いま話題の中華レンズ Pergear 25mm F1.8とFUJIFILM X-E2を買ってみた! ファーストインプレッション カメラレビュー レンズレビュー パーギア フジフイルム on YouTube

いま話題のPergear(パーギア)25mm F1.8をAmazonで新品で、そしてFUJIFILM フジフイルムのミラーレス機、X-E2を中古でヤフオクで購入したので、第一印象 ファーストインプレッションを動画にしてみました。本格的にカメラと写真を始めてから20年。いまはフリーカメラマンとしてニコンのデジタル一眼レフD4sとD810を駆使する毎日ですが、どうしていまFUJIFILM フジフイルムのXシリーズを手に入れようと思ったのか、などについても語っています。

ムダに長いですが、よかったら感想をお寄せいただけると幸いです。

そのうち実写レビューもやってみたいと思います。

チャンネル登録もぜひぜひ、よろしくお願いいたします!!!

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今日も7時に起きて、朝ご飯を食べて、たっぷり祈り、撮影の準備をじっくりしてる。一昨日かな、YouTubeにカメラ関連の動画をアップしたら、自分でもけっこう楽しい。やっぱり自分が好きな、あるいは得意な?分野で勝負するのが大事だなあと改めて思った。なのでカラオケ@DAMは解約。月1100円も払うのはバカらしい。歌の上手い人は世の中にいくらでもいるのでね。

今日も昨日に続いて四街道の高校で撮影なんだけど、久しぶりにドラレコしてみようかと思って。DJI OSMO Pocketで。J-WAVEを鳴らしてるとYouTubeに著作権違反で死ぬほど怒られるので、ムダにひとりでダラダラお喋りでもしてみようかと。下道で片道1時間ほどのドライブ。誰得なんだという話もあるけど、ネット時代はロングテールという話もありましてね。テールは尻尾よ。小倉の話が長いのは事実だけど。笑

そう、twitterで、このコロナ禍で、心療内科にかかる人がものすごく増えてるって話を聞き。僕らがふだん接してる人たちの中でも、ぱっと見はわからなくても、辛い思いをしてる人はたくさんいると思うので、少しでも肩の力を抜ける、そんな手助けができたら、と思ってる。

昨日酔っ払ってヤフオクを見てたら、D5が30万ちょっとでいっぱい出てるのね。うわ、ほしい。けどマップカメラのD4sの買取価格はもう11万とかになっちゃって。あとD810も売ってD600を正規のサブに格上げ、とか24-70/2.8と14/24/2.8を人身御供につけるかとかいろいろ考えたんだけど、さすがに理性が勝った。笑

半年後くらいにはD5をGetできるといいなあ。(とほいめ

そのころはYouTubeのチャンネル登録、1,000人を超えてるといいなあ(とほいめ

いまこの文章を読んでいるあなた、自分とは無関係だと思っていませんか?

twitterやインスタのフォローと違って、YouTubeのチャンネル登録は生活に直結する(かもしれない)ので、人助けだと思って、お願いしますよ~。まぢで。チャンネル登録が1,000人を超えないとYouTubeで収益化できないのですよ。

ま、みなさんに喜んでいただける動画コンテンツを1本でも多く掲載することのほうが先決な気もするけど。

いいや、やれることは全部やる。そう。

ということで、URLを載せておきますので、wogwoさんのチャンネル登録、伏してお願いいたします。

あ、そうだ、数日前まで6人だったのが、今朝の段階で9人にまで増えてた! うれしい!!! なんと1.5倍!!!\(^o^)/

あと991人! 頑張るぞ!!!

ちなみにこちらです。「チャンネル登録」お願いします!
https://www.youtube.com/user/oguray999/

「天の川を見てると」

コイケユリコの唄、アベノマスクの唄、スガさんの唄と、作ってるとカラダとココロが悪くなるような曲ばっかりだったので、気分を切り換えて天の川の歌を作ってみました。題して「天の川を見てると」。さっそくYouTubeにアップしたので、ぜひご笑覧くださいませ。背景画像は、無料画像サイトからお借りしました。

歌詞は前にアップしたヤツを曲に合わせてちょこっとだけ変えました。歌詞はホントに3分とか5分とかで完成。曲は、最初に何も考えずに音符を連ねていったら、声が出ない高い音を盛大に使ってしまっていたので、部分的にオクターブ下げました。

なんかよくわかんないんだけど、「よくないね」ばかりが4つもついてる。たぶんこいつ歌下手だなとかそういう軽い気持ちからなんだろうけど、わざわざ人のYouTubeチャンネルまで見に来て「よくないね」を付けていく人たちの心根を考えると、寂しい気持ちになる。ま、いいんですけどね。

あ、チャンネル登録をぜひぜひお願いいたします。

これからもいっぱい曲を紡ぎ出していきますよ~。

カメラマンのジレンマ(天の川編

カメラマンのジレンマって、ありますよね。

簡単に言うと、撮ると見れない。見てると撮れない。

わかりやすい。運動会のお父さんをイメージしていただければ。笑

天の川を撮りに 房総の外れまで 行ってきた

今日は行こうって、けっこう前から決めてた。水曜日は教育系バイトがないし、明日も撮影ないし、今日は新月だし、そして快晴の予報! 行かなかったらバカでしょ。笑

で、どこに行こうかと考えたとき、こないだ行った九十九里の不動堂海岸は(行かなくて)いいかなと。だって、人里がすぐ近くだから光害はアレだし、観光客がいっぱいいて砂浜で打ち上げ花火してるし。なのでソッコー除外。

前に行った、外房の雀島(夫婦岩)に行きたいと思った。前に行ったのはいつだったっけ。6月? 3月? よー覚えてへん。笑(3月25日でした) 自分が行ったのと近い日に、天の川撮影の名人が撮った写真をtwitterで見て、息を飲むほどに感動した。うっわ、こんなにめちゃめちゃきれいに撮れるんだ、同じ場所で。と。

ここだけの話、夜の天の川の撮影とかって、まだあんまり(まったく)慣れてなかったので、なんか夜中に不良とかがきたら嫌だなと。おー兄ちゃん、いいカメラ持ってんじゃん。ちょっと預かっておくゎ、みたいな。それで持っていったカメラとレンズを奪われてしまったら、明日から僕はどうやってご飯を食べたらいいんだ、と。そんな恐怖心がいちばん大きかったかな。それで、おっかなびっくり撮影したって、いい写真なんか、撮れるわけないよね。

で、今日は絶好のリベンジ日和だと思われ。出発するときに、Google Mapsに「雀岩」って音声入力したら、なんか伊豆のほうに行かされそうになって。さすがに変だな、と思って、思いとどまった。もういっぺん検索し直して、目的地が房総半島であることを確認し、いざ!

でも、前に行ったときは東金有料から九十九里のハイウェイ経由だったのに、今回は内房の館山道を行けといわれ。おっかしいなぁ、と思いながら館山道を行き、市原SAで伊藤園TULLY’S black380を購入し、脳内に注入し、君津から鴨川方面へ、内陸の道を行き。

で、それらしい場所に近づくにつれて、気がついた。ん!? これはどうも、僕が目的としてる「雀岩」じゃねーぞ、と。
(注:ずっと「雀岩」と書いてますが、僕が目指してた場所は、正しくは「雀島」です。最初に間違って行った場所は「雀岩」出合ってますw)

どうも外房には雀岩と呼ばれる場所が2つ(あるいはそれ以上)あるようだ。今回間違って行った雀岩の詳細は後日、記載するとして、なんかものすごい海岸沿いの、崖っぷちの道を走った。ずっと、落石注意って書いてあったけど、どうやって注意するねん、とずっと思いながら走り。

で、本当に行きたかった雀岩をもういっぺんGoogle Mapsに入力し。北を目指した。なんか1時間以上も南に来ちゃってたみたい。

で、見覚えのあるセブンを見つけ、そこでオニギリとサンドイッチと伊藤園TULLY’S380とポカリ900を買い、すぐそばの雀岩(夫婦岩)へ。やはり、というべきか、海のすぐそばの狭い駐車場には、星を撮りにきてると思しき先客のクルマが何台も。僕もクルマを止めて、外に出てみた。天の川を探した。

探した…ら。あった。あったけど、もうすでに海岸に向かって右手の山のほうに来ており。ダメじゃん、まったく雀岩(注:雀島です)と絡まないし。

そうか。あれから季節はめぐっているのだな。間違いなく。

そのときに知った。そうか、天の川は季節とともに移動するんだ。。

そんなことは言われなくても、考えればすぐにわかることだけど、実際に現場に足を運んでみて実感するというのも大事よね。

なんの話だっけ。

そのときに、すぐに思った。あ、きょうはiPhoneを忘れずに持ってきてたので、すぐに方位磁石のアプリを立ち上げて。ああ、ここはほぼ東に海が開けており。そしていまは天の川はほぼ南の方向にある。とすれば、南側が開けている場所に行かなきゃダメじゃん。ということで、こないだ行った九十九里の不動堂海岸へ。九十九里有料。いままでは夜遅くは料金所が閉まってて無料で行けたのに、夏の間は11時半まで料金を徴収するんですって。せちがらい世の中ね。笑

で、不動堂海岸のICで降りて、21時過ぎにタワーが消灯し、こないだみたいにコンクリの土手?に腰かけて南の方角にカメラを向けるんだけど、光害がひどくて。

いたのは30分くらいかなぁ。何十枚か撮ったんだけど、とてもじゃないけど人里の街灯とかがものすごい光害で天の川の表出を邪魔して。申し訳ないけど、ここで僕は天の川を撮ることはできない、と決意。そういうことを決意することがいいことかどうか、自分でもよくわからないけど。

そこでふたたびググってみた。「千葉 南方 天の川」。で出た答えが「野島崎灯台」。

まじすか。というかまじすよね。行くっきゃないっしょ(千倉真理ちゃん風)。←南房総市だけに。笑
※野島崎灯台は、館山市です

なんの話だかすっかり忘れた。で、進路を再び南に取り、行くことにしましたよ、野島崎灯台。

去年かなぁ、僕が天の川を撮り始めたころ、というか、撮ろうかなと決意が固まるか固まらないかという頃、きたんだよね、誰かのブログの情報に促されて。この冬だったかなぁ。よく覚えてない(調べてみたところ、2018年5月17日)。たぶんブログとかtwitterとかを検索すれば出てくるはず。あ、あとは撮影画像が残っていれば。というか残ってるはずだけど。PCを入れ替えたので自信がない。笑

そんなことはどうでもいい!

で、九十九里の不動堂海岸から房総半島突端の野島崎灯台まで下道で2時間! マジっすか!? 前にね、ずっと昔、デジカメ雑誌の編集部で夏の合宿と称して、外房にお住まいの某写真家の方のおうちにお邪魔したことがあり。編集長は朝からクルマの中でベロンベロンに酔っ払ってて、大丈夫か!?この人!?と思ってたんだけど、それはそれとして、そのときに編集部の古参の男が、房総ってムダに広くて、見るべきモノがなくて、サイアクですね、みたいなことをポロッと口にし。

さすがに千葉県民としては捨ておけん、というか、心の中で短く「氏ね」と思ったけど、それは内緒。

そんなことはどうでもいいんだけど、カネがなくて、ガソリンも残り少なく。あたしの乗ってるプジョー308くん、あと何キロでガソリンがなくなるよん、って教えてくれるんだけど微妙にあてにならず。自慢じゃないけど、ひとつ前の307で、その数値をあてにして、なんどガス欠を起こしたことか。さいわい、いまの308になってからは一度もそういうことはないけど。

さっき北上してきたときに、まだ夜も遅くなかったし、勝浦とか鴨川とか御宿とかで、国道沿いにいっぱいガソリンスタンドあったのに。あそこで入れていればなあ、なんて、事故を起こしたあとのドライバーみたいな気持ちでいっぱいになり。

もし万が一、本当にヤバそうになったら、他のクルマの邪魔にならなそうなところにクルマを止めて、明日の朝を待とう。もうしゃーない、きょうは車中泊だ、と決意。残りのキロ数を表示するオレンジ色の液晶表示を泣きそうになりながら、眺めてた。残り40kmってなったとき、さすがにやばいのでGoogle Mapsで聞いてみた。このへんにガソリンスタンドは、ありませんか、って。そしたら数キロ先にありますよ、でももう閉店の時間が迫ってますよ、って。21:57くらいだったかな。

で、なんとか辿り着きました。ENEOSの大原GSだっけか。ホントにありがたい。なんかびっくりするんだけど、地元よりもガソリンが安い。ハイオクが135円だったかな。ドミソみたいだよね。あ、あんまり関係なかったですね。

で、なんの話だっけ。3000円分ガソリンを入れて、オレンジの文字が380kmなんて力強い数字を示し。

そこから1時間半くらいだったかなぁ。野島崎灯台まで。

灯台の手前のロータリーの隅にクルマを止め、ハスキーの三脚と、AF-S 17-35/2.8をつけたD4sをかついで、歩いて灯台の向こう側へ。途中はまったくヒトケがないんだけど、灯台の脇を通り、その先へ出ると、同じ目的の人たちがけっこうたくさん来てて。それも、話し声があちこちから聞こえてくるから、グループで来てるのね。いいなぁ、仲間と天の川を撮りに来れるなんて、最高じゃね。

有名な白いベンチも、そこにあり。

でも、前にも思ったんだけど、やっぱり灯台のすぐ近くなので、灯台の灯りがすごい。何十秒かにいっぺんグルッと回ってくる遠方まで届く強力な光はシャッタータイミングで過ごすとして、定常光? 灯台の発光部からつねに漏れている光がけっこうものすごく強くて。岩とかの蔭に隠れても、天の川の付近の夜空をボーッと明るく染めており。

なんじゃ、こりゃ!? 思わずマカロニじゃなくてジーパンみたいに心の声を叫んでしまったよ。

そのときに察した。

ああ、簡単にGoogleでヒットするような「天の川撮影のポイント」なんて、嘘っぱちだと。嘘っぱちは言いすぎかもしれないけど、間違いなく、本当ではない。八割か九割は、どっかのサイトの情報をパクって載せてるだけで、本当に天の川の撮影をじっくり行っている人のそれではない、と気づいた。

「嘘っぱち」は言いすぎかもしれないけど、ブログとかで写真付きで上げてる人の情報を、みんな鵜呑みにしすぎ!と強く思った。申し訳ないけど、あたしは野島崎で撮る意味をほとんど見出せなかった。

だって。房総半島の最南端なのはいい。けど、わざわざ、灯台のたもとで微弱な光の天の川を撮ることなくね? 警察のすぐ目の前のコンビニで万引きするようなもんじゃね?笑

なんか微妙に喩えが微妙ですけど。

そこで悟った。そか、野島崎灯台というのは、ひとつのアイコンに過ぎないわけで、野島崎灯台を目指してくるのはいい。だけど、本当に天の川の撮影を行うには、野島崎灯台から少し離れたところがいい。だって、少し離れるだけで、灯台の強力な光から逃れることができるから。

ということで、再びのGoogle Maps。野島崎灯台のすぐ南に、小さな漁港があるみたい。そこを訪ねよう。もしくは、その近くの、暗いところ。まわりに街灯があんまりない…。

で、まあそれなりに暗い場所を見つけて、クルマを道端に止めて、ちょっと海岸のほうへ入って、撮りましたとさ。

前述のAF-S 17-35/2.8と、そのあとSIGMA 35/1.4で。ボディはずっとD4s。

もうすっかり天の川は右に倒れており。/ ←このくらい。

肉眼でも見えるんだけど、でも例の、銀河系の中心部分の星が群集してる場所がわからず。長秒撮影した画像を液晶モニターで確認しても、わからず。慣れてくると、まわりの星なんかで、だいたいこのへん、っていうのがわかるんだろうけど。

あ、けど、夏の大三角はくっきり見えたよ。天の川を挟んで、ほぼ等距離に、真横にいるのが、アルタイルとベガだよね。どっちが織姫でどっちが彦星か忘れたけど。

あとで確認したら、銀河系の中央部は、もっとずっと下なのね。ぼんやりしててわかんないよ。

それはそれとして。なんか、SIGMAの35/1.4で撮った縦位置のヤツのほうが、ずっとシャキッとしてていいんですけど。うーん、このレンズ、あたしのいちばんのお気に入りだし、どうしてもひいき目に見てしまうのは、あるんだけど。あと、NikonのAF-S 17-35/2.8は14-24/2.8が出たあとだからか、ムダにdisられてる気がして。パッとしない、みたいな。

まあけどズームはズームだよね。

なんの話だっけ。結論から言うと、SIGMA 35/1.4で最後のほうに撮った天の川が、いままででいちばんよく写ったかなぁ。もちろん星空仕上げソフトSequatorをバッキバキに使ってのことですけど。

SIGMAの35/1.4は、いままではベトナムのハノイに行ったときの夜のお祭り用、そして勝田台の夏祭り用。その2つ専用だった。でも今日、天の川用という3つめの役目を与えてあげることができた。よかった。カネがないのでもう少ししたらまた津田沼の土蔵に幽閉されることになると思うけど、でも必ずまた取り戻すからね。絶対に。

それと。最初の話に戻るんだけど、画像加工の助けを借りて、なんとか人に見せられる写真を作ったとしても、撮った自分は微妙に納得できてない、というね。

最終的に写真を「完成させる」喜びと、シャッターを切った直後(あるいはシャッターを切る前後)に得られる満足は、まったく違うということを、ここで強調しておきたい。ま、写真やってる人間なら、だれでも日々、実感してることだと思うけど。

なんの話だっけ。帰りはひたすら館山道で北上してきたんだけど、そのあいだにずっと考えてたこと。天の川の撮影にハマる人で、たぶん住む場所を変える人って少なからず、いるんだろうな。長野とか離島とか北海道とか。でもわかる。あたしも転居の自由がもしあるなら、いますぐ天の川がめちゃくちゃきれいに見える場所に移り住んでるもん。

あ、そういえば、今日の午前中は何をやってたかというと、完成が間近の天の川の歌「天の川を見てると」にGarageBandでドラムのパートを入力してた。言うまでもないことだろうけど、ドラムってメトロノームの代わりになるね。笑

というのも、あたしは自由人なので、4分の4拍子とかにうまく当てはまるようには、歌詞を書いてなくて。それにメロディを付けていったら、微妙にテンポ? 音符の配置がわからなくなり。ひとりでGarageBandを鳴らしながら両手で指揮をとったりしてたんだけど、ドラムを入れたら、悩んでたところがすべてピッタリはめられ。すんごいしあわせ。あるいは、まんもすらっぴぃ。

で。写真をアップするね。もったいぶってるようで、いやなんだけど。撮影はオグラだけど、半分以上はSequatorの仕事。そうだ、そうじゃないといいなと思うけど、Sequatorってソフトの内部に全天球の星空のデータを持ってるんじゃないかって。だって、そのほうが明らかに結果がよくなるじゃん。地球のどこから星空を見ても、同じ星の配置であるんだろうから。まあ、そうじゃないといいと思うけど。笑

あ、もうひとつ今回おもったこと。毎年、同じ季節になると、同じ場所に同じ星座が姿を現すじゃん。去年と寸分たがわず。それは人間の考案した暦、いまでいうとグレゴリオ暦とかがそれなりに優れてる証左だと思うんだけど、それとは別に、地球と、地球から見える(天の川を含めた)恒星の位置関係が、まったく変わってないってことじゃん。それってすごくね? すごくね。笑

まあ、何百年も経つと微妙に星座も姿を変えるって、むかし学研の宇宙大百科?とかで読んだ気がするけど。

だいたい、書きたいこと書いたかな。げ、もう5時だよ。

きょうは夕方から教育系バイト。なのでしっかり寝れる。

問題は明日と明後日。早朝から深夜(夜)までの撮影が続く。

死なないといいけど。バテないといいけど(いや、バテる)。優しい方々だといいなあ。こればっかりは、自分でどうすることもできないので、祈るしかないっす。

天の川を見てると

天の川を撮りに 房総の外れまで 行ってきた
どうして僕は 天の川を撮りたいんだろう
自分でもわからない

天の川を見てると 自分の存在する意味が
少しずつわかってくる そんな気がするんだ

夜空に星が見えなくなると ひとは謙虚さを失う
夜空に星が見えなくなると ひとは自分が見えなくなる
そんな気がするんだ

なのでたまにはみんな 天の川を見に行こう
天気予報を気にしながら 月の行方を気にしながら

天の川を見てると ここにいていいんだと
すごく元気をもらえる なんだかわからないけど
天の川を見てると なんだかわからないけど
天の川を見てると

Mac miniでようやく…

感動。先ほど、ようやくMac miniでmicroKEY-25から音を出すことができた。というか、KORGのソフトウェア音源、M1 Leをインストールすることにより、GarageBandでいい音を鳴らすことができた、というべきか。もう後戻りはしたくないので(笑)、もともとMacに入ってたソフトウェア音源がどれだけしょぼいかは、もう忘れた。あ、いや、わかんない、もしかしてあたしの思い込みで、いまイヤホンから鳴ってる音、もともとのMacに入ってた音源なのかもしれないけど、まあフラシーボ効果ってヤツですかね、どういうわけか熱に弱いMac miniくんも、60度を超えてるのになぜか熱暴走しないで頑張っているので、これからの作曲活動はMacでやろうと決意が固まった。念を入れて、明日あたり、Mac miniを冷やすファンを購入しますよ。ファンはアーティストを熱くするモノでもあるけどね。なんのこっちゃ。笑

前にも書いたけど、この真っ白なWordPressの画面、MacでもWindowsでもほとんど一緒なんだけど、おそらくはもともと入ってるフォントの違いで、Macのほうが若干フォントが太くて。そか、デフォルトの明朝のフォントの違いかな。むかし編集者時代に微妙に意識してた…。

えと、なんの話だっけ。そう、Webを検索すると、いろんな人が同じことを言ってるけど、どんなに素人でショボショボでも、やっぱりいい音が鳴らないと、モチベーションが上がらないって。あれ、なんかどっかでさっきも書いた気が。弘法筆を選ばずっていうけど、初心者ほど、道具にこだわるというか。けど大切なことだよね。むかし少年時代のオグラ少年がadidasのジャージをほしがって、おれがオグラ少年の父親だったら、お前はオリンピックに出るわけじゃないだろ、イトーヨーカドーのジャージでも機能性は大して変わらんよ、って諭そう、って話、前に何度も書いたと思うけど、まあそういうことで。はい、イミフですね。すみません。

うれしくてしかたがないんです。ようやくスタート地点に立てたということが。音楽を制作するために、ここんとこ買ってきた、いろんなモノ、Mac mini 2012とか、ヤマハの電子ピアノとか、中国製のおもちゃみたいな鍵盤楽器とか、microKEY-25とか、あえていえばSC-88VLを鳴らすために購入した中国製のUSBケーブルとか、なにひとつムダはない。と確信を持っていえる。彼らのひとりひとりがちゃんと自分の仕事をして、僕をここまで連れてきてくれた。

ああ、しあわせ。

あと、昨日だったか、改めて、いま使ってる「さくらインターネット」のサーバーで、ひとつの領域にふたつのWordPressを仕込む方法を詳しく解説してるサイトを見つけたので、ちかぢかチャレンジして、もういっぺん船橋政治新聞を本格的に再開しようと思う。.jpドメインは年に1800円とかだっけ。月500円のサーバー領域代を追加で払わなくていいので、マンモスラッピィ。

特別すごいことをしようとかって思ってないけど、でもいまの政治、主に国政かな、そのおかしなところをイチ庶民の目線でキチンと追及していけたらな、と思ってる。

いやー、しかし、Macの平べったいペコペコのbluetoothキーボードとDELLのしっかりしたUSBキーボードを交互に使ってると、なかなか不思議な感慨に囚われるね。なんつーか、人種の違うふたりのおねえさんと同時に付き合ってるような。(x x)☆\バキッ

そういうこと書いてたらいけませんね。

ああそれにしてもしあわせ。あたしはmicroKEY-25に期待してたのは、本来の目的とは違うかもしれないけど、作曲するときに、ちゃんといい音でピアノを鳴らしてくれること。M1 Leは、往年のベストセラー音源のソフトウェア版ということで、機能が多すぎて、いじれるパラメーターが山ほどあって、逆にあたしのやりたいこととは懸け離れてて。小室哲哉じゃあるまいし、そんなに凝ったことがやりたいわけじゃないの。もっとシンプルに人の心に染みいる曲を生み出したい。何度でも書くけど「今日の日はさようなら」とかみたいな。あたしは根本的にフォークとかアコースティックとかのジャンルが好きだから。というか、そういうジャンルの住人だから。いまクルマで聴いてるのも、そういう音楽ばっかり。

あしたも夕方の教育系バイトまで予定がないので、イオン謹製飲用エタノール25のロックでも飲むかね。あー、イオン謹製飲用エタノール25ではあるけれども、サンキストのレモン果汁100%をたらすと、とたんにいい感じのカクテルになるんだよね。カクテルは大げさかもしれないけど。まあプアマンズ●●●●●(←テキトーに高そうなレモン系カクテルの名前を入れてくだされ)みたいな。

まあいいや。下で顔を洗って、GarageBand powerd by KORG M1 Leで、ちょいと遊んできます。しばらくは政治家をdisる歌はいいや。やるとしたら、次は維新かなぁ。けど彼らは突っ込みどころ満載なので1曲じゃ済まないよね。こないだJKにベロンと出して見せた現職の港区議とかさ。いまどこで息してるんだろう。オレだってしたことないよ、白昼、街中でJKにベロンと…。酔っ払ってたのかなぁ。まあいいや、そんなことは。顔、洗ってきます。

毎日、新しい発見が

お盆休みだけど、生きてると毎日新しい発見がある。作曲しよう、と思ってAmazonで最初に、これだ、と思った本が勧めてくれてたのがdominoっていう無料の作曲ソフト。無料ソフトにありがちなんだけど、最初はインターフェイスというか画面設計にものすごい拒絶反応を示し。まあ、個人が作ったソフトってアイコンのデザインとかまでには気が回らないじゃない? あたしはひたすら美しいものが好きなので。笑

で、そのあと、やっぱり作曲をやるならMacでしょ、ということで2012年式のMac miniを買ったりしたんだけど、彼はひたすら暑さに弱くて、すぐにヘタっちゃう。これじゃあ僕の望むような後世にまで残る曲作りは無理だなと思い。有名なGaregebandも試してみたんだけど、なんとなーくアイコンとかが、僕の苦手なディズニーっぽくて、なんか、古きよきアメリカ西部、みたいな感じで微妙に違和感。文句ばっかり言ってんじゃねえよ、おっさん!クソ!って思うと思うけど、僕も思うけど、そのあとKORGのMIDIキーボードについてきたソフトとかもいくつも試してみたけど、いまのあたしにはdominoがぴったり合ってるということがわかって、いまもdominoを使い続けてる。

ひとつには、ほかのソフトは多機能すぎて、複雑すぎるというのがある。いまのあたしは、メロディラインを考えて、ドラムセットを本で言われたとおりに打ち込んで、あとはコード進行とベース?

ぶっちゃけ、1曲目のコイケユリコの唄と、2曲目のアベノマスクは、メロディとドラムだけで、コード進行とベースは打ち込んでない。だってコード進行とかいわれても、わかんねーし。

で、3曲目の「スガさんの唄」だけど、初めてコード進行とベースを打ち込んだよ!
どうやってやったかというと、iPhoneについてる無料ソフトMusic Memosっていうのに、スガさんの唄を聴かせて、でコード進行を判別してもらった。えっと、スガさんの唄は、小田和正さんの曲の一部を拝借してて、同じフレーズの繰り返しだから、コード進行も決めやすいだろうと思って。

んで、やってみた。そしたら、なんか重厚な?趣が生まれ。すっごくいい感じ。コード進行って、鍋だよね。メロディが主食?というか。コード進行は鍋で、ベースはベースの出汁。笑

いやー、実際に試してみると、コード進行の重要性がわかるね。なんつーか、道だね。あたしは決められた道の上を歩くのが嫌で、ずっとコード進行を先に決めるのを拒否ってたんだけど、でもまあ、なんとなくコード進行の重要性は少しわかった。また本を何冊か買って勉強しよう。

スガさんの唄、ほぼできあがっていて。ホントは今日、動画撮影するはずだったんだけど、起きたら夜中だったので、明日の午前中にでも、やろうかね。

スガさんの唄のあとは、もっとすがすがしい曲を、作りたいなあ。笑

みんなに元気を届けられるような。

daw、定まらぬ。。

dawってNYの工業株価じゃないですよ。それはdow。

まあそんなことはどうでもいいのですが。

あたしの使う音楽ソフトが定まらない、という話で。最初に買った本で紹介されて他のはWindows用のdominoっていう無料ソフト。無料だし、操作はシンプルなので初心者にはバッチグーなのだが、いかんせん、音がしょぼい。というのも、Windowsに初めから搭載されている音源は、もうなんか無料でつけとくにはこのくらいでいいでしょ、という感じの、まあ言ってしまえばビープ音に毛が生えたようなくらいのヤツで。なんつーか、生音の深みとかを露ほども感じさせないというか。ちょっと言いすぎかな。笑

で。やっぱ音楽とかクリエイティブな作業をするにはMacでしょ、ということでなけなしのお金をはたいて古いMac miniを購入したわけですが、何度も言及しているとおり、Macにはgaragebandという無料の音楽ソフトがついてるわけで。けど、イヤホンで聴いてる限り、そこまでいい音という感じもしない。音源がね。

うーん、あたしは30代のころ、たぶん20年くらい前だと思うんだけど、とち狂って、音楽制作に駆け出したことがあってさ。そのころは木っ端みじんだったけど。笑

そのときに買ったのがrolandのハード音源 SC−88VLで。なんかソフトとかと一緒になったパッケージで。でかいスピーカーも一緒についてて。そこで、生音?と思えるようなハードウェア音源の深い音にいたく感動したわけでございますよ。

話、なげーな。いつもか。笑

なんの話だっけ。そうそう、それから月日は流れ、パソコンの性能は格段に向上し。むかしは外部のハードウェアでやってた作業が、いまやパソコンの内部で、ソフトとして音源を持てるようになり。とはいえ無料じゃない訳なので、いろいろと既得権益とかがやたらと絡み合い。

今回「サウンドフォント」という言葉も聞き。ずっと前からのあたしの疑問。そう、ソフト音源も、けちくさいこと言ってないで、みんなでシェアすりゃあいいじゃん。フォントみたいに、ひとつのフォルダにゴチャッと入れて、で自由に使えるようにすれば。

音楽の世界は、まだそこまではいってないようで。

こないだ5,000円も出して買ったKORGのMIDIキーボードにも、いろんなソフトがいっぱいついてきたんだけど、なんかひとつひとつがバラバラで、よーわからん。MIDIキーボード自体はUSBでPCやMacにつながらないと給電されずに音も出ないんだけど、Windows PCにつないだだけじゃ音が出ず。泣いた。で、ググった。そしたら往年のハードウェアシンセ?をシミュレートしたソフトをインストールして立ち上げたら、音が出た。まんもすらっぴぃ。で、これがめちゃめちゃいい音なのよ。どうも30年くらい前に流行ったシンセらしいんだけど。けど人類の音楽の歴史から考えたら、30年なんて刹那だよね。刹那ってたしか1/75秒くらいだって聞いたことがあるんだけど。あんまり自信ないけど。そんなことはどうでもいい。

で、さっきもblogに書いたけど、いまのDAWは高性能、多機能すぎて、なんか満漢全席って感じなのよ。最初から、そこを目指せという感じでソフトが設計されてる。

けど、僕のやりたいことは全然そうじゃない。もっとシンプルかつ本質的なこと。

いい曲を生み出したい。ただそれだけ。

こんなことをいうと罰が当たって死んでしまうかもしれないけど、一流と言われるミュージシャンでも、たいしてよくない曲も、たくさんあるわけで。それは某女性アーティストの何枚組かのCDを高津のGEOで借りてきて、毎日のようにクルマで聴いて、感じることで。

だったらおれも、死ぬまでに何曲かは、みんなの心に残る、すごくいい曲が描けるんじゃないかな、と無謀にも思ったわけですよ。

ひとついえることは、いい曲を生み出すっていうのは、発明というよりは、発見に近いんだよね。宇宙のリズムが厳然とあって、そのごくごく一部をスッと切り取るというか。

だから、いい曲というのは、知識で生み出すモノじゃない。心で描くモノだ。

なんつて。

僕は死ぬほど好きな曲がたくさんあるわけですよ。

そういう曲に、一歩でも近づきたい。

あ、YouTubeで音楽系の人を見つけて、彼の動画をいくつか見てたんだけど、なんとなくどこかに違和感。

なんだろう、とずっと考えていたんだけど、さっき気がついた。

あたしは消費される音楽を製造するつもりはない。

ずっと人の心に残る音を生み出したい。

また別の誰かがブログかなんかで、曲は有限か!?みたいな話を書いてたけど、そんなもんは無限に決まってるだろ。

ひとつ簡単な決意だけど、僕は死ぬまで、みんなの心に残るいい曲を、ひとつだけ生み出すことができたら、それは本望。まぢやで。

仏法者なんだから、この世を心地いい場所にしないとね。

香港が大変なことになってるけど、僕らは師匠から受けた薫陶を、全力で発揮していく、世の中のために使っていく、そういう責任があるよね。義務というと重たくなるけど。けどね、押しつけじゃなく、内在的な、自発的な、表出こそが、仏法者としての魂だと思うわけで。

あ、あと、コード進行は、このあとしばらくは、僕は後回しにしようと思ってる。たぶん僕の作る曲は、コード進行はあとからついてくると思われ。なんかエラそうな書き方だけど、自分の中ではきっとそうなんじゃないかな、という気がすごくしてるのよ。なので、それが完全に間違いだと判明するまでは、もがかせてくださいませ。

あしたは近所の塾のバイトが飛んだので、いよいよ新・人間革命 第30巻(上)を読み進めますよ。なんか1か月とか開いてしまいましたね。先生はけっして恨めしがることは書かれてないけど、弟子としては、40年くらい前の痛恨事を、いつまでも記憶にとどめ、二度と同じようなことを起こさせてはいけないよね。

寂しい曲が好き

今日は近所の塾のバイトがふたコマで終わったから、さっき帰ってきて、朝の残りの肉野菜炒めをチンしてごはんと食った。面倒なので今日はイオンには行かない。天気はよさそうだけど半月が22時過ぎに出るから星を撮りに行くのも数日後かな。

ということで恒例の水風呂に浸かりながら書いてます。いま30分お題目をあげたから気分も爽快。

考えてみたらiPhoneひとつあったら風呂の中で作曲できるね。あ、iPhoneのGarageBandは機能縮小版だから音符をたくさん並べるのはキツいかな。それといまひとつわかってないんだけど、MacのGarageBandと互換性がいまひとつよくわからない。Macで作った曲のファイルをiPhoneに送るのも一苦労だし。なんなのApple?まあいいけど。そうだ、先日YouTubeにアップしていま世界的に爆発的な人気の「アベノマスクの唄」ですが、さっき見たらひとつコメントがつきましたよ。なんだっけな。「配られたマスクを使ってますが、何か問題でも?」だったかな。自分からコメントをつけてきて、何か問題でも?と問いかけられても困るんだけど。笑

あたしはtwitterもやってて、twitterのほうがfbよりも自由な気がしてfbの1億倍は好きなんだけど、いろいろ政治的なこととか書いてると、たまにネトウヨと思しき方々からコメントがつく。いやーな感じの。

以前はドキドキしながら、まともにやり合ってたけど、最近はほとんどスルーかブロック。なぜか。彼らのぶつけてくるコメントって、ほとんどが一言なのよ。つまり、議論をしよう、というよりは、何かこいつに言ってやって嫌な気分にさせよう、みたいな感じなんじゃないかなと思ってる。あるいは目障りなこいつのツイートになんかコメントをしてやって自分が清々したいとか。いわゆる劣情の発露というか吐露ですね。

申し訳ないけど、ふつうに、よりよい社会を目指して自分と異なる意見の人たちとも積極的に意見を交わしたい、と思うふつうの人ならいいけど、はじめから凝り固まった考えの、人をdisることしか考えてない人たちのために自分のアタマを使うということがあまりにもムダというかもったいないことのように思うんですよね。いまはそう思うようになった。相手の考えを変えることはもしかしたらできるかもしれないけどtwitterで相手の人間性を変えることはおそらくできないと思う。

相手が自分の大切な友人とかだったらじっくり話して一致点を見いだすかもしれないけど。ま、意見が違っててもいいと思うんですよ。異なる人格を持った大人同士なわけだし。どうして相手がそのような意見を持ったかについて、なんとなく理解できれば、相手を認めることもできるんじゃないかなって。そう思います。

iPhoneで書いてると、どうしても全体を見渡すのが難しいからアレなんだけど。あとでパソコンで読み返して、直すところ、付け足すところがあったら直します。

曲の話。次はふつうのJ-Popみたいな曲を作ろうと思っていて、それには歌詞がいるのですよ。っていうか、何を歌うかということ。歌のテーマをどうするかっていうか。世にいるシンガーソングライターと言われる人たちは、よくもまあ、ああでもないこうでもないとさまざまな歌を紡ぎ出せるもんだなあも舌を巻いてしまうことですよ。前にも書いたけど、単なる恋愛の歌とかは嫌なんだよね。いいおっさんがさ。フォークソングで、まあ人生を歌い上げるのは違う気がするけど、なんかそういう一断面を切り取るような。んーん、うまく像が浮かばないのですよね。転地療法とかもいいかもね。やっぱ長野かなぁ…。飛行機で行く場所だと、帰ってこれなくなると日曜日の聖教新聞の代配に差し支えるのでアウト。なのでクルマか電車で行けるところ。やっぱ外房かなぁ…

ベトナムに対する愛とかもいいかもね。「北京で朝食を」とか「無錫旅情」とか「襟裳岬」とか「みちのく独り旅」とか。なんか違う気もするけど。

うーん。曲より歌詞のほうが難しくね?何を綴ってもいいぶん。それだけセンスが問われるんだろうなあ。ホントは大瀧詠一の「雨のウェンズデイ」とか熊木杏里の「水に恋をする」とかみたいな寂しい曲が作りたいんだけどな。

そう、あたしは寂しい曲が好きなの。「今日の日はさようなら」とかさ

とりあえずアップしますね

ある音楽系YouTuberの方がやってる作曲の解説動画を感動しながら見てたんだけど、なんかあたしがやりたいことと微妙に違うような。 あたしはもっとシンプルに勝負したいのよ ただそれだけがいいたかったw

いまのソフトって、ある意味なんでもできちゃうから、なんでもしたくなるのが人情だろうけど、あたしはメロディのよさで勝負したい あたしが好きなのは、そういう音楽なんだよ ただそれだけがいいたかったww

久々のスポーツ撮影、その2

こんにちは、オグラです。ひさしぶりに愛するMac miniから書いてます。

今日は先週土曜日に引き続いて、ひさしぶりのスポーツ撮影(その2)でした。

16号を超えて北上し、印西方面の中学校へ。午後2時から中学生のバレーボールの県大会。

午後2時からか。ゆっくり寝られるな。と昨日まで思っていたのですが、昨日も今週から行き始めた近所の塾があり、帰り際に、明日の午前中は入れますか、と室長に急に言われ。え? 土曜日もあるの?? と一瞬アタマが真っ白になりましたが、逆算して、なんとか間に合うかな、と思い、「はい、大丈夫です!」と新人らしく元気いっぱいにお返事をさせていただきました。それはそれとして。

前にググったとき、バレーボールの会場まで、1時間くらいかかると言われており。先週もそうだったけど、もし同業他社が来てたら、先にチームの集合写真を撮り始めてたら嫌だなあと思って。なので、塾をあとにしてバレーボールの会場へ向かうときはアクセルに力が入ったことでありました。それにしても先日の湾岸線のポルシェによる死亡事故はひどかったですね。どうも200km/hは出ていたようで。50過ぎててふつうにアタマおかしいというしかないわけで。まあそれはいいとして。

印西方面に向かうときにいつも通る、千葉ニュータウンへの道、そこから鉄道と並行して走る高速みたいな道を行き、線路の南側へ。印旛日本医大の駅のそば。降りたことはありませんが。会場となっている中学校、google mapsで見たら駐車場が広そうなのでクルマで行っても大丈夫だと判断したのですが、もしダメなら駅前のコインパーキングに止めればいいやと思っていたのですが、ふつうにガラガラで。

というのも、コロナの影響だと思うのですが、今日の会場に集ったのは4チーム。今日の試合は2試合。写真屋さんとしては、たぶん赤字なんだろうと思いますが、でも次につなげる意味を込めて、撮影の機会を与えていただいたということで、うれしくてカメラマンに仕事を振ってくれたんだと思われ。会場となるのは、だいたい体育館が広くて、コートが二つとれるところで。なのでAコートとBコートが同時並行で試合が進むことがふつうで。でも今日は2試合しかないので、時間差だとじっくり撮れていいのになあ、と思って、会場に着いて外にいらっしゃった先生に確認したら、14時と15時半ですよ、って教えていただけて、おお、よかった、と思いましたとさ。試合がふたつのコートで同時進行で進むと集合写真の声かけもバタバタするので嫌なのですよ。笑

そんなことで、Aコートから撮り始め。バレーの撮影は数か月ぶりなので、けっこう忘れてて。笑 まあ、主審の右後ろに陣取って、目の前のチームのレシーブとかブロックとかアタックとかを撮る。あとは、ネットに相対して後ろのほうからネット際の攻防を撮る。今年の新年会で社長から、あんまりアップで撮るな、と言われたので、それを思い出しつつ、手前のチームの背中を足から入れて撮る。

あー、けど、ふだんは5、6試合撮るのはふつうなので、最初の1試合目は慣らし運転というか、なんか勘を取り戻さなきゃと思いながらの撮影なのでアレなんですけど。しかも、今日はホワイトバランスを取るグレーカードを忘れた。たいてい、家を出るときに、なんか忘れたような気がするんだよなぁ、って思ってる。でも思い出せないので、そのまま現場に向かい、あとから、アー、って思い出す。その繰り返し。笑

なんの話だっけ。

あ、そうそう。いちばん書きたかったことを、これから書くね。僕は、クロアゲハが自分の「守り蝶」だと思っていて、いざというときにはクロアゲハが登場してくれるのね。今日もそうだった。先日書いた、玄関の左右の、蜘蛛がしっかり網を張って守ってくれてる中央を、僕が玄関を出たのと完璧に同時に、クロアゲハが向こうからこっちへ向かってきて。おお、ひさしぶり。元気かい、って見上げる間もなく、どこかへ消えていった。たぶん、うれしくて仕方がないんだと思う。

メルカリでGetしたbluetoothのペコペコのキーボード、もうちょっと剛性があってもいいのになあ、と思わないでもない。でも5,000円もしたので我慢して使ってる。たぶん、下に何かを敷けばいいんだと思う。鋼鉄製の分厚い下敷きとか。まあ、iPadとかとも連携できるみたいだから、どこかで日の目を見ることもあるだろう。

そういうことで1試合目は逆光ぎみで、なんかちょっと色がよくなかったんだよね。ホワイトバランスをAUTOのままにしたのがよくなかったのかも。集合写真は1チームずつ、中央のネットの前に立ってもらって、いつものように3ポーズ、撮らせてもらったので、よかったなと。

2試合目は体育館の舞台を背に。夕方に近づいたからか、光の加減がずいぶんとよくなり。あ、カメラバッグに入ってた最近は仕事してない某野田の写真屋さんの、チームの写真の宛先の氏名とか住所とかを書いてもらう小さな用紙を体育館の床に置いて、28-300mmを最望遠側にしてホワイトバランスを取ってみましたよ。なんかなんどもNoGoodの文字が背面下部の液晶に点灯し。まあ、試合開始直前に左右ギャラリーのカーテンが閉まるので、あんまり意味ないんだけど。笑

でも、すっごく光がきれいだった。28-300がCarl ZeissのPlanarであるかのように逆光の淡い人肌を浮かび上がらせ。

ああ人間って美しいなあとしみじみ思った。人の写真を撮るときは、いつも間違いなく同じことを思うのだけれども。

あと、これは誤解を招くかもしれないけど、「生」と「性」って、ホントにすぐ近くにあるよね。別の言い方をすると、エロスというものを除外して、人の写真を撮ることって、不可能だよね。

次にいつスポーツの撮影が舞い込むかわかんないけど、そろそろD5がほしいなと思った。とはいえ、僕はクレジットローンとかが組めないカラダなので、もしどうしてもほしいと思ったら、どうにか現金を捻出するしかないのだが。家でも売るか。笑

あと、さすがに夏の光が美しすぎるので、出かけるときは玄関先でフテ寝してるニコンD600に50mmか35mmでも取り付けて、出動することにしようかと。えと、いつも肩に提げてるthinktankのバッグは厚みがあるデジタル一眼レフにレンズをつけて収納しようとすると、途端に拒否反応を示すので、雨の日の聖教の代配に使ってる、清水さんからもらったlowproの大きめのカメラバッグを持ち歩くことにする。D600+35or50mmのために。D600オリエンテッドってことで。

あ、そうそう。さっき、ひさびさにMacでwordpressを立ち上げて、付属アプリの更新をしてくださいみたいなアラートが出てて、したんだけど、アカマイだっけ。スパム防止のヤツ、なんか何千ものスパムコメントをブロックしてくれており。あたしが使ってるさくらインターネットのメールもそうよ。@jagabata.netの。たまにフィルタリングをすり抜けて、スパムメールが手元に届くけど、ほとんどのゴミみたいなスパムはサーバーの段階でブロックしてくれてて。

何が言いたいかっていうと、日本のいまの政治って、フィルタリングでほとんどはじかれちゃうくらい、ゴミばっかりじゃね? 俺に言わせれば、なんでこんな、数百年も後れたどうしようもなく愚鈍な連中に政治を任せておくのか、さっぱりわからん。大阪の維新のゴミどもは言うに及ばず、東京のコイケも、なに? いい年こいて、Tシャツを作りました? アタマ大丈夫か。どうせまた民放のうなずき娘どもがキャーキャー言ってバカみたいに持ち上げてるんだろう。

心ある人たち、政治に興味関心があり、一定の知性を持って、ムダに思想が偏らない人たちが、国政とか地方政治とかに選挙区的に関与できるシステムを、いますぐ構築すべきだと思う。まあ台湾みたいに、実力ある人が、さっと国政の責任ある立場に抜擢されればいいけど、残念ながらこの国の政治家登用システムは、悲しいくらいに前時代的で。そうね、Windows 3.1かな。笑

なんの話だっけ。

あ、そうそう。バレーを撮りながら、きょうは絶対にカレーを作る、と固く決意し。

こないだ作ったカレーの半分、ルーが残っており。大柴。なので、タマネギ2つ、じゃがいも1つ、ニンジン1本、あと大好きなピーマン、それとガラムマサラ。なんか微妙に辛さが足らないと思ったので。そんなとこ。従姉のスミコちゃんが、だんなの作ったスパイスカレーを食べたら具合が悪くなったんだって。あたしはそのスパイスが気になって仕方がない。たぶんあたしにとってはめちゃくちゃ元気のモトになると思う。笑

そんなことで、カレーを食い、イオン謹製のバーリアル500を2本いき、そのあとこれまたイオン謹製の焼酎25をロツクで。

あーしあわせ。

最近、どうして子どもたちが楽しそうなのか、わかった。彼らはこの世に生を受けたこと、生を受けられたことが、楽しくて嬉しくて、仕方がないのだ。大人になるにつれて、そのことを忘れてしまう。

僕はね、仏法っていうのは、「生きる喜び」を思い出させてくれるスパイスだと思ってる。スパイスというのが軽ければ、マルチビタミンの錠剤。同じようなもんか。でも、そうだよ。仏法を行じていなくても立派に生きてる人はたくさんいる。でもそういう人が仏法を知り、明示的に仏法で説かれた生き方を実践していけば、その人の人生は何倍にも充実すると思う。逆に、いま人生に行き詰まってて、いますぐ死にたくて仕方がない人がこの仏法を知れば、死ぬのがバカらしくなって、いますぐこの仏法を自分の友人、知人に語りたくなるに違いない。

僕が所属している日本最大の正しい仏法を信奉する宗教団体でも、みんなあんまり楽しそうじゃないんだよね。僕の目がフシアナなだけかもしれないけど。

迦葉尊者にあらずとも舞いをも舞いぬべし。舎利弗にあらねども・立つて踊りぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには踊りてこそ出で給いしか。

衆生所遊楽。この仏法を人に語ることほどの遊楽が、この世に生きてて、あるだろうか。