1996年12月

 

日記

●平成八年

・12月×日

映画「この窓は君のもの」(古厩智之監督)をビデオで見た。ちょっと時間が
経ってしまったので記憶が定かではないのだが、文字どおり日記として、
記録としてここに記しておこうと思う。この映画を知ったのは、新聞。
いくつかの一般紙の文化欄で、劇評?が載ってて。どれもイイ、って書いて
あり。つけてある写真が、2階の窓の外に二人が並んでる写真で。ヒロインの
女の子が、可愛い。こっちでは、やってなかったのでもちろん劇場では見られ
なかったんだけど、いつかビデオになったら見ましょう、と思ってた。

ビデオ屋をプラプラしてたら、あって。思わず借りた。

最初の印象は‥‥だまされた。女の子がどーしても可愛いとは思えず。
うーん、このへんは好みの問題なのかもしれないけど、あの新聞の写真は
どーみても、「写りがイイ」。んなこと言ったら怒られる、かな。ま、いいか。

で、感想は、「持て余している」と思った。登場する高校生たち。一人残らず。
何を持て余しているのかはうまく言えないんだけど、なんだかその持て余している
もののせいで、変に独りよがりになったり、空回りしたり、他人との距離をうまく
保てなかったり。みんながみんな、そうで。自分もむかしはこうだったのかな?
それと映画の雰囲気というか、タッチはものすごく自主制作っぽいですね(笑)
なんというか、とても一般市場向けにつくられた商業映画らしくないというか。
B級映画という言い方は好きではないし、正確に示しているものを理解している
訳でもないのだが、とてもこの言葉がぴったりと合う、そんな映画でしょうか。
色もくすんでるし。
細かいところを言えば、さいごにヒロインが去っていってしまうところとか、
微妙な演出がなってない!という言い方も出来るのかもしれない
(あの淡泊さがイイ、とももちろん言える)けど、ま、そういう見方をするのは、
酷でしょう。全編を流れるストイックさ?とたまにそれからはみ出した
「若さ」と。ブドウ畑を走るシーンは、でもやっぱり名場面と呼ぶに
ふさわしいと思う。

それともう一つ、花火のシーン、眼鏡かけた男の子と犬のツーショットは、
読めたな。抱きかかえていくときに。ただ、あそこまで過剰演出をしてるとは、
思わなかった。監督、おちゃめ!

なんか感想を書いてたらもういっぺん見たくなってきたなぁ。でもどうもうちの
19インチのTVは、迫力がなくていけない。根性ない私は冷たいリビングの
フローリングに寝っ転がってビデオを見てると、すぐにストップボタンを
押したくなる。実家に帰ったら28型くらいのワイドテレビでも買いましょう。


・12月9日(月)

『落下する夕方』(江國香織著、角川書店)を読んだ。感想だけど、結論をいうと、
『きらきらひかる』の方が、数倍、イイ。
前半は、梨果と健吾と、華子の世界が、いい感じで進んでいたのに、後半、なんか
だらけた、そんな気がする。勝矢だとか、カツヤノカナイだとか、中島さんだとかが
闖入してきて、なんだか物語の焦点がぼやけたような気がする。この作者、まだ?
というべきか、向き不向きの問題か、あまり多くの人間を小説の中で動かすことに
慣れてないんじゃないか。よく分からないが。
ただ、特に前半、文章の細部にこの人の細やかなこだわりが感じられて、すごく
心地よかった。うん。
『きらきらひかる』と、この『落下する夕方』の間に
書かれた『なつのひかり』も読まないといけないんだろうな。

それから、華子が自殺してしまうことについて。基本的に私は人が死ななければ
物語が進んでいかないような小説はダメだと思っているから、彼女があっさり?
死んでしまったときに、ちょっとしたショックを受けた。そろそろ小説が終わりに
さしかかった頃だったので、作者がどんな風にまとめ上げてくれたのか、期待してた
ところだった。それが、思いっきり期待を裏切って、物語の中心軸が急になくなって
しまったから、なんだか最後まで白けたままだった。

誰かが自殺をするとその理由を残された人間があれこれ詮索するけど、自殺した
本当の理由はだれにも分からない。自殺した本人だって、本当のところは
分かってなかったのかもしれない。だから、小説で人を死なせて、そのあとの
ことをいろいろ書くというのは、なんだか禁じ手というか、楽な手段というか、
どうも一読者としてすっきりしない。小説としては全然まとまらなくても、すごく
かっこ悪くても、主人公たちには小説の最後まで駆け抜けてほしい。

角川が出してる「本の旅人」という冊子に江國香織のインタビューが載ってて、
そこで彼女も、華子を死なせたことに関して、「あんなに躊躇したことはない」
って言ってるから、ま、許してあげよう。

なんだか、ものすごく久しぶりに日記を書く。
いろいろバタバタしてたから。
もう少しすると落ち着くんだろうけど。あと数ヶ月かかるかな。どうかな。


・12月18日(水)

今日休み。おととい、宿直の日に江國香織の『ホリー・ガーデン』を
紀伊国屋で買ってきて、読んでます。うん、面白い。いま、5/6くらい。
(数時間経過)
読み終わりました。なかなかよくできた作品なのではないか。帯にあるように、
「優しく切ない友情の物語」(女同士の)なのだと思う。最後、主人公の果歩は
同僚の中野君とうまくいくし、静枝はなんだか不倫相手と別れそうだし、
基本的にはハッピーエンド、になるのかな。ま、ストーリーとしては、特に
何があるというわけではないのだが(それが私を引きつけるものなのだけど)
やっぱり、文章のあちらこちらに、人をなごませる何かを、この人の小説は
もっていると思われ。大した出来じゃあないな、と思いつつも、次の小説を
読んでしまっている。大した力量なのかもしれない。
何が「力量」だかよく分かんないけど。

最初読み始めた頃に気になったのは、ハードカバーなのに、どうしてこんなに
軽い(物理的に)ってこと。本文の紙質も、ちょっとザラザラしてて、
ペーパーバックみたい。カバーの部分もなんだか柔らかくて軽くて、
どうも軽量畳のような感じ。いやいや、悪くないと思う。材料費が安く済むんなら
全然これでOKだと思う。持ち運びにも便利だしね。ま、ずしりと重い方が
都合がよい書籍には向かないだろうけど。

あと感じたこと。トマトはマヨネーズをつけるのも、塩をふるのも、どっちも
おいしい、と思う。私はといえば、2つあったら、一つはマヨネーズ、一つは
お塩で食べるけど。ゆで卵だったらちょっとマヨネーズにかたよるかな。

もう一つ、感じたことは、ホントにどうでもいいことなんだけど、登場人物の
「芹沢」の「芹」の字の活字のバランスが悪い、ってこと。「斤」の部分と
「くさかんむり」が、どうもアンバランスだよ。って言ってもしょうがないけど。

ま、そんなとこ。もう一度読み返してる、すでに‥‥。


・12月20日(金)

村上春樹の週刊朝日の連載の最終回を読んで、泣けた。おいおい泣けた。
最終回に、この話をもってくるところが、彼の誠実さであり、なんだか
他愛もない話だと文句を言いながらも彼の小説を幾編も読んでしまっている、
その理由にもなってる。

吉行淳之介の話のときも思ったけど、こうやって自分の中に大事な物語が
いくつもいくつもしまってあるから、作家をしてるんだろうな。

本人と直接会ったことはないし、付き合ったこともないので本当のところは
分からないけど、こういうのを本当の「誠実」というんだと思う。見習いたい。


・12月22日(日)

ネットスケープの4.0(もちろんβ版)が出たのをインターネットウォッチの
号外で知り、さっそくゲット。1時間弱かかったかな。5.5Mくらいあるのかな。
いやぁ。すごい、すごい。頑張ってる。古い(3.0までの)ネットスケープ
ナビゲータとの整合性なんかが、きちんとしてて、すごく、イイ。うん、イイよ、これ。
やっぱり。マイクロソフトなんかに、負けないでほしいな。いやいや、ホントに。


・12月24日(火)

えっと、今日泊まり明けで。小学校の2学期の終業式の取材に行った。
福岡市立原北小学校。3年2組。みんな可愛かった。うん、うん。
なんか、すごくしあわせな時間だったな。体育館の終業式と、クラスでの、
通知票を渡す時間と。担任の先生も、けっこうノッてたし。
うん、よかった。

ネットスケープの4.0、メールのエディタで、日本語、インライン入力
出来ない! なんかDOS時代を思い出すなぁ。まさか、IME97とか
だったら、インラインで入力できる、つうことは、ないよね。うちはちなみに
ATOK10。

今日、すごい満月。皓々と光ってた。すごいすごい。
なんか、怖いくらい大きな月だった。

あとなにかな。あ、そうだ、今日っていわゆるくりすますいぶ、なんだぁ。
地球上に、この日を一人で過ごしている人って、15億人くらい、いるのかなぁ。
そんなにいないか。ま、私もその一人。‥‥んふっ。

そうそう、今日、NTTから電話の移転の電話がきた。留守電に入ってた。
あと、アート引越センターの段ボール箱が玄関の前に積んであった。ガムテープ
2個つきで。大が10個、小が20個、ってとこかな。

今日はこのくらい。明日は地獄の年賀状書きが控えている。(^^;(^^;(^^;

(追加分)
夜、某H宅(笑)で、水炊きをいただく。初対面の女性が同席してて、すごく
緊張。そのせいで(か?)白波のお湯割りを死ぬほど飲み、1時過ぎまで某H宅で
寝てた。


・12月25日(水)

休み。起きたのは昼過ぎ。といっても午前中、いろいろ事務的な電話が
かかってきて、なんべんも起こされた。‥‥それにしてもNTTという組織は
どうも横の連絡が悪いらしい。具体的には、もう少し怒りがこみ上げたら(笑)
書きましょうかね。

年賀状を約70枚、書いた。とはいっても今年もローソンの手抜き印刷だから
宛名とコメントを少々認めるだけだけど。でもなんか、年賀状っていいよね。

この時期になるといつも「虚礼廃止」とかいって、年賀状はやめよう!とか言う
人がいるけど。もちろん本当の虚礼の賀状なんか、どんどんやめればいいんだけど、
単なる虚礼とはいえないものも、少なからずあるだろう。年賀状がなければ、
そのまま忘れて合って?いってしまうつながりも、あるだろう。出したくない人は
出さなければいいし、もらって嬉しい気持ちを持つ人ならば、自分でも
出すべきだろう。
ねぇ。