入館証とインドの少女

いま僕が通ってる、品川にある某IT企業は、当然セキュリティも厳しく入館証がないと中に入れない。とくに早朝は無人のフロアに「侵入」するわけで、入館証がないと無力なわけだ。が、もともとが狩猟民族出身の私としては顔パス文化なわけで、そういう堅苦しいものが大の苦手。

自慢ではないが、10月からこの仕事を始めて、その大事な大事な入館証を持っていくのを忘れたことが2回ある。1回目は、ノートを持って行ってたので、すぐそばのカフェで微弱な社内無線LANの電波を頼りに、なんとか作業を進めることができた。総合受付が開く時間になると、対応してもらえるので。

入館証を忘れた2回目のときの話。ビルの目の前で、いざ入館証を出そうとしたとき、絶望的な気持ちになった。あ、忘れた。旧いノートをオフィスに起きパソすることで、ずっと使ってたパソコンバッグから、いつものお気に入りのメッセンジャーズバッグに換えたのはいいが、入館証を移し換えてない。

絶望しかない。起きパソしたからノートPCも持ってないし、総合受付が開くまでには1時間以上ある。その間に朝イチの重要任務の締切もきてしまう。2秒と躊躇せず、責任者の方に電話してた。たまたま会社のそばに住んでおられる方で。事情を説明すると、ではすぐ行きましょうと。泣きそうになった。

一緒に作業する在宅スタッフの方との最低限のやりとりはiPhoneでskypeでできる。便利な世の中だ。例のカフェでアッサム飲んでたら責任者の方が駆けつけてくださり、なんとかフロアに入れてもらった。そこから落ち着いて通常業務。まったくビハインドは感じない。なにがいいたいかというと、責任者の方への感謝と

いままでもちゃんと仕事してたけど、これからはいままで以上に、頑張ろうかな、と思ったという話。ぜんぜんおもしろくない話で、申し訳ない。それともうひとつ決意発表。前にも書いたけど、やっぱそろそろ真剣に身を固めないといけないと思うので、こないだも書いたけど若いおねえさんを飲みに誘ったり

といった、文字通り、うつつを抜かす、ことは厳に謹もうと思った。刹那的、だよな。若いお姉さんが、オグラさんステキ、結婚して、っていってくれる可能性は火星に生物が住んでる確率よりもはるかに低いわけで。そう考えたら、しっかり仕事と地域活動をガッツリやって、福運とお金を貯めて、現実的な

現実的な課題をひとつひとつ乗り越えてゆこう。そう、僕はひろみ郷でも加藤茶でも孫正義でもYahooジャパンのナンバー2でもない。ただのなんの取り柄もない中年フリーターだ。(笑)

それともうひとつ、焦るのはきっぱりやめようと思った。いまさらジタバタしたところで、おっさんに46も47も48も、そう変わらんでしょう(笑)。急いては事をし損じる。昔の人はいいことを言った。しっかり仕事して、じっくり状況を整えて、できれば家の片付けもして、時を作り、時を待とう。

なんかそう思えたのは、こないだのネットで知り合ったおねえさんとの気まずい別れがあったのと、あとはインドの不可触民の少女のむごたらしい遺体の写真を見たから。たぶん自分の中に芽生えた静かな怒りは、死ぬまで永遠に消えない。途切れない。おそらくは僕の人生を通貫する通奏低音になるのだと思う。

せっかく人間に生まれてきたのに、人間扱いされず、それどころか、最後までむごたらしい姿で亡くなっていく、そういう人がこの地球のどこかにいらっしゃる。もしかしたら、日本みたいな幸せな国のほうが少ないのかもしれない。そのことに気づいた。ようやく気づいた。いますぐ僕はインドに飛んで

マザーテレサのように貧しい人たちのために全人生を捧げることはできないから、自分の身近な人たちのために尽くすこと、自分が接する子どもたちに自分の頭で考える喜びを少しでも多く知っていただくこと、この世のすべての不幸な人たちのために祈ること。幸せな結婚をして、その誰かを幸せにすること。