なんのために勉強するのか

毎日新聞に載ってた「時代を駆ける:高村薫 勉強してない団塊の世代」の
記事に触発されてちょっと書いてみる。

塾の講師のバイトを20年ぶりにやってみて、20年前の学生だったころの自分が
何を考えてたのかはよく覚えてないんだけど、
子どもたちと話してみて、絶対的に感じるのは、みんな、なんのために勉強
してるのか、ほとんど理解してない、ということ。

もちろん中3の子とかは、目前に迫った受験に追い立てられて塾に来るわけだけど
根本的な話をすれば、べつに高校受験のために、勉強する訳じゃないだろう。

じゃあ、自分は中学生のころ、なんで勉強するのか、わかってたかと問われると
それほどハッキリ自覚してたわけじゃないけど、漠然とは感づいてたのかな、と
思う。

なんでこんなことをいうかといえば、本人の目的意識、自覚によって、おのずと
その行動も変わるでしょ、ということを思うから。

受験のため、と思っていやいや勉強するのと、未知の広い世界に飛び出して
いくための知的好奇心を耕していくのとでは、取り組み方も、結果も、まったく
違ったモノになってくると思う。

僕らのころは、たまに、なぜ数学を学ぶのか、みたいなことを演説してくれる先生が
小学校とか中学校に、たまにいた気がするけど。

いまはどうなんだろうね。少しはいるのかなあ。

なんのため、っていうことが、いまの日本、あらゆる場所で足りてない気がする。

なんのために政権交代するか、から始まって。
政治家の方々も、じつはわかってないんじゃないかな。
あるいは、自分たちが政治を牛耳るためという本音を押し隠して
国民の政治が第一とか、薄ら寒いスローガンばかり掲げてるから
だんだんおかしなことに、なってくる。

時代を駆ける:高村薫 勉強してない団塊の世代(毎日新聞)
http://bit.ly/90VKjn

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