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2007年08月 アーカイブ

2007年08月02日(木)

ハノイ安着

ハノイに無事着きました。定宿としている旧市街のユースホテルに。

今回の取材でお世話になる方に予約をお願いしておいたら、なんと101号室。日本式にいうと201号室。僕がいままで自分で、飛び込みで部屋を求めると、だいたい40x号室(つまりは5階!)になってたから、やはり予約する側の力というのは大きいのではないだろうかと思われ。

今回は機材も多かったので、はじめてふつうのタクシーに乗った。いつもはミニバスという、ワゴン車に相乗りするカタチのヤツを愛用しているのだが。ミニバスだと3ドルとか最初に払って、お客のホテルを巡回して降ろしていく方式。なぜか僕はいつも最後になり、旧市街の●●ホテルね、っていうと、追加料金を何ドルか取られる。あるいはベトナム航空のオフィス前で降ろされて、そこからバイクタクシーに乗るハメになる。

急いでたから、今日乗ったタクシー、ちゃんと確認するの忘れ。ハノイのノイバイ国際空港に乗り入れが許されてるのはベトナム航空のタクシーか、ノイバイタクシー、その2社。慌ててたもんだから、ドアに書かれたタクシー会社のロゴを確認しわすれた。空港から市内へと向かう高速道路の途中で、そのことに気づき、後ろの窓ガラスに書かれた会社名を見たら、ベトナムタクシー、って書いてある。なんてグレイトな名前。まあ、ベトナムのハノイでタクシーに乗った日本人が行方不明になった、っていうニュースを最近見ないから、たぶんイノチまでは取られることはないだろう、って途中から開き直りにも似た気持ちが湧いてきて。

江河を渡る大橋を越えて、川沿いにさかのぼる。あ、大丈夫だ、少なくともハノイの方角へ向かってる。最悪、ハノイの土になれる、かな。(笑)

とかいいながら、爆走を続けるタクシー。見慣れたレトロな骨組みの橋が見えて。あ、ロンビエン橋だ。童謡にも歌われた……。なんべんも戦争の時に米軍に落とされたという……(←記憶違いだったらごめんなさい)。

で、予想どおり、契約してる聞いたこともないミニホテルの前で停まり。フロントのにいちゃんが出てきたから、おれホテル予約してるからさぁ、あんたのところには今回はお世話になることは出来ないなぁ、というニュアンスのことをフランス訛りの日本語でいうと、ああそう、しょうがないなぁ、なに?●● ホテル? ちょっと聞き取れないから紙に書いてくれる? 知ってる人に場所を聞くから、って意外に親切だったりして。

で、ホアンキエム湖のそばで降ろされて。湖がたしかにホアンキエム湖なのはたぶんそうなんだけど、ホアンキエム湖の畔(ほとり)のどのあたりなのかがわからん。湖の近くに行けば分かるか、……うーん、ユースホテルからは歩いて300mくらい離れた、水上劇場の近く。島へ渡る橋の近く。こないだ写真展に出したSchool Girlというタイトルの写真を撮った場所のすぐ近く。車が止まるとバッグを二つ抱えてすぐに外に出て、早く後ろのトランクを開けてよ、ってたたく。そしたら、お金は、ってドライバーさんが。

いくらっていわれるかなぁ、って期待してたんだけど、ベトナムドンで200000ドン。高いよね。たぶん市場価格よりも何割か高い。そのうえ、これは会社に取られちゃうからさぁ、僕のぶんもほしいな、ってのたまう。そうだね、こんなに早く着いたしね、と思って20000ドン、チップとして差し上げた。タクシーを降りて、ホアンキエム湖に沿って歩きながら、そうだよな、これがあるからベトナムってやめられないんじゃん、って思った。一言でいうと、人間くさい。人間くささが残ってるから、わざわざアホみたいになんべんもハノイに通ってくるんじゃん。

そうそう。今回で、おぐらのハノイ訪問はちょうど10回目になりました!
昨日かな、あらためて数えちゃった。ホームページかブログのどっかに、いつ小倉がハノイに来たか、というのをメモっておいたのをgrepかけて検索して。htmlの表があったの。ここにコピペするのはめんどうだから、別紙参照ということで。

まあいいや。とにかく10回目のおぐらのハノイ滞在。
サンキューソーマッチ、ということで、ハノイの夜も津々と更けていっております。ユースホテルの向かいのメシ屋で、かけつけベト飯としゃれ込もうかとも思ったのですが、よく考えたら小倉はダイエット中。しかたがないので、部屋の冷蔵庫で冷えてたダイエットビアハノイを飲んでます。これから3本目。

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ホアンキエム湖畔に集うハノイエンペラーの方々。(うそ)

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ホアンキエム湖畔で改修中の建物

【資料】小倉のハノイ訪問10回の軌跡(涙)








02年6月 福井さんといっしょに撮影ロケ(サイゴン→ハノイ)
02年 9月 ハノイ旅行。たまたま中秋節でハノイにはまる(ハノイ)
03年 1月 サイゴン旅行。中村さんというおじさんと出会う
03年10月 ハノイ旅行。なにしたっけ?
03年12月 ベトナム縦断(サパ→ハノイ→フエ→ホイアン→ニャチャン→ダラット→サイゴン→
  ミトー→カントー→チャウドック)
04年 3月 ニコン・タイランド取材のついでにサイゴンに寄る
04年 8月 ベトナム旅行(ハノイ→フエ→サイゴン)
06年 1月 ベトナム撮影旅行(サイゴン→ダラット→ニャチャン→ハノイ)
07年 5月 ハノイ旅行(スケッチ勝さんを訪ねて)
07年 8月 ハノイ取材(スケッチ旧市街取材)

2007年08月03日(金)

うちあわせなど。

今日は打ち合わせをたくさんしました。
朝イチで、通訳の方と、編集の方と、リトルハノイで。

そのあと、編集部にうかがい、さまざまな資料を読みあさってました。

お昼は編集部の皆様と、紀伊という日本料理屋に行き、
そのあと、買い物ページに関する打ち合わせを、ハノイの日本人でいちばん旧市街に詳しいとウワサされる方と、してました。

夜は友人のTGさんとレジェンドビアでご飯を食べました。

明日から、がっつり取材が始まります。
カメラマン兼ライターとして。日本での名刺ではほとんど有名無実化してる、おぐらのふたつの肩書?が明日以降、大ブレイクする予定。

よろしくお願い申し上げます。

明日の機材の準備、ということで、日本からもってきた三脚と雲台を合体させようと思ったときに、大トラブル発生。ネジ穴のサイズが、合わない……。オス側(三脚側)のほうが巨大で、メス側(雲台側)が小さくて、どうにもこうにも、入らない。うーん、どうしよう……。

これ以上かくと、ややお下品な友人のTGさんの方向へ行ってしまいそうなので、やめときます。(笑)

なんとかユースホテルのロビーのおにいさんたちの協力を得て、なんとか解決しました。よかった。

解決した記念として、D80+SIGMA18-125mmを三脚にくくりつけて、愛用のColeman(コールマン)のサンダルを激写しました。

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リトルハノイの交差点を渡っていくフランス人(たぶん)のおねえさん方。シャッター速度は1秒くらい? ハノイの夜の流し撮り、超楽しい!!

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夜のルォンバンカン通り。手持ちでいけちゃうから、すごいよねぇ。

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これが愛用のColemanサンダル。2003年のインドシナ一周旅行で履きつぶしたヤツとは微妙にデザインが違うんだけど、でも履きごこち最高

食べ物取材

食べ物の取材に行ってきた。朝9時にユースホテル集合で。
僕と通訳の男性と、編集部からコーディネーターをしてくれるベトナム人の女性。旧市街の食べ物屋街をまさに食い倒れの旅に出る?という……。

写真係とテキスト書き係の両方をひとりでやるというのはけっこうたいへんかも。なにしろ、出された料理を、お客さんで混雑するお店のなか手早く撮影しなくちゃいけないし、そのあと、なんと味見もしなきゃいけない!

午前中の最後の取材のお店。午後イチの取材の時間までけっこう間があいてたので、じゃあしっかりお昼を食べましょう、ということで。ブンチャーのお店。あとから考えたら、午後は午後で、食べ物取材が続くのだった……。

僕は食べ物の取材って向いてないなーってつくづく思ったのが、ほら、味見したモノを、残さなきゃならないでしょ。全部食べてたら、それこそ、食い倒れてしまう。どれもこれも美味しいのに、半分以上残さなければいけない悲しさよ。ああ、母ちゃん、ごめんなさい。うちの母は秋田の米農家の娘で、むかしからご飯を残すことにはめちゃめちゃ厳しかったのだ。そのおかげで、小倉はふだんはどんなことがあっても食事を残すことってしない。それは自分で好きな部分なんだけどね。まあ、今日のことは忘れよう。(笑) 最後のフォーサオも美味しかったなぁ。炒めたフォー。奄美に帰った友人のしろさんは、いつもカラダの一部分の毛を炒めて(傷めて)フォーをやってたけど。まあそれも古い話だ。

今日食べたベトナム料理、どれもこれもニンニクがガンガン入ってた。超すきだし、つねづね僕はニンニクのような男になりたいと思っているのでウェルカムなのだが、一度に量を摂りすぎると、ちょっと胃腸に負担になってしまうかな。まあ僕ももう40だしねぇ。

明日からはホテルの取材が続きます。週末だけ開かれる、ナイトマーケットの取材も、明日明後日でやりたいと考えています。

あ、ハノイの旧市街のミニホテル、どこもかしこもWifiのサービスが導入されてて、すごく快適にインターネットが利用できる。ただ、親機がたぶんロビー階に設置されてると思われ、上のほうに行けば行くほど、電波が届きづらいという難点がある。できれば真ん中くらいの階に、親機を増設してくれたら、もっと快適になるんだけどなぁ。でもありがたい。1280につないでダイヤルアップで電話料金を気にしながらインターネットしてた頃に比べると、まさに隔世の感がありますね。初めてきてから、5年とちょっとたちますが、5年でも街は変わるんだね。当たり前か。小倉が本気で結婚しようかな、とか思いはじめるくらいだからねー。(←あまり関係ない。笑)

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ニンニクが効いてるビーフステーキ。おいしかった

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ドンスアン市場のそばのメロディホテルのベランダに咲いてた花

2007年08月04日(土)

ホテル取材

ホテル取材というのを、生まれて初めてやった。
泊まりがけの取材のたびに、いままでいろんなホテルを利用してきたけど、ホテルそのものを取材対象にする、というのは、40年の人生のなかで、たぶん初めてだと思われ。シェムリアップに福井さんと行ったときは、ホテルの広告を載せるかわりに宿泊費をただにしてもらう、っていうのをやったことがあるけど、あのときも僕は編集として、ついていっただけで。

やばい。ThinkPad X60を購入しようと前向きに考えて、ウェブサイトとかを見るようになったら、いま使ってるX40がストライキを始めた! HDDの動きが悪くて、日本語変換がスムースにいかない!

まあ、それはそれとして。ホテルの取材というのも難しい。ひとつひとつのホテルに歴史があり、経営があり、ひとつところにでんと構えているわけだから、なんか好い加減なことをいってホテルの経営の邪魔をしたら、それこそ申し訳ないわけで。値段とか、立地とか、家具とか、ベッドのふかふかさとか、それこそ宿泊客の数だけ、物差しがあるわけで。ひらたくいうと、最終的には好き嫌いで判断するしかない。まあ、仮に“客観的な”判断基準というのを捻り出して、それに沿って、たとえば点数を付けていく、ということは出来ないことはない、というところなのかも。

まあでも、最終的には値段とのトレードオフなわけじゃん。プラス10ドルで、その満足度を買うかどうか、というところになる。定宿のユースホテルに不満がないかといえば、それは微妙だけど、いろんな部分も含めてギリギリで選んでいるというのもあるわけで。あ、でも、旧市街にはユースホテル以外にも、いっぱい、魅力的なホテルがあるのだ、ということを知れただけでも、今回の特集を企画してくださった編集部の皆様に、深く感謝しなくてはいけない(ヨイショ)。

まじめに、ちょっとX40のHDD、そろそろ寿命が近いかも。新しいB5ノートを買ったら、必要なソフトとかデータを移植して、X40のバックアップCDを作って、そのうえでHDDを換装すべきかもな。友人とかに安く譲るのであれば。ハードオフとかに持っていって買い叩かれるんだったら、そこまでしてあげる必要はないけども。

まあそんな感じ。

今日は午前中から午後イチにかけて、2件のホテル取材と1件のレストラン取材を終えました。このあと編集部に顔を出して、いままでの取材の途中経過をチェック。

あー、どこのホテルにもだいたいミニバーという名の冷蔵庫があり、そのなかにはジュースとかミネラルウォーターとか、あとビールとかが冷えてて。たいがいビールは2本と相場が決まってる。そのことにやや不満かな。どうしてミニバーのビールは2本と決まっているのだろうか。空はなぜに斯様に青いのだらうか。嗚呼。

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ハノイ旧市街のコンチネンタルホテル101号室から見たHang Vai(ハンヴァイ)通りの様子

2007年08月05日(日)

ホテル取材、つづく

昨日に引き続いて、ホテル取材。
今日は朝イチから先ほどまで、4軒のホテルとゲストハウスを取材しました。もう精も根も尽き果てました。そんな大袈裟なもんじゃないか。けど、部屋のなかを、見た目をそこそこ考えて、水平をきっちり出して、広角ズームレンズで撮るというのは、なかなかに神経をすり減らす作業で。

で、明日の朝、取材することになるパラダイスホテルにようやく入りました。今日はこちらに泊まります。文字どおりパラダイスのようです。自分が旧市街にいることを忘れてしまいそうなほど。部屋にはワインクーラーがあり、ダラットワインの赤が冷えております。そして、なんと高速インターネットに接続されたPCまであります。なんともはや。まあ残念ながら日本語が通りそうになかったので(かってにセットアップするのもアレだし)、イーサネットケーブルをDELLのPCから引っこ抜いて、愛機X40くんにブッ差しました。

インターネットが使えるよ、といっても、Wifiで、上の階まで電波が届かなかったり、部屋にイーサネットケーブルが出してあっても実際の速度は、それなりだったり、するわけで。僕が体感した限り、このパラダイスホテルのインターネットは、文字どおり高速。たぶん光なんじゃないかな。わかんないけど。

今日は(今日も)お金を一銭も使ってません。タクシー代は通訳氏が立て替えてくれてるし。昼は取材を兼ねて、一昨日のビフテキ屋に、また行ったし。

ひとつ前に行った、ゲストハウスも、ものすごーく居心地がよかった。日がさんさんと当たり。フロントを奥のほうへ抜けると、吹き抜けの中階段があり。なんだか学生寮みたいな雰囲気でした。一部屋6ドルだったかな。機会があったら泊まってみたいな。あんな開放的なゲストハウスも。僕の定宿のユースホテルから、ほんの数分の場所。いまいるパラダイスホテルも天国なら、さっきのゲストハウスも天国。すこし位相は違いますが。

今日の夜、元気が残ってたら、ウィークエンドナイトマーケットの撮影に、行ってみようかと思います。

2007年08月06日(月)

楽しい楽しいショップ取材

午前中、旧市街のホテルを2軒取材したあと、これから居続けることになるユースホテルにチェックイン! お前の心にもチェックイン! そんなことはどうでもいいのですが。

お昼、いったん休憩したあと、旧市街のショップ取材へと出かけました。あんまり詳しく書くとクライアントとの関係が険悪なモノになってしまうので、オブラートに包んだ書き方しかできませんが、楽しかったです。(笑)

つごう4件?取材しました。取材したのはトータルで6軒ほど。よく覚えてないけど。となりのお店のおばちゃん同士で微妙に仲が悪かったり、恥ずかしがってる店員さんの代わりに、となりの店のおじちゃんがモデルを務めてくれたり、旧市街はやっぱり楽しいです。けど、言葉ができないと、この楽しさも半分以下になってしまいますよね。そろそろ、言葉、ですかねー。

母音の上のいっぱい点が付いてるのが、ちと敷居が高いと思ってしまう要因で。ただの言い訳ですが。(笑) けど、ネイティブのおにいさんとおねえさんと取材をともにさせていただいているので、その場で分かんないこととか聞きまくって、ひとつひとつ自分のモノにしていこうと思います。お勘定のティンティエンも、ようこそ!というアクセントのティンティエンではなく、やばくなーい(若者言葉)のティンティエン、っていうのが正しいと教わりました。僕は聴力はあんまりよくないけど音の高さを聞き分ける力は、けっこう自分でもイケてると思うわけで。新しい曲とか、何回か聴けば、だいたい歌えるようになっちゃう。

あと、あんまり大きな声では言えませんが、ベトナムのカラオケに行きたいとか行こうとか行くべきだとか、そういう話が、何人かの人たちとの間で、ひそかに沸き起こっており。けど、高いんだって。日本みたいに純粋に仲間内で歌を歌って楽しむカラオケボックスはなくて、ふつうにおねえさんが横に座って楽しい会話の相手をしてくれるカラオケバー?になっちゃうらしく。大手自動車メーカーとか大手電機メーカーとかの社員だったら、毎日でも行けるんだろうけどねー。まあ、あんまり行きたいとも思わないかな。僕は自慢じゃないけど、日本でもいわゆるキャバクラっていうところに、行ったことがない。若いおねえさんがいっぱいいて、それなりにリーズナブルなお値段で、楽しめるらしいけど。なんかお金を払って、そういうお店のおねえさんと話したいとは思わないのだな。これは意外にオグラの潔癖なところらしく、話すとけっこういろんな人に驚かれるけど。

あと、意外に一途だし。って、誰も聞いてないか。(笑)

明日の取材は午後から。それまでゆっくり旧市街を散策してみましょうかねぇ。取材前のビールは厳禁。って誰に向けて書いてるのだろうか。空は何故に、斯様に青いのだらうか。今日の夕焼けのオレンジ色は誰が運んできたのであろうか。嗚呼。

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今日、お昼ごはんを食べた旧市街のリトルハノイ(カフェじゃない本家本元の)から見たハノイの空

2007年08月07日(火)

朝寝坊

本日の取材は午後からということで、午前中はすこしゆっくりして、ブランチ&旧市街の散策に出かけてきた。

ユースホテルのすぐ近くの交差点の角のリトルハノイへ。333×2本、いろいろ入ったフランスパン、そしてアールグレイをいただき。アールグレイはトワイニングのティーパックだった。もしかしたらアールグレイかもしれないという味がした。そのあと、ルォンバンカン通りとセットで旧市街の目抜き通りを構成するハンダオ通りを散策。第一の目的は、爪切りを買うこと。まあたぶんドンスアン市場に行けば買えるだろうという思惑もあり。

旧市街の道の名前を覚えにくくしてるのは、交差点ごとに通りの名前が変わること。まあ通りの名前が街区、住所としても機能してるから、しょうがないといえば、そうなんだけど。

ハンダオ通りからドンスアン市場に向かって、ハンダオ通り、ハンガン通り、ハンドゥオン通り、ドンスアン通りと、まるで出世魚のように名前を変えていくけど、まるでハノイの津田沼パルコA館B館とでも呼びたくなるようなお店が並び。そう、やはり目抜き通りにはファッションのお店、なのですね。ほどなくドンスアン市場に着いて、お店とお店の間の細い通路を歩く。なんか前に来たときよりも、売ってるものがアカ抜けたというか、なんか変わった気がする。そりゃあなんだって変わるけど。すぐに爪切りを見つけて、待ちきれなく、市場の入り口でパチパチ切る。あんまり路上でツメを切ってる人って、見ない気がする。前から思ってたんだけど、ハノイとかベトナムに来ると、爪が伸びるの早い気がする。髪の毛もそう。日本を出るギリギリで、いっちばん短くしてくるべきだった。反省。

それはいいとして、こんどはルォンバンカン通りから続く、もうひとつの目抜き通りをユースホテルのほうに向かって歩く。昨日、ショップ取材で訪れた場所も、いくつか通り過ぎ。3人でごはん食べてる女の子が、こっちをみて、ニッコニコしてる。通り過ぎても振り返ってみてる。そんなに俺、いい男だったかなぁ、と思い、交差点を過ぎ、意を決してそのお店に戻る。写真撮ってもいーい?というベトナム語を幸か不幸か僕は知らないので、声の掛けようがないのだが、まあ観光客らしき異国人の男がカメラをもって自分たちの前に現れたら、だいたいどういうことをされるのか、想像がつくというものだろう。

で、何枚か写真、撮らせてもらいました。
かわいかった。

日差しが強かったので、あんまり上手に撮れませんでした。

とかいってるから、いつまでたってもアマチュアなんだよなー。(笑)

まあいいや。

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2007年08月08日(水)

Wifi不具合とか中秋節とか。

昨日はあれからWifiに不具合が生じ、ずっとネットに繋げずにいました。
1Fのネットコーナーではもちろんmixiもメールも見放題なのですが、いっぺん部屋でベッドに寝っ転がってネットをすることに味をしめてしまうと、なかなか共有PCでのネットでは満足できなくなってしまうわけで。

昨日の午後は旧市街のショップ取材、2日目。まあ1日目の反省も活かし、すこしは取材のやりかたも上達したかな、と自分では思ったりするわけで。途中、ものすごいスコールに襲われて、アクセサリーのお店で足止めを喰らったりとかもしましたが、おおむね楽しく取材をすることができました。

やっぱり言葉を覚えたいな、と強く深く、思います。ただ、たぶん小倉が本格的にベトナム語を学び始めるのは、ハノイに移住したあとの話になると思う。なにごとも、ギリギリにならないと始められないタチなので。

今日は編集部で取材の進みぐあいやページの内容について、午前中に打ち合わせをしたあと、午後からは、残ってるショップやメシ屋の取材を行います。なんだかんだいっても早いもんで、もう今日は8日。ハノイにいられるのは今日も含めて4日間となってしまいました。ふー、早いなぁ。この4日間でできること。日本に持ち帰るべきこと。そのあたりを冷静に分類して、この4日間をめちゃめちゃ効率的に、過ごすことにしましょうかね。

それはそうと、今年の中秋節は9月25日ということなのですが、ふつうに考えると秋のデジカメ発売ラッシュのなか、時間をこじ開けてハノイの地にふたたび立つ、ということはほとんど不可能なように思います。いまやってる1D MarkIIIのムックの締切とかにも、めちゃめちゃかかってくるし。なので、ダメモトで、まったりと作業を進めて、9月25日の直前に、ほんの数日間でいいので、ぽっかりと時間をこじ開けることができたら、またハノイへとんぼ返り?しようかと思います。こんどはプライベートな撮影旅行で。

まあ飛行機代も安くなってるといいんだけどなー。いまのところ、9月20日前後の連休のせいで、めちゃめちゃ飛行機代、高止まりしてる感じ。困るなぁ。(笑) なんとか乗り継ぎ便でもよいので、俺に5~6万円くらいでチケットを売ってくれる航空会社はないのか!?

とつい熱くなってしまいましたとさ。

それはそうと。ハノイにいると、体調もいいんだよねぇ。快食快●というか。なんかカラダが日本にいるときよりも、すこし(だいぶ)前屈姿勢を取ってる、というか。まあたぶん自分にこの環境が合ってるんだろうね。いろんな意味で。きっとそうなんだろうなと思う。

2007年08月09日(木)

あと二日。

あっという間にハノイ滞在も、残すところあと二日になってしまった。

まだやらなければいけないことがたくさん残っているのに。

うーん。個人的なことでいえば、旧市街の通りの名を、
死ぬほど覚えた。

勝手な外野の感想を言わせてもらうと、バイクとかこのまま
わがまま放題にしていけば、なし崩し的に旧市街という概念は
崩壊していくことだろう。経済発展にともなって、再開発の
波が押し寄せ。

多少、生活者が不便になっても、バイクの乗り入れを制限するとか、
なんらかの強制措置によって、観光地、歴史遺産としての価値を
残す方向に進むのか、否か。

それはハノイ市民が決めることなのだろう。
この世に永遠に残るものなんてあり得ないし。

僕はただ、これからもハノイを訪れるたびに、
旧市街の交差点にふっとたたずんで、左へ曲がるか、右へ行くか
つかの間の感傷に浸りつづけるだけ。

2007年08月10日(金)

ハノイ曇天なり

今朝は早起きしてトビラ用のカットを撮りに出かけようと思っていたのだが、本日はハノイ曇天なり。残念。午後からよくなるか、午後もダメなら、明日にかけるか。

泣いても笑っても、小倉のハノイ滞在は明日まで。明日の昼前にホテルを引き払って、いったん荷物ごと編集部に移動して、写真の整理やテキスト書きにいそしむ。

飛行機は何時だっけ。夜中かな。日本の朝に着くんだったから。

ひさびさの日本での日曜日は、なにして過ごそう。
体内時計を日本のモードに、切り替えないと。
月曜日からは怒濤のムック月間。ふー。

次にハノイの月を眺められるのは、いつになるのかなあ。

どうしてこんなにこの街に惹かれるんだろう。

2007年08月11日(土)

最終日

旧市街のルォンバンカン通り33番地にあるユースホテルでは、あれ以来、無線LANの調子が最悪で、まったく繋がりませんでした。

looking for mixi.jp...

といったまま、Netscapeは止まってしまい。最後には、ネットの調子、悪いんじゃな~い?管理者かISP(プロバイダ)に問い合わせてね、はぁと、っていう画面が出て、止まり。

仕方がないのでオフラインでも楽しめる麻雀ゲームを暇なときはやってました。麻雀というものを久しぶりにやったのですが、なんだかコツを掴めた気がします。あとは人の捨て牌をどう読むか、ですね。これがいちばん難しいのでしょうが。

というわけで、名残惜しいユースホテルをチェックアウトして、旧市街をあとにして、スケッチ編集部までタクシーでやってきました。いつも優しいY さんが、氷の入ったコーラを出してくれました。涙が出そうにうれしかったです。日本の「おかき」までくださいました。なつかしい日本の味がしました。今日帰るのですが。

というわけで、夜中の飛行機で日本に帰ります。

こんどハノイに来れるのは、いつのことでしょう。

あるていどまとめて日本でガッツリ仕事をしたい気分かも。
プライベートもがっつり充実させたい気分かも。(笑)

最後の晩餐は、キノコ鍋の予定。飛行機のなかで笑いが止まらなくなったら、キャビンアテンダントのおねえさんは優しく介抱してくれるでしょうか。それとも荷物室に押し込まれちゃいますでしょうか。

そんなことはどうでもいいのですが。

つかれましたー。体力と精神力、どちらももっともっと、つけなければ、と思いました。その第一歩として、ダイエット生活を再開、しなければ。帰国後一発目の体重計が、楽しみです。

だらだら書いてても仕方がないので、いったん閉じます。
また書きます。(笑)

2007年08月17日(金)

プアマンズEF24mm F1.4L

というわけで、自主的に一日お盆休みをとって、家でぼーっとしておりました。と、ふと思い立って西新宿のmapcameraへゴー! 夕方の4時ごろかな。

目的はもちろん、プアマンズEF24mm F1.4Lとの誉れも高い(?)シグマの24mm F1.8 DGをGetすること。EF24mm F1.4Lは中古でも14万円とかしちゃうので、いまの僕には絶対に買えませんが、シグマの24mm F1.8 DGの場合、中古だと3万5千円くらいで買えるので、うんとお財布に優しいわけで。

APS-Cのカメラを使ってると、単焦点レンズをつけても、焦点倍率が1.5倍とかで、つまりはレンズの外周は半分くらい使ってないことになる。 24mmレンズを着けてるのに36mmの画角にしかならない。そのことにすごくストレスが溜まる。ズームだとまだいいの。所詮ズームだからね。単焦点だからこそ、画角と焦点距離の数字を一致させたいところ。APS-Hだと1.3倍だから、多少は単焦点レンズを使っても、まあなんとか許せるかな、という感じで。

2002年の9月、ハノイの中秋節を撮りまくったとき、メインレンズは20mm F2.8だった。その印象が強いから、あのくらいの画角になるレンズは、ということで考えて、本日24mmレンズをGetしたというわけ。今年もハノイの中秋の名月は、眺められそうに、ないけどねー。

まあそれは仕方がない。仕事があるからね。

なにが書きたいかというと、やっぱり単焦点レンズはいいわ。ズーム環なんて、余計なもんがついてないし。値段のわりに明るいし。キレがいいし。マニュアルフォーカスで撮ろうかな、っていう気にさせてくれる。

ホントはフルサイズだともっといいんだろうけど、フルサイズのカメラは高いからなぁ。(笑) まああんまり贅沢をいって浪費ばかりしてると、永遠にハノイに住めなくなっちゃうからね。贅沢は敵だ、と自分に言い聞かせる。そんな今日このごろ。(^^)v

あ、でも、シグマの24mm F1.8 DGの話に戻るけど、単なる負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、マニュアルフォーカスの操作性は、けっしてEF24mmに負けてない。ピントリングの幅もしっかり取ってあるし、ヘリコイドの動きもとってもなめらか~。EF24mm F1.4Lのほうは、USMだから、なんかMFの動きが人工的というか、いまひとつしっくりこないのだな。まあこれも贅沢な話で、欲を言えばというところなんだけどね。

クランプラーの6ミリオンダラーに1D MarkIIIとEF28mm F2.8、そして本日購入したSIGMA 24mm F1.8 DGを放り込み、毎日仕事に行こうと思う。そうそう、今日mapcameraで買った24mm F1.8 DGにはフードがなぜかついてなかったから、すぐ近所のヨドバシ・カメラ館で、純正のフードを買った。こんなマイナーなレンズのフードなんて在庫あるかなぁ、って思ってたけど、店員のおじさん、段ボール箱のなかをさがしてくれて、しばらくして、ありましたよ!って。なんか一緒に喜んでくれてるのが分かって、すごくうれしかったな。

シグマのレンズの棚で、すごく気になる小冊子を発見! なんだか2006年のブログ大賞(写真部門)を受賞された方がシグマのレンズをいっぱい使ってるみたいで、その作品を冊子にまとめてる。うしろにはちゃんとした写真集まで。講談社から出てるんだ。うわ、ぜんぜん知らなかったよー。

この人にも、ぜひぜひ、「身近な人をすてきに撮る」ムックに、ぜひ登場していただこうと思う。

東芝のgigabeatくん、いまスピッツのロビンソンを、鳴らしてます。いい音。(^^)v


たまたま部屋に転がってたダイドーのマンゴーオレンジの缶と。
ああ、sinh tổ xoải(マンゴーシェイク)が飲みたい~。

2007年08月24日(金)

うみのくるしみ

対義語は山の苦しみ、ではない。

編集で何がいちばん大変かというと、ご存じの方はご存じだと思いますが、ラフを割る作業がいちばん大変。要するに、どんな内容を、どれだけのページを使って展開するか、ということ。

その上位には、本全体の内容分布?を決める「台割」というのを作る作業があるのですが、台割を作るよりも、あるいみ、ラフを描く(ラフを割る)ことのほうが、あるいみ神経を使う。神は細部に宿る、っていうでしょ。ひとつひとつの記事の内容をどう煮詰めていくか、1ページにどれだけの内容を盛り込むか、そこに編集者の仕事の大部分があると思ったりもする。

なのですっごい疲れる。本というのは紙媒体で、見開きページを基本としてるので、その形式の制限をものすごくきつく受ける。ウェブだと、そんなに厳密じゃないでしょ。いくらでも1ページを長くできるじゃない。本だとそうはいかない。まあ形式美、様式美、ということで、決められてる制限を利用して、というか、逆手にとって、というか、まあ則って、粛々とページを埋めていくしか、ないのですが。

空っぽのお弁当箱を前にして、静かにたたずむお母さんのような心境かな。

あー、でも先ほど1時間ほど悩み、1D MarkIII本のカナメになる2つの記事のラフをざっくりとイメージすることができたから、あとはそれを具体化し、キレイに清書し、お願いするカメラマンさんにFAXでお送りすればOK。

まあそこからがまたひとしごとなんだけどなあ。(笑)

つかれたー。
まあでも、ひとつ峠は越えた気分。まだまだ先は長いですけどね。

D300予約

しました。取材先から携帯で錦糸町ヨドバシに電話して。(笑)

こないだハノイで仕事をしたときに、D200の不満はファインダーの視野率が100%じゃないことだけだ~って思っていたので、すごくD300はうれしいですね~。

早くいま作ってる本を完成させなきゃ。こっちはこっちで愛情をたくさん注いでいいものを作る。それもまた当然のこと。

いまあるすべてのカメラメーカーよ、がんばれ!ひとりでも多くのユーザーが、地球の上に棲む生きとし生けるものの美しさに打ち震え、一枚でも多くいい写真を撮らんことを。

ダイエットagain

岡田斗司夫さんの著書『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)がAmazonで和書ベスト1に輝いたのを記念して、日記をば。

読んでないけど、趣旨には全面的に賛成。

病気とか、体質とかでどうしても、っていう人は違うと思うけど、日本人の太ってる人って、たぶんほとんどがストレス、だと思う。

つい食べちゃう、ってやつ。

自分がそうだから(そうだったから)、よくわかる。
仕事で疲れて、通勤で疲れて、人間関係で疲れて、あとは食べるしかないじゃん。食べることが、究極の癒し、というか。(笑)

まあけど、編集者っぽい感想を述べさせていただくと、編集者は企画が命。タイトルが命。そのあたりで新潮新書、勝利を収めてるかな。

そうやって考えると、日本のそのへんの雑誌とかの現場には、あんまりたくさん、優秀な編集者って、いないのかもしれないね。どなたか、カメラマンさん(だったか?)にいわれたことがあるんだけど、外国(アメリカとか?)で編集者、editorっていったら、それこそ一人前の「編集家」(っていう日本語はないけど)を差すっていわれたことがある。

で、editorにならない、editorを名乗れない人たちは、単なるeditorial staffなんだって。

あなたはeditorですか? それとも、editorial staffですか。

これは雑誌や書籍の狭義の編集に限った話じゃない。

ジンセイゼンパンノハナシだよん♪

雑誌の終わり、とか。

むかし、雑誌がだんだんと死んでいく現場に立ち会ったことがある。
編集部員として。

いまはなき、インターネットマガジン、という雑誌。

いまだったらさすがに時効で、書いてもいいと思うんだけど、何年か前に、アッキー事件というのがあった。知らない人も、もはや、多いと思うけど。

ひらたくいうと、ビデオデッキについてのクレームをなんべんも寄せた客(クレーマーと呼ばれちゃうような)のアッキーに対して、某大手電機メーカーのクレーマー処理担当のこわーいおじさんが、すごい勢いで怒鳴りつけて、その一部始終がアッキーによって録音され、ネットで公開されちゃった、という……。

1999年くらいだったかなぁ。98年かなぁ。

インターネットマガジンは、インターネットの総合誌を標榜していたのに、このアッキー事件については、完全に、黙殺。
それを傍目に見ていて、ああ、この雑誌、もはや脳死状態だわ、と思いましたことですよ。

その後、編集長は早期退職制度を利用してさっさと逃亡。副編を務めていた男も、どこかへ転職して、消えてしまった。

そこで学んだこと。

雑誌には寿命がある。そのうち、死ぬ。
で、その予兆、前兆というのは、必ずある。
かならず。

CONTAXのいた頃。

僕はむかし、CONTAXのカメラが好きだった。
なんだか、のんびりしてて。

最初に買ったのが、167MT。その後、中古で159MMを購入し。さらに、137MD(だったかな?)を追加した。

167MTと159MMは、めちゃめちゃ好きだった。159MMのほうは、モードラもあわせて買ったんだけど、モードラをつけるととたんに精悍な顔だちに変貌するのも、めっちゃ気に入ってた。

何年か前に、デジカメの仕事をするようになって、どちらもドナドナ、しちゃったけどねー。あれ、違うか。167MTのほうは、当時の編集部の後輩の女性にあげちゃった気がする。よくおぼえてないけど。159MMは、ヤフオクで売り飛ばしたのかな。わかんない。もしかしたら西新宿の中古カメラ屋だったかもしれない。

本日、ニコンD3が発表され、めちゃめちゃめでたい!
それと同時に思うのは、フルサイズを使うには、そんなに重くないとダメですか、ということ。

僕個人の興味関心で言わせてもらうと、べつに撮像素子がフルサイズじゃないと死んでしまう、とかいうことはない。ただ、メガネをかけてる関係上、光学ファインダーの倍率がめちゃめちゃ低いのは、どうにかしてほしい。ファインダーの倍率というか、ファインダーを覗いたときの、視界率というか。視界の周辺、半分以上がまっくらなのは、ちとつらい。昔いった歌舞伎町の覗き小屋を、つい思い出してしまい。(爆) なつかしいなぁ、ピンキー。まだあるのかな。(笑) そんなことはどうでもいいのだが。

APS-Cでいいから、あと、多少、像がぼやけててもいいから、ファインダーの視界率を、アップしてほしい! K10D次機種に望むことは、とにかく軽く、あとは、いま書いたようなことかな。(とほいめ)

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