ハノイに行ってました。

プライベートな撮影旅行で、ベトナムのハノイに行ってました。
9/19~9/23くらいまで。

http://www.flickr.com/photos/oguray/

こちらに、撮った写真をアップしてありますので、よろしければ
ご覧くださいませ。

感想なども、お寄せいただけますと、有り難く存じます。m(_._)m

YSK_2254
中秋節を寿ぐハノイの女子高生。flickrのアドレスを渡したけど、見てくれたかな
ニコンD700+AF24-85mm F2.8-4D

レンズ総括。

帰宅して2日ほど経ったところで、今回のハノイ撮影ロケのレンズについて
総括してみたいと思う。

メインレンズとしたAF Nikkor 24-85mm F2.8-4Dは、期待通り、いや、期待以上の
活躍をしてくれた。ヤフオクで、出発直前に落札して、届いたのは2日前くらいじゃ
なかったかな。同時に、Amazonで頼んでおいたフードも届き、今回のロケは、
ナニモノかに祝福されている、と確信をもつことができた。

24-85mmのよいところは、ズームなところ、AFなところ、それなりに明るいところ。
今回、昼間の明るいうちに撮った写真は、ほぼすべて、この24-85mmによる。

あとはAi-S35mm F1.4とPlanar 50mm F1.4ZF。
35mmは夜遅く、たしか中秋節当日の最終盤で活用したんじゃなかったかな。
さすがに開放だとピントが怪しいので、一絞り絞って、F2でバシバシ撮った。
絞りF2でも、ちゃんとピントはくるし、すごくシャープ。こちらも手に入れてよかった
なぁ、と思った。いまだに新品で売ってるんだよ。僕は中古を入手したけど。

プラナー50mmは、やっぱり最終日に活躍したかな。たぶんflickrにアップした
枚数は、いちばん少ないかも。えっと、向こうから歩いてくる人たちを、絞りF2で
追いながら撮ったんだけど、ピンぼけを量産し。

しょうがないから、最後はお店の内側に入って、そこからお店に並んだ
商品を品定めするお客さんたちをバシバシ激写してたけど、この方法だと
ピントはくる。(笑) 当たり前だけど。

そんなわけで、今回の3本のチョイスは、大成功といえると思う。

で、来年のTet Trung Thuに向けての抱負(というか、なんというか。。)

今年、持って行けないかなぁ、と思ってた最新のAF-S28-300mmは、やっぱり
良いような気がする。あ、正直をいえば、同じく最新のAF-S24-120mm F4が
ほしいかな。あとは単焦点としてはAF-S35mm F1.4とAF-S85mm F1.4が
あれば、最強かな。うん、ほかにはなにも要らない気がする。(笑)

あと、ハノイ中秋節用のカメラバッグもほしいと思った。いま常用してる
テンバのF2(?)は、ちょっと心許ない。交換レンズを2本、キチンと入れられて
外からのスリなどからの攻撃にもびくともしない、そんなしっかりした、そして
軽量なカメラバッグを1年かけて探そう。

こちらもこないだヤフオクでGetしたAF-S70-200mm VR1は、今回はもって
いかなかった。だって死ぬほど重いんだもん。ニコンからまかり間違って
AF-S70-200mm F4 VR2とかが出たら、ソッコーGetして、来年はきっと
持って行くだろうけども(たぶん70-200mm F2.8は売っ払って)。

あと、カメラについては、D700で正解だったと思うけど、D3をもっていってたら
どうなってたかなぁ、と思わないでもない。というのも、ふだん日本にいるときは
かばんにD700が入ってると、くそぉ、重いなぁ。といつも思うのだが、ハノイでは
そんなことは、ただのいっぺんも思わなかった。本当に不思議だと思うのだが。

次元は違うのかもしれないけど、お母さんが赤ちゃんを抱いてても、
重いなぁ、なんてまったく思わないのに、似てるかな。自分にとって
絶対に必要な重さだから、重いとは感じないんだよね。たぶん。

以上、今回のハノイ撮影ロケのレンズ&ボディ総括、でした。

まあ、最終的には、撮れた絵で判断するしか、ないんだけどさ。(笑)

転機。

どうも、いよいよ、転機の時期が、来たらしい。

先日ハノイを訪れてから、どーしてもベトナムに住みたくなり。

それも、3年か5年先じゃなく、できれば来年あたり。

どうすれば来年あたりハノイに引っ越せるか、今日は2時間も
祈りを捧げてしまった。

祈れば祈るほど、知恵が湧いてくる。

チャンギまで来た。

twitterのほうでも相当つぶやいたけど、チャンギはマジですごい。
Tiger Airwaysっていう格安航空を利用したため、LCC専用ターミナル
いわゆる「バジェットターミナル」に到着し、いっぺんそこで荷物を
受け取り、入国審査を受け、バスに乗ってターミナル2へ移動し、
スカイトレインでターミナル3に移動しようとしたら、夜中は止まってて。
代わりのバスに乗ってT3まできて、さっき開いたユナイテッドの窓口で
チェックインして、搭乗券を受け取り、荷物チェックをして出国審査を
通り、いまこうしてネットにありつけてる。

それにしてもチャンギの規模は、すごすぎる。
たぶんいちばん新しいであろうターミナル3は、マヂですごい。
鼻血が出てしまうんじゃないか、っていうくらい。某北東アジアの
小国の空の玄関口と言われる空港と比べれば、その差はあまりにも
大きいと思われ。国交相あたりが危機感をあらわにするのも、わかる
気がする。

けど、このままじゃ日本はやばい、と言い続けていても、結局はギリギリに
なって、ホントにやばいということが国民の大多数の共通認識にならない
限りは、変われないんだろうな、と思う。中学校の英語教育だって、僕らが
学んでた30年前と、そう変わってないし。リスニングがちょっと増えたくらい?
圧倒的に量が足りないと思われ。中学校でいまの2~3倍は、やらないと。
語学はやっぱりビッチリと浸らないと、マスターするのは難しいよね。
言葉っていうのは、ある意味、生活だから。

これもtwitterにも書いたけど、僕の持論としては小学校4年生から英語教育を
始めるべきだと思うんだ。そこから、国内組と国際組?を分けて、国際組のほうは
部活とかの負担を減らして、他の授業もちょっとずつ減らして、英語漬けの生活を
作る。土曜日も丸一日英語漬け。夏休みもあるていど英語をやりたいね。
もちろん中学校でももっとガンガン英語をやる。中3までに、いまの高3のレベルを
マスターして、高校3年で磨きを掛ける。TOEICでもかなりの高得点を取れるように
なるように。

これも前にも書いたけど、基本的に公教育でやってほしいのね。一部のお金持ちが
通わせることができる私立でやれるのは当たり前で、国のカネを使って、意欲と
能力がある子を、将来の日本のために、国費で鍛えてほしいのだ。これからの時代、
なにをやるにしても、英語ができてないと話にならない、という時代が、すぐそこまで
きてる。日本人、英語が喋れないことが決定的なハンディキャップになってしまう。

そうそう。シンガポールの玄関口たるチャンギ空港では、案内板とかに、なんと、
日本語表示があるんだよ。これを、ほらみろ、日本語は世界中で通用するから
英語なんて勉強しなくてもいいんだよ、と思うか、うわ、ありがたい。いつまでも
チャンギの案内板に日本語が記載され続けるように、日本の国力をいままで
以上に向上させるために、自分になにができるだろう、と内省できるか、ここが
大きな分かれ道になると思う。僕は20年後、日本語表示が消えてる可能性は
かなり高いと思うね。それがいいか悪いかは、とりあえず措いておくとして。

まあ、日本人としては残念なことなのかもしれないけど、日本人として、この世界が
居心地のいいモノであるかどうか、というのは、かなりどうでもいいことなんじゃないか
と僕は思ってる。

あんまりだらだら書いてると飛行機に乗り遅れるので、そろそろ閉じますね。
ではまた~。。

ようやくノイバイ

ようやく、ノイバイ空港まで来ました。

今回も、あっという間のハノイ滞在でした。
僕は旅行の最終日というのをうまく使えず、今日も12時にホテルをチェックアウトして
荷物をフロントで預かっててもらい、旧市街をぶらぶらしたのですが、今日もう帰ると
なると、なんだかあんまり身が入らず。湖畔の売店でオレンジジュースのペットボトルを
購入し(15000ドン)、そのあとKFCでチキンバーガーセットを食いました。49000ドン
だったかな。かなり良心的な値段だと思います。

そのあと、手持ちぶさたになったのでメロディーホテルに戻り、タクシーを呼んでもらって
大教会の先の、ベトナム航空のオフィスまで送ってもらいました。
ベトナム航空のオフィスまで、ってホテルの人から連絡が行ってるはずなのに、
ドライバーのおじさん、開口一番、「エアポート?」って。こちらも大きな声で
「ノー!ベトナムエアラインオフィス!!」と強調してしまいました。

ようやくわかってきました。ベトナムの人たちというのは、客観的な状況がどうであるか
ということがわかっていても、それを一旦脇に置き、自分の主張をしてみる、という
国民性をもっているのですね。

だれかが、ベトナム人はモノをクチャクチャいいながら食うのが礼儀知らずだ、
みたいなことを書いてましたが、なんか違うんじゃね、と思いましたね。日本で
それが常識だからって、世界中でそれが通じるとは、まったく限らないですよね。
もしかしたら、家族みんなでクチャクチャいいながら食うのが、食事をおいしく
楽しく食べる合い言葉?なのかもしれないじゃないですか。

日本って、なんかいつも人の目を気にして、みんな肩を狭めて、遠慮しながら
生きてる気がします。もっと自由でいいのに。そんなことを思います。
とくに、ベトナムの方々の自分の気持ちに正直に生きてる様子を見てると、
ああ、もっと自由に生きないとなあ、と考えてしまうことでございます。

ということで、自分の気持ちに正直に。ビアに飽きたので、白ワインでも飲みたいと
思います。続きはあとで。(笑)

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ハノイ・ノイバイ空港1Fの到着ターミナル。2Fの出発ロビーはいつも大混雑だけど、1Fはこんな感じで、時間つぶしには最適です

Tet trung thu 2010

先ほど撮影を終え、ホテルに戻ってきました。

午後2時くらいから5時くらい、休憩を挟んで、午後6時半頃から午後10時ごろまで
撮影を行ってました。ところどころ、お茶とか飲みながら。

ハノイに住んでる人が全員このハンマー通りに集まってるんじゃないか、っていうくらい
人の流れがまったく絶えなくて、いったいこのパワー、エネルギーはいったいどこから
湧いてくるんだろう、とずっと不思議な気持ちで、いました。みんなビール飲んでるわけ
じゃないのに。

昔ながらのお面やテコテコ鳴る太鼓も売ってますが、いまの人気は各種揃った
ウサギの耳?と、仮装メガネ、あとは光るシャボン玉鉄砲?あたりでしょうか。

よく考えたら、これって原宿の竹下通りのノリに似てるかもな、と思いました。
あるいは、忘年会を前にした、東急ハンズ、ロフトあたりか。

日本では中秋の名月っていったって、せいぜい白い団子を食うくらいですが、
どうしてベトナムでは、こんなに盛大にお祝いするのでしょう。
ちょっと、日本に帰って、ベトナムの中秋節について、少し研究してみようと
思いました。

よく旅行ガイドブックとかで、ベトナムは娯楽が少ないので、こういったお祭りを
盛大に、って書いてありますけど、そうなんでしょうか。娯楽が少ないって、なにを
もってそういってるのでしょう。

テレビはあるし、映画はあるし、DVDは格安で手に入るし、あと、なにがあれば
娯楽が少なくないといえるのだろう。さっぱりわからん。

まあ、いいや。

flickrへのアップがいったん終わったので、続きは気が向いたら、あとで書きます。(笑)

http://flickr.com/oguray/

今日は最終日なので、たくさん上げちゃいました。多すぎて、ごめんなさい。

8年という時の流れ

僕が前に中秋節のころにハノイを訪れたのは2002年のこと。
それからあっという間に8年が過ぎてしまい。ベトナムには何度も
訪問したが、中秋節の頃は仕事が忙しかったり、お金がなかったりで
ずっと来ることができなかった。

そしてようやく8年後の今年、念願かなって中秋節のハノイを
再訪することができた。

8年という歳月は、やはりハンマー通りを大きく変貌させるのに
十分な時間で。

いちばん大きいのは、バイクや自転車や歩行者で混雑する狭い通りに
クルマが我が物顔でガンガン突入してくることかなぁ。
でかいトヨタのRVとかで、運転席にふんぞり返って
クラクションをビービー鳴らす運転手、日本人の常識からすると
「こいつアタマおかしいんじゃない?」ってなるけど、どうも
ベトナムの常識からすると、そうでもないみたい。

バイクとかも、狭い道にこちらとあちらからガンガン進入してきて、
あちこちで擦れ違えなくて、滞ってしまっており。

んでもしかしたら、そうかも、と気づいたんだけど、ベトナムの常識では、
公共とかみんなのためとかいう概念が乏しく、ひとりひとりが自分の権利を
目いっぱい主張し合えば、全体としてみんなが幸せになっていく、みたいな
そういう考えが一般的なのかもな、と思った。

ほら、日本って人の目を気にしたり、世間体ってもんを、すごく重んじる
じゃない? ベトナムは、もしかしたら、そうじゃないのかも、と思った。
いや、わかりませんが。

今日、撮影中にちょっとイヤなことがあって、荷物をまとめて日本に帰ろうかと
思ったんだけど、今回の撮影旅行で、僕に笑顔をくれたたくさんのベトナムの
人たちのことを思い出して、あと二日、完全燃焼することにした。

明日は中秋節の当日だから、撮影も気合いを入れていこう。
午後3時スタートで、夜の6時半くらいにいっぺんホテルに戻り、
レンズを替えて、また出陣ということにしようと思う。

明後日は、旧ハノイ城の遺跡を見に行こうかと思う。
ハノイ遷都1000年だしね。

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いまはなき旧ハンザ市場の内部。2002年9月撮影

おなかすいた。。

昨日の夜の宴はなんだか不思議な感じで楽しかった。

ハノイの母であるK女史を中心に、敏腕編集者の方、アジア料理店を営む
女性、その方が飛行機で知り合ったという女性、そして僕。
Kさん以外はほとんど初対面、という。。

南部のベトナム家庭料理のお店に行き。

緊張して、ついビールを飲み過ぎてしまった。

よく書くことだけど、僕は緊張すると、喋るのと食べるのと飲むのを
同時にできなくなる。どうしても疎かになるのは、食べることで。

ハリダやハノイビールが小瓶なこともあり、ひとりでずいぶん飲んで
しまったことだなあ。

人妻とiPhoneでbumpもしてしまった。汚れてしまった私。。

ベトナムドンはゼロがたくさんついてて、ただでさえ計算が面倒。
酔っ払ってたせいにしちゃダメだけど、あれだけひとりでビールを
飲んだのだから、多めに払って然るべきだよなぁ。また反省。

帰りはみんなでタクシーで宿まで帰ってきたんだけど、ホアンキエム湖の
まわり、深夜まで賑わってるから、途中下車して撮影を楽しんだ。
が、タクシー代を同乗していた敏腕編集者の方にお渡しするのを
すっかり失念してしまい。だめだなぁ。飲み過ぎると。超反省。

今日、明日はいよいよ中秋節もクライマックス。アルコールを抜いて
撮影に集中しよう。

しかし、mixiとかtwitterとかやってると、ハノイにいることを忘れる。
いかん、いかん。。

今朝は4時半に目覚まし2つ掛けたのだが、なぜか止まってた。嗚呼。

はのい2日目

取り急ぎ、今日の撮影分を、何枚かアップしました。

http://www.flickr.com/oguray/

これからメシに行ってきます!

中秋節、ということ。(その2)

中秋節は、仲秋節とも、書くらしい。その深い意味は、さておくとして。

中秋節というのは、いうまでもなく、収穫のお祭りだ。秋のお米の収穫時期、
今年も豊作だ!\(^O^)/という喜びを爆発させるのが、このお祭りであり。

現代を生きる私たちは、ふーん、で、で終わってしまうが、よく考えてみると
むかしは「豊作」ということが、どれだけたいへんなことであったか。

ベトナムは自然の豊かな大地であるが、それは逆をいえば、自然が猛威を振るえば
人々は、ひとたまりもないわけであり。

おそらく、過去には台風がきて、あるいは異常気象で低温が続き、秋になって
お米がまったく穫れない年も、あったに違いない。

そういうときは、例外なく、たくさんの方々が亡くなったことだろう。
真っ先に死ぬのは、子どもで。

それを踏まえて考えれば、秋の収穫祭、中秋節のお祭りが、どれだけ意味の
大きいモノであったか。中秋節はいちおうは子どものお祭りということになってる
けど、それまで農作業で忙しかった父母が、ようやく暇になり、子どものために
いろんなオモチャを買ってあげられる、そんな季節になった、ということらしいが
よく考えてみたら、不作、凶作の年には、子どもにオモチャを買ってあげるどころの
騒ぎではなく。明日食う米をどうしようか、とベトナムのお父さんお母さんは死ぬほど
悩んでいたに違いない。だから、子どもにオモチャを買ってあげられる、ということは
今年もなんとかお前(子ども)も生き延びることができたね、という喜びの表れなので
あり。

そう考えると、中秋節を彩るオブジェのほとんどが赤や黄色の原色をまとってるのも
よく分かる気がする。

http://www.flickr.com/photos/oguray/

ということで、3枚ほど、今日撮った写真をアップしてみました。
ハノイは超可愛い娘が多いです。

っていうか、日本に帰りたくない。。(^^;