2001年3月

日記

●平成十三年

・3月2日(金)

4月号の編集作業が、そろそろ大詰め。

ホントは今日から明日にかけて、鹿児島に行こうと思ってたんだけど、
断念しました。ま、自分の見通しの甘さに、腹を立ててるところ。

何週間か前に、チケットを購入するとき、上司には一応、お伺いを
たてたんだけどね。いついつ1泊2日で鹿児島に行こうと思うのですが、
どんなもんでしょうか?って。とくに反対もされなかったので、安心して
計画を進めたんだけど。ま、大切なことは、人の言うことを鵜呑みにしない
ってことかな。

いきなりずっと前の話をするけど。

前の前の前の……その前あたりの会社に勤めてたとき。
会社の裏の中華食堂の二階で、部署全員で飯を食ってた。
そのときに、なんかのはずみで、直属の上司が

小倉は自己主張ばっかりしてる

という意味のことをいい。
たしかに私は、自分が正しいと思ったことは、相手が誰であろうともキチンと伝えるし
相手の意見のほうが正しいと自分で納得しないかぎり、基本的には自分の意見は曲げない。
けどそれは、会社のため、部署のため、自分のいま属している部署の制作している成果物の
売り上げ増加のため、もっと言えば、それを買ってくれる人たちの幸せのため、だと
自分では認識している。
それと私は、ひとりひとりの意見が違うのは当然だと思ってる。けど、その意見の違いを
ぶつけあうことによって、単なる足して2で割るみたいな妥協じゃなくて、新しい、もっと
いい考え、進むべき道が、見えてくると信じてるから、あえて自分の主張をちゃんと前面に
出してるわけで。

そういう基本的な私の考えは、間違っているのだろうか?

上司の言うことを、ハイハイと聞いて、彼らの顔色を常にうかがって、雑誌を、
じゃなかった、自分のいま属している部署の制作している成果物を、作っていれば
いいんだろうか。

けど人間はCPUを積んでる。それは、自分の頭で考えろ、という自然の摂理による
指令だと思われ。

話を前の前の前の前の前の前の前の会社にいたときの、
中華食堂の2階に、戻すけど

私が礼儀をつくして反論したら、彼は、なんかよくわからない
フォローにならないフォローをしてたけど。

そんなんだったら、俺は会議でも少人数の雑談のような軽い打ち合わせでも、
自分の意見なんか、言わんぞ。かってに、上と上で決めたらいいじゃん。けど
そうだとしたら、会社の中に社員として、モノを作る人たちを置いておく必要は
まるでないよね。上と上がかっちり決めて、ぜんぶ外注に出せば済む話じゃん。

けど、ほかのメンバーも、どうして会議とかで自分を意見を言わんのかね?

何も言わない、ということは、なにも考えていないということだし、
なにもしたくない、やりたいことがないもないということだし、
上が決めたことに、盲目的に服従するってことだぜ。

それでいいんだ、それこそが、いまお前がココでなすべきことなのだ、と
上が圧力を掛けてきたら、俺はもう何も言わない。ココロを閉ざしまくって、
次の港を探すよ。

電気ショックから逃れるために、大理石の水道をぶんなげた彼のようにね。

・3月3日(土)

今日、ひとりのmf(メールフレンド)に最後のメールを書いた。

・3月4日(日)

朝の5時。会社から。数時間おきの更新。(^^;

この場所は、私が持ってるほとんど唯一といってもいい「場」なので、
いろいろ掲載内容には幅がある、かも。けど、チャンネルひとつなので、
ちょっとどうかな、ということも、続けて載せたりしなきゃいけないのが、
つらいとこ。たとえて言えば、うんとシリアスな映画の途中で、むちゃくちゃ
おちゃらけた自社CMを流す、フジテレビみたいなもんかな。(x x)☆\バキッ

媒体をいっぱい持ってるNHKがうらやましい、みたいな。

そんなことはどうでもいいのだが。

朝までにページのレイアウトを送る、とライターさんに言ってしまった手前、
帰るわけにもいかず、夜中の会社でひとり、特集のページの内容を煮詰めてました。

あ、うそです。疲れ果てて、机の下で寝てました。万年床?の段ボールを敷き布団にして
それから、いつものように、革靴を枕にして。掛け布団をなんにも使わずに寝てたら
かなり寒くて、う~、調子悪いかも。フロアがかなり暑かったので、冷房にしてたのが
あんまり良くなかったみたい。ここで風邪ひくと、かなりキツイかも。

それはそれとして。あ、coccoが活動停止した、って、どっかのメールマガジンか
なんかで、みたなぁ。やっぱりなぁ、という感じ。coccoがすごく好きな、親友のMと
よく彼女の話をしてたんだけど、僕らの間では、coccoさんは、女オザキみたいな
扱いを受けており。あんまり長くは活動できないんじゃないかなぁ、みたいな。ライブとかも
ほんとに情念がこもってて、すごすぎる、って話も聞いてたし。

たとえば「ポロメリア」っていう曲。

♪~金網の向こう 日に灼け果て 干からびてく 通り道

から始まる曲。歌詞はきっとgooとかで一部を検索語として入力すれば
いくつも引っかかると思うので、ぜひ全部を確認してほしいと思うんですけど、
ほんと、すごい。この人の歌の歌詞って。曲がまたすごいんだ。

サビの部分とか、聞いてると、ぐわぁ~ん、って沖縄の広い空、広い野原
そして広い海が、目の前にひらけてくるんだよね。圧倒的な色彩感覚を
ともなって。98年11月の日記でも、彼女のこと、ふれてるね。
「にせものくさくない」って。私としては、最大の賛辞なのですが。

彼女が、どうして活動停止に至ったのか、その詳しい理由とか、まるで知らないので
これ以上のコメントはしようがないのですが、でも、いままで素敵な曲をたくさん僕らに
届けてくれて、本当にありがとう、お疲れさまでした、ということだけは、言いたいと思う。

お金が余ってたら、彼女のCD買い漁るんだけどな。

時間がたてばたつほど、ますます彼女の評価は高まるでしょう。これ小倉の予言。

なんの話だっけ。

人が出逢う、ということは、その出逢いによって、出逢う前の自分と、
出逢ったあとの自分が、変化している、ということじゃないでしょうか。

ある人に出逢えて、自分が変わることができたなら、それは本当の意味で、
その人に出逢った、出逢えた。ということだろうし、そうでなければ、
その出逢いは、真の意味での出逢いではなかった、ということでしょう。

そうやって考えたら、最後の最後にキツイことをたくさん書いたけど、
私はネット上という限られた空間?ではあったけど、何か月かの間、
アナタという、たぐいまれなmfに出逢って、何十往復もメールの
やりとりをさせてもらって、少しは変われた、といえるんじゃないでしょうか。

出逢えたことから すべては始まった
傷つけあう日も あるけれども
いっしょにいたいと そう思えることが
まだ知らない明日へと つながっていくよ

いい曲だにゃあ。fragile。まるで今日の日を予言してるような歌だ。
さすが20世紀最後の、そして21世紀最初の歌姫だ。(^^)v

いうまでもないことかもしれないけど、「出逢った」じゃなくて、
「出逢えた」っていうのが、ミソなんだよね。

そ。「出逢えた」の「え」の字が肝心かなめ。出逢えるっていうのは
すごいことなんだぞ。気づいてる人、意外に少ないけど。

わっかるかなぁ? わっかんねぇだろうなぁ~。

わかった人、てぇーあげて!

両手を上げてる絵文字、よく書いてくれたよね。。。。。。。
もう見れないと思うと、死ぬほど悲しい。

・3月4日(日)

またもや、会社から。いいのか!それで?(笑)

えっと、先日どこかで紹介した「小倉雄一が感動した映画100選」ですが、

日記のどこに書いてあるのだ? こんないっぱいあるのに、いちいちさがすのは
面倒だから、何年何月のここに書いたから見てね(はぁと)というのをやれ!
という声が、日本全国から澎湃とわき起こってきたらしいので(^^;

リンクを付けますわ。

レオンに関しては、こことここ。

バタアシ金魚に関しては、どこだっけ。(笑)
きっとここだろう。(笑)

芙蓉鎮、シコふんじゃった、カリオストロの城、風の谷のナウシカ、に関しては
まともな記述が見つからなかった。こんどまた見たら、書くよ。(^^)

ハッキリ言っておくけど、大切なのは、映画を見たら、その感想を
大好きな人と語り合うこと。そうやって、恋人同士や友達とは
相手との距離を測って、もっと近づいたり、すこ~し遠ざかったり、するのよ。(笑)

よかったら、感想メールをください。>all(例外なし)

・3月4日(日) ……しつこい?(笑)

いったん会社から、風呂に入りに自宅へ帰る。いま、夜の8時過ぎ。飯田橋の駅を
出たところ。

明日も朝から、特集のカットを撮りに(助手として)出かけなきゃいけない。
午後からは色校が出るらしいので、それを小林さんのお宅まで持っていく用事もある。
いそがしいなぁ。でも、楽しいなぁ。

こないだロケでご一緒させてもらったカメラマンさんに教えてもらった、週刊アスキーの
アラーキーのインタビュー記事を読んだ。うん。アラーキー、いつもながら元気で。
昔から、言ってること、ちっとも変わらない。それがうれしい。うちの雑誌で、アラーキーの
連載ページを持ちたいと、けっこう前から思ってる。で、たぶん、実現させること、できると
思う。わかんないけどね。いちばんの難関は、編集部の面々を納得させること、かな。(笑)

沖縄へ行きたい。23・24日の週末あたり、どうだろう。
沖縄の女子大生のTさんの笑顔を、間近に見てみたい。
過去の何度かの出張で、まだ訪れていない「ひめゆりの塔」に足を運びたい。
摩文仁の丘へも、行きたいなあ。

おなかすいた。

ごめんなさいメールを出そう、出そうと思ってるんだけど、元の木阿弥になってしまう
ので、我慢してる。っつーか、あれだけひどいことを書いて送ったら、ふつう、もとの
状態に戻ることは、ふつう、できないよね。相手をバカにしすぎてるよね。
一度こわれた花瓶は、もう元へは戻らない、折れた馬の前足は、もう元へは戻らない、
って、錦繍に書いてあったよね。あとからじわりと、彼女の不在感?の大きさに、
気づかされるんだろうな。何度も、何度も。繰り返し、繰り返し。

けど間違ったことをしたという気持ちはない。

でも男女関係?みたいなトゲを完全に抜いたかたちであれば
最高の親友になれるのになぁ、と残念な気持ちはずっとある。

最近よく思うんだけど、人間って、だれがも性の衝動という呪縛から逃れられずに
苦しんでる。昨日あたりニュースで報じられてた、11人子供がいる女が子供の面倒を
見ずに、六女が複数の兄や姉に暴行を加えられて、殺されてしまったという事件。
これもパチンコばっかりやって、ちゃんと子育てしないんだったら、子供なんか作るなよ
なぁ、って思うけど、結局自分の快楽のなれの果てとして、子供をぎょうさんこしらえてしまった
ということなのだろう。ほかにも例を挙げればキリがない。世間で報じられる悲惨な事件の
陰には、多くの場合、人間が生まれもった性の衝動という呪縛が見え隠れする。
以前、いじめにあった中学生が首をつって自殺したことがあった。その父親が涙ながらに
その息子の死について嘆き悲しんでいたのだが、彼(父親)は息子の母親と自分の若い愛人を
同じ屋根の下に同居させていたという。ハッキリわからないが息子の友人達はそのことを
いじめのネタにしていたらしい。もちろん父親の行状が息子のいじめによる自殺と直結してるか
どうかは、にわかには判断しかねるけど。

昔から神や仏に仕える聖職者は異性との交わりを断つというのが、基本的な資質として
(っつーか、必須事項として)課せられてたと思うけど、それもよくわかる。性の衝動と
いうのは人間をどこまでも堕落させるキッカケになりうるし、逆に言えば、性の衝動を
乗り越えることができれば、あとの欲望も、おのずとクリアできる、ということだろう。

けど名前の通った聖職者でもあとからよくよく調べたら、禁を犯して異性と交わっていた
という事実が判明することも少なくないわけで。やはり並大抵のことじゃあ、林檎の誘惑から
逃れることは至難の業で。

何を書こうとしたのか、分かんなくなったけど。

少し前向きな話をしようか。

こないだ撮った会社の娘の話。2度目の撮影会が開催されることが決定し。
ネット越しのチャットソフト?で、あのあと何度か話してたんだけど、
彼女、ずっともう写真を撮ってくれるな、という姿勢を崩さなかったんだけど
いつだったか、私でよければ、また撮ってくださいな、と言ってくれ。
こんどは小倉さんが気に入る写真が撮れるといいですね、なんて泣けることを言う。

え? どういう風の吹き回しだろう、うちには孫が3人いるから、
今年は鯉のぼりを新調しないといけないなぁ。それは吹き流し。

まだ日取りとかは決まってないんだけど、彼女の写真を撮るチャンスが
できたということは、私にとって大きな生きる希望を与えてもらえたということで。

なんか今日、文章なめらかじゃないね。
しょうがないよね。会社でお泊まりのあとだし。

私の嫁さんの、あるいは彼女の、必要条件が、もうひとつ加わった。
写真を撮らせてくれる娘。アラーキーと陽子さんの写真生活については
映画にもなってるし、いくつかのエッセイや写真集でも紹介されてる
けど、そう、あれだよ。理想とすべきは。つねに撮れる被写体がすぐそばに
いるということは、写真家として、絶対条件じゃあ、ないのかなぁ。

あ、すべての写真家に通ずる話じゃあ、ないだろうけど。

沢渡朔さんとか、アラーキーとか、あと小林のりおさんとか、自分の
プライベートな生活と作品が密接に結びついてる写真家に関しては……、という話。
写真家の小沢先生によると、きっと小倉は、このタイプの写真を撮っていくべき
なのだろう、とおっしゃってくださったので、女房にもらうには、写真を撮らせて
くれる娘。これ大事。別に特別器量よしじゃなくてもいいんだよ。笑顔が素敵ならばね。

まったく話に脈略がないけど、池澤夏樹さんの「タマリンドの木」の、
私がいちばん好きな台詞を紹介しようと思う。

「風に向かって吹くなと命ずるようなものだ」

シュウコの生き方について、主人公の男がひとりで考えをめぐらす場面で。

もひとつ、こちらは好きな場面になるのかな。
二人で短い同棲生活を過ごしたあと、シュウコがタイへ戻り。
そのときに、ぼんやりとした頭で彼が考えていたこと。国際電話とかの向こうから
聞こえる幽霊みたいな声を、シュウコだとは認めたくない、って。

すごくわかるとおもった。

肉体とか、声とか、表情とか、手足の動きとか、髪の毛とか、あと、匂いとか
そういうもの。なんで人間が幽霊ではなく、ビジュアルを持って生まれてきたか、
顔を体の一番目立つ場所に張り付けて、生き続けなきゃならないのか。

そんなことを、写真を撮りながらの日々、折にふれて考える。
いつもそんなことばかり、考えている。

会ったことのないメル友との親密なやりとりは、それが親密さの度合いを
増せば増すほど、イノチの奥へ、けっしてほぐすことの出来ない「コリ」
のようなものを、静かに沈殿させていく。

それに堪えられなくなった。最後の藁の一本で、ついにキれた。
そういうことなんだと思う。あえて冷静に分析するとするとね。

・3月5日(月)

今日はすばらしい朝だね! 会社で迎える朝だけど!

しばらく旅に出ることにしました。なので、日記はお休み。(^^)

旅先から、すてきな写真が撮れたらホームページに載せようと思います。
期待しないで、待っててくださいな。(はぁと)

では。行ってきまぁ~す。