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2003年12月 アーカイブ

2003年12月01日(月)

12月1日(月) ホイアン(ベトナム)

ホイアンは今日も曇りです。でも、人々の暮らしに、晴れも曇りも関係ありませんから、
午前7時起床で、8時前から、街を歩いてきました。

今日のレンズは50mm F1.4。露出もWBも、マニュアルモードです。
AFは使いますけど。

10Dの評価測光、なんか変じゃないですか? 僕の個体だけなのかしらん。
よくいえば、ものすごく敏感、センシティブ? いや、明らかにおかしい。壊れてるのかも。
ものすごいオーバーに上がることが、よくあるんですよね。

まぁ、いいや。帰ったら、ユーザーサポートで、見てもらいましょう。

露出も、それで、マニュアルモードで撮ることにしました。
たしか、新聞社のときは、そういえば、Mだった気がしますね。とくに、スポーツとか。
カメラの内蔵露出計の気まぐれで、明るすぎた、暗すぎた、っていっても、デスクは許して
くれないですからね。

まぁ、ネガなので、多少は全然OKだったのですが。(笑)

デジカメの場合は、JPEGだと、ポジで撮影しているようなものですから、
いま自分が決めた露出が、最終露出になる。なので、1/2段、1/3段の違いで
ガラッと写真の雰囲気が、違ってきてしまう。とくに風景は、そうだと思います。

なんか、朝から語ってますね。いま10時過ぎですよ。

あ、今日の朝ご飯は、市場のそばのファミリーっていうレストラン。カオラウでしたっけ、
名物の麺が、おいしいという……。ファミリーというだけあって、なかから姉妹とおぼしき
女の子たちが、3人も4人も、出てきました。みんなかわいかった。ファミリー、ひそかに
オススメかも知れません。(笑)

では。すこし休憩して、
こんどは、昼の部の撮影に頑張りたいと思います。


 

12月1日(月) ホイアン(ベトナム)

ホイアン最後の夜です。って、2泊しかしていませんが。(笑)

なんか、上のフレーズ、どこかで聞いたような……。(笑)

それはそうとして。

いや、今日の昼から午後にかけて、何枚か、いい写真かも~、って思えるような写真
撮れました。ちょっと(だいぶ)うれしい。

明日は午前6時のバスで、ニャチャンに移動します。バスで12時間の旅。
なので、ニャチャンには夕方の6時頃、着く予定です。楽しみだなぁ、ニャチャン。
なんでも、上半身裸の西洋人がウジャウジャしてるとか。ウソです。妄想です。(笑)

気合いを入れて、htmlのベースファイルを立ち上げましたが、あんまり書くこと
ないですね。(笑)

でも、いま午後8時半で、あとは寝るだけなので、日記を書くしかありません。(笑)

DVDドライブ、持ってくれば(買ってくれば)よかったなぁ、と思ってます。
もちろん、バックアップにも重宝したでしょうし、それに、映画も見れるじゃないですか。
PCにつないで。こちらだと、ほら、洋画のDVDを街で簡単に手に入れられるので……。
あれってとても安いと聞いたのですが、やはり違法コピーなのでしょうか。(x x)☆\バキッ

いまテレビでは、韓国ドラマがやってます。字幕でも吹き替えでもなく、なんていうの、
ナレーション付き。弁士が喋る。これだと手軽に外国のドラマを導入できますね。

まぁ、そんなことはどうでもいいのですが。(^^;

そういえば、やっとJoiの旅、半分ですよ。そろそろ。でも、移動距離だけを考えたら、
もう2/3~3/4くらいは、来てしまっている気がします。もうすこし、中国とかで、
ゆっくりできればよかったのかもしれませんが……。

いやぁ、中国、おもしろかったですよ。うん、おもしろかった。なんか、すごいエネルギーを
感じました。いま、内に向かってるそのエネルギーが、だんだんと外へ向かいつつあるじゃ
ないですか。あと5年、10年したら、すごいことになるでしょうね。楽しみです。

チャンネルを変えたら、木の実ナナがベトナム語をしゃべっています。
こんなにクリソツな女優が、ベトナムにいるんでしょうか?

次の画面では、おしゃれな会社が海に向かって停まっています。これ、日本じゃない?
だって、ナンバープレート、日本のっぽいし、地面に「駐」って書いてあるし。
あ゛、広末涼子がベトナム語をしゃべってる!!! 早稲田を中退したと思ったら、
密かにベトナム語の勉強をしてたんですね!!!
#どうもあとから考えたら、広東語のようですね。失礼しました。

まぁ、いいや。あ、こんどは羽賀健二がベトナム語を!!! 梅宮アンナと別れたと
思ったら、密かにベトナム語を勉強してたんですね!!!

はぁ。だんだん疲れてきた。

これ、羽賀健二じゃないですか? 男優の顔が区別つかない私……。
#番組の最後のエンディングロールを見てたら、阿部寛のようですね。失礼しました。(笑)

 

2003年12月02日(火)

12月2日(火) ニャチャン(ベトナム)

ニャチャンに着きました。オープンバスツアーで勧められたのは、シンカフェのオフィスの
裏、ビーチの目の前の角のゲストハウスです。歩くのが面倒なので、ここにしました。1泊5ドル。
安いでしょ。

でも部屋に電話はありません。なので、Joiを次にいつアップできるか、わかりません。
PCをネットカフェに持ち込んで、LANケーブルを繋ぐのにも、もう疲れました。(笑)
ホイアンのホテル、2泊したのですが、部屋代が12ドルなのに、電話代、15ドルも請求
されてしまって、ひそかにショックを受けている私。1分2000ドンなので、100分とか
接続してた計算になります。そんなにつないでたかなぁ。

啄木の気持ちがよく分かりますね。故郷の言葉が恋しくて、停車場に足を運んでいた、という。
でもなんか、日本人の溜まるゲストハウスやメシ屋に行きたいとは、思わないんですよね。
神田憲行さんが書かれていたように、なんかバックパッカーの人たちの、あの雰囲気、
なじめない。距離を感じる。それから、超豪華ホテルに宿泊するパックツアーの日本人の
おねえちゃんたちにも、すごく違和感を覚えますね。それこそ、キャメルツアーとかシンカフェの
オープンバスでベトナムを縦断する欧米のおにいちゃん、おねえちゃんに、いちばん近しい、
健全なニオイを感じるのですが、でも僕、英語は苦手、みたいな。(笑)


そうだ。簡潔に書いておこうと思いますが、今回僕がホイアンで泊まったホテル、なかなか
キツかったです。客観的にどうこう、ということは、一個人が書けることではないと思いますが
少なくとも僕は好印象は持てなかったですね。とくにフロントの対応、よくなかったですね。
まぁ、1泊6ドルの安ホテルにケチを付けても始まらないのかもしれませんが、でも、客に
対する応対の仕方って、客室単価の問題ではなく、ホテル側の、気持ちの問題だと思います。

これは完全な想像なのですが、僕が泊まった某ホテル、政府系の経営なのではないでしょうか。
あるいは、オーナーが小役人上がりだったり。結局は、すべからく、責任者の姿勢というのが、
組織の末端にまで、反映されてる、ということなのでしょう。「長の一念」ということですね。
非常に厳しい言葉です。身につまされます。自分のことを省みると、何も言えなくなりますね。

それはそれとして。

ニャチャンの最初の食事は、宿と同じ敷地内にあるレストラン。なんだっけ、イカ入り
野菜ソバと、ミックスサラダ。あとBGIビール。これで40000ドンくらいかな。
そのあとインターネットカフェにいって、メールを何通か書いて、asahi.comを
チェックして、しばらくして、こんどはインド料理屋に行き(ボンベイという名の店です)、
小エビのカレーとBGI大ビン、40000ドンくらいだったかな。やっぱり。
ちょっとしょっぱかった。

ここ数日、インド料理、というか、カレーに凝ってます。凝ってるというか、毎日のように
カレーばっかり食ってます。どうしたことでしょう。日本のインド料理屋って、だいたい、
目玉が飛び出るくらい高いじゃないですか。1コ1300円とか。そこまでではないか。
こちらだと、せいぜい30000ドンほどなので、お財布の切ない私でも、OKです。
ホイアンだかフエだかで、ダイエットのことを考えて、ご飯はやめて、ナンだけを頼んだ
んですね。そしたら、お店のおねえちゃん、私の心を見透かすかのように、ご飯は要らないの?
って聞くんです。そう聞かれたら、じゃあください、って答えるしか、ないじゃありませんか。

まぁ、それはそれとして。

ニャチャンの最初の夜は、そうこうしながら、しんしんと更けていったのでありました。

とかって、書いてるのは、じつは3日の朝。(笑)
昨日は、疲れて寝てしまったのでした。バスの移動は、やっぱり疲れますよ。
けっして飲み過ぎではないので。あしからず。(笑)


 

2003年12月03日(水)

12月3日(水) ニャチャン(ベトナム)

ニャチャンの朝です。4時に目覚ましを掛けて、4時半にはビーチにカメラを持って
立っているはずだったのですが、なぜか起きたのは6時前。ビーチに70-200を
つけて行ったのですが、空は曇っていて、朝日は拝めませんでした。残念。

明日、またチャレンジしましょう。

いま8時半過ぎです。今日はこれからインターネットカフェに行き、ご飯を食べて、
昼寝して、また写真を撮りに出かける、というのはどうでしょう。(賛同の大拍手)

ちょっと雲が厚いようですね。もってきたISO100のフィルムだと、手ブレの心配が
あるので、今日は撮影はなかなか厳しいようですね。休肝日ということにしましょうか。
まったく関係ないですね。


いまお昼前です。朝食を兼ねて、街をぶらついてきましたが、ニャチャンは今日は雨ですね。
グッドモーニングベトナムという、イタリア料理店、たぶんホイアンにあったのと同系列の
店だと思うのですが、カルボナーラの味を確かめるために、入ってみました。
カルボナーラ、高いです。単品でも50000ドン以上します。日本とそう変わらないですね。
味は、うん、なかなかのものでした。でも、高いですからね。高ければ、美味しくても当たり前
ですよね。

インターネットも、1時間くらいやってました。5500ドン。So-netのメールを
チェックして、やはりCGIの動きの悪さにイライラさせられ、そのあと、朝日、毎日、読売の
サイトをざっと見て、気になる記事がないか確認。あと、zakzakも、もちろん。巨乳
アイドルの写真集やDVD、サイン会の記事はとくに丹念にチェックします。
あと、知り合いのページ、URLを覚えている西東京のGさんのページを見ましたが、今日も
美しい富士山の写真が、僕を迎えてくれました。思わず手を合わせてしまいました。ウソです。
あとなんだろ。そうそう、Yahoo!のニュースページも見ました。あちこちからニュースを
買っているので、意外な掘り出し物があったりしますよね。msnまで見ちゃいました。(笑)

5月にアンコールワットの取材に行ったときも、天候に恵まれ、撮影が前半、あるていど
順調に進んだので、後半は、けっこう空き時間ができたんですね。僕はひたすらホテルで
NHKの衛星放送を見てましたけど。一緒に行ったカメラマンのFさんは、こんなに分厚い
推理小説を持ってきてましたね。ああ、旅慣れてる人は違うなぁ、と思いました。

前にも書きましたけど、やっぱりポータブルDVDプレーヤーは必要。ぜったい。
映画のDVDソフトを3~4本持って来てれば、けっこう暇をつぶせるんじゃないでしょうか。

って、よく考えたら、こんなに長い旅は、きっと僕の人生、二度とできないと思われ。

いや、どうだろ。2~3週間程度なら、可能かもしれませんが、1か月を超える旅というのは
けっこう生活捨ててますよね。今回は退社間際の有休消化という、裏技を使いましたけど。

僕の人生、このあと、1か月半も有休がたまるような、そんな会社員生活は、こちらはきっと
たぶん、ないだろうと思います。この歳になって雇ってくれる会社も、そうそう多くないでしょうし。

何が言いたいのかよく分かりませんが、そういうことです。

ニャチャンの街、観光地だけあって、つるんとしてますね。ホテルのまわりをぐるっと回った
印象は、少なくともそうです。もっと遠くまで歩いていけば、また違った印象も受けるのでしょうが。

ニャチャンには長居を決め込むつもりで来ましたが、明日の朝、次の目的地に向けて出発するのも
いいかもしれませんね。そんな気がしてきました。そして、次の目的地というのは、どこでしょう?
まだ決めてません。(笑) 選択肢としては、高原都市ダラット、通のマリンリゾート・ムイネー、
そして、サイゴン。この3つです。僕としては、どれでもいいのですが、バスのチケットには、
サイゴンに直接行くルートと、ダラットを経由してサイゴンに向かうルートの2つが記され、ムイネー
に寄れるかどうかは、聞いてみないと分かりません。本当だったら、圧倒的にダラットなんですけど、
冬に高原の避暑地に行くのもどうかな、と思わないでもありません。(笑) 上着とか着たくないですし。
ムイネーにも惹かれますが、でも、やはり海辺の観光地には、夏の暑いときに行きたいわけで。(笑)
っつーことは、サイゴンに直接行く? う~ん、それもなんだか、なんだかな気がします。

ニャチャンにもう1日くらいいろということなのでしょうか。
明日の朝、日の出を拝んで、そのまま7時のバスに乗るというのは、ちょっとバタバタして
いただけないと。明日の朝の撮影をするためだけに、もう1日、滞在を延ばすということが
あってもいいのではないかと、思わないでもありません。

歯切れが悪くてすみません。だいたい、こうやってだらだら書いても、皆さんのお目に
触れるのがいつのことになるか、それもわかりませんし……。

まぁ、いいや。すこし休憩します。

書きたいことも、いくつかあったはずなのですが、
思い出せません。

調子の悪いときは、すべからく、こうですよね。

困ったものです。


 

12月3日(水) ニャチャン(ベトナム)

こんばんは、小倉です。(笑)

明朝、ダラットへ発つことにしました。

今日の夕方、浜辺でいい写真が撮れたから。

写真って、ホント、結果がすべてだと思います。どんなに努力しても、いい写真が撮れなかったら
なんの意味もないし、もし、いい写真が撮れたとしても、データが飛んでしまったら、まったくの無意味。
そういう意味では、いさぎよいメディアですよね。だから自分の手段として選んだのですが。(笑)

1枚の名作写真は100行の文章を殺す、でしたっけ。
そんな言葉がありましたよね。

今日の夕方も、天気はよくありませんでした。くもり。ほんの少しの間だけ、お日さまが姿を
見せたのですが、ホントに、ほんのわずかの時間でした。

なんの話でしたっけ。

そうそう、明日は7時のバスでダラットへ向かいます。
そのまえに、今日と同じように(笑)、午前4時に起きて、朝のビーチの様子を
撮影しようと思っています。


いや、でも、70-200 F4って、いいレンズですね。シャープさが、僕の常用ズーム
24-85と、まるっきり違うんだもん。さすが、Lレンズだけありますね~。

なんの話でしたっけ。そうそう、ダラット。

ダラットというのは、高原の避暑地で、林芙美子の小説『浮雲』にも登場するんだそうです。
彼女は従軍記者として、ダラットに来たことがあるそうな。

ダラットは、昨日も書いたかもしれませんが、ベトナム一のワインの産地です。
赤ワイン専門らしい。でも、何回か飲みましたが、そんなに美味しくないかも。(笑)
青くさい。全体的に。いや、安いヤツしか飲んでないから、そう思うのかもしれない。(笑)

でも、ダラットワインに高いのってあるのかな? どうも、なさそう。
きっとワインづくりの歴史も、そんなに古くは、ないんでしょうね。

そうだ。行きの飛行機で、どっかヨーロッパのワインの産地で行われる、変わったマラソンの
お祭り?のビデオをやってた。あれ楽しそうだったなぁ。どこなんだろう。う~ん、たぶん、
ドイツか東欧の田舎のほうかなぁ、という気がしたのですが。チェコとか。ちがうかな。
街の名前、覚えておこうと思ったのですが、あっさり忘れた。たぶん、Googleで検索すれば
意外に簡単に引っかかると思う。
※フランスでした。公式サイトも見つけました。ここです。


マラソン、っていっても、そんなに本格的に、長い距離を走るわけではないと思うんです。
せいぜい5kmとか10kmとか。参加者が、みんな、思い思いの仮装をして走るんですね。
けっこうキてましたよ。そこまでやるか、っていうくらい。もちろん、走り終わったあとは、
できたてのワインをたっぷり飲む。くぅ~、たまらんですねぇ。あ、前夜祭でも、飲んでました。
飲んで、踊りまくってましたね。

ふー。そういう国に、生まれたかったわ。(涙)

なんの話でしたっけ。

そう。ダラット。ダラットというのは、ベトナムでいちばん、のんびり過ごすのに適した
街だとも言われているそうです。なんていったって、ダラットですからね。

……。なんの話でしたっけ。

もう9時半です。そろそろ、明日にそなえて、寝ましょうか。早すぎ? だって、起きるのも
早いんだよ! え゛? 今日も一日中、寝てただろって? しかたないだろ! 雨降ってたん
だから。

いいの、いいの。写真家は所詮、狩猟民族だから。原稿書きは農耕民族かな。っていうことは
僕は両刀遣い? 屯田兵みたいなもんか。あ、晴耕雨読っていう、いい言葉があったね。晴れてる
日は、写真を撮り、雨の日には原稿を書く。理想じゃん。理想。理想科学。
年賀状の写真、どうしよう。とか書きながら、今日の写真にほぼ決めてたりして。(笑)


そういえば、今日、IT関連のサイトを見ていて知ったのですが、IBMからXシリーズの
軽量タイプが発表されたんですね。X40って。なんで数字が上がるのか、分からないのですが。
ふつう、X21とかってなると思うんだけど。過去にそういう名前のモデルは、すでにあったの
かな。

重量が1.3kg弱で、Pentium Mの1GB。HDDが1.8インチの20GB。
メモリが256MBだったかな。バッテリーは3時間ちょっともつとか。値段は20万円弱
っていうところみたい。

うーん、欲しいけど、もうひとつかな。HDDが20GBというのが致命的。1.8インチHDDって
最大容量20GBなのかな。きっとそうなんだろうね。あ、あと、無線LANが、なぜか802.11b
なのよ。なんでよ? Intelから、余ったモジュールを大量に買い付けたか。(笑)

まぁ、それはそれとして。

僕が死ぬほど儲けて、お金の使い道がなくて困った、という事態が発生したら、買っても
いいかもしれませんね。X40。(笑)

あ、でも、Xシリーズが軽量化されたことは、諸手をあげて、歓迎すべきことだと
思います。トラックポイント、IBMのキーボード、製品全体としての堅牢性。
たぶん、このあともしばらくは、IBMのノートを、買い続けるでしょうね。
IBMしか買わない、というのは言い過ぎだと思いますが、心情的にはかなり
それに近いものがあります。遊び心たっぷりの紫色のノートとかは、どう考えても
ほしいと思わない。余計なモノばっかりついてて、そのぶん高くて。

まぁ、いいや。

 

2003年12月04日(木)

12月4日(木) ダラット(ベトナム)

ダラットに着きました。標高1500mだとかの高原都市。夏の避暑地ですね。
なんとなく、サパに雰囲気が似ているような気がします。どこか浮世離れした。
あ、でも、サパよりも、街の規模としては、だんぜんこちらのほうが大きいような。

いつもながら、バスの旅は疲れますね。今日もせまい座席に押し込められて、7時間。
途中、休憩があるといっても、なんか機械的で、くつろげないし。置いていかれたら大変
って、僕なんかそればかり考えています。(笑)

6ドルの宿ですが、部屋に電話があって、一安心。1260にかけたら、ピーガーが
返ってきたので、ホッとしてるところです。これからメールのチェックをして、Joiを
アップしたら、街に出てこようと思います。まだ午後2時半。日は高い。(笑)


先ほど、街歩きから戻ってまいりました。いま、午後7時過ぎです。

ハッキリ言って、ダラット、いい街です。高原の街だけあって、空気の透きとおり方が、
ほかの街とぜんぜん違います。たとえていうならば、私の愛用レンズ24-85mmが、
Lレンズの24-70mm並みに写るというか。(爆) かなり分かりづらいですね。
すみません。

先に書きましたように、ダラットはベトナム一のワインの産地だそうですが、たぶん、
ベトナム一の、美女の産地でも、あると思います。美女の産地っていう言い方は、あるいは
差別的でしょうか。なんて言い換えたらいいのかな、美女の出身地? なんか変ですね。(笑)

街を歩いていても、すごい美少女がウジャウジャいます。私が言うんですから、
間違いありません。(笑) ホントですよ。ホントですったら。明日、明後日とかけて、
そのことを写真で証明しましょう。あ、アップは先のことになると思いますが。すみません。

いやぁ、ダラット、いい街ですね。こんどは、夏に来たいですね。

今日も市場のそばの食堂でメシを食ってたら、まわりがオレンジ色の空気に満ち始め。
なんじゃこりゃあ、とばかり、急いで勘定を済ませ、カメラを持って、西のほうへダッシュ
しました。坂の上から、西のほう、ちょうど市場の建物が入る方角へレンズを向けて、
死ぬほどシャッターを切りました。24-85、けっこう頼りになる。ピントが合わなければ
無限遠で固定しておけばいいんですから。(笑)

明日は何時に起きましょう。5時半くらいに起きて、街をぷらぷらしましょうか。
レンズはどうしましょう? 50mm一本勝負というのも、捨てがたいのですが。
そうですね。50mmをつけて、一応、24-85mmをカバンに入れておく、と
いう装備でOKでしょうね。今回、50mm大活躍です。10Dに着けると、ちょうど
80mm。なんというか、とても気持ちのいい画角です。優しい望遠。広角でいうと
ちょうど、僕の大好きな35mmみたいな、そんな画角です。アップすぎない、
広すぎない。この焦点距離が、50mmの標準レンズで手に入るんですから、うまいこと
できてますよね。横木さんが大絶賛するのも、よ~く分かる気がします。

今日はバスの移動でえらく疲れたので、早めに休みましょう。
冷蔵庫、ないのね。さっき気がついたのですが。そっか、冷蔵庫、ないんだ。
そっか、そっか。まぁ、階下のフロントで買うてくれば、いいんだけどね。(笑)

明日も晴れるといいな。

ダラット、いい街です。相性もよさそう。


 

2003年12月05日(金)

12月5日(金) ダラット(ベトナム)

いま、お昼過ぎです。午前中の街歩きを済ませ、ホテルに戻ってきました。
ダラット市場のあたりを、ぐるっと回って、写真をすこし、撮ってきました。
市場のそばの食堂で、フォーガーと333の朝食を取りました。おじさん、
中国人なんですって。僕が日本人だと知って、うれしそうにしてました。

そのあと、トイレに寄ったり、体重計屋さんに寄ったりしてましたが、
あ、体重計屋さん、映画館のほうから市場のビルに降りるメインエントランス?の
ほうに、2軒ならんで、店?を出してましたが、先に目に入った、手前のおじさんの
ほうにお願いすることにしました。10000ドン札を渡したら、おつりがなさそうだった
ので、やっぱりやめた、お金返して、って手を差し出したら、ちょっと待ってろ、とばかり、
となりのおばさんに小銭を借りて、それでおつりを返してくれました。体重計に載ったら、
なんだか動きがえらくねっちゃりしてて、あ、バネが壊れてるな、と思って、上でギシギシ
動いたら、動くな、アホんだら、みたいに、おじさんに制止されました。85kgくらいの
ところで、針が止まり。惜しいなぁ、さっきは83kgくらいのところで止まりそうだった
のに……。って、人生ゲームのルーレットじゃないんですから。(笑)

それみて、おばさん、げらげら笑ってるんです。たぶん、お前さん、いくらなんでも、太りすぎ
だよ、っていう感じでしょう。何も言い返せません。はい。そのあとで、もういっぺん、ふたりの
前を通ったのですが、おばちゃん、あたしのほうの体重計にも載ってみる?みたいな感じで、
指さしてます。またげらげら笑いながら。ったくもう、人が真剣に痩せようと努力してるのに。(笑)

それはそうと、市場の裏手のほう、生鮮食料品を扱う店が並ぶあたりから、昨日夕焼けを撮った、
坂の上のほうへ抜ける階段を見つけたので、そこを登って、昨日の道へ出て、湖へ行ってみようと
思って、歩いてました。そしたら、私の美少女探知機がびーびー鳴り。前を見ると、長い黒髪の
美しい10代中ごろの女の子が、歩いてました。

だれかが大声で何か喋っていて、彼女はそれを見てたんですね。僕は彼女を追い越して、
カメラを構えて、彼女がこちらに向かって歩いてくるところを、何枚か連写しました。
もちろん、私の存在に彼女は気がつき、恥ずかしそうに目を伏せ、そのまま私の横を通り、
階段を上がっていってしまいました。

ゆっくりとあとを追っていくと、彼女のご両親が出している店があり。鶏やアヒルの
卸問屋っていうところでしょうか。たぶん、学校の昼休み、自宅ではなくて、両親が仕事を
している市場に、お昼ご飯を食べに帰ってきた、というところでしょう。

写真撮らせてくれる?っていうそぶりをみせると、おかあさんが、いいじゃない、ほら、撮って
もらいなさいよ、っていうふうに、話してくれて。それで、1枚、2枚、写真を撮らせてもらい
ました。彼女、すっごく恥ずかしそうにしてて。そのようすが、またかわいくて。

ホントは512のCFが空になるくらい撮りたかったのですが、それだと撮影料5000円
払わないといけないので、でもオレはマスコミだ、取材なんだから、ただで撮らせろ、というと、
単なる権力の濫用になってしまうので、それも、ここは幕張メッセでも東京ビッグサイトでもなく、
ダラット市場なので、そんな話は誰も知りません。僕も知りません。

いやぁ、すごく可愛かったです。

オスカーのヤング部に、いますぐ推薦したいですね。

やっぱり、僕の直感のとおり、ダラットは、ベトナム一の美女の産地(出身地)ですよ。奥さん!

いま、夜の6時20分です。夕方の散歩から、帰ってきました。
明日の朝、サイゴンに向けて出発するという考え方もあったのですが
やはりもう一日、このダラットにいようと思います。この街を去るのが
惜しいです。

今日もなかなかキレイな夕陽が見れました。

市場から、いつもの道を歩いて、宿まで帰ってきたのですが、赤ちゃんを抱いた、小さな女の子が
家の前で遊んでるのを見かけました。こっちをみて、ニッコニコしてるので、いいかな、と思って
カメラを向け、写真を撮らせてもらいました。そしたら、すっごいいい笑顔で。
どうして私なんかに、こんなに素敵な笑顔を、惜しげもなく、くれるんだろう、って、
泣きそうになりました。

つけてたレンズは24mmです。この明るいレンズがなければ、撮れなかった人たち、撮れなかった
写真だと思います。Joiに出発する直前、ヨドバシで、この24mm、衝動買いしてしまいましたが
いまでも、なんでこんな高いレンズ、買っちゃったんだろ、って思わないこともないのですが、そう
やって後悔する前に、ガンガン使って、ガンガンいい写真を撮りまくってしまえば、いいんですよね。
そしたら、自分を納得させることができる。しゃあないか、って。

この24mmのレンズ、次の旅でも、きっと大活躍してくれると思います。


 

2003年12月06日(土)

12月6日(土) ダラット(ベトナム)

ダラット、最後の夜でございます。

今日は午前中から、いままで行ったことのない道を行こう、ということで、
宿の裏のほうの道を降りていきました。9時くらいかな。

結果的には、大成功。のんびりした雰囲気の道を、丘をのぼったりくだったりしながら、
2時間くらい歩いて。いろんな人の写真も撮れましたよ。子どもとか女の子とか。あ、いつもと
いっしょですね。(笑)

市場のすこし下の道、そこへポンと出る石畳の階段、その場所へ辿り着いたのが11時くらい?

市場のそばのカフェでお茶(おビール)して、昨日と同じ、中国人のおじさんが営む食堂で
イカ入りカタ焼きそばを食べました。333は品切れで、先ほどと同じサイゴンビアを2本ほど。

そのあと、このまま宿に戻るのではダメだ!と思い、ダラット駅のほうへ歩いていくことに
しました。ダラット駅というのは、ベトナム一うつくしい駅舎だといわれているそうです。
7kmほど離れた近隣の村まで、観光用に軽量鉄道が行き来している、という……。

軽量鉄道ってなんか変ですね。なんだろう? 軽快鉄道? 車輪が鉄路に着いてないような……。(笑)
まぁ、いいや。あとでガイドブックを見て、気が向いたら、直しましょう。(笑)

駅に着いたのが、1時過ぎだったかなあ。次の鉄道の便は2時半ということで。
しばらく、ジュース類を飲んで、駅舎のなかでだらだら過ごしましたが、待つのが億劫で、
なんか、鉄道に乗るのはいいか、という気になってきて、駅舎をあとにしました。

ダラット駅からホテルまでは、たぶん2km以上離れていると思います。
さすがに歩くのはキツク、おなかの調子もよくなかったので、やむをえず、バイクタクシーに
乗ることにしました。こちらではセオムといいます。このJoi始まって以来、初めての
セオムです。えらく緊張しますが、背に腹は代えられない、ということで。

駅の敷地の外に、バイクが2台止まっていて、おじさんがこっちを見ています。
ガイドブックの地図に、ホテルの位置を印して、変なところへ連れて行かれないように
して。しばらくおじさん、地図と格闘していましたが、ベトナム語で書かれた通りの名前を
たよりに、どうやらホテルへの道を見つけたようです。

いくら?ってきいたら、ちょっと間があって、7000ドン、って。
50円くらい。良心的な値段だと思います。さすが、僕が見そめただけあります。(笑)

肝を決めれば、怖いモノはありません。このバイクには見えない補助輪がついていて、
絶対にコケないようにできてるんだ、と自分に言い聞かせます。
たぶんこの人は飛ばさないだろうな、という予想どおり、おじさん、大きな道でも、常識的な
スピードでバイクを走らせます。キモチイイ。絶対にコケないバイクというのがあったら、こんなに
最高の乗り物は、ないでしょうね。原チャリでかっ飛ばしてた、学生時代を思い出しました。

ダラット大学の交差点のところで、OK!っていってバイクを止めてもらい、20000ドン
払ったら、まず10000ドンおつりをくれて、あと3000ドン、おじさんがさがしてるときに、
あ、いいです、っていって、あと残りはチップっていうことにして。あれだけ安全運転
してくれたんだもん。安いもんだよ、って。

結局、夕方も、疲れきってしまい、ずっと寝てました。
画像の整理などをしながら。

明日は6時起きで、サイゴン行きのバスに乗ります。

およそ11か月ぶりのサイゴン。きっと、相も変わらず、にぎやかなんでしょうね。
カメラマンのFさんのご家族とお会いできるのが、楽しみです。

サイゴンには、何日くらい、いられるでしょう。
3、4日は、いたいなぁ、と思っています。
チョロン(市の西部の中国人街)にも、また行ってみるつもりです。

サイゴンのあとは、ミトー、カントー、チャウドック。そしていよいよ、
カンボジア入りです。あ、サイゴンでは、忘れずにカンボジアビザも、取らないと。

時間があるので、もう少し書きますね。

会社の忘年会の関係で、もしかしたら、26日よりも、もう少し早く
帰国することになるかも知れません。そう思ったら、なんだかバタバタしてきた。
気持ちの上で。あ、でも、たとえば忘年会が15日とかに設定されたとしたら、さすがに
出席しようとは思いません。23日とか、そういう微妙な日にちだったら、考えるけど。

今回、バンコクへの往復の航空券は、United航空のマイレージを使ったのですね。
これって、ホントに、使えますね。予約の変更もOKだし。ふつうに格安航空券を買ったら
安いヤツは、たとえば11日fixとかって、制限があるんですよね。マイレージの場合は
ないに等しい。1年間でしたっけ? はやくハノイにも、United、飛ばないかな。

じつはマイレージ、すでに25000ポイントたまっているので、アジアのどこかに
また行ける計算です。3月あたりにホンコンin/outで、また中国南部を旅行できない
かな、と密かに画策しています。(笑)

1月に予定してるポーランド行き、まだどうなるか、行くかどうかも、まったくの白紙ですが
もし行けたら、これもSASあたり、スターアライアンスの飛行機で行こうと思ってるんですね。
そしたら、また、20000ポイント近くたまるので、どっか行ける。

どっか行くことばかり考えてちゃ、ダメですね。
帰国したら、仕事はあるのでしょうか。もし古巣で仕事をもらえなかったら、
近所の24時間営業になったマルエツで、レジのバイトをしようと思っています。
たぶん一晩がんばれば、8000円とかには、なりますよね。

家のローンと母ちゃんへの上納金?で、月に10万円くらいは、飛んでいってしまうので、
頑張って働かないとね~。(笑) まぁ、体が健康ならば、なんとでもなるでしょう。

それと、Joiで撮りためた写真、どこかで発表したいですね。
写真展、開ければ、最高なんですけど、どうやって写真展って開いたらいいのか、
その段取りの立て方?が、ちーとも分かりません。(笑)

帰国して、写真をセレクトして、プリントして、その状態にしてから、また考えてみましょうか。

自分でも、これじゃあちょっと、写真展なんて恥ずかしくて言えないよ、って思ったら、
それはそれまでですしね。


なんだか、ダラットで、Joiの終わりを予感したんですかね~。いきなりこんなこと
書き始めて。いや、それよりも単に、時間が有り余っているということだけじゃないですかね。(笑)

あ、いや、でも、あと、訪れる予定にしてる街って、そう多くないんですよ。
さっきも書いたように、ベトナムでは、サイゴン、ミトー、カントー、チャウドック、
カンボジアに入って、プノンペン、シェムリアップ、タイでは、アランヤプラテート、
そして終点のバンコク。ね。そんなにないでしょ。


あ、でも、これはすごく感じるんだけど、Joi、来てホントによかったと、いま思っています。
ホントに、ホントに。たぶん、このあとの街、どっかで刺されて殺されても、いま思ってる、この
思いというのは、変わらないんじゃないかな。それほど、来てよかったと、思ってます。

なんていうか、僕の人生、このタイミングで、この地域を旅してまわる、というのが、もともと
プログラミングされてたんじゃないか、って、そんな気さえ、するんですよね。そして、この旅で
会った人、みんながみんな、前から会うことを約束してたんじゃないか、って。

なんか、ありがちな感想ですみません。でも、ホントにそう思うんですよ。

昨日会った、ダラット一の美少女だって、ほんの少しだけでも、スケジュール?がズレていたら
きっと会うことはできなかったと思うんです。だいいち、過去の日記を読み返したら、ダラットに
行くかどうか、迷ってたじゃん。おれ。(笑)


それから、残された旅程のどこかで、運命的な出会いが僕を待っていないとも
限りませんしね。(笑)


 

2003年12月07日(日)

12月7日(日) サイゴン(ベトナム)

サイゴンに着きました。(涙)
なんか、自宅に帰ってきたような安心感です。(笑)
宿はデタム通りのそばの、ビ・サイゴン。1月といっしょの宿です。

サイゴンには、何日いられるでしょうか。
最低、2泊。長くて……、4日?

予定では、10日まで、サイゴンにいることになってますね。(笑)
でも、プノンペンで4日、シェムリアップで3日、バンコクで4日も
いることになってますね。いくらなんでも、この3都市に11日も
いることはないでしょうから、このへんから日程を削りましょう。(笑)

シェムリアップで3日はいいとして、プノンペンは物騒だといいますし、
2日もいれば、いいんじゃないでしょうか。

バンコクはどうしましょう。

ま、でも、あせってもしょうがない。
のんびり構えるとしますか。


 

2003年12月08日(月)

12月8日(月) サイゴン(ベトナム)

いまは月曜日の朝です。
昨日の夜は、バンコクから帰国したばかりの写真家のFさんと電話で連絡を取り、
ご家族といっしょに、ビアホール風のベトナム料理店でお食事させてもらいました。
サイゴン在住のかわいらしい女性と、同じくサイゴン在住の業界人?の男性も
来てくださいました。

ひさびさに、まとまった量の日本語を話すことができ、とってもうれしかったです。


今日はこれから、旅行代理店にパスポートを持って出向き、カンボジアビザを取得して
きます。20ドルちょっとかな。カンボジア入りのルートですが、その旅行代理店で、
メコンデルタのツアーとセットになった、プノンペンまでの船旅が用意されているとの
ことなので、それを利用しようと思っています。1泊2日か、あるいは2泊3日か。

ツアーだと、思ったように動けないのが難点ですが、ホテルもバスも船も食事さえ
パックになっているので、楽は楽ですよね。Joi全体がパックツアーだったら、きっと
疲れきってしまうでしょうけど、ごく一部だったら、いいですよね。毎日の夕食の献立を
考えるのに疲れて、近所のマルエツでお惣菜を買ってくるお母さんみたいなもんですよね。(笑)

水曜日にも、サイゴン在住の方々でお食事会が開かれるということなので、また是非
参加させていただこうと思っています。

なので、サイゴンにはあと3日は、いられますね。けっこううれしかったりする。(笑)

くれぐれも、酒量は控えめに。ビールだけ飲んでるぶんには、乱れないんですよね。(x x)☆\バキッ


そうだ。昨日はシーゲームで、サッカー、ラオスとの対戦でした。サッカーの試合のあった日は
いつもそうらしいのですが、街の大通りは、ベトナムの大きな国旗をもったバイク乗りのにいちゃん、
ねえちゃんで、たいへんなことになってました。

日本でこれを日の丸でやったら、別の意味で、たいへんなことになりますよね。

いや、冗談はさておき、国民みんなで、スッキリした気持ちで、自分の国の国旗を
掲げることができない、って、なんかとても寂しいことだなぁ、と思いました。

僕個人としては、日の丸に賛成とか反対とか、そういう気持ちはありません。
国旗というのは、象徴ですから。戦争のときに、日の丸のもとで、若い人たちが命を散らした
というのは、まぎれもない事実ですが、でも、日の丸に責任があるわけでは、ないと思います。

ここいらで国民的な論議をもう一回やって、それでスッキリとした気持ちで、
国旗というもののありかたを、考えたらどうかな、と思ったりもします。

じっさいのところ、日の丸に代わる、国旗というものも、考えにくいわけですし……。


さぁ、布団から出て、一日の活動をスタートさせましょうか。

いま夕方の6時半です。
ビ・サイゴンから、ホテル移っちゃいました。昨日、明日になったら10ドルの部屋が空くから
そしたら、そっちの部屋に移ってもらいますからね。今日は15ドルの部屋しか、空いてないのよ、
っていわれて、15ドルの部屋に、昨日から今朝にかけて、いたのですが、今日しめされた10ドルの
部屋が、ちょっとあまりにもひどくて。窓のない、内陸?の部屋。すごく狭い……。それでイヤになって
サヨナラしちゃいました。いまいるのは、サザンホテル、っていう、デタムの、南端に近いところにある
日本のビジネスホテルみたいなところです。部屋代は15ドル。(笑)

でも、エレベーター付きなので、おなじ5Fでも、快適さは月とすっぽんです。

これからきっと、デタム通り(サイゴン一の安宿街)でも、こういうビジネスライクな安宿が、
増えていくんでしょうね。NHKの衛星TVも入ります。西武の松井がメッツ入りを決めたニュースも
さっそくGetしました。(笑)

今日は、統一会堂と戦争証跡博物館に行ってきました。
戦争証跡博物館は、1月に来たときも行きましたが、今回もぜひ行こうと思っていました。
うまくいえないのですが、戦争写真の持つ、ものすごい力、それを改めて確認しておこう、
というような気持ちでしょうか。

それから、憎悪、という感情の持つ、とてつもない負のパワー。

平時に住む人は、なんで戦争になると、罪もない人たちを、容赦なく殺戮してしまったり
するんだろう、って思います。僕も思います。

でもきっと、戦争というものが、いったん始まってしまうと、憎悪の感情が、拡大再生産の
無限ループに入ってしまうんだと思います。そうでなければ、ついこのあいだまでふつうの
市民だった軍人が、無辜の老人や女性、子どもたちを虐殺することなんか、できるわけない。

だから、戦争はいけないんです。


戦争写真というのは、写真というメディア、表現媒体の力というものを、
最大限に知らしめることのできる、そういうジャンルの写真だと思います。

そのことを、改めて確認するために、今回も、戦争証跡博物館に、足を運びました。


明日はブンタウに行こうと思っています。
サイゴンから船で1時間ちょっと、海辺の街です。

ガイドブックによると、ベトナムの熱海みたいなところ、って書いてありますが、
わかるような、わからないような……、という感じですかね。(笑)

今日は、これから、どうしましょう。

寝るには、さすがにまだ、早いような気もしますし。(笑)


 

2003年12月09日(火)

12月9日(火) サイゴン(ベトナム)

いま、夜の10時過ぎです。

明日は、ホーチミン市の西部、華僑の街、チョロンに行ってみようと思っています。

そういえば、華僑と華人の違いって、知ってますか?

中国の国籍を持ちながら外国に住む中国人を華僑、帰化してしまった人を華人と呼ぶんだ
そうです。

そうやって考えると、中国の国籍を残しながらも外国に出て頑張ってる人たちって
頑張ってるんだなぁ、という気がしてきます。

って、何を言ってるのか、よくわかりませんが……。(笑)

たとえば僕がベトナムに住むにしても、日本の国籍は、捨てる必要ないんですね。
当たり前か。(^^;

いや、もしかしたら、国籍って、けっこう大事なのかも、と、ふと気になったもので……。(笑)


今日は予告どおり、ブンタウに行ってきました。ブンタウというのはサイゴンから、サイゴン川を
ずっと下った、海沿いの街です。サイゴンに近い海水浴場として知られています。

今日はシーズンオフ、それもあいにくの空模様ということで、観光客はそれほど多くありません
でしたが、でも、ちょっとした小旅行を楽しめました。高速船で1時間半くらい。

行きは10時発の船でした。サイゴンのチケット売り場で、帰りのチケットも買っておいたんですね。
ブンタウを16時に出る船の。

ブンタウの街に着いたら、タクシーの客引きがすごくて。
ひとりのバイクタクシーのおじさんは、乗らない、って断っているのに、僕が海沿いの道を歩いていたら
ずーっとついてくるんですね。公園の中の細い道まで、ずっと。ストーカーにつけ回されるおねえさんの
ツライ気持ちが、ほんの少し、分かった気がします。いや、ほんと、望んでいない人に、そばにずっと
いられるつらさ、ひさかたぶりに味わった気がします。

ごはんを、街角の中華料理屋?で食べたのですが、店に入っても、外でずっと待ってるんです。
333を飲みながらも、かなりどんより、うんざりした気持ちでいました。

しばらくしたら、おじさん、あきらめたらしく、どっかに行ってしまいましたが……。


どうしておじさん、僕にずっと着いてきたんでしょう。
いつか根負けして、自分のバイクのうしろに、この僕が乗るんだと
信じていたのでしょうか。それとも、たまたま暇だったから?

僕はベトナム語をしゃべれないので、想像するしかないのですが、
ちょっと僕の想像を超えています。もしかして、おじさんの好きなタイプ
だったのでしょうか。

……。わかりません。でも、あんまり、二度とはしたくない体験ですね。

おかげで、16時の予定だった帰りの便、大幅に繰り上げて、14時にしちゃいました。(笑)

雨が降ってきた、というのもあるんですけどね。


待合所、海のそばの、そこに雨を避けるために、いたのですが、ダブルミントガムを売る
小さな姉妹がいました。どちらもうんと可愛かったので、写真を撮らせてもらおうと思い。
そのへんで2000ドンで売ってるガムを3000ドンで売りつけようとします。2個だと
5000ドン。ちゃんと割り引かれています。僕は人がいいので、2000ドンのガムを、
3000ドンで買いました。写真を撮らせてもらうギャラ?としては、安いもんです。10円
ですから。

それはそうと。

観光客相手に、一個20円だか30円だかのガムを売って歩く小さな姉妹、気の毒だな、とか
かわいそう、とか、思うんですけど、でも、彼女たちって、ある意味、ものすごい貴重な、
社会勉強をしてると思うんですよ。

同んなじ歳の日本の子どもは、何をしてるかっていうと、戦隊もののテレビを見てるか、
おじいちゃん、おばあちゃんに、好きなオモチャを買ってもらっているか、あるいは、保育園で
お遊戯の練習をしているか。あとなんだろ。

ガムを、観光客に売るという仕事。そのなかに含まれることって、ものすごく多くのモノが
含まれていると思われ。どれだけ頑張っても、ガムが1コも売れなかったときの、しんどさとか。

彼女たちも、一日中ビールを飲んだくれてるオヤジに、そんなこと言われたくはないわい、
と思っているかもしれませんが、でも、恵まれた環境が、人間を作るんじゃないですよね。
むしろ、厳しい状況が、人間の知恵を試す、んだと思います。そういう意味では、彼女たちは
ものすごく幸せだと思います。心の底から、そう思います。

日本の子たちは、概して不幸だと思う。けど、それも
日本の子たちに課せられた、課題なのでしょう。


 

2003年12月10日(水)

12月10日(水) サイゴン(ベトナム)

今日はチョロンに行ってきました。1番のバスに乗って。
チャンフンダオ通りをずっと西へ。

なんかあんまり気分が乗らず、すぐに帰ってきちゃいました。

ビンタイ市場の目の前に、ケンタッキーフライドチキンが
できてました。けっこう雰囲気ぶちこわし、みたいな。(笑)

やっぱり地鶏を使っていて、フライドチキンの味が、日本と比べて
むちゃくちゃいいんでしょうね。(^^)


夜は、豚しゃぶパーティに呼んでいただきました。
日曜日と同じメンバーの方々が、来られていました。

なんだかまた緊張して、あんまりお肉を食べれませんでした。
あ、でも、すごくおいしかったです。

ごちそうさまでした。m(_._)m


 

2003年12月11日(木)

12月11日(木) サイゴン(ベトナム)

サイゴン最後の夜。

今日は、すご~くいいことがありました。
ふふふ。

多くは語らず。

ふふふ。

明日はいよいよメコンデルタです。ミトー、カントー、そしてチャウドック……。


 

2003年12月12日(金)

12月12日(金) カントー(ベトナム)

朝、サイゴンを出て、ミトーを経て、カントーに着きました。
ツアーで利用しているホテルは、なんと1月にカントーに来たときと
同じホテルです。名前は忘れましたが。(笑)

今日は、一日中、ガーネットクロウの「Last Love Song」という歌を
歌っていました。すごいいい歌。歌詞の載ってるサイトを見つけたら、お教えしますね。

歌い出しだけ……。

♪午後になると陽がさす 部屋の片隅のソファ
 海を越えて運んだ 大切な君の場所へ
 初めて僕が座る 出会いから半年の今日

すごいいい歌。ボーカルの彼女の声と、サウンドと歌詞が、ピッタリ合ってて。
ある意味、当たり前かもしれないけど。

日本にいる間に、ガーネットクロウのコンサートに、いっぺん行ってみたいな。


あ、そうだ。
年明けのポーランド旅行、たぶん、実現すると思います。
飛行機代、ジリジリ下がってる。席がいっぱいになるのと、どっちが早いか
怖いんですけど。でも、今日さっき、カントーのネットカフェで、AB-ROADと
CASTourの両方で、空席の確認をしちゃった。(^^;

期間としては、1月5日から1週間前後。どうだろ、大丈夫かなぁ。仕事とか、諸々。

まぁ、12月26日に帰国してから1週間ほど日本にいれるわけで、そのお正月期間を
フルに仕事に活かしましょうかね。(爆)

まわりには、うんと迷惑かもしれないけど。
みなさま、またも、ご迷惑をお掛けいたします。m(_._)m

 

12月13日(土) チャウドック(ベトナム)

チャウドックのホテルにおります。
カントー、チャウドックに宿泊して、プノンペンまでの船旅がついて、それで31ドル!
安いでしょ。往復の飛行機代さえなんとかなれば、ホント、アジアの旅って、安くつくと
思う。旅で会った欧米人も、みんなそう言ってる。

メコンデルタ2泊3日ツアーで出会った人たち、不思議な人が多かったなぁ。
ニコンD100を持ったベトナム人の初老のおじさんが、すこし若めの奥さんと
ふたりで参加してたのね。あ、お金持ちなんだろうなぁ、と思って、すこし遠くから
見てたんだけど。

2日目、カントーでの昼食のときに、席がそばになり。話しかけてくれたので、
いろいろお話ができた。

おふたりは、いま、カナダにお住まいなんだそうで。
いつごろベトナムを出られたんですか? って聞いたら、おじさん、紙に28っていう
数字を書いてくれて。たぶんこれは、28年前、1975年ということなんだろうな。
最初、パリに行って、弁護士をしてて、そのあとカナダのモントリオールに移って。
奥さんとも、モントリオールで知り合ったんだって。奥さんはおじさんよりも15歳も
年下で。おじさん、自慢そうにしてた。

ベトナムに戻ってきたのは、これが4度目です。

そういう。おじさんが生まれたのは、ハノイ近郊の小さな町。
ハノイとサイゴンに住んでたことがあり、英語とフランス語は、ベトナムにいる間に
勉強してた、って。

カナダには、ベトナム人がたくさん住んでるんだって。移民を受け入れてきたから
なんだろうね。
国籍は?って聞いたら、カナダ、って。

禍福はあざなえる縄のごとし、っていう諺を思い出してた。
それは、故国を捨てるということは、並大抵の苦労ではなかったと思うけど
でもきっとおじさんは異国の地で頑張って、仕事をして、成功したんだと思う。
人間は、そんなにヤワには、できてない、っていうことだよね。

ニュースサイトで、雀荘にいるところを見つかって自殺してしまった名門高校生のニュースが
載ってたけど、そしたら、教室で紙麻雀をしてるところを見つかって没収されてしまった、
元名門高校生の女の子はどうしたらいいんだ、とか思うけど、でも、あまりにも簡単に
自ら命を絶ちすぎる、そんな気がする。いや、もちろん、本人にとっては、ものすごくショックで
死に値すること、だったのかもしれないけど、でもあえていわせてもらうよ。簡単に死ぬな、って。

むかし、ある漫画家の描くマンガに、こんなタイトルのがあった。

それでも僕らは生きている

そう、僕(小倉)なんかも、死ぬほど恥ずかしいような生き恥を、それこそ何度もさらして
きたけど、でもまだ死にません。(笑) 人間はね、恥ずかしいことをたくさんして、人に
後ろ指を指されて、それに堪えて、生きていかないといけないんだよ。
ほっといても、リセットボタンは誰かが押してくれるから。それは自分じゃない。

もうひとり、小さな娘さんと奥さんと3人で旅行してるイギリス人のおじさん。
たしか、旅行に出てから、1年3か月?とか、たってるって。
南アメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、そしてインドシナ……。
2月にはイギリスに帰るんですよ、っていってた。故郷が恋しくないですか?って聞いたら
いや、僕らはそうでもないんだけど、娘が友だちに会いたがってね……、って。

娘さんは10歳。学校は、もちろん休んで、旅行に来てる。友だちとはメールで
連絡を取り合ってるんだって。いまの子は、進んでるね。

勉強は大丈夫なんですか?って聞いたら、
奥さんのほうを指さしてた。

イギリスではどんなお仕事をされていたんですか?って聞いたら、
家やビルを売ったり買ったり……、って。はぁ、と思ったんだけど、
きっと資産家の一族なんだろうね。一家族が1年半くらい外国を旅行してても
一族の経営はびくともしない。戻ってきたら、すんなり、もとの仕事に復帰できる、
そんな感じなんじゃないかな。


あとイギリス人の若い美人のおねえさんとカメルーンのもとサッカー代表?のおにいさんのカップルとか。


おもしろいね。現地発のミニツアーはおもしろいですよ。いろんな出会いがあって。
これを知ったのは、9月のニンビンのときですね。

しばらくの間、少人数で顔を合わせることになるから、話もしやすいし。

あ、そうそう、韓国人のおねえさん?3人組もいたなぁ。

この人たちも謎。どうみても30代中ごろなんだけど、女3人組で。すごい仲よさそうで。
どういう3人なんだろう、ってずっと考えてたけど、浮かばなかった。

主婦って感じじゃないんだよね。だいたい、主婦が3人集まって、カンボジアからベトナムにかけて
長期の旅行とか、しないよねぇ。でも、3人とも独身っていうふうにも、見えない。いやどうだろ、
わかんない。うーん。たまたま3人とも結婚、まだしてなくて、で、休みを合わせるかなんかして、
思いきって旅に出た、っていう感じなのかな。女性のプライバシーに関わることなので、あんまり
そのへんは、聞けませんでしたが。でも、ノリノリでしたよ。いい感じ。僕の日本での友だちの女の子を
思い出してた。なんにでも興味津々で、いい意味で好奇心旺盛で。いいなぁ、と思った。


この項、プノンペンでの2日目の夜から3日目の朝にかけて、書きました。(笑)
正直者でしょ?(x x)☆\バキッ


 

2003年12月14日(日)

12月14日(日) プノンペン(カンボジア)

プノンペンに、着きました。
夜は物騒だと聞きますが、とてもとても、いい街です。

カンボジアって、けっこう好きかも。

インターネットカフェに、行ってきました。
宿の1Fにも、インターネットあるのですが、日本語は使えないし、
自分のPCをつないでもいい?って聞いたら、よく分かんないけど、ダメ
みたいな答えが返ってきて。んだよ、それじゃあ、いいよ、頼まないから、
状態で。

あ、その前に、宿のチェックインして、窓の外を見たら、西の空がすごいことになってて
あわてて、西のほうへ歩き。なんか建物のなかをずんずん歩いたら、水辺のレストラン?に
たどりつき。ビールをたのんだ。飲んだら、すごく美味しくて。2本目もたのみ。
もう沈みかけていた、夕陽を、10D+24-85で、たくさん激写。

フジに負けないくらい、ステキな西の空を、演出してくれました、10D。ありがと。

で、さっき書いたように、宿の1Fのインターネットは日本語全面ダメで、あ、こらあかん、
状態で。仕方がないので、すぐ隣のインターネットカフェ専業のお店に行き。Japanese OK?
って聞くと、さっとPCを指定してくれる。いいね、この専業ならではの、反応の早さ。

で、So-netとかのメールを十分に堪能?したあと、今後に備えて、ホントは自分のPCを
使いたいんだけどな、って持ちかけ。よく考えたら、移動中モードで、カバンの中にLOOXが
入っていたことも、思い出し。さっと取り出し。

そしたら、どこからか、空いてたLANケーブルを、お店のお兄ちゃんが持ってきてくれた。
をぉ! なんと素晴らしい対応!! ベトナムでは、いまだかつて、あり得なかったリアクションで
あり。

前にも書いたかもしれないけど、インターネットの普及とか速度とかを、カフェの充実度から測ると
圧倒的にカンボジアのほうが先を行ってますね。やはりベトナムは、お役所のいろんな規制とかが、
いっぱいあって、なかなか普及が進まない&値段が下がらないのでは。と思います。

プノンペンのレイクサイドのネットカフェ、すごく速いです。ADSLなの?って聞いたら、
ううん、ワイヤレスなんだ。って、いって、どこかで見たような、ワイヤレスインターネットの
モデム?を指し示してくれました。そうだ、東京電力がやってたスピードネットのやつに、
そっくりで。2.4Mbps?って聞いたら、いや、3.5Mだね、って。

でも、どんなにワイヤレスが速くても、日本との間の基幹ケーブルが細ければ、なんにもなりません。
その点、いまのところ、東南アジアの国々と日本との間には、十分な容量のケーブルが用意されている
ということなのでしょう。ケーブルを敷設してくれたNTT? KDDI? IIJ? あるいは、
その他、海外のキャリアも含めて、その方々に、深く感謝申し上げます。m(_._)m

いや、ホント。インターネットで、まぁ、90%以上はメールで、知り合いと連絡が取り合える
だけで、どんだけ旅の居心地が変わるか。

いや、まったくメールとかを絶って、それでする旅というモノも、あるとは思うけど。
でも、いまのわたしには、それは無理だわ。つながりを持ち続けなければならない関係が
日本に多すぎるもの。あ、いいとか悪いとかじゃなくて。もちろん。

書きたいことは山ほどあるのですが、どうもこのゲストハウス、一泊3ドルという激安のせいか、
部屋に電源コンセントというモノが、ありません!!! 初めてだよ、こういう部屋。

なので、バッテリーが切れる前に、Joiを閉じたいと思います。
って、次の日の分は、どこで書くんだ??(笑)


と思って、決死の覚悟でネットカフェに行こうと思ったら、ありました。コンセント。(笑)
そらそーだよな。北極の山の中じゃあるまいし、電源コンセントがないなんて、ちょっと、ねえ。

まったくいきなりだけど、世界中のどんなに安いゲストハウスにも、たとえ3ドルの部屋で
あっても、部屋にひとつずつLANポートがついたら、いつでもPCを持ち込んで、フリーで
インターネットできるようになったら、きっと戦争は、なくなっているだろうね。
これ、小倉の予言。(笑)。


 

2003年12月15日(月)

12月15日(月) プノンペン(カンボジア)

今日は、プノンペン市内のミニツアーに参加するはずだったのですが、
ゲストハウスの手違いで、クルマに乗れず、明日になってしまいました。
なんか、腹を立てるとかいうより、ま、いっか、っていう感じ。

で、そのまま、街歩きに出かけました。ゲストハウスはプノンペンの北部にあるので、まずは
南へくだり。Xのカタチをしたセントラルマーケットに、まずは立ち寄りました。意味もなく、
用もなく、売り場をぐるぐる歩き回ります。まさに冷やかすという感じ。
こうやって、いくつの街の市場を、歩いたことでしょう。

セントラルマーケットを出て、次の目的地である「つーちゃん食堂」を目指します。
やや西側、安いホテルが集まっている場所にある、日本食のお店です。
よくかんがえると、この旅をスタートさせてから、初めての日本食です。
カツカレーと迷いましたが、カツ丼にしました。おいしかったです。2ドルだったかな。

そろそろ旅の終わりが見えてきて、いろんなことを考えるのですが、予算、いちおう15万円を
メドに、ということで、少し多めに20万円持ってきたんですね。でもまだ、8万円くらい、
残ってる。あと1回、1万円を米ドルに両替しなきゃいけないかな、という感じなのですが、
それでも、けっこう予算を下回ってますよね。我ながら、すごい!と思います。勝因?は、
宿代をキチンとセーブしたこと、あとは食費を抑えることができたこと、でしょうね。
すばらしいと思います。

あ、そうだ。正月休み明けに予定していたポーランド行きは、延期することを正式に決めました。
フセイン元大統領も拘束されたことですし。まったく関係ありませんが。

そういえば、フランスはずっと、イラク人による統治を急げ、っていってるそうですね。
まったく正しいと思います。そして、最近アメリカは、戦争に反対した国々には、イラク復興の
ための事業には参加させてやらない、と言い出したそうですね。いかにも、あの国が言いそうな
ことだと思います。さすがに、アメリカの腰巾着を自他ともに認める小泉君も、いくらなんでも、それは
ないだろ、って言ってるそうですね。一寸の虫にも、なんとやら、っていうところでしょうか。

どこまで話しましたっけ。つーちゃん食堂? あ、予算が余るという話。そして、
ポーランド行きを中止した、という話。ですね。

ポーランド行きを中止したのは、やはり大きいのは、予算がけっこうかさむのではないか、という
部分ですね。たとえば10万円とか。それを、ベトナム行きに向けての準備に当てたほうが、ずっと
価値的ではないか、というふうに、考えたわけです。

僕はどうしても外せない事情があって、どんなに早くてもベトナム移住は来年の7月なんですね。
でも、外的な条件がOKになっても、経済的な面でテイクオフできなかったら、アホみたいです
もんね。なので、来年は、ガメツイくらいにお金を稼ごうと思いますし、出費もできる限り、抑える
つもりです。きっと外食が減るでしょうから、だいぶ節約できるんじゃないでしょうか。家での食事も
質素なものを心がけるようにして……。もちろん無駄遣いも避けます。35mm F1.4Lなんて
もってのほかです。(笑)

つーちゃん食堂のあとは、街を東西に走るシアヌーク通りに入り、独立記念塔を過ぎて、
リバーサイドのほうへ向かいます。川岸はガランとしていて、人の姿はそれほど多くありません
でしたが、家族でやってる売店があったので、そこでコーラを飲みました。近くでは、たぶん
ホテルだと思うのですが、すごく大きな建物の建設が、進められていました。

川沿いをずっと歩き、王宮を過ぎて、カフェが並ぶ一角に辿り着きました。
リバーサイドというカフェでおビール&食べ物を1品。何を頼んだんでしたっけ?
忘れた。イカの炒め物だったような気がします。ご飯が付いてきたので、丁重にお断り
しました。

しばらくすると、手足の不自由な弟を連れた、おねえちゃんだと思うのですが、オープンの席に
近づいてきて、手を差し出します。僕は黙って首を横に振りました。

こういう場合って、本当はどうすればいいんでしょうね。
わかりません。

カンボジアの人たちの、日本に対する視線は、とても温かいものを感じます。
昨日から4回くらい通ってる宿のそばのネットカフェのおにいさん二人も、日本語をけっこう
上手に話すんですね。学校に通ってるんですって。21歳と23歳っていってたかな。
バイクタクシーのおじさんたちも、片言なのかもしれませんが、よく日本語で声を掛けて
くれます。いわく、お元気ですか?とか、どこへ行くんですか?とか。

こんなことを思いました。カンボジアには、たぶん、貧しいという理由だけで、ものすごく
優れた頭脳を持っているのに、学業を続けられない、高等教育が受けられない、そういう子どもや
若者が、死ぬほどいるに違いない。そういう人たちに、日本が援助をして、彼らにふさわしい、
学問を、学ばせてあげたい。日本がお金を出して、高校か大学か、そこではしっかり日本語も
教えてあげる。英語もね。運営は基本的にカンボジア側が行う、教育内容についても、日本側は
あんまりうるさいことは言わない、ただ、とにかく貧しくて、優秀な子どもたちを全国から
探し出して、無料で教育を受けさせてあげる。そんなシステムはどうかな、と思います。

ただ、選抜方法は、むずかしいかな、ということも思いました。試験をするとしたら、
本当に貧しい生徒たちは、きっと貧しいが故に、選抜試験に勝ち残れない。おそらくは、
それまでも、十分な教育を受けられていないと思われるからです。

学校の先生の推薦とかに、なるのかもしれませんね。プラス面接とか。

ネットカフェのおにいさん二人、どちらもステキなホームページを持っているんですね。
見せてもらいました。トップにリンク集が置かれ、「アジアンガール」とかという怪しげな
ページとともに、プノンペンにあるいくつかの大学へのリンクも、用意されていました。
彼らは大学のページを開いてくれました。

ここは超一流の大学なんだけど、年間に学費が500ドルもかかるんだよ。
とても僕らに払える額じゃないよ。

年間数十万円もの学費を払いながら、大学に授業を受けに行っていなかったことを
自慢げに話していた、自分の姿を省みました。


リバーサイドで休んだあと、オールドマーケットをちらっと見てから、あらためて
セントラルマーケットに向かいます。目的はひとつ。蚊取り線香と、下に敷く皿のような
モノを買う。

昨日の夜は、プノンペンの蚊の大歓迎を受け、あまり寝られませんでした。
なので、今日は蚊取り線香のバリアで、この103号室を守ろうと。

蚊取り線香、20個くらい入った、紙パックのヤツ、アレを売っていることは、
なじみのネットカフェでも、確認済みです。ですが、問題は下に敷くものをどうするか
という点です。床にじかに置いたとしても火事になることはないでしょうが、灰についた
油が、きっと床を汚してしまうことでしょう。それはまずい。なので、なにか灰皿が
必要になると。

最初は蚊取り線香が大量に入った、あの丸いカネの缶のやつを買おうと思っていました。
あれならば、上に、皿がついているはずです。旅の間に全部使いきることはありえませんし
荷物になるのは必定ですが、それでも、背に腹は代えられない、と。でも、よく考えたら
別に灰皿になるモノを買えばいいのだ、と思い、市場を探すことにしたんです。

最初、蚊取り線香の小パックを買うとき、台?になる金具?があるかどうか、パックを
開けて確認しました。あります。ちゃんと。なので、あとはお皿だけです。

こっちでは、銀のお皿がけっこう安く売ってたりするんですよね。陶器のお皿だと
バッグに入れておくと、きっと割れてしまうでしょう。なので、銀のお皿でもいいかな
と思っていました。でも、よくよく考えると、金属であればいいわけで、なにも銀の
お皿である必要はない。ふつうに食器として使うような、なんかステンレスあたりの
お皿が、市場にあるに違いない。そう気がつきました。なんで、ここまで辿り着くのに
そんなに時間がかかるんでしょう。暑いので脳みそまで溶けてしまったのでしょうか。

そうして、ガイドブックのセントラルマーケット内部の地図を開きました。
ありました、ありました。「台所用具・食器」。生鮮食品の通りと、電気屋の通りの
中間を出たあたりの一角がそうだと記されています。

その場所はすぐに見つかりました。コップやお皿が、所狭しと並べられています。
最初、お店を見て回ったのですが、なかなか思うような大きさの丸くて平べったい
金属のお皿が見つからなかったので、店員のおにいさんに聞いてみました。

そしたらそばにいた、たぶん彼のお母さんだと思うのですが、その女性に話して、
その女性は、ほかの店に、探しに行ってしまいました。彼が1枚のお皿を見せてくれます。
直径26cmのステンレスの丸いお皿です。いくら?って聞くと、3ドルと。ちょっと
大きすぎる気がするし、3ドルかぁ、と思っていると、そばに四角い平らなお皿が
あります。こっちはいくら?って聞くと、2ドルですって。別に丸くなくても、
四角くてもいいか、2ドルだし。っていうことで、そのステンレスのプレートを
買ってきました。いい感じです。いま、すでに3/4ほどが燃え尽き、すっかり
103号室は蚊取り線香のバリアに覆われています。その証拠に、さっきからずっと
目が痛いです。(笑)

なので、たぶん、たぶんですが、今日は蚊に悩まされることは
ないのではないかと、思います。希望的観測でしょうか。(笑)

明日は、そういうわけで、市内のツアーに行って参ります。
S21収容所、キリングフィールド、そしてロシアンマーケットです。
S21収容所は、前にも書いたと思いますが、ポルポト時代、罪もない人たちが
密告によって集められ、収容されていた場所です。2万人の人がここに入れられて
そうして生還できたのは6人だということです。

これも前にも書いたかもしれませんが、僕が最初にカンボジアに興味を持ったのは
高校のそばにあった県立図書館で、ポルポト派の犠牲になった方々の写真を集めた
写真集を、たまたま見たことがきっかけでした。

殺される直前の人たちを撮った写真たち。
その写真に、自分でも訳が分からずに、ものすごく惹かれてしまったんですね。
記憶は確かではないのですが、その写真集に、こんな記述があったことを覚えています。

あるとき、写真係の男性は、収容され、写真を撮られるのを待つ人々のなかに
自分の知り合いの姿を見つけた。でも、彼に声をかけると、自分も写真を撮られる側に
直ちに送られることになるだろう。彼はそれを当然理解していたので、知り合いの男性に声をかける
ことはできなかった。向こうも、黙って彼を見ていた。

そんなふうにして撮る・撮られるポートレートというのは、
どういうものなのでしょう。

考えてみたら、僕が写真を始めるきっかけに(あとから考えると)なった写真たちと
いうのは、どれもこれも、インドシナで撮られた写真なのですね。ベトナムであったり、
カンボジアであったり。


そうだ。今日、また、キャパのお母さんがいつも言っていたというセリフを
思い出してました。いわく、

人を好きになりなさい
そしてそれを相手に伝えなさい


今日は、このセリフに加えて、こんなことも、思っていました。

人を嫌いになるのは感情の働きによるモノだけれど
人を好きになるのは、意志の力である

誰のセリフでしたっけ。あるいは小倉オリジナルか?(笑)


僕は簡単に人のことが好きになって、そのたびに皆んなに呆れられるのですが
それも実は何を隠そう、意志の力なのですね。ホントかよ、っていう感じですが。(笑)

プノンペン、明後日に出るか、その次の日にするか、迷っています。
明後日は17日。その次の日は18日。その日の夕方にシェムリアップに着いて
シェムリアップにも、最低2日、長くて3~4日は、いたいと思っているので
そうすると、どうでしょ、プノンペンを発つの、18日でも全然OKかな。
18日の夕方にシェムリアップに着いたとして、21日にシェムリアップを出る。
バンコクに着くのはきっと22日になるでしょう。余裕ですね。シェムリアップを
出るのが22日になっても大丈夫かな、っていう感じでしょうか。

ただですね、帰国便を、1日、2日、早めるという可能性も、ないこともないのですよ。
次の仕事の打ち合わせもしたいし、そろそろ日本も恋しくなってきましたしね(ウソ)。

ウソっていうこともないですね。日本に早く帰って、仕事をバリバリしたいというのが
ホンネ中のホンネです。だって、お金を稼がないと、いつまでたってもベトナムに住めない
ですもん。オオカミ少年には、なりたくないですよ。もう既に、コヨーテ少年くらいには
なってるかも。(x x)☆\バキッ

いみわからんですね。あいかわらず。

そろそろ寝ますか? まだ10時過ぎですけど。だって、この部屋にはテレビもないし……。
Windowsに付属のマインスイーパか、ある友人に教えてもらった四川というゲームか。
どちらも、この旅行中、もう何十回もやりました。こういうパズルゲームは好きなの。
人を殺したり、乱暴じゃないから、いいでしょ。頭の体操になるし。

まぁ、いいや。

明日、無事に市内ツアーに行けるように、みなさん祈っててくださいね。(笑)
宿のおじさんには、必ずだよ!って念を押しておきましたが。まぁ、行けなかったら
行けなかったで、そういう運命にあったのでしょう。(笑)
S21は市内なので、最悪歩いてでも行けますし、ロシアンマーケットはあんまり
興味ないし、キリングフィールドはすこし遠いらしいので、今回は無理かもしれませんが
次に来たときに行けばいいですよね。(笑)

プノンペンに来れるかどうかは微妙ですが、
ベトナムに次に来るのは、いちばん早くて、2月になると思います。
ひとつ大きめの仕事を終わらせて、それで自分へのご褒美として、来るっていうのは
けっして悪いことじゃないと思う。10日くらいは、いたいですね。

たぶん飛行機はシンガポール航空。大好きなチェンギ国際空港で夜明かしが
できるのは、と~ってもうれしいことで。(笑)
55000円くらいでチケットが買えるといいな、と思っています。
実際、そのくらいで買えそうだし。ベトナムビザは1月から正式に要らなくなる
みたいだし。

がんばろ。がんばろ。がんばろ。

今日は実際のところ、あんまりいい写真、撮れませんでした。
夕陽にも見離されたし。(笑)

なので、やっぱり、明後日もプノンペンかな。まだインド料理屋にも中華料理屋にも
行ってないし。(笑) どっちも、シェムリアップにもあるんだけどなぁ。(爆)


 

2003年12月16日(火)

12月16日(火) プノンペン(カンボジア)

いま、午前9時半過ぎです。10時の市内ツアー出発まで少し時間があるので、
書くことにします。

明日の朝、シェムリアップに向けて出発することを、ほぼ決めました。
まだまだ市内を歩ききっていないし、写真もぜんぜん撮れていませんが、いろいろ
思うところもあり、場所を変えたほうがいいと決断しました。

最近、酒席での失敗が多いように思うので、大事な場所では、お酒を控えるように
しようと思います。この、控える、というのが本当に難しく。いちばんいいのは、
一滴も口にしない。これがきっと、もっとも簡単なのでしょうね。たとえば、缶ビール
1本だけ、とかいうふうに量で制限すると、じゃあジョッキの場合はどうなの?とか、
いろいろややこしい問題が惹起します。

なので、1滴も口にしない、とくに相手が飲まない人の場合は、そう。

そんなふうに決めようかと思っています。

また難しいのが、大事な場所、の定義。ある意味、生きているうえで、いついかなるときでも
大事な場所、に違いないのですよね。それを、その大事さ加減をどれだけに見積もるか。また
これも難しい。

あ、でも、この旅に出て、いちばんよかったと思うのは、我が身を振り返ることができた、
という点です。バスのなかとか、ホテルの部屋とか、街を歩いてるときとか、つねにつねに
ひとりでいるわけですよ。そうすると、思考はおのずと自分の内面に向かい。

基本的には、自分の欠点を攻撃、指摘する方向に、向かいますね。僕の場合は。

これは、いままでの1週間程度の旅行ではなかったことです。
多かれ少なかれ、旅先で日本人の知り合いの方と会う機会が多かったからでしょう。

今回は、過去のそれらの旅行に比べて、ひとりでいる時間が圧倒的に長く。
なので、前述したように、自分の欠点を自分で攻撃するというふうに、なるわけです。


死ぬ間際、走馬燈が駆けめぐるっていうじゃないですか。自分の人生の場面が
すべてフラッシュでよみがえるというか。そうして、自分がなした行い、人に対して
ぶつけた言葉、そういうものが死にいこうとする自分の身をさいなむ、という……。

その前兆というか、予行演習のようなモノかも知れません。
考えてみれば、人生の折り返し地点。旅に出る前から、人生の夏休み、っていうことを
言ってましたもんね。夏休みを迎えるにあたって受け取るのが通知票。ですもんね。

それにしても、つらいです。
自分という人間の欠点をひとつひとつ、自分で挙げていくのは。

でも、この行為を済まさないと、ほんの少しでもよりいい人間になることは
できないですもんね。つらいですけども、がんばりますことですよ。

仕事もしないとダメですね。早く仕事がしたい、いまそういう心境に
なってきてます。矢でも鉄砲でも持ってこい、っていう気分ですかね。
いままでよりも、ずっといい仕事をしてやろうと思っています。そうすれば
誰にも文句は言われない。いままでよりもずっといい仕事。たぶんきっと、
がんばれば、できると思います。そう、がんばるしか、ないですよね。

昨日も書いたように、誰かがリセットボタンを押してくれるまで、
走り続けるしか、ないですもんね。

半年ぶりのアンコールの遺跡たちは、どんなふうに
迎えてくれるでしょう。


……と思っていましたが、もう一日、プノンペンにいることにします。(笑)
今日の市内ツアーで、なんだかプノンペンの街が身近に感じられるようになってきて
明日の朝、発つのが、惜しくなってきました。いい感じの市場も見つけましたし。
地元の料理も、まだ食べてないですしね。

だいいち、帰国予定日まであと10日もあるじゃないですか。
焦ってもしょうがない。急いで帰国しても、別になにかある訳じゃないし。(笑)
いったん帰国したら、次はいつ外に出れるかわかんないし。(笑)

というわけで、明日は早起きに挑戦してみようと思います。6時くらいに、目当ての市場へ
行ってみて、写真が撮れるといいな、と。ひさびさに50mmを着けてみましょうか。
サブで24-85mm。朝はね。夕方の散歩は24mmをメインにして、24-85を
やはりサブとして、持つと。あ、FZ10はどうしましょうかねぇ。明日はいいかな。
持たなくても。FZ10を持って行くと、どうしてもこれで撮らないといけないような
そういう強迫観念に駆られてしまって……。(^^;

先ほど「四川省」というパズルゲームの自己最高記録を大幅に更新しました。
非常に気持ちがいいです。でも、自己記録を更新すると、次の更新がエラク難しく
なりますね。なので、最後のほうは、若干躊躇してしまいました。(笑)


 

2003年12月17日(水)

12月17日(水) プノンペン(カンボジア)

明日の朝、シェムリアップに向けて出発します。5時半起床、6時半出発。
シェムリアップまではバスで8時間の道のりです。どんなカンボジアの風景と出会える
のでしょうか。

昨日、市内ツアーで行ったキリングフィールド、トゥールスレン博物館、とても
重かったです。印象深いというよりも、重い。

ほんの20数年前、カンボジアでは、当時の国家権力によって、200万人ともいわれる
自国民が虐殺され。

日本に帰ったら、カンボジアの現代史も、勉強しようと思っています。まず最初に読むのは
「ポルポト伝」でしょうか。彼らがどのように権力を掌握し、どのように狂っていったのか。
ポルポトとともに、興味を覚えるのは、現国王のシアヌーク殿下ですね。カンボジアの現代史に
あって、彼ほど数奇な運命を辿った人間は、いないと思うからです。

キリングフィールドにあるのは、掘り出された頭蓋骨を納めた中央の大きな慰霊塔と、
そのそばにたくさんある、犠牲者の遺骨を掘り出した大きな穴です。どの穴にも、Mass Grave
(おおぜいの墓)と書かれており。

トゥールスレン博物館では、最初、囚われて虐殺されていった人たちのドキュメンタリーフィルムを
見ました。そのあと、4棟ある建物を見学して回りました。D棟では、関係者のその後を取材した
写真展が開かれており、また、残酷な拷問を描いた絵や、拷問に使われた器具が展示されていました。
C棟には当時のままの独房、それから雑居房が、そのまま残されていました。
B棟には、収容された人々のポートレートが、ものすごくたくさん、展示されており。
そしてA棟の1階には、尋問に使った鉄のベッドが残されていました。壁には、拷問で殺された人が
鉄ベッドに横たわる写真が一枚ずつ貼られていました。

全部の棟を回って、そのあとに考えていたことは、こんなことです。

よく僕らは、非常にショックなことに遭遇すると、言葉を失う、って簡単にいいますが、
このことだけは、言葉を失ってはいけない、そう思います。人類全体の負の遺産として、
あるいは教訓として、二度とカンボジアの悲劇を地球上によみがえらせることのないよう
しっかりと勉強、していきたいと思います。

たぶん、わかりませんが、ものすごくおおざっぱに言うと、クメールルージュ(ポルポト派)
というのは、あさま山荘事件を起こした、連合赤軍みたいな存在だったのではないかと
思います。ものすごく急進的な共産主義革命を標榜する……。不思議なのは、どうして
彼らがカンボジアにおいて、政権の座に就くことができたのか、ということです。

勉強するしか、ないですね。書籍を読みあさって。

博物館で見たドキュメンタリーフィルムで、遺族のおばあちゃんが、I don't understand.
っていう言葉を何度も何度も口にしていたのが、とても印象的でした。


今日は午前中、そして午後も、王宮そば、リバーサイドまで行ってきました。
あ、午前中は市場の取材が主でしたね。午後は川沿いに夕涼みに来ていた家族などを
写真に撮り。

何枚か、いい写真が撮れたような、気がします。

人の写真を撮るのは、本当にむずかしいと思います。
たぶん、どんな立派な写真家でも、他人にレンズを向けるときは、相手が職業モデルでも
ない限り、とても緊張するんだと、思います。

でも、大事なのはそこからだと思います。

彼もしくは彼女を撮りたい、その気持ちの純粋さを自分で信じられるのであれば
被写体の人物がどんなリアクションを返してこようが、怖れることはないと思われ。

ここでは、視線にひるむな、ということを
いいたいとおもいます。

カメラを向けて、たとえば、睨み返されたとしても、
それでなにか悪いことをしているような気持ちになるのであれば
はじめから、写真なんか撮らなければいいんです。

もしどうしても撮りたければ、1カット、シャッターを切って
会釈して立ち去ればいいのであり。

人の写真は、本当に難しいと思う。
だからこそ、撮る価値もあるんだと思う。
なかなかうまく、撮れないけれども。


日本に帰ったら、何年かぶりに万年筆と、ブルーブラックのインクを買って
遠い友だちに、手紙を書こうと思う。誠心誠意、気持ちを込めて。伝わるかどうかは
わからないけれども。


 

2003年12月18日(木)

12月18日(木) シェムリアップ(カンボジア)

シェムリアップに着きました。プノンペンからの国道6号は、聞きしにまさる悪路です。
もうバスでの移動は二度としたくない、と思うほど。およそ8時間の旅でした。日本の感覚だと
8時間? 信じられな~い! って思うでしょ。でも、こっちの8時間は、ちょろいもん、の
部類に入ります。僕も鍛えられました。(笑)

それはそうと、朝からなんにも食べてないので、宿のとなりの北京なんとかという中華料理屋に
行ってきます。そのあと、5月にも通ったネットカフェで、Joiのアップをしようと思っています。
夜はやっぱりスープドラゴンかな。ふふふ。あ、宿はオールドマーケットのそばのロイヤルホテルという
ところです。ホットシャワー&エアコン付きで12ドル。ちょっと高いなぁ、と思いますが、別のホテルに
移る気力も残っていないので、ここに落ち着きました。フロントで8ドルくらいの部屋って言ったんだけど
なぁ。

まぁ、いいや。

そうだ。明日以降の遺跡めぐりのツアー申し込みも、してこないといけないですね。
フロントでもできるのかしら。

なんか、街のあちこちに、ライトアップされたアンコールワットとアプサラダンスのポスターが
貼ってあり。どうも、明日から3日間、イベントがあるようですね。なんというグッドタイミング。
明るい単焦点レンズ、とくに50mmあたりが、活躍しそうですね。いまから腕が鳴る。ぐーぐー。
それは腹だ。

では、北京なんとかに行ってきます。


 

2003年12月19日(金)

12月19日(金) シェムリアップ(カンボジア)

アンコール遺跡に行って、帰ってきました。
朝の9時すぎに出発して。あ、ホテルのフロントでトゥクトゥクのドライバーのおじさんに
アンコール行かない? 8ドルでいいよ、っていわれて、そのままOKして。昨日のこと。

今日はアンコール・トムを歩き回って、疲れて、午後のアンコール・ワットを中止して
そのまま帰って来ちゃいました。お昼は王宮そばのお店で、ヌードルスープを。もちろんチキンです。
その前に、あんまり疲れたので王宮跡のなかにある売店でクラウンビールという聞き慣れないビールを
飲み。2ドルでした。あまりにも高い。ヌードルスープは1.5ドルで、一緒に頼んだレモンティは、
2000リエル(0.5ドル)でした。レモンティ、メチャうまでした。
そういえば、注文を取るとき、お店のおばちゃんが、飲み物は?って聞くから、アイスレモンティ、
って答えたら、ビールじゃないの!?って聞き返してきて。ったく、人をなんだと思ってるだ。(笑)
いや、私のことを、よくご存じでいらっしゃる。(爆)

アンコール遺跡のチケットは3日券(40ドル)を買ってありますので、明日も明後日も、
行けます。その気になれば。(笑)

今日はこのあと、ネットカフェに行き、原稿と写真を編集部に送り、そのあと、夕方の散歩に出かけ、
そして午後7時くらいにスープドラゴンに行って、ひとり鍋をしようと思います。

あ、そうだ。大事なこと、書くの忘れてた。

50mm F1.4が、こわれました。
トゥクトゥクに乗って、50mmを着けて、写真を撮ってたんですね。でも、なんか変で。
シャッターが下りない。ん?と思って、電源を入れ直してみたのですが、やっぱり変。よくみて
みると、50mmのピントリングが、ほとんど動いてない。無限遠から3mあたりまでしか、
動かない。う~ん、カメラバッグに押し込めて、強い衝撃を与えたかなにかした、んでしょうね。
けっこうショックかも。あんまりこの旅で、使ってあげられてなかったし。いいや、たぶん、
旅行保険がおりるでしょうから、それで、とりあえず、修理しましょう。
しかしショック。まぁ、いいや。

けど、けっこうヤワなんだね。単焦点レンズ。50mmなんて、いちばん壊れなさそうな
気がするけど……。こんな調子で、24mmが壊れちゃったら、おれ本気で泣いちゃうよ。


けど、さっき、レッドピアノでミックスジュース(2ドル)とタイガードラフト(7時まで1ドル)を
飲んでたときに考えていたんだけど、ふつうに考えると、俺ってダメダメな男だよね。たとえば、という
ことでいうと、恋とかする資格すら、ないんじゃないか、って。だってほら、貯金ゼロでしょ。それどころか
借金はいっぱいあるし、定職にも就いてないし、そのうえレンズは壊れるし。持っているモノとしたら、
そうだなぁ、希望と夢、くらいかな。(笑)

なんて儚い持ち物なんだ。。

まぁ、いいや。バイヨンの創設者、大乗仏教を信奉していたという●●7世に、元気をもらおう。
意味分かんないけど。(笑)

今日はじつは、あんまり天気が良くないんです。こういう日は、あんまり外を歩いていても
楽しくないのだ。なんつったって、写真っていうのは、太陽の鉛筆、だからね。(c)by S.Tohmatsu


といいながら、だらだら日記をしたためる私。

バンコクへ、22日か23日あたりに出発することになると思うのですが、
飛行機で行っちゃおうかなぁ、なんて、考えたりもしてたのですよ。1万5千円
くらいだと思うんだけど。でもやめた。陸路にする。陸路だと、たぶん、6ドルくらい。(笑)
なんという、この格差。陸路のほうが、道中、死んでしまう確率も、ほんの少しは低いと思われ。
わかんないけど。

あ、アランヤプラテートには、寄りません。
そばを通るだけで、いいや。

アランヤプラテートって知ってますか? 池澤夏樹さんの書いた珠玉の恋愛小説『タマリンドの木』の
大事な舞台となった町ですよ! 僕がベトナムに住もうと思ったのに、この小説は少なからず影響を
与えているといえるかもしれない。よかったら、読んでみてくださいね。


この話、書いたっけ。コマというのは、表面に書かれた色が完全に混じり合う直前が
いちばん美しいのだ、っていう言葉を、どこかで聞いたことがある。

人類も、そうじゃないかな。前世紀あたりから、この混じり合い、急速にその度合いを深め。

だから変な意味じゃなく、僕もあちこち、歩き回っているわけさ。

ひとつ、標語を思いついたのね。

犬も歩けば小倉も歩く。

どう? 悪くないと思わない? なんか、そこで顔をしかめている人の姿が
数人分、浮かんでくるんだけど……。まぁ、いいや。

気が向いたらメールください。どうせ、旅はあと1週間で終わり。
日本に帰ったら、ベトナム移住に向けて、火の玉になって仕事をするよ。
いままでの何十倍も貪欲に。人から仕事を奪うくらいの勢いで。(笑)
よろしくね。>ALL


 

12月19日(金) シェムリアップ(カンボジア)

夕方の散歩を済ませ、夜ご飯を食べて、宿に帰ってきました。
夜ご飯は予告どおり、スープドラゴンで、ひとり鍋をしてきましたが、
なんとなく、後味が悪かったです。具をひととおり頼んだら、えらい量になってしまって。
なんか、店員のおねえちゃんの態度も悪かったように思うし。なんでだろ。こんなきったない
バックパッカー(それも日本人)が、シェムリアップ一の?高級レストランにひとりで来て、
高い鍋とビールをたのんでたから、気分が悪かったのでしょうか。わかりません。

シェムリアップのあちこちの店で、タイガーのドラフト(生)が1杯1ドルで置いてありますが、
メチャうまですね。缶ビールを飲むのが、アホらしくなるほど。いや、ホント。

夕方の散歩は、オールドマーケットのまわりを中心に。シェムリアップの街の、観光客が歩く
エリアというのは、けっこう道が広く取ってあって、西洋人向けのカフェやお土産物屋などが
ならび、あんまり写真を撮りやすくは、ないんですね。

でも、文句を言ってたって、はじまらない。


前に、何年か前に亡くなった自然写真家の星野道夫さんと、篠山紀信さんの語らいを
文字にしたと思うけど、こんなやり取りも、ものすごく印象に残ってるんですね。

星野さん「アラスカに移住したのはいいものの、最初の何年間かは全然写真撮れなかったですね」
篠山さん「そりゃあそうですよ。パッと行って、パッと撮れれば誰も苦労しませんよ。
     それが写真の面白いところでね……」
(以上、台詞は趣意です。すみません)

そのあとに、どちらかが、でも、最初の、写真が全然撮れなかった何年間か、その年月が
じつは大事なんですよね、みたいなことを続けてた気がする。篠山さんだったかな。

旅の写真の場合も、スパンは違うけど、同じようなことが言えると思う。
なんか僕は、そのことをとても強く感じる。性格なのかもしれないね。
だから、とにかく、その街を歩く。バイクタクシーで移動するのも、ときには必要だけど
基本は徒歩。足は第二の心臓っていうし。あんまり関係ないけど。(笑)
いや、関係ないことはないか。

カメラを持って、いつでもシャッターを切れる状態にしておいて、歩いて、いろんなモノを見て、
ダミーでもいいからシャッターを切って、それを繰り返して、自分をその新しい街に馴染ませる。
あるいは、自分の存在を、その街に、こすりつける。
僕はいままで、ずっとそうやって、旅の写真を撮ってきた。

ハノイあたりから、しばらくプチスランプで。って、前にも書きましたっけ。
grepかけたら、引っかからないので、書いてないのかな?

そう、ハノイとかフエあたり、けっこう旅疲れしてて、写真撮るのがイヤになってて、
橋の上とか歩いてると、10Dを川に投げ込みたくなったこともあった。ないですか?
そういうこと。ありますよね。(笑)

どうやってスランプ?を脱したのか、よく覚えてないけど、開き直るしかないなと、いま思う。
古巣のデジタルカメラマガジンの人気連載フォトエッセイのタイトルから拝借&ちょっと変えて
キャッチフレーズを作った。いつごろだったかなぁ。やっぱり、フエとかホイアンのあたりかな。
いわく、「撮りたくなるまで歩け」。(笑) オリジナルに比べて、全然かっこよくないけど。

そう。さっきも書いたけど、足は第二の心臓っていうでしょ。歩いているうちに、なんだか
元気も出てくるわけさ。これも昨日だか今日だか書いたけど、ほら、犬も歩けば小倉も歩く、
っていうわけで、歩いていれば、なにかしらに出会う。ホテルの部屋で四川省(ゲーム)やって
たって、なんにも出会わないし、インターネットカフェで、いつまでもzakzakを見てたって、
ヒロスエがマスコミにおっかけられて入籍を先延ばしにしたっていうことくらいしか知ることが
できないよね。


そう。撮りたくなるまで歩け。これしかないでしょ。(笑)
そういうわけで、明日は早起きして、朝の街の様子を撮ろうと思います。
子どもたちのアプサラダンスの練習風景とか、撮れればいいかな、と思っています。
午後からは、アンコールワットに、出かけてくるつもりです。遺跡そのものよりも、
地元の子どもたちの元気な姿とか、撮れればいいと思う。

なんか子どもの写真ばっかり撮ってますね。
撮りやすいというのもあるんですが、僕の目に魅力的に写るんですね。
日本の子どもと比べて、なんと元気で、なんと活き活きしていることか。

そうだ。これは書いたかな。欧米人の旅行者で、小さな子どもを連れている夫婦を
けっこう多く見かけるんですね。あ、チャウドックで、イギリス人の話を書きましたね。
それは、バカンスを長く取れるから、といってしまえば、それまでなのですが、それを見て、
いいなぁ、って素朴に思います。子どもたち、彼ら、彼女たちにとって、どれだけ大きな
経験になるか、計り知れないと思う。そんなに高いホテルに泊まってる訳じゃないんですよ。
たぶん。日本人みたいな一点豪華主義とは、訳が違う。なんていうか、地に足が
ついてるというか。お金の使い方を知ってるというか。


子どもの話とは少し離れますが、僕は今回、ひとつの提案をしたいと
思います。それは、ずばり、

オヤジ貧乏旅行のススメ

です。えー、まずは、正しい会社の辞め方。(x x)☆\バキッ

う~ん、そうですね~。会社を辞めないと、少し長めの貧乏旅行、できないですかねー。
このあたりは、会社の経営者の方々に、すこし長期展望に立ってもらって、なるべく休みを
多く、それも休みを取りやすいような環境作りを積極的に進めてもらうしか、ないですね。

私、分かんないことがひとつあるんですけど、経済関係は大学でもボロボロでしたから、
あれなんですけど、日本の会社では、いま、リストラ(減員)とか、省力化とか、すごい
勢いで進んでるでしょ。基本的には、プラスのイメージで捉えられてる。いままで人間が
やってたことを機械にやらせて。そのぶん人を減らして、コストを浮かす、みたいな。
たとえば、JRの自動改札とか、その典型的な例だと思うんですが。

で、思うんですが、あの、改札口に立って、ハサミをカチャカチャいわせてたおじさん、
あるいはおにいさんは、いったいどこへ行ってしまったのか?と。いや、それはもちろん
JRの内部で人員の再配置とか、定年を迎えた人の補充を行わないというカタチで、社員を
減らしたりとか、そういうことだっていうのは、よ~くわかるんですよ。

でも、それでいいの?っていう気が、ものすご~くするんですよ。

いままでタバコを売ってたおばちゃんも、自販機になるといらなくなるし。

じゃあ、これから日本人は、なにをしていけばいいんだろう。

と思わざるをえない。

機械化を進めるんだったら、そのぶん、余った人に働いてもらうような雇用を
創出しないとダメじゃん。そうだよね、ふつう。そうじゃなく、機械化で余った
資金を使って、仕事がない人にも給料を払ってあげる? そんな会社ないよね。

どうしたらいいのか、は、僕にも分からないよ。
分かってたら、とっくに手を打ってる。(笑)

旅に出ていて、すごーく思うのは、旅先で会うのは、欧米人ばっかりなのね。
アンコールワットとか、超有名な観光地になると、日本人の比率、グッと増すけど。
その欧米人、大部分が、日本製のデジカメを持ってる。キヤノンとかニコンとかフジとか。
これっていったい、なんなんだろう、って思う。日本人の技術者たちが、休みもそれほど
取れないなか、一所懸命に開発して、安く作って、それを使うのは欧米人ばっかり、みたいな。

なんか不思議。すごく不思議。

たしか、桜の咲く頃、というようなタイトルだったと思うんだけど、さだまさしさんが
歌に歌ってた。「いそがしごっこ」って。日本社会の、ひとつの本質をズバリ言い当てた
言葉だと思う。

日本に帰ったら、忘れちゃうと思う? いや絶対に忘れないね。この疑問。
なんでだろ、なんでだろ、って、ずっと考え続けると思うね。手をぐるぐる回したりはしないけど。


雇用の創出、って難しいのかな。
ワークシェアリングっていうことでもいいと思うんだけど。あ、そういえば
日本IBMが、短時間勤務社員みたいな制度を始めるって、ニュースサイトにあったね。
さすが、IBM。目の付け所がIBMだね! そう、これからは、会社に縛られる時代じゃ
ないっすよ、男も女も。って、会社を辞めた人間の勝手な言い分かしら。
どうだろ、わかんない。


そう、ベトナムとの対比でいえば、カンボジアは貧しい国なのですね。
いまごろ何を言っているのだ、と怒られそうですが、物乞いの人たちの数とか、
全体的な街の様子とかを総合すると、そうか、そういうことなのか、とやっと気づき。
写真家のFさんが、カンボジアを知るには、プノンペンとシェムリアップと、もうひとつ
別の街に行ってみるといいですよ、っておっしゃっていた意味が、少し分かった気がした。
(でも、カンボジアにアンコールワットがあってよかった。そのことを強く思う)

日本も、程度こそ違えども、カンボジアと同じように、欧米諸国に比べると
うんと貧しい、っていうことになるのかな。そうとしか、思えないよね。
ドル換算の給料を比べて、多いとか少ないとかいったって、あんまり意味ない。
それが自国で、どれだけのレベルの生活を保証してくれるのか、っていうことで
比較しないと。もちろん、休みの寡多も、きっちり計算に含めてね。


さっき、近所のガソリンスタンドに併設されたコンビニで、ジュース類を買ってきたんだけど、
この部屋の冷蔵庫、壊れてる……。今日中に飲むか、明日以降、ぬるいのを飲むしかないってこと?(笑)

あと、やっぱりBEERも買ってくればよかった。後悔。。

そろそろ寝ますか。その前に、今日の撮影分を吸い出ししないと……。
まずUSB2.0でつないだカードリーダー経由でCFからThinkPadに吸い出して、
それをさらに、USB2.0の外付けHDDにもバックアップを取っておく。この作業が
けっこうめんどうくさい。ThinkPadのCFスロット、カードバスじゃないようで、
転送がえらく遅いのよ。頼むよ、って思う。やっぱりPC+専用吸い出し機、っていう構成が
いいのかなぁ。でも、それだとPCがクラッシュしたあとは、吸い出し機で日記を書く?
それって可能? PDAとか? うーん、けっこう厳しいかも。。

やっぱりPCを2台かついで、旅をするしかないのかなぁ。重いんだよなぁ。
50mmは死んじゃうし。関係ないけど。

旅から帰ったら、ソッコーで、銀座のキヤノンのSSに、点検清掃をしてもらいにいこう。
10Dも、どうも撮像素子にゴミがついてるみたいだし。内緒だけど。(笑)
24mm、70-200mmも、あんまりレンズ拭いてない。傷つきそうで。
あぁ、でも、年末年始の休みに入っちゃうか。う~ん、どうしよう。レンズだけ
先に出して、10Dはあとにするか。うん、そうしよう。50mmの修理の見積もりも
取らないとなー。やることいっぱいだ。。

年賀状も書かないといけないし、Joiのプリントも、できるだけ早くしたい。
万年筆も買わないと。けっこう楽しみ。銀座の伊東屋に行ってみようと思ってる。
あと鳩居堂に、封筒と便箋を買いに……。やっぱり、帰国を何日か早めたほうがいいような
気がしてきた。でも、無理っぽいんだよなぁ。とりあえずバンコクに行って考えよう。
明日が20日。21日にバンコクへ発つ? 22日でもいいような気が……。
うーん、どうしよう。このシェムリアップには、なるべく長くいたいんだけどなぁ。
まぁ、いいや。また明日、考えよう。

そろそろ寝ますか。まだ9時ですけど。(笑)
明日は早起きなので、いいですよね?って、誰に聞いてるんだか。


いまざっと読み返してみましたが、論旨がぐじゃぐじゃですね。
いつもにも増して。少し手直ししますか?>自分(笑)

ということで、いちおう、軽く手直ししたヴァージョンを
アップしております。まだダメだと思いますが。ごめんなさい。(笑)

Joiを手直ししたり、メールの返事を書いたり、画像の吸い出しをしたり
してたら、あっという間に11時になってしまいました。明日6時に起きれるのか!?(笑)

頑張ろ。頑張る。いい写真、撮らないとね。


 

2003年12月20日(土)

12月20日(土) シェムリアップ(カンボジア)

明日の朝、バンコクに向けて、出発します。

今日って土曜日なんですね。旅に出ていると、曜日の感覚が、まるで麻痺しますね。

今日は予定通り午前9時に起きて(笑)、PCをネットカフェに持ち込み、仕事のデータを
ftpで送信してました。僕がずっと使っているftpのクライアントソフトは、wsftp95
っていう、フリーのヤツで。特別すごいということもないけど、手が慣れてしまったので、会社でも
自宅でも、これを使ってます。もちろん、ノートにも入れてあります。

でも今日、1MBもある画像を2枚、日本のサーバーに送っていたら、途中で止まる、止まる。
泣きそうになりました。こちらでは、ネット1分、血の1滴、といわれてますからね。ウソですけど。
なんでしたっけ。そうそう、wsftpのせいではないと思うのですが、ftp送りながら、
アサヒコムみたり、メールチェックしてたりすると、あっという間にftpのバーが進まなくなり。
何回か、完全にストップして、そのつど最初からやり直す、ということを繰り返してました。

で、これはあかん、ということで、アップロードのレジューム(途中から再開できる機能)がついたソフトは
ないか、と思って探していたら、ありました。Cuteftpっていうヤツ。日本語版、使えそうだったので
落とそうと思ったのですが、2MBもあり。1MBの画像をアップするのに2MBのソフトをDLするのも
なんかバランス悪いかも、と思って、やめました。(笑) でも、日本に帰ったら、さっそく試してみようと
思っています。

ネットカフェにいるうちに、空がだんだん晴れてきて。あ、これならいいかも、と思って、
PCを宿において、そのへんにいたトゥクトゥクのおじさんをつかまえて、アンコールワットまで
連れていってもらうことにしました。10時過ぎだったかな。

アンコールワット、5月にも来ましたが、撮影のおともが第一目的だったので、バタバタして、あんまりちゃんと
見れなかったんですね。それで、今回は、もちろん写真も撮りましたけど、隅から隅まで、観光して回りましたよ。
回廊の彫刻をずっと見て回って。

けどホントすごいですよね。これだけの石の建造物を、いま日本で作ろうとしたら、いったいいくら
かかるんでしょう。たとえば小泉首相が、日本の統合の象徴として、アンコールワット日本版を作るぞ!
っていったら、マスコミから袋叩きでしょうね。当たり前ですが。

あ、ところで、そろそろデノミとか、してもいいんじゃないかな、と思ったりもします。
いま1ドルが107円とかでしょ。1/100のデノミをすると、1ドルが1.07円ってなって
なんかいい感じじゃないですか。たしかユーロも、それに近い数字ですよね。ドルより少し上かな。
いま物価も落ち着いてるし、悪くないんじゃないかなぁ、と思いますけどね。あ、でも、新しい紙幣が
もう決まっているんでしたっけ。

じつはあの新しい紙幣、デノミ対応版で、それぞれゼロが2つずつ少なくなってたりして。(笑)

ところで、デノミって、どういう手続きを踏めば、OKになるんでしょうね。まぁ、でも周知期間が
必要でしょうね。1年とか。1年後に小泉が首相である確率は……。(笑)

まぁ、いいや。


明日バンコクへ行こうと決めたのは、昨日アンコールトム、今日アンコールワットと、アンコールの
2大遺跡を見たから、今回はいいか、という判断です。タプロームとかバンテアイ・スレイとか、
ほかの遺跡とか、ぜんぜん見てませんが、まぁ、いいか、という感じです。また来ることもあるでしょう。
いや、きっとまた来ることもあると思うんですよ。新婚旅行とか。(x x)☆\バキッ

バンコクへ急ぐのは、日本帰国を1、2日早めることができないかな、という目論見も含んでいます。
年末年始、とくに年末ですね、相当バタバタすることが、すでに予想できるので。ホントの年末になって
しまうと、休みに入ってしまって、身動きが取れないことも、多いですからね。

ということで、明日の夜には、バンコクのカオサンにいることになると思います。
11年ぶりのバンコク。ちょっと(とても)こわいです。前にもどこかで書きましたが、
僕は卒業旅行にひとりでバンコクへ行ったんですね。3泊4日くらいで。じつはそれが、飛行機に
乗ったのも初めての経験で。こわかったです。でもしっかりマーブンクロンというショッピングセンターの
カフェテリア?とかで、地元の女の子に写真を撮らせてもらってました。かわいかった。

それはそれとして。

宿とか、どうなるんでしょう。あ、ユナイテッド航空の支店の住所、調べるの忘れた。
いいや、明日バンコクで調べることにしましょう。

日本って、観光客向けのネットカフェとか、ないですよね。あるのかな? 東京の安宿街って
いったいどこに位置するのでしょう? ぜんぜん知りません。だいいち、そういうものが、
存在するのでしょうか。

旅の途中に出会っただれかが言っていましたが、日本は高い、って。行きたいけど、とても行けないよ、って。
僕もそう思います。行きたくても、なかなか行けません。(笑) しょうがないんですかねぇ。


今日の夕食は、宿のそばの中華料理屋にしました。ビールを頼む前から、ピーナッツが出てきて。
もしや、この顔、指名手配されているのかも。まぁ、いいや。ナス味噌炒めと蒸し餃子をたのんだ
のですが、すごくおいしかったです。前にガイドブックで若奥さんの笑顔がすてき、と書かれていた
のは、北京……ではなく、こちらでした。よく覚えています。店では中国語のテレビがでっかい音で
流れ、従業員の女の子たちはみんなそれを見ています。中国語版のMTVみたいなヤツとか、ときには
時代劇とか。

昼は、オールドマーケットそばのインドカレー屋。ここも、前回の旅行で美味しかった記憶があるのですが
なんか今日たのんだチキンカレーは、なんかいまひとつでした。コクがなかった。

コクって、大事ですよね。僕はずっと前からそのことばかり、考えています。日記にも
何遍も書いた気がする。じゃあコクっていったい何?っていわれると、なかなか答えにくい
ですが。コクはコク、ですよね。写真にも、人生にも、コクがとても重要だと
いつも僕は思っています。コクっていったい何なんでしょうね?(笑)


上の行から小一時間がたっています。バンコクのガイドブック、みてました。
やっぱりカオサン地域に、宿を取るべきなのでしょうか。便利は便利でしょうね。
バックパッカーがいちばん多い地域なのでしょうから。空港までの足は、タクシーに
なるのでしょうか。たしか、飛行機が早朝7時とかで……。それとも前日はエアポート
ホテルに泊まったほうがいいかも……。安心は安心、ですよね。問題は値段。たぶん、
50ドルは軽く上回ると思うんですよ。ふー。

そういえば、プノンペンの市内ツアーでロシアンマーケットというところを訪れたんですね。
骨董品なんかが沢山ならんでいる、そんな市場。そこにジッポーライターを並べてる店が、
あったんですね。ベトナム戦争で米兵が落としていった?といわれる品を集めたような……。
ほとんど全部が、ニセもの、ということなのですが……。

ジッポーの表面に、こんな言葉が掘ってありました。いわく、

THE POWER NEVER WIN THE WILLING OF THE PEOPLE

ね。できすぎてるでしょ。(笑)

でも、ちょっとビックリした。これって、ホーチミンさんの言葉なのかなぁ。
誰の言った言葉、っていうよりも、まぁ、普遍的な真理みたいな部類の言葉だよね。箴言というか。

どうでもいいことかもしれないけど、正しくは、THE POWER NEVER WINS... だよね。
THE POWERって、単数形になってるから……。いいけど、別に。(笑)


明日朝早いから、そろそろ寝ないと。でも、今日も昼寝をたっぷりしたから、あんまり眠くない。(笑)

明日はまた過酷な国境越えバスツアー。12時間の旅ですよ。う~ん、あんまり想像したく
ないですね。バスに乗ってること自体は、そう辛くないんだけど、トイレをガマンしたりするのが
恐怖で……。

今回、うれしがって、ハノイからサイゴンの縦断に挑戦したけど、けっこう、陸路での縦断は
たのまれても、二度としたくないかも。(笑) 鉄道だと、だいぶ違うもんかなぁ。

今回の反省というか、なんだろう、次への課題?としては、荷物をバックパックと、もうひとつに
納める、というのが非常に重要だと思った。今回は、バックパックのほかに、カメラバッグとふつうの
肩掛けカバンと2つあったのね。それがホントに辛くて。

撮影機材を減らすしかないんだけど、あと、サイフとか貴重品類を移動中はカメラバッグにいれて、
普通の肩掛けカバンをバックパックのなかに入れちゃう、とか。あと、バックアップ用の予備カメラも
プチプチあたりでグルグル巻きにして、これもバックパック行き。できれば、2台目のノートも、
アルミケースかなんかに挟んで、バックパックに押し込みたいところ。厳しいかなぁ。どうだろ。
地面を転がすからねぇ。結構な衝撃になると思うし。うー。

まぁ、これだけ移動しながらの撮影旅行というのは、たぶんこの先、そうそうできるとは
思えないし、考えてもしょうがないか。(笑) あ、でも、初めてにしては、荷物関連は、上出来
だったんじゃないかな。写真はイマイチかもしれないけど。(笑) まだなんともいえないや。
手応えは、半々かな。日本に帰って、使えそうな写真をざっと洗ってみないと、わかりません。

英語も勉強しないとなぁ。前にも書いたと思うけど、洋画を、字幕なしでたくさん見ようと
思ってる。まずは、フィラデルフィア、からね。(買って、自宅にあるから)


あ、そういえば、さっきネットカフェでメールチェックしてたら、フエで会った女の子から
メールのお返事がきてた。一緒にご飯でも食べませんか~、連絡してね!ってホテルの電話番号
書いておいたら、3週間ぶりに……。今日ならOK! 4時でいい? って言われてもなぁ。

いいや、こんどフエに行ったときに、一緒にご飯食べよっと。(笑)
いつ行けるんだろ。フエも、印象深い街だったなぁ。とくに旧市街。やっぱり私、
旧市街に惹かれるみたいね。古い人間なんだねー。撮る写真も古いし。

まぁ、いいや。げげっ。ビール飲んでたら、もう1時前だ! やばいやばい。そろそろ寝ないと。
あんまり夜更かしすると、明日バスのなかで寝るハメになってしまう。あ、それはいいことだ。(笑)

まぁ、だらだら書いていても、読者が一人ずつ離れていくだけなので、
そろそろ真剣に終わります。

あ、でも、たまたま選んだ宿によって、その街の印象って、けっこうがらっと変わってしまったり
するね。宿にいる時間って、なにげに長いもんね。う~ん、宿選びは重要かぁ。でも、そのわりに
与えられる情報というものが、あまりにも少ないんだよねー。う~ん。難しい問題だ。それでみんな
口コミを重要視するんだね。やっとわかった。ハズレじゃないこと、無難であること、というのが
かなり重要だね。宿選びに関しては。

あ、別にシェムリアップでの私の宿選びが失敗したという訳では、けっしてないですから。(笑)
成功したとは、口が裂けても言えませんが。(爆)

あ、でも、古ぼけた規模の大きい宿よりは、バックパッカーとかを相手にしてる、新しめの
こぎれいなゲストハウスのほうが、トータルで考えると居心地がいいというのは、間違いないね。
バンコクでの宿選び、気合い入れていこう。最後の街だけど。(笑)


 

2003年12月21日(日)

12月21日(日) バンコク(カンボジア)

バンコクに着きました。バンコク一の安宿街、カオサンにおります。
やっぱり、この街、苦手かも。ちょっとうるさすぎだし。
明日の午前中に、荷物をまとめて宿を移ろうと思います。
マーブンクロンのそばに。少しくらい高くても、しょうがない。

宿のそばのセブンイレブンで、ビールやジュースを買ってきました。
レジのところに、かわいらしいおねえさんが表紙の雑誌が売ってたので一緒に買ってきたのですが
これがウワサの「ジーダイヤリー」。後学のために買ってみたのですが、内容はさておき(笑)、
雑誌の作りとか、参考になる部分はたくさんあると思います。


明日、宿を移って、その足でUnitedの支店に行ってこよう。なんとか、
24日か25日に、日本に帰れるように。


 

2003年12月22日(月)

12月22日(月) バンコク(カンボジア)

昨日の午後、カンボジアからタイへの国境を超えて、ピックアップトラックでバスターミナルまで
行く途中、気が付いたことがあります。

あ、タイって文明国なんだ。

アランヤプラテートの街、日本の田舎とほとんど風景、かわりません。トヨタのピカピカの新車が
バンバン走っているし。

アランからバンコクへのバスのなかでも、ずっと窓の外を、見てました。隣国カンボジアとの、
あまりの格差に、言葉もありませんでした。なんで、こんなに、違ってしまったのでしょう。
国家って、いったい、なんでしょう。カンボジアでは、主要国道さえ、舗装できずに、ガッタガタの
土の道を、天井にアタマをぶつけそうな勢いで、揺られてきました。ワゴン車で。雨期には、道路が
グジャグジャになって、車が走れなくなることもあるそうです。むべなるかな。。

タイの道路はすごいですよ。広いし、完璧に舗装されているし。

バンコクに入ったら、その大都会ぶり?にビビリました。卒業旅行で11年前にきたときは、
まだこんなに、超高層ビルは立ち並んでなかったように、記憶しています。アジア通貨危機を乗り越えて
タイは経済大国に成長したんですね。ASEANの優等生といわれているそうですし。よくわかります。

バンコクの原宿といわれる、サイアムスクエアを歩いていて、すれちがう若い女の子たちの顔を見ていて
わかったことがあります。人々の顔だちって、もちろん、人種や民族によって、ちがいますけど、
たとえば、アジア人のなかでの違いということでいえば、民族の違いよりも、生活習慣や食事(食べてるモノ)
に依る違いのほうが、きっと大きいのではないか、と。

だって、タイのカワイイコ、ぜんぜんタイの娘っぽくないですよ。ふつうに日本語をしゃべったら、
どっからみても日本人、っていう女の子、たっくさんいます。いや、ほんとに。来月あたり、確認しに
きてくださいな。(笑) いや、俺が来ようかな。(爆)

いちいち断るのもあれですけど、昨日アヤしげな雑誌を買ってしまいましたが、そういう関係の
ところに行ったり、そういう関係のおねえさんを呼んだり、してないですからね。(笑)
いちいち断るのもあれですけど。

聖人君子を気取る訳じゃないけど、そこまでして、そういうこと、したくないな。いまは、気分的に。

マーブンクロンセンターっていうのは、東急なんかも合体してる、大きなショッピングセンターなのですが
その上の階、チケット形式の食堂街になってるんですね。今日、宿を移ってから、11年ぶりに行ってみた
のですが、むかしはもっと、デパートの屋上チックな、のんびりした感じだったように記憶してるのですが
すごく綺麗に、そしてシステマチックになってて、ビックリしました。

その片隅の席に、ドップリ太った欧米人のオヤジが、タイの若い女の子を連れて、座ってました。
たぶん、そういう関係の二人なんだと思います。その女の子が、あんまりキレイだから、しばらく
見とれてました。昨日ぐうぜん買った、くだんの情報誌の広告欄に「モデル並みの……」という文句が
おどっていましたが、単なる美辞麗句ではなかったのですね。

けど、不思議に思うのは、これだけ風俗産業の一大センターとなってしまっていることについて、
ごくふつうのバンコク市民、とくにそういう仕事とは無関係に存在している大多数の若い女の子たちは
どんな風に、考えているんだろう、ということです。残念ながら僕はタイ語がまったくしゃべれません
ので、そのへんをタイの女の子たちに聞くことはできません。どうなんでしょうね、わかりませんが。

いや、でも、ほんと、バンコクの変貌ぶり、超ビックリしました。モノレールみたいな高架鉄道も
走っているし。アジアでは、有数の近代都市なのではないでしょうか。いや、ホントにびっくりした。
来てみるもんですね。単なる中継地のつもりでしたが……。

明日、空港近くの宿に移るか、あるいは、明後日の早朝、タクシーを飛ばして
空港へ向かうか、悩んでいます。あ、申し遅れましたが、帰国は24日に早めることが
できました。いまいる宿から高架鉄道の駅で3つくらい東にある通り、アメリカ大使館のすぐそばの
超でかいビジネスビルの14F、ユナイテッド航空の支店まで行ってきましたよ。予約変更の手続きは
2分くらいで終了しました。ユナイテッド航空って、ほんとにいい会社だと思うなぁ。絶対に、つぶれ
ないで、頑張ってほしい。テロリスト集団に飛行機を3機も墜落させられたんだもんな、どんなに
ちゃんとした航空会社だって、むちゃくちゃダメージ受けるよね。でも潰れちゃったら、テロリストの
思うつぼだもんね。がんばってくれ。心から願ってる。

あとなんだろ。あ、いまいるホテル、部屋に電話があってね。部屋からネットに繋いだのって、
どのくらいぶりだろう? あ、チャウドックからだ。っていうことは、8日ぶり。
ローカルコールが1分いくらか、確認してないのですが、まぁ、目んタマが飛び出るような値段で
ないことを、祈りたいですね。(笑)

あ、でも、タイって、文明国?だけあって、物価高いかも。普通の店でメシを食っても、すぐ300Bとかに
なっちゃうよね。900円。この街には、長居は無用だな。(笑) っていっても、明日、明後日だけなので。

あと、ベトナムやカンボジアに比べて、自国の通貨が、うんと強いね。バーツ。
さっきも、両替屋で1万円を出して、ドルにして、っていったら、一旦バーツに両替してから
ドルに再両替ってことになるから、2回手数料を貰うよ、っておじさんにいわれた。ふえー、そんなのあり?
仕方がないから、1万円分、ぜんぶバーツに替えたけど、そんなに使うかなぁ。きっと使わないと思う。(笑)
そっか、5千円分だけ両替することにして、5千円おつりをもらえばよかったのか。(笑)
なんで先に気が付かないんだろう。ビール飲み過ぎで、脳軟化なのかも。ふぇ。


 

2003年12月23日(火)

12月23日(火) ドンムアン(タイ)

先ほど、バンコク近郊の、空港の街、ドンムアンに着きました。
いま、ドンムアンマンションという、ホテルにいます。小さな安宿かと思っていましたら、
ホントに賃貸マンションを併設してる、立派なホテルです。A/C、ホットシャワー付きの
部屋は、800バーツ。2400円。ともにナシだと、500バーツ。1500円。
A/Cはともかく、ホットシャワーがないと、ちと辛いので、奮発して800バーツの部屋に
しました。それでも、空港すぐとなりのアマリエアポートホテルよりは、うんと安いと
思われ。

バンコクの宿の前でタクシーを拾い、エアポートホテルまで、っていったら、最初ドライバーの
おじさん、わかんなくて。無線で場所を聞いて、それでアマリエアポートホテルへ連れてきて
くれました。さすがに1泊5000円以上する宿には(日本でも)泊まれませんので、そこから
歩いて、ドンムアンマンションを探し始めました。駅前に溜まってるバイクタクシーのおにいさんに
聞いたら、すぐそこだよ、みたいな感じのリアクションだったので、歩いてまた行き。こんどは
露店のおばちゃんに聞いたら、バイクタクシーに乗って行けばすぐだよ、っていうことだったので、
いうとおりにしました。10バーツでした。30円。もうすっかり、バイクタクシーにも慣れました。
今回は、フル荷物だったので、バックパックを僕が背負い、残りの2つの荷物を前のカゴに1つ、
ハンドルとドライバーのお兄さんの間にひとつ入れて、それでやってきました。

テレビではいま、ティーンアイドルのバラエティ番組をやってます。なんか4人組のいけてる
おねえさんたちのpv(プロモーションビデオ)がやってたので、あら、可愛いわね、この子たち
と思って、見ていましたが、あとからよく考えると、昨日サイアムスクエアで買ったCDの娘たちでは
ないかと思い至りました。

ちょっと爪を切ろうと思います。

そうだ。今朝、宿の目の前の露店?でタイ風焼きそばを食べたのですが、
隣の席に、7、8人くらいのタイの男性の集団がいて。なかにはスーツ姿の
男性もいたので(よれよれでしたが)、近所の会社の同僚たちっていうところでしょうか。
時間は10時半くらい。

僕らがご飯を食べていると、すぐ後ろの道を、西洋人のおっさんと、タイの若い女の子、という
例の組み合わせ(カップルとは呼びたくありません)が通ったんですね。それをひとりの男性が
みつけ、ほかの人たちにもすぐに伝えられました。みんな、通り過ぎていく二人組の後ろ姿を
ジロジロ、という感じで見ています。口々に、いろんなことを言いながら。

だいたいニュアンスはつかめました。

やっぱり、それはそうですよね。自分の国の若い娘が、よその金持ちの国のおやじに
金で買われている姿は、その国の男たちにとって、見ていて愉快なもんじゃないのは、当然です。

自分のことに置き換えれば、いいんですよね。戦後、米兵についていく若い女性たちが
半ばうらやましがられ、半ば軽蔑されていた、のであろうということを思えば、タイの現在の
雰囲気も、なんとなく、分かるような気がします。


そういえば、単行本のネタをひとつ、考えつきました。
ここには書きません。当たり前ですが。(笑)

来年春の刊行を、予定しております。本の大きさは、ガイドブックサイズくらいでいいんじゃないかな。
インタビューページ+情報ページ。写真も前のほうに、カラーで何点か、載せたいかも。

いやぁ、これ、売れると思う。いままでも、漠然と考えていたんだけど、
今日やっとひらめいた。どこでひらめいたんだっけ。朝、ホームページのログをDLして、ざっと
解析?して、それからカメラを持って散歩に出て、歩いてる途中だったかなぁ。よく覚えてないけど。

さっそく関係各位にメールをしよう。明日、日本に帰ってからでも、いいかもしれない。

本のタイトルも、さっそく決めました。最終的には変わるかもしれないけど、最低でも78点は
獲得できる、そういうタイトル、もうすでに、頭に浮かびました。っつーか、台割、ほとんど
出来上がってるだけに。(笑)

そういう意味では、退社間際に作ったデジタル一眼ムックの経験、ものすごく大きいと思います。

あと、むかし、うちの雑誌の編集長をしてた上司、会議で新しい企画案を出すと、必ずこう
いったんですね。いわく、

タイトルは?

そのころは、このおっさん、タイトル、タイトル、って、うっせえなぁ、それしかないのかよ!
って思っていましたが、いま考えると、タイトルの重要性って、ものすご~く身に染みて、感じます。
タイトルがイマイチだということは、要するに、企画を出した本人のなかでも、その企画、まだ
ハッキリと形が描けてない、像を結んでいない、ということなのであり。

それに気づいたのは、その上司がどっかに行ってから、随分あとのことでした。

というわけで、昨日宿のそばのコンビニで買っておいた(昨晩は飲めずにいた)ビアチャンと
ビアレオ?、2缶(=700ml)は、すっかり影も形もないので、そろそろバカ高の冷蔵庫の
内蔵物(内蔵ビア)に手を伸ばしたいと思います。いいと思う人?

あれ? だれもいないの??

まぁ、いいや。(その後、無口)

そういえば、このドンムアンマンションにも、電話、ついてますね。よくないなぁ。
たぶんこの街は、旅行者が滞在する街ではないので、十中八九、街中にインターネットカフェは
ないと思われ。もし万が一あったとしても、日本語フォントは入ってないと思われ。まぁ、
落とせばいいんだけど。(笑) けど、この日本語フォント(読み)のDL、今回ずいぶんいろんな
街で、必要に迫られて、したけど、Windows 98だと、Far East(極東)IME for Win32
だっけ? そんなのをGoogleで検索して、ダウンロードすればいいんだけど、xpだと、
CDを要求されるんだよね。違うかなぁ。

たぶん、xpとかになると、もともと世界中のフォントをOSで持ってて(CDに入ってて)、
必要に応じて、CDからインストールするようなシステムになってるんじゃないかな。たぶん、きっと
そうだと思う。それが逆に、一見さん、旅行者には、非常に使いづらい作りに、なってしまっている
んではないでしょうか。

Windows 98くらいまでは、公共財、つまり、ほとんどそのコストを気にしなくても
世界中の人たちが、ほぼ無料で使える、そういうモノに、早く、なってくれないかな。一部の
国では、どうも、そういうモノになってしまいつつ、あるみたいだけど。(x x)☆\バキッ

あれ? あと何を書こうとしてたのか、忘れた。(爆)

やばい、やっぱおれ脳軟化だわ。この先、長くないかも。(涙)

ホント、なんだっけ? このテーブルの上にある、空になったシンハの茶色い瓶は
何も語ってはくれやしない。

そんなことはどうでもいいのだが。

何書こうとしてたんだっけ。忘れた。(x x)☆\バキッ(x x)☆\バキッ


あ、思い出した。

私って、かさぶたを剥ぐのが趣味なのね。(x x)☆\バキッ

いや、恥ずかしいんだけど、これはホント。

で、思ったんだけど、かさぶたを剥ぐのが趣味の女の子って、いないかなぁ?
できれば20代前半で、丸顔で、カワイイコがいいな。(x x)☆\バキッ(x x)☆\バキッ(x x)☆\バキッ

あ、10代後半でもいいや。(x x)☆\バキッバキバキ(x x)☆\バキッ

なんの話だっけ?

この部屋、冷房が効きすぎてて、飲んだビールがどんどん抜けていくよ。いかんなぁ。


冷房、弱めました。これで少しは長持ちすると思います。よくわかりませんが。


このへんで、いったん閉めたいと思います。いくら書いても、キリがないので。(爆)

ではっ!


 

12月23日(火) ドンムアン(タイ)

すこし前に、お昼ご飯&街歩きから、帰ってきました。
いま、午後7時12分。

明日も早いので、そろそろ寝ましょう。(x x)☆\バキッ


ドンムアンの街角で(ホントに交差点の角で)、ずっと写真、撮ってました。
いい写真が、何枚か、撮れた、気がします。

写真展、できそうな気が、してきた。というか、
絶対、開かな、あかん、っていう気が。

写真にいろんな顔をして写ってくれた、インドシナの方々に、写真展のひとつも
開かないと、申し訳が立たない、そんな気がする。

なので、ご協力をよろしくお願い申し上げます。>ALL m(_._)m


宿に戻ってきたとき、フロントで聞いたんです。
明日、朝早いんだけど、タクシー呼べるかなぁ、って。

そしたら、何時?っていうから、5時くらいかなぁ、って。

フロントのおねえさんが、重ねて何か、僕に聞く。

え、なぁに?

って聞き返すと、モーニングコールは要る?って。

うわ、モーニングコールって、なんて香(かぐわ)しい響き。

どこだっけ、そうそう、カオサンからマーブンクロンの近くへ宿を移るとき
乗ったタクシーで、FMラジオが流れてたのね。声の綺麗なおねえさんがdjを
務めており。カッ、っていうのが、タイ語の、相づちなのね。ほんの少し
鼻にかかったハスキーボイスが、たまらなくセクシーで。

そんな、タイのおねえさんからモーニングコールが掛かってくるなんて、
それだけで、どうにか なってしまいそう。(x x)☆\バキッ


 

2003年12月24日(水)

12月24日(火) ベトナム上空?

このJoiの期間中、ThinkPadで四川省ばっかりやってた。
四川省というのは、上海なんかと似てる、麻雀のパイを使ったパズルゲーム。
一定のルールに従って、同じ柄のパイを取り除いていき、全部なくなったら終わり。
これが、けっこうハマる。

最初の頃は、Windowsのマインスイーパもやってたんだけど、コツをつかんだら
あんまり面白くなくなってしまった。それで、途中からは、もっぱら四川省。

なんか、言い訳するんじゃないけど、この四川省、なんだかいろんなことを教えてくれる
気がする。どうしても取れないパイが、あるパイが取れたことをきっかけにして、とんとん拍子で
取れるようになったり。もう取れるパイがない、おかしいなぁ、と思ってみてたら、ずっと遠くの
パイ同士が、取れることに気づいたり。なんだか、仕事や人間関係に置き換えられそうな感じ。


そういえば、この旅行中、ある方にこんな事を言われた。

小倉さんの文章って、センチメンタルですよね。

そんなこと言われたの、初めてだったので、ちょっと驚いた。

あ、でも、写真を撮る人間の文章って、みんなどこか、すべからくセンチメンタル、
なんですよ。写真を撮るという行為そのものが、センチメンタルですからね。(笑)

センチメンタルというのを、正確に日本語に訳すのって難しいと思うんだけど、
なんだろう、おセンチ、メランコリック、叙情的? 寂しがりや?……。

う~ん、けっこうむずかしいかも。

四川省でもやって、考えよう。(笑)


四川省、やった。(笑)
4分半の自己最高記録を叩き出してしまった。うれしい。

仕事のメールを一通書いた。

また四川省やろっと。あと3時間もある。うー。

 

12月24日(火) 船橋

帰国しました。いつものように、京成の特急に乗って、八千代台の駅で降りて、
タクシーを拾って、三山の自宅まで帰る。

思うのは、いつも同じこと。あえて書きませんが。

あ~あ、もっと長く旅してたかった。タイにも、あと1か月くらいいたかったよ。
お金と時間があれば。どっちかというと、お金かな。時間というのは、お金で買えるからね。
つまり、1月とか2月とか、まったく仕事をしなくていいんだったら、ずっと旅していられる
わけで。

まぁ、いいや。1月のセゾンカードの支払い明細を見て、ふたたび闘志が湧いてきた。(笑)

よぉし、ガンガン働いて、バンバン火星でやるぅ! ってあんた、力入れて、火星で
なにおっぱじめようっていうの?(x x)☆\バキッ

稼いでやるぅ、の間違いですね。ヘンを間違えると、嫁いでやるぅ、になって、
あんまり気合いが感じられないですね。(笑) 父親に反抗する娘みたい。(x x)☆\バキッ

まぁ、いいや。

Joi、このへんで閉じますね。
ご愛読、ありがとうございました。m(_._)m

基本的に、Joiその後、というのがありましたら、通常の日記(螢雑想)のほうで
書こうと思いますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

あ、時期が来たら、Joiの日ごとの写真、載せようと思います。
載せたら、それも日記のほうで、アナウンスいたしますので。

ではでは!


 

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