥‥」って。
すぐに分かったよ。お母さんのお顔、よく覚えてたし。

でも、ずいぶんと変わられてしまわれてた。ずいぶんと、ご苦労をされたのだろうと
いうことが容易に察せられるくらい。ほんとうに。

家庭教師をしてた娘さんの近況を伺うと、希望の音大に行って、ものすごく
頑張っておられるとのこと。うれしくてうれしくて、うれしかった。
時折、私のことも話題にしていただいているらしい。これもうれしかった。

書いていいか悪いか分かんないけど、彼女、第一希望の県立高校に受かんなかった。
私はすごく責任を感じて、とても申し訳ない思いで、お宅を訪問した。
そしたら、彼女が言ってくれた。
「第一希望の公立には落ちちゃったけど、私立の方が自分に合ってるかも
しれないし。友達をいっぱい作って、しっかり頑張ります」ってね。
涙が出る思いがしたよ。ホントに。なんてすてきな子なんだろうって。

それから、私は仕事で福岡に行き。それ以来、音沙汰もまったくなくて。

で、今日のお母さんとの再会とあいなった訳。すごく嬉しかった。
近いうちに、娘さんとも会えると思う。すごく楽しみ。。。
どれだけ大きく、立派になってるかと思うと。


・10月26日(日)

のど自慢で、吉幾三さんの歌を聴きながら、書いてます。今日はたまたま、船橋からの
放送で。

「カラマーゾフの兄弟」、いま中巻がほぼ終わりかけ。ずいぶんと難航しているように
思えるかも知れないけど、今月は中旬に、一週間、会社に泊まってたので、全然
進まなかった。仕方ないよね。

ドミートリーが、ついに事件を起こし、捕まってしまった。グルーシェニカとの愛を
やっと見つけることが出来たのに。。。

一気に下巻へと読み進めよう。


・10月27日(月)

今日会社休んだ。免許の住所変更、更新を行なうために。
近くの警察署に行ったら、住所変更&更新の手続きができてしまい。
しかし、今日、新しい免許証をもらえるんじゃないのね。なんか、また、
えらい日数がかかるのね。。。 うーん。

はじめから、幕張の免許センターに行けばよかった。。。 うーん。

それにしても、今月は日記の更新がぜんぜんできなかった。というのも、ご想像のとおり、
仕事が死ぬほどハードだった。‥‥もう。会社に1週間も泊まり込んでしまったよ。
何とかしてほしい。うー。いやだなぁ、自分の時間がとれずに、月日が過ぎていくのは。
ったくなぁ。

そうそう。昨日は友達と会って、東京をドライブしたのよ。ちょっと。
夜中に台場のフジテレビの建物を見たけど、あれって愚劣だね。近くで見ると、
一層。前は、バカげてる、と思ったけど。

だいたい、テレビ局を街から離れたベイサイドに持ってきてどーすんの?って感じ。
なんかあったら(まさしく「なんかあったら」)、都心に向かう何本かの道路を
遮断されたら、どうするつもりなんだろう。まぁ、フジテレビはバラエティとかドラマで
もってるから、あんまり関係ないのかな(^^;(^^;


・10月30日(木)

ホームページの拡充を考えてる。ニフティで予告したのに未だに約束を果たせていない、
愛車アスコット・イノーバのページ。それから、「ほしいもの」。
ほしいもののページは、その名の通り、私が、いますごくほしいと思っているものを
表形式で列挙するの。だからどうした、とお思いでしょうが、あれほしい、これほしいと
思っている品物を、人目に触れるところで公表することで、自分の欲求を客観化すると
いうか。頭を冷やすというか。‥‥だって、ほしいものを片っ端から買い求めることは
できないし。お金もないし。

‥‥といいながら、今日、K6-200買った。‥‥ごめんなさい。って、いったいだれに
謝ってんだか。


・10月31日(金)

カラマーゾフの兄弟。ついに下巻、もう真ん中くらい。ついにミーチャの裁判が始まって
しまった。スメルジャコフは自殺した。

少し前の、イワンと悪魔との対話は、ずいぶんと難解だった。難しくて、ちっとも分かんなかった。
いつか、もういっぺん、読み返さなきゃいけないんだろうな。でも、いっぺん読んだ本を
読み返せるということは、本を読む喜びの大きなひとつであると思われ。

?なんか矛盾してるかな? いやいや、そんなことはないよ、ね。

最近、ちょっと外国からのメールが多くなってる。?どうしたのかしらん。だれか、
外国でリンク付けてくれたのかな。こないだは、イギリスの「Perception and Imaging
(認識と想像?)」とかいう本の作者さんから、メールをもらった。昨日は、
ニューヨークで20年間、フォトジャーナリストをしてるという人から。

なんか嬉しいよな。写真ほめてもらうのって。うん、うまれてこのかた(?)、一番嬉しい。
人生の最大の喜びだよなぁ、自分の写真をほめてもらうことは。なんでだろ。
やっぱり、写真が好きなのかなぁ。好きなんだろうなぁ‥‥。

写真の何が好きかって、やっぱり、ぜんぶ写ってしまうところかな。うん、そうだな。

写真て何かって、ずっと考えてたんだけど、やっぱり、「この世の不思議」を写すもの
だよね。これが私の公式見解。この世の不思議を写すものなんだよ、写真て。
この言葉にすべて含まれてる。足すことも減らすことも、入れ替えることもできない。
写真ていうのは、この世の不思議を写すもの。実は、かなり前から、ずっとそう思ってる。


感想でも文句でもらぶれたーでもなんでもいいのでメール下さい。

1997年9月

 

日記

●平成九年

・9月12日(金)

今日、ソフトハウスの発表会で、恵比寿のガーデンプレイスに行った。そこで、
すごく輝いてる女の子(女性、21歳くらい?)を見かけた。で、声かけて
写真を撮った。こういうことをするのは、すごーーーく、久しぶり。

時間がなかったから、急いでたのね。で、すれ違って、アレって思って、
振り向いて、もう一度、よく見て、で、立ち止まって、しばらく眺めて。
で、どうしようもなくて、近づいて。でも、怖くて声かけられず。
彼女、誰かを待っているように、座って、文庫本かなんか読んでる。
それを、少し離れたところから、しばらく見つめて。

最初ね、そばに行って、声をかけたのね。「誰かと待ち合わせですか?」って。
「はい」って答えてくれて、そうですか、っていって、恥ずかしくて
その場を離れた。で、発表会の会場に向かいながら、いや、ダメだ、と思って
引き返し。

隣に座って、済みません、私、写真を勉強しているものですが(ウソじゃない!)
写真を撮らせてもらえませんか?って、話しかけて。

最初、いいです、困ります、っていわれたんだけど、一枚だけ、って頼み倒して
2枚だけ、シャッターを切った。

どんな娘?っていわれると難しいので、今度写真をアップします。
美人とか可愛いとか言われると、たしかにもちろんそうなんだけど、なにか、
人を(って私を、なんだけど)惹きつけるものがある。何だか分かんないけど。
何だか分かんないからこそ、私は今日も写真を撮るのであり。

#あんまり上手に撮れなかった。けどアップした。(^^; 敢えてリンク付けは
#ここからはしない。。。


・9月13日(土)

曜日の感覚がない‥‥。

締め切りまで、あと何日??

うう。


・9月×日

突然ですが、私、
4年ほど乗ってるワンダーシビックSi(1600cc、62年式)がだんだん
老朽化してきたので、買い換えようと思ってる。

で何にするか。これが難しい。60~80万円くらい、平成4~6年式くらいの
中古車で。

とにかく、トヨタはいやなのね。なんかトヨタの車をみてると農業車という
イメージがある。なぜだか分かんないけど。それと、「80点主義」というそうですね、
トヨタの車づくり。どんなにハメはずしてそうなスポーツカーでも、
なんつうか、育ちのよいお坊ちゃん然としているというか。
好きになれませんな、優等生っぽくって。いまのところ、自分でお金を出して
トヨタの車を買おうとは思わない。

さっき、トヨタの車を農業車っていったでしょ。ほかのメーカーはというと、
日産は商業車、マツダはファミリーカー、ホンダはヤンキー車、三菱は戦闘機
という感じでしょうか。そんなに大きく外れてないと思う。

ほら、私ホンダが好きなのね、すごく。で、シビックの次に乗るホンダ車は
なにかな、と考えたら、……ないのね。ないんだよ。そんなに基準がきついわけ
じゃない。1800cc以上で、4ドアで、5速マニュアルで、そんなにオッサンくさく
なくって。こういうクルマがホンダには欠けてると思う。アコードを分水嶺と
して、急にオッサン・成金くさくなってしまう。ほら、よくも悪くもホンダって
シビックが大看板だから、上のグレードが手薄になってしまっているというか。

で、日産か三菱に走ろうかと思っている。日産だったらプリメーラが
いいかな、とか。イギリス製の2000cc、5ドア車がかっこいい。あと、いきなり
とちくるってスカイラインとかに行ってしまおうか、とか。

ちょっと、三菱にも気が向いている。三菱だったらギャランかなぁ。
それか、ひとつ前のディアマンテ(2500cc)がすごく安く出てるので、
こっちにいこうかなぁ、とか。なんか三菱の車ってあんまり細かいこと
こだわってなさそうで、イイ意味で大味な気がして、よいかな、と。

なんか三菱の顔が結構最近好き。(BMWの亜流みたいだけど)
……銀行も東京三菱銀行だし。関係ないけど。


・9月21日(日)

今日は、昼すぎまで寝てた。2時に目が覚め、カーセンサーを
ぱらぱらめくり、中古車屋に電話をし、中古車屋に出向き、契約を済ませ、
CDを借り、ビール(500ml)と「神の河」のロックを飲んだ。

買った車はアスコットイノーバ2.3Si-Z。車両価格69.8万円。
ちょっと安いかなぁ?と思ったけど、カギ借りて運転席に乗ってみたら、
「あ、これに決めた」状態。
走行距離は4.7万キロ。次の車検は11年4月。色は銀色。
ホントはワインレッドがすごくほしかったんだけど、
‥‥我慢できなかった。それと、お店のおねえさんがフレンドリーな感じで
よかった。諸経費込みで85万円。年利4.9%の36回払い(ボーナス月
5万円加算)。払えるかな? ‥‥大丈夫でしょう、たぶん。(笑)

5速マニュアルがいい、とか三菱がいい、とか言ってたけど、結局ホンダ。
結局オートマ。‥‥こうして私もだんだんとオッサンになっていくのね。

いつだったか覚えてないんだけど(たぶん、先週の日曜あたり?)、会社の前に
アスコットイノーバが止まってたのね。色はワインレッド。雨に濡れたその車体が
言われもなく美しく。ああ、これに決まりだな、とそのとき強く思った。
その前から、なんとなく、アスコットイノーバにしようかな、と思ってたんだけど。
とても顔がいい。精悍で、清潔で。あまり街で見かけないのもグッド。
後ろの外観はまあ平凡なんだけど、リアスポイラーがなんか強そうな感じで。
そこがまたよい。アスコットイノーバって名前も、なんだか良さげじゃない?

んな感じ。

とりあえず、来るのがすごく楽しみ。車庫証明を取ったり、
いろいろと大変なんだけど。。。

なんか、遠出したいですね。ひとりで? 日光の方とか。温泉に入りに。
新しいクルマが来たら。
紅葉のシーズンとかがいいのかなぁ。土日だとすごく込むだろうから、月曜日に
休みを取って。日・月で。5~7千円くらいで泊まれるトコを捜して。

今週の後半、遅い夏休みを取ろうと思うのだが、「夏休み」にはクルマ、間に
合わないだろうな。‥‥ちょっと残念。


・9月24日(水)

なんか、一昨日あたりから寒くなってきた。着る長袖のシャツがないから
仕方なく半袖を着ていったんだけど、すごく寒い。駅のホームとかで。
まわりを見渡すと、いつの間にかほとんどの人が長袖を着ている。すごく
ショック。私、こう見えても、まわりを気にするタイプなのよ、そんなはずは
ない、ってよく言われるけど。(^^;(^^;

でも、ほんのこないだまで圧倒的に半袖の人が多かったような気がするんだけど。
特に、若いお姉さんたち。もしかして、若い女性向けファッション雑誌の最新号の
ページの隅に、今週から長袖、とか指令が記してあり、みんなそれに従ってるとか。
もしくは、月曜の早朝のフジテレビの番組で、分かる人にしか分からないような方法で、
「今週から長袖」って指令を流してるとか。

そうとしか思えないほど、みんな急に長袖。単に秋が深まっただけなのかも
しれないけど。来週あたり、近くのイトーヨーカドーでデニムと白の長袖
シャツを買ってこよう。


・9月25日(木)

「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」上下巻を読み終わった。
感想は‥‥、むずかしいな、ちょっと。いいか悪いか、よく分かんない。
正直なところ。結末は‥‥、意外だったけど、「純文学的」という言い方は
できるのかな、意地悪い見方をすると。

2つの舞台が交互に出てくるのはすごくよく理解できるし、効果的だと思う
けど。どうでしょ。彼の小説って、微炭酸みたいに、日常が少しだけすっとんでる
ところが魅力だと思うので、ちととまどいを覚えたなぁ。壁に囲まれた世界は
いうに及ばず、表?の世界も、かなり濃いいSFタッチで話が進められ。

いいか悪いか分からん。しばらくしたらきっと、また読み返すでしょう。
そのときに、もう少し、きちんとした感想を書けると思う。

いつになるか分からんけど。(^^;(^^;


あ、そうそう。特筆すべきこと。この小説、「カラマーゾフの兄弟」を読みたくなくて
それで逃げる意味で読んだんだけど、ばっちり小説の中で「カラマーゾフ‥‥」が
出てきた。‥‥笑った。もはや、逃げられないと覚悟した。

で、読んでます。「カラマーゾフの兄弟」新潮文庫版。‥‥淡々と。


・9月30日(火)

岡本真夜のアルバム「smile」を聴いてる。ちょうど1ヶ月前、中古で買ったんだ。
このアルバムの完成度、っていうのかな? すごくいい。どうして?っていうくらい。
どうしてこのアルバムを手に入れようかと思ったかというと、話は6月?にさかのぼる。
仕事で、私は品川にいた。某SONYがパソコン業界に復帰する第一段の、その
発表会。品川駅前のホテルで行なわれた。時間より少し早く品川に着いた私は
駅ビルの中の本屋で読みたい本を探してた。そこで買い求めたのが、
「偉大なギャッツビー」集英社文庫版。(笑)

そして、その本屋のすぐとなりにCD屋があり。CD屋の常として、少し大きな音で
BGMがかかっており。女性ボーカル、バラード。すごくしっとりして、やさしくて、
あったかくて。力強くて。この曲、なんて曲だろう、どうしても、知りたい、って
そう思った。
ほら、私って、他人との交渉をなるだけ避ける傾向にあるでしょ。気が弱いから。(笑)
でも、どうしてもその曲のタイトルを知りたくて、CD屋のカウンターに行ったら
誰もいなくて。「すいませーーん」かなんかいうと、奥の方からお姉さんが出てきて。
訊いたら、あ、この曲は岡本真夜さんの「ANNIVERSARY」って曲ですよ、って教えて
くれて。

あ、そうなんだ。そういえば前から、彼女がニコンS2かSP、とにかく、ニコンの
レンジファインダーを構えて笑ってるジャケットが気になってた、と思い出し。

それから、このアルバム「smile」を購入するまで、数ヶ月の月日が必要だったんだけど。
でも、いい。すごく、いい。よくない曲が1曲もない!! これはすごいことだ。

岡本真夜さんのコンサートに行ってみたい。すごいんだろうなぁ。もしかして、女性ファンの
方が多かったりして。それはそれで、嬉しい限りである。(笑)

とにかく、いい。この人いい。すごくいい。
「岡本真夜さんっていいよね」、っていうのが私の9月の「いいたいこと」だったので、
うまくまとめることが出来た、かな。

ぜひ、聴いて下さいな。

私も、ほかのアルバムも聴いてみたい。きっといいんだろうな。



 

1997年8月

 

日記

●平成九年

・8月31日追記

これは9月1日に書いてます。
下の日記、内容がぐちゃぐちゃで意味が通じませんが、これは久しぶりに
飲んだ焼酎ロック2杯の酔い加減でこうなってます。お許しを。


・8月31日(日)

今年の、夏の最後の日。気がついたら、夏が終わってた。今、零時半。
秋の虫の声が、聞こえる。
今日はけっこう忙しかった。たとえば、「結構」って副詞、漢字で書くか、
ひらがなに開くか、けっこう悩む。まわりとのバランスかな、結局。
同じ副詞でも、「けっきょく」は漢字にすることが多いよねぇ。ひらがなで
けっきょく、とか書いても、なんかピンとこないし。
漢字にするかひらがなにするか、という話について回るのが、読点のこと。
あんまり漢字が続くと点を付けて切りたくなるし。

それはそうと。

きょうは、二人の福岡の知り合いと電話で話し、ひとりの福岡の知り合いにメールを書いた。
ったく、なんで死ぬまで福岡に住まなかったんだろう。なんで、自分自身を金屑川んとこの
ガードレールにくくりつけなかったんだろう。どうしてあそこで嫁さん見つけなかった
(見つからなかった)んだろう。本当に、一生の、不覚。一生どころじゃないかも。
来々世くらいまで響くんではないだろうか。

なんだっけ。そうそう。今日忙しかった話。朝、早起きして、クルマでちょっと出かけて、
すぐ帰ってきて、買い物に行って、パソコン雑誌と岡本真夜さんの「smile」っていう
アルバムを買って。幕張本郷のおかじま電機で。‥‥電気だったっけ? ま、それはそれと
して。

明日から仕事だぁーーー。どうしよう‥‥。

それはそれとして(笑)。


・8月29日(金)

今日は、福岡で大変お世話になった先輩のお父様のお葬式に行ってきた。
埼玉の上福岡まで。とっても素晴らしい葬儀だった。先輩が喪主を務めて
いたのだが、最後の挨拶も堂々とした立派なもので。‥‥思わず泣けた。

帰ってきてから、津田沼で例の新進カメラウーマンと会う。
ノートパソコンを預かって、Netscapeとニフマネをインストールしてあげてね。
今日は接続の仕方を説明してあげた。津田沼駅前のOKビル2Fで。
モジュラー端子のついた灰色の公衆電話の前で、JustNetに繋いでみた。
最初うまく行かなかったんだけど、繋ぎ直したらうまく行った。Netscapeの
ページに強制的に繋がった(^^;(^^; あと、更に強制的に登録しておいた
自分(私)のページを見せて。福岡でお世話になった某Nスポーツ新聞の
Iカメラマンの写真を見せ。悪くないでしょ、っていうと、そうだね‥‥って。

そのあと、Let’sのでかい本屋に行き、ネトスケとニフマネのガイド本を
買い、PARCOの喫茶店でコーヒーフロートとコーヒーゼリーと水を数杯
飲んだ。水を飲んだのは、もっぱら私だったんだけど。

今日は私が夜、用事があるので、そうそうに解散した。彼女も疲れてた
みたいだしねぇ。私も思いっきり疲れてたし。

大ブレイクはありません。少なくとも私の方からどうこうするつもりはない。
向こうからもないと思う(思うじゃなくて、ない。)


・8月20日(水)

今日はとてもイイ日だった。その後半の話。
新宿で、某新進カメラウーマン?と待ち合わせをして、買い物に付き合う。
エプソンのプリンターを買い、なぜか小田急の9Fで水槽を買い、それを
彼女んちまで運び、ロイホでご飯を食べ、別れた。

うん、楽しかった。いろんな誤解が解けた(ような気がする)し。
誤解というか、感情がすれ違ったままになってた過去の出来事を掘り起こして
修復していく作業。なかなか心地よかった。平たく言えば、私も彼女も
社会にもまれて少しは大人になりつつあるということでしょうか。

髪の毛がこないだより伸びて、ちょっと可愛くなってた。はは。

もしかして、このあと彼女、私との関係において大ブレイクするか?
(しない、しないの圧倒的な声、あり)

それはそれとして。

近いうちに、こんどはインターネットの接続をしてあげるの。プロバイダは、どこが
いいか。そういえば、今日、justnetの案内が来た。わたしは、ほとんど、休眠中。
何でも、ホームページの登録に普通のftpが使えるようになり、URLも変わる。
メールサーバーとホームページサーバーが複数化する、回線が太くなる、とな。
ま、今までが酷すぎた(ような気がする)という話もあるが。このリニューアルで、
どの程度改善されるか、見モノではある。

今日、アサヒカメラを買った。彼女の仕事の話にちょっと触発を受け。見た、ら、
巻頭の奈良原一高と、宮崎学の、同じ木を撮った写真が、よかった。それ以外は、
対して感銘を受けず。

良いカメラと良いレンズがほしいと思っている。ライカを修理に出すか。いったい、
いくらかかるんだろう。はぁ。


・8月17日(日)

ひゃあ。2週間ちかくも、日記を更新しなかった。うわ。。
ちょっとねぇ、忙しかったのです。仕事と、プライベートと。
ここんとこ7時半に起きてる、寝るのは2時過ぎで。。

とても日記を書ける状態じゃないよねぇ。。。

いくつか、書きたいこともあったのですが、やっぱり、日記というのは、
時機を逸するとダメですね。ホントに。最近起こったことを箇条書きしても
あまり意味はないし。記録ということで言えば、それなりの意味はあるのかも
しれないけど、ね。

そうそう、AKIKOちゃんのページですけど、
閉鎖のお知らせの文章が変わってた。で、メールを書いたよ。当然のように返事はない。

そんな感じ。

本当に、この2週間は、いろいろなことがあった。私の人生を大きく変える(開く)
ようなことが。別にもったいぶっているわけではない。公開してる日記には書けないことも
たくさんあるのだ。あたりまえのことだけど。

時期が来たら、書けることもあるかと思う。

それから、10月号の編集作業は、98%終わった。今日も早めに帰ってきた。(当然仕事)
明日は締め切り。いちばんいやなのが、締め切りが後ろへ延びること。(^^;(^^;
ほら、いろいろあるでしょ。締め切り後の数日というのは、1ヶ月分のうっぷんを
晴らすべきときだと思われ。ねぇ、たとえば、ガールフレンドとデートしたり、
したいじゃない。(あくまでも仮定。すべてフィクション(;_;) )

いいけど別に。


・8月5日(火)

今日、いろいろ用事があって、秋葉原の街を歩いた。
秋葉原デパートの改札から階段を上がり、ホームへ。
反対側のホームの壁に貼ってあるポスターを見て、
虚をつかれた。

「そうだった。。。そうだった」

ビクターが毎年やってる高校野球のポスター。
このキャンペーンは、毎年、ポスターのセンス(写真、デザイン、コピー)が
異常に良く。アイドルのひとつの登竜門になってる。
と私は思う。

思い出さずにはいられないのは、いまから6、7年ほど
昔。同じように秋葉原の駅を利用した私は、一枚の
ポスター(ホントは2種類のポスターが互い違いに
何枚か貼ってある)に目を奪われた。ポスターに、というより……。
ちいさく名前が書いてある。近づいてみると、
「高岡早紀」と読める。
それまで、その娘を私、知らなかった。

で、今日。
ポスターを見ると同時に、それが松本恵であることは
分かった。ホントにこの子、いろんな顔を持ってる。
いろんな顔を持ってるということは女優として、絶対的な
必要条件だと思われ。

ビクターのホームページに行ったら、撮影を担当した
野村誠一のコメントが載ってた。

うーん。彼にメグちゃんを取られてしまった。
とてもつらい。

明日あたり、ポスターが一枚減ってたら、私の仕業、かも。(うそうそ)


・8月4日(月)

何から書こうかしら。
週末は忙しかった。弥生ちゃんと秋葉原を回ったり、佳子ちゃんと下丸子へ行ったり。
昨日は久しぶりに池本さんと電話で話した。なんかあんまり元気なかった。疲れてたの
かな。旅から帰ってきたばかりとか言ってたから。

仕事は着々と?進んでいる。

哀しいこと、ひとつ。
私がとても愛していたホームページがなくなってしまった。前にも書いたと思うけど、
AKIKOちゃんのページ。なんでも、どっかの掲示板に批判めいたこと?を書かれて、
抗議したけど埒があかなくて、それで、ホームページ閉鎖を決意した、と。

いろんなことを考えさせられたね。そう、いろんなことを。
彼女の最後の独白が、キレてて、いい。いいというのは「善い」ということでは、
まったくないのだが。良かったら、見てみて。
もう、なくなってるかも知れないけど。

いろんなことを思う。本当に。いろんなことを。

でもそれは、酔っぱらった頭でまとめ上げることは出来ないし、失礼に当たると思うので、
今は止す。明日か、明後日か、そのくらいの時に、この出来事を通して私が考えたことを
まとめておきたいと思う。

ということで、きょう家に帰ってから瞑想してるときに思ったのが、
「インターネットは、人類の発明の中でも、最高のひとつだ」
ということ。いろいろある。でも、インターネットが今日も動いてる?ということを思うと
私はどんどん元気になっていくのである。

(以下略)(笑)


感想でも文句でもらぶれたーでもなんでもいいのでメール下さい。

1997年7月

 

日記

●平成九年

・7月27日(日)

ああ、月日がたつのが異常に早い。嫌になるよ。もう7月も終わってしまう。ああ。
今日は、やたら充実した日だった。いろんな人と電話で話したし、いろんなところへ行った。
髪の毛もばっさり切ったし、新しいスニーカーだって買った。
明日から、また、締め切りに向けて仕事だ。楽しみだ。
たまには早く寝て、早く起きよう。(希望的観測)
 
 
・7月26日(土)
 
ディケンズのコパーフィールド読んでる。1巻の半分くらいは行ったのかなぁ。
ちょっと疲れたので(酔ってたし)、解説を読んでみた。どの優れた作家も
そうなんだけど、ものすごく多面性を持った人みたいだな。なんちゅうか、
癒やされないというか、いつも欠落感を抱えているというか。そう、なにかの
代償として、書かずには居られないから、書くみたいな。そういえば、
「ノルウェイの森」の「永沢さん」が言ってたと思うけど、つねに渇きを
感じているというか。
 
 
・7月25日(金)
 
今日、新しめのシングルCDを借りてきたんだけど、ちなみに、
ル・クプルの「ひだまりの詩」、吉村由美の「VACATION」、
広末某の「大スキ!」(^^;(^^;、そして偶然目にとまった沢田知可子の「幸せになろう」。
この歌、私の友人の結婚式で、友達何人かでコーラスして。(私は歌ってないけど)
それがすごく良かった。曲もイイし、歌詞もイイ、感情こもってたし。みんな
歌うまい。私の時も歌ってほしいなぁって、今日、すごくそう思った。
 
ところで、広末涼子ちゃんの「大スキ!」、1曲目に比べると楽しそうだし、
すごくいいと思うんだけど、でもこのCD、この曲しか入ってない。
sun-deck versionつうのと、CM version、original karaokeも入ってるけど。
ま、1曲だけ入れて、500円とかで売るという商売も有りだよなぁ、と思って
値段を見たら、1020円(税抜価格971円)。驚いた。アコギな商売しないで
ほしいなぁ。楽曲が岡本真夜作詞・作曲の、なかなかポップなイイ曲だったので、
すごく残念。
 
ついでに、前作の「マジで恋する5秒前」(だっけ?)のことも書くけど、あれは
ちょっと酷かったと思う。竹内まりや作詞・作曲だったけど。いやいや、この人
アーティストとしてはすごいと思うし、彼女の曲で好きな曲って結構あるんだけど、
彼女がアイドルに提供した曲って、どうもあんまりイイ印象を持たないなぁ。
むかし(ずっと昔)、河合奈保子の「ケンカをやめて」とか、そうだったと思うけど。
「INVITATION」もそうだったかな?
 
特に歌詞が気に入らないんだけど、なんか必要以上にメルヘンチックというか、現実
ばなれしてるというか、無理があるというか。すごい違和感を感じた。
今回の広末の曲もそう。たとえば、タイトルからしてそうなんだけど、なに?
「マジで恋する5秒前」って。あんまりじゃない? 確か、一番最後の歌詞って
「マジで今夜眠れない、真夜中の5秒前」っていうんだけど、ナニコレ状態。
真夜中の5秒前、という歌詞にどれだけの意味内容が含まれているというのか。
ただ、5秒前という決まり文句を引っ張ってくるだけの枕詞に過ぎないと思うな。
あと、「子供じみた趣味だとあなたはからかうけど」っていう歌詞も相当に
変だよ。同世代の男の子が、ガールフレンドが一緒にプリクラを撮りたがるのを
「子供じみた趣味」なんて言わんだろう。「じみた」なんて言わないよ。いまの
若者は。この台詞一つを取ってみても、「マジ恋援助説」(マジで恋する5秒前
援助交際説)が成り立つのではないか。そうすると、渋谷が苦手なのも分かると
いうもの。彼女のテリトリーは池袋なのだ。(これはちょっと失言ですね)
この「渋谷はちょっと苦手」という歌詞もあざといと思うなぁ。「あざとい」とまで
いってしまうのは私が千葉県民で、昔から「東京西南部東急沿線ブルジョワ文化」を
毛嫌いしてるからかも知れないけど。でも、「渋谷はちょっと苦手」なんて歌詞は
よくないよ。だって、「京葉京成沿線寅さんもしくは金八先生文化」族が同じ
こと言ったら、「上野はちょっと苦手」とか「鶯谷はスキじゃない」とか、ぜんぜん
洒落にならないじゃない。洒落になるかならないかは、この際どうでもいいんだけど。
広末の曲のことだけで、よくこれだけ書けるな。我ながら、驚いている。やっぱり
朝のビールは効きますな。はっはっは。
 
でも、「マジ恋援助説」は、信憑性ない訳じゃない。だって、次の曲では「2回目の
ドライブ」に行くのだから。
勝手に書いてなさいという感じだが、初めて読んだ人、これみんな冗談ですからね。
広末の事務所に言いつけて怖い人を派遣したりしないで下さい。m(_._)m
↑これももちろん冗談です。(^^;(^^;
 
 
・7月24日(木)
 
今日、あるゲーム会社の新作発表会があり、出席した。新宿の超高層ビルの
39Fで。そのあとの懇親会で、ちょっとお酒が入った。ちょうど夕暮れ時で、都庁のビルが
うっすらとオレンジ色に染まっていて。下の方に見える、クルマの列や、家路を急ぐ
人たちや、たくさん立ち並ぶ小さな家々を、しばらくひとりで見ていた。
考えてみると、私は高いところが好きみたいだ。前の仕事でも、ヘリコプターに
乗るのが、異常に好きだった。ヘリの上では、もう、いつ落ちて死んでもイイ、と半分以上、
本気で思ってた。空から見える九州の大地は、ホントにホントに素晴らしかった。
なんだか、空の上って、すごく静かなのね。もちろん、ヘリコプターの音は、
もうどうにでもなれ、ってくらいうるさいんだけど、そうじゃなくて、
地上の音が伝わってこず、なんだかシンとしているのだな。あれがなんだかすごく
不思議に思えた。田んぼの中の道を、軽トラックがブーーーン、て(実際は、音は聞こえない
んだけどね)進んでいく様子なんかが、とてもいとおしく思えた。
 
ちと、だいぶ話がそれてしまったけど。
 
って何を書こうとしてたか忘れた。(笑)
 
 
 
 
・7月22日(火)
 
今朝買った「村上朝日堂の逆襲」を読み終わってしまい、次は、と思って
帰宅途中に昭和堂で買ったのは、ディケンズの「デイヴィッド・コパフィールド」。
朝日堂でも出てきたし、池澤夏樹さんの「タマリンドの木」でも、イイとこに出てくる。
それで。読むしかないと思って、さがしたら、新潮文庫に見つけた。‥‥全4巻。
さすがに躊躇したけどねぇ。それでも、仕方がない、読むぞ、と思って、第1巻を
手にレジへ向かった。読み始めるのは明日。どうでしょう。「大地」の時みたいに
うんと楽しんで読めるでしょうか。
 
会社でなにげなく見たら、私の大好きなAKIKOちゃんのページが更新されてて。
日記のコーナー。相変わらず、とがってる。いいなぁ、とがれて。?
歳をとると、あんまりカリカリ出来なくなるもんなぁ。イイか悪いか、分かんないけど。
ありがちかな、とは思うけど、彼女に、神戸の事件のことに関して、なにか考えを
聞きたい。
 
今日、日本信販から、7月の支払いの明細が届いた。はぁ。まだまだ、つらい日々は
続くのですね。(^^;
 
それから、CPUの買い換えだけど、MMX Pentium 233MHzが3万円切ったら、買いましょう。
(完全に独り言モード)
 
 
・7月21日(月)
 
声のことを書こうと思う。声の善し悪しにすごくこだわる。私。
特に女性の声には、すごくうるさい。どんな声が好きかと言えば、
落ち着いた、低めの、ちょっとかすれた声。知性を感じさせるような。
どんなに可愛くても美人でも、声を聞いてがっかりすることは多い。
でも、じつはだいたい、顔と声って関係が深いし、顔を見たらどういう
声なのかとか、どんな風なしゃべり方をするのか、ってだいたい分かる。
のっぺりしてて、薄っぺらい顔をしている人は(って、物理的な意味じゃ
ないんだけど)、やっぱりそういう声をしてる。いかにも重みのない、
発した先から消えていくような、あまり聞く耳をもてない、そういう声。
そうじゃなく、表情が立体的で、いろんな顔を持っている、目が涼しげで
とても知的な匂いのする人は、やっぱりそのひとなりの、イイ声を持っている。
男は40になったら自分の顔に自信を持て、って言ったのはリンカーンだったと思うけど、
女は25になったら、自分の声に自信を持て(るようにしろ)、と言いたい。いやいや、男も
同んなじだと思うんだけど。
最近、特に企業の広報の女性の方と電話で話をさせてもらう機会が多いので、
そんなことを考えたりする。
 
でも、声って大事なのよん。その人の本質が出るんだよ。あんまり、そういうことを
言う人って聞かないけど。私が知ってるのでは、宮本輝の「錦繍」の中に、出てくる
かな。声の善し悪しに触れた部分が。女性の主人公とその父親との会話
だったと思うけど。
 
ノルウェイの森、下巻も読み終わった。昨日の夜中と、今日の昼と。
なんでしょう。感想。死の象徴の直子と、生の象徴の緑と。その中間にいる
レイコさん。
でも、前も書いたと思うけど、この小説、あんなに(ってよく知らないんだけど)
売れてしまったことは大きな悲劇のような気がする。ベストセラー小説ってみんな
そうなのかも知れないけど、それほど(うんと売れたほど)、多くの読者の心の
なかにまで、届くようなものって持ってないと思われ。いやいや、優れているとか
そうでないとか、っていう問題でなく、作者の問題意識って、数百万の読者の
全員に伝わるような普遍性を持っているとは、とても思えない、少なくとも、
この「ノルウェイの森」に関しては、そう感じた。狭いというのが悪口でないと
いう前提のもとに書くんだけど、この小説、そんなに広い小説じゃないと思う。
どちらかというと、すごく狭い小説だと思うな。狭いというのがなんなら、
尖っていると言えばいいか。
 
さあ、次に何を読むか。いよいよ難しくなってきた。
 
 
・7月20日(日)
 
ヘミングウェイ・ショックから立ち上がれずに(笑)、仕方なく「ノルウェイの森」を
読んでる。上巻、読み終わった。さささっと。緑との交感も、あんまりしっくりこないし、
直子やレイコさんとのやりとりも、どうもピンとこない。急いで読み過ぎなのかな。
ただ、最初の古井戸の話。これは涙が出るほど、つらく沁みた。よくよくよくよく、分かった。
「運命」とか、もう少し濃いい言葉でいうと、「宿業」とかいうものというのは、どんなに
どんなに人が努力しても、他人と寄り添うことは出来ないということ。人の宿業を半分、肩代わり
することは、どんなに愛していても(通常は)不可能であるということ。そう「作者が感じている」ことを、
強く理解した。ヘミングウェイにもあい通ずる諦観だ。歴史も住む国も、違うのに。このようなことを
大勢の読者に知らしめるために、彼らは小説を書いたのだろうか。なんということだ。
 
 
・7月19日(土)
 
そういえば、ヘミングウェイの「武器よさらば」の感想書いてなかった。
最後まで、救いようのない話なんだよね。戦争を自分で終わらせて(兵隊を抜け出して)、
すきな女とスイスに逃げる。ふたりで幸せそうに暮らしてるんだけど、
子供を産むときに、彼女も、赤ちゃんも死んでしまう。それで、ジ・エンド。
ナニコレ、と思った。解説を読んだら、ヘミングウェイの一貫した主題、人間の
努力とは無関係におそってくる運命的な不条理、だったかな。そんなことが書かれてた。
ふーん。なんだか釈然としない。釈然としないから、「誰が為に鐘は鳴る」も
読んでみようかと思っている。これがダメだったら、私にとってのヘミングウェイは
おしまいだ。
 
 
・7月17日(木)
 
神戸の事件に関連して、灰谷健次郎さんがが新潮社から版権を引き揚げるらしい。
立派だと思う。生活の糧を失うかもしれないことを決断した彼をたたえたい。
なにがなんでも彼を守るぞ。それから、毎日新聞に載ってた、吉岡某さんと、
辺見庸さんの記事、すごく得心がいった。切り抜きを忘れずにしよう。
 
毎日のように、いろんな読者のコメントが載ってるけど、私、短めのコメントは信じない。
信じないというか、聞く意味を持たない。その発言をしている人の人生観とか、人間観とか、
死生観とか、どうしてそういう発言をするに至ったかを突き止めないと、あまり意見を
並べても意味がないように思う。とことん話し合う必要がある事柄だ。朝まで生テレビで
やってくれるかな。
 
「春の夢」を読み終わって、さて、次はなに?
うーん。ちょっと思案中。今日も何も買わなかった。マシアスギリの失脚を、文庫も出たこと
だし、読み返してみようという気持ちが少し、それから、赤と黒か、アンナ・カレーニナか。
偉大なるギャッツビーを別の訳で読み返してみようか。
 
・7月16(水)
 
宮本輝の「春の夢」を読んだ。ずっとむかし読んだことがある。学生時代。
こんなに長い話だという記憶はなかった。もっとずっと短かったと
思ってた。蜥蜴を釘で刺してしまって、それがずっと話の中心に
なっていくのだけ、記憶にあり、可愛い恋人の陽子ちゃんとのこととか、
すっかり忘れてた。なんか外人が出てきたなぁということはうっすらと
覚えてたけど。ホテルマンの磯貝とか。
それでも、釘を刺された蜥蜴がずっと生きている気持ちの悪い話、という
片づけ方をしてた。自分のなかで。読み返してみて、いろんなことに気が
ついた。「気がつく」なんて言い方はアホみたいなんだけど、釘で刺し抜かれ
ているのは、蜥蜴だけじゃないんだ、とか(……それは主題だっつうの)。
千代乃ばあさんのひどい死に顔とか。ホテル内の権力争いとか。陽子との
日々とか。母親の生活とか、借金取りのあこぎなやり方とか。
 
それでも、読後感は決してよくなかったなぁ。なぜでしょ。陽子の相手、
自分の恋敵のデザイナーと会ったときに哲之のセリフとか。必死だったとは
いえ、ちょっとみっともない。好きになれない。少なくとも、私は自分を
あそこまで捨てられない。2人のことを邪推する彼を見ていて、小さなことに
こだわりすぎじゃあないの、と思う。
若いから、かもしれないけど。
 
ホテルの権力争いの渦中にいた?百合子とかいう女も哀れだった。
すごい顔をして死んだ千代乃とか。ちょっと、悪いやつがたくさん出て来すぎる
かな。
 
優駿のような、あらゆるもくろみが成功する小説というのは、本当に少ない、
難しいのだろう。彼ほどの小説家にしても。次は何を読むか。
「アンナ・カレーニナ」にいくか、それとも宮本文学をもうひとつ楽しむか。
「避暑地の猫」も、そろそろ読んでもいいかなぁと思うんだけど。読めば気持ちが
悪くなることは自明の理だから、ちょっとねぇ。よっぽど自分が満ち足りた精神
状態でなければ、「彼女は14歳で腰の使い方を知ってた」なんていう文章を読むと
やりきれなくなる。いや、ホントに。
 
それにしても、春の夢、最初は棲息というタイトルだったというのが、ものすごく
興味深い。「棲息」から「春の夢」へ。ある大きなひとつの事柄を反対側から
見たような、2つのタイトルだなぁと思う。
 
 
・7月13日(日)
 
ソフトで大事なことは、操作画面に清潔感があるかどうか。とふと、そんなことを思った。
「清潔感」というのは、やや独特な響きがあるが、なんというか、ぱっと見の画面が整って
いるということは、それだけで、ソフトの出来ばえを期待できる。そのへん、Mac出身の
ソフトは、画面に清潔感を漂わせているものが多いように思う。最近、体験版を使わせて
もらってる「クラリスホームページ」もそう。Netscapeもそう。Photoshopもそうかなぁ。
Windows版の、日本のソフトで、画面に清潔感があるのは、うーん、にわかには思い出せない
けど、秀丸とか、イイ線いってると思うな。たとえばツールバーの絵の表示の形とか、色使い
とか、日本製のソフトって涙が出るくらい、気を使ってないものが多いように思われ。
ぱっと見の印象なんてどうでもいいと思われるかも知れないけど、それは、ソフトの
機能面での充実とかより、じつは前に来るものではないのか。
 
寝ぼけた頭で、ちょっとそんなことを考えた。
 
 
・7月12日(土)
 
うーん、久しぶり。「大地」のあとに手にしたのは、ヘミングウェイの「武器よさらば」。
最初の方の書き出しが、感じが良くて、それで読んでみようと思ったのだが、前半は退屈で。
何度も電車の中で読むのを中断して寝てしまったり。大地を読んでた頃には、考えられない
ことだ。けど、後半、急展開する。病院から戦場に戻り、部隊の撤退が始まるところから。
面白くなってきた。これから彼はどうなっちゃうんだろ。あと2/5。
今日も明日も仕事。今月の締め切りが過ぎる頃には、梅雨も明けてるでしょうか。??
今年はどんな夏になるのでしょう、ってあんまり期待してないけど。(^^;(^^;
 
 
・7月7日(月)
 
「大地」読み終わった。今日、会社に行く電車の中で。最後は、王淵が美齢と、やっと心を通わせ
合うところで終わる。父である王虎が死ぬときに。彼、王淵には、すごく共感を持てた。まわりの
人たちのように、熱中できるものをハッキリと見つけられずに、青春時代を悶々と過ごす。そのくせ、
漠然とした正義感は人一倍持ち、また、異性との関係に関しても、固すぎるくらいで。彼の名前を
「淵」と表記してあって、たまに「ユアン」ってフリガナが振ってあるんだけど、私は彼のこと、
親しみを込めて、フチって呼んでた。彼って、時代を超えた、ある意味では典型的な青年像だと
思う。自分に近い部分をたくさん持っている。
 
「大地」。あと、感じた部分を列挙しようか。とにかく、訳がいい。敬意を込めて、ここに、
新潮文庫版の翻訳者を記しておこう。新居 格訳、中野好夫補訳、となっている。うーん、私が
なかなか翻訳物になじめない(なじめなかった)大きな理由として、文章の中で、必ず、何カ所か
日本語として破綻している部分があるからであり。具体例を挙げるのは、どうかとも思うけど、
こないだ読んだ「偉大なギャッツビー」(集英社文庫)は、けっこう、キてた。最後まで読み通すのが
つらかった。
 
「大地」の話に戻るけど、話したいことがたくさんある。子どもというのは、いつの時代にも、親の
期待どおりには育たないものなんだな、とか、「母祖」って言葉はないけど、母祖とも言うべき、奴隷
出身の阿蘭という女性は、生涯、けっして幸福ではなかったかも知れないけど、誰がなんと言っても
立派な人生だったし、最後までだれも褒めてはくれなかったけど、なんだろう、彼女が彼女のあの人生を
生ききったということ、そのこと自体に「生きる」ということすべての価値がふくまれているのだろうとか、
そんなことを考えた。
 
あまりにも当たり前のことなのかも知れないけど、人の人生の価値というのは、誰かに褒めてもらったとか、
こんなに大きな勲章をもらったとかじゃあ絶対になく、どこまでも、死ぬときのその人の満足感だと
思われ。死ぬときだけは、だれでも、ちょっと真剣に、冷静に、それまでの自分の人生を振り返ることが出来るのだろうし。
その意味で、今まで以上に私は、自分が思ったとおりに、自分のやりたいことをのびのびとやろうと思うし、
そのなかで、ほかの人が少しでも幸せをつかむような、そんなきっかけを紡いでいけたら、どれだけ幸せか分からない。
 
ホントにホントに、といくつ「ホント」を綴っても、気が済まないくらい、「大地」を読めてよかった。
ホントに良かった。きっとしばらくしてから、必ず読み返すと思う。読み返さずにはいられなくなるときが、
きっとくると思う。
 
今月の20日過ぎから夏休みをとって、福岡に里帰りしたいと思うのだが、いかんせん、金がない。
昔から思ってたことだが、金がねぇ!! って、面白くないですか? え? おもしろくない?
あ、そう。
 
まちがえた。昔から思ってたことだが、じゃなく、かねがね、金がねぇ。
 
(^^;
 
 
・7月5日(土)
 
「大地」第4巻、あと少しで終わる。とても悲しい。この小説と出会ってから、まだ1ヶ月も
たっていないけど、この小説の中の登場人物を知り、しばしの時間をともに過ごせたことは、私の
生涯にわたる財産といえるのではないだろうか。
 
思いついたことを、あげる。優れた小説の常だが、「大地」にも、素晴らしい女性が数多く登場する。
美しい、と一言でまとめてしまうにはあまりにも惜しい、さまざまなタイプの女性が登場し。阿蘭、
蓮華、梨花、愛蘭、美齢、メアリー、そして名前のない革命党員の女、愛蘭の母。
 
また、この「大地」は、時代を描く大河小説であり、父子の物語であり、青春小説であり、そして
さまざまな人々の人生を描いている。
 
 
・7月2日(水)
 
というわけで、彼の写真の載った写真週刊誌が発売され、キヨスクやコンビニ、ホテルの
売店などで販売拒否の動きが広まった。
 
会社では、何人かの人たちが、彼の顔写真をすごく見たがっており。「あちこちさがしたけど
見つからなかった」という声も聞かれ。
 
正直言うと、わたしも最初、あ、見たいな、と思った。けど、それじゃあ、例の人権無視を
繰り返す出版社の手にまんまと乗せられてしまうことになるので、グッとこらえた。
 
横浜あたりで電車の女子高生が、でも、もし彼が犯人じゃなかったらどうするんだろう。
取り返しがつかないよね、って言ってた。感動して、握手したくなった。君みたいな子が、
法律を学んで、犯罪に巻き込まれた弱い人たちをどこまでも守る、法律家になってほしいな。
オジサンは一週間で挫折したけど。(^^;(^^;(^^;
 
昨日の日記。消そうかと思ったけど、残す。ビール350mm缶1本モードだったけど、
かなりイケてるね。ってじぶんで言うなよ。でも、そう。今日あたりから、少し元気、
出てきた。わたしには東京三菱銀行がついてる!って意味不明。いやいや、この家を
追い出されたら、銀行に金借りて、津田沼駅前にでもアパート借りよう。で、可愛い彼女をつくって
(大学2年生くらい)、半同棲生活を送るのさ。反動・性生活じゃないよ。(^^;(^^; どんな
性生活だっつうの。(^^;(^^;
 
ま、冗談はさておき。って、冗談以外なにがあるんだ、この日記には!というご立腹は、
もっともでして‥‥。ははは。今日は無意味に明るいなぁ。あちこちダニに?刺されていると
いうのに。
 
 
・7月1日(火)
 
 
今日。東京三菱銀行市ヶ谷支店の窓口で、日本育英会第2種の奨学金返済金を支払った。
14万3千円余。2回目の督促状の締め切りの次の日に。すこしほっとした。ところで、
今月わたし、どうやって生活したらいいんだろう。(^^;(^^;
 
徐々に締め切りが(仕事の)近づいてきて、うーん、だんだんと閉塞感にさいなまれる頃。週刊誌の編集者の
人たちって、どうしてるんだろう??? 週ごとに、こんな気分を味わっているのだろうか。うーん。
 
私の実の父親(55歳)は、人格的にもまったく尊敬に値しない人間なので、ホントは一緒に住みたくない。
しかも、彼は何を考えているのか、妻(私の母親)に生活費をずっと渡していないので、妻(私の母親)は
いろいろ使うお金に困って、サラ金などに200万円の借金をしていた。月々の返済額は15万円に達して
おり。去年の末、うすうすそれに気がついた私は、なんとかしなくては、と思い、実家に帰ってきた。‥‥実家に帰って
きた理由は、もちろん、転職をしたことが一番大きな理由なのだが、そういう実家の事情も大きく影響して
いたと思われ。私の実の父親は、あまり大きな声では言えないのだが、外国人の彼女がいる。ハイカラな
男である。なんでも、彼女と結婚生活を営んでいるようなふりをして、彼女の日本での生活を助けている
らしい。とても人道的な、男らしい、尊敬すべき振る舞いである。私もこの、私の実の父親のような、
立派な大人になりたい。
 
それはそうと。よくわからないのだが、この、私の実の父親は、このあいだ、いろんな荷物を実家に
持ち帰ってきた。全自動洗濯機(中古)、新しめの簀の子(でも中古)、布団(中古)、その他いろいろ。
全自動洗濯機は、当然のように、それまでの二層式洗濯機を追い出し、洗面所の一角を占め、その日から
フル回転を始めた。なぜか簀の子(中古)も、それまでのボロボロの簀の子にかわって、風呂場のタイルの
上に敷かれた。布団のことは私はよく知らない。
 
が。
 
数日あと、簀の子はなぜか、元のボロボロのものに戻ってしまった。布団も、私の実の父親が、自分の
乗用車で、どこかへ持っていったらしい。さすがに全自動洗濯機だけは、実家に居座っている。
 
私は、寡聞にして、いったい何が起こったのか知らない。しかし、居候の目から見ても、何か不自然な
物体の移動が数日の間に起こったということくらいは、分かる。それが何を原因にして起こったのかまでは
とても理解が及ばない。ただ、大人はいろいろ大変だな、と感心したり、気の毒がったり、軽蔑したり、
そのくらいである。居候の身なので、何が起ころうと、じっと耐えているしかないのだ。
 
わたしの今の一番の願いは、早くこの家を出ていくこと、わたしの実の父親が滅び去るのを、
淡々と見つめること。
 

感想でも文句でもらぶれたーでもなんでもいいのでメール下さい。

1997年6月

 

日記

●平成九年

・6月29日(日)

神戸の小学生殺人事件の犯人が捕まったね。あ、容疑者か。中学校3年生、14歳。
まずは、捕まって良かったね。それから、やっぱり、子供の犯行だったんだね。
全体的に事件の報道を見ていて、きっとこれは、とても若い人間のなしたことだという
気が強くしていたので。南京錠を買い求めた男が20~30歳とか言ってたけど、今の子は
大きいからね。NHKでは、1時のニュースで彼(容疑者の少年)が通ってた学校に
関して触れてなかったけど、朝日新聞のホームページでは、頭部が校門に置かれていた
神戸市須磨区の中学校に通ってたらしく。当たり前だよね、それは。
 
南京錠を買い求めてた20~30歳の男性、というのが彼だとしたら、
体の大きな子なんだろうね。なんかそれが、すごく悲しい気がする。
たぶん、勉強の出来ない子で。いや、多分じゃない、どこにも逃げ場がない、今の子は。
親にも学校にも、友達にも救いがなくて。どうしようもなくて、どうしようもなくて。
 
彼はこういうカタチで犯罪を犯すに至ったのだろうが、今、この日本に生きている
我々(私と、すべての「あなた」)も、決して無関係ではないよ。いや、ホントに。
どれだけ、自分の問題として、真剣に考えられるか、それがこの事件の我々の中での
「処理」の仕方を握ってる、そんな気がする。
 
なんか文句があったら、メール下さい。
  
 
・6月28日(土)
 
まずいラーメンを二杯食べた。(^^;(^^;
うちの近所の、私鉄の駅のそばで。最初はいった店でラーメンと餃子を食べたのだが、
美味しくなくて。どうにも我慢がならず、もう1軒、ラーメン屋に入り。こちらでは、
こってりラーメンとやらを頼み。そしたら、どろどろっとしたツユのラーメンが出て
きて。うーん、美味しくない。。。こんなにまずくて、よく商売やってるなぁ、と
ため息が出た。それにその店、客が私以外にいないんだけど、その空いてるテーブルに
客が残していったドンブリが、そのまま置いてあり。どうなってんだ、この店?
と思った。なんかいらいらしてる、私。家を出るときに親父(あ、私の実の父親ね)
に話しかけられたのが、いらいらの原因であるのは分かっている。(笑)
 
 
・6月27日(金)
 
また訪れる週末。先週末から、もう1週間もたつんだ。って当たり前だけど。
先週末は、福岡から、すごくお世話になった方々が、東京に来られてて。
すごく楽しい日々を送ることが出来た。そして、今回の週末は、独りで
すごさなくては、ならない。がんばろう。悔いの残らないように、とにかく
一所懸命に土日を過ごそう。
 
さっき、いとこの佳子ちゃんから電話があった。あした会いに行こうかな。
 
「大地」2巻。もうすぐ終わる。うーん、どんどん面白くなっていく。
帰りの総武線の各駅停車のなかで、王虎が、妻となった女を殺した。
この小説の中では、沢山の人が死ぬけど、それで私の機嫌が悪くなったり
しない。うまく言えないけど、一人ひとり、きちんと死に場所を与えて
もらってる、そんな気がする。
 
それにしても、作者の西洋人女性?に関心が向く。どんな人だったんだろう。
こんなどでかい話を書ける人というのは。
 
そうそう。仕事の話。今日、Windows World Expoに、お手伝いに行ってきた。
うちの会社がブースを出しているので。
 
朝の9時半から、12時半まで。やったことと言えば、入場してくる人たちに
うちの会社の写真集のビラを配ること。実質的には1時間半くらい?かな。
ビラ配りって、初めてのような気がするんだけど、次から次へとエスカレーターを
降りてくるお客さんにビラを一枚々々渡してたら、なんかコツが分かってきた。
ビラ配りはね、呼吸だね。うん。呼吸。自分と、自分の前を通り過ぎていく
人たちとの息が合うと、ビラを受け取ってもらえる。ズレてると、受け取って
もらえない。(この項、次号詳しく)
 
そういえば、うちの会社のブースのコンパニオンのお姉さんで、ひとり(^^;(^^;
すごく可愛らしい女性がいた。すごく可愛らしかった。ちっちゃくて。ショートカットで。
いやぁ、思わず、写真撮りたくなったよ。‥‥撮ったけど。(^^;(^^;
 
ブースのイベントで、司会してた。ちっちゃな体を弾ませて、一所懸命に喋ってた。
ちょっと緊張してる様子も、とても好ましかった。あしたも彼女に会いたい。
でもきっと無理。‥‥悲しい。見てたらメール下さい。(見てないって)
名前すら、知らないの。(;_;)(;_;)
 
そうそう、ついでに書くけど、私の最近の悩みは、↑の涙のフェースマークが
涙に見えないことなの。じゃあ何に見えるのか、って。そりゃあ、やっぱり
横柄な中国人の商人でしょう、ちょび髭をはやした。(^^;(^^; 汗はいいんだけどね。はっははは。
 
 
・6月26日(木)
 
特にかわったことはない。毎日会社に行き、締め切りがじりじりと近づくだけだ。
今日はニフティの発表会?に行き。とても意義深い話を伺えた。すごいと思う。
(仕事にかかわることなので、あんまり詳しく書けない)
 
「大地」は順調に2巻を読み進めている。王虎が活躍し始めた。面白い。
沢山の男と女の生きざまが、刻みつけるように描かれていて、とても近しく感じられる。
このあと、どうなるのか、本当に予測がつかない。あと何日か、彼らと接して
いられることがとても嬉しい。
 
今日、ある週刊誌の(大手出版社の、保守系の)電車の中吊り広告を見ていたら、
本当に気分が悪くなり、怒りがこみ上げてきた。奇しくも(全然「くしくも」じゃない!
緻密に計算されたことなのだ)あした告示になる都議選を前に、ある政党の党首の
金銭疑惑を、いや、金銭疑惑があるらしいとかなんとかいう見出しで。
本当に、歯を食いしばる思いがした。なんなのだ、いったい。このタイミング。
この、人権蹂躙を繰り返す週刊誌は、いくら批判されても、壊れた機械の
ように、ある種の意図を持って、偏向報道を繰り返す。どうしてこんな、
ゴミのような、クズのような、最低の週刊誌が、のうのうと発行されているのか。
この国が信じられない。
 
 
・6月24日(火)
 
「大地」を読んでる。パール・バックの。とても面白い。今日1巻をだいたい読み終わった。
明日会社に行く途中、津田沼の昭和堂で2巻を買う。
 
それくらいか。
 
特になにもなし。今日は発表会が2件あって、紀尾井町のニューオータニまで2往復。
我ながら、よく歩くもんだ。
 
 
・6月22日(日)
 
福岡の知り合いが東京へ来てくれて、お会いする。
とても嬉しい。
 
夏には私が福岡に行きたい。お世話になった方々にお会いして、改めてお礼を言いたい。
元気でやってること、仕事に頑張ってることを、直接伝えたい。
 
西村さん、町田さん、ありがとうございました。ごちそうさまでした。
 
 
・6月12日(木)
 
うわ、ちょうど一週間ぶり。最近読んだ本。ジェシーの背骨(途中まで)。
偉大なギャッツビー。ダンス・ダンス・ダンス。タマリンドの木。青が散る。
そして昨日から、海岸列車を読み始めた。
 
昨日、例の彼女から留守電が入ってた。うちには画像を見るソフトがありませんので、
見れません‥‥。って。そう、こないだ撮った写真の画像データをフロッピーで
送ったの。ホントはプリントを送るはずだったんだけど、実際、プリントしたんだけど
でも満足できなくて。ディスプレイで見る方が、よく見えた。それで、フロッピーを
送った。
 
で、今日、会社に行く前に電話した。ThinkPadの電源を入れてもらって。
jpgのファイルが二個だけ入ったフロッピー。ホントはいろんなタイプの画像
ファイルを入れようか、とか考えたんだけど、なんか会社の近くで厚紙の封筒を
買って、麹町郵便局の窓口に持っていったり、そのころには、けっこう淡々と
してて。プリントの仕上がりが良くなくて、不本意ながら画像ファイルになっちゃった
っていうのもあるし、いったい私はどういうつもりでこのフロッピーを彼女に送り
つけようとしてるのか、っていう気持ちもあったし。だから、添えた手紙も
けっこうつっけんどんだったかも。オリジナルが手元に残ってないので、よく
覚えてないけど。
 
で、ThinkPad。フロッピードライブを接続して、フロッピーを開いて。
Windows 95が入ってるっていうから、きっとネットスケープかIEが
インストールされてるだろうって思ったのね。だから、スタートボタンから
検索を選んでNetscapeって入力して‥‥、って説明して。そうしたら、どうも
引っかからなかったみたいで。うーん、そうかぁ。IEの実行ファイルの名前は
なんだったかなぁ、とか、どこにあったかなぁとか、自分のマシンをあちこち捜して。
そのうちに、IEが入ってたら、きっとjpgファイルと関連づけされてるだろうと
思いつき。むかしIEを入れたら、なんだか知らないけど画像ファイルを開こうとすると
何でもかんでもIEが立ち上がって。そう、勝手にレジストリを書き換えて、関連づけを
自分につなげるんだよね。大勢の気を引きたくて一所懸命な金持ちのボンボンみたい。
(まさにそうなんだけど)
 
それで、マイコンピュータを開いて(いつも思うけど、この俗悪な名前、何とかならないの
だろうか。うちのマシンでは「パソ子」に名称変更されてるけど。ちなみに会社のマシンは
「クロ」)、Aドライブを開いて。「で、どっちでもいいから、ファイルをダブルクリックして
みて」。あ、出た。ああ、うん、なんか恥ずかしい‥‥。って言ったのかなぁ。あんまり
よく覚えてない。だって、こっちだってファイルを送った以上なにかしらの感想は
聞かされると思ってたけど、まさか電話の向こうで実況中継されるとは思わないもんね。
前にも書いたかも知れないけど、写真に写る彼女(って言い方も、いいかげん辛いんだけど)
は、いつものその娘とは、どこか違っており。いつも写真に写るその娘、いつも接している
いつも見せている表情と。それを、自分でも感じてたみたい。それでしみじみ、いとこに似てる、
やっぱり母方の方に似てるのかな、なんて独りごちたりして。私の方は、してやったりという
気持ち。
 
写真の特性ってね、特性というのが適当なのかどうか、分かんないけど、人を驚かすって
いうのが、絶対あると思うんだよね。なんでもいい、私の得意分野で言えば、こーーーんなに
かわいいおねえちゃんがにっこり笑いながら両足をぱっくり広げてたり。(^^;
あとなんだろ。最初の一例があまりにも説得力に満ちていたので、あとが続かないんだけど。
なんでもいいよ。写真が撮られ、他人に見えるところに置いておかれる、ということ自体に
写真そのものの意味内容が含まれている。人に見せられる物。誰かがあとで見るために
撮られるもの。それが写真だ。
 
なんの話だっけ。そうそう、‥‥忘れた。
 
彼女が自分の写真を見て、そう、驚いてるのがとても嬉しかった。気に入ってくれたかどうかは
分かんないけど、でもしばらく黙ってた。それが私には嬉しかった。そのあとのなにげない感想も
嬉しかった。きっとまた撮れるかな、という気が、ちょっとだけしてる。もっと普段着の、
もっと飾らない、もっと自然の、もっとピントが合った(笑)、彼女がまた、そのうち
撮れるでしょう。んふ。それをしばらく待つのも、悪い気はしない。写真が出来たら、
また真っ先に「ひとびと」に載せますので。楽しみにしてて下さい。‥‥なんて、とても
ホームページには載せれない写真とか、撮っちゃったりして。ぐふふ。でへへ。うーん、
変態本領パワー全開という感じですかね。ぐふふ。でへへ。しばらくそーしてなさい。
 
では。
 
 
・6月5日(木)
 
今日、久しぶりに千葉駅の彼女に電話した。彼女は千葉駅の写真の彼女であって
別に私の彼女というわけではない。(平成9年6月5日現在)
 
写真、可愛く撮れてたよ。焼いて送るね。気に入ったらまたデートしてね。
 
そういうわけで、よせばいいのに6年ぶりにタンスの上から引伸機を引っぱり出してきた。
ちゃんと印画紙に焼いたら、こんどはフラットベッドスキャナで読みとろうね。きっと、
そしたら、もっと可愛く写ってるかもね。うんうん。
 
 
・6月4日(水)
 
幕張メッセのN+Iに行ってきた。広い広い。めまいがした。マーク・アンドリーセンの
基調講演を聴いてきた。昨日の話とだいたい同んなじだったんだけど、本番だからか、
質疑応答がないからか、ずいぶん熱心に話してるように思えた。JAVAのことも、
一所懸命宣伝してた。宣伝という言葉が悪ければ、一所懸命、訴えてた。
 
話を聞きながら、昨日のことを思い出してた。表参道の駅から階段を上がってすぐの
青山・スパイラルホール。じつは私、この会場に因縁があって、というほどの物では
ないけど、今から数年(5、6年?)前、ある女性アイドル歌手のデビューコンサートが
この場所で行われたんだよね。2日連続で。なぜか私、そのコンサートに二日続けて
行って。その可愛らしい女性アイドル歌手は、今は単なるおっぱいお化けになっちゃったけど。(^^;
 
そうそう、昨日の話なんだけど。
質疑応答が続いて。私も自分なりに彼に質問しようと思ってた事柄があり、でもやっぱり
なんか気後れしちゃって。それに記者の質問はどれも固くてかたくて。聞いてて、ここは
株主総会かなんかじゃないかと思ってしまうくらいで。
 
で、あとで後悔するのは嫌だと思って、質疑応答の半ば過ぎから、「質問のある方‥‥」
って司会をしてるNetscapeの広報のお姉さんが言うたびに、おっかなびっくり、手を
あげてた。
 
だんだん終わりが近づいて。手を挙げるんだけど、たくさん手が上がってるから
どうせ当たらないだろう、と思って下ろしかけた。司会のお姉さんも、だれに
当てていいのか分かんないで、ためらう様子がマイクから伝わる。案の定、
後ろの方の誰かが指名され。
 
「それでは、最後の質問としたいと思います」って、お姉さんが言う。みんな懲りずに
手を挙げる。私も、その中のひとりなんだけど。一瞬、お姉さんと目があって、そして、
お姉さんが私を指さす。あんまり信じられなくって、私、確認する意味で自分を指さしてた。
うなずくお姉さん。何を思ったのか、彼女、マイクを通して、私に向かって、
さっきはごめんなさい‥‥って、意味不明の台詞をつぶやいてる。なにそれ? どういうこと?
どういうことか分かんないよ‥‥。
 
我に返って、立ち上がってマイクを持って話した。
 
「初めてJavaを見た、知ったときの印象を聞かせて下さい」
 
っていうのも、緊張したぁ。うん、緊張した。彼が熱心に答えてくれてるとき、一生懸命に
彼のことを見てたよ。夢みたいだった。
 
 
・6月3日(火)
 
あれから、あいつのことばかり考えてる。
 
それはそうと、今日はむちゃくちゃ忙しかった。午前中、富士通の発表会に行って、
午後からソニーの発表会。そのあと、青山のスパイラルでマーク・アンドリーセンに
会ってきた。質問しちゃった、彼に。名刺ももらった。すごい嬉しい。半蔵門線の
狭い入り口の階段をスキップしながら下りていった。天井に頭ぶつけた。←ウソ、
でもそのくらい、嬉しかった。
 
というわけで、「ひとびと」のコーナーに写真を2枚追加しました。chiba_st1.jpgと
chba_st2.jpgです。どちらも国鉄千葉構内にて撮影。
 
 
・6月1日(日)
 
今日。昨日から、某外資系メインフレームのメーカーの「ジャーナリストセミナー」とやらで、
伊東に行ってた。伊東、知らない? 伊東に行くならハ・ト・ヤ、って、あれですよ。
そうそう。知り合いもたくさんできたし、楽しかったよん。
 
で、帰ってきて。昔の女友達に会ったのね。千葉で。千葉駅で待ち合わせて。
だいたい千葉駅に行くのが何年ぶり?って感じで。高校生の頃は、千葉駅の方まで学校から
歩いてきたりとか、その辺でお茶したりとかしてたけど、それ過ぎてからは行くことないもん。
たぶん、10年ぶりとかかも知れない。電車で通過したりはしたかも知れないけど、ちゃんと
千葉駅で下車して、街の空気を吸ったのは、ホントに久しぶりだった。可愛い子いなかった。
私が待ち合わせた娘が一番可愛かったかな。いやいやホントに。(オーイ、なんかくれ!)
 
福岡にいた頃の知り合いで。いいヤツなんだけど、なんだろう、飽きっぽい?というか、うーん、
なんだろうね。器用貧乏ってヤツかな、日本語を当てはめるとすると。すごくいいヤツなんだけどね。
「なんだけどね」の「けどね」が余計かな。いやぁ、すごいいいヤツですよ。保留なしに。
女としても、ま、とびきり上玉というやつですか。‥‥一般的に言うとね。「一般的に」の前の
「‥‥」は別に他意はないんだけどね。人ってそれぞれ「一般」という言葉が表している(であろう)
ものから、みんながみんな離れてるじゃない。少しずつ。だから、ってなにが「だから」か
分かんないけど、でもいいヤツ。すごくいいヤツ。ホント、幸せになってほしいな、ってすごくすごく
すごくすごく思うね。俺が幸せにしてあげられるんだったら俺がするし、そうじゃなければ
他の男に頼むし。あ、そうなんだよね。こいつを幸せにしてあげられる、ってなんだかよく
分かんないけど、なんの根拠もない自信?決意?覚悟?意志?思い上がり?(笑)そんなのが
あればいいんだけどね。でも、今一歩踏み出せないかな。うーん、自分が傷つきたくないとか
じゃあないと思うんだけど、なんというか、彼女を幸せにするためには自分が*同時に*幸せに
ならなきゃいけないんじゃないかな、って思う。「ならなきゃいけない」じゃなくて、自然に
そうなるというか。
 
その辺の、呼吸かなぁ。胡弓じゃないよ。(笑)(^^; ‥‥‥。
 
まぁ、わかんないよね。向こうの都合でどっかのいい男と一緒になっちゃうような気もするし。
分かんないよね。‥‥分かんないよ。どっちに進めばいいのか、誰と一緒になったら幸せになれる
のか。どこで(だれと)ふんぎりをつければいいのか。
 
ま、そんな偉そうなこと言ってる立場にないんだけどねぇ。(笑) なんか悲しくなってきた。
んなことないか。
 
最初「そごう」のなかの英国紅茶・喫茶店に行って、けっこう長くいたかな。そのあと、
9F(だったかな?)にエレベーターで上って、どこでご飯食べようか、ってぐるっと
回って、それで最初に目を付けたトンカツ屋さんに入った。美味しかった。なんか変に
緊張して、キャベツ全部食べれなかったけど。(紅茶屋さんで、スコーンとかいう甘い
お菓子を食べたのもあるんだけど)
 
トンカツは美味しかった。で、一人でビール飲んでた。私。彼女もちょっと付き合って
くれたかな。ちょっと。コップ一杯。ご飯食べ終わって、お茶のおかわりをもらって。
外が見えるエレベータで1Fまで降りた。なんかすごいキレイで、もう一回、上って降りた。
ほかには誰も乗ってなくて。うーん。
 
そのあとキヨスクとかコンビニとかをちょっとうろうろして、それから電車に乗って帰った。
 
私の乗る電車の方がちょっと早かったのかな。発車時刻が。で、わざわざ彼女、ホームまで
ついてきてくれて。なかなか出来ないよね。それで少し時間があったから、いろんな話を
したんだけど、もうすぐ電車がくる、って時に声の話になって。私が、どうしようかなと
迷ったあげくに、言ったのね。私はあなたの声が好きじゃない、という内容のことを。
でも、声がキライって言われて嬉しい人はいないよね。面と向かって「おまえの声が嫌い」
なんて言わないよね。ふつう。
 
そしたら案の定、どうしたらいいのかな、って言われた。でも、月並みなアドバイスとかって
出来ないしね。そいつのことはすごく好きなんだけど。
でも、声が好きじゃないっていうのは、どういうことなんだろう。うーん。うーん。うーん。
うーん、うーん。
 
どうだろう。縁とかあるのかなぁ。うーん。たぶん、何割か分かんないけど、ないのかな。
どうだろう。どうだろう。ない、かなぁ。ない、よなぁ。うーん、でも、うーん、ちょっとは、
あるかも知れないけど、うーん、どうだろう、うーん、うーん、うーん、うーん、(このあと繰り返す)
 
うまく言えないけど、なんていうのかなぁ、個人的には、ふだん「悪くない」ってすごい
褒め言葉として使ってるんだけど、彼女を評して「悪くない」っていうのは、すごく失礼な
気がする。なんかそれだけいいヤツ。男だったらどんなにいいだろう、って思う。無理な
注文だけど。でも、どうだろ、男だったらいい、というあり方もあるし、女(異性)でなければ
ならない関わり方というのも、きっとあるのだろうし。(笑)
 
というわけで、見てたら嬉しい。こんどはお酒のみに行こうね。酔うと危険だけど。(^^;(^^;
 
いい女だな。日をおかずに会いたくなるタイプだね。でも一緒に暮らすとなると、クラス、別の方が
いいかな、みたいな。いちおう駄洒落のつもりなのですが。‥‥すいません。
 
ま、そんな感じかな。今月は、いい月になりそうだ。‥‥どうでしょ。
 
また会おうね。どっか、行ってしまう前に。
 

感想でも文句でもらぶれたーでもなんでもいいのでメール下さい。

1997年5月

 

日記

●平成九年

・5月24日(日)

銀座に行った。何年ぶりだろう。例のごとくに午後に起きて、それから一日の予定を
たてて。うーん、外に出ないで家でしこしこパソコンとたわむれるという選択肢も
ないことはなかったんだけど。でも、やっぱりどこかへ行こうと思って、銀座を選んだ。
いくつかの写真展会場があってね、それから中古のカメラ屋さんもあるし。コンタックス
サロンに行って、159MMのファイダースクリーンを全面マット(ツルツルのやつ)に
変えてもらおうと思った。今のは、真ん中にピントを合わせるざらざらガラスが入ってて
どうも使いにくいので。で、いつもつけてる35mmは、むかし落としたときにレンズのフチが
歪んでるので、なんか指摘されたら嫌だなぁと思って50mmに付け替えて。それが
良かったみたいだけど。

すごく久しぶりに、お姉さんに声を掛けて写真を撮らせてもらった。
いいね。銀座の歩行者天国。新宿の歩行者天国と、どうしてあんなに雰囲気が違うのだろう。
最初思ったのが、道幅。銀座の方が、数倍広いのね。それ以外にも客層が違うし、目的が違うし。
なんか新宿は薄汚れた感じ。すごく若い人たちが急ぎ足で行き交う。銀座は休日の午後を
ゆったりと楽しむために来てる、という感じ、かな。
というわけで、新シリーズ「銀座50mm」(日本語版)、「at GINZA with 50mm」(英語版)を
始めようと思う。

‥‥でもね。。。大枚はたいて買ったフィルムスキャナが、どうもピシッとしないのよね。
簡単に言うと、白と黒が出ない。中間調が出ない。って、どうしようもないということ!?

うーん。

ま、いいや。批判は甘んじて受けるとして、とりあえず、写真を撮らせてくれた女の子?
淑女、美女?に敬意を表して、近いうちに公開しよう。「銀座50mm」を。

というわけだ。


・5月23日(土)

新宿と、六本木に行ってきた。疲れた。
新宿で回転寿司を食い、コニカプラザに行き、そのあとCAPA展第三部(最終回)。
コニカプラザ、世界のシェー(だっけ?)はキャンセルし、若い写真家‥‥の方だけを
見た。ひとり目は西将隆という人。九産大出身。真四角のフォーマットで撮った、
造形的な写真。真ん中に人が写ってる。皆んな友達だろう。同じ人たちが何度か写ってるから。

悪くないと思う。でも特にイイとも思わない。登場する人物が特に魅力的に感じられず。
悪いけど。なんだかみんな、友達同士の気安さという感じの写真で、画面にイイ意味の
緊張感が感じられず。光と影、物のカタチのねらい方は上手だけど。一枚いちまい、
ちゃんと見る必要性を感じさせてくれなかった。ごめん。

もうひとりの方は、日高昭典て人。この人も九産大出身。とりあえず、大きなフォーマットの
カメラで撮ってるんだろうね。砂浜の写真。この人も丁寧な画面づくりをしてるということは
伝わってくるんだけど。面白くないよ。あまりにも引き気味で。いいの?若いのに、こんなに
おとなしい写真ばっかり撮ってて。写真展開いたからって、ずっとこのままの展開で行かない
でよね。悪いけど、つまんないよ。ハッキリ言って。

そうそう、足早に写真展会場をあとにするとき、キレイなだけじゃイイ写真とは
言えないよ。あと少し、誰かはsomethingって言ったらしいけど。それがないと、それだけで終わって
しまう。若い写真家諸君、奮起してくれ給え、私の分も。(^^;(^^;

うそうそ。写真家としての私は、このままで終わらせるつもりはないよ。悪いけど。

CAPA展、すごい人。最終日の明日はどうなっちゃうんだろう、ってくらい、すごい人。
キャパの写真で私が一番好きな(たぶん‥‥)、イスラエルのキャンプの写真。
小さな女の子が全身をふるわせて泣いてる。片足を地面から離して。両手をぎゅっと握って。
うしろににわか作りの布のテントが見える。この写真、ずっと横位置の写真だと思ってた。
だっていつ見ても横位置で紹介されたから。でも、そうじゃなかった。ちょっと四角ぎみの
縦位置の写真だったんだ。知らなかった。大発見をした気がした。切られた空間には
雲が、すこやかな雲が広がっていた。

この小さな女の子のように、片足を地面からほんの少し離してしまったことで、人類は過ちをくりかえし
犯してしてしまうことになったのだろうか。なんだか理屈をすっ飛ばしてそう感じた。

出口でちょっと迷って、全作品が収録されたパンフレットを買った。2500円。

それから、
「ここに地終わり 海始まる」2回目読み終わった。
「秋桜」2回目、見た。また泣いた。


・5月23日(金)

今日は会社を休んで昼過ぎまで寝てた。

津田沼のパルコにある芳林堂書店に行った。パソコン雑誌を立ち読みしに。
そしたら、パソコン関連書籍コーナーの、あまりの充実ぶりに感動して。
本を2冊買った。「最新 '97-'98年版 パソコン用語事典」(技術評論社)と
「RunRunLinux」(アスキー出版局)。レジで領収書をもらったんだけど、
なんだか感じの良いおねえさんで。「またご利用ください‥‥」なんていって
くれて。イイ意味で、よく教育されていると思った。笑顔も自然だったし。
前は(5年前は)、確かPARCOの6階に会ったと思うんだけど、Let’s館の
方へ移ってた。新しく広くなった気がした。うーん、昭和堂に強敵が出現て
感じだな。福岡に住んでた頃の近所のスーパーでいうと、「かどた」と「暮らし館」と
いう感じだろうか。ってだれも分かんないか。「かどた」というのは午前1時まであいてる
独立系?のスーパー。ちょっと古くさくて期限切れ間近のものをちょう安く売ってたりする。
月曜の100円市が秀逸。いっつも夜中に山ほど買い物してきてた。あと、閉店間際の
値引きされた刺身盛り合わせだとか。一方、「暮らし館」というのは大手スーパー系列の
スーパー。うちから歩いて3分。すごく新しくて清潔感漂う。「かどた」ほど広くはないが、
品揃えは決して悪くない。野菜、総菜、魚、肉、調味料、エトセトラ、必要な物はほとんど
そろう。ただ、若者一人暮らしよりは普通の主婦を対象としてるようで、お弁当とか白米
(炊いたのね)が置いてなかった。それがずいぶんとマイナスポイント。あと、9時に閉店
してしまう。

というわけで、PARCOの芳林堂は「暮らし館」、昭和堂は「かどた」にたとえられない
こともないかな、という気がする。だいぶ違う気もするけど。それから、
レジのお姉さんに関しては、お揃いの、前が鋭角に開いたブラウスを身につけた昭和堂が
フジテレビ、地味めの芳林堂がお堅いTBSという感じだろうか。強いて言えば。

というわけで? Linux(Slackware)のインストールはおおむねうまくいった。
と思う。よく分かんないけど。

明日は9時に起きて、東京へ行く。最初の目的地がいまいち決まらないのだが。うむ。


・5月22日(木)

あした何しよう。

「ここに地終わり 海始まる」、2回目読んでる。確かめながら、読んでる。どっちかと
いうと客観的な情景描写っぽいところは斜めに、人物像が浮き彫りにされるとことか
会話とかは丁寧に。一昨日の疑問の答えを見つけるために。

ロカ岬の葉書は志穂子と梶井の間を2往復します。梶井は自分で出した傷心の
ラブレター絵葉書によって、元気づけられるのであり。そのとき葉書は物であって物では
ない。

いかにも脇役という人たち、妹の美樹、佐渡の娘の奈美、ダテコの兄、などは
どうして登場したんだろう。登場しなければならなかったのだろう。ま、美樹は
近しい肉親として必要だったんだろうけど、奈美とダテコ兄は、ちょっとキャラクターが
エッジ立ってて、ちと気になる。
ダテコの兄は、蘇生の象徴、かな。人はいつの時点においてもやり直すことが出来る、という
作者の哲学の生き証人みたいなもんですかね。空港からのタクシーの運転手さんが、その傍証。

じゃあ、奈美はどうだろう。あまりにもそっけない、見ようによっては不用意な登場のさせ方
のような気がするけど。志穂子は梶井との逢瀬の間に、奈美の姿を浮かべ、慌てて消し去る。

それから、一番大きな疑問なんだけど、ホントに梶井は志穂子を1年も待つことが出来たのだろうか。
どうも彼の性質からいって、とてもとても無理なんじゃないかという気がする。きっと
(二人がうまく行ったんだとすれば)、志穂子が思いっきり譲歩したんだろうな。
1年の約束を5ヶ月にするとか。(笑)

もしくは、数年後に尾辻がブラジルから帰ってきたときがホントの勝負かも知れない。
だってね、話の流れから行って、マイナスのカードだらけの梶井が、文学的には
アドバンテージを取っているのは容易に想像が出来、それなのに、尾辻のブラジル
赴任は、あまりにもバランスを欠いていると思われ。確か志穂子は尾辻に求婚され、
返事を迷ってるときに、70%はブラジル生活に躊躇してる、みたいなことを言ってる。
じゃあもし、尾辻がブラジルに行かないんだとしたら、それでOKなのか。違うだろう。

志穂子が尾辻ではなく梶井を選んだ意味を、単なる小説としての盛り上がり、だけに求めたく
ない。なぜかというと、自分が尾辻よりも梶井にどうしてもシンパシーを感じてしまうから。(笑)

尾辻の欠点?弱点?短所?ってなんだろう。わからない。そういうのが見あたらないところが
欠点かな。‥‥っていうのは詭弁のようだけど、そうじゃない。人間は弱いものだから、
やっぱりゆとりがほしい。ゆとりというか、遊び?逃げ場? ‥‥そんなの。

尾辻は出来過ぎてて、志穂子に私がいなきゃ‥‥と思わせなかったのかな。あんまり自分を
大事にしてくれそうで、それが逆に重荷だったのかな。志穂子が子供を産むのが難しいことを
知ってて、ホントはほしくても、絶対にそういう風を見せない、それがすごくすごく、
志穂子にとっては重荷になるのかも。
それに比べて、梶井は欠点だらけで、嘘をたくさんつき、人間的にも弱みをたくさん持っており。
女としては、愛しやすいのかも知れない。

うーん、人間て、人間同士の関係って、特に男女の仲って摩訶不思議。こどもの僕にはむずかしく
ってよく分かんないけど。とりあえず、わたしも梶井の路線で行こう。(^^;
って‥‥違うだろっ。

ほとんど無軌道を突っ走ってる、今日の日記。


・5月20日(火)

なぬ? もう5月も20日か。今年も(今年は特に)あっという間に時が過ぎる。
もう少ししたら、半年じゃん。どうすればいいんだ??

「ここに地終わり 海始まる」読み終わった。とても心に残った。明日から明後日に
かけて、もう一度読み返そう。そして思ったことをたくさんここに書こう。

それにしても、志穂子はどうして尾辻ではなく梶井を選んだのか。梶井はどうして
由加とわかれ(なければならかっ)たのか。尾辻とダテコは一緒になったのか。佐渡の娘、
奈美はどうしているのか、父の新しい事業はどうなったのか、由加の前夫は愛人と
ニューヨークで暮らしているのか、万里は今頃だれと付き合っているのか。由加は
いつか元気になるのか(なれるのか)、矢巻はどんな死に方をするのか。

その答えを自分なりに出そうと思って、もう一度、ゆっくり読み直したいと思う。


・5月18日(日)

やっと7月号が終わった。(;_;)

それはそうと。「ここに地終わり 海始まる」すごくイイ。あえて面白いとは書かない。
この本も、なんだけど、昔読んだことがあるはずなんだけど、全然記憶にない。たぶん、
ちゃんと読んでないんだろう。だって、すごくイイと思ったものを忘れるわけないじゃない。
それとも、心のずっと奥の方にしまって、表面的には記憶にない、というだけなのかな。
それにしても、今このときに読み返してみて良かった。本当に良かった。また、ちょっと、
帰りの電車で泣いてしまった。いかんいかん。明日は下巻を買おう。


・5月17日(土)

今日買った本。「ここに地終わり海始まる」(上)宮本輝、「ジェシーの背骨」山田詠美
「北京の青い空を~私の生きた昭和~」小澤さくら、「死刑執行人の苦悩」大塚公子
の文庫本4冊。最初に読むのは「ここに地終わり‥‥」。昔、学生時代、読んだはずだけど、
記憶にない。すごく新鮮に読めそう。楽しめそう。

明日も仕事。

今日も書くことがない。


・5月16日(金)

今日、5月16日。毎月16日になると、何か感慨深いものがある。私の誕生日が11月の
16日だから、今日はちょうど半年前になる。高校の同級生の女の子の、今日は30歳の
めでたいめでたい誕生日。おめでと、そや。

それはそうと、予定が大幅に狂って、今週末も仕事だ。泣きたい。

なにも書くことがない。悲しい。


そうそう、「トラッシュ」を読み終わって、そのあと、今日、夏目漱石の「こころ」を
読み終わった。

「トラッシュ」だけど、長いとは思わなかった。ただ、読み終わったとき、「ものすごい満足感」を
得たかというと、残念ながら、そこまでは行かなかった。私はどっちかというと(あくまでも、
「どっちかというと」ですけど‥‥)理詰めで物事を考えるタチなようなので(あくまでも、「よう」)
山田詠美のような、肉体に響いてくるジャンルの作家は、いまいち、やはり、ピンとこないかも
しれない。友達に勧められて、読んだんだけど、思ったのは、男と女の違い。見せつけられた。
私は男だから、女が愛するように女を愛せない。‥‥なんて、私を知ってる人が読んだら、それは
単におまえが人間的に冷たいだけだろ、なんて適切なつっこみが来そうで、とても怖い。

「こころ」。知ってる人も多いと思うけど(高校の教科書に載ってた)、下宿先のお嬢さんに
恋した「先生」が、友人で恋敵の「K」を出し抜いてお嬢さんをGETしてしまう。そして、
「K」は自殺。数十年後に、「先生」は妻となった「お嬢さん」を残して、自殺。

という救いようのない話。我々は夏目漱石という男の晩年の厭世的な「気分」に、つきあわされてる
だけなんじゃないだろうか。どうしてこんな暗い話が、さらに数十年後の高校生が学ぶ
国語の教科書に載ってないといけないんだろう。責任者をつかまえて、聞いてみたい。

読んでも、なにも感じなかった。この点に関しては現役高校生の頃と一緒だ(おかげで、現国の成績は
さんざんだったけど)。親と自分の関係を描いた部分も、なんだか中途半端だし。父親が危篤の床に
床に就いてて、いきなり列車に飛び乗って行ってしまったのに、そのまんまなんだもん、あんまり
いい加減だよね。親父の死に様を克明に記せとは言わないけど、母親のその後の消息とか、
合わない兄貴だとかはどうしたかが、ちょっと気になるよね。いいけど、別に。

死んでしまった作家の作品は、それこそ絶対だから、一文字も動かすことは出来ないから、
後世の評論家は、逆に何でも言えるよね。自分の都合の良いように。それこそが評論家の
存在意義なんだろうけど。


・5月13日(火)

今日、千葉行きの終電で帰ってきた。津田沼駅に着くとき、電車の中から、ホームで血を
流して倒れている男の人が見えた。きっと、ホームに入ってくる電車に、酔っぱらって
頭からつっこんでいったか、または、ひとりで倒れて、頭をコンクリートで打ったか。

まさか、あのまま亡くなったりはしないと思うが、ものすごい量の血が流れていた。
当分、頭から離れそうにない。

明日も仕事だ。早く寝よう。(;_;)


・5月10日(土)

今日、会社に行って来た。最初に書かなきゃいけないことは、帰りの電車で、すごい
いい女を見た。なんだよ、それが「最初に書かなきゃいけないこと」かよ、なんて
言わないでください。でも、いや、ほんとに。「いい女」なんてちょっとだらしない
言い方かも知れないけど、でも、美人でも可愛いでもぷりちいでもキュートでも可憐でも
色っぽいでもコケティッシュでもないの。やっぱり、いい女としか言いようがない。

帰り、御茶ノ水から総武線に乗ったんだけど、彼女が乗ってきたのはどの辺だったかなぁ、
小岩?市川?平井?よく覚えてないけど。まぁ、私が電車に乗ってからしばらくしてから、
津田沼に着くまでにもうしばらくあるって頃。私の向かいに座ったんだけど、なんちゅーか、
雰囲気を持った人で。どこかで見たことがあると思った。昔の彼女の葉子ちゃんにも
似てるかも知れないけど(もう10年以上も会ってないけど。あ、見てたらメールちょうだいね)
それよりも、池澤夏樹の「タマリンドの木」のヒロインに似てると思った。名前、なんだっけ。
樫村修子。いま、確かめた。そう、彼女にすごく似てると思った。いや、あまり正確な
言い方ではない。だって、私は彼女の姿をビジュアルでみたことがない。小説の
中でしか、彼女に会ったことがない。

それでも、似てると思った。なんちゅーか、自分を持ってる人。目には少しも安らぎが浮かばず。
というと、なんだかギスギスした雰囲気を思い浮かべるかも知れないけど、そうじゃない。
なんだろう、うまくいえないけど、いろんなことにすごく真剣というか、不器用というか。
眉毛は真ん中が太くて両端が細くなってる。キリッとした印象。全身はスリムで、顔も
どちらかというと細め。どちらかというと凛々しい印象。おとこなんかへでもない、
という感じ(ちょっとはしたない言い方ですが)。でも、愛した男にはものすごくゆったりと
愛情を傾けることが出来る、そんな感じ。いやー、ホント、いい女だったのよ。驚くほど。
なにしてる人なんだろう。絶対、単なるOLということはないだろうな(別にOLの人を
差別しているわけではない。彼女をどこまでも高めようとしているだけだ)。
なんかの研究者? 医者かも知れない。もしくは、写真家だったりして。(笑)

‥‥それはそれとして。
一番気になったのは、落書きかも知れない。彼女、左の手の甲(手のひらじゃなくて)に
マジックでいろいろ落書きしてたのよ。青色と赤色のペンで。ふつう、大人の女性は
そんなことしないじゃない? だから、なんだか、妙に親近感を持てた。
こどもの頃、よく手にいたずら書きをした。ヒフに文字や模様を書く、あの感じ。
彼女、頭に手をやりながら、その、落書きだらけの左手の甲をずっと私に見せていた。
ふと、手に落書きする人はきっと不幸じゃないよね。幸福な人しか、手に落書きはしない
だろうな、と変な確信を持った。それとともに、その落書きは彼女ひとりで
したんじゃないよな、ってことが伝わってきて、なんだか変につらい気持ちになった。
自分勝手にだけど。

それから、彼女、右手の薬指に指輪をしてた。これって、結婚してる証拠だっけ? 左手だっけ?
いつも忘れる。なんでもいいけど、自分では指輪って絶対したくないと思ってるから。
指輪ってなんなんだろう。単なる装飾品? 愛の証?(笑) 自分を締め付けるもの?
‥‥分からん。

最初みたとき、猛烈に写真を撮りたかった。そう、猛烈に。でも、今は夜中の12時過ぎなんだと
いうことをすぐ思い出した。こんな時間に、「写真撮らせてください」なんて声かけたら、
絶対警戒される。そんなこと、決まってる。私だって、あんまり自分を惨めにしたくない。
それは写真を撮る上でプラスなのかマイナスなのか、未だに決めかねているのだが。

彼女が私と同じ津田沼駅で降りてくれたら‥‥という、ささやかな期待を持って
いたけど、それも叶わず。ただ、悲しかった。ただ、次の瞬間は、階段を上るおねえさんの
大きなお尻を見てたんだけど。(笑)

また会いたい。なんだか、また会えるような気がしてる。こんど会ったら、声をかけよう。
(作者注:一人の女性の話題でこれだけの行数書いたことあるでしょうか? うーん)

今、山田詠美の「トラッシュ」を読んでる。すごくいい。女と男の違いを思い知らされた
ような気がする。いつかやってくるであろう(^^;(^^; 私の次の恋の参考にしよう。


・5月5日(月)

新宿に行った。キャパ展、第2部。こないだの第1部を見ても同じことを感じたのだが、
戦場の日常、とでもいうべきか、いわゆる狭い意味での戦争写真じゃなく、その周辺の人々を
撮った写真が目についた。あ、これって、長倉洋海さんの写真じゃん、て思った。

で、何日か前、買っておいたアサヒカメラをパラパラ見てたら、キャパの写真が紹介
されてて。そう、今回のキャパ展、主催は朝日新聞社なのでした(企画は東京富士美術館)。

その最後のページに、長倉さんのコメントが載ってて。読んで驚いた。彼はキャパに
導かれ、キャパに励まされながら、写真を撮ってきたのだった。‥‥知らなかった。

彼の文章の最後を、ここで紹介したいと思う。あんまり良すぎるもんだから。曰く、

「国際化やボーダーレス化が喧伝される現代、逆に人々の意識は分断され、人は孤立を
深めている。さらに高く築かれた人と、人との壁をわれわれはどう乗り越え、同じ人間
として何を感じ合おうとしているのか‥‥。キャパの写真はいま静かにそのことを
問いかけているような気がしてならない」

それからさっき、すごく大事な友達、真紀ちゃんと西村さんから電話があって、2時間くらい
喋ってたのかな。元気だったり元気なかったり、いろいろだけど、頑張って。きっと、
がんばれると思う。どうしても頑張れなかったら、俺が何とかするよ。きっと。きっと。

さっきそれから、『青春対話』~21世紀の主役に語る~第2巻を読んでた。
泣いた。あまりの慈愛に、泣いたよ。ぼろぼろ、声を出して。久しぶりに泣いた。
特に、仕事のことを書いてるところで、私があまりにも好きで好きで好きでたまらない
啄木の歌、

「こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ」

が紹介されてて。嬉しかった。すごく嬉しかった。それで、泣いた。


・5月4日(日)

今日、六本木に行って、『秋桜』を見てきた。
こないだの新聞の夕刊の、女の子が雨に打たれてる
写真を見て、よさそうな映画のような気がして、見てきました。

エイズのお話です。輸血で感染してしまった高校生が故郷の高校に転入してくる
はなし。

映画は福島県本宮町が企画したのかな? とにかく全面的に協力してます。
あだたら山(‥‥漢字が分からん)とか、お祭りとか、川下りレースとか、
いろいろと描かれてて。

映画としての出来といったら、どうでしょう。こういう深刻なテーマの映画に関して、
映画としての完成度云々‥‥という話は辛いのですが、若干、類型的な気がしました。
壇陵祭(だったかな? 高校の学園祭)の最後の拍手もそうですが。
あれはあれでいいのかもしれません。よく分かりません。

この映画で特筆すべきことは、やはり、松下恵の演技でしょう。すごくよかった。
何年か前にNHK大阪が作ったドラマ(新銀河?)に出てる彼女を見ましたが、
あの頃はまだ子どもこどもしてて、お人形さんみたいだった。それが、
ずいぶんとたくましくなって、「実存的」という言葉が浮かんできました。この人、
なんか、国民的女優に、このあとなるかもしれないとさえ、思いました。それほど、
よかった。

一人舞台のシーンも、変な言い方ですが、安心して、頼もしく見ていられましたし、
最後の方、河原で父親を責めるところも、グッときました。うん、彼女はいいですね。
とてもいい。

そのくらいでしょうか。
昔、小学校の体育館で見た、「教育映画」のような趣の映画だと思いました。

機会があったら、どうぞご覧ください。

‥‥と、ニフティの日本映画フォーラムに書いたのをちょこちょこ手直しして貼り付け
ました。なんかやっぱり、語調・文体が違うから、なんか変。

それはそうと、
明日、会社に行かなくてもよくなってしまったので、新宿に行って、写真を撮ることに
しました。CONTAX 167MTと159MM、レンズは35mmと50mmのフル装備。(軽装ともいう)
85mmは重いもんね。あれが鞄に入ってるだけでフットワーク40%減、だもんねぇ。
(単に私が体重を減らせばよいという話もある)

とにかく、成功の秘訣は早く起きること。9時半に目覚ましをセットした。よし、
あとは晴れるのを待つだけだ。

つるつるのマイクロソフトマウスはどうも好きではない。
ざらざらのマイクロソフトマウスは、すごく好き。
ざらざらはシリアル。つるつるはPS/2。

今日、東京への往復で、村上春樹の『回転木馬‥‥』と村山由佳の『天使の卵』を
ささっと読んだ。村上春樹のはただ読んだだけ。村上由佳のは、すごく短いと思った。
前にすごく感動したんだけど、女性作家が書く思春期の男性の心理が、なんだかすごく
鼻についた。わざと下品な表現を使ってみたり。すごく違和感が残った。それと、
『回転木馬‥‥』だけど、すごく、なんというのか、些細な物語ばかりだと思った。
なんというのか、悪くいうと、せせこましいというか。細かすぎるというか。うーん、
うーん、そういう類の小説があってもいいと思うのよ、もちろん。必要だとも思う。
ただ、私は今のところ、そういう話には気が向かないというだけかな。じゃあ読むなよ、
じゃあ書くなよ、とファンの人に怒られそうだけど。そうですよね。ごめんなさい。

あ、ラーメン食べたい。

そうそう、昨日、CDを2枚買って。キョンキョンのベストと、鈴木祥子さんの
「Long Long Way Home」。昔から捜してた、キョンキョンの「夏のタイムマシン」って曲と、
鈴木祥子さんの「青い空の音符」。この2曲を手元にCDで置いておきたかったの。
それを昨日お店で見つけて(中古だけど)、超・嬉しかったん。ホントに。
特に、鈴木祥子さんの「青い空の音符」は私の中でベストといってもいいくらいの
ものすごくお気に入りの曲で。じつはタイトル、昨日CDを手に入れて知ったんだけど。
ホントにホントにホントにいい曲ですよん。歌詞カードを見たら、自分で作曲してるんだ。
うーん、鈴木祥子さま、天才だ。コンサート行きたい。こんどいつだろう。


・5月1日(木)

気がついたら、もう5月。
南野陽子でなくとも、歌い出したくなる季節だ。(分からない人はメールください)

今日、次に読む本を見つけた。市ヶ谷の書店で。谷崎潤一郎の『風の又三郎』。
あ、間違えた。宮沢賢治の『風の又三郎』。(遺族に訴えられたりしないかな‥‥)

宮本輝の『流転の海』『地の星』を読み終えたあと、第三部の『血脈の火』が
本屋に並んでるのを見つけ、あっという間に読んでしまった。
感想は、そう、書きたいことが山ほどある。落ち着いて書けるときに書きたいと思う。
(そういって、何も書かなかったことが何度もあるだけに‥‥)

それはそれとして。(^^;

最近、いろいろあったのよ。29日の「緑の日」は、昔の仲間と会って、死ぬほど酒を
飲んだ。それも昼から。すごく気持ちよかった。

27日の日曜日の記憶が若干飛んでいる。午後早くまでは覚えてるんだけど、夕方以降は
何してたっけ。家でぐずぐずしてたのかな。うーん、多分そうだったような‥‥。
そうそう、27日の夕方、昔のバイトの知り合いの熊ちゃんに会った。なんか、そっけない
対応をしてしまったような気がする。大変反省している。いや、ホントに。
くまちゃん、また飲もーね。

今日の朝、駅の写真屋にモノクロの現像を2本だした。明日の朝、出来てるかな。すごく楽しみ。

それから、今日、丸善に注文しておいた本が2冊、届いた。写真集『Jr.』と『みすゞコスモス』。
写真集の方をパラパラ見たけど、なんか、期待してたのと違う、かな‥‥。どうだろう‥‥。うーん。。

今、見直してみたんだけど、いやいや、もういっぺん見てみたんだけど、悪くない、うん、悪くない。
ただ、最初にパラパラっと見てみたときのあの違和感は、なんなんだろう‥‥??

私が史上最高の写真集だと思っている牛腸茂雄の「SELF AND OTHERS」を見てみた、今。
そしたら、分かった。『Jr.』がどうして物足りないか。ふふふ。教えてほしい? もったいないから
教えてあげない。んふふ。見比べてみれば、すぐに分かることなんだけど。とても大切なこと。
プリントの黒の締まり方もそうだし、ピントの正確さもそう。でも、もっと重要な本質的なことがある。
ふふふ。

なんだか楽しくなってきた。
春物のジャケットを着て、こんどの休みは街に出て女の子の写真を撮ろう。
どこがいいかな。新宿? 渋谷? それとも錦糸町?(笑)

※ただいま、不穏当な表現がありましたので、お詫びして訂正いたします。




 

1997年4月

 

日記

●平成九年

・4月26日(土)

新宿に行った。キャパ展を見に行った。すごい人で、自分のペースで見れなかったのが辛かった。
通し券を買ったのですよ。期間によって、3部に分かれてて。今日限りだと1000円なんだけど、
共通入場券という名前の通し券は、2000円で。またこの場所に足を運べるということが、とても
嬉しかった。家に帰って朝刊を見たら、各新聞社の写真部長がコメントを寄せてて。そのどれも、
ピンとこなかった。そういえば、毎日新聞の写真部長、見たこともない人になってた。三浦さんは
人事部に行ったとか。はは。大多数の人にとって、そんなことはどうでもいいですね。はは。

そのあと、コニカサロンに行った。おねえさんの洋服を売ってる店だらけの、ビルの4Fへ。
アフリカの人たちの写真展。撮影した写真家のことを少し思った。写真に登場する
アフリカの人たちの生き生きした表情を見てたら、21世紀はアフリカの世紀に必ずなる
だろうという気がした。もう一方の区画には、シリーズ[新しい写真家登場]とかいう
企画で、2人の作品を紹介してた。新宿?の街中で若者を撮った写真と、沖縄?の街を撮った写真と。
このことを書こうと思って、会場に置いてある写真付き葉書をもらってきた。新宿の写真が
伊藤彰悟、沖縄の方が小柳嘉章という人。‥‥小柳嘉章氏の写真は、すごくいい。この人若いんだよ、
私より2つした?うん、確か。写真雑誌に載ってたペナンの写真たち(題名失念)がすごく良かった、
ちゃんと覚えてたよ。うん。赤外線フィルムで撮ったような調子が、何んかけだるい感じでとても
南国の空気を伝えてて、女の子も可愛くて、見るべきものがあった。よかった。写真展の写真も、
一枚一枚伝わってくるものがあって、すごくよかった。これから伸びる人だなという気が強くした。

もう一方の伊藤彰悟氏の写真の方は、よくなかった。残念ながら。言い出すと切りがないのだが、
全然、人が写ってない。やたら、人混みの中、携帯電話で話す女性の写真が目に付いたのだが、
なんだろう、それだけ。なんの感銘ももたらさない。この写真を、ピント合わせて、
シャッターを切って、現像して、プリントして大きくのばして額に入れて人の目に触れさせている
意味が、まるで分からない。悪いけど。なに考えてんだと思った。一枚も、いい写真がなかった。
(あくまでも主観だけど)新宿?の雑踏を(特に女性の姿を)撮った写真ですぐに思い出すのは
何年か前に木村伊兵衛賞を取った(確か‥‥)写真家がいたと思うけど。彼の写真となにが
違うのかというと‥‥、うまくいえない。各自、見比べてみてください。(^^;(^^;

小柳嘉章氏の写真の方は、画面にほとんど人物が現れないんだけど、人間の匂いを強く感じた。
伊藤彰悟氏の写真には、人がたくさん登場するにもかかわらず、人間がどこにも写ってない。

そう思った。誰か、文句ある?

そのあと、ミノルタサロンに行った。あんまり期待してなかったんだけど、なんと、今年の
木村伊兵衛写真賞を受賞した畠山直哉氏の写真展をやってて。おおお、と思った。いやいや、
賞を取ったからどう、ということではないのだが、すごいよ。いいよ。うん。大型の写真機を担いで、
工場などを少し高いところから横長のフォーマットで撮った写真。ニューカラーというのかな。
すごくキレイ。驚くほど。すごくキレイ。ざっと見たけど、ホントはしばらくその空間に身を
置いていたかった。
ただ、ミノルタサロンて狭いから、あんまり作品に浸るという鑑賞のしかたを許してくれない
ような気がして。サポート窓口が併設されてるから、うるさいアマチュアカメラマンのオジサンが
ウジャウジャそばにいて。あんまり落ち着かない。あくまでも言い訳だけど。

また行きたい。もう一度あの作品群を見たい。あの色のキレイさ。金属の管の存在感。これはもう
特筆すべきもの。出来れば、もっともっと大きく伸ばした写真を見たいな。無理でしょうけど。


そうそう、サロンを出てエレベータに乗って。もう一人、オジサンが乗ってきたんだけど、
ふつう二人でエレベータに乗るときって左端と右端に乗るじゃない。彼はそうせず、エレベータの
真ん中に立ち、それも右端にいた私の方へ体を向けて。視線を向けてきている。え、怖い‥‥と
思った瞬間、かれは、「カメラは難しいですねぇ‥‥」と言った。私に向かって。

すぐさま、(すぐさま、だったような気がする)

「長く続けることですよ」

と私は言った。そう、長く続けること。それが第一。そのあとが長いんだけどね。(^^;(^^;

紀伊國屋に行って、アラーキーの「旅少女」を見た。一瞬買おうかと思ったけど、なんかいやで
やめた。きっと、彼に嫉妬してるんだと思う。うん。次々と、可愛い女の子をあてがわれて、
仕事で日本全国のローカル線を旅して、写真撮って。やっぱり、嫉妬かな。私には撮る相手もいない
から。‥‥畜生。くやしい。

今日もいい写真撮れんかった。また、こんど、頑張ろ。うん。世界のみなさま、しばしお待ちを‥‥。
(^^;


・4月25日(金)

会社に行って、午前中、ぼーっとしながらこんなことを考えてた。

パソコンをブームに乗って買った人たちは、善良な責任のない人たちなのだろうか。
ブームをつくったパソコン関連企業やマスコミが一方的に悪いのか。あの、
Windows95発売騒ぎは、いったい何だったの?
いやいや、パソコンの使い方が分からない、と泣いて叫ぶ人たちが、あまりにも
多いようだから。

なぜ、猫も杓子もパソコンを買い始めたのだろう。‥‥分からない。
なぜなのだろう。パソコンが一般化したことによって、本体、周辺機器、
インターネットプロバイダの接続料金が下がったのは事実で、それはとても好ましい
ことではあるが。

なぜ、猫も杓子もパソコンを買い始めたのだろう。そのおかげでいまの会社は
潤っていると言えないことは絶対にないのだが。

(中略)

言葉のリズムというのはとても大切だと思う。だから書いているときに、心で
声を出して綴っている文章を読みながら書ける、そのスピードをもたらして
くれるこの、キーボードという存在はとてもありがたく。

文章にはリズムが大事だという話。声に出して読んだときのリズム、というのも
もちろんそうなのだが、書いてある字づらを見たときのリズムというのもあると
思われ。いうまでもないことだが。同じ意味内容でも文のつなげ方とか、
末尾の終わらせ方とか、漢字とカナの混じり方とか。だから一概に機械的に、
この言葉は漢字で書くべきだとかひらがなでとかは、言えない。公のものでない、
個人的な思いをしたためる場合は、特にそうだ。

毎日々々、会社のそばのスーパーで、98円のウーロン茶1リットルパックを
買っている。税込み102円。なぜ103円ではないのか。98×1.05=102.9。もしかして、
この店では1円未満は切り捨ててるのか。どうして四捨五入ではないのだ。
分からない。

(中略)

Becky! すごく好きなんだけど、メール作成画面で自動保存がほしい。
時間ごとか、アクション数ごとに、草稿箱にでも自動保存してほしいなぁ。
無理かな。ふつうのエディタでメールを書いて、それを貼り付ければよいのだろうが、
付属のエディタがよく出来てるもので、ついついこれを使ってメールを
作ってしまう。うん。

動作は安定してるので、メール作成途中に急にハングアップするなど考えにくいのだが、
Windows95のことだから、何が起こるか分からない。書いてた文章が途中で消えて
しまったときのあのショックは、何度も味わうと寿命縮める。

仕方がなく、ときどき手動で「草稿箱に保存」を選ぶんだけど、そのたびに
メール作成画面は閉じてしまって、また立ち上げなおさければならない。
辛い。

それから。

文庫本(に限らず)を読むときにカバー(もともと付いてるもの、書店でつけて
くれるもの、どちらも)をつけたまま読む人と、はずして読む人がいる。これって
いうのは、両手を組むときにどちらの手の親指が下に来るかが人によって常に決まって
いるように、一定で変わることがない(と思う)。友だちに聞いてみると面白いかも
しれない。私は*必ず*はずして読む。すごく仲のよい、ものすごい量の本を読む
友だち(女性)に聞いたら、彼女もカバーをはずして読むそうだ。関係ないかも
しれないが、私も彼女も血液型はB型。たぶん関係あると思うな。多分だけど。

・4月24日(木)

きのうは寝てしまった。きょうは、なぜか機嫌がいい、私。

予告どおり、昨日、SCSIのホストアダプタ(H/A)、DC-390を買ってきた。
一緒に買ったコネクタが違ってて、接続は今日に持ち越したんだけど、
きょう、パソコンに繋いでみた。PCIスロットにDC-390を差して、ケーブルを
フィルムスキャナ(ミノルタQS35)に繋いで、その先にフラッドベッドスキャナ
(HP 3C)を。いろいろと不安な噂は聞いてたから、多分だいぶ認識させるのに
手間かかるだろうなぁ、と期待してた。(^^;(^^;

そしたら、一発で両方のスキャナを認識。グラフィックボードと仲良く一緒に
IRQ11で落ち着いてるし。うーん、よく出来てるなぁ。うーん。うなってしまう。

『地の星』すごい。良すぎる。次から次へと、いろんなことが目まぐるしく
起こっていく。なんか、映画の場面を見ているようだ。画面がどんどん切り替わる。

帰宅の電車でずっと読んでて、夢中になってて、津田沼に着いたのに、
ちょっとの間、気づかなかった。電車を降りながら、文庫本の残りのページの
分量の少なきことを感じて、泣きたくなった。まだ第3巻は出てないはずだから、
しばらくは熊吾の家族とお別れをしなければならない。そのことが、身を切られる
ほど辛い。辛いよ。

錦繍が宮本輝の出世の本懐かとおもってたら、いやいや、そうではなかった。
錦繍はきっと、方便品。如来寿量品は、こっちでした。(^_^)


・4月22日(火)

今日、仕事で恵比寿に行ったんだけど、帰りの地下鉄で、すごくすてきな娘を見かけた。
おでこが広くて、目がクリクリ愛くるしくて、鼻が少し上を向いてて、とっても
育ちが良さそうな娘。短大生かなぁ。多分、就職活動だと思うんだけど。どこまで
行くんだろうと思ってたら、広尾で降りてしまって。駅のホームの、出口別の案内を
じーっと見てたから、知らない会社にでも行くんだろう。それにしても
可愛らしかったな。ホントに。きょう一日、意味もなく気分が良かった。
また会いたいな。‥‥無理か。なんか、写真が撮りたくなってきたぞ。春だし。

恵比寿できょう、もう一ついいことがあった。好きになれそうだな、この街。

『流転の海』は、きょう読み終わった。第2巻に読み進んだ。こちらもめっぽう
面白い。この一連の作品、後世に残るんじゃないかな。いや、宮本輝の他の作品も
残ると思うけど、宮本輝の代表作として、これ、残るよ、きっと。熊吾、やってくれる
わ、54にもなって。きょうも暴れる牛を銃で撃ち殺して。嫁さんは嫁さんで、
泳いでる鮎を素手で捕まえるらしいけど。ま、どっちもどっちやね。(笑)

悲しいくらい、新しいディスプレイがほしいな。会社のディスプレイ(三菱)は
1024×768でもくっきりしてるのに、うちの(‥‥)は800×600なのに、
なんかフォントがちらつくというかクッキリしてない。悲しいよ。文筆家としては
(だれがじゃ)、これは致命的だと思われ。うーん、きのう独自の文化があるとか
訳の分からないことを書いたばかりなのに、もうこの体たらく。節操がないとは
このことだ。でも新しいディスプレイがほしい。ナナオがいい。(^^;(^^;

明日取材の帰りに秋葉原に寄って、Visual Cafeを買ってしまいそう。ついでに(^^;
TekramのDC-390も買ってしまいそう。だれかこの私を止めて!(といっても無駄なのは
自分でよく分かっている)

帰り、秋葉原を通らなきゃいいんだ。そんな訳に行くかいな。ま、明日の日記の
お楽しみ。‥‥んふ。


・4月21日(月)

ははは。土曜日に書き込んだ分、思いっきり日にち間違えてましたね。笑える‥‥。
ダメですねぇ。会社で暇なときにばばばって書いて、それをメールで自分宛に送って。
それを何日かに分けて日記に貼り込んでも、ひょんなところでボロが出ますねぇ。
自分であとから読んでも、なんか日記の臨場感がないもん。うーん、うーん。
臨場感は大事ですね。切迫感というか、緊張感というか。職場で仕事中に書いてる
だけあって、別の緊張感はあるかも知れないけど。どうだろ。

今日はちょっとだけいいことがあった。しばらくしたら、書けるかな。どうかな。

今すごくほしいのは、ちゃんとした良いディスプレイ。グラフィックボードを変えたら、
ディスプレイのアラが目立つようになってしまった。うーん。

明日は午前中からメーカーの発表会がある。それも時間差でハシゴ。なんかスリリング。
リブレット、持っていこうかな。発表会での暇つぶしに。(^^;(^^;(^^;

今飲んでる『端麗あわもり アジアン』25%だって、アルコール濃度。そんなに
あるかなぁ。ま、ビールよりは濃さそうだけど。(^^;(^^;

今ふと思ったんだけど、Windowsが普及して、さまざまな解像度のディスプレイが
当たり前になって、フォントの大きさも自由に選べるようになった。でも、
それにともなう悲しみというのも、あるよね。誰かに伝わるかどうか、分かんないけど。

たとえば、800x600のSVGAで、14ポイントのフォントでしか味わえない世界というのは
必ずあると思われ。フォントが数ポイント違うだけで、全然印象が違う。どうにか
してほしい。どうにもならないことは百も承知で言ってるんだけど。

あ、そうそう、こないだ、昔好きだった娘が結婚するらしいって話を書いたけど、
きのう、ひょんなことから(^^;(^^;その娘の写真を見た。随分たくさんあったけど。
そしたら、私が知ってるのより、ずいぶんと大人になってた。(ふけた、とも言う)
それ見て、なんか、安心した。安心というのは、ちょっと嘘かな。安心、安心、でも
安心したよ。うん、なんか妙に安心した。安心じゃないかなぁ。うーん、ほっとした?
わからん。とにかく、私が知ってる彼女より数年、歳をとった彼女がそこに写って
おり。歳をとるにつれて、ぽっちゃりして愛らしかった彼女が、よく言えば大人に、
悪く言えば単なるおばさんに、いやいやおばさんは言い過ぎかな、単なる大人の
女性に、なっていく姿が、順々に写っていた。なんだかなんだか、ちとショックだった。
私が福岡で、新聞社の写真部で重い機材をかかえて飛び跳ね、もがき苦しんでるときに
彼女はそれとは全く無関係に千葉で大人になっており。‥‥悲しいと思った。
「縁」という言葉の持つ非情性を、こんなに分かりやすく表したものは、見たことがない。

どうでもいいけど。よくないけど。

そう、無理矢理に自分に引きつけて話を進めると、だから、僕は、少女を撮るんです。
タケノコじゃないけど、忍者が飛び越える草じゃないけど、あっという間に変わって
しまうんです。少女というのは。無駄な抵抗だというのは分かってます。写真に収めた
からどうなるもんでもないということは、分かってるんです。でも、私には他に
どうしようもありません。シャッターを切るだけが、私に出来ることで。

写真家というのは、本質的にむなしいものだと思う。ただ、そのむなしさを感じられる
のが、写真家の写真家たる所以で。写真やってなかったら、感じられないそのむなしさは
そんなに悪いもんじゃありません。たぶん、きっと。

ずいぶんとマニアックな話ですね、今日は。あはは。


・4月18日(土)

というわけで、宮本輝の『流転の海』を読んでいる。
いい。すごく骨太で、じっくりと物語が展開してゆくのが、とてもいい。
めちゃくちゃな主人公だけど、やはり大きな人間的な魅力をたたえており。

いま、1/3くらいまで読み進めた。海老原を有馬温泉に連れ出すところ。
面白い。ほんとに面白い。ところどころに、宮本文学の決まり文句が顔を出して
思わず、くすっと笑ってしまう。大阪弁も、聞き慣れたもので。


今日、実家に戻って初めて散髪に行った。大久保の古びた床屋に入った。
ココがすごくいい雰囲気の床屋で。うーん、大正解。


・4月17日(金)

『道頓堀川』を読んだ。何年かぶりに。
あまり細かい情景描写を気にせず、ものすごい
勢いで読み切った。そんな読み方をしてよかったのかどうか、
分からないが。

前に読んだときと、ずいぶん違う印象を受けた。
もしかしたら、別の作品とごっちゃになってるのかも
知れない。

なんだかそっけない小説だと思った。あっという間に
終わってしまった感じ。急いで読んだのが悪かったのか。きっとそうだろう。
主人公のまわりの一瞬の時の流れを描いただけ。あまり大きな
ストーリーの展開もなく。

道頓堀川のまわりに生活するさまざまな人の生きざまを
描きたかったのだろうか。マスターと鈴子と杉山の物語や
ビリヤードをめぐる父子の葛藤。まち子とのロマンス。
金兵衛のオヤジと娘。父の愛人だった弘美。もっともっと長く、
彼らと親しく接していたかった。なんか自分の中で、消化不良を起こしている。

いかーん。最近、ボリュームがある小説を立て続けに読んでるので、
文庫本の薄めのものは、ちと物足りないように感じてしまうのだな。

前に読んだとき、喫茶店のマスターが杉山に占ってもらって、幸せっていうのは
辛いことがないんじゃなくて、辛いことを乗り越えられるかどうか、
っていうところが、異常に感動したんだけど、今回はなんとなく通り
過ぎてしまった。うーん。こちら側の心境の変化か。うーん。

仕方がない。分厚い話を読もう。とすれば、彼の自伝しかない。
今、第二部まで文庫になってるんだよね、確か。


・4月16日(木)

山田詠美の「風葬の教室」を読んだ。「教室」というのは、何かのたとえだと
思っていたのだが、本当に学校の話だった。

それにしても、この不思議なタイトルから受ける印象は、何とも言い難いものがある。
風葬というと、アンデスの山かどこか、すごく険しい山の崖に遺体を置き、
鳥たちのついばむに任せるというイメージがある。それは鳥葬か。?

‥‥とにかく、「風葬」という言葉と「教室」という言葉がうまく結びつかず。
イメージとイメージが遠く離れ、それが「の」の字で組み合わされるところに、
空想が広がる。なんだか、とてもおごそかで、とても大切なことが書かれている
小説のような予感。

果たして、そのとおりだった。
一言で言うと、転校生が些細なことからいじめの対象になり、彼女がそれを
乗り越えていく話。こう書くと、なんだか安っぽい教育ドラマみたいだけど
そうではない。

物語は主人公の一人称で語られる。読者は彼女の目をとおして学校という世界を
見つめることになる。小学校5年生という「子ども」の彼女は、しかし、とても
強い自我を持っており。それは転校を重ねた結果だ、と彼女は自分を分析する。
同級生や教師にさえ、彼女は自我というPROXYをとおして、態度をつくる。
作為が作為と気づかれぬよう、年齢相応の自然な振る舞いという演技を
仕草に巧みに含ませて。

ストーリーの展開も、自然だし、必要なことはすべて描かれている。同級生たちが
いじめという「宗教」の渦に巻き込まれ(を巻き起こし)ていく様が順々に描かれ。
多くの教師たちが、子どもたちの「宗教」に対していかに無力か、無力な
ばかりでなく、いかに有害かを語る。味方の同級生の存在と、その子の限界と。
家族の他人たる様子と、それでもやはり家族は家族としてとても大切な人たちで
あるということと。

そうして、自分の中から起きてくる力によって必ず苦境を脱することができると
いうことが最後に説かれ。
彼らを軽蔑するという精神の力で、彼女は立ち直ることができた。そうして、
ものすごい技、力、魅力、人間力を、身につけた。彼らを正しく軽蔑することに
よって。さらに大人になった。自我をひとつ強固にした。

最初、大きな活字でひらがなが多くて、ナンジャコリャ、と思ったのだが、
そうだったのだ。作者は多くの子どもたちに、読んでもらいたかったのだ。

とてもすばらしい。


・4月6日(日)

今日も仕事。昨日からの雨で、桜はその多くの花びらを散らした。まだまだ
咲いたばかりの、たくさんの花びらを。会社の帰りにあおいで見ると、市ヶ谷の桜も、
津田沼の桜の木も、まだいくらかかの花びらを残しており。そうして、見て思った。
雨に打たれて散った花びらもよし、なお枝にとどまって咲き続ける花びらも、なおよし。
自由でいいのだ。咲きたければ咲けばよし、散りたければ散ればよし。見る人は、
それを見るだけなのだ。散った花びらの散りざまと、なお咲く花の、なおの咲きざまと。

なんでもいいけど、桜って贔屓(ひいき)されてるよね、なんか。(笑)

明日も仕事だ。また頑張ろう。自分自身のために、そしてこの会社のために。
(社長、見てる??)

今日はおねえちゃんネタの話はない。それはそれで、悲しいものがある。
昭和堂にも、最近行ってない。「ドグラ・マグラ」まだ読み終わってないし。
そうそう、ドグラ・マグラといえば、そろそろ佳境にさしかかってきた。
面白くなってきた。主人公が目覚め始め、ふたりの「怪人」の暗闘が明らかに
なり始める。うーん、面白くなってきた。いまここで文庫本を開いてもいいんだけど、
そしたら明日の仕事に差し支えるもんね。うーん、やっぱり社会人は違うよねぇ。
高校生の頃って、よく、徹夜で本読んだよなぁ。うん、何遍か、そんな記憶がある。
あの頃は確か、弁護士になりたかったんだよね、私。あの頃の私は、自分では
自分のこと、けっこう好きだったな。はた目に見ると、すごく嫌なやつだった
かも知れないけど。(笑) 楽しかったなぁ、高校時代。津田沼駅7時50分過ぎ発の
京成電車、京成千葉行きの。女子高生満載で。うーん、天国のような時空間だったな。
今でも、あのままなのだろうか。‥‥なんか、明日早起きしたくなってきた。うん、
今日は早く寝るとするか。(^^;(^^; ‥‥違うか。おじさん、もう年くいましたので、
きょうびの女子高生には、ちょっとついてゆけないかも。(^^;(^^;

それはそれとして。(^^;(^^;

この汗マークってだれが考えたんだろう。尊敬するよね。作者の人を抱きしめて、キスして
あげたい気がする。


・4月5日(土)

今日は仕事だった。明日も。髪の毛を切りたいなぁ、そろそろ。
それはそれとして、マザーボードを変えたら、内蔵モデムを認識しない。
悲しい。多分、BIOSまわりの設定がいまいち、なんだと思うんだけど。はぁ。

もう少し詳しく書くと、マザーボードはASUSTeKの55T2P4 Rev3.1。内蔵モデムを
認識しないのは、拡張シリアルボードを刺してるから。前のマザーでPnP認識され
なかったアイ・オー・データのRSA-DV/S。こんどはあっさりPnPで認識されて、
しっかりIRQ12におさまってる。今のところ、COM5として認識させてるんだけど。
それで、内蔵モデムを刺すと、Windowsが立ち上がる直前で凍ってしまう。内蔵モデム
をCOM1に設定しても、COM3でも、ダメ。仕方がないから、明日あたり、PSマウスの
コネクタを買ってきて、マウスをCOMポートから待避させよう。それでCOM2をあけて、
内蔵モデムをCOM2に収める、というのは、なんかうまくいきそうだ。それにしても、
PnPなんて誰が考えたんだ。うまくいかないのは、だれの所為なんだ? マイクロソフトか?
Intelか? ASUSか? アイオーデータか? それともソフトウェアジャパンか?(笑)
いいんだけど。そんなことは。そのうちバスはPCIだけになるのかなぁ。ISAが廃れて。
そしたらIRQの競合とか、考えなくてよくなるのかな。どうでしょ。わからん。

何書いてんだろ。仕事の続きじゃないんだから。ったく。寝ろよ。早く。


・4月3日(木)

週刊誌は、男性誌も女性誌も、東京でOLが殺された事件の話題で持ちきりだ。
昼と夜と、彼女が別の顔を持っていたとかで、微に入り細に入り、プライバシー
侵害バシバシで、彼女のことをいろいろと書きなぐっている。
読むやつも読むやつだけど、書くやつも書くやつで。どちらも、人間として最低の奴らだ。
別に、どうでもいいことだけど、あんまり酷いから、ホームページの片隅に、書く
ことにした。言いたいことがうまくまとまらないのだけれど、なんというか、
このたぐいの話題を好んで扱う(読む、書く)人たちは、自分たちが何をしているのか、
もう少し冷静に認識する必要がある。

極端に言うと、こういう、ひどい性的なゴシップ?を公にしている連中は、
自分の顔に性器をくっつけて他人様の前に姿をさらしているようなものだと思う。
この類の話題は、どうしても人の興味を引きやすい。なんといっても、人間の
本能に暗に直接はたらきかけるものだし、人間は誰でも、自分ではどうしようもない
性的な衝動をもってるし。私だって、勿論、例外じゃない。それはハッキリしてる。

ただ、「一流」の新聞や公的空間である電車の中吊りの広告に、こんなに大きな活字で
いろいろ書かれると、あまりにも情けなく、切なくなる。こういうのを劣情をもよおさせる
と言わずに何を言うのか。たとえて言えば、山手線の7人掛けのシートで、いきなり
男女がSEXを始めるようなものだと思われ。極端かも知れないが。いやいや、
そんなに極端ではないぞ。人の目を引くためだったら、売れるためだったら何でも
やるのか、おまえら。死んだ人間のことなら、相手に少しでも落ち度があるのなら、
何をしてもいいのか。自分たちの行動が「獣欲」(これも人間が作った言葉だけど‥‥)を
満たそうとしている、ってことを、少しは分かってるか? おい、こら。

はっきり言いたい。彼女の死を、そして生き様を売り物にして金儲けをしようと
している連中は、一人残らず地獄へ行く、地獄というものがもしあるとすれば、
そのうちの一番深い、重い、苦しい、辛い、汚い、ぐちゃぐちゃの、救いがない、
まさにその場所へ、彼らのうちの一人残らず、長い間、落ちているに違いない。
だって、そうでなかったら、地獄の存在意義はないに等しいよ。おい、閻魔、おまえ
いったい何してるんだよ、って感じだよ。いや、おおげさじゃなくて。

あんまりだよ。ひどすぎるよ。これほどまでに、鬱憤が
たまっているのか。ほんとにこのままじゃあ、滅びるよ、この国は。

いいけどべつに。


・4月2日(水)

もう水曜日。会社から帰るとき、雨が降ってた。詠んだ句。

そっと降れ散らすな桜はるの雨

ありがちだけと、そのままを詠みました。

今日、会社に行くときに電車のなかでこないだ買っておいた「ボディレンタル」を
読もうと思って、一ページ目を開いたら、なんか女性作家にありがちな(偏見?)
硬質な、気取ったような文章だったので、気分が悪くなって本を閉じた。こういうのが
純文学なら、私は純文学は、‥‥いい。

もう読むのやめた、なんてことは言いませぬ。ただ、しばらく眠らせておくっ‥‥。(^^;

というのも、こないだ買った「ドグラ・マグラ」の下巻がどこかへ行ってしまったのが
悪いのよ。おかしいなぁ。いくら部屋の中を捜しても出てこない。部屋が汚な過ぎるのも
あるけど。(^^;(^^;

先週の土曜日。昼過ぎだったかな。東京で(秋葉原で)人に会う約束をしてたので、
津田沼へ行って。上巻を読み終えそうだったので、下巻を買っておこうと、例の昭和堂で
下巻をさがし、レジに持っていったのよ。カバーを掛けてくれたおねえさんが、本を私に
差し出すときに、パッて私の顔を見て。忙しそうにいつもしてるし、そんなことはまず
ないから、一瞬ドキドキしてしまったんだけど、多分、彼女も「ドグラ・マグラ」が好き
なんじゃないかなぁ。それで私が「ドグラ・マグラ」の下巻(!)を買ったのを見て、
きっと嬉しかったんだと思う。だって、私の顔を見つめておねえさん、目が光ってたもん。
いまにも話しかけてきそうな感じというか。

私の思い過ごしだろうか。最近、自意識過剰かな。あんまりいいことないから。(^^;(^^;

もう一冊買うしかないのでしょうか。「ドグラ・マグラ」下巻。てもとにないと、
無性に読みたくなってくるから、不思議。ねぇ。

新しく買ったATのケースの、電源のファンがうるさい。カバーをしてないせいもあるの
かも知れないけど。電源だけ、前のケースと入れ替えてしまおうか。難しくないよね。
ちと面倒だけど。