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2003年11月 アーカイブ

2003年11月10日(月)

11月10日(月) 成田(日本)

pre-Joiも今日で終わり。
明日?からはJoi本番。

成田空港、ところどころにインテルがやってる、無線LANは便利だよキャンペーン?
で、無料で使えるノートパソコンが、そこここに置いてあるのだが、そんなことをするんだったら
持ち込みでノートを使える無線LANの料金(1分40円)をもっと安くするとか、あるいは、
つなげばインターネットが自由に利用できる有線LANの口でも、あちこちに設置しとけ、
っていうの。

ま、それはそれとして。

第1ターミナル31番搭乗口のそばに設置された薄型テレビでは、いま大相撲中継がやってる。
そういえば、昨日から、九州場所が始まったんだね。
福岡にいた頃は、毎年、取材に行ってた。なつかしいなぁ。もう7年とか、前になるのかな。

日本での最後の食事は、カツカレー。いまはバドワイザーとハイネケンの缶を250円ずつで
購入して、ハイネケンから空けてるとこ。

とくに書くこと、ないですね。
先週は、けっこう忙しかったんですよ。選挙前で。
人にも、たくさん会ってたし。

なんにも書くことが、思い浮かばない。
いま5時46分。あと1時間ほど、ここにいないといけない。

飛行機が遅れてて、出発時刻が1時間以上、延びるんだって。


あ゛~あ、ネットに繋がってないパソコンって、あんまり役に立たないね。
ネットに繋ぐのに、1分40円もかかってしまうパソコンも、そんなに役立つとは
いえない。(笑)

会社のniftyのアカウントも、取り上げられてしまったし。

ま、いいや。

しかし、1分40円って、安めの2ショットダイヤルみたいな値段付けだよなぁ。(笑)
まったくもう。困ったもんだ。(笑)


げげげ、それに加えて、ここいらあたり、無線LANの電波、来てないでやんの。
うー、これで完全に、この文章を今日中にアップする道は、断たれた。

って、そんな大袈裟なもんじゃないけどさー。
電波がありそうなところまで荷物を抱えて戻るのは、絶対にイヤ!

そんなことは、どうでもいいか。

今日は寝不足で、ちょっと疲れぎみですね。
飛行機に6時間くらい?揺られて、そのあと空港で夜を越して
明日の早朝には空港近くの駅から列車に乗って10時間?もかけて
ラオス国境まで行こうという……。うーん、過密だ……。
飛行機で少しは寝れるといいけどなぁ。

ダメだ! 電波が少しもこない。ピクリともしない。あ、そうだ、
auの通信ケーブル持ってきたんだ。あれだったら、もう少し安く
通信できるじゃろ。(遅いけど)

っつーことは、いまここでアップできるかも! って、大した(まったく大した)
内容じゃないけどねぇ~。(^^;


 

11月10日(月)つづき バンコク(タイ)

Joiはじまり。

タイのバンコク、というかドンムアン。
これは、日本の東京、つうか成田、っていってるようなもんか?(笑)

成田を1時間遅れ?で離陸した飛行機は、タイ・バンコクのドンムアン空港に
1時過ぎに、着きましたとさ。

明日、早朝の北行きの列車に乗らないといけないので、本日は空港で夜明かし。
ふー、疲れるにゃあ。荷物は重いし。早くも、嫌になってます。(笑)

けど、空港は物価が高いですね~。当たり前ですが。
ビア・チャン(チャンビール?)の大瓶、175バーツ。細かい計算は出来ませんが
500円くらい? 横中のランチビールのほうが、100倍安いじゃん。

って、そんなこといったって、誰も知らないか。(笑)

ま、いいや。

あ、そうだ。今日、出発間際に、僕の唯一の中国人のメル友の方に、
短いメールを送ったんです。正確にはCメール。(^^;

午後6時半すぎくらいだったと思う。

「旅に行ってきます」


そしたら、すぐにお返事をいただくことができ。

泣いたね。心で、泣いたよ。


な~んて、中学生以下の感想をもらしている場合じゃ
ないですね。

ま、いいや。

愛機ThinkPadですが、バッテリーがあと2時間分くらいしか
ありません。大丈夫かなぁ。バッテリーが切れそうになったら、下の階に降りて
ACのコンセントを、さがすしか、ないよねぇ。めんどうだなぁ。

あ、でも、セブンイレブンとかファミリーマートとか、あるらしいので、
僕のほうも、燃料の補給、できるといいな。(笑)

宮本常一、彼のことをいま急に、思い出しました。
そしてそれと同時に、小倉史上最高のメル友、chicchiさんのことも。

いままで、ずいぶんたくさんのメル友を、僕の不用意な言動で、
失ってきた気がします。いな、失ってきました。

そろそろ大人にならないと、ですね。

けっこう簡単だったりします。要するに、相手の嫌がることを
しなければいいんですよね。それと、僕は兄弟が多いせいで、ケンカするにも
仲良くなるにも、うんと近づかないと、ダメなタチでして……。けど、まわりの
みんながみんな、そうではないんだ、否、そんな接近戦を好む人は、そうそう
いないんだ、ってこと、それをそろそろ学ぶべきでしょう。(笑)

いや、でも、こうやって書いているということは、まぁ、そろそろ
学びつつある、ということなんですよ。え゛? 遅いって???
なんでもいいけど、「え゛」とか「あ゛」とかって、1文字のフォントとして
JISの第3水準あたりに、入れてほしいなぁ、とか。あるいはUnicode
でもいいや。Justsystemの方、頑張ってくださいな。(笑)

なに書いてるんだか。

いまごろがいちばん眠い時間ですよね。え゛? もう4時32分???
んなアホな!? あ、パソコンの時計、遅らすの忘れてた。ふー。

びぇ~ん、たった3秒で、時計が2時間も、逆戻り。Windowsの世界地図も
2時間分(経度で30度)、移動してしまいました。

そういえば、Windowsのタイムゾーンの設定で、世界地図が出てくるじゃない?
でもあれ、あんまり意味があるようには思えないでしょ。世界中、1色に塗られてるし。

あれってたしか、最初は国ごととかに色分けしてあったんだよね。でも、ある場所の国境線が
某国の主張する国境線と違ってて、ものすごい抗議を受けて、それでいまの形になった、っていう
話を聞いたことがある。違ってたらごめんね。


そういえば、Gさんっ、僕のあのお気に入りの帽子、どこにいったんでしょうねぇ~。
たぶん、新宿の街角で女子高生をナンパしてるときか、あるいは沖縄料理屋で写真を撮ってる
ころか、あるいは、Tさんと一緒に歌舞伎町のカポカポ屋さんに行ったあとか……。
(←僕は行ってません。ちなみに)

それにしても、いい帽子でしたねぇ~。
あの、ナイキにちょっとよく似たブーメランのようなワンポイントが
なかなかカッチョよく。


成田での、いっこ前のJoiでも書いたけど、先週は、毎日のように、
いろんな人に会ってた。えっと、忘れないように、ここに書き残しておこうと思う。

4火 カメラマンのFさん(鎌倉)
5水 カメラマンのAさん(西荻)。それとライターのKさん(江古田)
6木 友人のN女史(品川)。そのあと評論家のIさん(市ヶ谷)
7金 ライターのS水さん(池袋)
8土 カメラマンのTさんと、元同僚のGさん(新宿)

っていうわけで、ウィークデイも毎日、東京に出てたわけさ。
定期がちょうど切れたっていうのに。


ま、それはそれとして。

なんの話だっけ。

そうだ。今日使ったお金の一覧でも、書いとく?
必要ないか。でも、暇だから書くか。(笑)

インターネット代 105バーツ
夜ご飯(その1) 176バーツ
夜ご飯(その2) 175バーツ
荷物預け代 180バーツ

合計 たぶん600バーツくらい(1800円くらい)

宿代がゼロだから、ま、いっか、っていうところかな。

あ、言うの(書くの)忘れましたが、このたびの旅(笑)、Joiですが、
一日3000円くらいをメドに出費を抑えようかと思っております。
まぁ、宿代がふつうに考えて10ドル(1000円)くらいは必要でしょうから
あと食費で2000円。いや、移動費も掛かるんだよね。そうやって考えると、
一日3000円は、ちとキツイか。ま、いいか。

だって、それくらいしか、お金持ってきてないよ。(涙)

ここ、むちゃくちゃ居心地いいなぁ。

えっとね、第1ターミナルと第2ターミナルの中間付近にある
カフェテリア方式?のテーブル。ほら、スーパーの地下とかによくある
セルフサービス、複数店舗集中方式の……。

夜なのでそんなに明るくないし、人もいないし。でも、お店には店員さんが
いて、強盗に襲われる心配もないし。いいとこだね、ここ。すぐ近くにACが
見あたらないのが、玉にキズかな。

ま、それはそれとして。

そういえば、金曜日、池袋でS水さんに会う前に
新宿で、ヨドバシで、レンズを買った。EF24mm F1.4L。

……。沈思黙考。

……。木工ボンド。(x x)☆\バキッ


私なんかには、身分不相応なレンズなんだけどねぇ。
でも、一生モノかな、と思って、買うてしもうた。申し訳ない。

M本部長には、もうすっかり叱られた。

それはそれとして。


そろそろ書くことないねぇ。寝るか。

ビールにも、飽きてきた。アーキテキタ(構造的に)。

さぁ、明日(暦では今日)はいよいよ、ノンカイだ!
そして明後日(暦では明日)はいよいよ、ラオス! ビエンチャンだ!

ラオスの赤ちゃんも日本と泣き声は一緒なのだろうか?(哲学的な問い)
その答えは?

……。(照)


おあとがよろしいようで。(x x)☆\バキッ


 

2003年11月11日(火)

11月11日(火) ノンカイ(タイ)

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11月11日(火) ノンカイ(タイ)

結局、昨日は空港の出発ロビーで夜明かし。
背中が痛い。

6時頃、ドンムアン駅に行って、下りのホームを確認して、窓口で
ノンカイ行きのチケットを289バーツで購入して、6時42分発の特急?で
ノンカイまでやってきた。着いたのは17時半くらい。11時間?くらいの列車の旅。
3号車、2等座席には若いカップル、欧米人の独り旅のおじさん、それから田舎に帰る
タイ人の大家族。おばあちゃんとか、小さな子どもを連れた、お母さんとか。

途中、何度もうつらうつらして。もちろん、旅のおともは、ビアチャンっすよ~。
っていうか、シンハは車内販売じゃあ売ってないみたい。まぁ、アルコールが入って
いれば、ビアチャンでもシンハでもスーパードライでも、なんでもいいんだけど。

何度目かの午睡、気がつくとあたりがザワザワしてる。起きて、おばちゃんに
ノンカイ?って聞くと、ああそうだよ、って。慌てて3つの荷物をまとめて、
列車を降りる。もう乗り込んでくる人たちもいて、たいへん。すごく狭いし。

駅を出て、声を掛けてきたおいちゃんのトゥクトゥクに乗って、宿に着いた。
1晩100バーツ。安いねぇ。トイレとシャワーは共同だけど。

さっそくシャワーを浴びてディーゼル機関車のすすを全部洗い流して
ベトベトになったアタマも、石けんでごしごし洗って。

そのあとインターネットカフェに行った。重いので、ThinkPadではなく
LOOXを持って。タワーのマシンがズラリと並ぶ、ノンカイ随一と言われる?
インターネットカフェ。1時間30バーツかな。安いでしょ。看板娘もうんと
かわいい(写真なし)。

一応聞いてみた。自分のノートパソコンが使いたいんだけど……。いい?
そしたら、わたしよく分かんないわ……、みたいなことをいうので、強制執行。
(←意味違う?)

タワーの背面に刺さってたLANケーブルを抜き、LOOXに差して、
あ、ヨドバシ本店の地下で買った50cmのLANケーブルがさっそく役に立ったぞ、
延長コネクタとともに。

で、何人かの友人たちにメールを書き、でもメインのThinkPadを持ってきて
ないから、Joiの更新はできずに、ビアチャンの缶を2本くらいいただきながら
(すごい冷えてて、絶品!)、打ち慣れないLOOXのキーに向かったのでした。
とはいっても、LOOXのキーボード、よく考えられてるよ。気を遣わないといけないのは、
そうなんだけど、でも、下手したら、コイツだけあれば、出張、全然OKだと思うなぁ。
なにしろ1kgを切る軽さというのは、ナニモノにも代えがたい魅力だよ。ホントに。


そのあと、近所のレストランで、鶏肉とマッシュルームののったメシ、それから
エビ入りのトムヤムクン。それと豪華に、ビアチャンの大瓶。これで170バーツ
くらいかな。


酔っぱらいながら歩いてると、道を掃除してる若いお姉さんがいたので、
写真撮らせてね、っていいながら、何枚か激写。あまりにも暗いのでAFが
効かず。むかし新聞社で鍛えたピント合わせのワザを今こそ、と思ってMFで
合わせるんだけど、確認したら、ボケボケ……。仕方がないので、メニューで
AF補助光をONにして、ビカビカおねえさんを照射しながら、撮った。
そっか、AF補助光をONにして、そのうえでストロボを焚かない、という
撮り方も、あったのか。あとから(っつーか今)、反省。(笑)

でも、かわいいでしょ。あんまりかわいいから、写真を載せちゃおう。
うんと縮小して、1枚50KBくらい。ダイヤルアップの時代だね。

液晶の再生画面を見せたら、彼女が、写真ちょうだい、っていうのね。
え゛? だってこれ、デジタルだよ、っていって、あ、メールアドレス持ってる?
って聞いたら、あるよ、っていうから、メールアドレスを書いてもらった。
ふふふ、タイにもメル友ができてしまった……。(^^;


あ、2枚目、横に写ってるのは、ギター兼マネジャーの伊藤君(推定)。


 

2003年11月12日(水)

11月12日(水) ビエンチャン(ラオス)

いま、夜の11時すぎ。めずらしく、体内にほとんどアルコールの残留のない状態で
書いてます。だって……。(号泣)

いま泊まってるゲストハウス、ビアラオ(ラオスビール)の看板を堂々と掲げてるのに
ビアラオ、ないんだって。フロントのおじさんが、悪びれもせずに言ってた。困ったもんだ。

ま、それはそれとして。

うーん、どうでしょうねぇ。ビエンチャンの初日の印象は。どうでしょう。
あ、メコン川沿いのレストランで食べた、オムレツとミートボールはおいしかった
ですよ。それと、ビアラオの生ビール1Lをひとりでぐいぐい飲んでしまったのですが
たったの9000キープだよ。90円。安すぎない? 横中のランチビールの100倍
安いよね! ってそんなこといったって、ここの読者、2人くらいを除いて、誰も知らないか。(笑)

ま、それはそれとして。

今日、そうだ、すごいショックなことがあったのね。

ずっと前から、私の自宅での生活になくてはならない相棒をつとめていた、
花柄の、化繊の短パン、ノンカイの宿に、置いてきたみたいなんだよね。荷物を
どこあさっても、見あたらない。すごいショック。

あの宿に国際電話を掛けて、電話でこの状況を説明する自信はまるでないので
宿がホームページかメールを持っていれば、それで連絡を取ってみよう。
きっとうまくいくような気がする。いずれにしても、行動は明日。午前中、
今日も行った、よさげなインターネットカフェで、さっそく検索してみよう。

それはそれとして。

生まれて初めての陸路の国境越えは、あっさりとうまくいきました。

けど、川を挟んだだけ、橋を渡っただけで、どうしてこれほどまでに
風景が変わってしまうのでしょう。これが国境、国家というものの持つ
力でしょうか。

昨日、ノンカイの街を歩いていて感じたのは、ああ、タイは豊かだな、という
ことでした。ピカピカのクルマが狭い道をいっぱい走ってるし、市場には
新しい工業製品も、山積みになっています。売ってる布製品も品質がよさそう。
さすが、東南アジアの優等生?だけありますね。唯一、独立を守った国という
ことも、関係あるのでしょうか。

明日は、朝市、えっと、こちらの言葉でなんというか忘れました。有名な、巨大な
朝市に行ってみるつもりです。それから、ラオスの苦難の歴史が紹介されているという
博物館、あとは、今日撮れなかったメコンの夕陽ですね。何ミリで撮れば、いいんだろう。。

持ってきたレンズですけど、結局20mmと85mmの単焦点は、置いてきちゃいました。
で、24mm F1.4、50mm F1.4、24-85mm F3.5-4.5、それと、
70-200mm F4。この4本だけです。やはり、移動が中心の旅行なので、なるべく
荷物は軽くしたかったんです。20mmよ、許せ。あと、85mm。君には今まで一度も
活躍の場を与えてあげてないなぁ。ごめん、ホントにごめん。

なんの話でしたっけ。あ、そうそう。レンズの話ですね。

今日、メコンの夕陽をねらって、カメラバッグに70-200を入れて、出かけたんですね。
で、オープンレストランの席から、メコンの川岸に涼みに来てるビエンチャン市民を、
パチパチ撮ってたんです。でも、なんか、あんまり楽しくない。やっぱり私、望遠レンズって
それほど好きじゃないみたい。いや、それほど好きじゃない、っていう言い方は、非常に
やさしい言い方ですね。(笑) いや、でも、なんかねぇ、写るモノに、自分がコミットして
ない気がして、うまくいえないけど、自分が撮った写真っていう気がしないんですよね。
あと、70-200は、10Dとかになると、焦点距離、長すぎ。(笑)

前から言ってるように、実焦点距離50mmくらいから始まる、3倍弱のズーム比を持った
明るめの望遠ズームが、キヤノンには絶対に必要だと思うぞ。50-120mm F2.8
とかね。キヤノンが作らないんなら、シグマに期待しよう。(笑)

それはそれとして。

そう。望遠レンズは好きじゃない、っていう話。前に、ずっと前に、某写真雑誌の読者投稿
みたいなのに応募したとき、その総評で、北方ケンゾウさん、作家の、彼がいってたこと、
写真を始めたばかりの頃、望遠レンズで遠くからおねえちゃんを撮ってた。けど、だんだん
つまんなくなってきた。で、広角に切り替えて、近くでバチャバチャ撮るようにした。
写真がおもしろくなった。って話。すごくよくわかるなぁ、と思う。もちろん、その人なりの
作風とか、望遠を使った作画とか、当然あると思うけど、あんまり私は、望遠レンズを
使って、上手に写真を撮る自信が、ないなぁ。(笑) いや、仕事では使ってましたよ。
80-200とか400とか。400mmなんて、福岡ドームの常用レンズですよ。(笑)
重くてねぇ。某I先輩とかは、重くてかなわん、なんていいながら、一回り軽い3.5の
レンズを使ってたけど、僕はやっぱり2.8のレンズのあのキレの良さが好きで、
あとピントリングの気持ちよさ。決定的瞬間がピントばっちりで撮れたときは、それはそれは
いい気分がしたもんだ。

それはそれとして。

う~ん、このあと、このJoiで、70-200の活躍の場というのは、
与えることができるのでしょうか。う~ん。ほら、使わないんだった、街歩きに
持って行きたくないし。(笑) とかいって、せっかく買ったんだから、使って
あげましょうね。そうだね。これから行くルアンナムタとか、サパとかバックハーとか
カラフルな衣装を身にまとった少数民族のきれいなおねえさん方を、このレンズで
少し遠くから、バチバチ撮りましょう。そうしましょう。

あんまり、ビエンチャンの街角で遊んでるガキンチョを、70-200で遠くから
こっそり撮ってもねぇ。(笑)

あ、ガキンチョというのは蔑称ではなく、あくまでも愛情表現ですからね。
念のため。(笑)

あとなんだろ。そうそう、24の1.4と、24-85の使い分けも、けっこう悩むよね。
まぁ、カメラを2台、肩からさげて、それぞれを着けておけばいいんだろうけど、それも
なんか、アホみたいだよねぇ。今日はずっと24-85だったんだけど、夕陽が撮れなくて
戻ってくる途中、ガキンチョの遊んでるのを撮ったんだけど、ISO1600でも、シャッター
速度が1/6とか1/8とかになっちゃって。開放3.5でね。これを、たとえば、
単焦点の24mmだったら、開放が1.4だから、まぁ、ピントの心配はあるけど、でも
2段以上速いシャッターを切れるわけさ。この効果は絶大だよね。1/30秒だったら
遊んでるガキンチョのブレ具合も、それなりだろうし。さすがに1/6秒だと、顔が
まともに写らないもん。(涙)

いや、そう考えると、24mm F1.4、買ってよかったなぁ。(笑)
大切に使うよ。いや、まぢで。何度も書くけど、これからずっと、僕のいちばんの
主力レンズになるね。キヤノンが1.6倍のカメラを出し続ける限りは。

どこかの野球チームみたいに、主力選手を球団のエゴだけで、よそのお金持ちに
ただで引き渡したりは、しないかな。って、かなりこじつけくさいですね。

まぁ、いいや。

だらだら書いてますねぇ。今日はあんまり書くことないと思っていたのですが。

ただ、ビエンチャンのインターネットカフェ、あんまりちゃんと交渉してないけど
自分のPCを使わせてくれるところ、まだ確認してないので、いっぱい書いても、
いつアップできるかは、誰にもわからない。(笑)

写真は、今日はどうしようねぇ。
もういっぺんざっと見て、2枚くらい載せましょうか。

あ、そうだ。今日ひとつ思ったんだけど、いつも画像確認って、わたし、ACDSeeで
やってるんだけど、みんなもそうだと思うけど、あのソフト、どこまでいっても速度重視
なので、ビューウインドウの画像、そんなによくないよね。オリジナル画像に対する、
表示画面の縮小率にもよると思うんだけど、概してネムい。

今日、Windowsのデフォルトのソフトのスライドショーを試してみたのね。
表示速度を変えられないとか、ダメな点もあるけど、でも、表示画質はなかなかいいよ。
ちゃんと1枚1枚、絵を作ってるんだろうね。

写真を選ぶときは、ACDSeeと、Windowsのスライドショーと、両方で確認して
見る必要があるなぁ、と、今日思った。はい、思いました。

んなとこかな。明日は5時50分頃に起きようと思っています。
明るくなる頃に市場に行って写真を撮る。くぅ~、インドシナ写真家?の鏡ですね。
有休をムダに使ってない、という編集長へのデモンストレーションでしょうか。(爆)

どうせそのあと昼寝するわけだし。(笑)

ではまた!


 

2003年11月13日(木)

11月13日(木) ビエンチャン(ラオス)

引き続き、ビエンチャンにおります。明日の朝には、飛行機でラオス北部のルアンナムタに
移動します。

昨日の分のJoiを、近所のインターネットカフェでアップしてきました。
STARNETだったかな。国立文化会館の交差点からメコンのほうへ向かって100m弱
歩いた右側にあります。ビエンチャン最速のネットカフェ、とか張り紙がしてあるので、
わかると思います。って、誰に書いているのでしょう。

いや、でも、Googleとかが丹念に情報収集をしてくれてるおかげで、思いもよらない
ところで、思いもよらない人が、見てくれて、役に立ててくれたりするから、だからネットは
すごいんだと思われ。

いつものように、ThinkPadをお店のおねえさんに見せながら、自分のノートPC
使ってもい~い?ってなるべく可愛らしくお願いすると、だいたいOKが出ます。
んで、タワーの背面に刺さってるLANケーブルを抜き、ThinkPadの口に
延長ケーブルを使って繋ぐ、という塩梅ですね。ノンカイでもやりましたね。(笑)

けど、不思議なことに、私のメインメールアドレスたる、So-netのメールサーバーに
どうしても繋がらず。変だなぁ、と思って、僕が持ってる別のプロバイダのアカウントで試して
みたら、そちらはあっさり繋がり。

あんまり深く考えずに、僕がまだ社員の立場を有しているところの出版社(I社)の
vpn(社外のネットワークから会社のメールを読むときのクローズドなネット構築)を
使って、会社のメールを読んだあと、そのままSo-netのサーバーにアクセスしたら
あっさりメールの送受信ができ。そらそーだよな。同んなじ東京のサーバーだから、
So-netのサーバーを、知らないわけがない。

きっとビエンチャンのSTARNETのプロバイダから、どういうわけか、So-netの
アドレスが、DNSで見つけられなかった(見つけられない)ということなんだろうね。
ホントに、どういうわけか。

まぁでも、直接繋いでダメだったら某I社のvpn(pptp)を使えばいい、という
裏ワザをひとつ、覚えたね。よかった、よかった。


今日のことをざっと書くと、朝は超早起きして、予告どおり、タラート・サオ(朝市)に
行ってきましたよ。朝市とはいうものの、あの、サイゴンやハノイにあるような、巨大な
2階建ての公設市場ですね。だいたい雰囲気は予想がついてた。現地に着いたのが、
まだオープン前の時間だったので、ということもあり、道を挟んだ、すぐとなりの、
タラート・クアディンに先に行ってみた。こちらのほうが庶民的というか、三越に対する
西友、みたいな感じといえばいいのかな。微妙にニュアンスが伝わるか伝わらないか、
分かんないけど。まぁ、そういう感じ。つまりは、写真を撮っていても、こちらのほうが
数百倍楽しいということですね。肉屋さんとか魚屋さんの店先で客待ちをしている
若いおねえさんたち何人かに声をかけて、写真を撮らせてもらったのですが、総じて、
みんな、写真を撮られるのに慣れてないみたい。みんながみんな、えぇ~、はじゅかしぃ~、
というリアクションをみせてくれるのね。まぁ、そこをなんとか拝み倒して撮らせて
もらわないと仕事にならないので、そうするんだけど……。(仕事なのか?)

迷路のような、つぎはぎだらけの雨よけのシートが天井を覆う、庶民の市場を、
ふらりふらりと、歩いたことでした。アルコールも入ってないのに。(涙)

何枚か、写真撮りました。まだ吸い出ししてないけど。
一日の撮影分は、夜にまとめて吸い出すことにした。なんとなく。

そのあと、歩いてパトゥーサイ(凱旋門)まで行き、けど登らずに、写真だけ撮って
トゥクトゥクに乗って、戻ってきました。宿のすぐそばにある国立博物館で降ろして
もらって。もっとじっくり見たかったんだけど、入り口で預けた荷物が心配で、
慌てて5分くらいで出てきてしまった。小心者の私。こんど来たときは、もっと
ゆっくり見たいなぁ。って、いつ来れるんだろうか?(笑)

そのあと、こちらも宿の近所、国立文化会館の角、Xayoh Cafeで、朝食。
このカフェは、ビエンチャンのリトルハノイと言われているそうな……。(うそ)
でも雰囲気は似てるかも。っつーか、東南アジアの観光都市にある欧米人向けの
カフェというのは、どこも同じような雰囲気になってるよね。木を基調とした、
しっとりとした高級感漂う店内の感じ……。

ま、それはそれとして。昨日はビアラオの生ビール1リットルを飲んで、いまひとつ
コクがないなぁ、という感想を持ったので、今日は、ビール会社の(ブランドの)
実力がいちばん発揮されるという(ホントか?)大瓶に挑戦してみた。
ビアラオの大ビン。そしたら、やっぱり生ビールと一緒で、なんだかどこか、コクがない。
こんなことを言ったらラオスの人に怒られちゃうと思うけど、ビアチャンのほうが、ずっと
おいしいかも……。(ごめんなさい)

バドワイザーのように、あくまでもスッキリ、という感じでもなく、ふつうのラガービール
なんだろうけど、でもなんか、いまひとつ奥深さがないというか……。うまく説明できません。
ビエンチャンに来たときに飲んでくださいな。でも、安いよ。むちゃくちゃ。大ビンが、
6000キープ(60円)くらいじゃなかったかなぁ。ちなみに、Xayoh Cafeでは
生ビール1リットルが70円でした。嗚呼。

おねえさんが、おかわりでもする?って、クジラの腹のわたしを見ていうので、う~ん、
じゃあ、2本目はハイネケンかな、なんてオランダ人のようなことをいいながら、まだ飲むのか
状態の私。よく見かけるハイネケンの350ml缶がきたんだけど、これだって、100円だよ。
安すぎないか? 缶を隅から隅まで見たんだけど、どこで製造されたかについては、一言も
書いてない。シンガポールかタイあたりで作ってるんだろうか。

2本目だけあって、味はよく分かりませんでした、キリンの端麗でも頼めばよかった。


あとなんだろ。

あ、別に私は朝からビールのみを主食にしてたわけではなく、ちゃんと料理も食べたよ。
挙げ春巻きと、あと鶏肉炒め飯卵くるみ?みたいなヤツ。ちょっと量多かったかな。でも
残さずみんないただきました。ごちそうさまでした。Xayoh Cafe、すごくいい
お店ですよ~。夜に来たかったな。明日は朝早いので、今日はちょっと来れないかな。

あ、めずらしく午後3時過ぎに、この文章を認めています。夜はなんか荷物をまとめたり
バタバタしそうなので……。って、そんなにやることも、ないんだけどねぇ~。(笑)

Xayoh Cafeから戻ってきて、すこし昼寝をして、で、ThinkPadを持って
STARNETに行って……、と話が最初に戻るわけですね。

そうそう、STARNETに行くときにね、宿のフロントのおねえさん、あんまり可愛いから
写真撮らせてくれる?って聞いたら、なんか寝起きだったみたいで、いまちょっとあれだから、
あとでね、なんて艶めかしいことを言うのよ。すごく損した気持ちになって、でも嫌がるのを
撮るのは、やっぱりほら、ねぇ、なので、ガマンして、STARNETで小一時間を過ごして
で、さっき戻ってきたわけさ。そしたら、予想どおり、というか、違うおねえさんに変わってた。
う~ん、悲しい。ショックでかし。まぁ、いいや。縁があれば、撮れるでしょう。

そういえば、日本の東京の市ヶ谷の某中国料理店のOさん、元気してるかなぁ。
顔みたいなぁ。

こないだね、こんなことがあったのさ。お店のおねえさんとふたり、Oさんが
茶髪にしてて。それがあんまり色が薄かったもんだから、Oさん、ずいぶん茶髪だねぇ~、
みたいなことをいったのね。そしたら、すっごい照れくさそうにしてて……。ああ、可愛いにゃあ
と思った。いや、ただそれだけ。(^^;

そろそろ、また、宿を出て、メコン方面に出かけてきます。って、そんなに遠くはないんだけど。(笑)
今日は晴れてるし、すこしいい感じで雲が出てるので、キレイな夕陽が撮れることを祈って。
行くときか帰ってきたときに、さっきのかわいいおねえさんがフロントに座ってることも
切に祈りつつ。(笑)

11月13日(木)つづき ビエンチャン(ラオス)

いま夜の7時20分頃。

夕焼け撮影の顛末を、ご報告いたしましょうか。(笑)

へへ、結果だけいうと、これ以上はないというほどの成果がありました。
成果とかいうと、ビジネスライクだけど。某女性運動選手(でも女優に非ず)風にいうと
ムッチャ、しあわせ!ってな感じでしょうか。

いやぁ、感無量というのは、こういう状態をいうんですね。ホントに、ホントに。


それから、宿のおねえさんも、写真、撮らせてくれましたよ。
むちゃくちゃ可愛かった。いやぁ、連れて帰りたいほど。

メールアドレス聞くの忘れた。(笑) こんどビエンチャンに来るときは
彼女の休みの日に、ビエンチャン観光のガイドとか、してもらうことにしよう。
(←けっこうマジ)


いや、でも、コトがうまくいったときって、なんつーか、言葉を失いますね。
何も言う必要がない、っていう感じ。かな。

写真、載せますね。夕焼けの写真と、宿のおねえさん(ポーンさん、って言ってた
気がする)の写真と。手を合わせる仕草が、とてもかわいくて。

You are so cute!

っていったら、なぁに?って聞き返すもんだから、

You are so cute!

って、5回くらい、繰り返してしまった。彼女もしや確信犯?(笑)


 

2003年11月14日(金)

11月14日(金) ビエンチャン(ラオス)

いま、ビエンチャン空港の待合室です。
たまには使ってあげないとかわいそうなので、LOOXくんで
書いてます。これから、QV601便で、ラオス北部の都市、
ルアンナムタに向かいます。QVって、ラオス航空のことなんだけど、
QV601便って、なんかよくない? よく撮れそうなデジカメみたいで。(笑)

それはそれとして。旅のお供は、やっぱビアラオっすよぉ~、って
二日ほどまえには、ぜんぜん違うことを言ってたような気もしますが……。(笑)

それはそれとして。

僕の目の前には、10人前後の、同乗者と見られる方々が、
僕と同じように搭乗時刻がやってくるのを、所在なげに待っています。

しかし、ビアラオをたしなんでいらっしゃる方は、おられないようですね。
どうしたことでしょう? ま、それはそれとして。

ラオスというのは、東南アジア唯一の内陸国なんだそうです。
そのためか、経済発展は、まわりの国々に比べ、どうしても遅れがちに
なり。

旅のガイドブックを読むだけでも、いろんなことがわかります。
一昨日?渡ってきた、タイのノンカイとを結ぶ「友好橋」とかも、
片側一車線ずつの車道の中央に、鉄路が敷けるスペースが、用意されて
いるんだそうです。でも、いまのラオスには、国内に鉄道を敷けるだけの
経済的な余裕がないとか。

昨日行ったXayoh Cafe、道端に、同じ広告が、何枚も
風に揺られていました。TOYOTAって書いてありました。
僕は英語が苦手なので、よくわからないのですが、TOYOTAカードを
Xayoh Cafeで使うと、すごくメリットがあるよ~、みたいなことが
書いてあったと思われ。そのTOYOTAカードが、決済機能を有した
クレジットカードなのか、それとも、単なるポイントカードの類なのか、
それはわかりません。でも、日本を代表する、世界中で優秀なクルマを
売りまくって、死ぬほど儲けている、あのTOYOTAのカードの宣伝が
ここビエンチャンのXayoh Cafeを囲むようにして並んでいるのを
みて、日本人として、かなりビックリしました。

たしか、ちかぢか、トヨタが学校を設立するんですよね。
たぶん、既設の学校教育では、自分たちの望む人材の育成は
おぼつかない、ということなのでしょう。

それはそれで、素晴らしいことだと思うんですが、TOYOTAには
もっともっと、日本の若者を鍛え上げるために、お金を出してもらいたい。

僕がずっと前から主張してる、18になったら日本人の若者は1年間、
外国に出るべし!というアレ、TOYOTAにも力を貸してほしいなぁ、と
思うわけであります。日本国を代表する、いくつかの大企業、TOYOTAを
はじめとして、キヤノンとか、フジフイルムとか、武田薬品とか、アイフルとか。(笑)

日本人の18歳の若者を、1年間、外国に出すのに、おしなべて考えると、
ひとり100万円もかからないんじゃないでしょうか。いや、まぁ、トータルで
いろいろ考えていくと、その倍くらいは、かかるかな。

まぁ、少なく見積もって、ひとり100万円としても、100人で1億円でしょ。
1万人で100億円、10万人で1000億円。100万人だと1兆円かぁ。
結構いい額だね。(笑) でも、50万人くらい、希望制にすれば、いいかも。
50万人っていえば、大学入試センター試験を受ける人数の半分くらいかな?

まぁ、なんでもいいけど、それくらいの思いきった施策を採らないと、この日本
ジリ貧だよ~。ホントだって。

飛行機が来ないので、なんかいっぱい書いてしまいましたが。(笑)

昨日、すんごい綺麗な夕焼けが撮れた話、書きましたよね。
あれって実は、けっこういろいろ裏話があって。

ホントはね、夕陽が沈むの6時ごろなんだけど、やることもないし、
インターネットカフェにも行き飽きたし、ビアラオも飲み飽きたので、
少し早めに、3時半くらいかな、メコンを見に行くことにしたんですね。
まぁ、俗に言うロケハンというヤツですよ。当日・直前のロケハン。この場合
モデルは生身の少女ではなく、勝手に沈んでいく太陽と、そのときに居合わせた
雲くんたちだから、まぁ、あまりモデルの機嫌を取る必要はありません。
朝晩しっかり、森羅万象に祈りを捧げることを欠かさなければ。

で、4時前に、メコンの岸に着いて、いまある太陽の場所、彼が地に没するで
あろう場所、それらを35年の人生で培ったすべての知識と知恵をフル活用し、
ここがベストポジションである、という場所を綿密に算出し、その結果として
川岸にいくつもある、海の家みたいな、簡易レストラン?のいちばん角の席に
陣取ったのでありました。

って前置き長すぎ?(笑) でもいいよね、西東京のGさん、昼間ヒマっしょ?

なんの話だっけ。あ、そうそう。川の家、ね。

その席に座ると、僕はなんにも言ってないのに、若い女主人が、ビアラオの
大ビンとグラスを持ってきて。すごいビックリした。あ、でも、さっき、メニューの
ビアラオの欄を指さしてたような気もしないでもない。(笑)

しばらくビアラオを傾けながら、今日の主役たる太陽の行方をずっと追ってた訳さ。
5時半頃かなぁ。気がつくと、西の空は一面、雲に覆われて、ほんの少しだけ、ずっと
遠く、オレンジ色に染まり。え゛? もう日没の時間だよ。なのに、どうして雲くんよ
どいてくれないの? いやまぢで。メコンに沈む夕陽を眺めながら、ビアラオを傾ける
ために、僕はこのビエンチャンまで来たんじゃないんだ。(それも少しあるけど)

僕は写真家なんだ! まだアマチュアだけど。(笑)

もう明日の朝にはルアンナムタに行かなきゃならないし、なので、チャンスは今日しか
ないのよ。勝手な都合を言って申し訳ないけど、たのむから、きれいな夕陽、よろしくね、

そんなことを3刹那くらいの間に頭に浮かべ、でもあれだけ厚い雲が西の空を覆っていれば
もうどうにもこうにも、しょうがないでしょ、っていうことで、さっさと諦め、メコン沿いを
走る通りを行き交うバイクに、つけてた70-200を向けて、AFにまかせて、バシャバシャ
連写。

僕は写真を撮る前か、撮ったあとで、必ず被写体になってくれた相手に対して、会釈か
微笑みを返すことにしてる。それが、最低限の礼儀だと思うから。なので、そのときも
そうして、ありがと、っていうメッセージを、写真に写ってくれた人たちに対して、
送り続けてた。

二人乗りのバイクの若くてきれいなおねえさん、後ろに乗ってた彼女が、僕が笑顔を
向けたら、彼女も満面の笑みで、手を振ってくれた。そのときもまた、こんなことを
思っていたんだ。

豊かさ、ってなんだろう。
日本でおんなじことをしたら、たぶん、すごい不快な表情をして、顔をそむけられて
しまうだろう。少なくとも、東京のまちなかでは、十中八九、そうだ。
この違いは何なんだろう。アジアではイチニを争う、経済的な豊かさを享受する
国の首都で、彼らと彼女らは、いったいどのように、豊かなんだろう。

まえにも書いたと思うけど、子どもとか若いお姉さんの笑顔が自然に撮れないような
国は、ダメだ、って。終わってる、って。僕はその持論を曲げることは、金輪際、
ありえないね。お前が写真を撮るヤツだからだ、って。そんなことは百も承知だよ。
でも、このことっていうのは、写真を撮らないあなたにも、けっして無関係では
ないんだよ。ホントだって。

なんの話だっけ。あ、そうだ。道行くお姉さん達を70-200で撮ってたら
なんかへんで。慌ててうしろを振り向いたら、ものすごいでかいオレンジ色の火の玉が
いままさに地平に沈もうとしているころで。

気が狂ったように、さっきまでいたベストポジションに戻り、慌てて激写した。
レンズを変えたり、途中で切れそうになった記録メディアを交換したり。このあたりの
ワザは、某新聞社のカメラマン時代に、いやというほど叩き込まれましたからね。(笑)

太陽が完全に沈みきったあと、しばらく呆然と立ちすくみ、でも立ちすくむのが僕の仕事
ではないので、気を取り直して、宿に帰ることにした。またさっきの道を歩き始め。
角に、先ほど写真を撮らせてもらった、おばあちゃんがやってる焼鳥屋さんがあるので
そこに寄って、お客さんとか、おばあちゃんとか、可愛い女の子とか、炭火にあぶられる
鶏のもも肉とかを撮ってた。

誰かが、なんかいったのね。ほら、見てみ、っていう感じで。
それに促されて、ヒョッっと後ろを向いたら、西の空全体が、濃いいオレンジ色に
染まってて。だんだら模様の雲が、これ以上はないってくらいに、いい役者を演じてる。

買っていま焼いてもらってるもも肉をおばあちゃんに言づけて、また気が狂ったように
岸辺に戻り。こんどは24-85mmで激写、激写。露出をほんの少し変えるだけで、
夕焼けのイメージって一変してしまうから、そのへんも考えて、露出をバラして、
ズームも変えながら、激写、激写、激写。

そうして撮ったのが、昨日載せた写真。ビエンチャンじゃわかんないけど、
東京で、ああした夕焼けが見れる日って、一年に何日も、ない気がする。まぁ、
一年中、会社の机に縛られて、パソコンと向き合う生活をしてたから、仕方がない
っていえば、そうなんだけど。


 

11月14日(金)つづき ルアンナムタ(ラオス)

ルアンナムタに着きました。宿に落ち着き、インターネットカフェでメールを確認し、
中華料理屋でメシを食い、博物館を見、日帰りトレッキングに申し込みに行って、
明日はないよ~、とさわやかに言われて、帰ってきました。

3日後なら予定あるけどね。ところで君、何人グループ?って聞かれて、

only me...って応えて。

あと3人集まればOKなんだけどなぁ、っていうので、

今日このあと申し込みに来たりしない?って聞いたら、
まわりにいた人たちも口を揃えて、しない、しない、って。

あ~あ、ラオスに住んでる少数民族の方々と、僕は会うことができないのか??
所詮縁がなかったということか。


どうしましょ。明日一日、ここでのんびり過ごして、それで国境を越える?

あ、いまいい考えが浮かびました。明日の早朝、市場へ出かけ、少数民族の人たちの写真を撮って
そのうえで、明日この街を離れるか、もう1日滞在するか、それを決めましょう。そうしましょう。

言葉で大事なのはリズムだよ。だって、文字が生まれるずっと前から、言葉(たとえば日本語)は、
いまのカタチを整えていたわけだから。文字面とか意味内容とかよりもずっと、リズムが大事。
歌を歌うのと、一緒なんだよ。だからきっと、歌が上手い人は、文章を書くのも上手なんじゃ
ないだろうか。って、いま急に思ったことだけど。でも、確かに、その人の歌う歌い方と、その人の
書く文章って、なんとなく、共通点があるような気がする。まぁ、同じ人の為す行為なんだから、
同じと言えば、そりゃそうなんだろうけど。


なんの話だっけ。あ、そうだ。そうそう。今日はまだ、写真はまったく撮ってません。
もうすこし日が傾いてきたら、また街に、出ましょうかね。考えてみたら、インターネットへのアップは
夜でもいいかな。


いまさっき、ネットカフェに行って、2日分のJoiのテキストと写真を、アップして
きました。なんか、一日遅れで届く離島の新聞みたいな感じですね。

明日、やっぱり午前9時のバスで国境へ向かうことにしました。
その前に、6時頃、街のはずれの市場へ、写真を撮りに行ってみようと
思います。

今日も下見に行ったのですが、うーん、どうでしょう。
朝の活気がある時間帯なら、写真を撮っていても、あんまり逆に
目立たないかな。

ルアンナムタは、想像以上に何もない街です。
少数民族の村へのトレッキングがだめってことで、かなりモチベーション
下がってます。

ホントは、ここから北西のムアンサイという街へも、出かけていこうと思っていたのですが
中国国境へ向かうのに、この街を再び経由しなければいけないということで、それはちょっと
と考え、断念しました。荷物の多さにも、すこ~しずつ、辟易しはじめています。(笑)

いま夜の7時半。寝るのには、さすがにまだ、早いですよね~。(笑)

さっき、そういえば、ネットカフェで、日本人の女性を見かけました。旅行者ですね。
研究者とかいうよりも。彼女一人で旅してるというのは、やや考えにくいので、彼氏か
誰かと一緒に旅行中で、たまたまひとりでネットカフェに来た、というところでしょう。

まぁ、私がいろいろ詮索しても、何も始まらないのですが。(笑)

今日はこれと言って、なにも写真、撮れてません。ごめんなさい。
1か月半も旅行してたら、そういう日もあっても、いいですよね。ごめんなさい。

なんかいきなりだけど、何を撮っていいのか、分からなくなってきた。
元気に遊んでる、子どもの姿? 美しい異国の美少女? めずらしい景色?
う~ん、どうなんだろう。。

やっぱ写真って、1日、2日いて、ぽん、と撮れるもんじゃないですよね。
篠山紀信さんが、いまは亡き星野道夫さんと、NHKの番組で話してた内容
僕は全部覚えてますよ。ビデオ10回以上見ましたから。

星野さんは、大学在学中、アラスカに行きたくて、ある村の村長さんに手紙を書いたんですね。
そしたら、忘れた頃に返事が来た。ぜひ来なさい、と。
そして一夏をアラスカの村で過ごして、彼はすっかりアラスカの虜になってしまった。

そして思った。アラスカに住みたい。
アラスカに住むためにはどうしたらいいか。そうだ、写真をやろう。(笑)

いや、ホントの話ですよ。

篠山さん、それを聞いて、こう言ってました。

写真を始めたことについては動機は不純だけど、
アラスカを思う気持ちは純粋だから、いいんだよね、って。

僕もそう思います。

写真家は、自分が向き合う対象を見つけたら、それこそ一生かけて
それを撮り続ければいいんです。そんな気がする。

星野さんの撮られた動物たちの写真が、ほかの動物写真家の写真にくらべて
ぜんぜん違っているのは、たぶん、アラスカ、そしてそこに住む動物たちへの
愛情が、ほかの動物写真家たちの、被写体に対するそれにくらべて、圧倒的に
大きいからなのでしょう。

そうとしか思えません。もし違っていたら、ごめんなさい。

だれかに何かを言われて始めたことでも、誰かに褒めてもらいたくて始めたことでも、
ない。自分がこれだと思って、ただひたむきに、その対象と向き合い続けた、
ただそれだけです。


そんなことを、ここルアンナムタの地で、思いました。

明日はいよいよ中国です。日本に住んでるのに、なんで雲南のいちばん下から中国入りしなけりゃ
ならないんだ、という気も若干しないこともありませんが、まぁ、それはそれとして。

景洪の町というのは、どのくらい大きな町なのでしょうか。
たまには、ホテルの部屋に電話があると、うれしいなぁ。あと、ホットシャワーとね。(笑)
風呂桶なんて、贅沢なことは言いませんので……。


でも、あと1日か2日、ビエンチャンにいてもよかったね。
そうやって考えると、旅っていうのは後戻りできないものですね。
人が人生に喩えたくなるのも、分かるような気もする。(笑)

どっちも、そんなに大袈裟なもんじゃないですけどね。

僕は、世界旅行記とか、ウェブでやってる人、どうしても馴染めないのは、
なんかとてつもない大偉業を成し遂げつつある、というふうに、彼が思ってる
んじゃないかというにおいが、なんとなく、するんですよね。英雄気取りというか。
みんながみんな、そうではないのでしょうが。

ぼくはテレビの猿岩石とか、まったく見てないので知らないんですよね。
彼らが元祖、というか、みんな彼らの真似をして、ウェブで展開してるんでしょうか。
どうなんでしょう?

いや、でも、あるライターさんも書かれていましたが、長期間の旅行をする、いわゆる
バックパッカー、ぜんぜん褒められたもんじゃないですよ。すくなくとも、その期間は
仕事をしてないわけだし。まともに会社勤めとかがつとまらないヤツに限って、旅に
出たりするわけですよ。(笑) 金満先進国のモラトリアム青年が、貧乏旅行なんて
いいながら、現地の人たちの収入の何倍ものお金を、毎日使い続けるわけじゃないですか。

ほんとにねぇ、救いがたいですよね。

いや、救いがたいというか、自分たちの存在が、どういったもんなのかを、正確に
把握しないとダメですよね。すくなくとも、あんまり人のためにはなってない、いや
逆に、むしろ、いろんな人たちにものすごく世話になってる、施される側に自分は
いるのだ、という自己認識……。

な~んて、あんまり人のことをとやかく言える立場じゃありませんが。(爆)


僕の紀行文の(究極の)お手本は、宮本輝さんの『ドナウの旅』、それから、
『ひとたびはポプラに臥す』、です。ものすごく僭越なのは、百も承知で書いてますが。

輝さんの場合は、どちらも同行者がいらっしゃって、彼らとのやりとりが、かなり
大きなウェイトを占めているように感じますが、僕の場合はひとりなので、つねに自分と
対話し続けなければなりません。なかなかつらいっす。スギちゃんでも連れてくれば
よかった。(笑) ニュースや特集に逐われていて、無理か。(爆)


まぁ、いいや。こんなことを書くと叱られますが、会社勤めをしていたのが
すごく昔のような気がします。たぶんきっと、僕は二度と通勤定期というモノを
持たないでしょう。なんかそのことが、すごくすごいことに感じています。

今月の3日あたりでしたか、定期が切れたスイカを、駅の窓口に持って行ったんです。
これ、定期ナシのスイカに変えてほしいんですけど、っていうと、窓口のおねえさん、
そのままでも、チャージしていただければ使えますよ、って曰う。なので、そのまま
使っているのですが、改札を通るたびに、定期が切れてます、ってメッセージが出るんだよね。
プーになったわたしに対しての、いやがらせのつもりか?(笑)


 

2003年11月15日(土)

11月15日(土) モンラー(中国)

モンラーに着きました。
モンラーのモンの字は、猛という字の作りを左側に持ち、右側(つくり)が力。
ラーの字は、もはや日本語のフォントにはないと思われ。あ、Unicodeで
表示すればいいのか。どうするんだっけ? 忘れた。
昔、ハートを表示させたことがあったのを、思い出した。

あとで確認したところ、モンラーのラーの字は、ちゃんとJISに
ありました。逆に、モンの字はUnicodeにしか、ありませんでした。

まぁ、いいや。

朝の8時くらいです。ルアンナムタの町の外れのバスターミナルに着いたのは。
時刻表で、9時にボーテン行きのバスが出るとあったのを確認して。

チケット売り場のオヤジに、ボーテン行きは9時だよね?って聞いたら、テン、って答えて。
あ、そう。そうなのね……。

仕方がないので、おなかも空いたことだし、すぐそばの食堂に入って、きしめんのような
モノを食いました。うまかったです。1杯50円。おかわりしたので、100円です。

9時半頃、ほかの客がバス?に乗り始めたので、私も遅れないように乗り込み、しっかり自分の
席を確保しました。貴重品の入ったふたつのバッグをしっかりと抱きしめて。あ、バックパックは
屋根に載せられてしまいました。仕方ない。

ドライバーに、出発は10時でいいんだよね?って聞くと、11時、ってこともなげに
こたえ。えええぇ~、あと1時間半も、ここでボーッと待ってなきゃならないの~。(涙)

この調子で書いていると、夜が明けてしまいそうなので、大急ぎで要点のみ。(笑)

あ、わかった。どうして人が、紀行文を、帰ってきてから書くかっていうと、いったん自分のなかに
沈めて、しばらくして浮き上がってきたものだけを書くから、その人の書いたものとして意味をなすんだね。
なるほど。そういうことか、って気づくの遅すぎ?(笑)

まぁ、いいや。ちなみに、バスと書いているものは、ふつうの荷台のついたクルマの荷台部分に
囲いをして、人を乗せれるようにしただけのもん、だからね。ちなみに。

それはそれとして。

11時に出発したさ。国境行きの乗り合いバス。乗客は13人。
ガタガタ道を、いくつかの少数民族の集落を経ながら、国境のボーテンに向かいましたとさ。

ボーテンまでの道のりは、およそ2時間。途中で何人か降りたり、新しい客が乗ったり、
村への荷物を届けたり、しながら、バスは国境を目指します。

いくつかの検問を抜け、ボーテンにたどり着きました。
ボーテンと言えば、日本人にはスライスチーズの産地として昔から有名です。
歌にも歌われたくらい。いわく♪ボ……。やめておきましょう。

ボーテンでバスを降り、ラオスの出国の手続きをして、別の乗り合いバスに乗り、
こんどは中国の国境地点である磨●(モーハン)に向かいます。一緒に乗り合わせたのは、
たぶん中国人の親子。ラオスと中国の国境に建てられた石碑のところで車を降り、こっち側と
あっち側で記念写真を撮っています。それをパチパチ、撮る私。

●は、敢の字の下に心

中国側の国境の町は、ラオス側にくらべて、ずいぶんとひらけています。
いまも宿屋があるそうですし、新しい、でっかい、たぶんホテルと思われる建物も
建設中でした。僕にとって、生まれて初めての中国です。昨日も書きましたが、
生まれて初めての中国が雲南、それもいちばん南の外れ、というのが、僕の人生を
象徴しているような気がします。(笑)

そんなことはいいのですが、国境を越えただけで、なにか気分がガラッと違うのは
なぜでしょうか。仏法に説く、国土世間ということなのかしら。国土世間というのは
たしか、環境だけではなく、そこに住む人たちの存在をも含めた概念だったように
記憶しています。気温もぐんと上昇したように思えます。なぜか、太陽の光も、
国境を越えたあとのほうが、うんと強く感じられます。植生まで違って見えるのは、
気のせいでしょうか。

入国カードに記入をして、パスポートを官吏に見せて、やっと中国に入国いたしました。
乗り合いバスのおじさんに言われるまま、クルマに乗り込みます。こんどのバスは、
軽ワゴン車。運転席の列も含めて、席が3列並び、もうすっかりギッシリです。

そこから、いまいるモンラーの町まで、2時間弱の道のりでした。先ほどのラオスと違って
道は完璧に舗装されています。こういうところにも、国力の違いというのが出てしまうもの
なのでしょうか。少数民族の村とおぼしき集落も、いくつか見ましたが、ラオスにあった
ものとくらべて、どこか立派に見えました。

磨●からモンラーまでの道のり、すごく快適でしたよ。モロに風を受けなくていい、というのも
ものすごく大きいのでしょうが。

夢にまで見た雲南。遥かなる雲南。さだまさしさんが、ずっと昔、「長江」という映画を借金して
作ったとき、まだ雲南は外国人に開放されていませんでした。そして、彼がずっとあとに作った
雲南への憧憬の歌。タイトルは失念しましたが、

♪遥かなる雲南 夢のシーサンパンナ……

こんな歌詞だったように思います。歌えと言われれば、ワンコーラスくらい歌えますよ。(笑)

あの歌を、心の中で、口ずさんでました。車窓から見える、雲南のキラキラ光る樹木の葉を
見つめながら。ああ、ここはいいところだなぁ、誰かを連れてきたいなぁ、そう思った。
できれば、こんどくるときは、荷物を半分くらいに減らして、パソコンも1台、レンズも2、3本、
吸い出し機能付きストレージ(80GBくらいの)、それと室内用の短パン。(笑)


さださんの雲南の歌、たしか、最後はこんなふうに終わるんじゃなかったでしたっけ。

♪遥か歌声 国境を越えて広がれ

バスが町に着き、ここに泊まろうと目星を付けていた、南亜賓館を探し始めました。
バイクタクシーのにいちゃんが、どう、乗ってかない?と誘ってくれますが、なにしろ
この荷物です。せっかくの誘いを丁重にお断りして、地図を見ながら南亜賓館を目指して
歩き始めました。途中、首からカメラを下げて、気になった景色をパシャパシャ納めながら
ひたすら荷物を引いて、歩いていきました。

行けども行けども、南亜賓館、見つからないのですね。悲しくなって、疲れたぁ~、と
道にたたずんでると、自転車にリアカーを連結したような乗り物のおにいちゃんが、
どっか探してるのぉ~、と颯爽と声を掛けてきました。渡りに船とばかり、南亜賓館を
さがしてるんだけど~、って地図を見せると、あ、OK、とにかく乗りなよ、というので
チャリヤカー?に乗ると、にいちゃんはいま来た道を、戻り始めました。

地図の場所と明らかに違うよなぁ、と思ってたら、彼は車を停め。
ほら、ここだよ。な。見てみると、南疆賓館でした。いくら私が中国語を喋れなくても
南亜賓館と南疆賓館の違いくらいは分かるワイ! をぃ! にいちゃん、日本人を
なめるなよ!とはいうものの、なんかどうでもよくなって、南彊賓館に泊まることに
しました。フロントには誰もいません。にいちゃんが大声を出すと、奥からおばちゃんが
出てきました。これ書いておいてね、みたいに書類を差し出すと、おばちゃん、あわてて
奥へ戻っていきます。???と思っていると、まだいたにいちゃんが、マージャン!!!
って叫び。あ、そう。仕事中に、麻雀してるわけね。

ハウマッチ?と聞くと、おばちゃん、紙に60という数字を書き記します。
60元=900円、ということでしょう。高いなぁ!というと、あわてて、
こんどは、40、と書きます。いきなり50%のディスカウントです。(笑)

書類を書いて、おばちゃんに巨大な建物の3Fの端の部屋に案内されて、
ひとまず落ち着いて。

昨日は頭を洗えなかったから、と思って、シャワーを浴びたんだけど、タオルがどこにも
ないんだけど……。あと、便器が洋式なのはいいけど、便座がなくなってるよ。。

うーん、南彊賓館、あんまりオススメできないかも。
たぶん、築ウン十年とかで、むかしはすごく栄えてたのかもね。官営で。
けど、まわりにいっぱい新しいすてきなホテルができて、すっかり没落した。
そんなところじゃないかな。たぶん、お化け出ると思うなぁ。どんなヤツだろう。
やっぱりキョンシーみたいなのかな? それって怖い?(笑)

今日も写真はナシ。何枚か撮ったけど、そんな、来て、すぐ撮れないよ。マシンじゃ
あるまいし。ねぇ。(笑)

いい。この町で写真を撮るのは、諦めた。
歩くのも、疲れたし。そろそろ寝るか。まだ7時45分だけど。

東南アジア標準時にくらべて、中国の時間は1時間早いんだね。日本に1時間近いというか。
なので、国境を越えたラオスだと6時45分なのに、ここでは7時45分。得したか損したか
わかんないね。きっと、どっちでもないんだろうな。(笑)


いま夜のお散歩から帰ってきました。10時半です。

歩いてたら、今日、一緒に国境を越えてきた親子と出会いました。
向こうも気がついてましたよ。あらぁ~、みたいな。写真、撮ればよかった。(笑)

しばらく街をぶらぶらしたあと、冷飲茶楼というお店で、ビールをシバいてきました。
さっき、夕食を食べたときと同んなじ、大理稗酒です。麦酒じゃなくて、稗酒なのね。
どういうわけか。この謎は、いつか必ず解きましょう。(笑)

それはそれとして。

夜に街をぶらつくときは、24-85じゃなくて、24mmの単玉と決めてます。
うんと明るいので、ピント合わせにも、シャッタースピードを稼ぐのにも、うんと
有利なんですよね。

あとなんだろ。

そうだ。宿の裏庭、っていうのかなぁ、フロントのある建物から、部屋のある建物へ
移動するときに、中庭みたいなところを、通るんですね。そこから空を見上げたら、
すごい綺麗な星、星、星。

決めました。ここで星空を撮ろう。

持ってきた三脚が、初めて役に立ちました。自由雲台を譲ってくださったOさん、
ありがとうございます!

中庭だけあって、全天を見渡す、ということにはなりませんでしたが、カシオペアが
ハッキリ見えました。っつーか、写真に写すと、まわりの暗い星まで写りすぎて、
どれがW型なんだかわかんないくらい。それくらい、星が綺麗でした。

昨日、ルアンナムタでも、いちおう試してみたんですよ。試してみたというよりも、
宿の近くで、夜帰ってきたときに、空を仰いでみたんです。でも、今日よりも星が、
少なかったような……。たぶん、たまたま近くに人工光源があって、星を隠して
しまっていたんでしょうね。なんとも残念。向こうのほうが、近くに高い建物とか
なくて、その気になれば、うんとキレイな星空が、Getできたでしょうに。

まぁ、それはそれとして。

明日、朝早く起きて、いよいよ景洪です。今日は、バスターミナルの場所も
確認してきたし、明日は起きて、そのまま、バスに乗ろうと思います。景洪までの
道のりは5時間。景洪で何日か過ごすつもりです。なんつっても、日本で取得して
来た、ベトナムビザのスタートが、20日に設定してあるもので……。(笑)
国境近くの町で20日がくるのをじっと待つよりは、ある程度大きな街ですごした
ほうが、楽しめると思われ。

昆明、雲南省の省都である昆明には、あんまり行きたくありません。だいたい
想像がつくんですよね。ものすごい、大都会。たぶん、こういう言い方はどうか
わかりませんが、何年か前に仕事で行ったラスベガスと、大差ない気がします。

なので、明日は景洪に行って、なんとかバスの便、昆明に寄らずにベトナム国境を
目指せるようなコースを、見つけてこようと思います。いまのところ、僕の見立てと
しては、箇旧という町へ出れば、昆明をバイパスして、ベトナム国境の河口という
街へ向かうことができるのではないか、と。

どうしてもダメなら、諦めて、乗るけどね。昆明行きの寝台バスかなんか。


ラオス・中国国境で記念写真を撮るおねえさん達


 

2003年11月16日(日)

11月16日(日) 景洪(中国)

景洪に着きました。予想どおり、なかなかの大都会です。
当初予定していた版納(パンナ)賓館は、すご~く格調が高そうで、玄関を見つけるのに10分ちょい
かかってしまいました。フロントで、部屋いくら?って聞いたら、いちばん安いのでも120元
だよ、といわれて、はい、さようなら状態。って、120元っていったら、1800円とか。
まぁ、安いといえば安いのですが、1泊1000円以下を目指す私としては……。

なので、ガイドブックをみて、版納賓館から50mという条件のよさに誘われ(笑)、
車里賓館にしました。ちなみに部屋に電話はありませんので、応援のお電話を
いただいても、出ることができません。

それはそれとして。フロントのおねえさんが、すごくいい感じで。純朴そうな。ツンとしてない。
さっきの、どこぞの賓館とは、大違いです。それはそれとして。

さぁ、これからカメラを持って、街をブラついてくることにします。

あ、あともうひとつ、感動的なこと。なんと、この車里賓館の309号室のトイレには
ちゃんと便座がついています! どうしたことでしょう。それにトイレットペーパーも、
なんと、タオルさえ用意されているではありませんか!!!

それから、ちゃんとおねえさん、タウンビュー?の部屋を用意してくれました。
大通りをはさんだホテルの目の前は、なんと名門・西双版納(シーサンパンナ)州幼稚園です!

ぼくがもし、大企業とかに就職して、景洪の街に赴任することがあったら、子どもを
この幼稚園に入れればいいのですね!? まぁ、それはそのときに考えるとして。

これから、街に出てきます。お金をおろすのと、インターネットカフェを探すのと、
あとはメシですね。メシ! あの、お惣菜がズラリと並んで、好きなのを選んでね
状態のお店が多いのですが、肉とか、なんだか分からないものが並んでいるので、
非常に怖いです。まぁ、あんまり深く考えずに、おいしければとりあえずOKという
ような、アバウトさが、いまの私には、求められているのかもしれませんね。(笑)

あ、大事な情報をひとつ。
バスを降りた、版納バスステーション、昆明に行くのは遠回りだし、気も進まないので、どうしても
箇旧行きのバス、ないかなぁ、と探していたのですが、なんと、河口行きのバスがあることが判明
いたしました!(ぱちぱち)

これで、1~2日、日程を節約できます。ということは、この景洪に3日くらいは、
いられるということでしょうか。

必ず押さえなければならないのは、23日、次の日曜日ですね、その日の朝、バックハーの
朝市にいたいんですね。なので、土曜日にはバックハーに泊まるということで、木曜日あたりには
サパに行っていたい。とすると、水曜日か木曜日には、河口に着いていないといけない計算に
なりますね。河口行きのバスは1日1本。朝7時発です。河口まではきっと、昆明と同様、
20時間前後を要するでしょうから、次の日の朝着くということですね。

ということは、総合して考えると、木曜日の朝に河口に着いているためには、水曜の朝、
景洪を出る必要がある。水曜日の朝だと、火曜日の朝に出発。

うーん、要するにこの街に火曜の朝までいられるか、水曜の朝か、という問題ですね。
サパにも2日くらいはいたいしなぁ。

いいや。いまのところ、水曜の朝にここを発って、木曜の朝に河口に着くバスに乗るとする。
そのまま国境を越えて、木曜日の午後にはサパ入りする。土曜日の午後あたりに、バックハーに
移り、そのまま日曜日の朝市を撮影して、ラオカイへ向かい、ハノイには24日中に到着する。

これで完璧でしょ。河口で一日過ごすよりも、景洪に長くいたほうがいいような気がする。
もしうまくいかなかったら、サパでの滞在を減らせば、なんとか対応できるでしょう。

う~ん、緻密だ。これを編集部でも実践していれば、K印刷のおねえさんをキリキリさせずに
すんだのに……。

まぁ、それはいいや。どうしましょ。街へ出ますかね。


街歩きから、戻ってきました。
縦横の街路がわかりやすく、歩きやすい街ですね。

そうだ。忘れないうちに書いておこうと思うのですが、おととい?いた、ルアンナムタの街、
あの街、街の規模に対して、通りが妙に広い。バスステーションとか市場とか、電話局とかも
ポツンポツンと、離れて存在しており。へんに街が、がらんとしてる。クルマとかだったら
いいんでしょうが、歩きだと、なんかとても損した気分になる。もしかしたら、って、これは
僕の勘ですが、あのまちは、社会主義の計画経済にもとづいて、人工的に作られた街なのでは
ないか。そんなことを思いました。誰か、答えを知っていたら、教えてください。
ちょっと街を歩いただけでも、なんか変だな、という感じは、多くの人が持つと思う。

モンラーから景洪の街へのバスの旅も、なかなか過酷でした。マイクロバスに乗せられて、
身動きも取れずに、それでも、途中、ぐーぐー寝ましたけどね。4時間半くらいだったでしょうか。

あ、街歩きの話の続き、書きますね。いまちなみに午後7時10分です。
どうしても禁断症状が出なければ、今日はこのまま休みましょう。え、禁断症状って、
あ、もちろん、麦酒のですよ~。そうだ、中国語では、稗酒じゃなくて、口ヘンでした。
この字もUnicodeにしか、ないそうです。あ~あ。

なんの話でしたっけ。そうだ。僕は、旅に出てから、体重って、減ってるんでしょうか。
増えてるということは、ないと思うのですが、いいとこ現状維持ってとこでしょうかねぇ。
ビールってけっこうカロリー高いんでしたっけ。酒で命を長らえてるなんて、なんか、
伝説の棋士、みたいですね。よくわかんないけど。(笑)

そうだ。そういえば、インターネットカフェも、見つけましたよ。
宿のおねえさんに聞いたら、インターネットっていう言葉、ピンとこなかったみたい。
仕方がないから、自分で探すことにして。

地図を見ていたら、街の西のほうに、大学など、学校が集中している地域を発見したんですね。
きっと学生が多い場所にはインターネットカフェもあるに違いない、そう見当をつけて、そちらの
ほうへ向かいました。電器屋さんが何軒か並んでいて、をぉ、いい感じだ~、と思って、
角の電器屋のお兄さんに、聞いたんですね。インターネットカフェ知らないですか?って。
キーボードを叩く真似をして。そしたら、しばらく分かんなかったみたいだけど、をぉ!
インターネット! それなら、このビルの2階にあるよ、入り口は、ほら、こっちだよ、
というではあ~りませんか。暗い階段を上っていくと、パソコンがズラズラズラッと並び
そこはインターネットカフェというより、ゲームセンターでした。すごいうるさいし。
おれ悪いけど、ゲーム好きじゃないんだ。こういう残酷なシューティングゲームとか年端も
いかない子どもにやらせるから、アメリカとかで、銃の乱射事件があとを絶たないんじゃん。
ま、それはそれとして。

そのお店は進んでいて、プリペイドカード方式を採用しており。各PCに、カードを差し込む
スロットがついてて、そこにカードを差すと、ロックが解除され、カウントがスタートするという
しくみ。まぁ、PCが何十台もあるような店じゃあ、一人一人の客の管理なんか、とても覚束ない
ですもんね。なるほど、合理的。日本語使える?って聞いて、使えるよ、って店のにいちゃんが
いうから、So-netのトップページを開いてみたら、う~ん、全部中国語。So-netって
中国語が上手だったのね。WebMailを表示したものの、送信者もタイトルも全部全部中国語。
IEの設定を日語(日本語)に変えてもダメで、ダメじゃん、これ~、って苦情をいうと、
どこからか少年が連れてこられ、僕はたぶんたったいままで彼の少年がゲームに熱中していた
マシンをあてがわれることになった。

それでようやく日本語でメールが読めるようになったわけだけど、この店じゃあ、自分のPCを
持ち込むことは、とてもじゃないけど、できそうにないなぁ。プリペイドカードだし。
それに、メールの返事を書こうと思ったら、IMEが入ってなくて。マイクロソフトから、
Global IMEを落とそうと思って、途中までダウンロードしたんだけど、ダウンロード
そんなに速くないし、マシンが変わるたびに、この作業を繰り返すのか、と思って、アホらしく
なって、やめた。皆様には申し訳ないけど、この街から日本語のメールの返事を書くのは、
ちょっと無理みたい。

なので、Joiの更新も3日ばかり、止まります。ごめんなさい。

大親友のMへのメールの返事は、書いたよ。一部コピペで。(笑)
だって、彼女、英語苦手なんだもん。


今日のところは、そんな感じかな。
明日は早起きして、街中の市場へ、出かけていこうと思います。

それでは、おやすみなさい。(早すぎるっつーの)


そうだ。さっき、メコン川の上流、●●●川を、見てきましたよ。景洪の街に入るときにも
●●●川にかかる版納大橋、通りましたけど。

なんかちっぽけな川でね。あ、いえ、ふつうに、江戸川や荒川くらいは、あるんですよ。
でも、あの、海みたいなメコンの下流を知ってる者としては、ああ、これが、ねぇ、みたいな。

このまま下っていくと、カンボジアの南端までは、少なくとも、行けるんですよね。
なんか不思議。


いま、午後10時47分です。明日、朝イチで市場の取材に行くとしたら、そろそろ寝ていても
いい時間ですが……。(笑)

なんだか寝つかれずに、書いております。

ひどく大袈裟にいうと、はじめて中国文明にじかに接した、その興奮さめやらぬ、といった
ところでしょうか。

いまさっき、宿のとなりにある、おばちゃんと娘のふたりでやってる定食屋?で
水餃子を食べてきました。ビールある?って聞いたら分かんないふうだったので、
となりの雑貨屋から、また缶ビールを3.5元で買ってきて、勝手に飲んでました。
水餃子は、餃子がたっぷり入って、3元でした。安いなぁ。中国元が切り上げられる前に
中国にやってきて、ホントによかった。(笑)


僕のけっこう前からの口癖ですが、中国とケンカして、勝てるわけがない。
多くを語る必要はありませんが、誰かと論議しようとか、そういうつもりも、さらさら
ありません。まぁ、ふつうに考えて、多数決の論理からいったって、10倍くらい、
叶わないわけで。悔しかったら日本人、人口10倍に増やしてみろ、っつーの。
そのバイタリティも、ないでしょ。(笑)

何が言いたいかっていうと、どっちが上とか下とか、どっちが勝つとか負けるとか、
そんなことをいってる時代は、とおの昔に過ぎ去ったのであり。団結ですよ、団結!
いろいろ違和感とか考え方の違いとか、風習とか、気にしだしたら、キリがないでしょう。

未知のモノを、いたずらに怖れる、それはまさに、相手を知らないから、どう接していいのか
わからない、あるときは不必要に怖れ、あるときは意味もなく蔑み、そうして無為な争いを
始めていたのが、過去の歴史でしょう。

団結ですよ。団結! いがみ合う必要なんか、ひとつもないんです。
領土の取り合いなんて、もう意味ないよ。

この旅を始めてから、ずっと思っていることがあります。
もう国境なんて、いらないんじゃないか、って。まぁ、いまや、あっても
便宜的なモノに、過ぎなくなっている、と。●●郡とか、字××とか、しょせん
その程度のモノなのではないかいな、という……。

その傍証のひとつが、インターネットの世界的な普及です。
言葉の壁というのは、もちろん残っていくでしょうけど、でも、彼の世界では、
情報が、ビットが、国境をまったく無意味なモノに、変えてしまっています。

ソ連だかアメリカだかの宇宙飛行士が、宇宙から地球を見つめて、こう感想をもらしたそうですね。

地球はこのうえもなく美しかった。どんなに目をこらしてみても、国境線はどこにも見えなかった。

ジョン・レノンは、いいました。人種や宗教なんて、この世にないと思ってごらん。
君がそうしたいと思ったら、じつは簡単なことさ。


僕が旅を始めたのも、同じ理由からです。

まずは、自分の心の中にある壁を取っ払って、相手のなかに、飛び込んでいくこと。
ちいさな差異を、ことさらにあげつらうのではなく、相手との共通点をひとつでも多く
見つけていくこと。共感すること。いっしょに笑うこと。

ずっと前に、高校の生物の授業で、先生がこんなことをおっしゃったのを
覚えています。AとBが異なる、というのをみつけるのは、脳のなかでも古い皮質。
AとBの共通点を見つけ出すのは、比較的新しい皮質なんだよ、って。

そう。人間の進化というのは、端的に言うと、小さな差異を乗り越えて、人類として
団結することではないでしょうか。

何を書いてるんだか。とお思いかも知れません。実際、僕もそう思っています。
でも、なんつーか、外国に旅行に出るたびに、日本はこのままじゃあダメだよな、
といつもいつもいつも、思います。あの国には、相当の荒療治が要る。

まぁ、世界はひとつとガッチャマンも言っていたことですから、そういう意味では
日本がダメになっても、べつに誰も困らないということで、全然OKということに
今日のところは、しておきましょう。僕も日本出身ということではあるものの、
母国、故国に、必要以上に肩入れするつもりは、さらさらありません。なんつっても
コスモ石油ですから。焼き畑はやめましょう。違う、違う。コスモポリタンですから。
マガジンハウスですから。違う、違う。文藝春秋。←ホントはどこでしたっけ?(笑)


街のあちこちに、占いのおじさんやおばさんがいるんだけど、本場の占い師に
見てもらいたいんだけど、たぶん、結果を聞いても、まるで分かんないと思うんだ。
中国語だから。(涙) いや、でも、さっき、筆談でもいいから見てほしい、と思った。

まぁ、それはそれとして。

そろそろ寝ますか? 明日、市場に行くの、いやになってるでしょ。行かないつもり??

あはは。この人には、かなわないな。


そうだ。大事な話。明日は、10Dといっしょに持ってきたパナソニックのFZ10を
集中的に使ってみるつもり。お仕事がらみで。(笑) なんか、それはそれで、楽しみ
なのだ。12倍ズーム、どのくらい使いモノになるのか。高速で移動するモータースポーツ
とかは絶対に無理だろうけど、ふつうに歩いてる人とか、恥ずかしがって店先であっち向いたり
こっち向いたりしてる女の子とか(笑)、そういう僕の求める被写体に、どのくらいフィットするか
それを見きわめたいと思う。なんつっても軽いのがいいね。あと、35mm始まりだっけ?
420÷12だから、そうだよね。35mm。僕のいちばん好きな画角で、どれだけサクサク
写真が撮れるか。EVF(液晶ビューファインダー)は、どれだけイライラしないか。
中央1点のみのAFは、どれだけ使いものになるか。そのあたりを、キビシーく、チェックしたいと
思っております。写真は、なんだろ。かわいい女の子の写真かな。35mm側の、気をつけポートレートが
1点、もう1点は、スナップポートレートかな。あ、明日、万が一起きれれば、市場の写真も、いいかもね。
キュートな女の子が、鶏の首を絞めてるとことか。ダメかな?(x x)☆\バキッ


景洪の雑貨屋さんの女の子


 

2003年11月17日(月)

11月17日(月) 景洪(中国)

景洪、2日目の夜です。

今日も一日中、写真を撮ってました。
予告どおり、早起きはできず、9時すぎから写真を撮りに出かけ。こちらも予告どおり、
FZ10を午前中はメインに使いました。絵を10Dと比べると、そりゃあ、あれですけど
でも、使いやすい、いいカメラじゃないでしょうか。12倍ズームがついて、あの軽さですから
ホントに気軽にスナップできて、手に入る写真は、想像以上のクオリティといって、いいと
思います。

午後は、バスのチケットを買うのと、インターネットカフェでメールをチェックするのと、あと
こんどは70-200を10Dにつけて、街に出ました。自転車とかでこっちに向かってくる人に
ギリギリまでピントを合わせ続けるのは、事実上不可能ですね。ちょっと期待が大きすぎました。
でも、今日、なんとなく、光を読むということが、すこしだけ分かったような気がしました。

インターネットカフェでは、自分のマシンを使おうと持って行ったのですが、意地悪なおねえさんに
絶対ダメ、といわれてしまい。仕方がないので、33番のマシンに日本語IMEをDWして入れて、
それで日本語のメールを書きました。1通だけですけど。

やっぱり自分のマシンをインターネットにつなげないと、Joiもアップできないし、会社のメールも
読めないし、なかなかストレスが溜まります。有休消化中の身でありながら、やはり、編集部の動向と
いうのは、気になるものでして……。まぁ、それはそれとして。Joiがアップできないのは、勘弁して
ほしいですね。っつーか、次はいつ、Joiのアップ、できるのでしょう。

あ、先ほどちらっと書きましたが、明朝のバスで、開遠という街に、向かうことにしました。
ホントは河口行きに乗りたかったのですが、チケット売り場のおねえさんが、開遠までしか
行かないから、河口へは、開遠で乗り換えてね。っていうんです。乗客が少ないんでしょうね。きっと。

それはそれとして、開遠まで、なんと20時間とか、かかるとな。地獄のような時間です。
ひたすら、眠り続けるしかないという……。荷物のことを気にしながら。あと、トイレに行きたいときに
行けないのも地獄なので、水分は極力取らないようにしましょう。あ、水分だけじゃないですね。


いま、今日の分の撮影画像を、Windowsのスライドショーで見てみました。
使えるカット、何点かありますね。うれしい。(^^)v

向こうからこっちへ向かってくる人にカメラを(レンズを)向けると、どうしても表情が
固くなりますね。でも、カメラを外して、笑顔で会釈すると、だいたいの場合、笑顔が返ってくる。
ということは、カメラを向けている間、少し早めに一旦カメラを外して、笑顔を向けて、それから
あわてて、カメラを構え直して、続きのカットを撮ればいい、ということになりますね。
この一連の動作、遅滞なく行うのは、なかなかの至難の業だと思いますが、これをできるように
なれば、笑顔の撮れる確率が飛躍的にアップするのは、間違いないと思われ。

いまふと、ずっと前の相撲の写真を撮ってた頃のことを、思い出した。相撲の土俵際、
いわゆる“砂かぶり”の標準レンズは、僕が現役の頃は、35-70mm F2.8でした。
少なくとも、M新聞福岡総局は、そうでしたよ。

このレンズ、ズームが直進式なんですよね。手前に引っ張ると(レンズの全長を短くすると)望遠、
向こうへ押し出すと広角、という操作だったんですね。ちょっと人間工学的には変でしょ?(笑)
でも、一所懸命に、練習しましたよ。幕下の力士の取り組みで。

ニコンのレンズはカメラ側から見て、左に回すと近距離、右に回すと無限遠方向という
ピントリングの作りなので、力士がこちらへ迫ってきたときは、左手を左方向に回しながら、
レンズを先に突き出す、という一連の動きをマスターすればだいたいピントは合いますね。
ストロボをバシャバシャ焚くし。

そんでもって、どういうわけか、僕が土俵際に座ると、その日の注目の勝負は、
たいていこちら側で決まる、という定説ができまして、ある先輩から、土俵際の魔術師、
なんて称号も頂戴したりしました。

あれ? なんの話でしたっけ。昔の自慢話なんか聞かされても、何も楽しく
ないですよね。(笑) すみません。

そうそう。70-200の使いこなしですね。ファインダーを覗いてるときと、カメラから顔を
離すときと。そのコンビネーションが重要ですね。次の街で、練習してみましょう。

なんだか、中国、もっと長くいたくなってきました。とはいっても、23日のバックハー、
24日のハノイは、どうしても外せないので、次の機会に、ということで。

っつーか、3月くらいに、ホンコンから中国入りしようかなぁ、と思っております。
南寧とか広州とか、それから昆明とか。今回行けなかった華南の地域に、足を運んで
みたいと、思っておりますことよ。きっとそのころは、また、マイレージがたまって
いることでしょう。

あとなんだっけ。いま8時18分です。寝るには、すこし、早いかな。
あ、でも、明日は6時起きなので、10時には寝ましょう。

う~ん、健康的な生活っ。願わくば、このような生活を、日本でも。
朝、仕事をするっていうのは、理想的かもしれないね。2階の空いてる部屋を
わたしの書斎にするっていうのはどうだ? 年明けにCATVインターネットを
導入して、LANケーブルを2階まで這わせれば、あとはOK。要らない荷物を
山ほど捨てる必要があるか。

あの部屋は、私が少年時代を過ごした部屋なのだ。設計では6畳間のはずだったのだが、
わが父上の設計ミスで、階段のでっぱりがかなり大きく。たぶん4畳半くらいしか、
ないと思われ。それはそれとして。ああ、インターネットしたい。LANケーブルを、
ThinkPad背面のポートに突き刺したい。。

なんの話でしたっけ。これ以上だらだら書いてても、キリがないので、
明日の出発に備えて、荷物をまとめて、そろそろ寝ましょうかね。

おやすみなさ~い!


景洪の母子

 

2003年11月18日(火)

11月18日(火) 景洪(中国)

朝の7時半の、河口行きのバスに乗りました。朝から寝台バスです。
僕はぶじに、ベトナム国境の河口に着けるのでしょうか。

着けるとしたら、それはいつのことでしょうか?(続きは次号。笑)


 

2003年11月19日(水)

11月19日(水) 河口(中国)

河口の街にいます。明日はいよいよベトナム。サパまで行ければ御の字かな、と。

さっき、宿のそばの食堂で、メシを食ってきました。豚肉とピーマンの炒め物、ピータン、
それと、ビール2本。

僕は旅先で食堂に入ると、外の人の動きが見たいので、かならず外が見える席に座るんですね。
その食堂では、奥のほうの席に案内され。外のほうへ向かって座ったら、ひとつ入り口寄りのテーブルに、
こっち向きに座ってるカップルがいて。男のほうは、どうも冴えず。30代後半。ダサイ眼鏡をかけ
服装も髪型もダサダサです。とにかく全体の印象が、いかにもうだつの上がらない風体で。
一方、女のほうは、なかなかいけてます。藍のワンピースに麦わら帽子なんてかぶって、
僕の言葉でいうと、自分が可愛いっていうことを百も承知でいるような、そんなタイプです。
そうですね、日本の芸能人でいうと、ユウキナエをすこしポッチャリさせて、さとう珠緒を
ふりかけたような感じでしょうか。黒目がちな瞳が、男を惑わせます。(迷わせる、ではなく)

どうしてこの二人がくっついてるんだろう? 僕の食事時の最大の関心事は、そこでした。
いろいろ考えました。きっと彼はパパがお金持ちで、彼も「青年実業家」なんだ。お金を
うなるほど持ってる。あるいは、パパが党幹部で、彼も若いのに党の要職にいる、とか。
まぁ、何かしらの理由で、彼女が彼とくっつくだけの、何かが、あるのでしょう。それを
一旅行者のわたしが、あーだこーだ詮索しても始まりません。だいいち、
ビールが不味くなるだけです。

あ、ちなみに、ここで飲んだビールのブランドは「雪花ビール」でした。
本社は北京にあって、工場が四川の●陽市とかにある、と。

中国のビールって、みんな同じ味に感じるのですが、日本人からすると、いまひとつ、
じゃあないですか? わかりませんが。まぁ、なにしろ、うんと安いので、あまり文句は
いえませんが。

あ、そうそう。先ほどのカップルが、店を出て行ったんですね。

そしたら、お店のおねえさんたちが、テーブルを片づけながら、さっそくウワサ話に
花を咲かせています。やはりそうでした。彼女と彼は、正式なカップルではない。まぁ、
平たくいうと、パートタイムラバーっていうやつでしょうか。

ふたりは食堂の向かいの立派なホテルに、夕方から姿を消しました。

まぁ、でも、それこそ、一旅行者のわたしなんぞが、とやかくいうことじゃあ、
ないですね。おたがい大人なんですから。

じゃあ書くなって。はい、そのとおりです。
すみません、ちょっとうらやましかったんです。(笑)


それはそうと。

昨日の朝7時半のバスで、景洪を出発したところまでは、お話ししましたね。
いきなり寝台バスですよ。縦3列、2段の寝台が、バスのなかにあって、朝の7時半から
いきなり横になることを強いられるんです。ほんの1時間前まで寝てたのに、ですよ! 奥さん。

それはそれとして。長くなるので端折りますが、箇旧の街に着いたのが、翌朝の9時半くらいです。
翌朝の、9時半ですよ! 奥さん。←しつこい


僕の乗ったバス、河口行きと銘打たれていましたが、前日チケットを購入した、チケット売り場の
おねえさんによると、河口までは行かず、ずっと手前の開遠までだろう、っていうんですね。それでチケットも
開遠までにしてもらったわけで。箇旧の街にバスが着くと、開遠、という単語を口にしながら(たぶん)、
大勢の人が降りて行くんですね。それで、僕も慌てて荷物をまとめてバスを降り、開遠行きは?っておじさんに
聞いたら、あぁ、開遠なら、いまそっちから出るところだよ、っていうわけで、慌てて、そのバスに乗り込み。

あとからよく考えたら、僕が景洪から乗ってきたバス、あのまま乗っていれば河口まで行ったのでは
ないか? そんな気もしてきます。ほかに行くところ、ないですしね。

でも、開遠までのチケットを売ってもらった。箇旧の街で、開遠行きに、バスを乗り換えた。
それらのことに、積極的な意味を、見いだしたいと、前向きな私は、切に思うわけであります。(大拍手)

それはそれとして。開遠の街に着いたのが10時10分頃。そこで慌てて河口行きのバスを
さがしたら、10時半に出るという。チケット売り場のおばさんに、ガイドブックの河口のページを
見せて、切符を発行してもらって、駐車場に停まってた河口行きのバスに、荷物を押し退けながら
乗り込んで、やっとのことで座席を確保したのでした。

開遠から河口までは4~5時間、とガイドブックには書いてありましたが、ばっちり6時間はかかり
ましたね。

っつーことで、景洪を出てから、ここ河口の街に着くまで、2回の乗り継ぎを経て、
通算33時間くらい、バスに揺られていたということになります。僕は、まぁ、バスは
好きなほうですけど、これだけずっと乗ってると、さすがに、もう二度とバスには乗りたく
なくなりますね。

いやぁ、でも、中国はでかい! 日本だったら、ものすごい名勝、観光地になりそうな
山とか湖とかが、いたるところに、ゴロゴロしてる。なんつーか、スケールが違いすぎる。
雲南の端っこをちょこっと移動しただけで、1日半もかかるんですよ。
ほんと、とてつもないデカさです。そのことを実感できただけでも、来た甲斐が
あったというものでしょう。


それはそれとして。

河口の街ですよ。紅河の向こう岸は、まがうことなき、ベトナム!ですよ。

ここまでの道のり、遠かった。成田を出てから、10日ほどが経っていると思うのですが……。
うー。

つかれた。

今日は写真を撮るのもほどほどにして、さっさと寝ます。いまは夜の7時過ぎ。
なんか文句ある? ないよね!

明日は早起きして、ベトナム入り、そしてサパ入りを目指します。
ラオカイからサパまで、どのくらいかかるんだっけ? え゛??? またバスに乗るの……。う~。

(ガイドブックを見る)
え、2時間? 楽勝じゃん! 雲南のバス旅行を極めた私にとってみたら、
津田沼駅から二宮神社行きに乗るようなものですね。←地元の人間しか分からない(笑)


夜の9時になりました。
ホテルの部屋にいます。

さっきから、3回くらい、楽しそうなおねえさんからの電話がかかってきましたが、
残念ながら中国語がまったくわからないので、対処のしようがありません。

まぁ、いいや。明日は明日の風が吹く。意味違うか。(爆)

えっと、明日からの週末の予定を、発表いたします!
明日はベトナム時間で朝の7時に国境がオープンします。中国時間だと8時です。
ベトナム時間の7時に国境を越えて、そのままバスに乗ってサパに行きます。明日は
サパの街をウロウロして写真を撮ります。明後日(21日、金曜日)は、日帰りトレッキングで
サパ近郊の少数民族の村に遊びに行きます。夜はホテルの舞踊ショーの取材。
ホテルの部屋からインターネットに繋げれば、Joiのたまった分をアップします。

土曜日は、朝起きて、バックハーへ向かいます。できれば、1泊ツアーという形で
行きたいと思います。帰りのハノイまでの列車までセットになってれば、いうことない。
土曜日はそのままバックハーに泊まり、日曜は早起きして、花モン族が集まるというサンデー
マーケットを撮影。この日は気合いを入れて、カメラ2台で撮影に望みましょうね。(^^)v
ひさびさに、D60に活躍の場を与えてあげられそうで、すごくうれしいです。

日曜日の夕方にはラオカイに戻り、夜行列車でハノイへ向かいます。ハノイへは月曜日の
午前中に着くのかな。そのまま、宿を確保し、在住の友人に会いに行きます。

そんな感じ。完璧でしょ。(はぁと)

あぁ、それにしても、さっきの楽しそうなおねえさんからの電話、なんだったんだろう?
1万人にひとり、映画のタダ券が当たりました!とか、英語の教材が、超格安で購入できます!
とか、そういうヤツなのかしら。(笑)

まぁ、いいや。明日は明日の風が吹く。←こればっか。


そういえば、書こうと思って書いていなかったこと。

僕の写真の師匠は、牛腸茂雄さんと、あとひとり、福岡の、●●●●さん。名前失念。ごめんなさい。
耳が聞こえなくて、写真館を嫁さんに任せっきりで、博多の街を、ライカみたいなカメラで、
スナップして回ってた……。すぐ電柱とかに登って、街をバチバチ撮ってた……。

このふたりです。

もちろん、影響を受けた写真家の方は、ほかにもたくさんいらっしゃいます。
でも、強いて挙げるとすれば、このふたりに、なるんじゃないかと思います。

なんつーか、時代を超えてつねに新鮮であり続ける写真。
そこに人間が写ってる写真。彼らの撮る写真は
そういう写真じゃないかと思います。

そうして、僕の撮りたい写真も、そういう写真です。
うんと遠くから、生態を模写したりするんではなくて、言葉が交わせるくらいの距離で
頭に来たら殴られるかもしれない、ツバを吐きかけられるかもしれない、そういう、いわば
切るか切られるか、みたいな近さで、相手に半歩近づいて撮る写真。あ、この半歩近づく、
半歩前に出る、というのは小沢忠恭先生からのパクリですね。すみません。m(_._)m

でも、そう。

明日、明後日、明々後日、その次の日。毎日、毎日、そういう写真だけを撮っていけたら、
この旅はきっと成功ということになるんだと思います。

そういう意味では、70-200mmは、ぼくにはちょっとだけ、長すぎました。
前から書いているように、50-120mm F2.8Lみたいなスペックのレンズ、
キヤノンさん、出してくれないかな。うーん、できれば、10万円以下で。なるべく軽めで。
無理かにゃあ。(笑)

さすが、中国だけあって、部屋に備え付けの茶が、うまいです。
撮影ロケで行った、ダブリンのことを思い出しました。あそこでも、何の気なしに
ホテルの部屋に置いてある紅茶が、バカうまで。なんじゃこりゃあ?と思いました。
不思議ですね。べつに、アイルランドでお茶葉が採れるわけじゃあ、ないのにね。

アイルランドも、いつか再び訪れたい国ですね。
あの、のんびりさ加減が、僕にピッタリで。

そういえば、よく考えてみると、首都がのんびりしてる国って、わたし好みかも。
ラオスのビエンチャンしかり、ベトナムのハノイしかり、アイルランドのダブリンしかり。

東京は、大都市すぎてダメだわ。よく考えてみたら。(笑)
でも、地球上の国で、そういう国のほうが、数からしたら少ないのかもしれない。
もっと世界中、出かけていく必要があるようですね。(笑)

明日はいよいよ、ベトナムです。

すんごい久しぶり。えっと、50日ぶりくらいでしょうか。(笑)


テレビを見てました。中央電視台、でしたっけ。CCTV。
日本のNHKみたいなモンなんですよね。そこが死ぬほどチャンネルを持ってる。
たとえていえば、NHKが、フジテレビやテレビ朝日を、自局内にかかえてる、ような
もんでしょうか。違ってたらごめんなさい。

なんか、中国のテレビって、もっと真面目くさいのかと思った。ちゃんとイケてるんですね。
サバけてるというか、かっこいい。ふつうに。そのことに、驚いた。

なんだか、中国って、イメージしてたのよりも、ずっと普通の国かも。って、当たり前か。(笑)
人間が生きてるんだもんね。僕らと何ら、変わらない……。


河口で食べたピータン


 

2003年11月20日(木)

11月20日(木) サパ(ベトナム)

サパに辿り着きました。って、それほどの困難さは、伴っておりませんが。

予告どおり、起きたのが中国時間の7時(ベトナム時間の6時)。そこから支度をして、
宿を出たのが中国時間の7時45分。フロントでバタバタしてたら、もう国境が開く5分くらい
前になっており。

慌ててイミグレに走り、中国の出国カードに記入をし、窓口にパスポートを提出し、
何事もなく、国境を越えることができました。ベトナム側の入国も、特別なドラマもなく
淡々と。

ラオカイのバスターミナルでミニバスに乗り、いろいろあって、ラオカイから29km
離れた、山の中の避暑地、ここ、サパに到着しました。サパは、いいところです。もっと
日本人も、来るべきだと思うな。

どうしてこの地が、欧米人たちに観光地として紹介されることになったか。
その昔、フランス人の宣教師が、サパを訪れ、すごく気に入って、それでフランスの植民地時代に
避暑地として一世を風靡したそうです。なので、いまでも、サパには欧米人が山ほどウロウロしてる
という訳です。だって、景洪や河口では、欧米人なんか、全然見なかったもんな。まぁ、それは
それとして。

いままでご飯を食べてました。ホテルのレストランで。野菜チャーハンとチキン胡麻揚げ?、
それと、ひさびさにハリダのボトル(500ml)2本です。あ、あと、トマトスープ。
トマトスープがうまかった。っつーか、これって、自宅とかでもけっこう簡単にできるんとちゃう?

私、何を隠そう、料理好きよ。ふだんはほとんどまったく、やらないけど。
料理って、センスがすべてなんだよね。自分にセンスがあるかどうかは分かんないけど、
自分の食べる料理は、自分で作るのが、いちばん上手にできるよね。当たり前だけど。(笑)

なんの話だっけ。けど、こんな山の中に、一大避暑地があるって、なんかすごいよね。
当たり前かもしれないけど、電気も、電話も、あるんだよ。ぼくがいまいるロイヤルホテルの
106号室には、ないけど。(笑)

あ、でも、物価は高いね。メシ食って感じた。当たり前か、観光地だもんね。
たんまり残してきてしまった中国元で払えばよかった。(笑)

あとなんだろ。書くことないなぁ。

とりあえず、寝ろっていうことか? 違うだろ。サパでの限られた時間を有効に活用して、
近隣の少数民族の村を積極的に訪問し、傑作写真を一枚でも多く、モノにしてこい、ってことだろ!
それも違う気がするが。(笑)

まぁ、今日は早起きして疲れたので、ちょっと休憩。


サパの市場にて


 

2003年11月21日(金)

11月21日(金) サパ(ベトナム)

サパで迎える、最初の朝です。
12時過ぎに寝たのに、6時半に、目が覚めてしまいました。
旅先だと、やっぱり、カラダが睡眠時間を惜しむんですね。
だから何かをするっていうわけでは、ないのですが。(笑)

今日は9時にホテルのフロント集合で、サパ近隣の村へトレッキングに
行ってきます。帰ってくるのは、4時くらいになるとか。
機材は、10D+24mm、D60+50mm、あと、予備として24-85を
持って行こうと思います。70-200は、今日はおやすみ。なんつったって、
歩くからね。あと、FZ10をどうしようかと、思案中。持って行くと、つい、
使ってしまうのだけれども。それでいいのか、という問題も、若干ないことも
ないような気もしないこともない。(笑)

まぁ、考え出すと、キリがないですね。とりあえず、カバンに入れておきましょうか。

夜は近所のホテルでやってる、少数民族の方々のダンスショーに行こうと思います。
って、昨日書きましたね。(笑)

そのあいまに、昨日3回も通ったインターネットカフェに行って、またJoiのアップと
メールのチェックを、してこようかと。やっぱり小さくて軽いLOOX(S80C/W)、いいですよ。
むちゃくちゃ。僕のずっと使ってるカバン、レンズ付きの一眼レフとThinkPadを
両方入れておくには、ほんのすこし、小さすぎると思われ。それがLOOXだと、ばっちり
OKなんですよね。って、ここでLOOXの宣伝をしても始まりませんので、これくらいに
して。

あ、ただLOOXの欠点は、USBが1.1なこと。これでは大量に撮影をしたあとの
吸い出しに、えらい時間が掛かっちゃいます。それになんと、LOOXのUSBポート、
ポータブルHDDの稼働に必要な電圧を満たしてないようで、バスパワーで使えないんですよ。
なので、今回はLOOXにHDDはつないでません。

ACアダプタがあれば動くんですが、これがまた、100Vのみの
対応なんですねぇ。残念ながら。(笑)

なので、次回どこかに行くときは、220V→100Vの変圧器を探して、買っておこうと思って
います。超小型で、性能のいいヤツ、売ってますかねぇ。まぁ、ものを探すのはキライでは
ないので、のんびり見つけようと思っていますが。


サパでのこのあとの予定なのですが、土曜日は一日、サパの街の取材をしようと思っています。
マーケットや街歩き、ですね。

日曜日は日帰りでバックハーに行き、バックハーの近くの村にも寄って、夕方ごろサパに戻り、
そんで、月曜日の夜行でハノイへ向かおうと思っていましたが、朝の10時の列車にすることに
しました。列車のなかでも、写真、撮れるでしょうし。19時にはハノイに着くので、それから
宿を探しても、その日の夜は有効に使えそうですしね。

あとなんだろ。そんなところかな。

まだ7時9分。起床予定時刻まで1時間もあるよ。うー、何しよう。また寝るか。(笑)

それはいけない。ベトナム北部の少数民族の暮らしについて、思いをはせるか。って、それは
現地に足を運んでからで、いいんじゃないの?(笑) たしかに。

あ、そうだ。なんか、旅先だと、ずいぶんといろんな夢を見るんだよね。
ホームシックなのかな。今日も、会社の人たちとか、高校の部活の人たちとかが、
どっさり登場する、一大スペクタクル絵巻(意味かぶってる?)が展開され。時間に
したら、きっと、ほんの短い時間なんだろうけど……。

あとなんだろ。書くことないなぁ。

あ、そうだ。昨日、街を歩いてた、ふつうのカッコをした(民族衣装を着てない)女の子に
写真を撮らせてくれる?って英語で聞いたら、え、わたし? いいですよ、って快く応じてくれて。
すんごい可愛い娘。刺繍の入った白い帽子が、すごく似合ってて。いくつなの?って聞いたら、
12歳だって。あらら、ずいぶんと大人びた娘なのね。写真を撮らせてもらったあとで、
See you!っていって、別れたんだけど、sapaにいる間に、また会えるといいな。

写真は、あとでアップできると思います。

いやぁ、でも、緊張した。ああいうときって、ほんとズームって、使いたくないよね。
画角を決めないといけないでしょ。それが、ものすごく、ストレスになるんだよね。

言ってる意味、伝わりますか? ズームってほら、端から端まで、焦点距離の選択範囲が
無数にあるじゃないですか。それの、どこを選ぶべきか、って、瞬時に決めるのは実は、
とてもとても難しいことで。とくに、ポートレートとかは。

ひとつの場所から、さまざまに構図を切り取るような、風景写真なんかには
便利なんだろうけどね。あと、場所が動けない、運動会みたいなシーンとか。


そういう反省もあって、今日のレンズは24mmくんと、50mmくん。いちおう、念のため、
24-85も持って行きますけど、まぁ、まず登場の機会はないでしょうね。

新聞社時代のことをいうと、取材のときは、ボディは必ず2台携えていたんですね。
まぁ、時間に余裕がないことが多かったし、短い時間でいろんなバリエーションを押さえないと
いけない、ということで。着けてたレンズは、だいたい24-50mmと80-200mm。
ほとんど、90%以上が、この2本のレンズの組み合わせだったんじゃないかな。それが、ほら、
フリーカメラマン(笑)になると、24mm(38mm相当?)と、50mm(80mm相当)の
単焦点2本で取材ができちゃうんだから、すごいよねぇ~。(笑)

それくらいですかね。朝イチから、こんなにだらだら日記を認めて、どうするつもりでしょうか。

窓の外では、少数民族の子どもたちが、ホテル前の広場で遊んでます。彼ら、彼女たち、
朝が早いなぁ。そっか、学校とかって、行ってないのかぁ。学校に行かせてあげたいですね。
って、金持ちの国から来た一旅行者が気軽に感想を述べても、どうなるもんでも、ないですが。

そういえば、先月あたりのベトナムスケッチに、少数民族の子どもたちを学校に行かせる運動を
してる団体のおねえさんが、インタビューで出てましたね。すばらしいことですね。

先ほど、少数民族の村の、日帰りトレッキングから、帰ってきました。
気合いを入れて、写真を撮りましたが、結果は思わしくありませんでした。
やはり、集団行動であるということで、自分のペースを掴めなかったのと、あとは、
アップダウンの多い山道を歩きながらの撮影だったので、体力的にキツかったというのも
あります。完全なる言い訳ですが。(笑)

あと、少数民族の子どもたち、トレッキングで訪れた観光客を見ると、デフォルトでお土産を
売りつけようとするんですね。それに、写真を撮ろうとすると、異口同音に、PhotoMoney!
と叫び。要するに、写真を撮るなら金をくれ!っていうヤツですね。それですっかり辟易しちゃって。

でも考えてみたら、当たり前ですよね。彼らだって、趣味で民族衣装を着て、観光客に見てもらうために
粗末な家に住んでいる訳ではない。生活をするために、必死なハズです。それは、日本人だろうと、
アメリカ人だろうと、フランス人だろうと、ベトナムの少数民族だろうと、変わるわけではない。
非常に当たり前の理屈ですね。この現代社会にあって、ベトナム北部の少数民族だけに、市場経済と
無関係な生活をしろというのは、どだい無理な話ですもんね。

トレッキングの一行は、フランス人の夫婦、ポーランド人とコリアンの若いカップル、ベトナム人の
ガイドさん、そして私の6人でした。二組のカップルが前を歩いていくのを見て、なんで俺ここに
独りで来てるんだろ、なんて、非常に寂しい気持ちになりました。ガイドのヴィエットくん(25)も、
結婚してないの? ガールフレンドは? などと、痛いところを突く質問をぶつけてきます。

まぁ、それはそれとして。

あ、でも、最後の最後、帰りのクルマを待つ、アズマ屋みたいなところで、少数民族の女の子、
いちばん可愛い娘を、上手に撮ることができました。1/25秒、F1.8。24mm F1.4L。
ほんのちょっとブレているのですが、でも、画面に彼女以外の人が入らず、どういう訳か、この一枚だけ
ピタッと決まりました。よかった。一日に、“使える”写真が一枚もないと、けっこう泣きそうに
なりますよね。あ、使える写真というのは、一定のクオリティを備えていて、どこかで発表しても
そんなに恥ずかしくない写真、という意味です。

夜のダンスショー、どうしようかな、と思っています。
いま、シャワーを浴びて、一息つきましたが、どうだろ、行けるかな。
なるべく軽装で行こうかな。それでも、レンズは24mm、50mm、70-200mm
くらいは、必要だろうなぁ。ボディも2台、必要だろうなぁ。いい席を取るためには、少し
早く行ったほうがいいだろうなぁ。何時からだっけ。たしか、7時半とか……。

いま5時半だから、インターネットカフェで30分くらい過ごして、いったんホテルに戻って
準備をして、それで出かけましょうか。

明日は、少し早起きをして、市場の様子を取材。それから、カメラ1台で、街をぶらぶら
歩きましょう。一日まるまるサパに割けるのは、明日だけなので。

では、インターネットカフェに、行って参ります!

インターネットカフェから、帰ってきました。
お茶が出るわけではないので、正確には、ネット屋。

それはそれとして。既に書いたかもしれませんが、サパのネットカフェ(笑)の、
日本語利用可能率は、非常に低いです。雲南州の景洪に継ぐぐらい。(笑)

自分のPCを使わせてくれる馴染みの店はできたのですが、非常に遅く、そのうえ
回線が安定していない。回線が速くて安定してる店は、my PCをつなげさせて
くれるのですが、どういう訳か、インターネットに繋げない。外に出れない。たぶん、
インターネットへの接続を一手に引き受けてるサーバーが、クライアントを制限してるんだと
思います。でも、そこまで設定をいじってもらうのも、ねぇ。

なので、日本語IMEのインストール、しちゃいました。
えっと、サパの目抜き通りを下っていった真ん中らへん、右側の細長い店です。
日本語が使えるようにしてあるのは、ついたての奥の1台目。

あ、ここでは、お茶を出してくれました。ベトナミーズグリーンティ。すんごい
おいしかった。日本の玉露にも似て。お茶を出してくれたおにいさんも、
おいしいでしょ?って聞いてきたくらい。ホントに、びっくりするくらい、おいしい。

あとなんだろ。

そうそう、その店で、自分のパソコンをハブに繋いで、悪戦苦闘してるとき、
すごく不思議なことがあってね。

にいちゃんが、僕の目の前のDELLのデスクトップにCDを入れて、
音楽かけるね、みたいなことをいい。CDをちらっと見たら、Beatles、
って書いてあり。ふ~ん、って思って、見てたら、ソフトが立ち上がり、にいちゃん
いきなり8トラック目くらいに、再生を飛ばし。なんで最初から聞かないんだろ?
好きな曲でもあるのかな、と思ってたら、2曲目にかかったのが、小倉で小倉だ。
あ、違う。オブラディ、オブラダ。いやぁ、sapaで、この曲を聴けるとは
思わなかった。すごいうれしかった。

あ、そうそう、忘れないうちに書いておくけど、sapaって地名、なんかベトナム語
っぽくないでしょ? そう思いませんか? 僕はずっとそう思ってて、今日、トレッキングの
さいちゅう、歩いてるときに、ガイドのお兄さんに、聞いたのね。sapaって地名、
ベトナム語なの?って。そしたら、案の定、いやフランス人が付けた名前だよ。もともとは
別の地名が付いてたんだよ。ベトナムでいちばん高い山の名前、●●●●山、これもそうだよ。
って。ちょっと悲しそうに。

いや、でも、今日、外国の方々に囲まれていて、っつーか、日本人は1人も会ってないんだけど、
よく考えたら、英語ってずっと聴いてると、だんだん意味が分かってくるね。こういう音が、この
文字列(単語とか言い回しとか)に対応してるんだ、ってことがいっぺんわかれば、あとはその
音は、自分のなかで、言葉として意味をなしてくる。やっぱり語学というのは、よくいうように
習うより慣れろ、だよね。だから私、とにかく日本人の若者を、強制的に世界に出せ、っていってる
のであり。あと、これも前に書いたと思うけど、人間の子どもって、ものすごい潜在能力を持ってるから
同時に2つの言語を習得することなんて、実はたやすいことだと思われ。実際、そうやって暮らしてる
人たち、世界中に山ほどいるじゃん。まぁ、東北の人が、東北弁と標準語をバイリンガルできるみたいな
もんだ。関西人には無理だけどね。って、冗談はさておき。

子どもたちを、強制的に英語に慣れさせるためには、そういう環境を、人工的に作り出さないと
いけない。もちろん、両親が最大の環境な訳だから、夫婦が必ず英語で喋る、っていうふうにすれば
いいのかもしれないけど、それだと子どもが日本語を忘れてしまう。(笑)

なので、バランスとして、テレビとかをオール英語、みたいにすればいいんじゃないか。
この曜日は、NHKとフジテレビはすべて英語、とかね。この時間帯は、各局一斉に英語で
放送する、とかさ。それくらいの荒療治をやらないと、日本人、いつまでたっても、英語が
上手くならない気がする。まぁ、うちみたいな貧乏人じゃなく、お金持ちの家庭では、子どもの
ころから海外旅行とかに連れて行ってもらって、英語の重要性を子ども心に植え付けられるん
だろうから、俺がいまここで心配しても、しょうがないと思われ。(笑)

ま、でも、実家が金持ちか貧乏かってことと、海外に雄飛する才能を持った若者に成長するかどうかは
別だからね。これは、実家が医者だから、息子や娘が立派な医者になるかどうかは、別問題
なのと、かなり似てるかな。まぁ、いいや。

なんか、いっぱい書いてますね。
今日は結局、ダンスショー、行けませんでした。
インターネットで日本語を表示&入力させるので、精一杯。(笑)

やっぱり、ホテルの部屋に電話がないというのは、ちょっと致命的かも。
いや、完全バカンスを過ごす人にはちょうどいいんでしょうけど、退職記念1.5カ月
インドシナ旅行の最中でも、メールが気になってしょうがない人にとっては、やっぱり
部屋からのインターネット接続は、必至だと思われ。

いや、このホテルに来たときも、聞いたんだけどねぇ。部屋に電話ある?って。
そしたら、ある、っていうから、ここを選んだんだけど……。

まぁ、いいや。ハノイで、思う存分、ネットしよっと。電話代で、その先の旅費を
使い果たしちゃうくらいになると、楽しいかな。(笑)

いまのところ、月曜の夜からのハノイ、去年の9月に泊まった、ファンタイホテルに
しようかなぁ、と思ってる。そこそこ居心地よかったし、ロケーションも悪くないし、
ホアラックには、すこ~し遠いけど、あと、電話の市内通話が、安かった気がする。
こないだ泊まったユースホテルは、市内通話が1分20円とかだったんだよ。
ひどいでしょ。なので、ホテルのおにいさん、1Fのネットカフェ?を使え、って
盛んに勧めるんだけど、でも、自分のPCに比べたら、IMEも、タコだし、
キーボードも打ちにくいし、行きたいページも、ブックマークされてないし、
不満だらけ。うーまんだらけ、じゃないよ。って、分かる人にしか分からない
ギャグでまとめるのは、非常によくないですね。(笑)

かといって、これ以上ダラダラ書くのも、読者を失うことにつながりますので
そろそろ、今日のJoiの幕を閉じましょう。

では。おやすみなさい。
今日は歩いた。ホントに疲れた。

あ、そうそう。トレッキングの帰り、狭い山道をワゴン車で行くんだけど、
途中、崖を削っててね。たぶん、道を広げようっていうことだと思うんだけど。
削った岩を、止めてあるトラックに、作業してる人たちが、手で放り込んでるのね。
5~6人くらいかなぁ。ひとつひとつ手で放り投げてるから、すんごい時間が
かかるのよ。狭い道のうしろに、ワゴン車が来たからって、そのトラック、いったん
広いところまで移動して、道を譲ろうとか、そういうつもりはさらさらないらしく。
作業員の人たち、ひたすら、玉入れの要領で、白い、砕かれた岩を、トラックの荷台に
投げ込んでおり。

15分くらい待って、さすがにガマンできなくなったのか、僕らの乗ってるワゴン車の
運転手さんが、席を降りて、トラックのほうへ歩いていき。そしたら、クルマを降りて
いた、トラックの運転手さん、ここを通ればいいじゃん、って、1mくらいしか空いて
ない、トラックの横のスペースを、指さすのよ。もちろん、下は何十mもある、崖。

ワゴン車に乗ってた欧米人のおばちゃんたち、みんな、冗談じゃないわよ、ってな
リアクションで。そらそーだ、バイクならまだしも、こんなにでかいワゴン車が、
とても通れるような幅、ないし。

しばらくして、ワゴン車の運転手さん、トラックが動き出しそうなのを見計らって、
エンジンをかけたのね。そしたら、ワゴン車に乗ってたおばちゃんたち、きゃあ、
やめてよ、STOP! STOP!って。をぃをぃ、いくらベトナム人が冒険好きでも
(知らないけど)、あの幅をこのクルマでいくほど無茶はしないぞ。(笑)

なんか、楽しかった。

自分がどうしたいとか、好きとか、いいとか、やめてくれとか、つまりは意思表示というのかな、
そういうのが、みんな、ハッキリしてるよね。欧米人のおばちゃんたちも、ベトナムの人たちも、
もちろん、少数民族の子どもたちも。今日も、目抜き通りで、昨日も会った少数民族の女の子たちに
つかまって、コレ買ってよ攻撃を受けたのね。ひとりの子なんか、竹の棒を持ってて、それでわたしを
ひっぱたこうとしてるんだよ。ひどい話でしょ。

なんの話だっけ。そうそう、意思表示ね。意思表示。
ある意味、人間が生きるうえで、いちばん大切なことだよね。

僕は日本に暮らしていて、日本人の大多数は、この意思表示が、えらく下手なんじゃ
ないかな、と思っている。それは厳しく言えば、甘え、からきてるんだと思うんだよね。
いわなくても分かってくれる、とか、雰囲気で察してもらえるだろう、とか。まぁ、それが
あの小さな島国の、ほとんど、同じ民族の人間たちが集まって成り立ってる(といわれている)
国の、よさといえば、そういえないことも、ないんだろうけどね。

でも、これからは、それじゃあやっていけないと思うなぁ。
田中真紀子みたいなのも、ちょっと困りものだけど。
自分の主張をキチンと持てて、それを上手に相手に伝えることができて、もちろん、
まったく同じように相手の主張も聞いてあげて、ふたりの主張をひとつのテーブルに
広げて、さぁ、じゃあ、どっちの主張を、どう活かして結論を出そうか。そういうふうに
議論、討議、できるか。それがひとつのコスモ石油の、いな、コスモポリタンの条件
っていうことに、なるんじゃないかいな。

まぁ、まずは、自分の主張を、論理的にキチンと相手に伝えられるかどうか。
そこが最低限の、試金石?かな。仕事仲間のメールとか見てても、それができてる
人って、じつは驚くほど少なかったりする。文章はとくに難しいよね。相手が目の前に
いるわけじゃないので、相手の反応は見れないわけで。聞き返したりも、してくれないしね。

自分のなかに、だから、不特定多数の想定読者を、養っておく必要がある、ということ
だよね。

なんて、あんまりえらそうにいえた義理じゃないけど。って、僕の書いてることは、
なにひとつとして、えらそうにいえた義理、ではないんです。(笑)

どれひとつとしてね。でも、口に出した以上、自分でも、がんばろう、って思えるでしょ。

私、悪いけど、自分に出来ないことを、後輩とかに強いたことは、一度もないよ。会社とかで
そういう先輩とか上司って、意外に多いじゃん。僕は会社というところで役職というものを
持ったことが、結局一度もなかったので、あんまり、よく、管理職というものの気持ちが
分からなかったりするんですけどもね。(笑)

まぁ、でも、みんな欠点を持った人間だから、お互いに、守りあっていきましょうね。(笑)


ってすごい結論だな。いかにも、疲れてそろそろパソコンを閉じようか、っていう
意思表示が、ありありと出てるなぁ。(笑)


サパ近郊の少数民族の子どもたち


 

2003年11月22日(土)

11月22日(土) サパ(ベトナム)

サパにおります。今日のSapaは、雨ですね。
どうしよう、一日の撮影予定がぐじゃぐじゃになってしまう……、と慌てても
始まりませんので、朝寝をゆっくり楽しみ、そのあとでFZ10の原稿でも書きましょうかね。
1Fのレストランで、FZ10と、ThinkPadと、取扱説明書とをもって、
ワインでも飲みながら、だらだら原稿を認めるって、なんかよくない? 遠くの
山々でも眺めながら。

ホテルに傘って、あるのかなぁ。もし一日雨なら、夜のダンスショーは
押さえておきたいところ。それから、最低一回は、インターネットカフェに
行きたいよね。せっかく日本語環境を整えたし。(笑)

いま、朝の7時35分。朝食をとりに階下のレストランへ、行ってこようかな。
なんと、このロイヤルホテル・サパは、部屋代$10で、朝食まで付いてるのだ。
すごいオトクでしょ。これで、部屋に電話がついていれば、住んでもいいくらい
なのに……。(笑)

まぁ、いいや。ちょっとメシに出かけてきます。
ハリダに手を伸ばしそうで、自分がこわい。(笑)


メシと、そのあと、朝の散歩に出かけてきました。
今日は霧のSapaです。いい感じ。

逆境を順境となせ

逆風を最大の味方とせよ

相対を積み重ねて絶対に至れ

偶然を必然たらしめるのは宗教の力である


なんか、頭の中にあった言葉を、連ねてみました。最後のは、たしか、
小林秀雄の言葉だったと思います。

霧のSapa、いい写真がたくさん撮れました。
行ったことのない、坂の上のほう、市場からの階段を昇って、目抜き通りを越えて、
さらに上がっていくと、両側に露店がズラリと並ぶ通りに出ます。そこを右の方へ、
街のはずれのほうへ、歩いていくと、時代から忘れ去られたような、そんな建物の
集まる一角があります。フランスの植民地時代の建物が、そのまま残されているような。

馬がつながれていました。白い馬です。霧雨をうけて、凍えているように見えました。
ある詩人の、阿蘇をうたった詩を、ふと思い出しました。

雨は蕭々と降っている


僕が一度だけ、阿蘇の草千里に足を運んだときも、ものすごい霧でした。
あのときも、たしか、この詩を思い出していたように思います。


Sapaにきてから、いや、もっとずっと前から、この旅を始めた頃から、
ずっと考えていたことがあります。それは、

見た目が汚いからって、中身まで汚いとは限らない
むしろ、逆のことのほうが、あまりにも多い、

っていうことです。

よく日本でも言われることですが、本当かどうか、確認したわけではないので
なんとも言いようがないですが、農家の人たちって、市場に出すのは、農薬を
たくさん使って、虫がひとつもつかないような、見た目も美しい、形も整った
そういう野菜だ、って。でも、自分ちで食べるのは、農薬を使ってない、
虫にたくさん喰われたような、カタチも不格好な、そんなヤツだ、って。

もちろん、農家の方々が、みんなそうだ、という訳ではないと思いますし、
農薬を使わない新鮮な野菜を、消費者に届けよう、と尽力されている
生産者の方々がたくさんいることも、承知しています。

見た目と内面。形式と本質、と言い換えても、いいかもしれませんね。


まぁ、よく日本でも、見た目をよくする前に、内面を磨け、なんていいますが、
所詮、スローガンの類ですね。(笑)

書くことないですね。(笑)

まだ朝の10時前なんですけど。仕事をしろ、原稿を書け、って? ふふふ、
それが嫌だから、日記に逃げてるんでしょう。(笑)


いま、夜の8時20分過ぎです。ご飯を食べて、帰ってきました。
今日も、少数民族のダンスショー、行くのやめました。なんとなく、なんとなく。

明日はいよいよバックハーです。ホントは1泊したかったのですが、スケジュールの都合で
日帰り。そして明後日、月曜日の朝には、ハノイに向けて出発しなければなりません。

まぁ、でも、ここ、サパ、そしてバックハー、ラオカイもですが、また来れるでしょう。
なんつったって、ハノイから、電車賃、7ドルだよ。7ドル。津田沼から八王子まで行くんだって
もっと掛かるんじゃないでしょうか。(笑)

今日の夕飯は、昨日も行った、ファンシパン、っていう、ベトナム最高峰の名前を取った
レストラン。夜は地元の人でいっぱいで、隅っこの席しか、空いてなかった。それも、あとから
きた欧米人と相席になっちゃって。あ~あ、ただでさえ狭いのに、相席なんて、気まずいなぁ、と
思って、仕方がないので、ハリダのボトルを頼んだ。結局2本たのんだ。

向かいの席に座った夫婦は、ベルギーのブリュッセルに住んでるんだって。だんなさんは、
タグボートの機関士をしてるって。ブリュッセルからオランダのアムステルダムへクルマで行って、
そこからパリまで飛行機で行って、パリからエールフランスでバンコクに入り、チェンマイ、チェンライに
行って、ホーチミン、クチトンネル、フエ、フエから飛行機でハノイに飛んで、今日Sapaに
着いたとか。20人弱のグループ旅行だっていってた。今回の旅行は3週間で、あと1週間は
イタリアアルプスでスキーをするんだって。

すごいね。

ずっと僕は疑問に思っているのだが、どうしてヨーロッパ人って、あんなに長期の休みを
取れるんだろう。逆に言うと、どうして日本人って、あんなに休みが、短いんだろう。

それはずっと僕は、植民地を彼らが持ってたからだと、思ってた。
何百年にもわたり、植民地支配を続けるなかで、それこそ、奴隷みたいに現地の人たちを
働かせて、それで得た富の蓄積で、いまにいたるまで、楽な生活をしてるんだろう、って。

まったく的外れじゃないけど、どうも、それだけじゃないような気が、最近してる。

つまり、彼らは、長期休暇の重要性、必要性を、みんながみんな、よく理解してるんじゃ
ないか、って。休むということは、サボるとか怠けるとかいうことじゃなくて、次への活力を
生み出す源泉なんだ、っていうことを、ちゃんと分かってる。みんなのコンセンサスとして、
そういう考え方が、社会全般に広まってる。ということなんじゃ、ないだろうか。違うかな。
フランスやベルギーでも、職種によっては、長期の休みを取れない人たちも、いるんだろうか。
もしいるとしたら、どんな仕事に就いている人か、そういう人たちの割合は、どの程度のもの
なんだろうか。長期休暇に関して、法律では、なにかしら、定めがあるんだろうか。
そんなことが気になる。

明日はいよいよ、バックハー。すごい楽しみ。たぶん、彼の地に住みついて、二度と
日本には、戻らないんじゃないかな。花モン族のいちばん可愛い娘と所帯を持って。(笑)

冗談はさておき。今日も何回もインターネットカフェに、通っちゃった。
日本から、メールをくれるのは、親友のMだけだよ。懸案のお返事は、未だ来たらず。
よく、便りのないのはよい便り、なんていうけど、僕の場合は逆だな。便りがないのは、
あんまりいい便りじゃないんだ。

ふー。


 

2003年11月23日(日)

11月23日(日) サパ(ベトナム)

日曜日の夜です。
今日は、朝5時半に起きて、バックハーまで出かけてきました。
疲れた~。

聞きしにまさる、バックハーの日曜市場。すごかったです。ホントに。
花モン族、っていう少数民族の女性たちが、ここでは完全に主役です。
なんというか、うまくいえないのですが、全身カラフル。赤やピンクや黄色や
青や、緑……。それが普段着だ、っていうんですから、もうビックリです。

写真、たくさん撮りましたよ。彼女たちが、市場で買い物をしてるところ。
まだチェックしてないですが、いい写真、あるといいな。

でも、バックハーも、やっぱり観光地なんですよね。カメラを向けられることに、
彼女たち、慣れてる、というか、うんざりしてる。それは彼女たちの対応で、すぐ
わかります。

まぁ、いいや。この件については、継続審議?ということで。


そうだ。市場の、一段低くなった広場では、牛や馬、豚なんかを売り買いしていました。
犬も。

売られていく犬が、麻袋に入れられようとしているところを、見ました。
その犬は、きっと、自分の身に迫った、なにかしらの異変に、気づいたのでしょう。
すごい勢いで、袋に入れられるのに抵抗し。でも、まわりの人間たちは、ニヤニヤしながら
無駄な抵抗、とばかり、犬をなんとか袋に押し込めようとします。もちろん、結局はあっさりと
犬は袋に入れられ、ジ・エンド。そのあとのことは、僕には分かりません。

前から何度も書いているように、日本の子どもたち、いや、大人もですが、自分たちが口にして
いる食肉、どのようにして、「製造」されているか、そのことをまったく考えなくなってしまって
います。たまには、牛や豚や鶏が、どのように、食肉にされるのか、その過程を自分の目で見る
必要があるように思います。本当は、自分が食べる肉は、動物は、自分で息の根を止めるのが、
本当は、理想なんでしょうけど。

最近、日本の学校で、ニワトリやウサギが虐殺されるっていう事件、よく聞くじゃないですか。

人間には、他者を殺したいという欲求が、絶対にある。それがもし正当化されるとしたら、
それは、自分のイノチを長らえるために、やむをえず、他者の肉を食らう、そのときだけじゃ
ないかと思います。だから、小学校の家畜小屋で、ニワトリを殺す若者は、自分で喰う豚や
牛を、自分で殺して、自分で解体してみれば、いいんだと思う。それを何回か経験すれば、
きっと、ウサギやニワトリを殺したいなんて、思わないんじゃないかな。

なんでバックハーに行って、深刻な話をしてるんでしょうか。

いま夕方の6時23分。
日曜日のサパは、観光客がいちばん少ないようで、ひっそりとしています。
今日もこの街は、深い霧に包まれています。

僕はこれから日課となったインターネットカフェ参りと、レストランでのビア三昧と
いこうと思っています。

明日の朝、僕もサパの街をたちます。一路、ハノイに向かって。

今回は、ハノイには長居をするつもりはありません。
先はまだ長い。フエ、ダナン、ホイアン、ニャチャン、ファンティエット、ムイネー、
ダラット、サイゴン、ミトー、カントー、チャウドック、プノンペン、シェムリアップ、
アランヤプラテート……。

旅を始めてから、ちょうど2週間がたちました。長かったような気もしますし、あっという間
だったという気もします。

今日、そうだ、ラオカイの、中国国境を、見てきましたよ。みんな、川岸のあたりで
中国の河口をバックに記念写真を撮っていましたが、僕はあっちから来たのに……、と
ひとりで思ってました。なんだか不思議な感じがしました。

中国へも、またきっと来るんでしょうね。
河口の街に宿泊するかどうかは、別にして。(笑)

今日も6時間ほどバスに揺られて、くたびれました。
写真を撮るのだって、そこそこエネルギー、要りますし。(笑)

いや、でも、今日、10DとD60を一緒に使ってみて、D60って
こんなにピントが合うの遅かったのか、と愕然としましたね。シーンに応じて、
同じレンズを両方のボディに着けてみたんですけど、なんつーか、ゴチャゴチャした
市場のなかでスナップを撮るには、使い物にならないくらい、AFおそくて。
びっくりしました。10Dの上位機種、そろそろ出るって言われてますけど、早く
出ないですかねぇ。800万画素、1.3倍?、実売価格は30万円前後。とか。
すぐに買うことはできないでしょうけど、でもきっとそのうち、必要になって購入
することになるでしょうね。楽しみだなぁ。

次の撮影旅行へは、24-85mmは、たぶん持ってこないと思います。
24mm、50mm、85mm、この3本かな。70-200も、落選。たぶん。
あ、今回持って来れなかった20mmと、ぜんぜん使ってあげてないシグマの50mmは
持ってきてあげられるかもしれませんね。うんうん。けっきょく、単焦点ばっかりに
なってしまいますね。(笑)

やっぱり、明るいレンズが好きなんですね。それと、単焦点の潔さ。
F2.8通しの大口径ズームだって、F1.4の単焦点に比べたら、2絞りも
開放F値が、違うんですよ。これはある意味、決定的な差だと思う。ISO感度を
上げればいいじゃん、デジタルなんだから、っていう考え方も、あるとは思いますが、
でも、レンズが明るいってことは、AFもそれだけ速くなるし、ファインダーの見え方も
ぜんぜん違うし、あと、もちろん、ボケ味だって、比べモノにならないですしね。

けっこう、いい写真って、光がそんなに多くないときに、撮れたりするもんじゃ
ないですか。いや、日中のドピーカンには名作が撮れないという、そういう訳では
ないですけどね。


なんだか、日曜日のサパは、ひっそりしてて、いいですね。
土曜日にラオカイからバックハーに入って、宿泊し、市場の取材を昼過ぎまでして、
そのあと、日曜日の夕方にサパ入りする、っていうのが、けっこういいスケジュールかも
しれませんね。静かな日曜日のサパ、いいですよ。


なんの話でしたっけ。あ、そうそう。次に買うレンズの話ですね。違うって?(笑)
35mm F1.4Lですね。決まりです。っつーか、あとはこれくらいしか必要なくない?
あ、100mmか135mmがあってもいいなぁ。(x x)☆\バキッ
100mmかな。いや、85mmがあるんだから、やっぱり135mmでしょう。
う~ん、今回、70-200と、迷ったんだよなぁ。しくしく。。

なんの話でしたっけ。そうそう。
身支度をして、インターネットカフェに出かけましょうか。
日記をいっぱい書いても、どうせ今日はアップできないんだから。(笑)


 

2003年11月24日(月)

11月24日(月) ラオカイ(ベトナム)

ラオカイの駅まで来ました。いま朝の9時10分。列車の出発時刻は10時20分ですから、
1時間前の9時20分には、改札が開くと思われ。

今朝は6時30分に起床して、荷物をまとめ、慌てて、宿をあとにしました。
先に少数民族の村のトレッキングの分と一緒に、2泊分の宿泊費を払っておいたのですが
それが今朝フロントにいた人たちに、伝わっておらず。取っておいたレシートを見せて、納得
してもらいました。ロイヤルホテル・サパ、いいホテルだと思うのですが、若干、フロント
業務が、ザルのところがありますね。だからって、イヤになるとか、そういうことはないの
ですが。ただ、次にSapaに来るときは、ロイヤルホテルに泊まるかどうかは、可能性、
半々だと思います。別のホテルの雰囲気も、知りたいと思いますし。

それと、急いで宿をあとにしたら、パスポートを忘れたことに気づきました。
クルマで、目抜き通りを200mくらい上がったあたりで。パスポートを忘れた
自分のダメさ加減よりも、その場所で、パスポートを忘れたことに気づいた自分を
褒めてあげたい気分です。でも、どうして思い出せたのでしょう。きっと、ふだんの
朝夕の祈りが、功を奏したのですね。そうとしか、思えません。

最悪、ハノイに着いてから、パスポートをサパに忘れたことを思い出したのならば、
また列車で片道10時間かけて、サパまで取りに来なければなりませんでした。そう
考えると、助かった、守られた、という思いを強くします。

なぜか、サパまでは、部屋に電話がなく、街中をインターネットカフェを求めてうろつく、
という状況が続いていましたが、ハノイ以降は、そうしたことはないようにしたいなぁ、と
切に思います。やはり、ウェブメールは、非常にタルいです。回線が十分に太ければ、
なんとか使い物になるのでしょうが、このサパのような、細い細い回線に(たぶん)、
いくつものクライアントがぶら下がっているような場所では、So-netのウェブメール、
CGIの反応も、まったくもって頼りなく。3回に1回くらいは、エラーが出てしまうような状況で。

でも、そうですよね。ベトナム北部の山のなかから、たぶんハノイを経由して、
いくんでしょうか。東シナ海の海中に敷設された光ファイバーを、ほかのアジアの人たちの
リクエストとごっちゃになって、遠く日本の東京のサーバーまで、データを届けに、いくん
ですから。まともに、正しいページが表示されるだけでも、奇跡だと思うべきなのでしょうね。

でも、インターネットの仕組みって、知れば知るほど、よくぞ、まぁ、このようなシンプルな
仕組みで、世界中の膨大なデータを、間違いなく、目的地まで届けることができてるなぁ、と
感動したくなりますよね。徹底した分散型処理。自分の与えられた仕事を、それぞれが
きっちり完璧にこなせば、世の中は万事うまく回っていく。なんだか、人間自体の社会の
今後のあり方を示唆しているようでもありますよね。

なんの話でしたっけ。あ、そうそう、インターネットね。
やはり自分の部屋から、思う存分に、wsftpやBecky、Netscapeを
使って、インターネットにアクセス、したいですもんね。ハノイでは、何がなんでも、
電話のある部屋に泊まることにします。

そんなに気合いを入れるほどの条件じゃあ、ないような気もするのですが……。(笑)


 

11月24日(月) ハノイ(ベトナム)

先ほど、午後8時すぎ、ハノイに到着しました。ハノイ駅の東口?に出て、広い道路でタクシーを拾って
旧市街、適当なところで降ろしてもらって、ファンタイホテルまで、辿り着きました。

このホテルは、去年の9月にも泊まった、由緒正しき(笑)ホテルなのです。
なんか、ネオンとか付いて、立派になってた。内装も若干グレードアップした気が……。
今回もいちばん上の階、5Fです。でも、2Fというのがフロントの上の食堂のさらに上
ですから、日本風にいうと、ここは6F。ちょっと階段を上るのが、息切れますが……。

いちばん安い部屋は、何ドル?って聞いて、おねえさんが、15ドル、って答えるので、
それは何階かしら? って聞くと、5階だよ。って。
あ、去年もそこ泊まった、でも、去年は10ドルだったよ、っていうと、
あ、いまはハイシーズンだから、って。どこがハイシーズンなんだ……。(^^;


でも、ようやく、ハノイに来れました。素直にうれしいです。泣けてきます。
苦節2週間。(笑) なんだか、我が家に帰ってきたような、開放感です。

ハノイの街は、今日もたくさんのバイクが、爆走していました。シーゲームが近いせいか、
街中に電飾が施され、クリスマスの銀座かと思ってしまいました。

2日ほどで、フエに移動しようと思っていましたが、すでに居心地のよさをかみしめているせいか、
4、5日いてもいいかもなぁ、なんて思いはじめています。

まぁでも、いいとこ3日でしょうね、いられるのは。
今回は、ハノイ以外の、行ったことのない街に行くのが、大目的ですから。

明日は何時に起きましょうか。けっこう、難しい問題だったりします。
あ、でも、まぁ、遅くとも9時には起きましょう。

日本にいるときには、考えられないですよね。昨日が5時半、今日が6時半、
明日はお寝坊さんで9時。うーん、これを日本で実践できれば、人生変わる気がします。(笑)


今日は前述したとおり、6時半に起きて、ホテルを7時半に出ました。10時20分、
ラオカイ発ハノイ行きの列車に乗るために。

ハノイへの列車では、アメリカのバックパッカーの青年と、席がとなりになりました。
テキサス州のダラスからサンフランシスコを経てエアチャイナで北京へ。モンゴルに行ったあと
中国を縦断?し、昆明からサパに来たみたいです。このあと、ベトナムを縦断して、カンボジア、
ラオス、タイ、そしてヨーロッパを旅してまわるとか。

最終的にはイタリアに行って、仕事を探すそうです。

27歳。いままでは何してたの?って聞いたら、大学を出たあと
モザンビークの高校で、物理を教えていたそうです。3年間。
ピース・コープっていう、アメリカのボランティア団体から派遣されて、
行っていたとか。

モザンビークという名前はもちろん知っていましたが、場所がすぐに思い浮かびませんでした。
アフリカの真ん中らへんだっけ?って聞いたら、いやいや、南アフリカの右上だよ、って。
ああ、マダガスカルの、すぐそばだね。


そんなこんなで、ハノイの夜は更けていっております。(笑)


 

2003年11月25日(火)

11月25日(火) ハノイ(ベトナム)

25日の朝です。もちろんハノイ。ファンタイホテルの5Fです。
屋根裏ともいいます。(x x)☆\バキッ

今日のハノイは曇りです。よく考えると、冬のハノイって、なんだか福岡に
似ていますね。福岡も、九州ですが、べつに年中暑いというわけではありません。
冬は日本海側気候のつねで、毎日のように、どんより曇っています。
それがなんか、似てるかな、と。

昨日の列車では、タイガービールを3本も飲んでしまいました。
出発してから1時間たったころに、1本目を購入し、あっという間に飲んでしまったら、
横で見てたアメリカの青年、この列車、ハノイまであと8時間くらいかかるんだよ。
タイガービール、あと8本必要だね、って言ってました。(笑)


今日はどうしましょう。
すこし遠出をして、西湖のほうへ、行ってみようと思っているのですが。
ホーチミン廟の改修工事は、終わったんでしたっけ。

 

2003年11月26日(水)

11月26日(水) ハノイ(ベトナム)

いま夕方の5時前です。
昨日は飲み過ぎました。今朝、死ぬほど吐きました。死ぬかと思いました。
写真も撮らんと昼間っから飲んだくれてる罰だと思いました。

旅の目的を、忘れかけていたように思います。
なじんだハノイにいる、ということも、甘えのもとだったように思います。
すみません。

明日、夕方、フエに向けて出発します。グェン朝の都が置かれていた、ベトナムの奈良とも
呼べる場所。どんな人たちが待っているんでしょうか。


ビールを飲まなくても、アルコールが入っていなくても、写真を撮れるように
しないといけないですね。自分で自分を鼓舞して。大丈夫、きっとできると思います。


あ、そうそう。今日ね、すごいことがあったんですよ。
ホアンキエム湖のほとりに、体重計屋さんがいたんです。
体重計屋さんって、体重をはかって、お金を取る商売。2000ドンでした。
どうしようかな、と思ったのですが、はかってもらうことにしたんですね。
サンダルを脱いで、体重計に乗って、針がぐぅ~ん、って動くのを、固唾を
飲んで、じっと見てました。そして針がピタリと止まり。なんと、5kgも体重が減っているでは、
あ~りませんか!! 驚きました。いや、もしかして、0kgの設定が、ズレて
いるに違いない、と思って、体重計を降りて、0kgに針が戻るのを見てましたが
きっかり0kgを指してました。まぁ、体重計が壊れている可能性も否定はできない
のですが、でも、5kg減ったのかも、と思うほうが、自然のような気がします。

それにしても、2週間で5kgですよ、奥さん! へたな病院ダイエットより
ずっと効率いいですよ。お金も全然かかってないし。旅に出ると、刺激が多いので
食欲を満たすことで本能を満足させたいという気持ちが、相対的に減るんですね。
あとちょうど1か月。この調子で行くと、あと10kg減らすことも、不可能では
ないのではないかと思います。それって、すごくな~い?(笑)

あと10kg減ったら、75kgだよ! あ、書いちゃった。(笑)
いいんだけども。

そうそう。体重を量る直前、前から行こうと思っていた、タマリンドカフェで
メシを食ったんですよ。メシを食ったすぐあとに体重計にのったにもかかわらず、
マイナス5kgって、かなりすごいよねぇ。

っつーか、痩せるの当然だよ。だって、食べてないもん。さっきも書いたけど
メシを食いたいという欲求が、それほど湧いてこないのですよ。いいことだね。
日本で、いかに大量にメシを喰らっているか、ということが分かりますね。
ストレス解消とばかりに、何か食ってる、っていう部分が大きいですからね。
いかんいかん。ここで75kgとかがもし実現したら、ぜったいに増やさないように
しようと思う。なにしろ、フットワークにモロに影響するとこだからねぇ。太ってると
とにかく歩きたくなくなる。体が重くて。路上写真家の方々って、皆さん細いです
もんねぇ。やっぱり、写真を撮るのって肉体労働なんだよね。うん、そうだ。


全然違う話、していいですか?
最近、水道の蛇口って、ワンハンドル式のが、増えてるじゃないですか。
左にひねるとお湯が出て、右にひねると水。上にあげるとたくさん水が出る、っていう
作りの。あれって、たぶん、誰かが発明して、特許とかも取ってると思うんだ。で、
みんな彼(or彼女)、もしくはその会社にお金を払って、使わせてもらってる。

むかしは、っていまもあるけど、お湯と水の蛇口が別になってて、その両方の
開き具合で、温度を調整してたじゃん。あの昔の方式に比べて、最近増えてる
このワンハンドル式って、すごくスマートだし、すごく機能的だと思うんだよね。

これってなんだろう、って考えてみたんだけど、きっとこういう言い方が
合ってるんじゃないか、って。

世の中の段差をなくすこと

そう。きっと僕らは、世の中の、さまざまな段差をなくすために、この世に
生まれてきたんだ。どこかの彼が、あのワンハンドルの、すごく使いやすい
水道の蛇口を発明したように、僕らもきっと、自分が生きてるあいだに、
なにか、世の中をずっと住みやすくする工夫を思いつけるんじゃないかって。
もちろんそれが発明とか特許とかっていうふうに、世の中から公に認められ
なくても、ほんの小さなコトかもしれないけど、家族とか、友人とか、会社の
人たちとか、あるいは地域のみんなとか、そういう一定の範囲の人たちのために、
役に立つような、ナニカをきっと見つけられる。そうやって人類は
進化していくんだと思う。

いまハノイは夕方の5時過ぎ。ベトナム歌謡?が大きな音で鳴り響いてる。
街のどこかの店で鳴らしてるんだろうか。それとも、防災千代田みたいなもんか?
あ、止まった。うーん、時間も5時だし、やはり防災ハノイだったか。(笑)

まぁ、それはそれとして。


こんな言い方は、いかにも、おこがましいかもしれないけど、
僕が写真を撮っているのだって、さっき書いた、世の中の段差をなくすこと、
に連なる作業だと思ってる。少なくとも自分では、そう信じてる。

有休消化でインドシナに1か月半も旅行に行って、いい身分だな、と
みんな思ってるかもしれないけど、写真は僕にとって趣味じゃないよ。
戦いだよ。誤解を恐れずにいうと。

さっきも書いたけど、酒、ビール、あんまり飲むの、やめようと思います。
それを昨日たっぷり飲んだ、ベトナムの焼酎が、教えてくれたんだと思います。
断酒っていうわけじゃないけど、まぁ、寝る前に缶ビール1本とか、それくらいに
しようと思ってます。っつーか、しばらくアルコールの匂いは、嗅ぎたくありません。

それほどキツかった。


そうそう。ウキウキ気分で行ったタマリンドカフェですが、玉子丼を頼んだのですが
あんまり僕の口には、合いませんでした。味がね、甘くないのよ。しょっぱいの。
変でしょ?(笑) たしかに日本には、美味いモノがなんでもありますね。
不思議な国ですよね。なんつーか、人々の欲望をとことん追求して、それでもって
自分たちの首を絞めてるというか、かえって住みづらくしてしまっているというか、
うーん、うまく言えません。ほどほど、っていうことが、忘れられてしまった、
そんな社会のように、僕の目からは見えますね。とくに東京圏に住んでいると。

昨日だか今日だか、北の国からの、純がガールフレンドを妊娠させてしまう
回のストーリーを、思い出してました。河口で会ったイケてるおねえさんの
影響でしょうか。(笑)

タマ子っていう名前だったと思います。ユウキナエ演じる、鹿児島出身の女の子。
妊娠して、中絶して、純と別れる最後の場面で、彼女、こんなことを言ってました。

あたし東京を卒業するの。

いまなんとなく彼女の気持ちが分かるような気がします。
そして、彼女にそう言わせた、脚本家・倉本さんの気持ちが。

明日はフエに向かって出発します。

フエではフエの風が吹く。どんな風でしょう、はたして。


  

2003年11月27日(木)

11月27日(木) ハノイ(ベトナム)

ハノイ最後の朝。
いま7時8分。朝焼けの街を6Fの部屋から撮ろうと思って5時半に目覚ましをかけたのだが、
今日もどんよりとした曇り空。

なんか今日も寝つかれなかったな。ベッドが合わないのかもしれないけど。

今日もちょっと写真を撮りに出かけるほかは、ホテルでだらだらすごそうと思います。

体調は完全復活。すごいね、人間の体って。ちょっと試しに、試運転をしてみようかと
思っています。え? あ、もちろん肝臓の試運転。(x x)☆\バキッ

写真家のFさんが、冬のハノイは写真が撮れない!っておっしゃっていたような気が
しますが、ホントにそうですね。太陽の光が、ホントに、なかなか、現れてくれない。

あ、おいしい。一口めがいちばんおいしいですよね。(^^)
肝臓に届くまでに、どのくらいの量が必要なんだろうか。

まぁ、それはそれとして。

今日、ひとつ書こうと思っていたこと。Joiとはまったく関係ないのですが、
いや、すこしは関係あるかもしれませんが、なんでわたしが会社を辞めようと思ったか、
そのひとつのキッカケについて、書こうと思います。

あるとき、上司と会社のそばを歩いていて、えっとたしか、帰宅の途中だったと思いますが
上司がこんなことを言うんですね。

おまえは前の編集部を追われてきたんだから、この会社で出世するのは絶対に無理だぞ。

具体的な言葉は違っていたと思いますが、まぁ、こんなニュアンスのことを。


そのとき、僕は思いました。へぇ、なるほど、そうなんだ。


僕は良くも悪くも世間知らずというか、人はみんな善人だと思って生きてるんです。
見ればわかると思いますが。(笑) だから、簡単に人を信じるし、すぐに相手の
近く、ふところのなかに飛び込んでいってしまう。それが一部の人には、ウケがいいし
大部分の人には、ナニコノヒト?って、警戒される。あるいは不思議がられる。
自分でも分かってはいるんですけどね。でも、人間って、自分の性癖を、そうそう簡単に
変えられないですよね。まぁ、持ち味ということで、広角レンズをつけて、被写体に
ぐぐっと寄っていくことでしか、自分を活かせない男ということでお許しを。(笑)

なんの話でしたっけ。そうそう。
その上司の話をきいて、分かったんですね。

ああ、なるほど。そういうことか。

別に僕は会社で出世したいとか、エラクなりたいとかは、これっぽっちも
思わないんですね。ただ、エラクなることと、給料があがることは、サラリーマン社会においては
ほぼ同義ですから、エラクなれないということは、今後も給料が上がる見込みはない、という
ことで。それは困る。あんまり書くと、アレがアレなんで、アレですけど、会社を辞める直前、
僕が貰っていた給料、その少なくとも1.5倍は、仕事をしていたつもりなんですけどね。
質量ともに。とくに、質かな。でもそれが、前の編集部でゴタゴタがあったから、という理由で
アレがアレだとしたら、ソレはアレですよね。

って、何を書いてるのか、さっぱり分かりませんが。
ハノイの曇り空が、きっと悪いんですよ。きっとね。


あ、この会社でこのあとどんなに頑張っても、給料あがんないんだ。
それは、ちょっと、やってられないや。

そう思いました。

僕もサパ近郊の村々に暮らす少数民族の方々と同様、21世紀の地球、市場経済に身を置いている
都合上、どんなに頑張っても給料が上がらないというのは、困るんですね。ソ連の公務員じゃある
まいし、悪平等よりも、実力に応じた賃金配分というのが、この世の正しい姿だと思うので。

なんの話でしたっけ。

あ、でも、このJoi -Journey of Indochina、に出かけたい、っていう
思いも、すごくすごく強くて。この時期しか、考えられなかったんですね。2003年の年末、
11月9日の翌日の11月10日、出発。それを考えて、冷静に逆算しましたよ。どのくらい
前から計画してたかなぁ。3、4か月は、なんつーか、手ぐすね引く、っていう感じですか。

まぁ、いいや。

何を書きたかったんでしたっけ。

あ、そうそう。会社組織というものの冷徹さ、かな。冷徹っていうのは、貶し言葉に
なってないよね。冷酷さ、だとダメだけど。(笑) 怜悧さ、っていうのは、僕に対する
言葉かな。(笑) まぁ、それはそれとして。

ビールはいいですね。たぶん、ビールをどれだけ大量に飲んでも、死ぬほど吐いたりは
すること、ないと思います。ビールは、いいですね。分量を間違える心配、ないですもんね。


あ、そうだ。ひとついい話を思い出した。

アンアンだかノンノだか、むかし、読者ヌードモデル募集、ってやったの知ってますか?
そうだなぁ、15年くらい前になるのかな。篠山紀信さんが写真を撮るっていうことで、
読者から、ヌードになってくれる女の子を募集して。

その号、僕はなぜか所有しているのですが、篠山さんのエッセイのようなものが
たしか掲載されていて。作家の中上健次さんが、ちょうど亡くなった直後のことで。

中上さん、なんで死んじゃったんだろうね。生きていれば若い女の子のおっぱいを
こうやって、たくさん拝むこともできたのに。

ああすごくよくわかるなあ、と思った。いまふと思ったけど、ああすごくよくわかるなあ、
と思って、ずっと覚えておけることがたくさんある人生って、けっこういいかも。(笑)


とりあえず思うことは、って、いきなり話、飛びますが、
僕もどういうわけか、フリーランス?の仲間入りをしてしまったわけです。
とくに望んだつもりはありませんが。なので、このjagabata、小倉雄一オフィシャルページ
として、若干の作り替えが必要かな、と。

具体的にはまだ考えてませんが、profileを若干手直ししたり、
あとは、リンク集を、もういちど作り直したり、あとなんだろ、文章も、
独りよがりなのはやめましょうね。仕事の能力を疑われるので。(笑)

写真も、ちゃんと、載せましょうね。Joi、毎日。できれば。

いやぁ、ホテルからのインターネット接続だと、1分いくらの世界でしょ。
それが辛くて。たぶん、一泊200ドルくらいのホテルなら、ADSLとかも
きてるんだろうけど。ここハノイでも。でも、いま泊まってるファンタイホテルが
1泊15ドルだから、185ドルをインターネットに払う計算になるわけで。(笑)
日本だったら、光が引けるよね。(笑)

ハノイの晩秋にも、ほんの少し、光が引きたい気分。


 

2003年11月28日(金)

11月28日(金) フエ(ベトナム)

ベトナムの古都、フエに着きました。

フエといえば、日本の皆様には、森永チョコボールのテレビCMが撮影された地として
記憶に新しいのではないでしょうか。

とんねるずが王宮貴族のかっこをして踊りまくるCMを、僕も
昨日のことのように覚えています。


そんなことは本当にどうでもいいのですが。

フエの、僕の今いるホテル、ホントに居心地いいです! ハノイのファンタイの20倍くらいは
いいですね。場所は、フエのファングーラオといわれる、小さな路地のいちばん奥、左側です。
難点は、フロントの人たちが、日本語上手すぎることでしょうか。なんだか、旅先では極力、
ひとと日本語で話したくない、と思うのは、僕だけかしら?(笑)

まぁ、それはそれとして。

明日の朝、ホイアンに向けて出発しようかと思っていましたが、明後日の朝に変更することに
しました。それほど、居心地がいいです。ここ。たまった洗濯物も洗って、ゆっくり乾かすことに
いたしましょう。

さっきまで、王宮跡を見に行ってました。フエに着いたのが9時、ホテルには10時前に辿り着き
ましたが、部屋が空くまで時間が掛かる、ということで、荷物を預けて、旧市街へ向かいました。
フォーン川にかかるチャンティエン橋を渡って。この橋、非常に怖いです。真ん中がクルマ&バイク
自転車の通る道になっていて、その両側に歩行者用の通路があります。でもすごく細くて、いまにも
川にすいこまれそうです。

王宮跡に着いて、入り口で55000ドン(400円くらい?)を払って、中に入りました。
広いです。すごくすごく。模型を見てみると、この空間に、びっしりと建物が建てられていたとか。
ハノイで読んだ日本語の雑誌に、阮(グエン)王朝の、なんとかっていう殿様には、お妃が500人?
だか、いたとか。うらやましいですね。そのお妃たちは、どのへんの建物に住んでいたのでしょうか。

残された建物は、ほんのわずかです。ほかの建物はどうしちゃったのかな?と思ったのですが、
よく考えたら、戦争で徹底的に破壊された、とか。いうまでもないことですけど、ホント戦争って
愚かですよね。いうまでもないことですけど。勝手に人の国にやってきて、爆弾を落としていくなよな、
ったく。

なんの話でしたっけ。あ、そうそう。王宮跡に佇んで、ベトナムの古き王朝におもいをはせていた、
というところまで、お話ししましたね。

いきなりですが、王って、どうやったらなれるんでしょうか? たとえば、僕がいま、王様になるとしたら
まず最初に、なにから始めるべきでしょう? 鼻の整形? OS開発? あるいは自分ちの地面を掘るとか?
どれも大変そうなので、やめておきます。お妃、500人もいらないし。ひとりでいいや。とってもすてきな
女の子がひとりいたら、その娘を死ぬまで愛し続けますわ。(照)

なんの話でしたっけ。そうそう、フエのビールは、HUDA。なんか、ハノイのハリダに、ちょっと
ノリが似てますよね。フエって、FUEじゃなくて、綴り、HUE、なんですよね。

あ、そうそう。書こうと思ってたんだけど、フエの女の子たちって、なんかねぇ、顔だちが、
ちょっとだけ、ラオスの娘たちに、似てる気がする。近いから、そんなふうに見えるのかな。
あ、でも、似てると思う。なんか、ちょっと丸顔で、それが、クメールっぽい丸顔でね、で、
いなかっぽいっていうか、へんに洗練されてない、のんびりしてる、尖ってない、そんな感じ。
だれか同意してくれないかな。いますぐは、無理か。(笑)

フエから、ビエンチャン行きのバスが、出てるんですよ。
でも、ベトナムビザをおじゃんにしてまで、ビエンチャンに戻ったって
始まらないですよね。多分、死ぬまでに僕は、ビエンチャンにあと10回は、
いや10回以上は、行くことになると思いますから。ラオスの首都ですからね。
非常に、重要です。ある意味、インドシナの要、ともいえるかもしれません。

なんの話でしたっけ。そうだ、洗剤がもう、切れてるんですよね。
買ってこないと。旅に出ると、自分の汚した洋服は自分で洗わないといけないので
けっこうたいへん。でも、そうやって自分のことを自分ですることで、ふだん母ちゃんに
どれだけ仕事を押しつけてるか、っていうことが身に染みて分かるので、それはそれで、
いいかな、と思ってる。えらいでしょ? えらくないか。(笑) ふつうだよね。

今日のこのあとの予定ですけど、3時半頃、いや4時頃かな、ホテルを出て、フォーン川に
かかる、もうひとつの橋、フースアン橋へ、撮影に出かけるつもりです。ちょうど夕方、
夕陽に照らされながら、大勢の人たちが帰路に着く、そのくらいの時間。

あ、ハノイではほとんど見かけなかったアオザイを、ここフエでは、ちょくちょく見かけます。
学生さんの制服として。でも、秋なので、ちょっと冷えるんでしょう、みんな上に何か、
羽織ってるんですよ。どう思います? 白いアオザイの上に、なにか羽織るなんて、かなり
背信行為ですよね。何に対する背信行為かは、この際おいておいて。

すこし休みます。昨日から今日にかけての、画像の整理も、まだ終わってないので。


いま夜です。8時半。NHKの衛星放送で10時のニュースを見ながら
書いてます。

昨日の7時にハノイを出て、夜行バスで今朝の9時にフエに着いたのですが、
うとうとしてる以外の時間は、ずっと窓の外を、ベトナムの景色を見てました。
この国が永久に平和でありますように。この国の人たちが、自分の生まれてきた使命を
存分に発揮して、最高の人生を歩めるように、って。

今朝、国道1号線を行きながら、道沿いの家々を、見てました。
ところどころ「徳」と書かれた看板のようなものを、見かけました。

たぶんこれは、この家には徳さんという名の男性が住んでいる、ということの表明ではなく、
徳を大切にしよう、という気持ちの表れではないかと思います。

考えてみると、この「徳」、簡単なようで、持つのはとても、難しいですよね。
まぁ、でも、難しいからこそ、あえて一文字、掲げているわけでもあるわけで。

ほら、健全な肉体に健全な精神が宿る、っていう言葉、ホントは、願望。

健全な肉体に健全な精神が宿ればいいんだけどな、

っていうのがホントなんですよね。

現代社会の、国際問題をみても、よくわかりますよね。

ほら、世界でいまいちばん強い国、「徳」なんかこれっぽっちも、備えてないでしょ。(笑)

あの国が、ほんの少しでも、徳というものを備えていれば、世界はもっともっと
住みやすくなるような気がしますが。どんなもんでしょ。


以前、人生の師匠が、こんなことを教えてくれました。

ある韓国の政治家が、こういうことをおっしゃったそうです。

私は我が国が、世界でいちばん強い国になることは望まない。
我が国が、世界でいちばん美しい国になることを望む。

って。すごいですよね。

明日は午前中、旧市街の博物館や街を歩いて、午後からは今日のリベンジで
橋の上に再度立ち、夕陽に照らされた人たちの写真を、たくさん撮る予定です。
今日は、その頃、曇って、ちょっと写真になりづらかったんです。

そうして、明後日の朝、いよいよホイアンに向けて、出発します。


 

2003年11月29日(土)

11月29日(土) フエ(ベトナム)

私は知らなかったのですが、いまベトナムの中部は雨期なんだそうです。
そうなんですか。知らなかった。雨期って、地域によって、時期が違うんですね。

いま朝の8時半前。NHKの衛星で、73歳の日本人女性ジャズピアニストを紹介する
番組を見てました。自分にとってジャズが本当に必要か。ジャズにとって自分が必要か。
それを厳しく問い続けた人生であったと。とても示唆的なプログラムでした。

いま僕はひとつの選択を迫られています。今日、フエをあとにして、
ホイアンに向かうか。あるいは、明日の朝のバスで行くか。

今日もどんよりとした曇り。写真の成果はあまり期待できないと思われ。

旅に倦むということ、あるんですね。いま出発してから、そろそろ3週間。
旅に倦んできました。長いですね、これだけの時間、ほとんど人と話さず、
自分のなかでだけ、対話を続けていれば、だんだんイヤになってきます。

あ、でも、日本を離れて、あらためて日本のよさが分かるというか、日本に戻ったとき
日本の被写体への、あらたな興味が湧いてくる、そんな気がしてなりません。もしかして
そのことが、旅に出た、いちばん大きな報酬なのかも、しれません。

たぶん今日一日、旧市街を歩いたり、インド料理を食ったり、またビールをたしなんだり
しながら、過ごすことになると思います。明日、日曜日の午後には、ホイアンに移動して
いられるわけですから。写真家のFさんのいちばんのお気に入りの街、どんなふうに、
迎えてくれるでしょうか。


 

11月29日(土) フエ(ベトナム)

いま、土曜日の午後10時すぎです。
フエ最後の夜です。って、2泊しかしていませんが。(笑)

今日は午前中、旧市街へ写真を撮りに行って、雨に降られ、午後2時くらいにホテルに戻り、
それからずっとホテルで、写真の整理やメールの送信を、してました。

午前中、博物館へ、行ってきました。王宮の東側にある、その博物館、庭にベトナム戦争当時
使われた、解放戦線の地対空ミサイル?と、米軍の戦車が、展示してあります。
米兵の戦車、よくぞこんなどでかいモンを、太平洋を渡って、このベトナムの地まで持ってきたな
と率直に驚きました。それに対して、解放戦線側が使っていた、ミサイルの移動発射台の、
ちゃっちいこと。

そんなことを考えながら庭を歩いてたら、ベトナムの女の子ふたりが、声を掛けてきました。
あまりに突然のことだったのでビックリしたのですが、日本人ですか?って最初に聞かれたのかな。
いくつめかの質問で、今日はヒマ?って片方の女の子が聞くので、この二人組、あるいは職業女性
なのかも、オレを夜の街を連れていき、身ぐるみ剥ぐつもりでは……、と必要以上に警戒して
しまいました。(笑)

あとから聞いたら、片方のおねえさんは地元の新聞社に勤めていて、もう片方のおねえさんは
医学生なんですって。やはり私がどこからみても知性たっぷりな風貌で歩いているので、声を
掛けてこられるのも、知性にあふれる方々なのですね。(笑)

それはそれとして。

しばらくいろいろ彼女たちと話したあと、あ、結婚してるんですか?とか、おいくつ?とか
聞かれた。あと、日本ではどんな仕事をしてるの?って。

35だよ。結婚してないよ。って答えたら、どうして結婚してないの?って聞くのね。

どうしてだろうね。こっちが聞きたいくらいだよ、って。

二人ともすごくキュートで、これは写真を撮らないわけにはいかない、と思って
もってた10Dで、何枚か激写。

ホントは職業カメラマンとしては、そのへんにある戦車にまたがってもらったり、
いろいろポーズを取ってもらって、写真を撮るべきなのかもしれませんが、僕は、そういうの
非常に苦手なので、二人で並んでもらって、ただパシャパシャ撮りました。

住所を教えてよ、って言われたので、メールアドレスを教えました。

メールアドレス持ってる?って聞いたら、年長の、新聞社に勤めてる彼女のほうが
アドレスを持っているということでしたので、紙に書いてもらいました。

メールアドレスと、実際の住所と、彼女は両方書いてくれた。

メールアドレス、@以降がなかったので、ん???と思ったのですが、きっとvnnかfpt
だと思ったので、深く聞かずに、そのままにしておきました。


ホテルに帰ってきてから、彼女にメールを出してみました。
そしたら、vnnでもfptでも、メールが返ってきてしまいます。
HotMailでも、ダメでした。1秒もしないうちに、サーバーから、こんな名前の
ユーザーはいないよっ!!って、メッセージが。

そしてYahoo.comに出してみたんです。そしたら、リターンメッセージがなく。
を、Yahooで正解かな。なるほど、と思いつつ、全然ありえないような文字の羅列の
架空のメールアドレスに宛てて、ダミーメールを出してみました。そしたら、Yahooの
メールサーバーからも、こんなヤツはいないというメッセージがたちどころに届き。

ああ、僕のメールは間違いなく彼女のもとへ届いたのだなぁ、と、
ホッとしました。

けど、昨日のうちにホイアンに向かっていたら、今日出会った二人のキュートなおねえさんたちとの
邂逅は、なかったわけです。そうやって考えると、私の人生、ずいぶん危ない橋を渡っているなぁ、
と思わないこともないのですが、それ以上に、偶然に出会う幸せ、みたいなもんを、かみしめて
いました。

こないだ小林秀雄さんの言葉を引用しましたが、出会いというのはすべからく必然。でも、
すべからく偶然を装っている。さだまさしさんの歌にも、そんな一節があったような気がします。

必要であれば、またフエに来て、彼女たちに会うこともあるでしょう。
まぁ、人生長いですから。

彼女たちの写真も、日本に帰ってからでも、アップしますゆえ。


旅が長いと、日本語が恋しくて。知り合いのホームページとかをマメにチェックするのですが
なかなか更新されてないことが多くて。

まぁ、それはそれとして。

明日は6時に起きて、荷物をまとめて、ホイアンに向けて出発します。

その昔、日本人町があったという、グエン朝時代の貿易港だった街。

楽しみです。2~3泊は、できると思います。

そのあとはワインの産地、ダラット。そしていよいよサイゴンに向かいます。

健康状態は、すこぶる階調。いまさっきも、ホテルの近所のインド料理屋で、チキンカレーと
メシと、ナンを食ってきました。赤ワインとビールを飲みながら。それで60000ドンですから
500円以下ですよね。

ホントは晩飯を抜けば、ダイエットもさらに進んだのでしょうけど、でも、
無理はいけませんもんね。


タイガースの矢野アキヒロ捕手を取り上げた番組が、NHKの国際衛星で
やってました。5月のシェムリアップでもそうでしたが、海外に出たときのほうが
熱心にテレビを見てたりして。(笑) いや、でも、とても示唆的な番組でした。
自分の、つい先日までの会社員(編集者)としての生活を、重ね合わせたりして。

なんだかそろそろ、仕事がしたくなってきましたね。あの、活きのいい食材を
どれだけ威勢よくさばけるか、うまい料理として、客に早く出せるか。あの、
編集者という仕事の醍醐味を、なんとなく、思い出してきました。

来年は働きますよ。今年以上に。社員だったとき以上に。
もちろん、休むときはしっかり休みますよ。それが、自分のため、ひいては
みんなのためですから。


書いてないこと、まだいっぱいあります。
歩いてると思い出すことも、ホテルに帰ってくると、忘れちゃうんですよね。

きょう、おねえさんとアドレスの交換をしながら思ったのですが、やっぱり
帳面(ノート)、必要ですね。ホイアン名産の大学ノートを明日、Getする
ことに、いたしましょう。


では、おやすみなさい。


 

2003年11月30日(日)

11月30日(日) ホイアン(ベトナム)

ホイアンにおります。朝イチ、バスに乗り込んで、ダナンを経て、ここホイアンに
お昼過ぎに着きました。旅行会社の勧めるホテルにそのまま投宿し、一息ついてから
街に出ました。ホテルのすぐとなりのKINGという名の小さなレストランで、
ビアラウエ?を飲みました。2本。トラのイラストがラベルに載ってるので、きっと
ラウエ?というのは、ベトナム語でトラという意味なのかも知れません。ということは
タイガービールと提携してたりするのかな? そのわりに、味はいまひとつのような……。(^^;

なんかですね、ふと思ったのですが、ビアラオに似てる気がするんですよ。緯度が同じくらいで
気候が近いと、ビールの味もおのずと似てくるもんなのでしょうか。今後の研究課題です。それも
とても大きな。(笑)

なんの話でしたっけ。そうそう、ビアラオ。違う、街歩き。

ホイアンは聞いていたとおり、とてもこじんまりとした街です。でも15世紀とかには
ここに日本人町があり、1000人ほどの日本人が住んでいたとか。ちょっと想像も
つきません。どんな仕事についていたのでしょうか。貿易で訪れる日本人相手の宿屋を
開いていたり、船が航行するための必要物資を提供したり、あるいは貿易業そのものを
営んでいたり、きっとさまざまな職種の方々が、いらっしゃったのでしょう。

でも、なぜホイアンがそのころの海上交易の拠点となったのでしょう。もともと、
天然の良港ということで、そういう素質があったのかな。ほかの港町でも、よさそうな
ものなのに。もっともっと勉強したいですね。ベトナムの歴史についても。

写真を撮る人間としては、ホイアンはなかなか手ごわい街といえるかもしれません。
雰囲気のある街並みが続いているので、景色のほうに写真を撮らされてしまうというか。
おかげで僕は今日いい写真、1枚も撮れませんでした。いや、そんなこともないかな。
明日また頑張ります。(笑) でも、わかんないですけど、いい写真って、1日に1枚
撮れれば、けっこう御の字だったりしますね。私のペースだと。どんなに頑張っても、
午前と午後、あるいは午後と夕方とか2回に分けて、合計4時間が精一杯ですね。
旅に出てからよく思うのですが、たぶん私、軍隊とかに行ったら、真っ先にへたばる
タイプだと思います。それはそれとして。

なんでしたっけ。そうそう、ホイアン。

でも、写真を撮りながら、ずいぶんいろんなことを、街から教わってますよ。
ホイアンに限らず。露出はプログラムAE+露出補正よりは、最初からマニュアル露出の
ほうが効率いいかも、とか、ホワイトバランスの数値入力は使える、というか、プリセットじゃ
物足りない。数値入力、使えるのはいいけど、もっと操作性をよくしてほしい、できれば、
メニューから外に出してほしい、とか。あとなんだろ。暗いところだと絞りが開放近くに
どうしてもなっちゃうけど、絞り込まないと写真として成立しない場合が、けっこう多い
とかとか。横木さんがおっしゃっていましたが、デジタルになって、アマチュアも自分で
いろいろ試せるようになった、フィルム代を考えずに。これは本当に画期的なことなんだ
って。その言葉を最近身に染みて感じるようになってます。

ホイアンには、あと1日か2日いて、もう少し写真を撮って、そしてニャチャンへ
移りましょうか。明日から、もう12月なんですね。すごいなぁ。


 

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