2000年8月

日記

●平成十二年

・8月4日(金)

忙しい。9月20日の月刊化第1号発刊に向けて、実作業が進んでいるのだが、
いかんせん、ごく少人数でやっているので、全然前に進まない感じ。なんとかならんのか。

まぁ、それはいいとして。

8月4日の日記を7月の最後に置いたのには他意はない。単に新しいhtmlファイルを
作る元気が、いまの自分にはないだけだ。(いまは通勤の電車の中。)

そそ。岩井の写真の第2弾を、昨日の深夜3時頃までかかって、アップした。
いつものゼロ円プリント。でも、こないだの日曜日、帰ってきてすぐに、近所の
マルエツで出したやつのほうが、プリントのクオリティが全然いい。コニカのフィルムを
使ったから、印画紙とのマッチングとかもあるのかなぁ。(マルエツはコニカプリント)
ゼロ円プリントのほうは、安いから仕方がないんだけど、暗部の階調が出てなくて、なんか
ダメなんだよなぁ。色もくすんでるし。全体的にざらっとした感じだし。
いいや、モデルをしてくれた女の子たちに写真を送るつもりにしてるから、焼き増しする
ときに、ちゃんとしたところ(?)に出しましょ。津田沼駅前でも、マルエツでも。

日記の更新が滞っていることからも容易に察しが付くように、最近、また仕事にハマってます。
逐われてる、という感じがピッタリかも。だって、月刊誌を4人で作るっていうのは、やっぱり
無理だよなぁ。上の都合で1か月近く実作業をストップさせられてて。……頼むよ、って感じ。

それはいいんだけど。

そうそう。さいきん、オグラ的には、写真に対する情熱がぐんぐん復活してきてる。
こないだも書いたかも知れないけど、今年はカメラボディ1台、レンズ2本をすでに
購入してる。カメラやレンズを買うことなんて、ここ何年かなかったことだと思われ。
それも、ただ購入しただけじゃなくて、かなり高い稼働率で、バリバリ動いてる。
購入したレンズというのは(前にも書いたかも知れないけど)、35mmと50mm。
そう、2本とも、前から持ってたレンズのリプレース、なのですよ。たま~にしか使わない
超望遠レンズとかじゃないってところが、なんかいいでしょ。実用的で。
35mmを購入した経緯は、以前書いた気がする。50mmはほんの1、2週間前に
新宿西口のヨドバシカメラで買った。冬のボーナス一括で。

ほら、こないだ載せた写真。上総湊で撮った元気なおねえさん2人組。あの望遠っぽい
写真のほうを撮ったのが旧50mm(?)で。なんだか色がにじんでて、ピントも
よくなくて、それで、あ、レンズの寿命だ、と気がついた。
実は前からうすうす感づいてはいたのだが……。浜辺でレンズの前玉を見てみたら、
全体的に、かなりハデにコーティングに傷が付いており。これじゃあアカンよなぁ。
被写体になってくれる人たちに、失礼極まるなぁ。。。

と思って、10年ぶりに50mmレンズを新調しましたとさ。

実は、2眼レフがほしくてね。「TEXER」とかいう、安いモデルが
39800円くらいで売ってて。あ、欲しいなぁ、欲しいなぁ、ってずっと
眺めてた。でも、50mmを買い換えるほうが、実用性の点からいって
優先順位は先だろ、と思って、さくっと50mmを買った。
けっこう安かったよ。定価が44,000円くらいだったと思ったけど、
実売は3万円ちょっとだったような……。CONTAXのレンズ、高い高いって
いうけど、50mmとか35mmとか、135mmとか、安くて使えるレンズも
いっぱいあるよね。

話を急に先週土曜日の岩井海水浴場に戻す。
写真を見てくれた人もいるかと思うけど、はい、朝、うちを出るときに感じたとおり
かなり最高の撮影日和、写真日和になった。

なによりも、写真を撮らせてくれた二人のOLさんとの出会いが大きかったな。

彼女たち、最初、大学のヨットの授業をしてるすぐ横にいて。
写真を撮らせてもらおうと思って、意を決して声を掛けたら、「邪魔だからどいてくれ」と
私が言ってると思ったらしく、「あ、どきましょうか。ごめんなさい」とか言ってて。
ううん、そうじゃなくて、ふたりともすっごくきれいだから、できたら写真を撮らせて
ほしいと思って、声を掛けたんです……。なんて、言い訳(?)してみたり。

なんだかすんなりOKしてくれたなぁ。不思議なくらい。やっぱり、幸せな時を
送っている人たちは、他人に対してもぐっと寛容になるのだろうなぁ、と思った。

昨日、六本木である著名な写真家の方と会って、うちの雑誌への協力を仰いだ。
そのあとで、すぐそばにある青山ブックセンターの六本木店へ行って、いろんな
写真集をずっと見てた。とっても幸せな気持ちになり。気に入った1冊を購入し、
店を出るときにずっと考えていたのは、「いい写真を撮ろう」、「いい写真を見よう」、
ということだった。「いい写真」というのが果たしてどういう写真を指しているのか
それは人によっても違うし、いろんな論議があってしかるべきだと思うけど、
いま、私はひとつの仮説?を打ち立てたい。いい写真とは、それを撮った人、
撮られた人(人物が被写体の場合ね)、そしてその写真を見た人が、最終的に
幸せになっていく写真。それを、いい写真と呼びたい。

今日も会社に行く前にヨドバシで買い物をするんだけど、そのあとで
新宿南口の紀伊国屋へ行って、こんどこそ写真集を山ほど買いだめしよう。
私が「これはいい」と思うものを、編集部の、ほかの3人の人たちにも見てもらって
写真の楽しさや自由さ、深さを知ってもらえればと思う。

話を再度、先週の土曜日に戻すけど、それにしても幸運な出会いだったなぁ。

二人とも、すっごく可愛らしくて、親切で、優しくて、ノリが良くて。
「もう若くはないですよー」なんて言いながら、すごく積極的に撮影に
協力してくれた。モデル代を払ってるわけでもないのに。

なんか俺ってすごく幸せモンだなぁ、とあらためて感じた。

写真やってよかったなぁ、と今日もまた、思った。

・8月9日(水)

あらら。もう9日ですか。う~ん、8月が終わるまでに、もうあと3週間しか
ないのね。(ためいき)

片づけなければいけない仕事(ページ)がど~んとあるので、どうも気持ちが
晴れずに、楽しく日記を書こうという気分にはならないのだが。それに加えて、
いま津田沼を出たところの総武線各駅停車の2両目の車両の、私の向かいの席には
なんだか生活に疲れたような、やつれたオヤジが座っており。読んでいるのは
おきまりの青年漫画誌。

昨日だったか、ウェブのニュースページで見た記事。どっかの週刊誌の編集者が
自宅で死んだのは過労死だ、って、両親が訴えてた事件。この種の話が聞こえてくる
たびに、なんで死ぬまで仕事してるんだろう。自分の体の管理もできないなんて
アホか、と思ってしまうのだが。悪いけど(誰にだ?)私、どんなに仕事が
忙しくても、自分のプライベートな時間と休息の時間は、必ず確保する。
少ししか取れなくてもね。だってそうじゃないと、すぐに煮詰まるもん。
別に会社のために生きてるわけじゃないし。いまの仕事が好きかキライか、といわれれば
きっとまぁ、pH(ペーハー)は「好き」のほうにほんの少しだけ傾くんだろうけど。(^^;

先週末も南房総へ出かけていった。岩井の海。2回目。
ホントは、むちゃくちゃ海がきれいだという外房の和田浦へも行ってみたいのだが、
岩井からさらに数十分、先へ行かなければいけないので、なかなか遠い。
きっと今年はいけないんだろうなぁ。

先週末の土曜日の岩井の写真もすでにupしたので、よかったら見てください。
先々週の2人のOLさんみたいな、あそこまで幸福な出会いはなかったけど、
でも素敵な笑顔を見せてくれる可愛らしい女の子たちの写真は、いっぱい撮れた。(^^)
ずいぶんと、断られたけどねぇ。やっぱり朝の気合いの入れ方が足りないと、それなりの
結果しかでないのだなぁ、と、あらためて思った。

でも、でもね。

あともうちょっと、というところで横槍が入って、うんとすてきな被写体を逃した
すぐあとで、もういいや、今日はダメだ、帰ろう、と思いつつも、いやいや、もう
ちょっとネバってみよう。そうやって最後の非常用電灯で足もとを照らしながら、
短時間で、もういっぺん気合いを入れ直す。そのくせ、あくまでも軽いノリで、
カラフルなビキニのおねえさんに声を掛けていく。

そう。断られたすぐあとの自分の中の心の動きというのは、なかなかほんとに
面白いというか、興味深いというか、研究対象として第1級というか、ひらたくいうと
大切というか、うん、そう。

最近、写真について、またよく考えている。
誰が書いて(喋って)いたことか、最近、写真を勉強しようとして学校に入ってくる
若者は、「カメラ好き」(写真好き、じゃなくて)が多い。だから、
“自分が何を撮っていいのか分からない”という者も少なくないのだ、って。

それを聞いたときに(だったか?)こう思った。

何を撮っていいのか分からないようなヤツは、写真なんかやるな!

って先生が一喝して、それであっさり辞めちゃうヤツは、最初から写真なんか
やらないほうがいい、って。なんだか回りくどい言い方だけど。

写真をやるというのはどういうことだろう。

自分の目を信じること。仁王立ちになって、世の中と切り結んでいくこと。

被写体を外に(現実世界にあるものに)求めなければいけない写真というメディアの
もつ、「宿命」のようなものって、必ずあると思われ。

どんなに演出しても、どんなに作りこんでも、それでも、世の中に存在しないものは
撮れない写真。真実を写すものでは全然ないけど、それでも、何かしらは「写って」いる
に違いないのだろう。逆に言うと、シャッターを押せば写るのが写真であるからこそ、
何かしらを写し込まないと、いけないのだろうな。

写真家の小林のりおさんがご自分のゼミのページで書かれていたと思うんだけど、
写真は撮ってから考えてみるんでもいいんだ、って。
あ、なんか分かる~、と思った。

撮影する、シャッターを切る瞬間は、本当に「刹那」だけど、
でも撮影された画像は、そのあとずっと、残る。ある意味で「かげ」とも言える
残された写真と付き合う時間のほうが、ずっと長いわけで。
ということは、その「かげ」と上手に付き合う方法を考えなければ
いけないわけで。

なんだかテキトーなこと、書いてますね。

日本では優れたカメラとかフィルムとかは死ぬほど開発・製造してるけど
そのわりには、日本発の優れた写真って、ぜんぜん少ない気がする。
どうしてなんだ?

アラーキーみたいな、もっと写真生活、写真人生を送る人が、
増えなきゃいけないんだよ。そうなれば、彼ひとりだけが、あんなに
ちやほやされる時代も終わるでしょう。彼だって、それを望んでいるはず。

そうだ。こないだ思ったこと。
写真というのは大いなる現状肯定なんだよ。現状追認じゃなく。

この二つ、似てるかもしれないけど、天と地ほどの差がある。

もう一度言うね。写真というのは、大いなる、現状肯定なんだよ。
自分の身近にいる素敵な人たち、気持ちのいい自然、可愛いペットたち。
愛する恋人、最愛の妻、むちゃくちゃ可愛い子供たち。なにげに気になった街角。

シャッターを押す瞬間だけが、生きてる、って思える瞬間で。

それから、写真家というのは一眼レフのピントグラスみたいな
「すりガラス」、くらいの存在なんだよ。

せいぜいガラスの研磨の角度とか荒さとか、その程度の違いが写真家の
個性になる。けど、それくらいの個性がすごく大きな意味を持ってる。
フィルターという言い方はよくするけど(それでもいいけど)、なんか
私の中では「すりガラス」という言い方がしっくりくるなぁ。

いま錦糸町まで来た。さきほどから、私の席のすぐそば、ドアの脇に、
お乳の立派なおねえさんが立っており。日記を書いている場合ではないので
続きはあとで?ということで。

それでは、さよなら、さよなら、さよなら……。(^^;

……。ここからは帰りの電車の中。いまは御茶ノ水。千葉行きの最終。
接続する電車がなかなか来ないため、足止めを食らってるところ。

帰りの電車で日記を打つことはほとんどないんだけど、今日はなんとなく
気が向いたので、書いてる。ホントに珍しいことだ。

こないだふと思ったこと。

「美というのは、使うもんじゃなくて、感じるものだ」って。

消費になじまない、ってことかな。「愛」とかも、そうだよね。

明日は写真家のOさんの事務所を再訪問する。来月の企画の打ち合わせで。
今回は私ひとりで。全権大使。う~ん、緊張するなぁ。こないだ以上に、
いろんな楽しい話が伺えると、いいなあ。

どうだろうね。

今日、こないだの土曜日に東船橋駅で撮った浴衣の女の子の写真を
プリントに出したんだけど、取りにいくの忘れた。いい表情のカットが
あるといいなぁ。

彼女の写真をどこへ載せるか。撮らせてもらうときに、言い訳っぽく
インターネットで写真展とかやってるんだよ、って言ったから、
ホームページに載せてもOKだと思うんだけど、また新しいページを
起こすのもなんだしなぁ。東船橋は南房総じゃないし。(^^;

しょうがないから、いま考えているのは、「原宿ST物語」を改題とかして
間口を広げようかな、って。そうそう原宿や表参道へも出かけていられない
しねぇ~。広義の原宿。可愛い女の子が軽やかに、楽しそうにしてる街は、
たとえどこであっても“原宿”なんだ、って。ダメ?そういう割り切りは?

ダメかなぁ。まあいいや。

こんどの土日は、仕事だろうなぁ。写真撮りに、行きたいなぁ。
水着のお姉さんたちが手招きしてるのになぁ……。(^^;

稲毛や幕張でお茶を濁すというのは、ナシだよね。うん、デフォルトでナシ。

やっぱり写真を撮る「場」というのは大切だと思われ。さっきは、どこでも
原宿だ、とかいってて、かなり矛盾するような気がしてるんだけど……。(^^;

あ、そうそう。写真関連で、かなり大きな話題を持ってたこと、思い出した。
ほら、毎年恒例の、甲子園のビクターのポスター。今年も昨日か一昨日から、
秋葉原の駅に貼り出されており。……去年に引き続き、今年も手抜きクサイんだ。
着てる服も一緒だしさぁ~。表情もあんまり変わりばえがしない。なんとかしろ、
って感じ。たぶん、モデルになってるタレントの女の子が悪いと言うよりも、
カメラマンの罪が大きいと思う。だれだ!今年のビクターの甲子園を撮ったのは?

私がダメだ、と言ったらダメなんだよ。その証拠に、何日たっても今年は
一枚も欠けないもん、って書こうと思って、いま顔を上げてポスターの貼ってある
場所を見たら、あ、あれ? ……一枚もない! どうなってんねん?
だれかがまとめて持っていったか。夜の闇に紛れて。
う~ん、う~ん。納得がいかんなぁ。

あんまり関係ないけど、焼酎と納豆は実は合うと思う。私、納豆ってあんまり
好きじゃなくて、ほとんど食べないんだけど、でも、夜中に焼酎を飲んでると、
どういう訳か納豆が欲しくなるもんなぁ。う~ん、不思議だ。

そんなことはどうでもいいのだが。

閑話休題、なんて言ったら、その瞬間に、このHP全体が“電子のもくず”(c)by Mr.D
になってしまうよ。あはは。つまり、このHPには「閑話」以外のものなんか
なにもない、っつーこと。ふふふのふ。

写真って楽しいよね。ホントに写真って楽しい。楽しすぎる。(^^)/
よくぞ私、誰の助けも借りず、自分自身で「写真」というモノに出会えたよなぁ、と
思う。天の啓示を受けて(^^; 写真を始めた、大学3年の夏の自分を褒めてあげたい。
夏のタイムマシーンに乗って。(^^)

・8月11日(金)

明日と明後日のどっちか、やっぱり出社しないといけないんだろうなぁ。(涙)

こないだ、クルマの調子を見てもらいに行ったときの話をしただろうか。こないだの日曜日
いつもの幕張のオートバックスへ。結局、エンジンがかかりにくくなってる原因は分からん、
ということだったんだけど、見てもらってる間、待合室?でぼーっとしてたら、有線で、
障子久美さんの「あの頃のように」が流れ。うわぁー、と思った。
この曲、私の中で、指折り数えるのに入るくらい、好きな曲。レンタルCD屋とかで
捜しても、全然ないので、彼女のが歌うのを聞いたのは、おそらく何年ぶりとかだと
思われ。すごくうれしかった。

その日の帰りかなぁ。深夜11時頃、fmラジオがつまらなかったので、適当にクルマの
ダッシュボードからカセットを取り出して、カーステレオにつっこんだ。そしたら、
流れてきたのは、オリジナル・ラブの「プライマル」。サビの部分の歌詞が、どういうわけか
いまの自分にじんと沁みた。

♪ 愛はいのちよりも前にあるから

この曲を(ヒットしてた当時)リアルタイムで聴いたときは、なんだよ、キザな歌詞だなぁ~
くらいにしか、思わなかったんだけど、こないだの日曜日に、何年かぶりに聴いたときは
あ、そうだよなぁ、そのとおりだと思うぞ、って心の中で思ってた。
どういうことかっていうとね、本当に結ばれるべき人とは、きっと世を経ても
偶然をよそおいながらも出会い、自然に惹かれ合っていくんだろうな。それは生まれる
前から決まってる、約束事みたいなモノなんだろう、って直感的に思ったのね。

そのテープの2曲目は、石嶺聡子さんの「涙はいらない」。タイトル合ってるか
自信ないけど。
この曲も、ものすごくいい曲なんだよ。たしか、シングルCDを持ってたはず。
この曲を聴くと、福岡時代にほんのちょっとだけ付き合ってたN子ちゃんを思い出すなぁ。
彼女はふつうの男女のお付き合いを望んでたみたいだけど、私は高い次元での?
同志としての存在として、彼女を見ていた。そのズレがもとで、そうそうに別れることに
なったんだと思う。でもでも、一瞬盛り上がったときは、ひとりの女性に想われている
ということの勇気、自信、活力、そんなことを日々感じてた。そのときの私の実感に
ぴったりの曲だった。いま聴いても、すごくいい曲。さっそくmp3化しよう。(^^;

3曲目に入ってたのはスピッツの♪君を忘れない~、っていう曲。タイトル失念。

たしかこれらの曲が流行ってたのは、96年の初頭だったと思われ。私が福岡を離れる
ちょうど1年ほど前のことですね。

46分テープには、上に挙げた3曲しか録音されておらず。
どういうわけか、私の所有する音楽テープには、こういう類のものがやたら多く。(^^;

昨日はお二人の著名な写真家の方に、私のこれからの写真人生について
ものすごく多くの貴重なアドバイスをいただいた。別々にお話をうかがったのに
お二人のおっしゃることは、ほとんどまったくいっしょの内容で。信頼している
お二人が言われることなので、そのとおりなのだろう、と承伏せずにはいられず。

それはある意味で、自分にとって、とてもつらい作業でもあり。

ディスカウントショップのレジの後ろに掲げてあった、家康の格言の
安っちい額縁に書かれてた、

人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し

だっけ(だいぶ違うかも)。あの、そのとおりだけど、だからなんなんだよ、
という台詞を思い出すなぁ。

昨日の自分、今日の自分、明日の自分。
あたりまえのことだけど、それらはずっと連続した存在であり。

いま、gooを使って上の家康の台詞、検索してみたら、あったあった
2件ヒット。そのうしろには、「急ぐべからず」って続くんだって!

わお、家康さん、分かってるじゃん!! (^^;

あせらずに、行くぞ。

・8月12日(土)

御巣鷹れくいえむの日。15年前の今日、30分ほどの迷走のすえ、
JAL123便が墜落して520人の尊い人命が奪われた日。

あの日のことは、よく覚えている。帰宅したら、夕方のニュースで、
一機の旅客機が行方不明になっていると報じており。

機長を務めていたのは、高校の部活の、一つ下の後輩のお父様で。

———-

そして今日は実は、私が福岡時代、むちゃくちゃお世話になった
某・米ちゃんの3x回目の誕生日でもある。

よねちゃん、お・め・で・と。(^^)/

また遊びに行くよん。

あ、明日、なんとか数時間、時間をこじ開けられそうなので、みたび、
岩井へ出かけてきます。今回は、岩井の夕日がテーマ。きれいな夕焼けが
見られるといいなぁ。あとは、すてきなビキニ娘にあえるといいなぁ。

というわけで、早く寝ましょう。(^^)

げ、もう3時前か……。

あ、そうそう。きょう、会社でうんと立派な虹を見ました。
明日の新聞が、楽しみだ。(^^)

それではみなさま、3度目の岩井の報告を期待しててくださいな。(^^)

・8月13日(日)

……。台風9号の、ばか!

おやすみなさい。(^^;

夜になりました。今日は、一日中寝てました。ごめんなさい。>みなさま

夜、ごそごと起き出して、CDと本を買ってきました。あ、CDを1枚、借りもしました。
買った本、「一眼レフで始める上手な写真の撮り方」(成美堂出版)、「アサヒカメラ8月号」
「Neptune:桂木亜沙美1st写真集」(ぶんか社)。
買った中古CD、「Desire」(オリジナル・ラブ)、「プライム」(障子久美)、
「幸せになりたい」(内田有紀)。
借りたCD、「SUNNY SIDE OF ORIGINAL LOVE」。

コメントを少々。一眼レフで始める……は、写真家の大西みつぐさんが監修を務めてる本。
会社でも購入してたけど、手元に置いておきたいなぁと思って、あらためて購入。
アサヒカメラも、そうかな。ひさびさに読者コンテストに挑戦しようと思っているので
いろいろ下調べをすべく。
「Neptune」は、コメントなし。(^^; 安かったよ。1300円くらいだったような。
定価が2800円もするのに。桂木さんの写真集は、1冊はおさえておきたいよね~。
1stと2ndがあったので、躊躇せずに、1stのこちらをGet。
鰹の刺身と女の子の写真集は、やっぱり初物が一番だと思われ。(^^)

こないだ、オリジナル・ラブの「プライマル」をひさびさに聴いた、って話を書いたと思うけど
あれから毎日、あのテープ聴いてます。で、どうせだからCDを手元に置いておきたくなって。
それで、近所の中古CD・本屋に行って、見つけてきました。「Desire」というCDに
収録されているだろう、と当たりをつけて。いや、いっぱいオリジナル・ラブのCD、売って
たんだけど、どれに「プライマル」が入ってるか、分かんないんだよ。ビニールのパッケージの
外からじーっと見ても、収録曲の一覧が読めるものって少なくて。下手にいじると、例の
万引き防止のブザーが鳴り響くし。で、発売日で、きっとこれだろう、と考えて、
買いました。結果的には、アタリだったんだけどね。

じゃあ、なんでわざわざ、別のベスト盤「SUNNY SIDE……」を借りたかというと
「Desire」のほうに入ってる「プライマル」は、ありがちなAlbum Versionで。
おれ、基本的にアルバムバージョンって好きじゃないんだよなぁ。いや、別に、アルバムに
シングルと別バージョンを入れることに全面的に反対してるわけじゃないよ。でも、うちらの
聴きなれてる楽曲って、やっぱりシングルバージョンな訳で、それを期待して、聴いてみると
全然イメージが違うことに愕然とする、ということって、けっこうよくあることで。

んなわけで、新しいことに保守的な訳ではないのですが、自分がいいと思ったものを
信じたい、というのが私の変わらぬ信条な訳で。ごめんね、アタマ固くて。

そそ。障子久美さんの「あの頃のように」が収録されてるアルバム(「プライム」)も
Getしたよ! むちゃくちゃうれしい!!! 2000円くらいまでだったら出しても
いいかなぁ、と思ってたんだけど、いくらで売ってたと思う??? 50円だよ。50円。
あんまりだよなぁ~。今回また、資本主義の冷酷さを身に沁みて知ったように思うけど、
ま、ほしいCDが安く買えたので、文句は言わんとこ。(笑)

あれ?なんの話だっけ。

まぁいいや。

そそ。今日、風呂に入ってるときに、ふと思ったこと。

私、豚バラキムチが、好きなのね。いうまでもなく、豚のバラ肉とキムチを炒めたもの。
今日、母が作ってくれたから、うれしいなぁ、と思ってたんだけど。

豚肉と牛肉、むかしは牛肉のほうが圧倒的に高級で、ものすご~く重んじられてたじゃない?
でも最近は、そうでもないでしょ。外国産の、安くてそれなりに美味しい牛肉が入ってきてからは。

あと、外国産のウイスキーとかもそうだよね。なんだっけ。学生時代、先輩のうちで、
オールドパーX年もの、とかを飲ませてもらったことがあって。たしかあの頃、8000円くらい
したんだよ。日本で買うと。それが、ハワイかどっかだと、むちゃくちゃ安い、とかって言って。

んで、ありがたく頂戴した気がする。

最近、オールドパー、いくらで売ってる? むかしほど、誰も有り難がって飲んでない気がする。
いや、国産のウイスキーも、以前はむちゃくちゃ高かったでしょ?

でも最近は、安いじゃない? それで「高級ウイスキー」の世間的な地位が
下がったところがあるような気がする。

逆の話もある。どっかの店で、なにかの商品を、いくらかで購入するじゃない。
で、あとからチラシとかで、その同じ商品が、もっと安く売ってたとするでしょ。
そのときに、どう思うか。

私、あんまり悔しくは思わないんだよねぇ。自分がある値段で納得して購入して、
その商品が、自分にとって大切に使われてるんだったら、それでいいじゃん、って。

変かなぁ、私の考え方。

こないだ、会社の女の子と喋ってて、iモードの携帯の話になってね。
私はソニーのSO502iとかいう製品を買ったんだけど。彼女はたしか、
三菱製の、カラー液晶のものを買っており。私がモノクロの液晶のを買ったっていうと
えー、やっぱりカラーでしょー。だってモノクロだと、マケ、って感じがするじゃないですかぁ
って。

それをきいて、すんごいびっくりしたのね。iモード端末に勝ちとか負けとかがあるのも
初めて知ったし。

どうも彼女は負けず嫌いで、いかなることにも負けることが我慢ならないらしい。
そんな、彼女の基本的なメンタリティというのは、彼女の日常生活の、あらゆる場面で、
目にすることができ。なんか前に言ってた。「なめられちゃいけない」って思う、って。

もっと肩の力を抜けたら、ぐんといい女になるのになぁ、と思う。

あ。何が言いたいのか、わかりにくいですか?

私が言いたいのは、ひとつ。

自分がいいと思えば、いいじゃない。
それがいくらであろうと、世間的な評価がどうだろうと、
流行ってろうが、流行ってなかろうが。

どうしてみんな、人の評価を気にするのかなぁ。

もちろん、他人の評価をまったく無視しろ、とまでは言わない。
でも、それは最小限であるべきだと思うな。

自分を信じる、ということが、この人生を楽しく生きるための
極意の「其の一」のような気がするのですが。いかがでしょう。

あ、そっか。そう考えると、自分を信じられない人というのは
そういう「しつけ」や教育を、受けてこなかった、という言い方もできるかな。

もっと自由に生きたほうがいいよ。

誰がなんといおうと、死ぬときは自分ひとりなんだから、さ。

そう思いませんか? 思った人、この指とまれ!(笑)

・8月14日(月)

世間はお休みモード。(涙)

電車の中を見渡しても、あんまりビジネスマンっぽい人の姿は見あたらず。
まぁ、時間が時間、というのもあるんだけど、ね。

昨日の補足。「自由」というのは放縦ということとはまったく違う、と思う。
自分なりに筋を通して、ポリシーを貫いて……、という意味。私の中では。

自分の良心に忠実な人っていうのは、他人に対しても寛容なような気がする。
他人の「自由」を、自分の自由と同じように大切に思えるだろうから。

私が一番キライなのは、自分の考えを他人に押し付けようとすること。
自分でするのもイヤだし、他人からされると無条件に反発する。
どうして「自分が考えていることだけが正しい」と
信じて疑わない人が、世間にはあまりにも多いのでしょう?
彼らの自信は、一体どこから湧いてくるのでしょう??

不思議でならない。

前に、高校時代からの友人たちとやってるMLで、そんな話題になったことがある。
私が、どうしてそんな、断定的な言い方をするの?って聞いたら、2名ほどから、
断定的な言い方をするのは、自信のなさの裏返しなんだよ、っていう率直な述懐を
もらったことがあって。ああ、自覚はしてるんだぁ、と驚いたことがある。

自信がないんなら、そのままでいいじゃん。自信がないことが相手に伝わると
不都合なのかな? ……不都合か。(笑) 生き馬の目を抜くような、現代社会に
生きてる人たちにとっては。

私、ハッタリをかますのって、死ぬほどいやなのよ。ハッタリをかますくらいだったら
一日中、妙(うちのネコ)といっしょに、昼寝してるよ。
だって、ハッタリをかます、っていうのは、自分を偽るってことに直結するでしょ。
どうしてみんな、自分を飾ったり、大きく見せたり、歳をごまかしたり(笑)
そういう枝葉末節のことばっかりに腐心してるんだろうか。
もっと大切なことがあるのに。

ゆっくり深呼吸しようよ。

・8月20日(日)

うげっ。もう20日?? やばい……。

今日は体調があまりよくなかったのもあって、会社を休んでしまった。
明日から、また地獄の毎日が……。

今日、どうしても言おうと思ったこと。

運命の人なんて、いないよ、って。

といういいかたは、あるいは誤解を招くかな。

最終的に一緒になった人が、運命の人。
ホントに確かなのは、それだけだと思う。

・8月22日(火)

いよいよ地獄の1丁目。

昨日、ある世界的な光学機器メーカーに、新製品のデジタル一眼レフカメラを
借りに行った。東急線にとことこ揺られて。そのメーカーの本社は、駅から少し
離れており。商店街を抜けて、10分と少しの道のりを歩く。折しも、
仕事帰りの会社員やOLさんたちが、駅に向かって歩いてくる頃で。
その多くは、僕が訪れた光学機器メーカーの社員であると思われ。
何となくすれ違うOLのおねえさんたちを見てると、みんなそれなりに美人で、
聡明そうで、仕事ができそうで。歩きながら、だんだん気分が滅入ってきた。
やっぱり寄らば大樹の蔭、だよなぁ。どうして私、大学を卒業して新聞社なんて
入っちゃったんだろう。それも、よりによって傾きかけた弱小全国紙の
会社なんかに。……それから、どうして新聞社を辞めちゃったんだろう。……。

なんて具合に。

守衛さんに来社の目的を伝え、カードに記入して、それをもって本館?へと
向かう。広報のおにいさんからβ機を受け取って、玄関先まで送ってもらって
で、構内を歩いてた。そしたら、舗道の真ん中に、蝉の死骸が落ちてた。

それを見たときに、人間も、蝉も、生命に差なんてないって思った。

その気持ちのまま正門を出たら、さっきは全然耳に入らなかった蝉のものすごい鳴き声。
みんな一所懸命だなぁ。その蝉の声を聞いてたら、気分がすっと楽になった。

俺も少しは鳴いてみるか。(笑)

—–

こんな悠長な日記を書いてる場合じゃない。仕事が山ほど残っていて、
溺れそうな私たち。

早く寝よう。

昨日AOLでチャットしてて、そのあとphsに電話を掛けてもらった、
群馬のおねえさんには、なんか悪いことしたなぁ。こっちから一方的に電話
切ってしまって。……ごめんなさいね。(^^;

・8月23日(水)

人との出会いの不思議さについて考えている。

おもしれえなぁ、写真って。何度も言うけど、そこに人間が写ってるから
写真って、おもしろいと思われ。死ぬ直前まで、シャッターを切ってたいと思う。

あ、そう。可及的速やかに、ハッセルブラッドを買うことにしました。
一番安い、500c/m+80mm+A-12という組み合わせ。なにが中判だか、
よー分かってないんだけどね。(^^;

でも35mmフィルムの3倍以上の情報量があるらしいので、撮る側も、それなりの
決意がいるよね。なんか、カラーじゃなくて、モノクロで攻めたい気分。
そしてそれはたぶん正解。って、少し前にも言ってた気がするが。(^^;
あ、福岡に行ってたときだ。西村さんちからパチパチ日記を更新して。
でも結局、福岡では、まったくモノクロフィルムは使ってないんじゃない?(^^;
それに、撮った写真も、全然現像に回してないし。いいわけ? それで。>じぶん。

ごめんなさい。明日現像に出します。お金ないんですけど。(^^;

・8月28日(月)

今日、東急電車で死ぬほど可愛い子に会った。都立大学かで降りたので、
僕も降りて、駅前の自転車置き場で声を掛けた。で、写真を撮らせてもらった。
近日中に写真をupする予定。ホントに可愛いんだよ。でも緊張してて、
上手に笑顔をつくれなかったかな。リラックスさせてあげられなくて、ごめんね。
でも、ホントに目がきれいでした。いつも遠くを見てるんだろうな。

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