岩井の臨海学校と、桜梅桃李。

今回、生まれて初めて岩井の海水浴場に臨海学校の撮影の仕事で行ってきたけど、ものすごく充実してて本当に楽しかった! ものすごーく疲れたけど。

で、(仕事の撮影以外で)ちょっと感動的だったことがふたつ。

泊まった宿の食事が死ぬほど美味かった! とくに夕食!! これでもか、ってくらいおかずが並び、そのどれもが絶品!! この飯のためだけに岩井にきてもいいなあ、と思うほど。いや、まぢで。

もうひとつは、行き帰り、埼玉に住むカメラマンさんをクルマに乗せていったんだけど、よく話してみたら、そのカメラマンさん、僕と学年が一緒で(それは最後の最後にわかった)、そしてなんと、新橋にある某出版社のカメラ雑誌の仕事を以前やられていて、共通の知り合いが山ほどいることが判明。いやー、世の中は狭いなあ、と思った。そのカメラマンさんの口から出てくる方々のお名前を聞いていると、自分のなかのいろんな思い出がひとつずつ蘇って、とってもほろ苦い感じがした。あ、思い出が甘酸っぱいのは青春期だけで、おっさんになるとたいていほろ苦いモノなのよw

いやー、けど話を伺ってて楽しかったなあ。

あ、その方は高校時代とかからカメラをやられていて、写真部もやってて、それでカメラ雑誌の読者イベントとかに足繁く通われていたそう。僕は、というか、うちは、かな、貧乏だったので、カメラを持つこともなく、高校時代は演劇部の活動に打ち込むのみ。笑

僕が一眼レフを購入して写真を始めたのは大学4年の夏。1990年になるのかな。そこから急速に写真にのめり込み、大学5年の春には新入生に混じって大学の写真部の門を叩き、夏の合宿なんかにも行った気がする。だんだん足が遠のいちゃったけどね。

写真にのめり込むあまり、おれの人生は写真しかない、と固く決意し、就職活動も新聞社を3つしか受けなかったもん。そのうち経済紙と全国紙の写真部に内定をもらって、経済紙の人事部長に「あそこは給料うちの半分だからな」なんていわれながらも、経済紙の写真部って、なんか社長の顔写真ばっかり撮らされるイメージがあって、悩みに悩んで、給料が半分の全国紙を選んだ。なんか田舎の学校の子どもの写真なんかも撮れるかな、と。

そういう意味では首尾一貫、初志貫徹、してるかな?笑

最近、仏法に説かれる桜梅桃李ってことをよく考えてる。
梅は梅らしく、桜は桜らしく。

俺はよく人から、変わり者とか自由人とか言われるけど、いいんだ、別に、俺は俺で、って思ってたけど、よく考えたら桜梅桃李って、桃は桃らしく、李は李らしく、自分らしく輝くのだ、という教えで。

そっか、自分は自分でいいんだ、だと半分。自分らしく輝いていけるのだ、それがある意味、生きる意味なのだ、ということだよな。

なんか、当たり前のことだし、ちょっとしたことなんだけど、あらためて、ああ、と気づいて、けっこう興奮してる。

自分を自分らしく輝かせていけばいいんだし、この仏法にのっとって生きていけば、自分を自分らしく、必ず輝かせていけるのだ!ということなんだね。

そういう意味では、いまの自分、まだまだかな。やれること、まだまだいっぱいあると思うし、世の中の困ってる人のために、まだまだ尽くし切れてないし、お金もいまの倍以上稼げると思うし。

そういう意味で、この夏は誰がどういう訳でもないけど、ひそかに自分研修の鍛えの夏としたいと思ってる。

岩井の臨海学校の話から、だいぶ逸れたけど。笑

むかしの同級生が。。

なんかtwitterで定期的にフォローしてくる昔の同級生がいるんだけど、なにを期待しているんだろう? 自分の存在に気づいてほしいのかな。こちらとしてはまったく興味関心がないので、どうしたらよいか考えあぐねているのだが。。

fbでもいっぺん「友だち」になったけど、的外れな愚にもつかない「アドバイス」をだらだら書いてきたから、外した。

彼は実家が近く、じつは「子ども会」が一緒だった。こんなどうでもいい昔のことを書いても仕方がないんだけど、なぜか子ども会でソフトボールの練習に参加させられ。なんで嫌で嫌でしかたがない、そんなのに駆り出されたのか、適当に理由をつけて逃げることはできなかったのか、いまとなっては謎なのだが。僕がそこに参加していることに、彼が一枚かんでた気がする。人数が足らないから、と懇願されたか、あるいは半強制的だったか。

まあ、そんなことで、いやいや練習に参加していた。5年か6年の頃だろうか。僕はそのころすっかり目が悪くなっていて黒板の字もまったく見えなくなってたんだけど、小学生にありがちなことで、恥ずかしいからメガネをかけることもせず。親にも言い出せず。そんなことで、ソフトボールの練習なんかに駆り出されても、まったく役立たずなわけで。フライなんかとれるわけがない。

で、試合当日。なぜかその場に僕もいて。三田中だったかなあ。

で、試合に出場、するはずだったんだけど、なぜか僕のグローブが試合の直前に行方不明になって、試合に出ることはできなかった。あとから聞いた話では、僕なんかが出場したら、ミスをいっぱいして、わざわざ負けの因を作るようなものだから、と考えた彼が、僕のグローブをどこかに隠していたとか。

いまとなっては、それが事実だったのか、あるいは僕のなかの創作物語なのか、まったく確認する術もないのだが。

彼が僕のグローブを隠したのが事実かどうかはともかくとして、いや、その当時、僕がそう信じるに足りる理由があったのだと思うけど、彼は実はクラスも一緒だったりしたんだけど、なんかスポーツマンで、女子にもてて、人気者だったんだけど、偏見かもしれないけど、そういう男にありがちな、実は陰で性格がチョー悪い、という。

そういうわけで、僕は彼を「友だち」と思ったことは、一度もない。もちろん、fbでつながっていた数か月を含めてね。

もしかしたら、そういう過去のことが、彼をいま苦しめているのかもしれないね。オグラに悪いことをした、できれば謝りたい、けど、あまりにも昔のこと過ぎて、相手(オグラ)は忘れているかもしれない。それなのにこっちが謝ったりしたら、やぶ蛇じゃないか。いや、でもそうしないことには、僕の気持ちがすまないんだ、みたいな葛藤があるのかもね。知らんけど。(笑)

うざいのでtwitterでブロックしようかとも思ったけど、それだと彼の存在を気にしてるふうなので、スルーが一番かなと思う。とかって、こんな駄文をだらだらと綴っているわけですが。(笑)

ま、こんなふうに客観的に(?)書けるというのは、僕がそのあと、まあまあ自分らしく人生を歩むことができてるから、ともいえるけどね。

彼がいま不幸なのか、幸福なのか、知らない。というか、興味がない。(笑)

なんか僕の本質の一部を成す、めちゃめちゃ冷たい小倉さんの面目躍如ですけど。

ひさしぶりにガッツリ祈ってこれかよ、みたいな。(笑)

一時停止違反で捕まった。。。が

自慢ではないが、今日、母親の見舞いに行った帰り、東武塚田駅前の踏切のところで一時停止違反で捕まった。通り過ぎた直後にどっかに隠れてた警官がコソコソ姿を現し、こっちへ来いと。べつに違反した自分を正当化するつもりはないんだけど、なんかこのやりかた、反吐が出るほど嫌悪感を覚える。

彼らもノルマとかあってたいへんなんだろうけど、あんなことやってたら、いつまでたっても一般市民の気持ちを惹き付けることなんかできないな。蛇蝎のように嫌われる一方だわ。

本当に事故を減らしたいと思うのならば、気がつきづらい一時停止のところに警官が立って、ガソリンスタンドのにいちゃんみたいに旗を必死で振るとか。なんかあるでしょ。もっとうまいやりかたが。だまし討ちみたいに出てきて、えらそうに罰金を強制的に科す、ダメだね、あれじゃあ。

画像整理は死ぬほどキライw だけど。。

めずらしく、fb書き下ろし。ちょっとマニアックな話になると思うけど。
あたしのtwitterとかを見てくれてる方なら知ってると思うけど、僕は撮影は好きなんだけど、そのあとにやらなきゃいけない画像整理が大の苦手で。ま、いい写真、悪い写真を分けて、いい写真だけを残していく作業なんだけど。けっこう時間かかるし、神経使うので、なんか先延ばしになっちゃう。今日も時間あったのに、まだやってないし。笑

で、なんとか前向きに取り組める方法を考えようということで、ひらめいた。

いつものように、ちょっと飛躍するけど。

僕らは生まれる前から、勝つことが決まってる。途中いろいろあるけど、それは最後のほうに劇的勝利を収めるための、いわばスパイスで。

勝つことは決まってるんだけど、この人生をしっかり生きないと、約束された勝利はやってこない。

写真の整理も似てるかも、と思った。
勝つことは決まっている。いい写真はいっぱい撮ってある。

けど、それに続く画像整理をしないことには、いい写真が世に出ることはない。だから、約束された勝利を現実のものにするためにも、欠くべからざる重大な作業なのであり。

そういえば、雑誌の編集者をやってた頃、いただいた原稿が長すぎて大幅に削らなきゃいけないってことが多々あった。そういうときは半分泣きながら、原稿を縮めないことにはページに収まらない。そうしないとこの素晴らしい文章を読者に届けることはできないのだ、と自分に言い聞かせながら、細心の注意を払って、しかも迅速に、ざくざく削っていった。

そんなことで、きょう勝田台から帰ったら、さっそく着手しましょうかね。昨日の画像整理に。まあでも、いちばん重要なポイントは作業中、飲まない、ってことなんだけどね。笑

昨日の某県立高校の撮影、その顛末。。

昨日の某県立高校の球技大会、中か外か分からなかったので、24-120、70-200、70-300のフル装備で行った。結果、屋内のバレーとバスケは70-200、外のサッカーとドッジボールは70-300で。24-120は使わなかった。屋内の撮影、担当の方はストロボOKっていってたけど撮ってみたらチャージの時間がまどろっこしくて、ふだん少年ミニバスを撮ってるみたいにISO感度をぐんと上げて1/500、F2.8で撮ってたら、きれい、きれい。このカメラ、完全に人力?を超えてる。いまからD5の出現が恐ろしいよ。

D4sを2台ほしいとは思わないけど、撮影現場でシャッターが吹っ飛ぶ事態はできれば避けたいので、その前に銀座ニコンに持ち込みたいと思ってる。ここだけの話、とっくに30万回は突破してるので、その日がひたひたと近づいてて。たしか40万回が公式な数値だっけ。

まあ、現場でシャッター吹っ飛んでも、予備ボディがあるから、その日の撮影は凌げるんだけどね。たまにはいいよね、そういう緊張感をもった片肺飛行。このカメラが止まったら、俺はカメラマンではいられなくなる、という。ただ、正直、僕の目的用途にはD810は微妙にミスマッチ。画素数少なくていいから、もっと連写の速いやつがあるといいのに。え、D750? いやいや、ホントの意味でのD4sジュニアみたいなやつよ。ほしいのは。スポーツの現場とかでD4sのサブになり得るような。銀塩のF100みたいな存在? もうすぐ出るかなあ。実売35万くらいで?

D810、買ってから1年経つから、売っちゃおうかなあ、と思わないでもないんだけど、トータルのカメラが2台だとすごく不安。1台壊れたら残り1台になっちゃう。すぐに銀座ニコンに行けるとは限らないしね。あとできたら仕事用と散歩用のカメラは分けたい主義。って贅沢かしらね。どうでしょ。

いわゆるハイアマチュアの方々には、超高速連写よりは超高画素、なんだろうね。僕は自慢じゃないが、撮った写真をプリントする趣味はないので、画素数なんか2400万画素あれば足りる。3600万とか5000万とか、どこの星の話ですかって感じ。別に技術の進歩に異議を申し立てるつもりはないけど。

いま、少年スポーツとかの撮影だと、D4sに70-200をつけて試合撮影、D810に24-120とSB910をつけて集合写真用。まあ、この2台体制が安定してると言えるのかな。ふだんのスクールライフとかだと、よほどのことがない限りはD4s1台だけどね。D810はバッグの中でお留守番。

今日やることは、母親の見舞いに行って、昨日の画像整理をやって、勝田台のBコマをやって、帰ってきてから昨日の画像整理をやって、明日のために祈って、濃いめの缶酎ハイを飲んで寝る。あ、明日の撮影の準備もしないと。電池の充電ですね。昨日は調子に乗って5000枚も撮っちゃったよw

前にも書いたけど、心を鬼にして、偽札識別機をややザルにしてさくさく進めないと、画像整理って終わらないんですよね。いつまでたっても。5000枚ゆーたら、1枚1秒だとしても1時間半かかる。逆に言えば、それで終わるのか。笑

結局、1台で済ませるには、やっぱ28-300が必要だよね、って話に戻るんだよな。たまに一緒に現場に入る若手実力派カメラマンは平気で標準と望遠と2台体制で撮ってるけど。おじさん体力ないのでついていけない。。体重も落とさなきゃ、だけど。。

昨日そういえば、バスケを最初、D4s+70-200、SB910つけて縦位置、手持ちで撮ってたらバランス悪すぎて使い物にならない。外部バッテリーのケーブルもあれだし。ええい、邪魔だ、とさっき書いたようにストロボを外してD4sと70-200だけにしたら、軽い軽い。

この組み合わせを意外に軽いじゃん、と思ったのは昨日が初めて。外は70-300だったから、もう軽すぎてDXのエントリー機を使ってるかと思ったよ。大げさすぎかww

そろそろ作業開始します。きのう5000枚も写真を撮ったのに、もう人の写真が撮りたい。っていうのは、昨日はスポーツ写真だから、向かい合って撮ったんじゃなく、スナップ的な。僕が撮りたいのは人と向き合って撮る写真。つまり、写ってる被写体に自分が写ってるみたいな。

そう考えると、自分がどこまでも好きなのかもね。自分を試したい、自分がどこにいるのか知りたい、というか。人の写真を撮るのは、その手っ取り早いリトマス試験紙だよ。Bなんちゃら溶液でもいいけど。

もしかしたら人じゃなく風景でも自分を写り込ませることってできるのかもしれないけど、僕にはまだ、難事だと思われ。修業が足りなくて。あと400年くらいかかるかなw

写真の選び方とか。。

今日は朝6時?に起きて、袖ケ浦の保育園まで撮影に行ってきた。丸の内の某写真屋さんの発注書には、「2回目の撮影なので丁寧な撮影を心がけてください」と書いてあって、2回目でも100回目でも丁寧に撮影してるけどな、と心の中でわずかに毒づき。

最近、この手の発注書を送ってこられる方々というのは、僕なんかよりもはるかに歳が下だと相場が決まっており。なので、日本語が変なのとか、もういちいち気にしなくなった。何年か前までは、ささいなミスを見つけるたびに、脳味噌がブチ切れるくらいアタマに来てたけどな、もうそういうことはない。どういうわけか。怒るのに疲れたのかもしれない。あいかわらず高血圧だけど。

昨日の沖縄パラディーソは楽しかった。某2shotの写真を帰りの電車でアップして、みなさまから大好評をいただいたが、微妙に肖像権をクリアにしてなかったような気もしないでもないので、心を鬼にして、delete。

昨日の酒が残っていたと公に書くわけにはいかないが、京葉道路~館山道を飛ばしながら、アタマ痛かった。眠かった。久米仙美味かった。バキ

いつもだいたい知らない子どもたちに会って、その場でコミュニケーションを完成させ、いい写真を撮ろうとするわけだけど、バロメーターだよね。いまの、自分の。

今日も1歳児のお部屋に行ったら、一人の男の子が寄ってきて。だっこして欲しそうに、両方の太ももに手を置いて。お父さんだと思ったのかな。

しめしめ、と心の中で少しだけ思った。僕は若い女性にはまったく受けが良くないのだが、子どもと動物には、好かれる。

けど、隣の部屋に行ったら、一人の男の子が、僕の顔を見るなり、火がついたように大泣き。申し訳なくなるほど。いろんな反省点が脳裏をかすめる。昨晩の祈りが足りなかったのかな、から始まって。

けど、いきなり善人ぽいけど、人を撮るのは、楽しい。最近D4sの重さに辟易としてきたから、いっぺん仕事の現場に、勝田台の飲み会専用カメラD750を投入してみようかと思って。意外にイケる気がするんだよねー。連写そんなにいらんし。

なんの話だっけ。忘れた。明日も千葉市の某動物公園で撮影。楽しみだなあ。

ついでにもうひとつ書くけど、今日は昨日の徒歩遠足の写真と、今日の日常保育の写真と、両方の画像整理をしたんだけど、なんか突き抜けた感がある。

説明すると長くなるんだけど、僕は大学卒業後、全国紙の写真部に配属されて、新聞に載る写真を、いろいろ撮ってた。スポーツとか、事件事故とか、裁判とか、芸能とか。それこそなんでも。

そのころはまだフィルムだったんだけど、たとえばプロ野球の取材とかだと一箱20本?だっけ、覚えてないけど、20本まるまる撮影して、紙面に使われるのは1枚。へたしたら写真ボツの可能性だってある。ダイエーホークス負けたりすると。間違いなく東京の紙面には載らない。笑

けど、いまやってる仕事は、数時間のうちに、数十人の被写体の写真を数百枚、あるいは千数百枚、撮影し、がしがし枚数を絞って、ネットにアップして、本人とか保護者の方とかに選んでもらって買ってもらう、そういう写真を撮ってるわけで。撮影の心構えから選び方の基準から、まるっきり違うわけで。

けど、なかなか学習しない。ジャポニカ。

けど、きょう完璧に開眼した。減点法じゃなくて加点法。もしかしたら逆かもしれない。いままでホントにキツかったんです。自分が撮った写真をザクザク削るの。でも、ふっきれた。こういうことを書くと語弊があるかもしれないけど、いまやってる、撮ってる写真は、新聞に載る、いわゆる決定的瞬間、じゃない。だから、それほどセレクトに神経をすり減らす必要はない。

よく僕は紙幣の両替機とかに喩えるんだけど、偽札識別の閾値を上げすぎると、本物のお札もはじいちゃったりして、実務上よろしくない。つまり、写真を選ぶときの判断基準を、いままでよりもやや緩めにしたの。いままでは、たとえば、ひとりの被写体の縦位置のポートレートが4枚あったとしたら、そのうちの1枚、どれを選ぶかで、えんえん悩んでたの。けど最近は、1枚目が合格点(80点くらいかな)だったら、もう1枚目で決定。もちろん、2、3、4枚目がもっとよかったら、そっちを選ぶのもありなんだけど、そのへんもあんまり難しく考えない。

僕は写真が好きだし、人が好きすぎるので、人の写真は宇宙一好きなんです。でもそれってものすごーくマニアックなことのように思う、というか、ほかの人たちは、そこまで写真にこだわってないのかな、と思うようになり。

もしかしたら、これって成長なのかも。
いままではいっぱい撮った写真を選びきれず、結果的に大幅に多めの枚数を納品して、各方面にご迷惑をお掛けしていましたが、今後はそういうことはないと思う。というか、数日前から厳選した写真だけをサーバーにアップするようにしていて、そのうち、少なすぎる、とお叱りをいただくんじゃないかとビクビクしてるとこ。

まあ、そのときはライザップかボブサップでも行きましょうかね。
体力つけなきゃね。
ホントは泳ぎたいんだよね。

ビール飲みますか、人間やめますか。

ビール飲みますか、人間やめますか。

今日、撮影から帰ってくる途中、ずっとアタマん中をこのフレーズが駆け回ってた。
さっきも書いたけど、明日締め切りのテキスト系の作業が結構なボリュームあって、昨日の画像整理もまったく済んでない(もちろん、今日の分もだけど)。撮影のあと、帰宅してシャワーを浴びてぶはっとビールを飲みたいのは山々だけど、飲んでしまってちゃんと作業ができたことって、自慢じゃないけど、生まれてこの方、一度もない。笑

でも、どうしても飲みたい。死ぬほど飲みたい。
で、最高の結論にたどり着いた。今日は4時半起きで5時に出て6時過ぎに現場について、7時半頃から撮影を開始して16時過ぎまでずっと撮影してた。そんな朦朧としたアタマとカラダでテキスト系の作業をしても、画像整理をしても、たぶんいい結果は生まれないと思われ。なので、ビールを飲む。そのあと1時間ほど昼寝をする。起きてすっきりしたアタマとカラダで、テキスト系の作業と画像整理をがしがし進める。

どうですか。完璧でしょ。まさに中道を行くアウフヘーベンした結論。ほんとかよ。

で、いま愛するビッグAに寄って、サッポロ黒ラベル350ml缶を1本買ってきましたよ。今日は偽物ビールじゃだめなんだ。もちろん500ml缶もダメ。最近よく飲む濃いい系の缶酎ハイは論外。過不足ない、というか、今日はこれ以外に選択肢は考えられない。

サッポロ黒ラベル350ml缶。1本。

いまそっこーで空になったので、ツナマヨのおにぎり、カマンベールチーズ、あとは鶏ガラスープをいただいて、永久の眠りにつきます。あ、1時間ばかしだけどね。

おやすみなさい。
まだ寝ないけど。笑

ちゃんと起きれたら、報告します。

って、なんかおれ、一人暮らしで家族も彼女もペットもいない寂しい人だな。
実際そうだし。笑

 

XQDとCF同時書き込み時のフリーズ!?

ちょっとびっくり。D4sで、XQDカードとCFカードを2枚刺ししてて、同時書き込みにしてるとフリーズすることがあるとな。そういえば私もSONYのXQDとトランセンドのCFでカードエラーが出て記録できなくなったことがあった。この場合はフリーズじゃなく、トランセンドのCFを抜いたら記録再開できたけど。

けど、このスレを読んでて、XQDとCFの2枚刺しなんてやらなきゃいいじゃん、て書いてる人が大勢いるのには恐れ入る。自分がしないからと言って、必要だからやってる人に平気で無責任なことを言う人って、いったいどういう人なんだろうねえ。

そういえば昔、価格コムの掲示板に、D800はMFレンズ装着時のファインダー内AF測距点表示を消す設定がない!って書いたら、ニコンのカメラを使わなきゃいいんじゃないですか、っていわれて、倒れそうになった。

世の中にはいろんな人がいる。

http://bbs.kakaku.com/bbs/K0000626624/SortID=18673819/

yodobashiの不快な広告を表示させない方法

ある写真関係のサイトに行くと、Googleの仕切ってるヨドバシカメラの広告が出るんだけど、むかしちょっとだけ聴いてて、いまはまったく興味がない女性歌手のCDのジャケット写真が出る。それも毎回。一回や二回なら我慢できるんだけど、そのサイトに行くたびに何度も何度も繰り返し表示されるので、さすがに気の長い私もキレ気味。

で、Googleの広告設定でオプトアウトにしてもまったく反応せず、yodobashiやGoogleのクッキーを全削除してブラウザを再起動しても、性懲りもなく出てくる。Googleに教えてもらったアドインを入れても全然変わらず、もう気が狂いそうな一歩手前で、ひとつ試してみようと思った。yodobashiのサイトにログインして、お気に入り商品を片っ端から登録してみたらどうだろうかと。

yodobashiのサイトにログインしようとしたら、どうもID(メールアドレス)が古いままで。パスワードもむかしのままだったので、ソッコー変えた。で、お気に入り商品のページを見てみたら、案の定、空っぽで。だから、たぶん表示履歴とかを参照して、適当に同じやつをグルグル表示させてたのだな。まったく、yodobashiのサイト、Amazonとかと比べるのは酷だと思うけど、楽天の悪いところばっかり真似してからに。笑

それはそうと、カメラとか時計とかレンズとか文房具とか、とりあえず広告に表示されても気にならない、あたりさわりのない製品を片っ端からお気に入り商品に登録してみた、ら、消えましたよ。柴田淳。あ、書いちゃった。彼女にはまったく罪はないと思うんだけど、彼女への興味もまったくない。曲が魅力的に思えないのだな。CDは2枚くらい買った気がするけど。もう聴かない。たぶん永遠に。

なんかすごい個人バッシングみたいになっちゃったけど。yodobashiのどうしようもない広告の設計に問題があるのだよ。自動化っていうのは、かくも哀しい犠牲を生むモノなのだな。僕も気をつけよう。

 

書き物系の大仕事?

今日は5時半に起きて、千葉市の田舎のほうの小学校の卒業式に行ってきた。なんかものすごくアットホームな感じの小学校で、癒された。あたしもこういう田舎の学校に通いたかったな。。

そのあと写真事務所でデータの吸い出しをしてもらって、ギャラをもらって、お弁当をいつものイオンで買って、少し休憩して、勝田台へ。

授業は2コマだったんだけど、そのあと書き物系の大仕事(?)が控えており。
一気に書き上げた。授業の何倍もエネルギーを使った。。
当たり前のことだけど、生徒ひとりひとりと自分の関係って、どのひとりとして同じである生徒はいないわけで。みんな違う。とくにあたしがいってるのは個別指導なので、何度いっしょの時間を過ごしたのかも、みんなそれぞれ違う。

なんかそれを考えながら、何を書いたらいいのかなあと悩みながらも、結局はありきたりのことしか書けなかったような気がする。

でもいっぱい担当した生徒だから頑張ってほしいとか、あんまり当たらなかった子だから思い入れが少ないとか、そういうことはあんまりないかな。たぶんそれって、年をとって学んだというか自然に身についたことだと思われ。

少しだけ年齢を重ねることによって、点光源から面光源に近づけてるというか。太陽みたいな平行光線には程遠いけどな。

昨日、勝田台で、「オグラ●●なんて大っ嫌い」って小4の女子に言われたけど(●●は講師を指す尊称)、心の中で、君はまだ気がついてないかもしれないけど、僕らには大嫌いとかいう権利はないのだよ、と思いながらほくそ笑んでた。

まあ当たり前だよね、営利企業だもん。いや、それ以前に、学びの場で、生徒が好きとか嫌いとか言ってたら、場が成立しない。人間だから相性とか、好きとか苦手とか、あるのかもしれないというか、正直あるけど、それは可能な限り伏せる。表に出さない。そうじゃないと、なにもかもが成り立たなくなるからね。そんな気がする。

彼らのやる気が、唯一のバロメーターであるべきだ、なんてキレイゴトにすぎるだろうか。

明日は市川のほうの卒業式に行きます。
なにかを卒業されるすべての方々へ。

ご卒業、おめでとうございます。