1996年12月

 

日記

●平成八年

・12月×日

映画「この窓は君のもの」(古厩智之監督)をビデオで見た。ちょっと時間が
経ってしまったので記憶が定かではないのだが、文字どおり日記として、
記録としてここに記しておこうと思う。この映画を知ったのは、新聞。
いくつかの一般紙の文化欄で、劇評?が載ってて。どれもイイ、って書いて
あり。つけてある写真が、2階の窓の外に二人が並んでる写真で。ヒロインの
女の子が、可愛い。こっちでは、やってなかったのでもちろん劇場では見られ
なかったんだけど、いつかビデオになったら見ましょう、と思ってた。

ビデオ屋をプラプラしてたら、あって。思わず借りた。

最初の印象は‥‥だまされた。女の子がどーしても可愛いとは思えず。
うーん、このへんは好みの問題なのかもしれないけど、あの新聞の写真は
どーみても、「写りがイイ」。んなこと言ったら怒られる、かな。ま、いいか。

で、感想は、「持て余している」と思った。登場する高校生たち。一人残らず。
何を持て余しているのかはうまく言えないんだけど、なんだかその持て余している
もののせいで、変に独りよがりになったり、空回りしたり、他人との距離をうまく
保てなかったり。みんながみんな、そうで。自分もむかしはこうだったのかな?
それと映画の雰囲気というか、タッチはものすごく自主制作っぽいですね(笑)
なんというか、とても一般市場向けにつくられた商業映画らしくないというか。
B級映画という言い方は好きではないし、正確に示しているものを理解している
訳でもないのだが、とてもこの言葉がぴったりと合う、そんな映画でしょうか。
色もくすんでるし。
細かいところを言えば、さいごにヒロインが去っていってしまうところとか、
微妙な演出がなってない!という言い方も出来るのかもしれない
(あの淡泊さがイイ、とももちろん言える)けど、ま、そういう見方をするのは、
酷でしょう。全編を流れるストイックさ?とたまにそれからはみ出した
「若さ」と。ブドウ畑を走るシーンは、でもやっぱり名場面と呼ぶに
ふさわしいと思う。

それともう一つ、花火のシーン、眼鏡かけた男の子と犬のツーショットは、
読めたな。抱きかかえていくときに。ただ、あそこまで過剰演出をしてるとは、
思わなかった。監督、おちゃめ!

なんか感想を書いてたらもういっぺん見たくなってきたなぁ。でもどうもうちの
19インチのTVは、迫力がなくていけない。根性ない私は冷たいリビングの
フローリングに寝っ転がってビデオを見てると、すぐにストップボタンを
押したくなる。実家に帰ったら28型くらいのワイドテレビでも買いましょう。


・12月9日(月)

『落下する夕方』(江國香織著、角川書店)を読んだ。感想だけど、結論をいうと、
『きらきらひかる』の方が、数倍、イイ。
前半は、梨果と健吾と、華子の世界が、いい感じで進んでいたのに、後半、なんか
だらけた、そんな気がする。勝矢だとか、カツヤノカナイだとか、中島さんだとかが
闖入してきて、なんだか物語の焦点がぼやけたような気がする。この作者、まだ?
というべきか、向き不向きの問題か、あまり多くの人間を小説の中で動かすことに
慣れてないんじゃないか。よく分からないが。
ただ、特に前半、文章の細部にこの人の細やかなこだわりが感じられて、すごく
心地よかった。うん。
『きらきらひかる』と、この『落下する夕方』の間に
書かれた『なつのひかり』も読まないといけないんだろうな。

それから、華子が自殺してしまうことについて。基本的に私は人が死ななければ
物語が進んでいかないような小説はダメだと思っているから、彼女があっさり?
死んでしまったときに、ちょっとしたショックを受けた。そろそろ小説が終わりに
さしかかった頃だったので、作者がどんな風にまとめ上げてくれたのか、期待してた
ところだった。それが、思いっきり期待を裏切って、物語の中心軸が急になくなって
しまったから、なんだか最後まで白けたままだった。

誰かが自殺をするとその理由を残された人間があれこれ詮索するけど、自殺した
本当の理由はだれにも分からない。自殺した本人だって、本当のところは
分かってなかったのかもしれない。だから、小説で人を死なせて、そのあとの
ことをいろいろ書くというのは、なんだか禁じ手というか、楽な手段というか、
どうも一読者としてすっきりしない。小説としては全然まとまらなくても、すごく
かっこ悪くても、主人公たちには小説の最後まで駆け抜けてほしい。

角川が出してる「本の旅人」という冊子に江國香織のインタビューが載ってて、
そこで彼女も、華子を死なせたことに関して、「あんなに躊躇したことはない」
って言ってるから、ま、許してあげよう。

なんだか、ものすごく久しぶりに日記を書く。
いろいろバタバタしてたから。
もう少しすると落ち着くんだろうけど。あと数ヶ月かかるかな。どうかな。


・12月18日(水)

今日休み。おととい、宿直の日に江國香織の『ホリー・ガーデン』を
紀伊国屋で買ってきて、読んでます。うん、面白い。いま、5/6くらい。
(数時間経過)
読み終わりました。なかなかよくできた作品なのではないか。帯にあるように、
「優しく切ない友情の物語」(女同士の)なのだと思う。最後、主人公の果歩は
同僚の中野君とうまくいくし、静枝はなんだか不倫相手と別れそうだし、
基本的にはハッピーエンド、になるのかな。ま、ストーリーとしては、特に
何があるというわけではないのだが(それが私を引きつけるものなのだけど)
やっぱり、文章のあちらこちらに、人をなごませる何かを、この人の小説は
もっていると思われ。大した出来じゃあないな、と思いつつも、次の小説を
読んでしまっている。大した力量なのかもしれない。
何が「力量」だかよく分かんないけど。

最初読み始めた頃に気になったのは、ハードカバーなのに、どうしてこんなに
軽い(物理的に)ってこと。本文の紙質も、ちょっとザラザラしてて、
ペーパーバックみたい。カバーの部分もなんだか柔らかくて軽くて、
どうも軽量畳のような感じ。いやいや、悪くないと思う。材料費が安く済むんなら
全然これでOKだと思う。持ち運びにも便利だしね。ま、ずしりと重い方が
都合がよい書籍には向かないだろうけど。

あと感じたこと。トマトはマヨネーズをつけるのも、塩をふるのも、どっちも
おいしい、と思う。私はといえば、2つあったら、一つはマヨネーズ、一つは
お塩で食べるけど。ゆで卵だったらちょっとマヨネーズにかたよるかな。

もう一つ、感じたことは、ホントにどうでもいいことなんだけど、登場人物の
「芹沢」の「芹」の字の活字のバランスが悪い、ってこと。「斤」の部分と
「くさかんむり」が、どうもアンバランスだよ。って言ってもしょうがないけど。

ま、そんなとこ。もう一度読み返してる、すでに‥‥。


・12月20日(金)

村上春樹の週刊朝日の連載の最終回を読んで、泣けた。おいおい泣けた。
最終回に、この話をもってくるところが、彼の誠実さであり、なんだか
他愛もない話だと文句を言いながらも彼の小説を幾編も読んでしまっている、
その理由にもなってる。

吉行淳之介の話のときも思ったけど、こうやって自分の中に大事な物語が
いくつもいくつもしまってあるから、作家をしてるんだろうな。

本人と直接会ったことはないし、付き合ったこともないので本当のところは
分からないけど、こういうのを本当の「誠実」というんだと思う。見習いたい。


・12月22日(日)

ネットスケープの4.0(もちろんβ版)が出たのをインターネットウォッチの
号外で知り、さっそくゲット。1時間弱かかったかな。5.5Mくらいあるのかな。
いやぁ。すごい、すごい。頑張ってる。古い(3.0までの)ネットスケープ
ナビゲータとの整合性なんかが、きちんとしてて、すごく、イイ。うん、イイよ、これ。
やっぱり。マイクロソフトなんかに、負けないでほしいな。いやいや、ホントに。


・12月24日(火)

えっと、今日泊まり明けで。小学校の2学期の終業式の取材に行った。
福岡市立原北小学校。3年2組。みんな可愛かった。うん、うん。
なんか、すごくしあわせな時間だったな。体育館の終業式と、クラスでの、
通知票を渡す時間と。担任の先生も、けっこうノッてたし。
うん、よかった。

ネットスケープの4.0、メールのエディタで、日本語、インライン入力
出来ない! なんかDOS時代を思い出すなぁ。まさか、IME97とか
だったら、インラインで入力できる、つうことは、ないよね。うちはちなみに
ATOK10。

今日、すごい満月。皓々と光ってた。すごいすごい。
なんか、怖いくらい大きな月だった。

あとなにかな。あ、そうだ、今日っていわゆるくりすますいぶ、なんだぁ。
地球上に、この日を一人で過ごしている人って、15億人くらい、いるのかなぁ。
そんなにいないか。ま、私もその一人。‥‥んふっ。

そうそう、今日、NTTから電話の移転の電話がきた。留守電に入ってた。
あと、アート引越センターの段ボール箱が玄関の前に積んであった。ガムテープ
2個つきで。大が10個、小が20個、ってとこかな。

今日はこのくらい。明日は地獄の年賀状書きが控えている。(^^;(^^;(^^;

(追加分)
夜、某H宅(笑)で、水炊きをいただく。初対面の女性が同席してて、すごく
緊張。そのせいで(か?)白波のお湯割りを死ぬほど飲み、1時過ぎまで某H宅で
寝てた。


・12月25日(水)

休み。起きたのは昼過ぎ。といっても午前中、いろいろ事務的な電話が
かかってきて、なんべんも起こされた。‥‥それにしてもNTTという組織は
どうも横の連絡が悪いらしい。具体的には、もう少し怒りがこみ上げたら(笑)
書きましょうかね。

年賀状を約70枚、書いた。とはいっても今年もローソンの手抜き印刷だから
宛名とコメントを少々認めるだけだけど。でもなんか、年賀状っていいよね。

この時期になるといつも「虚礼廃止」とかいって、年賀状はやめよう!とか言う
人がいるけど。もちろん本当の虚礼の賀状なんか、どんどんやめればいいんだけど、
単なる虚礼とはいえないものも、少なからずあるだろう。年賀状がなければ、
そのまま忘れて合って?いってしまうつながりも、あるだろう。出したくない人は
出さなければいいし、もらって嬉しい気持ちを持つ人ならば、自分でも
出すべきだろう。
ねぇ。



 

1996年11月

 

日記

●平成八年

・11月3日(日)

文化の日。昼まで寝ていた。午後になって、のど自慢をラジオで聴きながら、
一念発起して、写真を撮りに出かける。いつもの百道浜。当然、歩いて。
結果としては、何も撮れなかった。なんか、ホームページで写真を皆んなに
見てもらうようになってから、写真撮るのが億劫になってきた、というか、
なんだか構えるようになったような気がする。この被写体はホームページでの
公開に耐えうるだろうか、みたいな。写真を撮ることとホームページに
載せることとは別のことなのにね。

自分の中で、インターネットで写真を公開したこと、
そして世界中から何万という人たちがその写真を見てくれてる
こと、そして大勢の人から激励のメールをもらうこと。
それらのことが、私の写真人生の中であまりに大きいこととして、ある。
変な話、新聞社のカメラマンとして、自分が撮った写真が毎日のように、それこそ、
何十万という人たちに見られている事実がある。
数でいけば圧倒的に仕事の写真の方が多くの人の目に触れている。だけど、
自分の手の中に残る実感というのは、不思議なことかも知れないが
プライベートで撮りためてきた何枚かのささやかな写真たちの方に感じられる。
なぜなのだろう。

こないだ、ニフティの掲示板にモデル募集のメッセージを載せたら、会社の人に
見つかって、いろいろ言われた。ある人には、「女の子の写真なんか撮って、
どうするの?」って。これって、なんだかドキドキするくらいにcoolだ。
なにがcoolかって、「写真撮ってどうするの?」って問いは、なんで
生きてるのか、って質問と同じくらいに意味がない。一言で答えられたら、
写真なんか撮らない。

なんだか楽しくなってきた。昔、これと似たようなことがあった。
僕が女の子の写真を撮りはじめた頃、学生仲間に、やっぱりいろいろ言われた。
変態じゃないか、とか、恥ずかしいからやめろ、とか。
一応、私もいろいろ言い返した。ルノワールとか、ルイス・キャロルとか、
たくさんの人が少女の魅力に取りつかれて、絵や写真などを歴史に残して
いるではないか、とかなんとか。
そしたら一人がこういった。「あれは芸術だろ」。
もう話すことはない、と思った。俺の勝ちだ、と。

だんだん、さつま白波(有名なイモ焼酎)のお湯割り(の酔い)が回ってきた。
あ、そういえば、今、お湯割りを飲んでるこの湯飲みは、霧島に行ったときに買って
きた「薩摩焼き」ではないか! 何という偶然(というかなんというか‥‥)!!

だんだん、疲れてきた。

寝るとするか。


・11月10日(日)

今日。あきたこまちの新米を食べた。うまい!! なんでこんなにうまいんだ、
ってくらいのうまさ。日本人でよかった。いや、ホントに。
こないだまで食べてた「あきたこまち」5kg袋は、なんだか全然
まずかった。近くの安売りスーパーで買ったんだけど。で、よく袋を見てみたら
あきたこまちの含有率も表示してないし(表示してないってことは、違う銘柄の
米が入ってるらしい)、だいたいいつ出来た米かすら書いてない。これじゃあ、
どんなにうちの最新型のIHジャーでも(ちなみに日立製)おいしく
炊けないわけだ。

というわけで、おいしいお米を食べましょう。みなさん。

では。


・11月13日(水)

13日の水曜日。今日、相撲の取材にいく。向こう正面の一番上のカメラ席から
会場全体を見渡していて、いつも思うのは、たくさんの人がこの狭い会場に
ひしめき合っているな、と。いろんな人生を背負った人たちが、いろんな思いを
抱いて、いろんな顔をして、この福岡国際センターに相撲を見に
集ってきているな、と。

それから、砂かぶり(土俵の間近)に座って取り組みと取り組みの間に考える
ことは、力士がまく塩の軌跡。塩の結晶の一粒ひとつぶがすべて、この地球上の
力学の法則に従って放物線を描き、地面に落ちる。その、潔さとか、あきらめ
切れたさまとか、塩の白さとか、そんなことを考える。


・11月14日(木)

ニュースステーションの特集で、ポケベル、個人情報誌。こないだのNHKの
特番とだいたい同んなじ作り。ベル友を雑誌で募集して、ベルにメッセージを
入れ合うだけのコミュニケーションを延々と続ける。電話とか、会ったりとかは
しないことが多い‥‥、という。
ベルだけじゃなく、FAXで手紙をやりとりする、とか、少し幅広く紹介してた
かな。この特集企画の全体を通して、制作を担当したディレクターの真摯な姿勢が
伝わってきた。ある女の子にこんな風に語らせてた。曰く、
ふつうに出来る友達というのは、成り行きというか、たまたま同じクラス
だったとか、偶然による場合が多い。そういう友達は結構いるから、これからは
友達はもっと自分で自発的に求めて、そうして得られる友達が
ほしい、って。(趣意)

これって、すごく積極的な、ポジティブな、前向きな姿勢だと思うよ。ほかの子には
こんな風に言わせてた。‥‥友達はたくさんいるけど、本音で話せる人は、そう
多くない、って。(これも趣意)

この辺に、ディレクターの問題意識の尖鋭さが出ていて、
もしかしたらそれって実は彼(女)自身の問題なのかも知れないけど、すごく、
好感が持てた。単なる興味本位というか、近頃の若者は‥‥的に、キワモノ扱い
してなくて。今の「傷つきたくない」(とされる)若者に対して、すごく温かい
視線を感じた。きちんとした仕事をしてる、といった印象を受けた。

それなのに、だ。久米宏のコメントは、全然、ピントはずれだった。「昔でいう
お見合い結婚だ。知り合ってすぐにドーンって結婚しちゃう‥‥」。
こいつはバカかと思った。真剣にそう思った。出会いは一つのきっかけに過ぎない
のに。最初がどんな風であれ、惹かれ合う二人は一緒になるし、どんなに周りが
気を配っても、どうにもならない組み合わせもあるし。そのへんの、認識の深さが、
彼にはちっとも感じられない。すごく俗物的というか。なんだか、レベルが低いと
いうか。時代を追い切れていないというか。今の社会を見つめようとしていないと
いうか。なんだか、話題にするもの厭なんだけど。それでも一定の社会的な影響力
は持っているのだろうから、無視するわけにもいかない。

それと、小宮悦子もなんだか相づちを打つだけで、どうにも頼りない。アナウンサー
としては有能なのだろうけど、それ以上でも、それ以下でもない。それだけの存在だ。
だからアラファトに平気でテロリストの親分、みたいなことを言っちゃう。

久米宏、そろそろ引退したらいいのに。大橋巨泉みたいに伊豆にでも住んで、
ゴルフでもしてなさい。週刊誌に連載もって適当なことでも書いて。

いやいや。ホントに。ま、テレビ朝日の体質が如実に出てる番組なんでしょう
けどね、あれって。ま、いいけど。


・11月15日(金)

宿直明けで相撲の取材。土俵真下の砂かぶりであぐらかいてたら、眠い眠い。
頭がぼーっとして、取り組みと取り組みの間に、土俵の対角線をでんぐり返しで
転がって向こうまで行ったら、どうなるかな、って考えてた。まぁ、どうなるも
こうなるも、あっという間につまみ出されて、うちの会社、半永久的に取材資格
剥奪みたいになるんだろうな。相撲協会、冗談が通じそうもないし。
生中継のNHKのカメラはちゃんと追ってくれるだろうか。衛星放送とか、ラジオ
日本とかでも、きちんと扱ってくれるかな。オー、クレイジーカメラマン、とか。
APが写真を世界に配信したりして。日本の国技にマスコミが闖入、みたいな。

まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。

あ、そうそう、昨日から、『複雑系』読んでる。すごく面白い!! しばらく
うちの机の上で、積ん読状態だったのに。もっと早く読み始めればよかった。
いやいや、もちろん、内容が全部理解できるわけじゃない。たぶん、ほとんど
分かってないんだと思う。でも、サンタフェ研究所の、存在の特異性というか、
なんだかとてつもない研究が始まりつつあるということは、私にでも分かる。
それと、アメリカ(を中心とした欧米)の、アカデミズムの柔軟さ、というか。
「学際」という言葉、知ってます? いろんな学問分野に及んで、ということかな。
その「学際」が当たり前のように、ある。医学部を出てから物理学を学んだり、
経済学に移ったり、みたいな。たこつぼ的じゃあなくて、いろいろなジャンルの
学問を修めて、自分の追求するものを深めてゆくというか。

なんだかすごく憧れる。ほら日本て、何か一つのことをずっとやる人が尊ばれる
でしょ。転がる石には苔がつかない、って悪い意味で使われるし。アメリカじゃあ、
正反対の意味らしいもんね。どんどん新しい人と違ったことにチャレンジしろ、
今まで自分がやってきたことはすべて活かされる、って感じで。

そろそろ私も新しいことでも始めようかな。何がいいかな。

まあそれはそれとして、『複雑系』読み終わったら、すぐにもう一度読み返して
みたい。いやいや、アメリカの懐の深さに恐れ入る思いがする。ホントに。


・11月17日(日)

ビデオ屋の100円レンタルで借りてきた「ブルー」(山本直樹原作)を
見た。ま、高校生のH系のビデオ映画、かな。うーん、主役の女の子が、
可愛かった。AV女優の副業?だと思ってたら、新人、だと。‥‥新人ねぇ。

特に記すことは何もないのだが、気になったこと、一つ。舞台の高校の
名前が確か、「松島北高校」だったと思うんだよね。ドライブのシーンで、
山本譲二の「みちのく一人旅」が掛かってたし。(歌詞に松島が出てくる)
で、主役の男の子が「南へ、東京に向かって‥‥」と言ってたのに、どう
考えても、車の進行方向が逆なのよね。映画では画面左側に海があって、
海沿いの道を画面奥から手前に向かってクルマが走ってる。これって、
変だよなぁ。このまま行くと北海道へ向かっていくことに、なると思う。
だって松島って、宮城県でしょ。太平洋側だもんね。
細かいかな。ま、いいか。なんか、こういうところに目がいってしまうような、
そんな作りの映画だったということだろうか。んんん。


レオン、テレビでやってたから、途中から見ました。音を英語にして。
ちと吹き替えには堪えられなかったから。やっぱりいいですね。うん。
もういっぺん完全版を見に行こうかとも考えてしまった。いい。
それにしても、エンディング、急に切れて、淀川さんが出てきたのには、
びっくりした。うーん、彼もそんな役回りを演じさせられているなぁ。
思わず同情してしまった。余韻もなにもあったものじゃない。ま、いいけど。

サイトウキネンも、NHK教育でやってた。そのへんにあったビデオテープを
デッキに押し込み、録画ボタンを入れた。知らない曲だったけど、すごく
すごく良かった。迫ってくるものがあって。小沢征爾も、超・良かった。
いつか生で見たい、聞きたい。


・11月20日(水)

『複雑系』を読み進めてます。今、全体の6/7って、ところ。ますます、
読み終わったら、最初からもう一度読み返そうという気持ちを強めている。
本当に、21世紀の科学が進む(べき)道筋を先取りしている、そんなことが
記してある、気がする。読みながら、ドキドキしている。

昨日の朝に書いたMEMO。以下列挙。福岡とアジア。金屑のながれ。
短歌と日本酒。スケールメリット、独占と競争。マック=社会主義。

どうでもいいこと。自分のホームページの片隅の「日記」だから書けること。
きのう会社で「シティ情報ふくおか」の最新号をたまたま見ていた。夜中の2時前
頃。ビールを飲みながら。そしたら、巻頭のカラーのページ、西新の街の
紹介のコーナーで、すごく懐かしい笑顔に出会った。弓削亜也子さんていう
大学生。西南学院大学文学部2年生。いやいや、会ったこと一度もないんだけど、
すごい可愛い。「可愛い」という言い方は非常に誤解を招く言い方だな。
そうじゃなくて、私の好み、というか。一緒か。うーん、なんて言ったら
いいのかな、非常にフォトジェニックというか、どうしても写真撮りたいと
感じてしまうというか、私のDNAが「なんとかしろ」と叫んでいると言うべきか。
他人でいたくないと思うというか、彼女に出会うために僕は福岡に来たのかも知れない
というか。

なんか、今はやりのストーカーみたいで嫌なんだけど。でも私は断わられたら
それ以上は絶対にしないもんね。だって、相手が嫌がってるのに、しつこくするのは
こっちも嫌でしょう。私ぢつは結構プライド高いし。あっはっはは。
笑ってる場合じゃない。

というわけで、超・可愛い女の子、弓削亜也子ちゃんの写真を見たい人は
シティ情報ふくおかを買って下さい。早くしないと次号が出てしまいますよん。
彼女の写真を見た人は、感想を寄せて下さい。いやいや、ホントに可愛いんだから。
生きてるのが厭になるくらい。って言い方は、語弊があるかな。どうかな。


・11月21日(木)

ビデオで「きらきらひかる」を見た。うん、良かったよ。よかった。
松岡錠司監督。原作は江國香織。松岡錠司監督の実力は「バタアシ金魚」で
いやというほど、知らされているし、ずっと前に読んだ原作も、すごく爽やかな
読後感をもったことを覚えていたので、安心して?見ることが出来た。
「バタアシ金魚」で見慣れた場所が、何カ所か出てきてた。私の見間違いで
なければ。カオルがトレーニングで走ってた道路、黄色いナトリウム灯に
照らされた。それから、ソノコが歩いたシロツメクサの草原。松岡監督は
郊外の何となくポカーンとした空間が好きみたいだな。この映画も、
きっと、八王子とか多摩のへんで撮られたものなのだろう。京王電鉄が
「協力」にあげられてたし。あ、それと、トヨタ自動車も。
ウインダム、だっけ。あるでしょ。トヨタのクルマで。あれが映画のなかで
何度も何度もしつこく出てくる。‥‥と私は思ってしまったのだけれど。
医師である夫(豊川悦司)のクルマとして。いかにも、って感じはするけどね。
アッパーミドルクラス、っていうの?よく分かんないけど、若くて
エラソーな人が乗りたがる車だよね。ま、私は絶対乗りたくないタイプの
クルマだけど。そんなことはどうでもいい、ぢつは。

「バタアシ金魚」で見た、役者が何人か、出てた。うれしかった。
カオルの筒井道隆以外にも、プーの土屋久美子がかなり重要な役をもらってた。
うん、彼女、いい味だしてた。それから、気がつかなかったのだけれど、
リリコの大寶智子も出てたみたい。えー、気がつかないくらい、ちょい役かぁ。
結構、バタアシ金魚の彼女、好きだったんだけどな。黒沢明の
「八月のラプソディ」だっけ?にも出てたよね。


・11月22日(金)

今日、晩ご飯を食べるのにテレビをつけた。NHKは時代劇だったので、
教育テレビにしてたら、健康番組。民放のうるさいバラエティやクイズより
いいか、という程度で新聞読みながら見てたら、斉藤英津子さんが、出てた。
驚いた。どうして、NHK教育に今さら出てるの??と思った。

話せば長くなるが、この人、何年か前に土・日のNHKの夜の
スポーツニュース番組に出てた。草野さんの前だと思うけど。なんだか
すごく親しみやすくて、感じが良くて、可愛らしくて、でもって仕事も
よく出来そうで、一生懸命さが伝わってきて、NHKにもこんな女性アナが
いるんだなぁ、といっぺんでファンになった。彼女の顔を、話してる姿を
ずっと見ていたくて、何度か番組をビデオに録画したりしてた。

しばらくして彼女の姿が見えなくなった。きっと転勤で、地方局にでも
飛ばされてしまったのだろう。あの若さで東京で全中(全国放送)の番組を
長く続けるのは、やっぱり組織上の力学もあって、ちと難しいんだろうな、
なんて、そんな風に納得してた。今ごろ彼女はどこかの地方の夕方のローカル
ニュースなんかを読んだり、県内を取材で回ったりしてるんだろうな、と。

しばらくした、ある日、フジテレビのスポーツニュース番組を見ていて、
それこそ、目が点になった。あの愛しの斉藤奈津子が、出てるではないか!
そうか。彼女、NHKを辞めて、フリーになったのか。そんな風に勝手に決めつけて
彼女の姿を懐かしく見てた。彼女の役どころは、メインの男女のアナウンサの
横でいろいろリポートをする準メイン(サブ?)だった。そうか、NHKを
飛び出してフリーになったものの、彼女もいろいろ苦労してるんだな、こんな
ぱっとしないフジテレビのアナのサブやらされてるなんて‥‥、と人生の悲哀を彼女の
笑顔に感じていた。あんまりにも悲しいし、もともとフジテレビは好きじゃないので、
それ以来彼女の姿を見ることはなかった。

で、今日。ほとんど1年ぶりくらいで彼女の姿をブラウン管の中に見つけた。
それもNHK教育。まさかNHKに復帰したなんて、ちょっと考えられない。

そう思って、EasySerch(インターネット上の検索サイト。知らない人は
Yahooで探してね)に当たってみた。そしたらちゃんと引っかかった。

なんだ、この人アナウンサじゃなくて、タレントだったのね。
所属:三桂 関口宏 事務所だって。関口宏の事務所にいるのか。うーん。
学歴:早稲田大学第一文学部卒だって。1970年7月8日生まれだと。私が
67年の生まれで1浪して大学に入り1留して卒業したから、きっと2、3年は
同じキャンパスにいたのね。何か不思議な感慨‥‥。そうそう、大分出身
だったよね。NHKのスポーツニュース番組で、男性アナが言ってた。
「えっちゃんは大分出身だったよね‥‥」。「えっちゃん」てあんた、
そんなに仲がいいのか、このヤロー、なんて怒りを覚えたことを、
懐かしく思い出す。身長155cm。そんなもんだろうね。うんうん。体型は
B80W56H85。‥‥ノーコメント。TBS「サンデーモーニング」にも
出ていたらしい。
なんだか全然日記じゃないが、とにかく斉藤英津子さんには
頑張ってほしい。うむ。

『きらきらひかる』(江國香織著、新潮社刊)を読み返している。
ああ、これだこれ、何年か前にこの文章を読んで、ずいぶんと楽しかった
ことを思い出した。気が利いた表現に笑ってたら、その上に鉛筆で書いた、
小さな丸に気づいた。むかし私が読んだときにつけたものらしい。なんだか
苦笑してしまった。この人の作品、それきりになってしまったんだけど、
いやいや、あと何冊か、読んでみよう。きっと期待に応えてくれるでしょう。

どうも私は彼女のように、理知的で透明感があって、清潔で、ユーモアがあり、
人間が幸せになっていく小説を書く人の作品が好きみたい。池澤夏樹、
宮本輝、彼らもそうだ。

まだ、『きらきらひかる』は5分の2くらいしか読み終えていないんだけど、
なんかため息。原作の方が、映画より、ずっといい。とはいっても、そもそも、
映画と、もとになった小説の出来を、比べることの意味、必要、是非については、
キチンと自分の中で、整理できている訳ではない。ただ、小説を映画に
「移しかえる」ことの難しさを強く感じた。映画を見たときには、
結構いい映画じゃないの‥‥、と思ったけど、原作を読み返したら、
典型的な日本映画の駄作に思えてきた。原作の透明感、清潔感、ユーモア、
それとイノセンス(無垢なさま)、端正な文章表現。それらが全然伝わって
こない。悪いけど。映画のシーンを思い返してみる。みんな、そんなに
悪くなかったよ。豊川悦司も薬師丸ひろこも、筒井道隆も。
うん、悪くなかった。でも、結果として(ということになる)原作の
あの表現世界にぜんぜん肉薄できてなかった。

なぜなのだろう。

一方で、小説と、それをもとにして作られた映画は全く別物なのだから、
比較すること自体がナンセンスだ、という論議がある。

でも、それは違うんじゃない?と言いたい。

前にこのへんのことを考えたのが、「伽耶子のために」(「耶」の字はホントは
ニンベンつき)という映画を見て、そのあとで原作を読んだときだった。
僕は映画の方がずっといい、と思ってしまったのだけれども、あの
本多勝一が、映画は安っぽい恋愛話に堕している(趣意。違ってたら
訂正しお詫びする予定)とエッセイで書いてて、ああ、厳しく言えば
そうなのかな、とほんの少しは納得しながらも釈然としない気分になったのを
覚えている。

もっと自分が見た映画、読んだ小説について、誰かと話し合いたい。
誰かに自分の意見を聞いてほしい。自分とは違うひとの意見を、神妙な
顔をして聞いてみたい。この一点で、パソ通、インターネットのこの世に
存在する意義がある、というもんだ。いや、ホントに。

IIJの吉村さん、辞めたんだ。知らなかった。西南(学院大学)に
講義に来てるのも、ちっとも知らなかった。それと、結婚したのですね。
おめでとうございます。2度目だそうですが。(^^;(^^;(^^;(^^;
近所のファミリーマートでさつま白波一升紙パックと一緒に買った、
NET Liveとかいう雑誌のインタビュー記事で知った。いいなこの人。


・11月×日

こないだ行った、東京の話を書く。

時間に余裕を持ちすぎて昼過ぎの飛行機に乗って羽田に着く。
友達とは5時に市ヶ谷で待ち合わせ。どうしよう3時間も、時間が
空いてる。どうしよう。

仕方がないから、困ったときの秋葉原。LAOXのコンピューター館。
ものを買うところじゃない(と思う)けど、うーん、福岡じゃあ、考えられない
品揃え。何か、嬉しくなってしまう。
NECの新しいTAや、レーザープリンタや、FAXソフトがほしいので、
いろいろ見た。

そのあと、TWOTOPのビルへ。なんか、いいねぇ。初めて行ったんだけど、
5Fのマザーボードコーナーなんて、DOS/V大好き人間の聖地みたいなところ
ですね。ホントに。マザーボードを買ってる人なんて、初めて見た。すごいすごい。
ほかの階も一通り見た。なんにも買う予定なかったのに、あの空間にいると、
何かを買わなくてはいけない衝動に駆られる。そうだねぇ、12倍速ATAPIの
CD-ROM(今は4倍)とか、新しいグラフィックボード(今はstealth
64 VRAM)とか、メモリ(今は48M)とか。ほしいもの、キリがない。
でもなんにも買わなかった。えらいっ。‥‥お金がないの。

そのあと、sofmapのシカゴ館へ行った。ここも広くて、ぶらぶらするのに、
ちょうどいい。いいなぁ、東京に住んでる人は、こういうところに毎週でも
来れるんだなぁ。いいなぁ。ここでは、うーん、ゲームコーナーでH系の
CD-ROMを眺めてた。高いなぁ。高いよ。高い‥‥。
それから、ネクストコムの新しいTAがあった。いくらだったっけ。
最初はこっちをねらってたんだけど、すっかりNECの新製品に決めてしまった。
BACPに対応するって話だし。アナログポート3つだし。停電対応だし。
αLCR対応らしいし。長く使えそう。遊べそう。

まだ約束の時間まではずいぶんある。仕方がないから、お茶の水に向かって、
歩き出した。じつはお茶の水は、私が浪人時代を過ごした、思い出の街なのだ。
日立のビルの横の坂をふーふー言いながらのぼった、駅で電車を待つ人たちを
眺めながら。駅前に来ると、人の多さにびっくり。ずんずん歩き、お茶の水駅を
過ぎて、水道橋まで歩く決意。通ってた予備校の周りにもおしゃれな飲食店なんかが
たくさん出来てて、なんか、街全体があか抜けた感じ。うーん、考えてみれば私が
浪人生活を送ってた頃から、なんだかんだでもう10年近くがたっているんだ。
はぁ。時がたつのはなんと早いのだろう。

水道橋の駅の立ち食いそば屋で肉うどんを食べる。濃い色のつゆを見たときには、
ちょっと自虐的な気分になったが、味はそんなに悪くなかった。ま、うまいという
ほどではないが。やっぱりうどんは牧のうどんだよな。(分からない人はメール)

市ヶ谷に着いて、少し早いかなと思いながら、約束の店へ。地下鉄へ降りる
階段を、女子高生がすごい勢いで飛び跳ねて、降りていった。‥‥パンツ
丸見えだった。パンチラなんてもんじゃない。でもなんか、ぜんぜん嬉しく
なかったぞ。なぜだろう。なぜなんだろうね。

どうも、今日はあまり筆が進まない。なんででしょ。心なしか、キーボートの
キータッチもいつもと比べて若干重いような‥‥。そんな訳ないんだけど。

疲れてるのかな。寝ましょかね。


 

1996年10月

●平成八年

・10月×日

映画「息子の告発」を見た。ビデオで。見た人いるかな。父親を殺した自分の母親を
殺人罪で告発する息子の物語。一応、対立概念としては「親子の情」と「正義」
みたいな感じになるのだろうけど、それだけじゃないな。
女の、いや人間の業とでもいうべきものを扱おうと試みている映画ですね。
映画の出来は、いいか悪いか、分からない。本当に分からない。思わず、
自分の身近で、この映画を見た人を探してしまった。誰もいなかった。
もしいたらメールください。

書き忘れてた本の感想。『イノセント ワールド』と『医学生』。
『イノセント‥‥』は、もういいよ、って感じ。少しの共感も持てず、
楽しめも出来なかった。この小説のような少女たちが現実に存在して
いるのだろうということは、存在に難くないのだけれど、わたしがその
ことに関して、どのようにcommitしていけばよいのか分からない。

『医学生』は、タイトルどおり、国立大学の新設の医学部に入学した
4人の学生の姿を時間を追って描いている。淡々としている。ま、いろいろ
事件もないこともないのだけれど、皆んな成長して今はお医者さんになってる
という話。小説としての完成度といったら、どうなんでしょ。作者は本当の
医者なんだそうだ。まあ、そうなんだろうな。そして、なんと芥川賞作家だ
そうだ。これはびっくり、‥‥なんて、失礼かな。

そうそう、小説の内容で一つ驚いたのは、この小説に描かれている何十年も
前から、末期ガンの患者に対して「安楽死」治療が施されていたということ。
それを作者は「人間的である」と評しているということ。
このことの直接的な是非はともかくとして、こないだ事件になってた京都の
病院の事例とは、全然違う問題なのかなぁ。それとも医療現場では、安楽死
治療など、当然のことなの?


・10月5日(土)

仕事で鹿児島へ。陸上の全国大会。棒高跳びの記録係を担当していた
鹿児島大学陸上部の女の子が、可愛かった。
西原安希さん。確か、そんな名前。もしコレを見たら、メールください。
こんど写真撮りに行きます。安希って書いて「あき」って読むのかな。
イイ名前だな。うん。


・10月9日(水)

昨日、仕事で外にいた。雨が降っていた。すぐそばに、目が覚めるような赤い
布の傘を差している女性が立っており。その布の傘は撥水加工をしてあるようで、
次から次へと降ってくる雨をはじいては流していた。それをじっと見ていた。
ああ、と思った。いつまでも仕事に、会社員であることに馴染めない自分を思った。
そのすぐあとで、雨がわたしなのだろうか、それとも、
傘が私? どちらがはじかれているのだろう。
そんなことを考えた。


・10月10日(木)

岩井俊二監督「LOVE LETTER」を借りて見た。
皆んなが、すごくイイ、イイっていうから、借りてみた。
‥‥イイか??
なんか、「スワロウテイル」をみたときにも感じたんだけど、なんだか、
この人の作品て、一本筋が通ってないというか、いや、ストーリー展開は
勿論しっかりあるし、一つひとつのエピソードも素敵なんだけど、
見終わったあと、何か残るものが少ないというか。そんな気がする。
どうでしょ。

↑なんだかとりつく島もない、といった書き方になったかいな。
あとで岩井俊二監督の熱烈なファンに責められると困るから。

好みの問題でしょう。‥‥多分。私は映画というものは中身が第一で、
映像は二の次だと思ってますから。

ん? ますます誤解を生む書き方だな。いやいや、ホント、好き嫌いの
問題ですよ。ちなみに、私が今まで好きな映画は、「芙蓉鎮」とか、
「レオン」とか、「伽耶子のために」(「耶」の字はホントはニンベンつき)
とか。あとなんだろ。あ、「バタアシ金魚」!!!


・10月13日(日)

会社に持っていく本を捜してたら、ちょうどいいのがあった。読みかけだった
『ジェファーソンの死』。原題は"A Lesson Before Dying"。
テーマの割に、文章が淡々としていて、あんまりのめり込めなかったけど、
やはり最後の方の、二人の感情のやりとりは良かった。ただ、ジェファーソンの
書いたノートの文章は、『アルジャーノンに花束を』を思い出してしまったが。


・10月14日(月)

天神にオープンしたZ-SIDEの本屋で、ほしかった本を何冊か買う。
レジにカゴがあるのが、助かる。何冊も本を手に抱えて別の本を捜すのは
どうも具合が悪いから。

話題になってた『複雑系』と、『アーレントとハイデガー』を購入。
捜してた『イエスとは誰か』『闇に消えた怪人』『石川啄木と朝日新聞』は
見つからなかった。うーん、残念。
丸善のホームページで申し込んでおこうか。

今日は夜中に、ある作文の締切があり。あわてて仕上げたけど、締切の12時を
過ぎてしまった。メールは送ったけど、受け付けてもらえるだろうか。うーん。
ま、ダメだったら、また頑張ろう。


・10月24日(木)


「レオン 完全版」を見た。KBC北天神。今日、会社が休みだったので、
昼過ぎまで寝てて、確か2時55分からだったから、と思って、始まる1時間くらい
前に家を出て。近所の、藤崎バスセンターまで歩いて。百道と都市高速を通って
天神に出るバスが気に入ってるから、それに乗ろうと思って待ってた。
けっこう本数があるので、意外に早く目的のバスはやってきた。

那の津口だっけ、KBCを少し過ぎたところでバスを降り。で、映画館の前まで
いって時間を見たら、次の回は15:55からと書いてあり。うそぉ、14:55の
間違いじゃあないの? これから1時間半も、どこで時間をつぶせばいいのだ??
と打ちひしがれてしまったのだけれど、ま、仕方がない、何とかしよう、と思い。
いくつかの銀行、具体的には福岡シティ銀行と三和銀行に行って、お金の振り込みを
済ませ、そのあとイムズの丸善で写真集をながめ、そのあと、ビブレの紀伊国屋に
行き、またもや写真集コーナーへ。飯沢耕太郎さんが編集した『東京写真』と、
日比野宏著『エイジアン ガール』を購入。『東京写真』の方は、けっこう有名で
ま、いつか買おうと思ってた。牛腸(牛腸茂雄)の『見慣れた街の中で』の
カラー写真も何枚か入ってるし。『エイジアン ガール』の方は、完全に
衝動買い。一見なんてことはない写真が何十葉か収められていて。でもよく考えたら
この「なんてことはない」笑顔を(数多く)集めるということは、ある意味で
至難の業であり。うん。私が目指しているものと実は軌を一にしており。
気持ちの良い写真集ですね。ちっとも話題にのぼった記憶がないのですが。

でもやっぱり、アジアを旅したいよね。どこへ行っても誰かの後追いになることは
分かってるんだけど。でも、何かを成すために行くのではなくて、自分を作るため
に欠くことの出来ない旅であるというか。最低、一年に一度、一ヶ月くらい、そんな
ペースで旅したいよね。そうでなければ、早晩、煮詰まるよ。他の人はどうか、
知らないけど、少なくとも私はそう。ほら、飽きっぽいから。愛は永遠だけど。

で、やっと、「レオン 完全版」。良かったです。もう少し細かいことをいえば、
最初からこっちを見たかったな、って感じ。付け加えられた22分以外は当然に、
一度見た映像が続くわけで。飽きっぽい私としては、ちと長いなぁ、なんて
不遜なことを思ってしまった。ごめんなさい。ベッソン監督。

でも、興行的にいえば、アメリカでの成功を考えれば、最初に公開されたので
行くしかなかったんだろうね。マチルダがレオンに迫るシーンも許されなかった
というし。それでも、完全版を公開にこぎつけてしまう監督の執念に喝采を
送りたい。物を作る者として、見習うべき大事な点だと、しみじみ思う。
ホントに。


・10月26日(土)

弥生ちゃんにもらった『オレンジの壺』(宮本輝著)を
読んでる。今、下巻の2/5くらい。実はコレって、昔私上巻を買って、少し
読んだ。でもすごくつまんなくて、数十ページ(ホントは十数ページ)で、
読むのやめた。今回は何とか続いてる。でもね、昔の輝さんの小説、錦繍とか、
優駿とか、道頓堀川とか避暑地の猫とか、青が散るとか、あの辺の小説の、
きらめきを感じることが出来ないのは、なぜだろう。私が彼の「成熟」について
ゆけないのか、それとも別の理由があるのか。

今日中に読み終わる予定。
キチンとした読後感は、また後日。


・10月27日(日)

夜中に読み終わりました、『オレンジの壺』。んんん、結論からいうと、イマイチ。
何でかなぁ。輝さんのほかの、よすぎる作品と比べてしまうから? でも、そりゃあ、
比べるよね。だって、感動したくて読んでるんだから。

どうも、主人公の女性が、あまり魅力的に思えない。外国に行って、登場人物が
不必要に多くて、一人ひとりの人物像が全然見えてこず、感情移入が出来ない。
設定が、「お金持ち暇だから旅してみました」系で、ついてゆけない。すぐ
軽井沢とか出てきちゃうし。全然、物語に必然性が感じられない。エジプトとか。
ストーリー(というか、種明かし?)が凝りすぎてて、面白くない。

ちと、酷評しすぎましたけど、でも本当のことだから仕方がない。
クラッシイとかいう雑誌に連載されてたらしい。何年間にもわたって。
うわぁ、最初から最後まで読んでた読者っているのかなぁ。コレ連載終える
までに、どれだけの収入になるのだろう。なんか、どーでもいいけど。
それにしても、期待を裏切られた辛さは、けっこう重いゾ。>輝さま。

何か文句ある人いる? いないよねっ。


・10月29日(火)

ちと友達に会いに東京へ行って来ました。地下鉄の駅なんかで、どうしても
目がいってしまうのが、女子高生の足もと! 今話題沸騰中の(ホントか?)
ルーズソックス!! でもあれって、僕が女子高生だったら何かだらだらしてて
あんまり穿きたくないだろうなぁ。あれって一番上をソックタッチかなんかで
止めるんでしょ。ソックタッチも何んか薬品ぽくて、出来れば足には塗りたくないし。

そんなことはどうでもいいんだけど。

行き帰りの飛行機の中で(ホントは「行き」だけだけど)、こないだ買った
『石川啄木と朝日新聞』を読んでた。(太田愛人著 恒文社刊)
コレって副題がついてる。曰く、~編集長佐藤北江をめぐる人々~。
実は著者はホントは東京朝日新聞の編集長をしていた佐藤北江のことを
書きたかった。悪くいえば、啄木はダシに使われたきらいがないこともない。
具体的にこの事実を証明しようと思う。本文215ページの中で、啄木の
ことを中心に書かれた部分は79ページ。Windows95付属の電卓で
計算したところ、これは本文全体の36.7%に相当する。タイトルのわりには
あまりに少ないと言わざるを得ない。では、このほかには
何が書いてあるかというと、副題にある、佐藤北江のこと。第四章から順に、
北江の来歴、めさまし新聞から東京朝日へ、北江の活躍、北江の死、と続く。

なんだか釈然としないなぁ。著者が佐藤北江の人生を世に知らしめたい、と
考える気持ちは分からないでもない。本文中、何度もあらわれるように、
佐藤北江との出会いがなければ、啄木は歌人として成功しなかったであろうし、
彼の名が世に知れ渡ることもなかっただろう。それはよく分かる。

また、エピローグ--あとがきに代えて--として記された(ところで、エピローグと
あとがきはどう違うのでしょう)文章の中で、佐藤北江の功績について触れた、
司馬遼太郎さんの「徳」と題した随筆が紹介されている。佐藤北江という人は
本当に、埋もれさせてしまうのは惜しい人物だということが強く伝わる。

だからこそ、だ。『石川啄木と朝日新聞』というタイトルは避けるべきだったのでは
ないか。佐藤北江のことを書くのだったら、それを堂々と題名にすべきだ。
羊頭狗肉などとは言いたくないが、読み終わってからの、後味の悪さは、
如何ともしがたい。だいいち、この書籍のもとになった、朝日新聞岩手版連載の
タイトルは「新聞人佐藤北江」だったそうではないか。

多分、『石川啄木と朝日新聞』という題名は、出版社のこざかしい編集者の
入れ知恵だろう。石川啄木の名前を謳えば、部数倍増は間違いないからだ。
著者も内心忸怩たるものがあったかもしれない。でも、多くの読者の目に触れる
ことが先決と考えて、自分を納得させたのかも知れない。

いずれにしても、本のタイトルは、内容に即したものが好ましい。
そうでないと、NIFTYの一般掲示板のように、どぎついタイトルに惹かれて
本文を表示させ、見出しと中身のあまりの違いに辟易し、まただまされて、との
思いを強くし、読者である我々の中に、免疫が出来てしまうかのような結果になる。

そういうことで、以後よろしく。(何がだ、の声 若干あり)


 

1996年9月

●平成八年

・9月15日(日)

一太郎7を買って、今、付属のATOK10で書いてます。
ATOK9はもういらないから‥‥、と削除してしまったユーティリティを
もういっぺんインストールし直して、登録単語の一覧表を取り出し、新しい
ATOK10の辞書ファイルに貼り付けました。で、やっと今までのATOK
が戻ってきた感じ、かな。「自動登録単語」はすべて捨てました。新しい
ATOK10の変換効率を逆に下げる可能性もあると思ったから。

それにしても、新しい日本語入力ソフト(IMEと呼ぶことが多い)に
移るときというのは、なんだか緊張しますね。特に、古い辞書の登録単語を
新しい辞書にかぶせるときなんか。あ、この単語は、もう二度と使わない
だろうな‥‥、という「言葉」も、いくつか含まれていて。「言葉」といっても
ほとんどの場合は人の名前だったりするんだけど。ははは。(^^;

ま、でも、わざわざ消すこともないでしょ。いついつも目に触れるわけでも
ないんだし。大きな辞書ファイルの中のほんの数バイトを占めるだけなんだし。

もうひとつ、それにしても。辞書ファイルに鍵をかけることは出来ないんだろうか。
人に(登録単語を)見られたら、一発だよ。本棚を見ればその人がわかる、って
いう言い方をするけど、なんか似てるな。そういうわけでうちの辞書ファイルには
僕が自分で作ったプログラムでスクランブルをかけてます、なんて訳は、ないか。

よくわからない文章を書きました。

さっき出張先の、大分から帰ってきました。大分道、早く広げてほしいな。
事故を起こさなかったのが、奇跡だと思う。あの道に比べれば、福岡の都市高速が
60キロ制限なのが納得いかない。ホントに。

いいけど別に。


・9月19日(木)

今日、「スワロウテイル」を見ました。本当は、昨日も見ました。昨日は、見た
んだけど、途中でつまんなくなって映画館を出ました。今日、休みだったんだけど、
それがなんか気になっていて、もう一度見ることにしました。それで、昨日とは
違う映画館に出かけて行って、あらためて見ました。

今は、映画を見終わってから3時間くらいがたっています。最前列の真ん中の
席で映画を見終わって、ぼーっとしながら映画館を後にし、バスに乗って30分
くらいかけて家に着きました。バスの中ではずっと映画のことを考えていた。

昨日、僕が映画館を出たのは、ライブハウスが出来て、何とかレコードの人が
来て、グリコがレコード会社の面接を受ける、その後くらいです。なんだかよく
分からないんだけど、すごく見にくい映画だなぁ、と思ってました。画面が
ぐちゃぐちゃ変わるし。なんか映画の内容もあんまり私が好きなタイプの
ものではないようだし。それでも、映画を途中で抜け出すことは、かなり勇気の
いることです。ビデオをリモコンで止めるのとは訳が違いますから。それでも、
ホントに辛くなって、映画館を出たんです。たぶん、映画が始まる頃に続けて
二本飲んだ缶ビールがいけなかったのかも知れません。

昨日見た場面を過ぎて、時計を見たら、まだ1時間と少ししかたってなくて、
残りの時間を映画と向き合えるか若干の不安があったのですが、ちゃんと最後まで
見れました。すごく楽しめました。「楽しめた」というのが正確な表現だと思う。
「円都」にやってきてたくましく生きている「円盗」たち。「生きる」ってこと。
夢とかいうもの。お金。オンナにうつつを抜かす日本人の男たち。住んでいる人
たちに好かれることのない汚い大都市、円都(イェンタウン)。監督はいろんな
メッセージを伝えようとしたのだろう。

映画を見終わったとき、私を支配していたのは映画の圧倒的な迫力と、自分の
絶望的なまでの無力感です。監督の岩井俊二はまだ若いのにこんなに日本映画離れ
した映画を作ってしまう。それに比べて私は何をなしえているだろう。何も出来て
いないではないか。それでしばらく落ち込んでました。でもバスに乗って外の
景色を見たりバスに乗り込んでくる人たちを見てたら、違うことも思いました。
監督一人ではなく、大勢の人たちがあの映画を作ったのだ。大きな会社が商業的な
成功を目指して、資本を投入して。映画の中身だって確かに映像的に優れていたり、
ものすごくド派手だったりするけど、肝心のメッセージがぼやけてはいないか。
映画は楽しければ、それだけでいいのか? それは違うのではないか。彼が
一本の映画を通して表現したかったことを、何枚かの優れた写真によって、
表すことが出来ないということは決してないはずだ。そして、いちいち他人と
比較してメソメソするのはあまり建設的とは言えないのではないか。

そんなことを考えていたのだと思う。それで少しは今おちついている。


・9月20日(金)

宮本輝の『優駿』を読み始めた。今日、会社で(夜に)前半をほぼ読み終えた。
もう何度目だろう。そして、『優駿』を僕が読み返すのはどういった心境の
ときなのだろう。‥‥元気がほしいとき、かな。


・9月22日(日)

岩井俊二監督「undo」を借りてきて、見た。この間の「スワロウテイル」
のインパクトを自分の中で確認するため。

私、実はビデオを借りるのってすごく久々。それもちゃんとした映画の。

あんまりビデオを借りて見ないのは、最後まで見る自信がないから。
うちの汚いリビングで19インチのSONYのテレビに映し出される映像は
いかにも頼りなく。やっぱ映画は映画館で見るものだと思われ。

短い。45分くらいで終わってしまった。映像的にはすごく完成度が高く
文句のつけようがないのだろうが、映画の出来を云々するのは難しいな。
長ければよいという訳ではないのだが、勿論。

次は「打ち上げ花火‥‥」か。


・9月23日(月)

桜井亜美著『イノセント ワールド』、南木佳士著『医学生』を購入。
『イノセント ワールド』はずっとさがしてた本。書店の店頭で見つけたのは
初めて。感想は後日。『医学生』は、東京の私大の理工学部に進学したあとで
入院し、それをきっかけに医者を目指した高校時代の友達(女の子)を
思い出して、思わず買ってしまった。JASだったかの機内誌で
紹介されていたのをなぜか覚えていた。端正な文章に好感が持てた。
これも、感想は後日。

すごくきれいな夕焼けを見た。室見川の川辺で。そばで若いおねえさんが
コンパクトカメラで写真を撮ってた。本当にきれいだった。


・9月28日(土)

今日、会社に来る地下鉄の中で、すごく可愛い子を見かけた。

藤崎駅で電車に乗り込んだ瞬間、ドアの右のショートカットの
女の子の頭が目に入った。雰囲気、清潔そうな。
すぐそばに立ち、読んでた本を上からのぞきこむと、さくらももこ
さんの描いた絵。彼女のエッセイ『あのころ』か何かだろう。

プロのスカウト士(師?) として、きちんと見きわめる必要があるので、
反対側のドアの方に立ち、ちらちらと観察。駅を過ぎるごとに顔をあげて、
駅名を確認している様子。あんまり都心に来るのには慣れてないのかな。

短めの髪が可愛い。少し内気な目の表情。勉強は‥‥、うん、かしこそう。
白いプリントのTシャツを着てる。胸が結構、ある。うーん、童顔との
アンバランスが、とてもよい。単なるスケベおやじだ。ははは。

時計を見ると少しまだ出社のリミットまで間がある。早く家を出てきて
よかった。天神で降りてくれると、イイなぁ、‥‥赤坂でも、降りない。

天神。立ち上がった。よし、行くぞ。彼女は電車を降りると中央階段の
方へ。会社とは逆方向。うん、やむを得ない。追いかけよっ。

小さなリュックをしょってる。

西の改札を抜けて、地下道をさらに西へ。住友ビルの地下1Fへ入る。
うそぉ、女性洋品店ばっかりじゃん。こんなところで振り向かれたら、
尾行がバレバレ。

そのまま彼女、ビルを抜けて、地上への階段を。新天町。そして西通りの
方へ。よおし、声掛けるぞ。

「すいません‥‥」。けげんな表情で振り向く彼女。

「あの、わたし、写真を勉強している者ですが‥‥、えっと、
あなたの写真を撮らせてもらえませんか‥‥」

顔ひとつ分くらい、私より背が小さい。こんなに近くで、私を
じっと見上げている。目をまん丸にして。
鼻のまわりの小さなニキビがすごくかわいい。

「あの‥‥、ダメ‥‥」

あっさり、断られてしまった。

あああ。

しょーがないか。名刺を早く作るべきだったな。(「写真家・小倉雄一」)
それとも、もう一言、押せばよかったかな。一枚だけ、ね、ね、とか。

でもいいや。女の子に声掛けたこと自体、すんごい久しぶりだもん。
それに、あんなに可愛らしい子と話せただけでも、超・ラッキィ。

頑張ろ。明日、明けで帰るけど、必ず写真をモノにしてやるぞ。
ファイトッ!

1996年(平成8年)8月「螢雑想」

●平成八年

・8月29日(木)

会社休み。ダンス・ダンス・ダンスの下巻を読み進めている。なんだかよく分からないし、内容が薄っぺらい(ような気がする)し、女の子はみんな可愛いし、都合がよくストーリーが展開されていくが、どうも、読み続けてしまう。

これを読み終わったら、『国境の‥‥』を読み返してみよう。前に、でてすぐ読んだときは、全然ピンとこなかったのだが、どうだろ、村上春樹を随分と読んだ今では、受ける印象も違うのだろうか。違うのだろうな。

うーん。難しい問題だ。


・8月30日(金)

ダンス・ダンス・ダンスの下巻を読み進めている。村上春樹の作品の、どこか惹かれる部分と、何か物足りないものを感じながら、今日も読み進めている。明日の夜あたり、会社で読み終わるのでは、ないか。

ところでふと思ったのだが、主人公の彼は、マスターベーションをしないのだろうか?